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『Aesthesis』はベルリンで活動する電子音楽プロデューサー、シェイプドノイズ(Shapednoise)の3作目のアルバム作品として2019年の11月にリリースされた。リリース元はスコットランドのファンキーな音楽都市、グラスゴーの〈Numbers〉である。レーベルは、ラスティ、デッドボーイ、アントールド&ロスカなどを輩出するビート製造マシンとして認知されていたが、2015年にはソフィ『PRODUCT』をリリースしたことによって、電子ミュータントの方向にも伸長している。レフトフィールド・テクノの最異端児ペダー・マナフェルトの12インチ「Equality Now」(2016)も出しているし、去年はラナーク・アーティファックスの輝かしいEP「Corra Linn」のリリースもあった。
2019年にはファッション・ブランド、ニルズ(NILøS)のイベントでシェイプドノイズは来日もしている。この機にその作家像にも迫ってみよう。イタリアはシチリア出身のニーノ・ペドーネはシェイプドノイズ名義として2010年からリリースを開始している。プルリエントことドミニク・ファーナウ主宰の〈Hospital Production〉から出た2013年作『The Day of Revenge』や、後述する〈Repitch Recordings〉からのリリース作品で知られ、そのインダストリアル/ノイズ・サウンドは、奇怪であり、粒子的で、フリーフォームに見えつつもある種の形式美に焦点を置いたサウンドが特徴である。概念やフィクションへの参照など、リスナーの思考にもはたらきかけるプロデューサーだ。
他の名義では、イタリアの友人プロデューサーたちとのテクノ集団、D.A.S.D.A や、ウィリアム・ギブソンのディストピック・ヴィジョンをコンセプトにしたマムダンスとロゴスとのアンビエント・トリオ、ザ・スプロウル(The Sprawl)としても活動している。デムダイク・ステアのマイルズ・ウィテカーとのボコーネ・デューロ(Boccone Duro)は、そのリリースへの期待が高まるプロジェクトだ。
レーベル運営の手腕にも触れてみたい。ペドーネはふたつのレーベルを D.A.S.D.A のメンバーであるデヴィッド・カルボーネとパスカル・アショーネと手がけている。ひとつはベルリンのエレクトロニック・アンダーグランドに焦点を置く〈Repitch Recording〉で、ここからは彼らの作品もよくリリースしている。インダストリアルがあり、ハードなテクノがあり、ベルリンの街のイメージ・マップの一端を担っている。
そしてもうひとつが〈Cosmo Rhythmatic〉であり、彼らの説明によれば、こちらは「抽象的で、ノイジーで、有機的」なサウンドに主眼を置いているという。そのカタログにはミカ・ヴァニーオ(RIP)とフランク・ヴィグローの『Peau Froide, Léger Soleil』(2015)とEP「Ignis」(2018)があり、2019年にはザ・バグが率いるキング・マイダス・サウンド『Solitude』とシャックルトンのチューンズ・オブ・ニゲイション『Reach the Endless Sea』を出している。作品クオリティとカタログの豊かさにおいて、現行のエクペリメンタル系の中では抜きん出ているといっていいだろう。
そのような裏方としての活動を経て、四年ぶりのアルバムとして発表された『Aesthesis』においても、彼の人選はユニークだ。前作『Different Selves』(Type、2015)から引き続き登場した、サウンド錬金術士JKフレッシュや(彼はゴス・トラッドとスプリット・アルバム『Knights Of The Black Table』を日本の〈Daymare Recordings〉から2019年に出している)、〈Hyperdub〉からアルバムを発表したばかりの知性溢れるプロデューサー/アーティスト、ミーサ(MHYSA)、さらにはコイルやサイキックTVの元メンバーであるドリュウ・マクドウォル、そしてサウンド面で同時代性を共有しているラビットが参加。個と多の間を動くその姿は実にダイナミックだ。2020年に入ってからからも、去年〈Hyperdub〉から鮮烈なデビューを飾った、もっとも注目されているルーキーのひとり、ロレーヌ・ジェイムズのEP『New Year's Substitution 2』にも参加している。
では『Aesthesis』のサウンド面に迫ってみる。まずは冒頭曲 “Intriguing” は、ランダムに生成されているかのようなサウンド・パターン上で、ミーサの歌唱がイーリーに揺れ動き、ディストーション・サウンドがゆっくりと階層化していくトラックだ。ここでミーサは、アメリカで人気の伝統的ブルース楽曲が、ラヴ・ソングであるのと同時に、国の問題点のメタファーも含有されていることの類似として、アメリカが黒人たちに賠償する未来を想像しているという〔註1〕。 サウンドの流動性やテーマから、ムーア・マザーのアフロフューチャリズムを連想させもする。
JKフレッシュとの2曲目 “Blaze” では、音がカーブを描きながら減音して無音になるアレンジに引き込まれる。轟音が突如、矛盾するかのように「ゆっくり」と「素早く」無音へと減退するとき、聴覚は音波というよりも、その音の減退に刺激を受けているようだ。そこに飛び込む、フレッシュが得意とするヘヴィなキックがシェイプドノイズによってより捻じ曲げられていく。
3曲目 “Elevation” では、サウンドの遠近法とハイハットの連打が聴覚に錯覚をもたらす。リズムがあるものの、それを感じさせないほどに「無規則的」にパターン化されたトラックには、「Shapednoise」という名前が示すように、いたずらに前衛を希求するのではなく、ノイズの形式化を目指す美学があるといってよいだろう。
そうしたスタイルが最高潮に達するのは、アルバムに先行して発表された6曲目 “CRx Aureal” で、ひとつのモチーフがエフェクトや周波数を変えながら、終わりが見えないほど延々と変化していく圧巻なサウンド・スケープを放つ。『Xen』でアルカが見せたようなオーディオ・ファイルの残像劇から、ラビットの無重力遊泳ビート、プルリエントの暴力性、ハクサン・クロークのダークなフロウが一挙に目の前を通り過ぎていく。つまり、2010年代におけるエレクトロニック・アンダーグラウンドが生んだ現代感覚も、ここにはしっかり見てとることができる。それは過激で流動的な変化に富み、身体にはたらきかけるものだ。
このようなサウンドの裏には興味深いコンセプトがある。アルバム・タイトルに用いられた用語「aesthesis」は「刺激に対する直接的な認知」、「感覚的な経験」を意味する。我々にとって、楽音や音階、音質は、何かを想起させる。特定の音を耳にして何を感じるかは、個人の、あるいは集団的な経験によっても異なる。この「aesthesis」が意味するのは、音が何に知覚されたときに、そういった経験則を経由しないダイレクトな音の認知だ。
例えば、3曲目 “Elevation” が放つ、ハイハット・リズムが他の音が襞のように重なるなかで鳴り響くとき、それはもはやリズム楽器としては鳴っていない。本人はサウンドクラウド・ラップに着想を得ていると語っているように、たしかにこのリズムはトラップなどでおなじみのパターンである〔註2〕。それにもかかわらず、その音を捉える筆者の認知には、まったくそれとは別用に聴こえる。リョージ・イケダのインスタレーションでホワイトノイズを浴びる感覚に近い。馴染み深いはずのアイコニックな音像が、聴衆の経験では補えないような認知の仕方でここでは展開されている。
音の認識は、経験と密接に結びついたものでもあるので、これを読んでいるあなたの耳と肌の脳の神経に何が起こるのかは僕に知りえない。だが、それと同時に、タイトルが示す、音刺激への調節的な共時的反応が今作には潜んでいるはずである。それは爆音でのみ現れるのかもしれないし、イヤフォンから適度な音量で鼓膜を通化するのかもしれない。情緒や用意された記号を払いのけ、『Aesthesis』は根源的な音の刺激へと我々を誘う。その意味で、近年における電子音のワイルド・サイドを行く一枚として、今作は野心に溢れた一枚だ。
註1 hypolink (2019), “SHAPEDNOISE BREAKS DOWN AESTHESIS, HIS NEW LP FOR NUMBERS” https://hyponik.com/features/shapednoise-breaks-down-aesthesis-his-new-lp-for-numbers/
註2 同上
髙橋勇人