Home > Columns > 攻めの姿勢を見せるスクエアプッシャー- ──4年ぶりの新作『Dostrotime』を聴いて
スクエアプッシャー自身による『Dostrotime』各曲解説
トム・ジェンキンソンみずからによる『Dostrotime』の解説が到着しました。アルバム収録の12曲すべてについて本人が説明してくれています。以下、特別に日本語訳を掲載。読みながら聴いて理解を深めましょう。[編集部・3月8日追記]
1) Arkteon 1
この曲はロングスケールのエレクトリック・ギターを使って演奏した。僕は、より明瞭で伸びのある音が出る、レギュラー・タイプのエレクトリック・ギターの方が好きなんだ。サウンドは、ピエゾ・ピックアップ(※1)とマグネティック・ピックアップをミックスしたもので、Eventide H8000(※2)を使ってカスタム・プロセス録音したんだけど、今回はイコライザーとリヴァーブを少し加えた。
(※1)「ピエゾ・ピックアップとは、圧電素子を使ったピックアップのこと。エレクトリックアコースティックギターに多く使われている」(出典:https://www.digimart.net/spcl/agwords/piezo_pickup.html)
(※2)Eventide H8000:「長年の実績からなるベストアルゴリズムを、高いオーディオパフォーマンスで提供するEventideのフラッグシップモデル」(出典:https://shop.miyaji.co.jp/SHOP/ka-r-072716-wa03.html)
2) Enbounce
このトラックは、ヤマハCS-80やローランドV-シンセXT、ローランドTB-303のベースライン、そしてローランドTR-909とTR-707のパーカッションなど、さまざまなハードウェアのライヴ・ミックスダウンからはじまった。ギターはディストーションを与えるため、“Arkteon 1” と同じセットアップを使ってオーヴァーダブされ、一方で弦の曲がったところにリング・モジュレーション(※3)を加えるカスタム・モノシンセを作動させた。このマテリアル(素材)は、元々BBC『Daydreams』(※4)のサウンドトラックのために作られたものから引用された。
(※3)「主にシンセサイザーやエフェクターにおいて、金属的な非整数次倍音を含むサウンドを生み出すセクション(または機器)のこと」「2種類(以上)の入力に対しそれぞれの周波数の和と差を生み出すことで、ベルなどの金属的な非整数次倍音を含むサウンドを生み出すことができる」(出典:https://info.shimamura.co.jp/digital/support/2019/04/130104)
(※4)BBC、子ども向け番組『CBeebies』のコーナー。
3) Wendorlan
“Wendorlan” は、2014年に『Damogen Furies』を制作するために使用したシステム4(と僕が呼んでいる)(※5)を進化させた、デジタル・システムで制作された。「Wendorlan 10月16日、日曜日」のヴォーカルは、1993年に放送されたロンドン・アストリアでのレイヴのための海賊ラジオ広告からとったもの。映像の終わりには、「“タリスマン・レッドはそれが未来への突破口だと思ったと言った” と沈むイカダの上でデヴィッド・ボウイが歌った」というテキストが流れる。これは、このビデオが完成する少し前に見た夢の中の出来事を描写している。
(※5)システム4:編集を一切おこなわずにリアルタイムでオーディオを生成すること、オーディオのマルチトラッキングも、ステムも、編集も、素材の手直しもない独自のソフトウェア・パッチのこと。
4) Duneray
この曲は『Be Up a Hello』の制作中に作ったカスタム・ゲート・リヴァーブを使っている。これは言うまでもなく、“Vortrack (Fracture Remix)” で聴くことができるんだけど、この曲はそのすぐ後にローランドTB-303(ここでは音色の多様性とポリフォニー(※6)のためにRoland SH-101と組み合わせている)を使って録音した。パーカッションが止まると、コンプレッション・スウェル(※7)がシンセ音の減少とともにバックグラウンド・ノイズを浮かび上がらせ、音源のハードウェアな側面が最後にはっきりと聴こえる。
(※6)「ポリフォニーは、複数の独立した声部(パート)からなる[……]多声音楽を意味する」(出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/ポリフォニー)
(※7)「真空管(特に整流管と出力段にあるもの)が高い出力レベルで動作中に大きな負荷がかかった際に、回復しフルパワーに戻るのにかかる時間を指」す(出典:https://line6.jp/model-citizens/dave-hunter-whats-behind-the-sag-bias-and-bias-x-controls-in-helix-amps/)。
5) Kronmec
このトラックではメロトロンのサンプルが使われ、交互コードは微分(微調)音程(※8)でピッチアップ(調整)されている。モノシンセのベース・サウンドは、TB-303のコピーをプログラムするために僕がパートタイムで続けている取り組みの最近のイテレーション(反復)(※9)で、明らかに柔軟性を高めている。これを試したことのある人なら誰でも、矩形波に近似させるのが難しいことに同意すると思うが、パルス(波の)幅でピッチに相関したヴァリエーションを使うのは有効だ。これは、オリジナルの機械では不可能だが、ここではパルス幅が0%に向かってプッシュされているのを聴くことができる。
(※8)microtonal interval:微分音(びぶんおん)とは、音楽において半音より小さな音程を用いることで、「微小音程」とも呼ばれる。また、西洋の慣習的な調律である、1オクターブあたり12等分された音程以外の音程を使う音楽も含まれる。言い換えれば、マイクロトーンは、平均律で調律されたピアノの「鍵盤の間」にある音と考えることができる。
(※9)イテレーション:「プログラミングで終了条件に達するまで一定の処理を繰り返すこと」(出典:http://pubspace-x.net/pubspace/archives/9447)。「一連の工程を短い期間で何度も繰り返す、開発サイクルの単位」(出典:https://lychee-redmine.jp/blogs/project/tips-iteration/#:~:text=イテレーションは、「一連の工程,がしやすくなります。)。
6) Arkteon 2
この曲は “Arkteon 1” と同じセットアップを使用しているが、ギターは違う方法でチューニングされている。規則的なE-A-D-G-B-E(標準的なチューニング)を基本としており、トップのEは規則的なピッチ(音の高低)でチューニングされているが、そこから下に続く弦は微分音程(前述)を増やしてチューニングされている。特定の陽性波のところで強制的に静止させるため、トレモロ・ブリッジにGクランプを付けることにより実現した。演奏には不便だが、効果はあった。
7) Holorform
このセット(アルバム)で最も古いトラックで、オリジナル・ヴァージョンは2018年に録音され、その後昨年リミックスされた。例えば『Just a Souvenir』収録の “The Coathanger” と同じアプローチでまとめられている。基本的な手法は、インストゥルメンタルの演奏(この場合はギター・ソロ)を取り込み、段階的に処理を加え、調子を合わせて進行させることで、ライヴではありえないほど複雑かつ正確にエフェクトをコントロールするというものだ。このアプローチを推し進める確固たる意志は、僕がどのようにある種の未来的なSF音楽性(どのように音楽を作るか)を思い描いているかである。
8) Akkranen
この曲の出発点は、〈No U-Turn〉レーベルの『Torque』に収録されている “Droid” でデチューン(離調)(※10)された形で使われている有名なレイヴスタブ(※11)だが、エド・ラッシュやその類のミュージシャンが作るミニマル・アプローチを踏襲することはできなかった。他のハードウェア・ベースの作品と同様、2トラックに直接録音したので、リアルタイムの調整を一発でうまくまとめる必要があった。“Duneray” と同じゲート・リヴァーブ(前述)とTB-303の組み合わせを使っていて、特に、適切な瞬間にリヴァーブが際立つようにフィルターを正しく微調整することが不可欠だった。
(※10)デチューン:「電子音楽で、音高を微妙にずらした音を重ねて響きにふくらみを持たせること」(出典:https://eow.alc.co.jp/search?q=デチューン)
(※11)「単一のスタッカート音符やコードで形成された、音楽に強いエッセンスを加えるサウンド。特にレイヴスタブとは、KORG M1のピアノ音源など著名なシンセサイザーの音色をサンプリングした、レイヴ・ミュージックに特有のもの」(出典:https://raytrek.net/dtm/voices/10min_dtm/03/)
9) Stromcor
この曲はライヴで演奏するのがとても楽しくて、ベース・シュレッドが恥ずかしげもなく多少施されているが、スタジオ・レコーディングにはライヴ演奏とは異なる部分がある。“Arkteon 1” のギターに使用されたのと同じH8000のセットアップで処理され、独自に修正したMusic Manの 6弦ベースを使って録音されたのだけど、今回はH9ペダルによるリング・モジュレーション(前述)とワウペダルがフィーチャーされている。イントロではTR-909が外付け振幅エンベロープを通して処理されているのが聴こえる。
10) Domelash
“Akkranen” と同様、〈No U-Turn〉のパラノイド・ミニマリズムのヒント(影響)がこの曲をスタートさせるが、最終的にはマキシマリズムに辿り着く。“Wendorlan” と “Stromcor” にも使われている、僕が数年かけて少しずつ作り上げたカスタム・シーケンサーを使用している。とりわけこのシーケンサーは、メイン・テンポからシーケンスを切り離すことができ、その間もその切り離しをコントロールすることができるのだが、それは、冒頭部分のブレイク・プログラミングではっきりと聴くことができる。さらにカスタムのゲート・リヴァーブも全体を通して使われている。
11) Heliobat
“Arkteon 1” のロングスケール・ギターもフィーチャーされているこの曲のために、さまざまなハードウェアが少しずつ慎重にチューニングされ、プログラムされた。メロディの一部にSH-101が聴こえ、ヤマハFS1Rがポリフォニックのかなりの部分を生み出している。イントロ部分では、メジャーサード(長3度)が(イコール・テンペラメント(等分調律 、平均律)ではなく)対応するルート音(根音:コードの土台となる音)の整数比になるようなピッチ・イントネーション(※12)の形式が使われている。
(※12)ピッチ・イントネーション:「基準の音の音程の高低のことを「ピッチ」というのに対して、それぞれの音の音程の高低のことは「イントネーション」とい」う(出典:https://suiso-gaku.com/ピッチとイントネーションの違い/)。音楽におけるイントネーションとは、ミュージシャンや楽器の音程の正確さのことである。
12) Arkteon 3
この曲は、チューニングも含めて “Arkteon 2” と同じセットアップを使っている。当初はギター演奏の伴奏用に他の楽器を使うつもりだったが、最終的にはソロ曲としての方が理にかなっていると思った。“Arkteon 4” という曲もあるのだけれど、どういうわけかこのアルバムには合わなかった。何時間もかけてシグナル(信号)ルーティングやケーブルの配置、演奏ポジションなど、邪魔になるような原因を排除したにもかかわらず、ポーズ(休止)では50hzメイン(主電源)のハム(ズーという音)が聞こえる。他の “Arkteon” 曲とともに、この曲はライヴで忙しかった夏の後、22年秋に録音された。
翻訳:近藤麻美