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interview with Karl Hyde

interview with Karl Hyde

一音(いちおん)あれば、僕は歌える

──カール・ハイド(アンダーワールド)、インタヴュー

三田 格    May 01,2013 UP

Karl Hyde - Edgeland
Universal / ビート

Amazon iTunes

 強風のために電車が止まり、〈ソナー・フェス〉はそこそこの入りだった。おかげでトリにもかかわらず、カール・ハイドも悠々と観ることができた。初めて新宿リキッド・ルームでアンダーワールドを観たときは、客が40人もいなかった。「ボーン・スリッピー」がヒットしてからはどこもかしこもギュー詰めで、もう、こんな風にカール・ハイドを観ることはないと思っていた。いつもはまるで落ち着きのないカール・ハイドが静かな曲ばかり演奏しているうちに、だんだん無駄な動きをしなくなっていったことがとくに印象的だった。

 とはいえ、インタビューの席に現れたカール・ハイドは、やはりとてつもなく落ち着きがなかった。ひとつの質問に答え終わると、すぐに口笛を吹き出し、初のソロ・アルバムとなる『エッジランド』を聴いて、どことなく『スキッパー』というアルバムを思い出したと僕が言うと、すぐにメモ帳にタイトルを書き付けていた。あるいは、イーノが表紙のエレキングを見せると、写メを撮ってその場でイーノ本人に送信しはじめた......え、どうして僕はイーノの表紙を見せたのか? それはカール・ハイドがソロ・デビュー・アルバムをつくろうと思ったきっかけがイーノとの出会いにはじまるからです。では、まあ、順を追って。

イーノとはすでにアルバム1枚分はレコーディングもしてるんだ。でも、僕はいつも誰かに従ってしまうので、このアルバムでは責任を持ちたいと思って、自分がプロジェクトを引っ張れる体制にしたかったんだよ。

(『エッジランド』の特徴をひと言でとらえ、)いまは落ち着いた表現に興味があるんですか?

ハイド:たまたまそうなったというだけだよ。アンダーワールドでも同じようなことはやっていたし、いつもとは違う人たちと組んでみて、音楽に導かれるままやっていたら、こうなったというだけ。僕はプロセスを楽しみたいんだ。だから、コンセプトを決めて、その通りにやるというようなことはしない。

大きく言えばロック・ミュージックをやっているわけだし、クラブ・ミュージックへの反動もあった?

ハイド:僕はクラブ・ミュージックを愛しているよ。でも、そればかりやっていたら飽きて嫌いになってしまうかもしれないから、バランスを取りたいとは思ったよね。

(顔も態度も阿部周平に似てるなーと思いながら)歌い方も全体にすごく優しくなっているし、それは80年代にやっていた感じを思い出したということでしょうか?

ハイド:それは違うんだ。僕はブライアン・イーノに声をかけられて、〈ピュア・シーニアス!〉というイベントのシリーズで歌うことになったんだ。

そうみたいですね。

※「ピュア・シーニアス!」は09年にイーノのキュレイションによって行われた即興パフォ-マンスで、シドニーのオペラ・ハウスを舞台に6時間に渡って繰り広げられた(翌10年には1時間半のヴァージョンがブライトン・フェスティヴァルでも再演されている)。カール・ハイドのほかにはザ・ネックス(『裏アンビエント・ミュージック』P.117)、ジョン・ホプキンス、リオ・エイブラハムが参加。

ハイド:オペラ・ハウスで座席に腰をかけている観客とコミュニケイトするのはとても難しかった。クラブとはぜんぜん違って、いってみれば1対1のような関係だったんだ。どうすれば自分の歌が届くのか。メロディ自体はどんな状況でもすぐに浮かんでくる。いつも家ではドローンやインド音楽を聴くことが多くて、それに合わせて適当に歌っていたから、それは簡単なことだった。フェアポート・コンヴェンションの"フラワーズ・オブ・ザ・フォレスト"(5thアルバム『フル・ハウス』のクロージング)だっけ? あんな感じが好きなんだ。それこそイーノが一音でもピアノを鳴らしてくれれば、どんな風にも歌えた。でも、それだけでは観客には届かない。そうやって歌い方をあれこれと変えているうちに出来上がったものが、いまの歌い方なんだ。同じように日曜日の〈ソナー〉でもMCでオーディエンスに話しかけることは、自分なりのチャレンジだったんだよ。45年もステージに立っていて、まだ新しいことにチャレンジできるなんて、とても嬉しいことだよ。

ああ。ステージの最後で「ペイシェンス(忍耐)」という言葉を使っていたのが気になりました。あれは、ダンス・ミュージックをやるわけでもないし、オーディエンスに「プレジャー」を与えていないということなんですか?

ハイド:いや、違うよ。まだ発売もされていないアルバムの曲を忍耐強く聴いてくれたことに感謝したかったんだ。それどころかアンコールまで求めてくれて。アンダーワールドのアルバムが出てからも大分経つし、そうやって間隔が空いてしまうことにも同じような気持ちを持っているよ。

そうですね。あのときのオーディエンスはまだ聴いてなかったんですね。僕自身はアンダーワールドとはかなりかけ離れた印象を持っていたんですけど、"ダーティ・エピック"を曲目に織り交ぜていたことで、なるほど一貫してるんだなと思えました。

ハイド:そう、そう。

取材:三田格(2013年5月01日)

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