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Moment Joon は間違いなくリングに上がっている
SKY-HI “Name Tag feat. SALU & Moment Joon”で、私は Moment Joon に出会ってしまった。
俺はプロフェッショナル外人
日本では見えないの言えないので飯食ってる毎日俺の財布には札束の代わりに在留カード
あ、銃の話 撃ったこともないくせに
暴力が好きでいれるやつと絡むことは無し
(SKY-HI “Name Tag feat. SALU & Moment Joon”)
自らを〈プロフェッショナル外人〉と言い、見たことのない鮮烈な権力批判を繰り広げる Moment Joon に、一瞬で惹かれた。特筆すべきは混じり合う言語の面白さだ。日本語/関西弁を中心に、韓国語、英語、ロシア語(私が聞き取れないだけで、彼が発音する日本語以外の言語にも「方言」が含まれているのかもしれない)……Moment Joon の言葉は無二の軌跡を描き出している。あまたの土地の言葉が一曲に収まり、チャーミングかつ好奇心をそそる響きを生み出す。このラッパーはどこをどんなふうに歩いてきたのだろうと勘ぐらずにいられない。
ただし、己を疑わなくてはならない。テレビをつければ「外国人」に「日本」を褒めさせるグロテスクな番組がえんえん放映されているし、新聞広告や本屋の店頭をざっと見て回るだけで「日本」を無批判に称揚しほかのアジア諸国を見下す本がずらりと見つかる。これだけ移民がいるのに政府は移民の存在を認めない。入局管理局、技能実習生、セックスワーカー、人権って何なんだマジで? 「外国人」はいつまでも「外国人」で、都合のいいときだけ利用して面倒になれば使い捨てる。在日コリアンがそもそもどうして列島まで連れてこられたのか考えもせずに「嫌なら帰れ」と言い放つ。社会がそういう地獄のうえに成り立っている以上、相手が「外国人」であるがゆえに尋ねる「あなたはどこから来たのか」は、どんなに悪意がなかったとしても相手を受容する気のさらさらない「値踏み」に転化する可能性を大いに伴うのだ。移民の受容は Moment Joon 自身が精力的に対峙しているトピックであり、Moment Joon が「移民者ラッパー」を名乗る背景でもある。
大阪池田井口堂 グリーンハウスの25号 (“井口堂”)
Moment Joon が曲のなかで繰り返し口にするのは、Moment Joon が住んでいるマジの自宅の住所だ。リスナーはみな Moment Joon がどこに住んでいるのか知っている。ヘイトを撒き散らす匿名アカウントの主にはできない生身のファイティングポーズだ。かつて「匿名性」が放っていたアナーキーな魅力はいつしか薄れ、マジョリティの暴力について責任の所在をぼかす道具と化している。だからこそ Moment Joon は住所を晒して「文句があるやつは会いに来い」と宣言したのだと思う。
緑のパスポートでビンタしたろうか? (“井口堂”)
お前らが嫌いなチョン そいつが俺です (“マジ卍”)
入管が疑った通りやっぱMomentってやつはImmiGangGang (“ImmiGang”)
自らに投げかけられた差別語「太え鮮人」を自らが発行する雑誌のタイトルにしてしまったアナキスト・朴烈のごとく、Moment Joon は全てを浴びた上でそれを挑発の道具に変えて見せる。
Moment Joon は間違いなくリングに上がっている。他ならぬこのファッキン列島に横たわる差別構造を前に、人間を使い潰して君臨し続ける権力を前に、Moment Joon は拳を構えて立ち向かっている。これを聴いてまだ傍観者でいていいとは思えない。聴けば聴くほど、このファイターの叫びに対してリングの外から金を賭けて無責任に「頑張れ」と言うような向き合い方はしたくないと思う。オーディエンスとしてではなく、ファイターとして自分自身のリングに上がらねばならない。自ら痛みを引き受けながら、権力、レイシズム、ファシズム、とにかく種々の敵に違う場所から攻撃を加える必要がある。Moment Joon のラップが突きつけているのは「で、お前はどうする?」という本気の問いであり、挑発なのだ。
こう書いていると攻撃全振りのアルバムかと思われるかもしれないが、半分以上は日々の痛みを歌うナイーヴなテイストの曲で占められている。人によっては盛り上がりに欠けるように感じるかもしれないが、むしろここで弱さや苦痛を歌うことが、戦う人の一生活者としての側面を浮かび上がらせる。誰だって無傷では戦えない。社会変革のために戦う人が「強い人なんですね」という単純な理解によって「他者の日常」から遠ざけられていく悲劇を防ぐよい構成ではないかと思う。現実への絶望が淡々とあらわれる“Mother Tongue”、日々の落ち込みを控えめな手つきで開陳する過程を歌った“Hold Me Tighter”は、日が落ちてからため息をこぼしつつ聴くとなおさら染み渡る。戦いと生活、ある意味相反するこれらのムードは、結局のところ一人の身体の上で切り離し難く続いている。やるしかない、まだやれる。そういう勇気を与えてくれる一枚である。
高島鈴