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UCDの「適当に敬意を」

UCDの「適当に敬意を」

2:「S.L.A.C.K. 溶け落ちる日常と、いつも想う死、緩いタフネス」

文:UCD Jun 17,2016 UP

 S.L.A.C.K.の音楽に出会ったのは、震災が起きた2011年。僕は受験に失敗して浪人していた。当時、僕は何かできることはないかと思い、いろいろ試してみたが、ボランティアとして福島に行っても、自分の無力を痛感するだけだったし、熱心にニュースをチェックしても、気分が落ちるだけで、変哲のない日常が溶け落ちていくのを目の当たりにしながら、鬱屈としていた。そんなとき、S.L.A.C.K.は僕を惹きつけ、救いあげてくれたように思う。それから僕は彼に心酔してしまい、今までその仕事を追いかけてきた。

 S.L.A.C.K.の音楽は第一に、音として素晴らしい。そして本人も、歌詞よりも音として聴いてほしいと複数のインタビューで答えている。だから、本当ならまず音について書くべきだろう。しかし、S.L.A.C.K.の魅力は単純な音の世界にはとどまらない。彼の歌詞やスタイルの中には、現代を生き抜くためのヒントや哲学が散りばめられているのだ。今回からの数回は、S.L.A.C.K.と5lack(現在はこちらの名義)を、僕がどうやって楽しんできたのかを様々な面から紹介していくが、第一回目はまず、S.L.A.C.K.の歌詞の世界を見て、どのような思想があり、僕が何に共感したのかをとりあげてみたい。(以下、歌詞は全て筆者の書きとりによるものなので、間違っていたらごめんなさい)


 出し抜けにこう言おう。S.L.A.C.K.の特異性は、徹底的な「緩さ」にある。S.L.A.C.K.はいままで聴いてきたどの日本語ラップとも異なり、ワルであることや、社会派であることを売りにはしておらず、なんでもない日々、言ってしまえば僕とあまり変わりのない普通の日常について、等身大でラップしていた。この音楽は文脈依存的になりがちな日本語ラップのコンテクストから、音の面でも、リリックの面でも、完全に切断されていたのだ。

 ファースト・アルバム『My Space』を聴いてみよう。ラップの中でS.L.A.C.K.は「普通の生活して楽しくできればいいと思うんだよ」と繰り返し、「スタバのスタッフの娘に恋をしたり」、「車でドンキまで散歩したり」、音楽を作ったり、SK8したり、夜中に友達とクラブに出かけたりといった、都会の普通の日常を全て肯定的に歌い上げている。世の中のしくみに「くそみてえだ」と唾を吐きかけつつも、「ネガティブは確かにstupidだろ?」と問いかけ、くだらないもの全てを嘲るようにして、口癖である「適当」を言い放つ。何もかも新しく感じ、こんな人がでてきたのかと思った。何よりも、この「緩さ」が自分の生活や気持ちにぴったりフィットしたのだ。

 この「緩さ」はなんだろう。ただのだらしない意味での緩さでないことは確かだ。S.L.A.C.K.は押し付けらがちなこの島の「現実」を、自分のものとしてブリコラージュし、生を肯定的に楽しもうとしている。少し長くなるが、今度はPSG「いいんじゃない」のS.L.A.C.K.のヴァースとフックを引用しよう。

 How many people? 少しはいるのかな? 今のその現状に満足してる奴 / Repeatする昔話はもう嫌 / 「なんでもいいけど、それでいいんじゃね?」なんて / きっとプラスに思ってたら未来は / 荒んだ闇 でたようなlineが / あいつのネガティヴに巻き込まれるな お前はお前さほらもっと上もっと上(元へ元へ) / 冴えない不安は慣れないだけさmy men / ぼーっとすればまたあったかくなるなんて / すました顔して自然でいればまた 時は知らぬ間 流れて離れ / AプランBプランいろいろあるけど思いついたなら行動 怖がらず行けよ / 明日の命はあるようで無いよ いつ死んでも後悔は無いと言えたなら


  クソみてえだけどそれでいいんじゃね それで それで
よくわかんないけど別にいんじゃね なんて 流して話
/うざったい都合忘れな なんとかなるってTo the top クソみてえだなんてすましていれば 先へ 先へ

 そう。ここにあるのは徹底的な緩さからくるタフネスだ。確かに現実を見渡せばクソなことはたくさんある。しかし、そんな周りのネガティヴなものに巻き込まれている暇はない。「うざったい都合」は忘れて、自分なりのトップを目指して、「先へ先へ」と進んでいく。

 なるほど確かに、この「緩さ」は日常を肯定的に生きていくタフネスをもたらすことがわかった。しかし、まだこれだけでは、S.L.A.C.K.の「緩さ」が「どこから来ているのか?」はわからない。だからもう一度、「そのタフな「緩さ」は何に由来するのか?」と、問わねばならない。

 その際にヒントになるのは、S.L.A.C.K.のラップ・スタイルだろう。脱力感とダウナーな調子に満ちた、「緩い」、彼のラップから受けとれるのは、表面的にはポジティヴな歌詞の内容とは対極的なネガティヴィティだ。S.L.A.C.K.はポジティヴではない。少なくとも、能天気なバカが不安を抱かないという意味でのポジティヴでは。むしろ、よれたビートに乗るS.L.A.C.K.のラップは、オフビートでリズムを刻み、不安定によれたまま転がり続けていく。

 このネガティヴな調子に乗って聴いていくと、S.L.A.C.K.の歌詞に通底するテーマが見えてくる。その一つが「死」だ。矢継ぎ早にいくつか引用する。

 いつも想う / 死ぬ前にきっと、もっと行けたなんて想うんじゃないか / 毎晩泣くようなネガティヴ 辛いLove / 笑ってるのも悪くないはず (S.L.A.C.K.『我時想う愛』「いつも想う」)

 「本番」ってただのかっこつけじゃなく死が訪れることを理解してるか?(5lack 『情』「気がつけばステージの上」)

 Move your body それすらもできなくなるのかな? / こんなとこで迷ってる暇はもうとうにない(BudaMunk『The Corner』「But I know」)

 また、先に引用した「いいんじゃない」でも、「明日の命はあるようでないよ / いつ死んでも後悔はないと言えたなら」とラップしている。そう、S.L.A.C.K.の「緩さ」はこの「死」のネガティヴィティの「ネガ」としてある。限りないように見える普通の日常もいつかは必ず溶け落ち、終わりがきて、ひとは死ぬ。この変哲のない日々には限界があるのだ。だったらその現実の中で、やれることをやっていくしかないし、ネガディヴでいても時間の無駄だ。もし今の現状に満足がいかず、「くそみてえだ」と、気持ちが落ちても、「すました顔して自然でいればまた」、時間が解決してくれるだろう。どうせ死ぬのなら、いま絶望していても仕方がないし、「こんなとこで迷ってる暇はもうとうにない」。僕らは「いつ死んでも後悔はないと言え」るように生きていくべきなのだ。

 これこそ、ネガティヴィティの先にある本物のポジティヴィティであり、諦めの諦めであり、絶望そのものの絶望であり、どんなに曲げられても決して折れることはない「緩いタフネス」なのだ。ここからさらに、S.L.A.C.K.の「適当」にある二面性、「緩さ」と混在する「真面目さ」が見えてくるが、その話は次回に譲ろう。

 “S.L.A.C.K.”、「緩さ」を意味する名を持つこのラッパーは、コインの裏表のように、彼が肯定的に歌い上げる普通の日常の裏側に、その日常の終わりを告げる死が待っていることを理解している。その上で、それでもなお、そしてだからこそ、この「くそみてえ」な現実の中で、緩く、タフに生き延びようと、自分に似た誰かにメッセージを飛ばしている。そこに愛以外の何があるだろうか。

 2011年3月13日、あの震災の2日後という驚異的な早さで配信されたこの曲のリリックで締めくくりとしたい。

We need love / But this is way / これがreal マジありえねえ / Yo 明日はMonday 命あるだけありがてぇ

  What's good 眠るハニーの隣 / 夢でみたよな現実 サイレンがなり / 押し寄せる津波 押し寄せる現実 / 夜が来るたびまた振り返る経験 / なあマジ、くらうな、もう無理か / よく考えな、こんな毎日のはずさ / 鎖が外れたら不安がおとずれた / 目の前かすれ、またLoveが溢れだす / I want wxxd beer もうどうにもならないような日 / 死ぬ前の感覚に、つかの間の涙 / Yellow Power気づきな、魂うずきだす / なあまだまだイケるぜMen / ネガティヴに奪われるなよ、お前のlife / お前のプランの続きを見してみ、何はともあれお前は生きている / 今一人なら、時間あるから / 普段しないこと考えてみな /あ、笑えてきた 先があるから / 人間としての本能割る腹 / 赤の他人も気付きな / 忘れてるなら彼女にキスしな / 終わりじゃない、これからが始まり / 愛すべき家族、仲間、日本の血 (「But This is Way」)

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