「PAN」と一致するもの

Moment Joon - ele-king

大前至

他人事として聞き流すのか、共鳴することはできるのか?

 韓国出身で現在、大阪を拠点に活動しているラッパー、Moment Joon。これまで日本人の親を持ちながら海外で生まれ育った、いわゆる帰国子女のラッパーや、あるいは国籍としては日本人ではないものの、幼少から日本で育ってネイティヴな日本語でラップするラッパーというのは少なからず存在している。しかし、大学への進学を機に韓国から日本へ移住したという Moment Joon の場合はそのどちらにも属しておらず、(本人曰く)「移民者」ラッパーという非常に稀な立ち位置で、日本のヒップホップ・シーンにてその存在感を強烈に示している。日本では留学生という立場ではあるものの、ビザ取得の面など自由に平穏に滞在すること自体も容易なことではなく、また、日本での日常生活の中で直接的な人種差別も受け、その一方で韓国の成人男性にとっては国民の義務である兵役中には自殺を考えるほどの苦しい思いをするなど、彼がこれまでの人生で経験してきた様々な苦労は、大半の日本人にとっては想像することすら難しいことかもしれない。しかし、そんな彼だからこそ表現できるトピックを、日本語ラップという手法の中で見事なエンターテイメントとして昇華させているのが、彼の 1st アルバムである『Passport & Garcon』だ。

 アルバムの幕開けとなる “KIX” ではタイトルが示す通り、関西国際空港(=KIX)での Moment Joon 自身の実体験が再現されており、彼にとっては入国審査ひとつ取っても、通常の日本人とは全く異なることがよく判る。この曲に限らず、本作で重要なのは、彼の体験やメッセージを他人事として聞き流してしまうのか、あるいは何らかの共鳴をすることができるのか? それは彼の存在や言葉を「外」からものとして捉えるか、あるいは「内」として捉えるかと言い換えてもよいかもしれない。もし前者であるならば、本作を聴く資格はないとまでは言わないが、しかし、作品が持つ意味が全く違うものになってしまうだろう。

 また、Moment Joon は韓国語、日本語、英語のトライリンガルであるが、本作のリリックはそのほとんどが日本語であり、韓国語と英語はごく少量のみ(そして実に効果的に)使われているのみだ。彼の日本語はほぼネイティヴスピーカー並みであるが、僅かな発音のクセが彼の放つ言葉に個性という輝きを与え、一つの魅力にもなっている。その上で、彼が移民者としての立場から、日本という国や社会、日本人に対して発するストレートなメッセージは、痛いくらいに辛辣であったり、時には挑発するような過激な表現が含まれていたりもする。それこそ、ここまでコンシャスなアルバムは昨今の日本語ラップでは珍しいくらいだ。そして、その先にあるのは、彼が現在住んでいる日本への愛と希望であり、さらに彼自身が属する日本のヒップホップ・シーンへの強い思いも感じとることができる。ラストに収録されている先行シングル曲 “TENO HIRA” はその集大成とも言える一曲であり、ぜひ、リリックを一つ一つ噛み締めながら聞いて欲しいが、個人的にも、日本語ラップでこんなに心が揺さぶられた経験は久しぶりだ。

 最後に、作品としてこのアルバムをより豊かなものにしているのが、一つは Hunger (Gagle)と Justhis という日韓二人のゲスト・ラッパーであり、もう一つは全てのトラックを手がけているプロデューサー、NOAH の存在だ。美しく透明感もあり、そして様々な感情を引き出す NOAH が作り出すトラックによって、アルバムとしての統一したカラーが見事に作り上げられ、Moment Joon の伝えたいメッセージに一つの明確な道筋を与えているようにも感じる。澁谷忠臣氏がデザインを手がけたカバーも含めて、必要最小限のミニマルな構成で作り上げたからこその、見事なアート作品と言えよう。

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高島鈴

この曲を聴いて手のひらを掲げたなら、それはもう約束だ。

 その島は沈黙している。よく耳を澄ませば、何事かをごにょごにょと話している風ではあるのだが、「何かありますか?」と聞くとみなお互いに顔を見合わせて口を閉じるのだ。いじめが常態化した教室のように、誰も責任を負おうとしない。ただあいまいな内輪の空気が満ちている。列島社会は長らくそのようなムードを擁してきた。
 この糾弾すべき沈黙のなかで、Moment Joon は手を上げている。賞賛の両手ではない。異議申し立ての片手である。

 ソウル出身大阪在住の「移民者ラッパー」 Moment Joon。前作「Immigration EP」のレヴューでも書いたように、社会変革のために戦うファイターであり、同時に「生存以上生活未満」の営みを必死に回す弱い生活者である。
 3月13日にリリースされた Moment Joon の新譜『Passport & Garcon』は、間違いなく2020年の年間チャートを席巻するだろう。しかしこの作品が本当に評価されたと感じるためには、年間チャート1位では到底足りない。この公共を持たないゴミカス列島社会が変わって初めて、Moment Joon は自作の評価を確信できるに違いない。社会に変化を望むなら、いや望んでいない人こそ、Moment Joon の声を聞くべきだ。

 本作は痛みと苦悩、恐怖と怯えに満ちている。
 入管職員から韓国への出国を「帰国」と言い換えられる(“KIX/Limo”)。税金を払っているかどうか執拗に尋ねられ、曲を「日本の悪口」と切り捨てられる(“Home/CHON”)。自分に浴びせられた無数の差別言説を自分の口から取り出して見せる(“KIMUCHI DE BINTA”)。リスナーに人生を見世物扱いされ、自分の愛が敗れる気配を悟る(“losing My Love”)。自分が口にした変革の意思を、当の自分が信じられなくなっていることを明かす(“Hunting Season”)。被差別の経験を持つファンの子どもたちを見て、苦しみながら守られる側から守る側へ立ち上がることを決意する(“Garcon in the Mirror”)。

 Moment Joon は、他人の痛みを俯瞰することに慣れきった列島社会(a.k.a. いじめの蔓延した教室)の中で傷を晒し、どうにかこの場に対面性を持ち込もうと試みている。考えてもみてほしい、これらの曲を歌って、痛みがないわけがない。作って終わり、ではなくて、ステージの上でこの曲を歌うたびに、Moment Joon の身体は繰り返し削り取られるはずだ。受けた傷を何度も自分の身体の上で反復して見せるような楽曲を、Moment Joon は他ならぬその傷を見せるために発表し、歌っている。
 この痛みを耳にして、Moment Joon の傷の反復を終わらせなければならないと思わないなら、そのリスナーはいじめ教室の住人のまま一生を終えることだろう。Moment Joon に「もう傷を負わなくていい」と言える状況を作りだすにはどうしたらいいか考え、全員が動かねばならない。マジョリティとお金と男根的権力を主人とする政治家ではなく、弱い人の生存を一番に考える政治家を探し出して投票したのかどうか、身近な場所で行われている差別に「それダメですよ」と声を上げたかどうか、そういう選択の瞬間にこそ、Moment Joon の声を聞いたことへの責任がある。一瞬でも人の痛みに対面したなら、その責任は絶対に重い。

 本作の最後は、「feat. Japan」と付け加えられた楽曲 “TENOHIRA” で締められる。この曲だけが、明確に連帯への希望を見出している。

この島のどこかで君が手を上げるまで
寂しくて怖いけどずっと歌うよ
見せて手のひら(ひら、ひら)
見せて手のひら(ひら、ひら)
Moment Joon “TENOHIRA”

 この曲を聴いて手のひらを掲げたなら、それはもう約束だ。あなたと協働する、あなたの痛みを受け止める、という Moment Joon との約束である。そして「約束を守る」というごくささやかな公共を繋いだ先に、列島社会を覆う空気は晴れるのではないか。楽観ではなく戦略として、私は希望を信じたいと思う。

Marihiko Hara - ele-king

 インスタレーションから映画音楽まで、さまざまな領域で活躍する作曲家/ピアニストの原摩利彦がニュー・アルバムをリリースする。「情熱」とともに「受難」を意味することば、『PASSION』と題された同作は、深く心に沁み入るような叙情と、他方で力強さも兼ね備えた作品に仕上がっている模様。発売は6月5日。この苦難の時代だからこそ、その感性豊かな響きに耳を傾けたい。

原 摩利彦
坂本龍一、野田秀樹、森山未來……国内外のアーティスト達から愛され
ピアノ、フィールドレコーディング、電子音響、サウンド・スケープなど
幅広い表現で活躍する音楽家、原 摩利彦の最新作
『PASSION』6月5日リリース決定!

京都を拠点に国内外問わず現代アートや舞台芸術、インスタレーションから映画音楽まで幅広く活躍する音楽家、原 摩利彦。
ヨハン・ヨハンソンにも通じる音響派的側面を持ちながら、久石譲やチリー・ゴンザレスらが奏でるような、親しみやすいピアノのメロディがそこに重なり、一聴しただけで原の音とわかるような独自のサウンドを持つ。寄せては返す波の泡や草木を踏みしめる音などの自然音や、街の喧騒、ちょっとした生活音なども楽曲に組み込むフィールドレコーディングの手法も取り入れた作風には、日々の生活の中の微かな音の聴こえ方まで変えてしまう不思議な力があり、実験性と叙情性を持ち合わせた希有な才能を証明している。

そんな原 摩利彦の3年ぶりとなる待望のソロ作品『PASSION』が6月5日にリリース決定!! 心に沁みる叙情的な響きの中に地下水脈のように流れる「強さ」を感じさせる原の音世界がぎゅっと詰まった全15曲収録。マスタリングエンジニアに原も敬愛する故ヨハン・ヨハンソンが残した名盤『オルフェ』を手がけた名手フランチェスコ・ドナデッロを迎え、作品の音にさらなる深みを与えている。

アルバム表題曲であり、原自身がこの作品の方向性の決め手となったと語る楽曲 “Passion” が解禁。一つの主題が音域や和音を変えながら繰り返され展開していくこの楽曲からは、心の底に静かに眠る「情熱」や、あらゆる事象を粛々と「受け入れる」ような静かなる強さが感じられ、最新アルバムへの期待を高める。

‘Passion (Official Audio)’
https://youtu.be/myRfeSYHFkg

最近では松たか子、上川隆也、広瀬すず、志尊淳ら豪華俳優陣が出演、読売演劇大賞最優秀作品賞を受賞し話題となった野田秀樹演出の舞台作『Q:A Night At The Kabuki』でサウンドデザインを担当し、日本を代表するアートコレクティブ『ダムタイプ』のメンバーとしても活動。世界ツアーも大盛況となり森山未來もダンサーとして参加している世界的振付師ダミアン・ジャレと彫刻家名和晃平によるプロジェクト『Vessel』では坂本龍一と共に劇伴を手がけるなど、次から次へと活動の場を広げている。

原 摩利彦 『PASSION』についてのコメント

「Passion」という言葉は「情熱」や「熱情」翻訳されているが、元々は「受け入れること」、キリスト教では「受難」とされている。
中世で「情熱」という意味が加わったようだが、「受け入れる」強い気持ちと考えると、二つの意味は繋がる。
十代の頃に音楽家になることを決意したとき、音楽が好きという気持ちとともに、これから自分の人生で起こることに対する苦難──当時はまだ悩み、苦しむ音楽家に憧れがあっただけにすぎないかもしれないが──を受け入れることを覚悟したのを覚えている。
本アルバムには十六歳のときに作曲したピアノ曲もほぼそのまま収録している(Tr7 “Inscape”)。
二十年経って、今一度音楽家としての覚悟を決める。これから訪れるであろう幸せも苦難も、すべてを受け入れる強い気持ち(=PASSION)を込めてこのタイトルをアルバムにつけた。
また何年か前に、マドリード在住の写真家イザベル・ムニョス(Isabel Munôs)が別れ際に「A lot of Happiness. Good Luck and Passion!」と言った。
そのとき彼女の口から出た「Passion」という言葉が強く胸に響いた。
音楽的な挑戦としては、前作『Landscape in Portrait』よりもピアノの音域を広げること、他者が録音したフィールドレコーディングを使ってみること、非西洋楽器を電子音とともに「音響的に」共存させることである。
音楽的な西洋と東洋、中東の融合や統合を目指しているのではない。
それぞれの地域に住む人々が同じく朝を迎え、太陽の恩恵を受け、食事をし、夜になると月や星を見ること。
人間としての共通の出来事を経験しながらも、それぞれの文化(=音)が現れ、それが同じ地球上で鳴っているように、限られた時間の中で音響的に配置、共存させてみたいと思った。
原 摩利彦

label: Beat Records
artist: 原 摩利彦
title: PASSION
国内盤CD BRC-619 ¥2,400+税

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10963

TRACKLISTING:
01. Passion
02. Fontana
03. Midi
04. Desierto
05. Nocturne
06. After Rain
07. Inscape
08. Desire
09. 65290
10. Vibe
11. Landkarte
12. Stella
13. Meridian
14. Confession
15. Via Muzio Clementi

Battles - ele-king

 結成17年を経ていまだなお意欲的な姿勢を崩さないバトルスが、なんとオンライン・リミックス・コンテストを開催する。指定のサイトにアクセスして最新作『Juice B Crypts』の素材をダウンロード、めいめいがそれを自由に料理し、バトルスがそれにフィードバックを返す、という流れ。詳しくは下記をご参照いただきたいが、しっかり賞品も用意されているので、われこそはという方はぜひチャレンジしてみよう。〆切は5月24日。

最新アルバム『Juice B Crypts』のリミックス・プロジェクトを開始!
優勝者には豪華賞品も!

バンド・サウンドの常識をことごとく脱構築し、音楽ファン達に強烈な衝撃を与えてきた現代エクスペリメンタル・ロック・バンドの最高峰、バトルスが、最新アルバム『Juice B Crypts』のオンライン・リミックス・プロジェクトをスタート!

Battles Remix Project
https://rmx.bttls.com

ウェブサイト上ではアルバム中に使用されているシンセ、ドラム、ギター、その他様々なサウンドが分解され、インタラクティブな地下鉄マップに配置されている。それぞれのサウンドは自由にダウンロードできるようになっており、サンプリングしたり、ストレッチしたり、歪ませたり、リミックスしたりすることが可能だ。

バトルスは様々な人からのアイデアを聴きたいとの想いからこのプロジェクトをスタートさせたという。ファンにとっては自分でリミックスした音源を直接バンドに聴いてもらうことのできる絶好のチャンスだ。最終的に数名の優秀作品が選ばれ、Native Instruments、〈Warp〉、そして Battles から賞品が贈られる。音源提出の締め切りは2020年5月24日。

賞品一覧

最優秀賞
Native Instruments Komplete Kontrol S49
Native Instruments Komplete 12 Ultimate
好きな Native Instruments の拡張音源 (Expansion)
Native Instruments Store の200ドル分のクーポン
バトルスとのスカイプでのスタジオセッション
バトルスのサイン入りグッズ
『La Di Da Di』のハンドスタンプが押されたテストプレスを含む〈Warp Records〉からの賞品
シングル、EP、アルバムに使える Spinnup の無料クーポン
Melodicsの12ヶ月分のサブスクリプション

第2位
Native Instruments Komplete 12
好きな Native Instruments の拡張音源 (Expansion)

第3位
好きな Native Instruments の拡張音源 (Expansion)

JUICE B CRYPTS
バトルスの最新アルバム『Juice B Crypts』は現在好評発売中!国内盤にはボーナストラック “Yurt” を追加収録し、歌詞対訳と解説書が封入される。

label: BEAT RECORDS / WARP RECORDS
artist: BATTLES
title: Juice B Crypts
release date: NOW ON SALE

国内盤CD
国内盤特典:ボーナストラック追加収録/解説書・歌詞対訳封入
BRC-613 ¥2,200+税

国内盤CD+Tシャツ
BRC-613T ¥5,500+税

Pandemic Diary (1) - ele-king

interview with Little Dragon (Yukimi Nagano) - ele-king

 スウェーデンのイェーテボリから登場したリトル・ドラゴンはどこかミステリアスで、でもポップさとか可愛らしさも持つ風変わりなバンドだ。ヴォーカリストのユキミ・ナガノ、キーボードのホーカン・ヴィレーンストランド、ベースのフレドリック・ヴァリン、ドラムス&パーカッションのエリック・ボダンからなる4人組で、学生時代の仲間がそのまま大人になってバンドを組んでいる。ユキミ・ナガノが日系スウェーデン人ということもあり(父親が日本からスウェーデンに移住した日本人のインテリア・デザイナーで、母親がスウェーデン系アメリカ人)、またかつてクラブ・ジャズの世界で知られた存在だっただけに、親近感を抱く日本のファンも少なくないが、彼女のどこか妖精のようにフワフワとしながらコケティッシュさも持つヴォーカルと、エレクトロ・ポップ、インディ・ロック、オルタナティヴR&B、ハウス、ニューウェイヴ・ディスコ、シンセ・ブギーなどさまざまな要素がきらめくサウンドが結びつき、ほかになかなか見ないような独自の個性を生み出している。

 これまでに5枚のアルバムをリリースし、特に『ナブマ・ラバーバンド』はグラミー賞にもノミネートされるなど高い評価を得て、世界中のさまざまなフェスでも大活躍している。そんなリトル・ドラゴンにはいろいろなアーティストから共演やコラボのオファーが届き、ゴリラズフライング・ロータスサブトラクトケイトラナダバッドバッドナットグッドDJシャドウマック・ミラーリトル・シムズなどの作品にフィーチャーされてきた。そんなリトル・ドラゴンが心機一転してレーベルを〈ニンジャ・チューン〉へと移籍し、ニュー・アルバムの『ニュー・ミー、セイム・アス』を完成させた。進化を続けるリトル・ドラゴンがまた新たなステージに進んだことを象徴する作品であり、堅実でありながら型にはまらないR&B、ポップ、エレクトロニックという独特のスタイルに新しい方向性を見いだしながら、変わることなく若々しい精力的なサウンドを鳴らしている。同時にアルバムには内省的な空気も感じられ、ユキミの特徴的な歌声は、移り変わるものごとや憧れの感情や別れを告げることに思いを馳せている。今回はそんなユキミ・ナガノにリトル・ドラゴンを代表して話をしてもらった。

クープでは曲を書いているわけでも歌詞を書いているわけでもなく、操り人形のような気持ちになることもあった。誰かが作ったものをそのまま運ぶ仲介人みたいなね。だからジャズを聴くのがイヤになったことさえあった。

1996年にイェーテボリの学校仲間が集まって結成されたリトル・ドラゴンは、アマチュア時代を経た後、2007年にファースト・アルバムを発表してから『マシーン・ドリームズ』(2009年)、『リチュアル・ユニオン』(2011年)、『ナブマ・ラバーバンド』(2014年)、『シーズン・ハイ』(2017年)と5枚のアルバムをリリースしてきました。いろいろキャリアを重ね、『ナブマ・ラバーバンド』はグラミー賞にもノミネートされるなどアーティストとしても確立された存在になったと思いますが、ここまでの活動を振り返ってどのように感じていますか。

ユキミ・ナガノ(Yukimi Nagano、以下YN):いろいろあったわね。いろいろ(笑)。ここまで来るのに一晩しか経っていないような気がするけど、たくさん曲も作ったし、たくさんライヴもしてきた。いいことも悪いことも経験したわ。でもそれができたのは、私たちについてきてくれるファンがあったからよ。だから、ファンのみんなにはすごく感謝してる。

誰かひとりが突出するのではなく、メンバー4人が作曲、演奏などすべてに渡って平等な形で参加する民主的なバンドのリトル・ドラゴンですが、学校の仲間ということはあるにしても、ここまで長くやってこられた秘訣などあるのでしょうか?

YN:私たちは初期の頃からお金を全部均等にしてきた。誰が書こうが、誰が作ろうが、収入を山分けしてきたのね。その作品自体は全員で作ったという意識だから。それがみんなの意識につながって、うまくいっているのかもしれない。バンドが有名になっていくと、5人のうち2人だけどんどんお金持ちになって、他のメンバーは全然なんてことよくあるでしょ(笑)。ツアーにはみんなで出るし、労力はそんなに変わらないはずなのにね。それが解散の原因になったりする。それは避けたいわ。

新作の楽曲のパブリッシングについても、メンバーが関わった分だけそれぞれパーセントで印税の分配比率が記されていました。ほかのバンドなどではこうした記載を見ることがなく、とても面白く感じたのですが、いつもこんな感じでクレジットするのですか?

YN:そうね。全員が全力で作品制作に取り組んでいるから、毎回そうしてる。どの曲も全員の手が入らないと完成しないと思って制作してるの。だからクレジットにそれを書くのがフェアかなと思ってね。

ユキミ・ナガノさん自身についてはかつてクープというニュー・ジャズ・ユニットに参加したのがシンガーとしてのデビューで、スウェル・セッション、ヒルド、日本のスリープ・ウォーカーにも客演するなど最初はクラブ・ジャズ・シーンで知られる存在でした。それがリトル・ドラゴンのエレクトロ・ポップ調の作品へと変わったとき、戸惑いを感じたリスナーも多かったことを覚えています。そもそも音楽のスタートはリトル・ドラゴンだったわけですが、あなた自身はこうした変容についてどう捉えていましたか?

YN:どのフェーズも自分のキャリアにおいてはなくてはならなかったと思う。いまだから冷静になって言えることだけどね。当時は複雑な気持ちだったわ。クープではフロント・ウーマンだったけど、曲を書いているわけでも歌詞を書いているわけでもなく、操り人形のような気持ちになることもあった。誰かが作ったものをそのまま運ぶ仲介人みたいなね。そこに自分の気持ちは入っていないのに。だからジャズを聴くのがイヤになったことさえあった。ジャズ・シーンから距離を置きたくて。でもいまはもう何も気にならない。ジャズは大好きだし、もちろん聴くようになったしね。だから現状を変えようと思ったら、多少は大胆なこともしないといけないと思う。男性主導の業界の中で若い女の子が生きていこうと思ったら、強すぎるぐらい強くないといけない。それが自分の意に反しててもね。私はそれが得意じゃなかった。いま思えば、クープでの経験にはたくさんの気づきがあったから、私にとって必要なことだったと思う。大勢の人の前で歌うのが好きなんだってことが分かったし、自分のキャリアの序章になったと思ってる。

「私って、これが得意なのかも」って気づく感覚は、ある意味で罠なのよ。その気づきを機に、それしかできなくなってしまうから。成長しようと思ったら、心地が悪いと思う状況に身を置いて、ビギナーに戻らないと。

リトル・ドラゴン、クラブ・ジャズ・シーンでの活動、そしてホセ・ゴンザレスと共演するなどシンガーとして非常に広い間口を感じさせ、またフェアリーなヴォーカルによってビョークに比較されたこともありますが、シンガーとしての自身をどのように分析しますか?

YN:「変わったね」って言われるのは最高の褒め言葉だと思っているの。いちアーティストとして、そういう風に言ってもらえるのは嬉しい。同じことを繰り返すのはいやだから。アーティストとして、シンガーとして、常に新しい私を開拓し続けたい。「私って、これが得意なのかも」って気づく感覚は、ある意味で罠なのよ。その気づきを機に、それしかできなくなってしまうから。私はそれを恐れてる。成長しようと思ったら、心地が悪いと思う状況に身を置いて、ビギナーに戻らないといけないものなのよね。でもそれってすごく難しいことだから、「変わった」って言われることでその努力が認められている気がして嬉しいの。

ユキミさん個人への質問が続きますが、あなたはお父さんが日本人の日系スウェーデン人です。お父さんから何か日本のこと、文化などについて教えてもらったことはありますか?

YN:たくさん教えてもらった。父は70年代にスウェーデンに移住してきたけど、彼自身もアーティストで、自分では気づいていないかもしれないけど、父は私にすごく影響を与えてるわ。日本人的な規律ある人で、働き者だった。生き方を背中で教えてくれたって感じね。毎日必ず家に帰ってきたら、自分の制作をしてた。家賃を払うのに必死になってしまうかもしれないけど、自分が好きだと思えることがあるんだったら、少しでもいいからそれを毎日必ずやるべきよ。それを自分の行動で示してくれた。だから私もそれを見て、毎日詩を書いていたわ。そんな父の存在がなかったら、音楽で食べていけるようにはならなかったと思う。普通の父親とは違って、私の音楽に対する情熱をすごく応援してくれたのよね。「これをやりなさい」なんて言われたことは、一度もないわ。彼が心配してたのは、私が頑張りすぎることぐらい。ただ父は純粋な日本人だけど、日本の音楽を聴かせられた記憶はないのよね。あの世代の人たちって、ボブ・ディランとかジョニ・ミッチェルとかが好きでしょ(笑)。父もそうだから。

スウェーデンのローカル・バンドだったリトル・ドラゴンですが、ファースト・アルバムに収録された “トゥワイス” がアメリカのTVドラマに使用され、ロバート・グラスパー・エクスペリメントもカヴァーしたことによって、アメリカから世界へとリトル・ドラゴンが知られるようになったと思います。『ブラック・レディオ』(2012年)をリリースした頃にグラスパーへインタヴューした際、ユキミ・ナガノの声がとても好きで、コラボしたいアーティストの筆頭に挙げていたのですが、彼のことはどう思いますか?

YN:知らなかった。すごく光栄だわ。ぜひ一緒に仕事したいわね。彼の音楽ももちろん好きだし、人間的にも尊敬してる。“トゥワイス” のカヴァーも本当に光栄なことよ。さっきも言ったみたいに、10年前だったらジャズと聞いただけで嫌悪感を抱いてたから、断ったかもしれないけど!(笑)。いまは、ジャズへの愛を取り戻したからね。こういうのって、面白いのよね。予想もしてない人が私たちの音楽を好きって言ってくれたりする。全然関係ないジャンルとかね。びっくりすることがよくある。私はいつも思っているんだけど、一度曲をリリースしたら、その曲はもう自分のものではないの。みんなのものになる。子どもと一緒よね。成長したら一人前になって、もう親のものではなくなる。曲にも命があって、どう成長していくのかを見るのが楽しいの。

これまでコラボしてきたアーティストはゴリラズ、フライング・ロータス、サブトラクト、フルーム、ケイトラナダ、バッドバッドナットグッド、ビッグボーイ、デ・ラ・ソウル、DJシャドウ、ティナーシェ、マック・ミラー、フューチャー、ラファエル・サディーク、フェイス・エヴァンス、リトル・シムズなど多岐に渡ります。特に印象深かったコラボ、また影響を受けた共演者はありますか?

YN:これまでやってきたコラボレーション全てにいい影響をもらってる。中でもフェイス・エヴァンスは私たちが初めてコラボしたアーティストなんだけど、私がもともと大ファンだったの。アイドルみたいな存在。それで会いたかったけど、叶わなかった経験もあったりして。オファーしてみたら、彼女自身は私たちのことを知らなかったんだけど、お子さんが聴いてくれてたみたいでね。子どもたちが「この人たちかっこいいからやった方がいいよ!」って言ってくれたから、実現したのよ。嬉しかったわ。憧れのヴォーカリストとコラボできて、夢が叶った気持ちだった。

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私たち人間は地球という同じ惑星にいて、生きて、死んで、そして違う生命に生まれ変わるけど、地球に生きる生命であることには変わりがないということね。

これまで〈ピースフロッグ〉 〈ビコーズ・ミュージック〉から作品をリリースし、今回の新作『ニュー・ミー、セイム・アス』は〈ニンジャ・チューン〉からのリリースとなります。アルバムに先駆けて2018年に「ラヴァー・チャンティング」というEPをリリースしているのですが、〈ニンジャ・チューン〉へ移籍したきっかけは何ですか?

YN:〈ビコーズ・ミュージック〉との契約を終える段階で関係者の人たちと話をしていて、〈ニンジャ・チューン〉でA&Rをやってるエイドリアンと繋がったの。彼は本物の音楽オタクなのよね。音楽の仕事をする相手に真の音楽好きを選ぶのは、すごく大切なこと。〈ニンジャ・チューン〉は私たちの音楽をサポートしたい、もっと多くの人のもとに届けたいって言ってくれた。インディペンデントなレーベルだから直接的にサポートしてもらえるし、今後がすごく楽しみだわ。

『ニュー・ミー、セイム・アス』というタイトルにはどのような意味が込められているのでしょう? 「新しい私、変わらない私たち」という逆説的な言葉なのですが。

YN:潜在的な意識の話なんだけど、自分は変わったと感じたとしても、身体は変わらないってこと。たしか7年で身体の細胞は入れ替わるらしいんだけど、それでも身体自体は同じ。年を取っていくだけ。まずはそれが、人間全般に対しての『ニュー・ミー、セイム・アス』の意味ね。それからバンドとしての意味は、10年前の私たちとは全然違うんだけど、一緒に音楽をやっているという事実は変わらないってこと。あとはもっと深い意味で言うと、私たち人間は地球という同じ惑星にいて、生きて、死んで、そして違う生命に生まれ変わるけど、地球に生きる生命であることには変わりがないということね。

レーベルからのインフォメーションによると、自立と前進を促す “ホールド・オン”、失われた愛についての “ラッシュ” はじめ、“アナザー・ラヴァー”、“サッドネス” とポジティヴなものから悲しみを歌ったものまで、心の動きをなぞった歌詞が多いです。アルバム全体を通して何か訴えたかったものはありますか?

YN:全体をひとつの旅として聴いてほしい。アルバムのトラック・リストはみんなで慎重に考えたものなの。最近は曲単体で聴く流れになってきてるから、曲順とかをあまり気にしない人も結構いるけど、アルバムをひとつの作品として考えたい。私たちはオールド・ファッションな人間だから。“サッドネス” の曲調は明るいけど歌詞は暗い。そのあとにはダンス・ララバイの “アー・ユー・フィーリング・サッド?” が来るわよね。「心配しないで、心配しないで、うまくいくから」って歌詞で、子守歌なんだけどダンス・トラックになってる。“アナザー・ラヴァー” のトラック自体は昔から持ってた曲だったんだけど、歌詞は付けてなかったのね。それである日マジック・マッシュルームをやったときにすごく効いて、とてもサイケデリックな体験をしたの。泣いて、泣いて……そしたら突然、一緒にいた人の痛みを私が感じたのよ。感じられるはずないのにね。そのときのことを歌詞に書いて “アナザー・ラヴァー” に付けたの。ヴォーカルをレコーディングするときにも涙が止まらなくて、鼻水も止まらなくて、ぐちゃぐちゃになって、なぜかすっごく感情的になっちゃった。だから制作過程自体がエモーショナルだったのよね。

『ナブマ・ラバーバンド』ではロビン・ハンニバル(クアドロン、元ライ)が共同プロデュースで参加し、デ・ラ・ソウルのデイヴ・ジョリコーが作曲にも加わっていました。『ニュー・ミー、セイム・アス』はメンバー4人のみですべて作っていて、その面では初期のプロダクションに近いわけですが、アルバム制作に関してこれまでと何か違う点などありますか?

YN:色々な人が携わっていると、「何か忘れているんじゃないか」「もっとできることがあるんじゃないか」って、被害妄想的になりがちなのよ。デイヴはいいミュージシャンだから音楽的にもすごく助けてくれるし、ロビンは敏腕プロデューサーで、彼のアレンジで曲が流れるようにスムーズになる。アルバムを商業的に成功させるのに、いいプロデューサーが必要なのは事実だしね。でも今回は、その妄想を払拭することに決めたの。売れるアルバムを作るのが目的だったら、もっとメインストリームな曲を作るようにするわ。もちろんメインストリームな曲がいい曲じゃないって言ってるんじゃなくてね。多くの人に好かれるのは嬉しいことよ。でも、売るためにアルバムを作るのはやめた。「マックス・マーティンに気に入ってもらえれば、ラジオでたくさん流してもらえるかも」なんて、いまはそれを望んでないのよね。音楽を作るっていうのは取捨選択的で、自分たちらしい音楽を作るか、コマーシャル・ミュージックを作るかなのよ。ミュージシャンがそれを選ぶの。だから今回、私たちは決めたの。「これを気に入ってくれる人もいれば、そうじゃない人もいる」って。「自分たちの好きな音楽を作ろう」ってね。

“ホエア・ユー・ビロング” と “ステイ・ライト・ヒア” にサックスとギターで参加しているジョエル・ウェストバーグはどんなミュージシャンですか? 確か『シーズン・ハイ』でも演奏していましたが。

YN:昔からの友人で、素敵なミュージシャンよ。ドラマーであり、サックス奏者であり、プロデューサーでもある。サー・ワズっていう名前でもやっていて、長年私たちのライヴのサポートもしてくれているの。昔からいろいろなところから声がかかるような、優れたミュージシャンなのよ。それなのにあるときを境に、何ヶ月も自分の部屋にこもるようになった。「何してるのよ?」って訊いたら、「自分の音楽を作ってるんだよ」って。聴かせてって言っても、後でね、後でねって全然聴かせてくれなくて(笑)。最終的には公に出す勇気が出たみたいで、演奏もヴォーカルも自分でやってる曲をリリースしたわ。彼のことを誇りに思う。ミュージシャンとして尊敬してるから。それで今回のコラボレーションは彼から申し出てくれたの。サックスがうまいから、私たちの曲に良いエッセンスを加えてくれたわ。

ある日マジック・マッシュルームをやったときにすごく効いて、とてもサイケデリックな体験をしたの。泣いて、泣いて……そしたら突然、一緒にいた人の痛みを私が感じたのよ。感じられるはずないのにね。

エレクトロ・ポップと形容されることが多いリトル・ドラゴンですが、その中にはインディ・ロック、オルタナティヴR&B、ハウス、ニュー・ディスコ、シンセ・ブギー、ダブステップなどさまざまな音楽がミックスされています。『ニュー・ミー、セイム・アス』に関してはどんな音楽の要素が強いと思いますか? 個人的には “ホールド・オン” や “サッドネス” などダンサブルな曲がまず印象に残り、『99.9%』(2016年)に参加したケイトラナダの作品に通じるものを感じたのですが。

YN:難しいわね。私たちにジャンルは関係ないのよ。音楽ライターにとっては大事かもしれないけどね!(笑) ジャンルにはめて説明しないといけない仕事だから。でもごめんね、ミュージシャン自身が自分の音楽をジャンルに当てはめるのはもったいないと思ってるのよ。ポップです、ロックです、ヒップホップです、っていうのはちょっと違うの。音楽は説明するものじゃないわ。ティーンエイジャーだったら、自分のレコード・コレクションのためにラベル付けが必要なのかもしれないけど(笑)。私たちはもっと折衷的でありたいし、聴く人を混乱させたい。だから、あまり説明したくないの。例えば「エレクトロ・ポップだよね」って言われたとしても、「そうね」としか言わない。そう思うんなら、そうかもって。ジャンルは気にしないわ。他の国よりもアメリカで人気があるのは、そのせいかもしれない。新しいもの好きで、典型的なものを好まないリスナーが多いから。

エリック・ボダンが演奏するメロディ・ハープ(簡単にメロディを奏でられる小型のハープ)が多くの曲で使われていて、その円やかでキラキラした音色がアルバムのカラーにも影響を与えていると思います。どのようなアイデアでこの楽器を取り入れたのですか?

YN:最初は冗談だったのよ(笑)。スタジオにたまたまあって。珍しい楽器が目の前にあると、弾きたくなるのがミュージシャンの性分だから(笑)。それで弾いてみたら、「いいね、レコーディングしよう!」って。最終的にはほとんどの曲で使って、このアルバムの象徴みたいなサウンドになった。曲と曲を繋ぐ役割を果たしてくれていると思う。

後半は “ホエア・ユー・ビロング”、“ステイ・ライト・ヒア”、“ウォーター” とメロウで内省的な曲が続くのですが、この流れは何か意識したところがあるのですか?

YN:バンドの間にそういう感情が漂っている時期があるのよね。内省的で、回顧的な感情が。生死とか、変化について考えたりとかね。だからこのあたりの曲には、バンドのそういう雰囲気が反映されてる。その一方で “アー・ユー・フィーリング・サッド?” とか、“ホールド・オン” とか、明るい曲もある。そのバランスを見るようにはしたわ。前半は明るくて、後半は暗い。A面とB面みたいな感じで、両方楽しめるようになってるの。

最後にニュー・アルバムに関してどんなところを聴いて欲しいかなど、ファンに向けてのメッセージをお願いします。

YN:アルバムを最初から最後まで、トラック・リストどおりに聴いてほしい。人生を旅してるような気持ちでね。意味は自分で作ってもらって構わない。私も自分にとっての意味を心の中に持っているし、自分なりの意味を持つアルバムを聴くのは、安心するものだから。

実際に、今ほど魅力的で「プログレッシブ」な瞬間もないでしょう。
なぜなら、問題は「どうやって支払うのか」ではないと示されたからです。アレクサンドリア・オカシオ=コルテス議員

 「財政の絶大な力」を、今こそ発揮させるべきだ。

 この国はずっと死にかけていたのに、コロナ恐慌を機に覚醒したかのように、「政府はもっと金を出せ」と言う人たちが突如として増えた。新聞やテレビの報道でも「現金給付」や「消費減税」を求める視聴者や識者、コメンテーターの声が伝えられ、彼らが「ポピュリズム」だと揶揄して憚らなかった積極財政を後押しし、財政の門番ケルベロスのように座して動かなかったプライマリーバランス(基礎的財政収支)を覆そうとしているようだ。NHKでさえ「新たな借金に頼らざるを得ない状況と言えそうだ」として、緊縮財政の宣伝機関としての看板を下ろそうとしている。

 しかし、彼ら緊縮財政派の脳内にあった「財政破綻の危機」は一体どこに行ったのだろうか。コロナショックが訪れる前は--たとえ消費増税不況の最中にあっても--あんなに「国民一人当たりの借金は900万円」だと財政危機を煽っていたのに、たいした変わりようである。

 彼らの論理に則れば、政府が今般の不況対策として考える数十兆円規模の赤字国債を発行し、財政出動してしまったら、財政が破綻してしまうのだろうから、たとえ親の会社が倒産し進学を諦める子どもが増えようが、借金が膨らみ自己破産する人が増えようが、所得を失い首をくくる人が増えようが、何を置いても、赤字国債の発行と財政出動を阻止しなければいけないはずだ。でなければ、将来世代にツケを残すことになるからだ。

 ところが彼らはそうしてはいない。いったい、どういうことだろうか?

 これは、例え国債を発行して何十兆円も財政出動したとしても、彼らが従前からプロパガンダしていた「財政破綻」や「ハイパーインフレ」、「円の信認の毀損」などということは、絶対に起こらないことを、彼ら自身が認めてしまったかっこうになるだろう。

 多くの人が、政府の予算は集められた税金の中から支出していると勘違いしているが、実際の政府会計はそうなってはいない。今回のコロナ恐慌で明らかになったように、政府は税金という財源などなくても、自由に支出している(もちろん国債も税金で償還されてはいない)のだ。

 日本での経済対策費は15兆程度と予測されている--これは後程批判するとして--が、アメリカでは220兆円という前代未聞の巨額の経済対策を予定しているという。

 それもそのはずだ。アメリカのセントルイス連邦準備銀行のブラード総裁は、コロナ対策のための閉鎖行動により、米国の失業率が4~6月期に30%に達する可能性があり、GDPは50%低下するとの予測を3月22に発しているが、それほどのショックをもたらす未曾有の大恐慌がやってこようとしているためだ。

 この昨今の世論の変わりようについて、AOC(オカシオ=コルテス議員)とサンダース大統領候補の経済顧問・ケルトン教授の、3月24日のTwitterでのやりとりから要旨を少し抜き出そう。

事実として、今ほど魅力的で『プログレッシブ』な瞬間もないでしょう。
なぜなら問題は『どうやって支払うのか』ということではなかったと示されたからです。
政府に支払う能力があるかとか、兵站がうまく機能しなければならないという問題も、最初からなかったのです。
我々が今まで他人を人道的に扱ってこれなかったこれらの言い訳が、なぜ、突然煙の中に消え去ってしまったのでしょうか。 オカシオ=コルテス議員

経済への打撃を和らげるために、誰も2兆ドルの支出パッケージを税金で払おうなどと考えないでしょう。
もし税金で払おうとするのなら、それは狂気です。

政府は税金を原資とせず、インフレにならない限りは連邦支出を拡大できるのです。

議会は、財政支出法案を通したあと、FRBに特定の銀行口座に金額を書き込むように指示するだけです。
しかし、政府はその事実を認めませんでした。代わりに、すべてを「税金で支払う必要がある」と偽ったのです。ステファニー・ケルトン教授

 この二人は3/20のThe Interceptのラジオ番組でも対談し、コロナ恐慌に対する具体策も語っているので、ここからも要旨を抜粋する。AOCの言う魅力的で『プログレッシブ』な瞬間とは、どういうことだろうか。

インシュリンが買えず、苦しみ死にそうな人がいるのは今も、そして以前も同じです。
今、医療保険の欠如を緊急事態と考える人たちには、なぜ1ヶ月前、半年前、そして1年前に緊急事態ではなかったと考えたのかと問いたいです。
アメリカは死にかけていたのです。対処療法ではなく恒久的措置が必要です
問題の多くが相互密接であるため優先順位を付けるのは難しいですが、債務モラトリアムやUBI(ユニバーサル・ベーシックインカム)も講じる必要があります。そして今は出血を止めることが先決ですので、全ての働く人々への小切手給付も併せて必要です。
オカシオ=コルテス議員

今提案されている1兆ドルで不十分なら、さらに用意する必要もあります。
対策には二つの重要なことがあり、まず家計の現金流入を増やすこと、そして現金流出を止めることです。
企業の従業員に対する支払いのサポートや直接の現金給付も大事ですし、家賃や住宅ローン、納税や社保料、学生ローンの支払いのモラトリアムも重要です。
光熱費、住宅ローン、家賃、健康保険料をどれだけ猶予できるかによりますが、1兆ドルの対策では小さすぎるかもしれません。
3700万の雇用が来週には失われようとしている、カタストロフィーが雪崩になって押し寄せるのですから、できることは全てやるべきです。
ステファニー・ケルトン教授
出典:How to Save the U.S. Economy, With Alexandria Ocasio-Cortez and Stephanie Kelton

 また、上記のやりとりは筆者のブログでもまとめているので、興味あれば参照願いたい。

 AOCやケルトン教授は、政府や人々が、全ての人々の人権を再認識し、その権利としての医療や教育、社会保障制度を整備していくべきだと訴え、それこそが「プログレッシブな瞬間」だと捉えているようだ。

 日本に関しても、緊縮財政や消費増税でデフレ化した経済、そして自由貿易や規制緩和などのネオリベ政策によって、社会的資本はないがしろにされ、庶民の富を搾取し、富裕層がより富を貯めこむような、危機に脆弱な社会構造が作られてきた。公務員数は半数に削減されたばかりか非正規公務員は激増した。医療や社会保障費は削減され、感染症対策の要となる国立感染症研究所や地方衛生研、保健所の数や予算、そして大学の科学研究費や病院のベッド数までもが削られてきた。その結果、この20余年で国民の所得の中央値は120万円も減少し、貯蓄ゼロ世帯は全体の4割にも届こうとしている。独身女性の3人に1人が、子供の7人に1人が、そして高齢者の4人に1人が貧困となる格差社会が形成された。

 我が国はありとあらゆるものを「無駄」と判断し削減してきたが、国の「店じまい」でもするつもりだろうか。何かを無くすということは、そこで生まれる需要やGDPが消えてなくなるということだ。物事に過剰なまでの優劣をつけた結果、弱者が搾取され、格差が拡大したことは火を見るより明らかではないか。

 この国に生きる人々は、国を豊かにするための最も重要なリソースだ。それは優れた能力を持たない人間や、障碍を持つ人たちであっても同じだ。彼らには消費し、総需要を高めるという他に代えがたい能力がある。無駄なものなどない。それが今、その弱い立場の人たちを中心に悲惨な状況に追い込まれているのだ。

 未曽有の危機を前にした今になって、ようやく現金給付や消費減税すべきだといった積極財政を求める声が上がっているが、MMTerやポストケインジアンが言うように、最初から、国家の予算には上限などはなかった。

 ケネディ大統領とノーベル経済学賞を受賞したトービン教授も、1960年代からその事実を理解していた。「財政赤字も政府債務も、本来はインフレにならない限りはどんな規模でもいい。それ以外はタワゴト」なのだ。


出典:山本太郎街頭記者会見より

 危機の今だからこそ、誤り続けてき認識を変え、社会構造を転換しなければならないだろう。

 ケルトン教授と同じくMMTの創設者であるビル・ミッチェル教授(ニューカッスル大)は以下のように発する。

日本政府は、財政均衡論を振りかざすテロリストのような人たちの餌食になってしまった。テロリストたちは執拗に、(赤字国債を発行すると)財政破綻する、債券市場から見放されると主張して、それを国民に浸透させようと嫌がらせを続けてきた。
ビル・ミッチェル教授

 ミッチェル教授の言うテロリスト達によって、我が国は世界から「Japanification=日本型デフレによる経済停滞」と反面教師にされる存在にまで成り下がった。ハーバード大学元学長で米国の財務長官も務めたサマーズ氏の発言も以下に引用しよう。

パンデミックにより米国の経済は「Japanification」に直面した。
米経済には財政出動を半年も待つ余裕はない。
一段と積極的な財政政策が必要だ。
ローレンス・サマーズ元財務長官

 世界は今、コロナショックに端を発した大不況を経験しているが、Japanificationの重篤患者である日本では、昨年から、10~12月期のGDPがマイナス7.1%にも落ち込むという消費増税不況が始まっていた。そして今、コロナウィルスの感染爆発が待ち受ける。加えて、東京五輪が延期されることが決まり、その経済的余波も訪れるだろう。諸外国の何倍もの大きさの大恐慌が予測されることを忘れてはならない。

 しかし日本政府がその緊縮の呪縛を解き、苦しむ人々のために、そして国民経済のため対策を立てているとはとても思えない状況だ。

 3月25日現在、日本政府が予定する経済対策は総額で約15兆円と予想され、検討されてきた給付金政策には年収の条件等をつけ、現金ではなく商品券を配るという案に落ち着こうとしている。また消費減税は見送られ、休業補償の申請条件にも厳しいハードルが設けられる。

 こういった状況に対し、自民党の安藤裕議員を中心とするグループ、また国民民主党れいわ新選組の山本太郎氏共産党、そして立憲民主党の福田昭夫・落合貴之議員を中心とするグループは、政府に対し消費減税と積極財政を求めた。緊縮派と揶揄されてきた立憲の逢坂誠二議員でさえ、50兆円規模の対策の必要性に言及している。

 与党の非主流派と野党の非主流派が次々に声を上げる状況となっているが、この動きを絶対に政府を動かす国民運動とするべきである。今回のコロナ恐慌を機に、経済と社会のあり方を変革し、Progress(前進)させなければならないことを我々は学んだ。3月24日のツイッターでは、「#現金よこせ」というタグがトレンド入りしていたが、国民の声は明解なのだ。「財政の力」が絶大であることを、今こそ知らしめるべきだ。

今、何が起こっているかを見て、そして学んでください。
この危機を乗り越えたとき、私たちは、通貨発行政府の支出能力について、理解を向上させ、新しい境地を見るでしょう。
そのことがもっと必要になるのです。
ステファニー・ケルトン教授

最後に、我が政府に対して、私達市民が財政主権を有することを伝えるための署名ページを二つご紹介したい。

1)「消費税・新型コロナショックへの緊急財政出動を求めます」2020年3月22日薔薇マークキャンペーン提言
https://rosemark.jp/2020/03/22/rose_shock-1/

2)日本ベーシックインカム学会による「国債を財源に全ての国民に20万円ずつ給付する緊急提言」
https://onl.tw/bu3HybH

 4月1日~3日のスクエアプッシャーの「JAPAN TOUR 2020」3公演、4月17日~18日のボノボ(+ジョン・ホプキンス)の2公演、4月21日~23日のサンダーキャットの「JAPAN TOUR 2020」3公演が開催延期となった。新型コロナウイルスによる海外渡航中止/制限を受けてのこと。楽しみにしていたファンも多かったし、編集部も残念でならないが、こればかりは仕方がない。ただし、主催者によれば振替公演を開催すべく現在調整中のことで、チケット購入者はそのまま同チケットが使える。また、払い戻しも可能で、その対応に関しても現在調整中とのこと。いずれにしてもチケットはそのまま保管するように。
 周知のように、ほかにもこの手の来日中止は相次いでいるし、国内のミュージシャン/DJの多くがギグのキャンセルをしている。そしてオリンピックの延期がほぼ決まった昨日、手のひら替えしで小池都知事は感染予防の対策を強化する考えを示した。場合によっては都市封鎖の可能性もあるという。安部首相のオリンピック対応もそうだが、残念なことに海外から言われなければ動けない日本が相変わらずいまもある。
 破壊的な被害で窮地に面しているイタリアでは人々が歌を歌っているように、音楽はこんなときの救いだ。音楽は家で聴くことができる。お金の余裕のある人はCDやレコードを買って、スクエアプッシャーと来月発売のサンダーキャットの素晴らしい新作を聴こう。
 あらたな開催日程は決まり次第、BEATINKのホームページで発表される。たいへんだろうが(みんなたいへんだ)、ガンバって欲しい。

「Acid Mothers Temple vs COVID19」大作戦 - ele-king

 新型コロナウイルスの感染拡大により多くの国々でロックダウンが始まるなか、アシッド・マザーズ・テンプルは外出を制限されている人々のため、「Acid Mothers Temple vs COVID19」大作戦と銘打ち、コロナ狂騒の期間限定で過去にリリースした全作品をYouTubeにアップした。
 故ジェネシス・P・オリッジをはじめ世界中に熱狂的なファンを持ち、4月からの北米ツアー中止という苦渋の選択をしたばかりのAMTからの太っ腹な贈り物(その数およそ90タイトル!)とともに、この苦しい季節を乗り切ろう。

Acid Mothers Temple vs COVID19

4月9日から予定されていたAcid Mothers Templeの北米ツアーは、コロナウイルス拡散の渦中、最後の最後まで状況を静観し熟慮検討した結果、大変残念ながらキャンセル、延期と決定いたしました。
しかし今や全世界レベルでコロナウイルスが拡散し、各地で外出自粛、商業施設の休業閉鎖、イベントのキャンセルが相次ぐ中、Acid Mothers Templeから、外出自粛を強いられる皆様へ、ささやかな贈り物として、過去にリリースした全作品の音源を、このコロナ騒動の期間限定で、Youtubeへアップロードすることにしました。ライヴ活動を通し、我々の音楽を求める方々へ、直接届けられない現状だからこそ、この機会に我々が過去にリリースした膨大な作品群を、インターネットを通し、自由に聞いていただけるようにと思い立った次第です。この先もまだどうなるのか全く予想がつかない状況ですが、せめて我々の音楽が、今世界にあふれまくる不安を、少しでも払拭する手助けになることを祈って。


As the spread of the coronavirus continues to escalate, after careful observation and considered thought we have very reluctantly decided that we must cancel and postpone the Acid Mothers Temple North American tour that was scheduled to begin on April 9.

As the virus spreads across the globe, self-isolation and compulsory quarantine measures have been put in place in many countries, and concerts and other events are being cancelled as venues and businesses pull down the shutters. But as a small gift to everyone currently in isolation, for the duration of the pandemic we have decided to upload all of our previous releases to Youtube. In the current circumstances it is sadly impossible for us to bring our music to our fans live, but we hope you will get some solace and enjoyment from it on the internet instead. Who knows where the world goes from now, but for now we offer a prayer that our music, even in a small way, may help to counter the globally rising tide of anxiety.

Acid Mothers Temple Official YouTube Channel
https://www.youtube.com/channel/UCeRTV_iOE_loRiMciVwur-w/videos


ele-king Recommend! CD series - ele-king

音楽は最前線こそおもしろい!
いま日本では内容が良いにもかかわらず、しっかりと紹介されない音楽が増えてきている。
そんな逸品たちを埋もれさせないために始動したCDリリース・シリーズ、
「ele-king Recommend!」が展開中です。

Vladislav Delay - ele-king

 サウンドによる黙示録か。ノイズによる終末論の終焉か。リズムによる世界への闘争/逃走か。いや、崩壊する世界への黙祷か。

 ソロとしては2014年の『Visa』以来となるフィンランドの電子音楽/音響を代表するヴラディスラフ・ディレイの新作『Rakka』は、暴風のごときノイズが吹き荒れる極限のインダストリアル/テクノに仕上がっていた。例えるならば極北のインダストリアル/テクノ。そのミュータント的音響が時代の終わりと始まりを告げるだろう。
 もちろん彼の音は、00年代初頭にリリースされた〈Mille Plateaux〉や〈Chain Reaction〉よりリリースされたアルバムからして通常のミニマル・テクノやミニマル・ダブの音響を逸脱するものでしあったし、続く10年代も同様である。〈Raster-Noton〉からリリースされた『Vantaa』『Kuopio』はレーベルカラーどおりの重厚な電子音響テクノに仕上がっていたし、ミカ・ヴァイニオ、デレク・シャーリー、ルシオ・カペーチェらとのヴラディスラフ・ディレイ・カルテット(Vladislav Delay Quartet)のアルバムはノイズとダブに塗れた強度に満ちた実験ジャズの混合体だった。自身の〈Ripatti〉から発表したソロ前作『Visa』も真冬の音響のようなエクスペリメンタルなアンビエンスを生成する作品であった。

 だがこの『Rakka』は、それらの作品すべてを越境するようなノイジーなアルバムへと変貌を遂げていたのである。これには心底から脅かされた。ミニマル・ダブと、その音響工作が行き着いた先とも思った。いささか大袈裟な言い方を許して貰えれば、ベーシック・チャンネルとモノレイクの音響を越えようとする意志すら感じられほどだ(10年代の先端/尖端音楽はミニマル・ダブ以降のサウンドなので、本作はその意味では2020年代のサウンドとも言うことはできる)。
 どうやらヴラディスラフ・ディレイは『Visa』以降、所有した機材をすべて売却し北極圏へと旅に出たらしい。おそらくは人の存在を無化するような大自然のなかで彼の耳と知覚は大いに刺激を受けたのだろう。そこで得られたさまざまなインスピレーションによって本作品は制作された。
 確かに本作のサウンドスケープは北極圏の気候そのもののように過酷である。だが乾いた音の質感は極めて人工的だとも感じた。じっさい本作には環境録音の素材は使われていないらしい。つまり完全に人工的な音によって、ヴラディスラフ・ディレイは大自然の咆哮を生み出したわけだ。加えて強烈な音の横溢の向こうに掠れたビート(の残骸?)が反復している。このアルバムは極めてエクスペリメンタルなサウンドでありながらダンス・ミュージックであることを捨て去ってもいない。ノイズやサウンド、ビートが身体に与える影響を長年のキャリアから熟知しているベテラン・アーティストならではのエクスペリメンタル/フィジカルな音響がコンポジションといえる。

 アルバム1曲め “Rakka”、2曲め “Raajat” は本作を代表するようなトラックだ。ノイズ・アンビエントと不規則な打撃音による強烈な音響空間が耳を拡張する。壊れたマシンが再想像したような崩壊的なEBMのごとき3曲め “Rakkine” はさらに覚醒的である。5曲め “Rampa”、6曲め “Raataja” は打撃音のようなリズムが全面化するトラック。剃刀のような鋭利なノイズとビートが交錯し、ミニマル・テクノとノイズがミックスされていく。本作のクライマックスを明示する曲といえよう。
 アルバム全体から感じられることは、構築への意志が即座に崩壊へと至るような感覚だ。ノイズの構築からビートの崩壊へ。音響の生成から音楽の消滅へ。崩壊空間のさなかに吹き荒れる暴風のごときノイズの蠢き。すべてをゼロへと遡行させるような強靭な意志が本作の隅々に鳴り響いている(サウンド・アーティストAGF(ヴラディスラフ・ディレイの妻でもある)によるアートワークも本作の終末論的なイメージをうまく表現している)。

 リリース・レーベルはシェイプドノイズが主宰する〈Cosmo Rhythmatic〉。これまでもミカ・ヴァイニオとフランク・ヴィグルーの共作、シャックルトン、キング・ミダス・サウンド、ダイ・エンジェルなどのアルバムを送り出しており、リリース数は多くはないもののエクスペリメンタル・ミュージックの最先端を提示する貴重なレーベルである。その最新カタログにヴラディスラフ・ディレイの最新作が加わったことはことのほか重要に思える。この作品はテクノ、ミニマル・ダブ、ノイズなどのアマルガムであり、その終末論的なムードも含めて現在進行形の尖端音楽の見本のようなアルバムなのだ。同時に、同じくフィンランドのミカ・ヴァイニオ亡きいま、彼の意志とノイズを継承する作品ではないかとも思った。そのような意味でも〈Cosmo Rhythmatic〉からリリースされたことも当然といえよう。

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