ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. 別冊ele-king 日本の大衆文化はなぜ「終末」を描くのか――漫画、アニメ、音楽に観る「世界の終わり」
  2. Klara Lewis - Thankful | クララ・ルイス
  3. interview with Matthew Halsall マンチェスターからジャズを盛り上げる | ──〈ゴンドワナ〉主宰のマシュー・ハルソール、来日インタヴュー
  4. Columns 10月のジャズ Jazz in October 2024
  5. TESTSET - @Zepp Shinjuku
  6. Moskitoo - Unspoken Poetry | モスキート
  7. claire rousay ──近年のアンビエントにおける注目株のひとり、クレア・ラウジーの新作は〈スリル・ジョッキー〉から
  8. interview with Neo Sora 映画『HAPPYEND』の空音央監督に(主に音楽の)話を訊く
  9. Shinichiro Watanabe ──音楽を手がけるのはカマシ・ワシントン、ボノボ、フローティング・ポインツ。渡辺信一郎監督による最新アニメ『LAZARUS ラザロ』が2025年に公開
  10. 完成度の低い人生あるいは映画を観るヒマ 第一回:イギリス人は悪ノリがお好き(日本人はもっと好き)
  11. Seefeel - Everything Squared | シーフィール
  12. Nídia & Valentina - Estradas | ニディア&ヴァレンティーナ
  13. fyyy - Hoves
  14. Fennesz ──フェネス、5年半ぶりのニュー・アルバムが登場
  15. Shabaka ──一夜限り、シャバカの単独来日公演が決定
  16. DUB入門――ルーツからニューウェイヴ、テクノ、ベース・ミュージックへ
  17. Columns 「ハウスは、ディスコの復讐なんだよ」 ──フランキー・ナックルズの功績、そしてハウス・ミュージックは文化をいかに変えたか  | R.I.P. Frankie Knuckles
  18. interview with Fontaines D.C. (Conor Deegan III) 来日したフォンテインズD.C.のベーシストに話を聞く
  19. John Carroll Kirby ──ジョン・キャロル・カービー、バンド・セットでの単独来日公演が決定
  20. Neighbours Burning Neighbours - Burning Neighbours | ネイバーズ・バーニング・ネイバーズ

Home >  Regulars >  編集後記 > 編集後記(2017年12月30日)

編集後記

編集後記

編集後記(2017年12月30日)

Dec 30,2017 UP

 不思議なもので、客入りが悪いライヴ、驚くほど人が少ないクラブというのは、むしろ記憶に残ったりする。1998年の冬のロンドンで観たハンス・ユアヒム・レデリウスのライヴは、入って2分もすれは客の顔ぜんぶを憶えられるほどの少なさだった。5人いたかどうかの世界。WIRE誌がオーガナイズしたイヴェントで、いかにも学生風の若者が下北のTHREEぐらいの広さの場所でじっとしている(いまならスマホをいじっているだろうが、当時はそんなものはないのでビールを飲んでタバコを吸って、ただじっとしているしかない)。
 90年代といえば、クラウトロック・リヴァイヴァルの時代である。入手困難だった音源が次々とCD化されて、アナログ盤でも再発された。なのに……こんなものなのかと。日本でのクラスターのライヴもものすごく盛況だったわけではないが、それにしても、まあ、クラウトロック・リヴァイヴァルの震源地のロンドンで5人とはなんという寂しさか(ある意味、これこそロンドンぽいのだが)。
 しかしながら、その寂しさ、なんというか、微笑ましい寂しさとでも言えるような居心地の良さがそこにはあり、これほどレデリウスの音楽を聴くに相応しい条件もなかろうと思えてきた。ある意味、それはぼくにとって贅沢な夜だった。
 翌日の昼前、ホテルをチェックアウトした当時64歳のドイツ人は、黒いトレンチコートを着て、機材と着替えが入っているであろうスーツケースを持ってひとりで現れた。このまま彼が住んでいるオーストリアに帰るという。そのわずかな空き時間に取材に応じてもらった。あの寒いロンドンで、名声あるアンビエントの巨匠がひとりで荷物を持っている姿も、なんというか、レデリウスらしいなと思った。

 そんなわけで2017年に83歳になったレデリアスの新譜(ソロではない共作)を見つけて、しかもドイツのグラムフォンからのリリースなので、これはCDで買ったのだが、少し調べてみると、この人は毎年複数枚の作品を出し続けている。アンビエントを賞揚しているメディアにあるまじき行為だが、まったくノーチェックだった。しかも2000年代以降はほとんどが共作で、これはきっとレデリウスの人間性も関与しているのだろう。彼の決定的な名言に「raging peace(荒れ狂う平和)」というのがあるが、レデリウスの音楽はソロになってからはとことん穏やかであり、平和的だ。
 Arnold Kasarなるベルリナーとの共作の『Einfluss』は、まあ言ってしまえば80年代に確立した彼の芸風の反復である。ピアノを習ったことのない人間が演奏する微笑ましいまでにシンプルなピアノ。荒れ狂う平和の反復。素晴らしい録音が、もういちど新鮮な気持ちでレデリウスの音楽に向かわせる。まだ聴いたことがない人はぜひ聴いて欲しい。

 エルヴィス・プレスリーよりも1年早く生まれたレデリウスは、ドイツ人として第二次大戦を経験している。そしてArnold Kasarがライナーで言うには、クラウトロック・リヴァイヴァルの90年代にさえも彼の居場所はドイツになく、そしてぼくの経験によればロンドンにもなかったのだろう。いや、そんなことはないか、あの観客5人ぐらいの会場は彼の居場所だった。トニ・ブレアの時代である。ロンドンにはイケイケのナイトライフがあったが、当たり前の話、つねに、それだけが世界ではないのだ。
 サッカーがわかりやすい例だが、重要なのは必ずしも点取り屋だけではない。2018年もよろしくお願い申し上げます。


※紙エレキングvol.21の表紙の裏の写真は、坂本麻里子さん撮影のものです。ロンドンは、高橋勇人も住んでいるペッカムの壁でした。 

COLUMNS