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TECHNO defintive 初音ミク・ヴァージョン(前編)

TECHNO defintive 初音ミク・ヴァージョン(前編)

――『増殖』スペシャル対談:佐々木渉×野田努

野田 努    Dec 17,2012 UP

ボーカロイドがツールを超えたとき

ヴォコーダーは、戦争中にアメリカのペンタゴンが音声を暗号化するために作り出した音声合成装置なんですよね。広島に原爆を落としたりとかの指令は全部ヴォコーダーを通している。だからある意味、「機械で音声を変える」ということは人間の歴史のなかで非常に呪われた歴史を持っているわけです。(野田)

そのとき感じたのは、もう音楽の向こう側で音がどんなふうに鳴っているのかというのは、視聴者にとってはわからない世界になっていくんだなということです。(佐々木)

 クリエイターの創作上の利便性を上げる、いちツールとして開発されたに過ぎない音声合成ソフトが、ひとつのヴィジュアル・イメージと、思いもかけないほど多くの人びとの想像力、創作物、コミュニケーションによって、存在や人格をありありと錯覚させられるような広がりを得た。そこに「ただの女性の声ネタ」を開発するという以上の狙いはなかったのだろうか?

佐々木:まず「アニメ・ソング」というジャンル名を耳にしたときに、まったく何の音楽ジャンルでもないことに驚いて、でも若い人にすごく違和感なく浸透しているなという強い印象がありました。「アニメの主題歌であれば皆知っているし好きだからOK!」みたいなノリ。更にアンダーになると声優さんのキャラクターソングと言われるデフォルメされた声ありきの世界や、アダルトを含むゲーム由来のテーマ曲が許容されていく世界......。また、クリプトンに僕が入ったのが2005年ですが、当時オーケストラの音をサンプリングしていて、そこそこのクオリティのソフトを作れてたんです。生かサンプリングかわからないというレベルくらいには。でもそれを見たときに少しさみしい気持ちにもなりました。「一般の人がこれ聴いても、どっちかわかんないよね」というのは狙い通りでいいことなんですけど、テクノやエレクトロニック・ミュージックの歴史のなかでは、あまりポジティヴな使い方ではないと思った......要は「○○もどき」みたいなふうにして人に聴かせるやり方や、その需要が増えてきたんだなと思いました。当時、ゲームで言えば『ファイナル・ファンタジー』の〈スクウェア・エニックス〉さんとか、映画音楽なんかでも、オーケストラを呼ぶよりもコントロールしやすい音源でなんとかしようという感覚があって、いろんな部分でそういうことが起こりつつありました。
 そのとき感じたのは、もう音楽の向こう側で音がどんなふうに鳴っているのかというのは、視聴者にとってはわからない世界になっていくんだなということです。バンドが演奏しているのか、打ち込みで作られたものなのか、誰がどんな意図で鳴らしたものなのか、そういう音とそれを出す動機の関係性が本当にあやふやになっていく感じ。機材が良くなるなかで、音も多様性を持っていくということはこれまでにもありましたが、いまじゃプリセット枠がぐわーっと増えて、それこそオーケストラの音色にしても何でもあって、使い方によっては何でもできるという状況が、ほんとにいいのか悪いのか、その思考自体を止めてしまっている状況というか。リズムマシンから始まった演奏者の代用的なツールが、歌声合成(VOCALOID)の汎用化を可能にするところまで来た。だから昔の自分が初音ミクを見たら第一声「なんじゃこりゃ」とは言うでしょうね。ただ、これは声の質としてはアニメとかを視聴している人にはある程度親和性を見いだせるようなものなのかなと思いますし、人間的な要素も欠落していて、声の表現もつたないわけなんですが、そういうすごく素っ気なかったり朴訥に聞こえたりするところは、むしろよい部分でもあるのではないかと思いました。人間の代用のはずなんだけど、真正面からの人間の代用とは違う、おもちゃとしての適当さを持たせたものにしたかったというのはありますね。
 初音ミクは、自分をかわいらしく見せようとしている女の子の声を、ひたすら録りつづけた音源をボーカロイドにしているんです。だから、もともとは自分はかわいいでしょ、と一生懸命に自己主張していたものなのに、ばらばらにされてしまって、言葉のつながりとか感情とかが入っていないものになってしまっている。それが最終的に音として出てくると、なんだか間抜けなような感じがします。でもそこがとてもかわいいという部分もある。

初音ミクと性の問題

例えば南米のトロピカリアのような、ちょっとふざけたような音楽、トン・ゼーがそのへんの床を洗う機械を面白がって音楽に用いたりする感覚に似ていると思います。軽やかなおふざけというか。初音ミクというのは自分のなかではそうしたものに近いです。(佐々木)

野田:なるほどね、とても重要なポイントがいくつかありますね。まず、ボーカロイドの波形の話。きれいな波形と壊れた波形を重ねるから音が汚くなるというお話をされていましたけれども、音楽における機械声、ロボ声の使用はこれまでほぼ例外なく汚い音でしたよね。ヴォコーダーもそうだけど、だからおもしろいと言えるし、だから反感を抱かれる、という歴史をたどって来てもいるわけです。クラフトワークでさえ、はじめは笑われていたんですからね。
 もうひとつは、かわいらしい女の子の声にしたということ。僕みたいなかわいい文化の対極にいるような人間が言うのもなんですが。

佐々木:藤田さん(藤田咲)という演者さんに声をお願いしたんですが、スタジオに入ったときに、まずどういうふうに声を出せばいいんですか? と質問されました。彼女に読んでもらうのは、セリフでも日本語でもなくて、呪文みたいに50音が羅列されているものです。まったく何の意味も持っていないけど、ただ、それを読んでいるときの声の表情はそのままボーカロイドに使われます。その1語1語を細かく切ったものがボーカロイドになるわけです。で、こちらからお願いしたのは、とにかく意味不明な台本は意識せずにとにかくかわいらしくお願いしますということでした。あまりなにも考えないで、とにかく楽しく、かわいく! と煽っていたんですが、そんな問答を続けていたら、藤田さんがもう吹っ切れてしまったようで、途中で腕を振りだしたんです。テンポに合わせて体を揺らしながら声を出しはじめた。それから良いテンションになり「わたしかわいいでしょ?」という雰囲気で50音を発音しつづけてもらったので、かなり不思議な録音になりました。
 これの前にカイトとかメイコといったボーカロイドを作っているんですが、それはふつうのシンガーの方にお願いしていたので、ヴォイス・トレーニングのような録音だったんです。正しく、きれいな発音、発声。それを切って音程なしにつなげると、駅のプラットホームの音声アナウンスのようなフラットな感じになるんですが、ミクの場合は、とにかく「わたしかわいいでしょ!?」というテンションが凝縮されているので、切って貼って、そのテンションが高く口を開いた「ら」と、口が閉じ気味だけど表現を可愛くしようとした「ぬ」とかが並んだときに、ちょっと変な感じ、変な印象になります。聴き手は、歌い手側になにかメッセージか感情表現があるものという前提で聴くわけですが、そこがバラバラになるわけですね。自分はそれはユーモラスに感じるんです。例えば南米のトロピカリアのような、ちょっとふざけたような音楽、トン・ゼーがそのへんの床を洗う機械を面白がって音楽に用いたりする感覚に似ていると思います。軽やかなおふざけというか。初音ミクというのは自分のなかではそうしたものに近いです。
 音声合成として全然完璧なものではないですしね。もともとヨーロッパの会社がボーカロイド作ってたんですけど、そっちは声が人間ぽくならないのを逆手にとって、フランケンシュタインみたいな表現で、「これは人造人間みたいなものですよ」という売り方をしていたんです。それがなんとも自虐的というか、売れなさそうで(笑)、この方向はナシだなと思ったりしました。そこで日本の文化的な環境に適したものとして思い浮かぶのは、SFチックでかわいらしい女の子かなというところで、ご存知のとおりの姿かたちになっています。

野田:なるほどー。ソフトウェアのパッケージングとして重要な部分を支えている絵だというのはわかったんですが、ぶっちゃけ、このヴィジュアル自体にエロティシズムは意識されていないんですか?

佐々木:いや、僕自身もともとアニメ・カルチャーにさほど詳しいわけではないんですが......エロティシズムとは少し違うものでしょうか。昔は、男の子の性的な欲求の捌け口というと、エロ本やAVみたいなものだったりしたと思うんですけど、ある時期から肉感的なリアルな女性像が受け入れられないなどの理由で、アダルト・アニメやエロゲーなどに向かう人も一方で増えていったんだと思います。過度に母性を感じさせるように、胸が大きかったり、過度に恥ずかしそうに頬が赤らんでいたりという、アニメ等の記号的な性の表現は、自分としては作為的かつ刹那的と感じていたんです。初音ミクはそういうディテールがありつつも、頬の赤みや胸の大きさというのは極限までカットしていきました。それに、そもそもこの初音ミクの声ではあまり性的なイメージに結びつかないだろうなとも思いました。VOCALOIDの音として冷静に人間の声と比較すると、考えなしに淡々としている印象もありますし。この声を出している女の子がいるとすれば、それはおそらく胸も小さくて、性的なアプローチに乏しい姿なのではないか。それで少しストイックにしたというところはありますね。
 最近は女性のファンの方も多いですし、ニコニコ動画などの視聴者にもとても若い女性の方がいらっしゃいますから、変に性的に強調されていると、違和感になっただろうなとも感じます。

野田:ああ、なるほど。サイバー・フェミニズムっていうタームがありますよね。デジタル空間では、女性は旧来的なジェンダーから解放されるというね。ローレル・ヘイローのアルバムの会田誠の切腹女子高生の引用は、アメリカのデジタル文化になぞって言うと、サイバー・フェミニズム的なものを感じなくもないのですが、さっきのうちの娘じゃないけど、初音ミクは、女性性に受け入れられるんですね。なんか。

佐々木:もちろん最初は男の方が多かったですけどね。プログラマーとかIT系のお仕事をされながら、ネット・カルチャーのなかで情報収集をされる方がおもしろがって集まってきてくれました。一番乗りで動画を作られていた方では、鉄道オタクの方も結構いらっしゃいましたしね。

野田:なぜ鉄道オタクの人が(笑)!?

佐々木:山手線のメロディをひとつひとつ歌わせてくれるんですよ(笑)。新しもの好きで鉄道も好きという方はけっこういらっしゃると思います。

野田:ああ、そうかもねえ。


 時間を忘れて語る両氏。このあと野田がさらに初音ミクの少女性をめぐって切り込みます! 後編を乞うご期待!

佐々木渉、野田努 (構成:橋元優歩)(2012年12月17日)

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