「Low」と一致するもの

fyyy - ele-king

 暗闇で万華鏡を覗き込む。何も見えないが、何かが蠢いている。少し、手を伸ばしてみても届かない、そこには実体がないようだ。『Hoves』の手触りはそんな感覚に近い。出鱈目に発した言葉で成る、スクリューされたアシッド・フォーク、サイケデリック歌謡とでも言おうか。その音像は何重にもベールを纏っている。

 fyyy はサイケデリック・ロック・バンドのベーシストをやりながら(現在は所属していない模様)、宅録を個人的な記録や実験の場として長年続けてきた人物のようだ。今回の名義で音源を出しはじめたのはここ最近のこと。レーベル〈造園計画〉の主宰であるバンド、帯化の島崎森哉が Twitter のプロフィールに貼られていた SoundCloud で本作を発見し、リリースする運びになったという。インタヴューによると、過去には架空のレーベルをでっち上げて適当なドローンをアップしていた時期もあるというが、そのレーベル名は明言されていない。何にせよ、できた偶然によって、『Hoves』はおおやけに姿を表すことになった。

 ルールに沿うことで歪な形になった創作物が好きだという fyyy は、その嗜好性をアルバムに反映させている。bpm は50以下で、一曲のなかで展開はひとつのみ。歌をトラックに重ねるときに出てきたものを歌詞として用いる(寝る前の習慣であるしりとりが終わらず不眠に陥ったことがあるとのことなので、おそらく他にもまだあるだろう)。こうした制限により、アルバム全体が儀式的な陶酔に覆われている。
「なえたろ 靴をびたたたがた をわをつる きやか(Kiyaka)」喃語にもちかい歌には、居場所を失ったような感覚を誘発される。架空の言語であればコンセプチュアルで片が付くものを、それまではギリギリ意味が通る日本語が耳に入っているのだから。どこでもないどこかを思わせる、ジョン・ハッセルに端を発する空想民族音楽のような雰囲気すらある。何も言葉だけではない。スローすぎるがゆえにドローンのように響くギター、歌謡曲を取り入れたサイケデリック・ロックに傾倒していたことによるオリエンタルなメロディ。得意ではないというギターに合わせたためにまばらに立ち上がる打楽器。何かしらを経由した意図しない形で、空想民族音楽らしきものが浮かび上がってくる。宅録というパーソナルな表現方法であるために入り組んだあらゆる要素が、この作品にさまざまな角度から歪さをもたらしている。

『Hoves』は音響作品としても聴くことができる。今作から自分が連想したのは、各地の民族音楽を飲み込んでは吐き出すオルタナティヴ・ユニット、サン・シティ・ガールズのラスト作『Funeral Mariachi』、言わずと知れた音響アシッド・フォーク作品を残すサイモン・フィンだった。本人が今作の影響源として挙げているのはニュートラル・ミルク・ホテル『In the Aroplane Over the Sea』とザ・マイクロフォンズ『The Glow Pt.2』。一筋縄ではいかないサウンド・プロダクションが施されているという一点で、上記の作品は共通している。今作においては、特にM2 “CYCLOPES?” を聴けばそのサウンドの美しさに魅了されるだろう。換気扇の音のようなホワイト・ノイズと、目の前で振動するようにパンをふるベース音のうえで「不安だな 新しい船を頭から」という歌が繰り返される。進んでいくごとにホーン、チリノイズ、シンセによるドローンが浮かんでは沈み、つねに新しい景色が音とともに込み上がってくる。サウンドの美しさが、歪なこの作品にメディテーティヴな感覚を誘発し続けている。

 ところで、これは個人的な話だけど、部屋でひとり適当なメロディを口ずさむことがよくある。意味のないリズムを刻み、何も示唆しない寓話をでっちあげる。そんな遊びが脳を休めるのにいいのだと思う。そして『Hoves』を聴いているとき、そういった生活に地続きな遊びを眺めているような気分になった。日常との距離の近さもこの作品には潜んでいる。万華鏡の先で蠢いているのってもしかして自分自身だったのかも。

interview with Neo Sora - ele-king

『HAPPYEND』

新宿ピカデリー、 ヒューマントラストシネマ渋谷ほか、絶賛上映中

監督・脚本:空 音央
撮影:ビル・キルスタイン
美術:安宅紀史
音楽:リア・オユヤン・ルスリ
サウンドスーパーバイザー:野村みき
プロデューサー:アルバート・トーレン、増渕愛子、エリック・ニアリ、アレックス・ロー アンソニー・チェン
製作・制作: ZAKKUBALAN、シネリック・クリエイティブ、Cinema Inutile
配給:ビターズ・エンド
日本・アメリカ/2024/カラー/DCP/113分/5.1ch/1.85:1 【PG12】

ⓒMusic Research Club LLC

 ファスビンダーはゴダール作品の多くに複雑な感情を抱いていたが、『女と男のいる舗道』だけは例外で、27回も観たそうだ。まあ、映画には音楽ほどの身軽さはないけれど、好きな映画はたしかに繰り返し観たくなる。空音央は、喩えるなら、ひとりの人間が20回以上は観たくなる映画を目指している、と思われる。それにデビュー作というものには、かまわない、やってしまえ、という雑然としたエネルギー(そこには政治性も内省も含まれる)があるものだ。そしてその熱量は、彼のモンタージュを吟味するような余裕を与えない。ぼくはもういちど、『HAPPYEND』を観に映画館に行かなければならないのである。

 高校を舞台にアナキズムを突き刺した作品といえば、ぼくの場合は真っ先にリンゼイ・アンダーソンの『If もしも……』、日本では相米慎二の『台風クラブ』が思い浮かぶ。もっとも『HAPPYEND』は、当たり前のことだが、それらのどれとも違っている。映像作家、空音央の長編映画デビュー作は、近未来のSFと言いながらも現在を語っている寓話だ。生々しい現実を「リアリズム」ではなくフィクションによって表現する手法は、音楽ファンにはアフロ・フューチャリズムを想起させるだろう。ブラック・ユーモアもふくめ、それは「テクノの聖地であるデトロイト」が得意とするやり方だ。
 しかも興味深いことに、『HAPPYEND』ではテクノと岡林信康という、集団のための機能的な音楽と60年代のプロテスト・シンガーの歌が重要な意味を持つ。このじつに妙な組み合わせは、いま、我々の日常生活を支配する「リアリズム」に抵抗したマーク・フィッシャーの思想ともリンクしている、とぼくには思える。
 というわけで、読者諸氏のために、空音央監督が本作制作中に聴いていた音楽のプレイリストを掲載しておこう。クラブ・カルチャーが映画で描かれるときは、ドラッグとセックスというあくびが出るようなお決まりのパターンばかりだが、『HAPPYEND』はまったく違っている。

それこそマーク・フィッシャーが言うように未来がなくなること、そのアイロニーと距離を持って世界と接することであって、フィッシャーが言う「メシア的な希望」、それともう新しいものはなにも生まれないという資本主義、ネオ・リベラリズムの絶望をつねに反復しているみたいな。

質問に入る前に、まず、最初にひとつお伝えしたかったのが、「デトロイト、テクノの聖地」、まさかこのセリフを(日本の)映画で聞けるとは思っていなかったです。あの場面で、涙腺が緩みましたね(笑)。

空:コアですね(笑)。

ほかにも印象的なシーンがいくつもあったんですけど、いちばん笑ったのは、楽器屋で働く無愛想なおばさんがおもむろに店内のDJブースの前に立って、テクノを爆音でプレイしはじめる場面。

空:あの楽器屋さんのモデルって、じつはPhewさんなんです。最初Phewさんにお願いしたんですが、タイミングが合わなくて。でも今回演じてくださった方もとても良かったです。

Phewさんだとかっこよすぎるんじゃないですか(笑)。

空:そうなんです。Phewさんっぽいけど、もうちょっと普通の人みたいな感じにしたくて、あれをやってもらった感じです。

あの、DJをやっている姿がさまになってしまっているんですよね。

空:あれ本当に一日で習得してもらったんですよ。全然DJとかやったことない方でしたけど。

そうでしたか、あれは見事でした。それにしても、高校生を主役にした青春ドラマはたくさんありますが、「テクノが好きでDJもやる高校生」という設定はないと思います(笑)。このアイデアはどういうところから来たんですか?

空:自分が好きだから、それだけでしかないんですけど。自分の高校時代は、テクノにドハマりしていたわけではなく、ファンクの方が好きだったんですけど、大学時代にかなりテクノにドハマりして、クラブに行くようになったんです。それで、近未来だったら高校生でもテクノぐらいやってるかなとか(笑)。自分の好きなものを入れたいから、そのために設定を紛れるみたいな。自分の趣味でしかないです。

行松(¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U)くんが出てるのもすごく嬉しかったですね。

空:僕も嬉しいです(笑)。

行松くんとはどんな繋がりで?

空:行松さんはめちゃくちゃシネフィルで、エリック・ロメールの映画とかを観に行くといたりするんで、それでだんだん仲良くなったんです。蓮見重彦の本を渡されたりとか、そういう感じです。

じゃあ映画を通じて友だちになったという?

空:そうですね。友だちですね。ニューヨークに住んでたころから一方的にファンで、Keep Hushっていうイベントの日本編に観にいって、話しかけたこともありました。そのあと、やけに映画館でよく遭遇するようになったり、自分も「GINZAZA」という短編上映シリーズをやっていたんですけど、それを観に来てもらったりとか、普通に家に遊びに来たりとか、そういう感じです。映画の趣味が合うんですよ。それで、「映画作るんだけど、ちょっと出てくれませんか」みたいな感じで言ったら「はい」みたいな感じで。

ニュー・ジャーマン・シネマでいまいちばん好きなのは、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーです。『八時間は一日にあらず』という未完成のテレビ・シリーズも好きだし、まあでも、いちばん好きなのは『マリア・ブラウンの結婚』ですかね。

もともとファンクが好きだったということですが、音楽遍歴を教えてもらえますか?

空:子どものころからいろんな音楽を聴かされていて、ピアノとか、ヴァイオリンとかも子どものころは弾かされてたんですけど、ぜんぜん下手で練習も好きじゃなくて。最初にハマって、自覚的に自分からCDとか買いにいったのがレッド・ホット・チリ・ペッパーズかな。あとはゴリラズとか。

10代前半とかのことですか?

空:そうですね、中学生ごろです。そこからベースを弾きはじめたら、だんだんファンクが好きになり、ジャコ・パストリアスとかそこらへんを通りつつ、同時進行でレディオヘッドやポーティスヘッドを好きになったりとか。同時期に現代音楽とかもいろいろ聴いてたりとかして、大学に上がっていったら、テクノにハマったっていう。

おー、なるほどね。

空:ちょうど僕が大学にいたときに、〈ナイト・スラッグス〉が流行ってたんですよ。そこらへんをどっぷり浴びて。

〈ナイト・スラッグス〉かぁ、若い(笑)。ニューヨークですか?

空:ウェズリアンっていって、コネチカット州なんで、ちょっと違うんですけど、近いです。うちの大学はすごく、まあユニークなのかな、なんか生徒主体のコンサートを企画するクラブみたいなのがあって、大学からお金をもらってコンサートを企画するんですけど。で、僕が最初、大学に到着した日とかかな、僕の大学のなんかこう寮みたいなところで、ビーチ・ハウスグリズリー・ベアがコンサートしてたり、〈ナイト・スラッグス〉のDJ、アーティストが来たり、でかくなる前のケンドリック・ラマーがいたり、そういう感じの環境だったんです。だから、そこで本当にいろんな音楽を吸収しましたね。

じゃあ、もうかなりの音楽好きなんですね。

空:そうです。大学を卒業した後はブルックリンに住んでたんで、ブルックリンのクィアなクラブ界隈によく遊びに行きました。

〈Mister Saturday Night〉周辺とか、アンソニー・ネイプルスとか。

空:アンソニー・ネイプルスは交流があって、前にPV撮ったこともあります。アンソニー・ネイプルスの曲も、編集中にちょっと入れたりしてました。

じゃあ、DJパイソンなんかも。

空:大好きです。その界隈には本当によく遊びに行きました。で、楽器屋の店長がぶち上げる曲は、まだデビューもしてないんですけど、友だちの曲です。

ああ、なるほど。あの曲も、2010年代のNYのアンダーグラウンドな感じがありますね。で、そんな空さんが映画という表現を考えるきっかけになったことってなんなんでしょうか?

空:生活のなかに映画を観るという習慣がありまして、友だちとつるむときも映画を観ていたし、両親と一緒にも観ていた。高校のころは通学路に映画館があって、普通のシネコンなんですけど、そこで友だちと一緒になんでも観るみたいな。高2、高3ぐらいになってくると、友だちのカメラを使ってみんなで映像を作ってましたね。まだ出たばっかりのYouTubeに載せたり。それで、大学に行って映画の授業をとってみたら、面白いなと思ったんです。自分がけっこう映画作品を観ていたこともわかったし。僕は多趣味で、絵も描いて、写真も撮って、音楽も好きだった。遊びで演奏もしていました。でも、まあ全部趣味で、下手くそなんですよ。全部平均よりちょっと上ぐらいな感じのレヴェルで、突出したものはなかったんです。

謙遜じゃないですか(笑)。

空:そんなことはないです。高校ではいちばん絵が上手かったんですけど、大学に行ったら一番下手になるみたいな感じのレヴェルです(笑)。ただ、その全部が好きだったっていうのがあって、それで、映画だったらそのすべてをまとめてできるようなメディアじゃないかなっていうのがあった。しかも、映画の歴史の授業を最初に取るんですけど、そのときにやっぱり面白いなって思いました。で、体系的に学んでいくとさらに理解が深まったりもするんで、だんだん好きになっていきましたね。

とくに大きな出会いは?

空:『アギーレ/神の怒り』ですね。クラウス・キンスキーが最後に猿を掴んで投げるやつとか、もう頭から離れないですよ。猿を掴む感じ、なんだこれは? みたいな。リュミエールから順に見ていくみたいな授業があって、それでニュー・ジャーマン・シネマにたどり着いて。ニュー・ジャーマン・シネマでいまいちばん好きなのは、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーです。『八時間は一日にあらず』という未完成のテレビ・シリーズも好きだし、まあでも、いちばん好きなのは『マリア・ブラウンの結婚』ですかね。

ある意味もっとも過激な人ですね。あの人も音楽を効果的に使いますよね。『ベルリン・アレクサンダー広場』だって、戦前ドイツが舞台なのになぜかクラフトワークがかかる(笑)。

空:それこそ、大学ではクラウトロックとニュー・ジャーマン・シネマの関係性の論文を書いたりしてました。

ヴェンダースの『都会のアリス』(音楽はCAN)もあります。いつか自分の作品を撮りたいって思ってたんですね?

空:はい、ずっと思ってました。大学生のころから、2011年、2010年、そのぐらいからです。

じゃあもう、今回の作品の構想みたいなものもあったんですね。

空:7年ぐらい前にはありました。メモ帳を見ると、最初に出てくるメモが、2017年なんです。たぶん言葉にする前の段階では、2016年ぐらいからだったんじゃないかと思うんですけど、そのぐらいからずっとこれを作りたいと思ってたんです。

自分の第一作目を青春映画、学園ドラマというか、そういうものにしようと思ったっていうのは、なぜなんですか?

空:たぶん多くの監督のデビュー作って成長や青春、まあ、カミング・オブ・エイジと言われるような、そういうものになると思うんですけど、それは比較的、自然なことなんじゃないかなと思っています。なぜなら、最初に作るものには、それまで、自分が生きてきた体験を詰め込みたくなるからだと思います。まさに自分もそうで、高校〜大学、卒業した後に渦巻いていた僕のなかにあったものを全部このなかに入れたみたいな感じです。

なるほど、じゃあ実体験も入ってるんですか?

空:リミックスしてはいますけど、めちゃくちゃ入ってますね。ジェンガ(※積み木ゲーム)もやってましたし。

青春映画を作るにしても、とくに学校を舞台にしなくてもいいわけですけど、それを選んだのは?

空:つまらない答え方だとなりゆきっていうか。友情の物語が核なんですけど、最初の方はもっと広い話で、学校外のこともいろいろ入ってたんですが、やっぱり物語を凝縮していって無駄なものをだんだん削っていくと、結局学校が舞台のメインになってきましたね。さらに予算のこととかも考えはじめると、最終的に(物語を作るうえでの)必要な場所が学校だったっていうのが正しいかな。

学園ドラマではあるんですけど、ひとつの寓話ですからね。

空:そうですね。まさにその通りです。

空さんの、いまの社会に対しての強い気持ちが、いろんな場面に現れていて、内的な葛藤みたいなものもふたりの主人公を軸に描写しているように思いました。で、空さんが最終的に何を言いたかったんだろうっていうのを考えるわけですけど……。

空:まあでも、伝えたいこととかはとくにないんです。(取材で)観客に対しての社会的なメッセージみたいなことをよく聞かれるんですけど、どういうメッセージなのかみたいな。映画とは、別にメッセージを伝えるものではないと思っています。メッセージを伝えるのは、プロパガンダ映画なんです。僕がこの脚本を書きたいって思うぐらい強い衝動が、2016年ぐらいに結実して書きだすんですけど、それは本当に溢れてくるから書くんですよね。書きたいという気持ちと、自分のなかで抑えきれない感情みたいなものが溢れてきて、それが合わさって映画になっていくみたいな感じでした。どちらかといえば、日記のように自分のなかの政治的な思いや社会に対する怒り、もしくは自分が経験した友人たちへの愛なんかを描いていくような。まあ実際に政治性をもとに人を突き放したり、突き放されたりっていう経験があって、その深い悲しみみたいなものだったりとか、まあそういうのが渦巻いてるわけですよね。とくに2016年にはトランプが大統領になってしまった。

なるほどね。

空:というのもあるんですけど、まあ、いろいろ渦巻いていて。自分は映画を、まあ練習してきたし、勉強していたんで、そうしたものを映画にするのがすごく自然だったんです。だから作ったという感じで、社会についてのメッセージを人びとに伝えたいっていう気持ちはむしろなかったですね。まあでも、映画を通して発言する機会を与えられるのであれば、言いたいことっていうのはいくつかあります。関東大震災のときの朝鮮人虐殺を忘れるな、っていうのと、いま起こってるジェノサイドに対して声を上げろっていうのを、どうせ発言の機会を与えられるんだったら、それを言いたいなってぐらいのことなんです。でもそれは別にこの映画とはある意味関係ないっていう。

ただ、ひとりの人間として言いたい、と。

空:映画ってすごい特異な場所で、劇場って何百人ぐらいの人が観るわけですよ、こっちのことを。しかもこんなに自分の脳内をさらけ出してるみたいな映画を観たあとに、監督本人が、質疑応答で出る機会があると、その人たちに対してなにか言える機会があってですね。そういう機会をくれるんだったら、そういうことは言いたいけど、でも、映画を通してそれを伝えたいかどうかって言ったら、違います。

映画を通して発言する機会を与えられるのであれば、言いたいことっていうのはいくつかあります。関東大震災のときの朝鮮人虐殺を忘れるな、っていうのと、いま起こってるジェノサイドに対して声を上げろっていうのを、どうせ発言の機会を与えられるんだったら、それを言いたいなってぐらいのことなんです。でもそれは別にこの映画とはある意味関係ないっていう。

僕が今年見た映画で一番ショッキングだったのが、この『HAPPYEND』にコメントを寄せている濱口竜介監督の『悪は存在しない』なんですね。で、あの映画は説明をしない。一方で空さんの映画には、説明しようとしているものを感じるんですよね。良い悪いでも、説明的という意味でもないですよ。

ああ、ただ設定が設定なので、説明しないと描ききれないというのがあるんです。

たしかに、未来が舞台なので、ある程度の説明は避けられませんからね

空:もっとも大変だったのは、友情が崩壊していくさま、その理由として政治性が芽生える。で、それを描くためには、政治性が芽生えるきっかけと社会の部分を描かないと描ききれない。それを描くには、左翼的な人たちが出てくるシーンも描くんですけども、難しかったのが、そういう人たちの会話の自然な台詞みたいなものを考えると、説明的になってしまうんです。なぜなら左翼は、めちゃくちゃはっきりとセオリーを言ってしまうから。資本主義はこうで、権力はこうでみたいなのを言うじゃないですか。で、そこをリアルに描いたヴァージョンもあったんですけど、そうすると映画的には非常につまらないものになってしまう。試行錯誤した結果、いまの形になってるんですね。座り込みのシーンもそうです。それを説明的に描いたらつまらないものになってしまったから、ああいうふうになってる。でも、本当はなるべく説明は避けたいと思っていますね。

なるほど。あと、これは音楽の話にもリンクするんですけどね、もうひとつ面白いなと思ったのは、未来の高校生たちが岡林信康の歌を歌うこと。あれはなんで岡林なのかっていう。

空:歌詞がすごくテーマとリンクしているっていうのもあるんですけども、単純にあの曲が好きです。プロデューサーの増渕愛子が教えてくれたんですけど。森崎東の『喜劇 女は度胸』っていう映画で歌われているのを増渕が発見して、YouTubeで聴かせてもらって、めちゃくちゃ面白いじゃんみたいな感じになって。それでしばらくして、脚本についてふたりで話し合ってたとき「合唱してるシーンって映画的だよね」みたいな話になって、そういうシーンを入れようとしたとき、ちょうどいいじゃんみたいな感じで。

未来の学園、テクノでDJで、岡林信康……。

空:いまってそういう感じじゃないですか。たとえば60年代70年代だったら時系列順にローリング・ストーンズ聴いて、ビートルズ聴いて、みたいな感じになってきますけど、いまはやっぱりもうTikTokの時代とかっていうストーリーですから。

まあそうですね、たしかに。

空:だから、新しい音楽と遭遇したのと同じように、岡林も発見したりするのが、たぶんいまの音楽や文化との接し方っていうか。新しいものを時系列に追うという感じじゃなくなって、まあモノ・カルチャーじゃないっていうことですよね。自分の興味にそそられるまま、ネットを通して、どの時代も、どの文化のものにもアクセスできるようになっているという。

なるほど。

空:この映画のなかには裏設定があって、DJっていうものがそんなにポピュラーじゃなくて、コアな変な人たちがやるものっていうふうにしたくて。この近未来の設定では、大衆が聴く音楽というのは、AIが生成して、自分のムードを検知したりとか、あるいは入れたりしたら、それを生成して聴かせてくれるみたいな時代になっている、と仮定しているんです。そのなかで昔の、——マーク・フィッシャーじゃないですけど——、古いものを再発見して、それで楽しむっていうのがユウタの癖というか、性癖というか。だけどそれって悲しいことであって、まあAIもそうなんですけど、結局古いものを融合させて、新しくないものをまた作り変えるみたいなことしかできない。それこそマーク・フィッシャーが言うように未来がなくなること、そのアイロニーと距離を持って世界と接することであって、フィッシャーが(『資本主義リアリズム』のなかで)ベンヤミンを引用して言う——英語でしか読んだことがないんですけど——「メシア的な希望」という、それともう新しいものはなにも生まれないという資本主義、ネオ・リベラリズムの絶望を常に反復しているみたいな。でも、「メシア的な希望」みたいなものを持ち合わせてないと革命は不可能なので、そのふたつの対立をここにいれたというような。だから、まさにマーク・フィッシャー。

(笑)

空:ユウタが、楽器屋の面接のシーンで言う、「新しいモノってないじゃないですか」っていうのもまさにそれで(笑)。

この映画をの作品名を『HAPPYEND』にしたのはなぜですか?

空:もともとは「アースクウェイク」、「地震」っていう仮タイルだったんですけど、で、考えていったときになぜか『HAPPYEND』っていうのに惹かれて。「ハッピー」が持っている語感のエネルギーみたいなものと「終末」を感じさせるエンディングが合体することによって、この映画の雰囲気っていうか、若者が発している、はつらつとしたエネルギーなんだけれども、それと対比して世界が、絶望的な世界がバックグラウンドにあるという、両方兼ね揃えたような雰囲気を醸し出しているかと思ってつけました。なので、有名なバンド名や曲名などとは関係はありません。

深読みされたりするんですか?

空:されます。本当に関係ないです。たまたまつけたっていう。シンプルでいいと思いました。聞いたことあるフレーズだし、本当に誰でもわかるような言葉だけれども、独特のフィーリングみたいなものがこの映画とマッチしているんじゃないかなと。

『悪は存在しない』もそうだけど、映画のタイトルは、作品を見終わったあとに考えるうえでのヒントになるというか、『HAPPYEND』もそうですよね。そこには、アンビヴァレンスなんだけどどこか清々しさがあるっていうか。

空:それはそうかもしれないですね。映画を観終わったあとにまた、劇場を出て『HAPPYEND』ってタイトルを見たら、たぶん入る前とだいぶタイトルの印象は変わるし、含みもありますよね。でも意外とつけたのは直感的というか。自分もバッチリな選択でしたね。

空監督が今回の作品のなかでとくに気に入ってる場面ってどこでしょう。

空:たくさんあります。毎回笑ってしまうのが座り込みのシーン。窓がコンコンって鳴って佐野さんが開けて、寿司があってそれで何事もなかったかのようにカーテンをシュッて閉めるっていう。あの本当になんでもないように閉めるみたいな佐野さんのシーンがもう毎回爆笑しちゃって、すごい好きなんです(笑)。

なるほど(笑)。

空:でもなんでしょうね、全部好きですよ。どのシーンもうまくいったなって。あと、もうひとつすごい地味なんですけど、機材が盗られてしまって、職員室に北沢って先生と5人が並んで、奥が深くて、っていう。あのシーンはワン・カットなんですけど、めちゃくちゃうまくいったなと思っています。カメラも動かないし、本当に引き画だけなんですけど、事務員が入ってきて鍵を渡すタイミングと、それが全部終わったあとに後ろでタイラがひょこって出てくるタイミング、リズム感が完璧だったんですよ、あのテイクは。ひとつのシーンで本当にミニマルにすべてができたなっていうのが、職業病的に見るとうまくいった実感があって。リズム感がいいんですよ(笑)。

Jeff Parker, ETA IVtet - ele-king

 ジャズ・ギタリストのジェフ・パーカーがまたもこのうえないアルバムをつくりあげたようだ。今回は彼が率いるETAカルテットとの録音で、スタンダードからダブまでがつながっているような、アンビエント・ジャズ作品に仕上がっている模様。国内盤CDは12月11日リリース。要チェックです。

Jeff Parker, ETA IVtet 『The Way Out of Easy』
2024.12.11 CD Release

LAの伝説的ライブハウス、ETAで行われていたセッションから生まれたETAカルテット。ジャズ・ギタリスト、ジェフ・パーカーはじめ、ジョシュ・ジョンソン、アンナ・バターズら実力者たちによる音源が、国内盤CDでリリース!! 近年、LAを中心に盛り上がりを見せるアンビエント・ジャズのまさしく最前線ともいえる現場で、即興的に生まれる彼らの音楽、息遣いを聴くことができる。

ジェフ・パーカーがまたも極上のアルバムを作った。彼が率いるETA IVtetは、LAのETAというレストランで結成され、2016年から毎週レジデントで演奏を続けた。最初はスタンダードを演奏していた。次第に1曲の時間が長くなり、音楽の旅へ導くような演奏は客を惹き付け、レストランの外に入場を待ち望む列が出来るようになった。そのETAにおいて、途切れなく流れる長尺の演奏が厳選された僅か4本のマイクとカスタム・ミキサーで録音された。スタンダードからダブ/レゲエまでを美しいラインに繋げることができるアンビエント・ジャズのエッセンスがここに刻まれている。 (原 雅明 ringsプロデューサー)

https://youtu.be/ErvST4ZkS1Y

【リリース情報】
アーティスト名:Jeff Parker, ETA IVtet (ジェフ・パーカー、イーティーエーカルテット)
アルバム名:The Way Out of Easy (ザ・ウェイ・アウト・オブ・イージー)
リリース日:2024年12月11日
フォーマット:CD
品番:RINC130
JAN: 4988044124981
価格: ¥3,300(tax in)
レーベル:rings

Track List
1. Freakadelic (23:50)
2. Late Autumn (17:21)
3. Easy Way Out (21:59)
4. Chrome Dome (16:45)

Anna Butterss - amplified double bass
Jay Bellerose - drums, cymbals and percussion
Josh Johnson - amplified alto saxophone with electronics
Jeff Parker - electric guitar with electronics and sampler

オフィシャルURL: https://www.ringstokyo.com/jeff-parker-eta-ivtet/
販売リンク: https://diskunion.net/jazz/ct/detail/1008935886

アフタートーク - ele-king

水谷:昔はダーティーな感じって、今よりもっとカッコ良かったですよ。ぶっきらぼうで悪そうなんだけれど、真っ直ぐで不器用っていう人が「かっこいい男」の象徴だった気がします。

山崎:確かにそうですね。若者の憧れの姿としてそういう人の方が味わい深くてかっこいい時代って確かにありました。・・・というかまた今回も「昔は」から入りましたね。この連載のお決まりになってきましたよ。

水谷:僕らもやっぱり毎晩のようにお酒が入ると「昔は」になるじゃないですか? ザ・老害ですが、老化の始まりの50’sとかってそんな年齢なんでしょうかね?

山崎:自分が若い頃は、「昔は良かった」って言う、おっさんに嫌気が差していましたが、いざおっさんになるとこれは避けて通れないですね。昔話って楽しいですから。で、話を戻すとこれは完全に時代が変わったことへの妬みですが(笑)、今はダーティーな人よりも小洒落ている人の方が優っている気がします。身なりも生き方も少しダーティーな方がカッコよく感じたのは00年代くらいまでかもしれません。今はすぐに悪い意味で『ヤバイ奴』っていうレッテルを貼られてしまいますからね。

水谷:昔はそのヤバさがカッコよかったと思います。そんな世の中だからか?最近、コアなソウルのレコードが他と比べてとても売りづらいんですよ。ブルースもしかりで。もう時代についていけないですよ。心地の良い爽やかでクリーンなものしか世の中の人たちは求めていないのでしょうか。

山崎:でもいま人気の日本のヒップホップの人たちはめちゃくちゃダーティーじゃないですか?

水谷:ダーティーというかサグというか?そっちはびっくりするくらいの不良っぷりをアピールしていて(笑)。この感じは昔とはずいぶん違います。うまく言えませんが両軸を持った絶妙な味わい深いものがあまりウケない。例えば厳つい輩の作品の中にインテリジェンスを感じたり、時にはそんな漢が女々しく歌ったり、ヒップホップなんかもあれは黒人特有のセンスで、素でやっていたと思いますが、そんなゴリラみたいな男が、繊細で気の利いたサンプリングをしたり。そんなのがよかったのですが・・僕は造詣があまりないですがパンクとかもそうでしょ?その衝動と時に見せる計算高いセンスの良さに“上がる”というか。あんまりそういう感覚って今の若者は無いんですかね?最近のJ-POP的なのは大丈夫なんでしょうか。そのような観点で音楽を聴いてきた僕のようなジジィにはとても受け入れ難いのですが。

山崎:なんだか血の通っている生々しさや人間らしさを避けている傾向もありますね。アートでもアニメでもアイドルでも綺麗でわかりやすい偶像をみんな求めていて、リアルなものから目を背けている気がします。たとえば白土三平とか寺山修司のようなものは今、流行らないかもしれません。

水谷:そういうのを『サブカルチャー』って言っていましたが、そんな言葉も今はあまり使われませんね。なんでこういう話をしたかと言うと、Groove-Diggersのコンピレーションの選曲をする中で今の時代を意識する必要があったんです。

山崎:今回のコンピレーション、『Groove-Diggers presents - "Rare Groove" Goes Around : Lesson 1』とても良かったですね。飽きずに最後まで聴ける流れと選曲で、ハズレ曲というか、無駄な曲がなかったです。

水谷:僕にとってその『ハズレ曲』や『無駄な曲』って、存在意義としてとても重要なんですよ。そういう曲で周りを固めるとキラー曲が、より栄えますので。ただ、全部が最高のタイパ、プレイリストの時代にそぐわない気がしましたので、あえて入れませんでした。リック・メイソンとかも候補にはあったんですけど(笑)。

RICK MASON AND RARE FEELINGS / Dream Of Love

山崎:リック・メイソンの「Dream Of Love」はヘタウマ系の最高峰ですね(笑)。とてもいい曲です。収録アルバムのオリジナル盤も人気で10万超えの高額盤ですが、一部のコアなファンにしかウケないんですよね。
前談が長くなりましたが、今回のコラムは『Groove-Diggers presents - "Rare Groove" Goes Around : Lesson 1』についてです。

水谷:今回、僭越ながら選曲をさせていただきました。そしてこんな選曲なので、 ジャケットは僕らのMOMOYAMA RADIOスタジオからの風景を山崎さんが撮影してくれて、すなわち、僕らVINYL GOES AROUNDメムバーによる合作となりました。

山崎:自画自賛ですがいい写真ですよね。でも僕の腕ではなくてテクノロジーの進化のおかげです。
さて、選曲はこれまでGroove-Diggersでリリースしたアルバムからのピックアップですが、特に思い入れのある曲はなんですか?

水谷:音楽的じゃない話しになってしまうのですが、マシュー・ラーキン・カッセルをリリースしたときの話なんですけれど、原盤の所有者にたどり着くのがすごく大変でした。本当に全然見つからなくて。いろいろな方法と角度から辿っていったのですが、そしたらアメリカのローカルのラジオ局にマシュー本人が出演したという情報を得ることができたんです。それでそのラジオ局に連絡したら局員の方がマシューに繋いでくれたんですよ。

山崎:2008年の話ですよね。その頃、レアグルーヴ界隈でもマシュー・ラーキン・カッセルの再評価なんて誰もしていない時代でしたよ。今ではオリジナル盤は高すぎてすごいことになっていますが。

MATTHEW LARKIN CASSELL - Fly Away

水谷:連絡したら「なんで日本人のお前が俺のレコードなんて知っているんだ?」ってびっくりしていました。当時は大して売れもしなかったレコードが数十年以上経てマニアに人気が出ているなんてことを本人は知らないんですよ。だから連絡すると驚く人は多いです。継続してミュージシャンをやっている人なんてほとんどいませんから。マシューは学校の先生をやっていました。リリースのオファーを快く受け入れてくれてとても歓迎されましたよ。

山崎:本人は当時、想いを込めて作った作品でしょうから「よくぞ見つけてくれた」っていう喜びは大きいでしょうね。こういうところもレコード・ディギングの素晴らしいところかもしれません。

水谷:あとはやっぱりイハラ・カンタロウの「つむぐように(Twiny)」ですね。70年代〜80年代に制作された楽曲とは40年以上の時間差がある中、それらの曲に影響されて同じマナーで音楽制作をしている彼へのリスペクトもあって、この選曲の中に入れたかったんです。なので一番人気のウェルドン・アーヴィンのカバー曲「I Love You」ではなくて彼のオリジナル楽曲を収録しました。

CANTARO IHARA – つむぐように(Twiny)

山崎:これはイハラくんにとって、すごく良いことですね。

水谷:彼もAORとかライトメロウな曲に詳しいので「こんな素晴らしい楽曲たちの中に自分の曲を並べていただいて嬉しいです」と言っていました。はじめからイハラくんでコンピレーションを締めくくることを考えていたので最後の曲にしたのですが、「つむぐように(Twiny)」の美しい旋律は、今回の「締め」に相応しかったと思っています。

山崎:このコンピレーションをどういう人に届けたいと思っていますか?

水谷:入門編として聴き心地の良い曲を並べたとても聴きやすいアルバムなので、若い人たちにとって、古き良き時代の音楽“にも”触れるきっかけになればいいと思っています。
この世界(レアグルーヴなど)ってレコードが高額なイメージが強いので、自省も込めて言いますと、オリジナル盤にこだわるマニアたちが敷居を高くしてしまっていると思うんです。すると若い人たちは入りづらい。レアだからすごいってことではないが、もちろんプレス数による現存云々はありますが、基本内容の良くないモノは高くはなりませんので、こういうコンピレーションで、レア・エクスペンシヴ盤の世界への間口を広げることができれば良いです。

山崎:本作には通して聴くからこそ良く聴こえてくる化学変化みたいなものがあると思います。そこがこのアルバムの良さですね。いままでこれらの曲に出会わなかった人たちが出会える盤になるといいですね。

水谷:今はレコードブームの中で、レコードをBGMとしてかけるカフェやバーも多いので、そういうところでかけてもらえたら嬉しいです。店内で流しても誰も傷つかない選曲をしていますので。昔はカフェとかでよくかかっていた、『ホテル〇〇』とか、そういうお洒落系CDコンピレーションがたくさんあって、個人的には好きではなかったけれど、でも今、そういうのは全然ないじゃないですか。当時はそのようなコンピレーションはすごく意味があって、一般的に聴かれるはずのない曲たちが日の目を見ることにもつながっていました。そういえば最近の僕らの流行の新語SJ(以前の『情熱が人の心を動かす』の回、参照)の話しを友達にしたら、クラブでプレイしないDJをDJ-Bar DJって云うらしいですよ。

山崎:それはもう体力の低下でクラブのテンションにはついていけてない僕のことですね(笑)

水谷:あとは、ここに収録の曲はいわゆるAORベストみたいなチャートには入らない曲ですが、そういう大物ミュージシャンがやっている王道系もいいんですけど、こういうオルタナティヴな側面を一般的なAORファンにも是非聴いてほしいです。

山崎:レアグルーヴなんてローカルな低予算レコーディングの自主制作に近い盤ばかりですから、世の中の音楽シーン全体で考えたらB級作品なんですけど、でもB級作品の美学ってありますからね。

水谷:それこそ『サブカルチャー』ですよ。昔は『サブカルチャー』を掘っていくと、誰も知らないところで自分だけが知っているみたいな嬉しさがありました。でも今はネットでほとんどの情報がすぐに手に入るから、見え方として『サブカルチャー』というカテゴライズが必要無いのかもしれません。でもマスメディアやネットに流されないで自分が何を取捨選択するかをちゃんと考えて、自分の趣向に合いそうならこういう世界も覗いてほしいと思います。

山崎:僕らはひねくれ者なのかもしれませんが、若かりし頃は「王道ソウルはあいつ聴いているし、俺はいいや」って思って深掘りしていましたね。

水谷:ヒップホップにおけるサンプリングの表現も一緒ですよ。だれも知らないものをディグる精神は重要だと思います。

山崎:新しいカルチャーもこういうところから生まれますしね。

水谷:だからってこのコンピレーションを買って欲しいと言っているわけではなくて、どこかで聴いて、シャザムしてスポティファイで聴いてもらってもいいです。おかげさまで、レコードはまもなくPヴァインのメーカー在庫も売り切れますが、本連載冒頭にもリンクがありますのでYouTubeのMOMOYAMA RADIOで聴いてみてください。全編通してアップしていますので。気に入った曲があったらそこからその曲が収録されているアルバムまで辿ってもらえると嬉しいですね。
他にもいい曲あったりしますし、文化ってこういうことで次世代に継承されていくと思いますので。

山崎:そんな次世代の仲間募集中!ご連絡は履歴書や自己紹介文を添えてこちらまで。
vinylgoesaround@p-vine.jp


Groove-Diggers presents
"Rare Groove" Goes Around : Lesson 1

A1. ERIK TAGG - Got To Be Lovin You
A2. LUI - Oh, Oh (I Think I'm Fallin' In Love)
A3. CHOCOLATECLAY - The Cream Is Rising To The Top
A4. TED COLEMAN BAND - If We Took The Time (Where Do We Go From Here)
A5. BABADU! - All I've Got To Give
A6. DANNY DEE - My Girl Friday
B1. POSITIVE FORCE - Everything You Do
B2. JIM SCHMIDT - Love Has Taken It All Away
B3. MATTHEW LARKIN CASSELL - Fly Away
B4. MOONPIE - Sunshine Of My Life
B5. CANTARO IHARA – つむぐように(Twiny)

Fabiano do Nascimento and Shin Sasakubo - ele-king

 ブラジル音楽から影響を受けたリオ出身LA在住のギタリスト、ファビアーノ・ド・ナシメント。南米音楽を中心に世界各地の音楽とリンクする秩父出身のギタリスト、笹久保伸。両名によるコラボレーション・アルバムが12月11日に発売される。現在 “Após a Tempestade” が先行配信中で、公開されているMVには、レコーディングがおこなわれた大磯SALOスタジオやそのまわりの景色とともに、ふたりの演奏する姿が映し出されている。染みわたるギターの音を堪能したい。

Fabiano do Nascimento & Shin Sasakubo 『Harmônicos』
2024.12.11 CD, LP, Cassette Tape Release

日本でも人気の高いブラジリアン・ギタリストのファビアーノ・ド・ナシメントと、南米音楽を中心に世界各地とリンクする、秩父出身ギタリストの笹久保 伸が、日本でのライブ共演をきっかけに始まったギターデュオ作が、CD、LP、カセットテープでリリース!! 大磯SALOスタジオで作り上げられた2人だけの物語、今ここに新たな名盤が生まれた。

ファビアーノ・ド・ナシメントと笹久保 伸が初めて一緒にコンサートをやった4日後に、3日間に渡る録音は始まった。同じ空間と時間を共有して、異なるスタイルと出自を持つ二人のギタリストは、音を探り出して、共鳴や反発をさせ、対話とアイデアの交換を重ねた。身近で見たその一つ一つのプロセスから、この音楽は形作られていった。弦とボディの響きと共に、スタジオの空気も大切なものとして記録されている。アルバムという形あるものとして残し、聴き手に届けることにいつも以上にワクワクする気持ちを抑えられないでいる。ピュアで研ぎ澄まされていて、キュート(ファビアーノは「Kawaii」という)でもある二人の音楽を、自由に楽しんでもらえたら本望だ。 ──(原 雅明 ringsプロデューサー)

【リリース情報】
アーティスト名:Fabiano do Nascimento and Shin Sasakubo (ファビアーノ・ド・ナシメント & 笹久保 伸)
アルバム名:Harmônicos (アルモニコス)
リリース日:2024年12月11日
フォーマット:CD, LP, Cassette Tape

●CD
品番:RINC128
JAN: 4988044124318
価格: ¥3,300(tax in)

●LP
品番:RINR18
JAN: 4988044124325
価格: ¥4,400(tax in)

●Cassette Tape
品番:RINT2
JAN: 4988044124332
価格: ¥2,750(tax in)

レーベル:rings
オフィシャルURL: https://www.ringstokyo.com/fabiano-sasakubo-harmonicos/
販売リンク: https://diskunion.net/latin/ct/news/article/1/125279

interview with Conner Youngblood - ele-king

 個人的に今年は久しぶりに海外に出る機会を得たのだが、いろいろなひとと話すなかで、パンデミックが落ち着いてからいっそう旅に対する欲求が高まっているように感じる。日本に対する関心も強く、オーヴァー・ツーリズムや渡航費の高騰などの問題もクローズアップされているが、少なくとも世界の様々な文化への興味が広がっているのは悪いことではないだろう。

 スフィアン・スティーヴンスやエリオット・スミスが引き合いに出されるフォークや室内楽をエクスペリメンタルなR&Bやアンビエント・ポップとクロスさせたデビュー・アルバム『Cheyenne』(2018)で注目されたテキサス出身のシンガーソングライター/マルチ・プレイヤー/プロデューサーのコナー・ヤングブラッドは、世界中に対する強い興味を自身の音楽の原動力にしてきた存在だ。様々な土地を巡った旅の経験を生かした『Cheyenne』は、そこで見た光景をどのようにサウンドスケープに落としこむかに注力した作品で、壮大な穏やかさとでも言うべきスケールを携えていた。ジェイムス・ブレイクの諸作や『22, A Million』の頃のボン・イヴェールのプロダクションをより穏やかでリラックスしたものと表現できるかもしれない。
 約6年ぶりとなる新作『Cascades, Cascading, Cascadingly』もまた幽玄さや陶酔感を伴うサウンド・デザインが心地よいアルバムに仕上がっており、前半はエフェクト・ヴォイスが多用されることもありオルタナティヴR&Bの印象が強いが、聴き進めていくとフォーク、アンビエント、ロック、クラシカルと様々な要素が立ち現れる。使われている楽器も多ければ、音色もプロダクションも多様。さらに興味深いは母語の英語以外の言語もいくつか使われており、日本語タイトルの“スイセン”は日本語で歌われている。聞けばパンデミック中は複数の言語を学習していたとのことで、とにかくナチュラルに世界中の文化に触れて自分に取りこみたいひとなのだろう。その音楽性にしても、制作中にたくさん観ていたという映画のラインアップにしても、やや過剰に興味や関心が散らばっているようだが、それらすべてに対して素朴にオープンであることは彼の表現とそのまま繋がっている。

 以下のリモートでおこなったインタヴューでは、日本の裏側のブエノスアイレスから日本語もたくさん使いながら話してくれた。「cascades」は小さな滝のように何かが連なった状態を指す言葉だが、コナー・ヤングブラッドは精神的な意味においても国境に囚われず、多くのものに対する純粋な好奇心を心地よい音楽の連なりへと変換する。

日本だと『リリィ・シュシュのすべて』は印象的でした(……)毎日、レコーディングしながら映画を観ていました。歌詞も音楽も、その影響がすごく大きかったです。

いまはブエノスアイレスにいらっしゃるんですよね?

コナー・ヤングブラッド(以下CY):はい、アルゼンチンに住んでいます。

え、住んでいるのもアルゼンチンなんですか?

CY:はい、ナッシュヴィルに12年ぐらい住んでいたのですが、今年アルゼンチンに移住することにしました。ナッシュヴィルがつまらなくなってしまって。

そうだったんですね。それではいろいろ聞いていきたいのですが、前作『Cheyenne』からパンデミックもありましたが、この6年間どのように過ごされていましたか?

CY:音楽と言語の勉強をしていました。日本語も勉強していたんですよ。昔日本語を勉強していたことがあったのですが、コロナ禍の時期は自分の部屋でYouTubeを観て、日本語やデンマーク語、ロシア語、スペイン語を学んでいました。音楽的にちょっと行きづまったところもあったので、語学を生かしてみたいと思ったんです。はじめは独学だったのですが、朝レッスンを取ることで生活リズムを整えて、いろいろな言葉を音楽に取り入れられるようになりました。

トム・ヨークのプロジェクトはどれも全部好きなんです。あと、映画のスコアにも影響を受けています。

あなたの音楽は海外での旅にインスピレーションを受けている部分が多いと感じるので、パンデミックはフラストレーションだったのではないかと思います。

CY:パンデミック以降は映画をたくさん観ていたので、そこからのインスピレーションが大きかったですね。そうやって世界を見ていました。それで、フィクションと現実を混ぜながら新曲に対するヒントを得ていきました。

今回のアルバム『Cascades,~』は曲数も多く、アレンジも多彩ですが、制作した時期は楽曲によってけっこう異なるのでしょうか?

CY:コロナ前に作ったものがふたつあって、“Running through the Tøyen arboretum in the spring”と“Closer”という曲です。ただ、残りは同じ部屋で同じ椅子に座って同じ時期に作った曲でした。

なるほど。というのは、本作はエレクトロニックなR&Bもあり、フォークもアンビエントもあり、プロダクションやタッチの面でヴァラエティに富んでいますよね。楽曲ごとのサウンドはどのように決まっていったのでしょうか?

CY:そこも、いろいろな映画を観たことの影響が大きかったですね。ホラーやSF、レトロなものと、いろいろなものを観て、そのときの気分で決めていったところがあります。自分を内観することで決まっていった部分もありますね。映画を観て抱いた感情と自分の人生を組み合わせて、いろいろな雰囲気が生まれていったのだと思います。あとは、いろいろな楽器を持っているので、しばらく使っていなかった楽器を引っ張り出して気分がフィットしたら使ってみたりと、その日のムードで作っていきました。

ちなみに、とくにインスピレーションを受けた映画はありましたか?

CY:たくさんあります。日本だと『リリィ・シュシュのすべて』は印象的でしたし、『ゾディアック』、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』、『グリーンナイト』……ブライアン・デ・パルマも観てましたし……HBOのドラマ『LEFTOVERS/残された世界』も観てました。30本ぐらいの観ていた映画のリストがあるんですよ(と言って、ヴァイナルのインナースリーブに掲載されるというインスピレーション元の映画作品リストを見せてくれる。『アド・アストラ』や『A GHOST STORY』など比較的新しいものから、ジブリ作品、1993年のほうのスーパーマリオの映画『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』まで、じつに様々な作品が並んでいる)。

なるほど……本当にいろんな作品にご興味があるんですね。

CY:毎日、レコーディングしながら映画を観ていました。歌詞も音楽も、その影響がすごく大きかったです。

ゴロゴロする音楽です(笑)。わたしの音楽にとって、心地いいスペースがあることは間違いなく重要です。

一方で、サウンド・プロダクションの面でヒントになった音楽作品はありましたか?

CY:それもいろいろあります。レディオレッド、エリオット・スミス、ゴリラズ、コクトー・ツインズ……。レディオヘッドもですが、アトモス・フォー・ピースのような(トム・ヨークの)サイド・プロジェクトにより影響を受けたかもしれません。トム・ヨークのプロジェクトはどれも全部好きなんです。あと、映画のスコアにも影響を受けています。というのは、さっき言ったように音楽を作りながら映画をたくさん流していたので、そのスコアからが自然に自分に入ってきたと思います。

あなたはマルチ・プレイヤーでもありますが、何か新しい楽器を習得されることはありましたか?

CY:1980年代のソビエトの時代のギターを買いました。

え、ソビエトですか?

CY:はい、インターネットで買いました。ソビエト時代のシンセサイザーも買いましたね。新しい楽器を習得したわけではないのですが、その辺りが新しく手に入れたものです。マイクやエフェクターも、ロシア製のものを買いました。

へええ、面白いです。こうしてお話を聞いていても、すごくいろいろな土地のいろいろなものにご関心があるのだなと感じますが、今回のアルバムで母語以外のいろいろな言語で歌われているのも興味深いですよね。あなたにとって、なぜ複数の言語で歌うことが重要なのでしょうか?

CY:わたしにとって新しい言語を学ぶことは、自分を表現するための新しい色を使えるようになるということなんです。外国語という別の色を持ってくることで、表現の仕方、リズム、歌い方が変わることがあります。たとえば日本語で歌うときとデンマーク語で歌うときだと、少し違ってくるんですよね。また、作っている最中は気づかなかったのですが、いま考えてみると、自分の両親が理解できる英語だと気恥ずかしかったりナーヴァスに感じられたりするものを、母語以外だと歌いやすい部分もあるのかもしれません。それにたとえば、ある外国語が理解できる女の子がいたとして、その相手にだけ伝わる言葉で自分を表現できる良さもあると思います。

なるほど、興味深いお話ですね。アルバムに収録されている“スイセン”では日本語で歌ってらっしゃいますが、他の楽曲と歌い方がかなり違っていて、この曲では激しさが出ています。あなたにとって日本語は、どのような感情を表現する言語なのでしょうか?

CY:どうしてそうなったかはわからないのですが、日本語で歌った“スイセン”ははじめてわたしが叫んだ曲になりました。たぶん、アニメを見ていて「自分が架空のアニメのオープニング・テーマを歌ったらどうなるだろう」と考えたのが関係していると思います。短くて、ロックやスクリームがいっしょになっているものを想像しました。なぜそれがスイセンの花というモチーフになり、そこからナルシストというテーマになったのか(※スイセンの学名はギリシャ神話に登場する美少年ナルキッソスに由来する)はわからないのですが、自分がやりたかったことを詰めこんだ結果です。

ただ、あなたの音楽は様々なタイプのサウンドがありながら、前作から基本的には心地よさは一貫していると思います。音楽において、心地いいことや気持ちを落ち着かせることはあなたにとって重要ですか?

CY:(日本語で)ゴロゴロする音楽です(笑)。

ゴロゴロ(笑)。

CY:わたしの音楽にとって、心地いいスペースがあることは間違いなく重要です。ただ今回は、激しいとまでは言わなくとも、『Cheyenne』よりは切迫感や緊張感があるものを作ろうとは思っていました。でも結果としてはリラックスできるものになっているので、それがわたしの音楽ということなんだろうとは思います(笑)。たとえば“All They Want Is Violence”という曲ではホラー映画にインスパイアされたので怖い要素があるものを作ろうとしたのですが、結果としては落ち着いた曲になりましたね。

なるほど。でもたしかに、そうした緊張感がアクセントになっている部分もありますよね。『Cascades,~』に関して、曲のモチベーションとなる感情はどのようなものが多かったと思いますか?

CY:感情というよりは、実験という部分が大きかったと思います。つまり、何かしらの変化を求める感情に突き動かされていたかもしれません。

本当はアルゼンチンではなく日本に住みたかったのですが、手続きが大変で。でも日本語はずっと勉強してるから、近い将来に日本に住めるようになりたいです。

アルバム・タイトルの『Cascades, Cascading, Cascadingly』というのも変わったものになっていますが、これはどのように出てきた言葉ですか?

CY:まず「Cascades」という言葉の響きそのものが好きで、それに変化をつけてみたのですが、選びきれなくて並べたものをタイトルにしました。「Cascadingly」というのはおそらく文法的には間違っていて、検索すると使っているひとはいるんだけど、造語に近いものだと思うんですね。ただ、その連なっていくイメージがアルバムの曲の雰囲気にも合っていると感じました。

本作はあなたのミュージシャンとしてのいろいろな側面が発揮されたアルバムだと思いますが、シンガーソングライター、プレイヤー、プロデューサーでいうと、どの側面でもっともチャレンジングだったと思いますか?

CY:ミキシングが一番苦労しました。エンジニアリングやプロダクションも含めて全部自分でやったのですが、ミキシングだけは友人といっしょにやったんです。一番楽しかったのはプロダクションですが、全部の要素をまとめるミキシングがもっともチャレンジングでした。それから、歌も大変でしたね。自分が歌っているのを聴いて、どのテイクが一番いいのか見極めるのが難しかったです。

そんななかで、一番達成できたと感じられるのはどんなところでしょうか?

CY:アルバムのなかでは“Blue Gatorade”と“Solo yo y tú”が一番好きです。一番気に入っているのは“Blue Gatorade”なのですが、“Solo yo y tú”はプロダクションやミキシングまで全部ひとりでやった曲なので、とくに誇りに感じています。

わかりました。また、ぜひ日本でもライヴで来てください。

CY:行くつもりです! 本当はアルゼンチンではなく日本に住みたかったのですが、手続きが大変で。でも日本語はずっと勉強してるから、近い将来に日本に住めるようになりたいです。ツアーに関してはまだ予定はないけど、実現できるよう努力します。

9月のジャズ - ele-king

 昨秋に来日公演をおこない、本WEBでのインタヴューにも応じてくれたジャズ・サックス奏者のヌバイア・ガルシアの新作『Odyssey』が発表された。昨年はクルアンビンとのスプリット・ライヴ盤や、参加作品だと『London Brew』などもあったが、自身のソロ・アルバムでは2021年の『Source』以来3年ぶりとなる久々のアルバムだ。シャバカ・ハッチングスジョー・アーモン・ジョーンズらとサウス・ロンドンのジャズ・シーンを牽引してきた彼女ではあるが、既にサウス・ロンドンに限定される存在ではなくなっており、『Odyssey』ではエスペランサ・スポルディングやジョージア・アン・マルドロウなどアメリカ人のアーティストとの共演もある。インタヴューでもティーブスキーファーらアメリカのアーティストへの興味について述べていたり、またクルアンビンとのライヴ盤をリリースするなど、インターナショナルに活躍する彼女ならではだ。しかし、作品の根幹となる部分は今回も変わっておらず、ジョー・アーモン・ジョーンズ(ピアノ、エレピ)、ダニエル・カシミール(ベース)、サム・ジョーンズ(ドラムス)というサウス・ロンドンの旧知の面々によるトリオは、『Source』から引き継がれている。プロデュースも『Source』と同じくクウェズ(Kwes.)がおこなっており、ヌバイアがいかに彼を信頼しているかがわかる。


Nubya Garcia
Odyssey

Concord / ユニバーサルミュージック

 ギリシャの叙事詩を意味する『Odyssey』は、ヌバイアの長い音楽の旅をイメージしている。「自分自身の道を真に歩むこと、そして、こうあるべきだ、あああるべきだという外部の雑音をすべて捨て去ろうとすることを表現している。それはまた、常に変化し続ける人生の冒険、生きることの紆余曲折にインスパイアされたものでもある」と、アルバムを総括してヌバイアは述べているのだが、そこには音楽業界に長く残る差別という雑音への示唆も含まれる。長く男性優位が続いたジャズ界であるが、近年はヌバイアのような才能あふれる女性アーティストの活躍もクローズ・アップされるようになり、本作ではエスペランサ、ジョージア・アン・マルドロウ、リッチー・シーヴライト、ザラ・マクファーレン、シーラ・モーリス・グレイ、ベイビー・ソルなど米英の黒人女性アーティストが多く起用される。女性ジャズ・アーティストによるプロジェクトとしてはテリ・リン・キャリントンのモザイク・プロジェクトが知られるが、ヌバイアが参加するネリヤも同じような方向性のバンドであるし、『Odyssey』についても女性アーティストとしての矜持が存在している。

 『Odyssey』のトピックとしては、英国のチネケ・オーケストラとの共演も挙げられる。チネケ・オーケストラは多民族の演奏家より構成され、ヨーロッパにおいて初めて多くの黒人演奏家が参加する楽団として知られるが、今回の共演に際してヌバイアは初めてストリングス・アレンジも手掛けている。そうしたオーケストラ・サウンドの魅力が詰まった楽曲が “In Other Worlds, Living” で、『Odyssey』の世界観を表すような壮大なスケールを持つ。重厚で骨太なモーダル・ジャズの “Odyssey”、律動的なリズム・セクションが斬新なカリビアン・ジャズの “Solstice” などヌバイアらしいインスト作品が並んでおり、“The Seer” ではアグレッシヴなジャズ・ロックの曲調の中、ヌバイアのサックスがディープで鮮明なフレーズを奏でる。この曲に顕著だが、サックスのミキシングはエコーをかけたような残像があり、そのあたりはクウェズのなせる技なのだろう。一方、今回はさまざまな女性シンガーたちによるヴォイスも花を添える。中でも、ジャズ・ファンク調の “Set It Free” におけるリッチー・シーヴライトのクールだがソフトで浮遊感に満ちたヴォーカルがいい。彼女はココロコのトロンボーン奏者として知られるが、本職ではないヴォーカリストでも素晴らしい才能を見せる。


Ibrahim Maalouf
Trumpets of Michel-Ange

Mister I.B.E.

 ベイルート出身のジャズ・トランペット奏者のイブラヒム・アマルーフ(マーロフ)は、叔父に作家のアミン・アマルーフを持つ。1975年のレバノン内戦で祖国から難民としてフランスに渡り、アラブ社会についての著書や、内戦や難民をモチーフにした小説を残しているが、音楽一家に生まれたイブラヒム・アマルーフも同様にレバノン内戦中にフランスに逃れ、クラシックやアラブ音楽を学んできた。父親のナシム・アマルーフもトランペット奏者で、イブラヒムと一緒にデュオを組んでヨーロッパで演奏活動をおこなってきた。イブラヒムは父が開発した4本のピストンバルブを持つ特殊なトランペットを用い、それによってアラブ音楽特有の微分音を表現することが可能となった。そして、アラブ音楽をジャズや西洋のポピュラー音楽と結びつけ、独自の表現をおこなう音楽家である。2007年のソロ・デビュー作『Diaspora』は、そうしたフランスにおけるレバノン人のディアスポラとして、イブラヒムのアイデンンティティを強く打ち出した作品だった。その後、ロック、ファンク、ソウルなど西洋音楽に接近した『Illusions』(2013年)、アロルド・ロペス・ヌッサ、アルフレッド・ロドリゲス、ロベルト・フォンセカらキューバのミュージシャンと共演し、ラテン色が濃厚となった『S3NS』(2019年)、デ・ラ・ソウルと共演するなどヒップホップを取り入れた『Capacity To Love』(2022年)と、作品ごとにさまざまな色を出すイブラヒム・アマルーフだが、いつも根底にはアラブ音楽がある。

 『Capacity To Love』から2年ぶりの新作『Trumpets of Michel-Ange』も、彼ならではのアラブ音楽と西洋音楽との邂逅が見られる。『Trumpets of Michel-Ange』とは「ミケランジェロのトランペット」ということだが、ルネッサンスの偉大な芸術家にちなむと共に、ナシム・アマルーフが開発した4分音のトランペットを普及して広めようという教育プロジェクトの名称としても用いられる。今回はゲストにニューオーリンズのトロンボーン奏者で、ジャズ、ファンク、ロック、ヒップホップと縦横無尽に活動するトロンボーン・ショーティー、デトロイトのダブル・ベース奏者のエンデア・オーウェンズ、マリのコラ奏者として世界的に活躍し、去る7月19日に逝去したトゥマニ・ジャバテ、その息子のコラ奏者/シンガー/プロデューサーのシディキ・ジャバテらが参加。イブラヒムは2022年にアンジェリーク・キジョーとの共作『Queen Of Sheba』をリリースし、そこではアフリカ音楽とアラブ音楽との融合を試みていたのだが、『Trumpets of Michel-Ange』もかなりアフリカを意識した作品と言えるだろう。“The Proposal” や “Love Anthem” は哀愁漂うアラブの旋律にアフロ・ビートをミックスし、中東フォルクローレの舞踏音楽の系譜を受け継ぐ作品となっている。トロンボーン・ショーティーをフィーチャーした “Capitals” はさらにアップテンポのダンサブルなナンバーで、ビデオ・クリップのライヴ映像ではダンサーも登場して盛り上がる。ライヴ映像を見るに、今回の録音はブラスバンド的な編成で、オーバーダビングは一切用いていない。また、イブラヒムのバックで演奏するトランペット隊もすべて4分音トランペットを用いており、それが迫力のあるブラス・サウンドを作り出している。


Jaubi
A Sound Heart

Riaz

 テンダーロニアスのアルバム『Tender In Lahore』、『Ragas From Lahore』(共に2022年)で共演し、その後『Nafs At Peace』(2021年)でアルバム・デビューしたジャウビ。パキスタンのラホール地方出身のグループで、アリ・リアズ・バカール(ギター)をリーダーに、ゾハイブ・ハッサン・カーン(サーランギー)、カマール・ヴィッキー・アバス(ドラムス)、カシフ・アリ・ダーニ(タブラ、ヴォーカル)という4人組である。もともとはパキスタンや隣接する北インドの古典伝統音楽などをやっていたが、テンダーロニアスなどとの共演からジャズやジャズ・ファンクをはじめとした西洋音楽にも傾倒していく。『Nafs At Peace』にはテンダーロニアスも参加し、北インド地方固有の音楽をジャズやジャズ・ファンクで解釈した作品となっていた。3年ぶりの新作『A Sound Heart』もテンダーロニアスが参加しており、カマール・ヴィッキー・アバスが抜けた代わりにルビー・ラシュトンのドラマーのティム・カーネギーも加入。テンダーロニアスの周辺では同じくルビー・ラシュトンのメンバーのニック・ウォルターズも参加し、ほかにオーストラリアの30/70からヘンリー・ヒックス、ポーランドのEABSからマレク・ペンジウィアトルが参加し、より広がった世界を見せる。

 『A Sound Heart』というアルバム・タイトルはイスラム教のコーランの一説に触発されたもので、神への愛を描いたものとなっている。また、収録曲である “A Sound Heart” はビル・エヴァンスにインスパイアされた美しいピアノ曲(ピアノだけでなくテンダーロニアスのフルートや、ゾハイブ・ハッサン・カーンのサーランギーも素晴らしい)であるが、アルバムでは随所にジャズの偉大な先人たちに捧げられた曲がある。ウェイン・ショーターへ捧げた “Lahori Blues” は、1960年代後半のショーターを想起させるブルース形式のモード・ジャズ。ちょうどショーターや、彼の参加したマイルス・デイヴィス・カルテットの演奏で知られる “Footprints” に似たところがあるが、ジャウビの方はサーランギーによるエキゾティシズム溢れる演奏が異色である。変拍子によるジャズ・ロック的な “Wings Of Submission” においてもサーランギーが印象的で、ほかのグループには無いジャウビのトレードマークになっていると言えよう。“Chandrakauns” はタブラを交えたリズム・セクションが北インド的で、テンダーロニアスのフルートやキーボード、シンセなども相まって全体的に不穏で抽象性の高い演奏を繰り広げる。“Throwdown” はブルージーなギターが導くクールなジャズ・ファンクで、カマール・ウィリアムズに通じるような作品。パキスタンとサウス・ロンドンが邂逅したような1曲と言えよう。


Allysha Joy
The Making of Silk

First Word / Pヴァイン

 メルボルンのソウル~ジャズ・コレクティヴの30/70のリード・シンガーとして活躍するアリーシャ・ジョイ。ソロ活動も活発に行っていて、『Acadie : Raw』(2018年)、『Torn : Tonic』(2022年)に続く3枚目のソロ・アルバム『The Making Of Silk』をリリースした。30/70のドラマーであるジギー・ツァイトガイストやキーボード奏者のフィン・リース、ハイエイタス・カイヨーテでバック・コーラスを務めるジェイスXLといったメルボルン勢のほか、サウス・ロンドンからギタリストのオスカー・ジェロームや、ブラジル出身のコンガ奏者のジェンセン・サンタナ(彼はヌバイア・ガルシアの『Odyssey』にも参加する)といったメンバーが録音に加わっている。これまでのソロや30/70の作品の延長線上にある作品集と言え、ジャズとソウルやファンク、そしてクラブ・サウンドが融合した世界を聴かせる。

 〈CTI〉時代のボブ・ジェームズのサウンドを想起させるメロウでスペイシーなジャズ・ファンク “nothing to prove”、かつてのウェスト・ロンドンのブロークンビーツを想起させるリズム・セクションとメロディアスなコーラスがフィーチャーされた “dropping keys” と、フェンダー・ローズを軸としたサウンドとハスキーなアリーシャ・ジョイのヴォーカルは今回も素晴らしいマッチングを見せる。コズミックなシンセがエフェクティヴな効果を上げる “raise up” では、後半のアリーシャのスキャットが鍵となり、オスカー・ジェロームのギターをフィーチャーした “hold on” では、アリーシャの歌からアーシーでレイドバックしたフィーリングが溢れ出す。

interview with Sonoko Inoue - ele-king

落ちこぼれの馬鹿馬鹿しくも切ない暮らし
忘れられない覚えられない
落ちこぼれの馬鹿馬鹿しくも愉しい暮らし
忘れられない でも覚えられない
くだらないったら ありゃしない
(“ありゃしない”)

 アコースティック・ギターを抱えて生活について歌うことはフォークのひとつの型であり、井上園子はその伝統を現代の日本において受け継いでいるシンガーソングライターだ。ブルーグラスやカントリーに影響を受けたその音楽性は、ギターを始めてそれほど長くないというのが意外に思えるほどすでに滋味深さを獲得しているが、しかし、歌われる風景自体は必ずしも穏やかなものばかりではない。日本の都市の片隅で見落とされている「落ちこぼれの暮らし」にあるわびしさ、悔しさ、みじめさ……そんなものが率直に描かれている。
 弾き語りの一発録りで制作されたデビュー作『ほころび』は、アコギ1本でおこなうことが多い現在のライヴ活動のありのままを反映したものだという。ときにラフさを隠さない演奏が心地よさだけではない緊張感を呼び、飄々とした歌声は不意に痛切さをこぼしてみせる。その緩急の妙味を体験できる一枚だ。
 それは言葉においても同様で、日々の生活におけるささやかな喜びや切なさが綴られる一方で、生々しく獰猛な感情が姿を現すこともある。孤独の情景がたんたんと語られる“三、四分のうた”、劣等感がにじむ“ありゃしない”、うら寂しい瞬間を切り取った“漫画のように”。それに、ユーモアや毒もある。「綺麗な服着たおやじども」に悪態をつく“きれいなおじさん”の率直な怒りに、痛快さを覚えるリスナーも多いだろう。
 それでも、一般的な常識から外れた美学を持って生きる人びとに敬意を捧げる“カウボウイの口癖”がそうであるように、『ほころび』では小さな人間同士の交感もまた、たしかに歌われている。何もかもが慌ただしい現代において、ほころびを悪いものではなく、慈しむものとして捉える感性をフォーク/カントリーの伝統から自然と吸収した歌なのだ。

 マイペースな活動を続ける井上園子に話を聞いた。「私は私をうたうだけ」とデビュー作で宣言している彼女は、これからもそうすることだろう。

ブルーグラスであれば何でも好きなんですけど、たとえばディラーズなんかは探れば探るほど面白いですね。

デビュー・アルバムをリリースした心境はいかがですか。

井上園子:あまり変わらないです。

プレッシャーも感じずに。

井上:そうですね。本当はもっと感じたほうがいいのかもしれないですけど、いつもと変わらない穏やかな日々を過ごしています。

ではバックグラウンドからお聞きしたいのですが、子どもの頃はどういう音楽を聴いていたんですか。

井上:自分で選ぶというよりは、そこにあるものを聴いていた感じです。両親やきょうだいが聴いているものをお下がりとして聴いてきたイメージです。

そのなかでとくに好きだったものはありますか。

井上:母が好きだったオジー・オズボーンを聴いていました。チャットモンチーやaikoも聴いてましたね。ヒップホップもアイドルも聴くし、アメリカン・ルーツがあるものも聴くし、雑種な感じでした。

子どもの頃からアメリカン・ルーツ的なものも耳に馴染んでたんですね。

井上:父が好きだったので。

ひとりが作ったものを何百人も何千人ものひとが口癖のように唱えられること、時間をかけてひとの記憶に入りこんでくることは、パッと出のものにはない温かさがあるんじゃないかなと思います。

ブルーグラスのライヴ・カフェ&バーでアルバイトをされていたとのことですが、ブルーグラスのどういうところに惹かれたのだと思いますか。

井上:決められたトラディショナルな音がずっと続いていくところや、弦楽器のテンプレート化されたフレーズの技術的な部分がすごく心地よかったです。

ある種、様式化されたものに惹かれるという。

井上:そうかもしれないです。

バイトをされていたという茅ヶ崎の〈STAGECOACH〉というのは、どういう雰囲気のお店だったんですか。

井上:ブルーグラスやカントリーを演奏する老舗で、年齢層も上の方が集う喫茶クラブみたいなところです。

ギターもそこで始められたとのこですが、ギターは楽器としてすぐにしっくり来る感じだったんですか。

井上:いや、いまだにそんな感じは全然ないですね。

そんななかで、ご自身で曲を作るのは自然な流れだったのでしょうか。

井上:自分ではそういう感情はなかったんですが、周りから「やってみなよ」と言われたのが一番大きい理由だったと思います。

曲作りをしていくなかで、とくにインスピレーションだったり影響だったりを受けたものはありましたか。

井上:ずっと聴いてきたものなので、トラディショナルやブルーグラスには少なからず影響を受けていると思います。ブルーグラスであれば何でも好きなんですけど、たとえばディラーズなんかは探れば探るほど面白いですね。

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「ほころぶ」って素敵なことなんだなと感じたんです。大事にした結果がほころぶってことなのかなと思えて、すごく好きな言葉です。

では、アルバム『ほころび』についてお聞きします。弾き語りの一発録りというのは覚悟がいることだとも思うのですが、そうしようと決めたのはどうしてでしょうか。

井上:ライヴ活動でもひとりでやっていることがほとんどなので、バンドで繕えるほどまだ仲間がいないというのが正直なところですし、最初のアルバムは堂々と、粗が出るぐらいのほうがいいかなと思って弾き語りにしてもらいました。一発録りも、何度も録り直しても上手くならないので、いまあるものが前面に出たほうが自分らしいのかなと思ってそうしました。

一発録りのロウな感触もありますし、自分が『ほころび』を聴いていて感じたのは、生活について正直に歌っている弾き語りだなということでした。生活について歌うのは井上さんにとって意識的なことなんでしょうか。

井上:意識的にならざるをえないところもあります。そこにわたしの暮らしが全部あるので。でもそれが伝わっているなら、嬉しい気持ちもあります。ただ意識して暮らしているわけではないので、自然な形で歌になっているといいなと思います。

曲と歌詞はどちらが先にあることが多いですか。

井上:どちらも別々ですね。

というのは、アルバムを聴いて言葉のセンスが独特だなと感じたんですね。「キャリア採用」みたいな、弾き語りのフォーク・ソングに一見マッチしなさそうな言葉が出てくるのが面白いし、ユーモアや毒もありますよね。こういった言語感覚がどこから来たのか、思い当たるところはありますか。

井上:難しいですが、漫画だったり紙に印字されたものが好きなので、それはあるかもしれないです。長い文章というよりは、ひと場面で情景が浮かぶような短い言葉に全部が詰まっているものにすごく惹かれますね。

とくに好きな漫画はありますか。

井上:ギャグ漫画がすごく好きですね。落ちこんだときは絶対『浦安鉄筋家族』を読みます。

なるほど! ちょっと通じるところがある気がします。『浦安』のどういうところがお好きですか。

井上:あの世界観とかが全部好きですね。ちゃんと笑いで落ちる安心感も好きです。最高だよな、みたいな。

一方で、「この暮らしのカビ臭さ」、「落ちこぼれ」みたいな暮らしに対する生々しい言葉も出てきますが、これはもう率直に感じていることを書かれているのでしょうか。

井上:はい、何のひねりもなく、感じたことをそのまま書いています。

歌詞は直感的なものを書き留めて作っているのでしょうか。

井上:書き留めているものを、パズル的に組み上げている気がします。

とくに“きれいなおじさん”のような曲に感じますが、怒りは曲を作る原動力になりますか。

井上:はい。

普段、どういうところに怒りを感じますか。

井上:うーん……原因が基本自分のほうにあるのはわかってるから、やり場のない悔しさのほうが近いかもしれないです。悪いひとと悪くないひとがいて、理由がはっきりとあれば真っ当に怒れるんだろうけど、ほとんどの場合は自分にも原因があったり自分が不甲斐ないことが原因だったりするので、悔しさのほうが多いです。結果として怒りになるだけで、始まりは劣等感なのかなと思います。

とくに“ありゃしない”には劣等感や悔しさがあると思うのですが、一般的な意味で社会人として働いているひとたちと比べてそうしたことを感じられることはあるのでしょうか。

井上:あの歌詞を書いていた当時は感じていたと思います。

アルバムのなかでは“漫画のような”にも痛切さを感じるのですが、これはどのようにできた曲だったのでしょうか。

井上:“漫画のような”は先に言葉で言いたいことがあって、気持ちいいフレーズをつけていく作業をしていたと思います。

「ぼくら雑に積まれた本のようだね」というのが印象的ですが、何かこの言葉を書くきっかけはあったのでしょうか。

井上:すごく狭い部屋に住んでいて、物が増えると縦に積んでいくような状態で。それが何かのきっかけで崩れちゃったときにまた積み直すって作業をしているんですけど、これが正しい形じゃないのに積み直すのって何でなんだろうと思って。部屋が狭いからなのか、積んでいくことで整理されていると自分が勘違いしているからなのか。そういう雑に積まれた本というところから連想していって、恋人との付き合い方とか家族や友だちとの関わり方とかにもつながっていくんだろうなというのを考えて作りました。

なるほど、イメージ喚起的な。一方、“きれいなおじさん”はある意味ストレートに怒りが出ているようにも思うのですが、経験されたことを率直に書かれたのでしょうか。

井上:そうです。悪口を本人に言えなかったので書いたという、よくない形の曲ですね。

(笑)でも、痛快に感じるリスナーも多いと思いますよ。ただ、それが聴き心地のよい弾き語りフォークになるのも面白いと感じます。歌詞と音楽的なフィーリングのバランスについては考えられますか。

井上:歌っていて気持ちいいことに一番重きを置いているので、そこがそのまま曲に出ていますね。

“カウボウイの口癖”には粋な感じの描写がありますが、カウボウイというモチーフはどこから出てきたのでしょうか。

井上:自分のアルバイト先の〈STAGECOACH〉には、本当にカウボウイがいっぱいいるんです。ウェスタン・ブーツ履いてウェスタン・ハットかぶって、カントリーを歌う、本当に化石みたいなひとたちがいるところなので(笑)。そのひとたちの美学をずっと聞いて暮らしていたので、そのひとたちのカッコいい潔さを歌いたいと思って作った曲です。

そのカウボウイたちの美学において、とくにカッコいいと思われるのはどのようなところですか。

井上:日本人が戦時中の敵対国の英語の曲を歌うというのも、音楽やファッションとして何十年も好きでいるというのも、本当にカッコいいことだなと思います。

お話を聞いていると、ブルーグラスの様式美に惹かれるというのもそうですが、ずっと続くものに魅力を感じられる傾向があるのかな、と。

井上:いま思えば、あると思います。

それはなぜなのか、ご自身で分析することはできますか。

井上:なぜですかね……。ひとりが作ったものを何百人も何千人ものひとが口癖のように唱えられること、時間をかけてひとの記憶に入りこんでくることは、パッと出のものにはない温かさがあるんじゃないかなと思います。それがいい悪いではなく、とにかく残し続けるという。それを歌い継ぐひとがいるっていうのは、すごく素敵だなと思うことばかりなので、そういうところが好きなのかな。

(オジー・オズボーンは)声も歌い方もいいし、生きてるひとの歌だなと思います。

なるほど。『ほころび』というアルバム・タイトルはどこから出てきたのでしょうか。

井上:わたしは洋服をいっぱい持っているほうではなくて、一着をずっと着続けるタイプなんですけど、裾がほつれていくことがあるんですね。ロング・スカートが短くなっていくのを見て、いろんな意味で「ほころぶ」って素敵なことなんだなと感じたんです。大事にした結果がほころぶってことなのかなと思えて、すごく好きな言葉です。

リスナーにはどういう状況で聴いてほしいアルバムですか。

井上:ひとりでいるときにさっと聴けるものであってほしいですね。

よくわかりました。現在の活動についてもお聞きしたいのですが、バンドと演奏されるときはよりアメリカーナ的なサウンドを志向しているようですが、こうした音楽性はバンドとやりながら自然と決めていくのでしょうか。

井上:そうですね。プレイヤーのひとたちが好きでわたしは呼んでいるので、彼らが思った通りにやってくれるのを聴きたいと伝えています。

バンドとやるときの楽しさをどんなところに感じますか。

井上:定型文がないから、みんなの感情が音で見えるのにワクワクしますね。

一発録りについてもそうですし、音楽において事故や偶然起こることに惹かれるほうなんでしょうか。

井上:事故はないに越したことはないんですけど、それも楽しめるようにわたしはひとりでいるので。

活動していくなかで、共感するミュージシャンと出会うことはありますか。

井上:はい。望んでひとりでやっているひとには興奮しますよね。

それは井上さんご自身もひとりでやっていきたい気持ちが強いからですかね。

井上:ひとりでやっていると、自分が出したものがすべてだから。バンドとかだと、「本当はもっとこうしたい」みたいな意見がひとそれぞれであるけど、それをひとりで表現できるのは一番原始的だし、一番精巧な形だと思うと言うひとがいたので。

ということは、今後の活動もひとりで背負っていきたいという感じでしょうか。

井上:うーん、楽しいことはどんどんやっていきたいですね。いまはとにかくギターを触っている時間が楽しいです。

一方で、歌うことは井上さんにとって自然なやことだったのでしょうか。

井上:いえ、あまり歌ったことはなかったですね。声が低かったりで、恥ずかしいと思っていたので。

とくに好きなシンガーっていますか。

井上:いっぱいいます。やっぱりヘヴィ・メタルとか、オジー・オズボーンです。

本当にオジー・オズボーンがお好きなんですね(笑)。どういうところが好きですか?

井上:全部ですね。声も歌い方もいいし、生きてるひとの歌だなと思います。

なるほど、ブルーグラスとオジー・オズボーンが両方根っこにあるというのが面白いですね。ご自身はこれから、どういったミュージシャンでありたいと思っていますか。

井上:無理をせずに、本当にやりたいことをやっていくことがわたしは素敵だと思うので、そうありたいと思っています。


MODE AT LIQUIDROOM - ele-king

 去る6月の「MODE 2024」、草月ホールに入ったときには、すでにヴァレンティーナ・マガレッティは最後の3曲くらいで(そのあと出演した坂田明が圧倒的だったとはいえ)、ほんとうにもったいないことをした。イタリア出身でロンドン在住のこの女性ドラマーは、いろんなプロジェクトでいろんなことをしていて、今年は、Holy Tongueのメンバーとしてシャックルトンとの共作アルバムを〈AD93〉からリリースし、そしてつい先日は〈プリンシペ〉のニディアとの素晴らしい共作アルバムを出したばかり。Toneglowに載った彼女のインタヴューの悲観的な予想によれば、AIに頼った未来の音楽シーンではDJは絶滅し、生楽器による生演奏が最後のアートになるという。9月21日の「MODE」の会場リキッドルームに到着すると、だいたい通常のライヴではお約束としあるBGM(ないしは前座DJ)のいっさいがなかった。開演前も転換の時間も、ただ場内のざわざわした音があるだけで、それがなんか妙に新鮮に思えたりもした。しかも、その夜出演したStill House Plantsもgoatも、生演奏の生ドラムのバンドだ。


素晴らしきスティル・ハウス・プランツ

 少しばかり気が早いが、この夜のライヴが今年の自分にとってのクライマックスだと思っていた。そして、期待以上のものがあった。最初はSHPだった。なにげに3人は登場し、音を出したと思ったら演奏がはじまった。それは不規則さの自由というか、ドラムとギターとヴォーカルのみでできることの驚くほどの展開をみせるものだった。フィンレイ・クラークのギターとデイヴィッド・ケネディのドラムとのコンビネーションは、ほとんど奇数拍子、変拍子のリズムにおいて、即興的だがあり得ないほど決まるところが決まっている。ジェシカ・ヒッキー=カレンバックのジャズやブルーズを押しつぶしたようなヴォーカリゼーションが、その空間を自由に出入りする。ディス・ヒートが普通のロック・バンドに聴こえるほどSHPは変幻自在に屈折しているし、しかもそこにはブラック・ミュージックにも通じる艶めかしさがある。最初の2曲を聴いた時点で、ぼくの涙腺は緩んでしまった。
 いっぽうのgoatと言えばその逆で、ドラムとパーカッションによるまったく規則正しいリズムが重なりあうなか、いっさいのメロディを排したサックスとギターがベースと共鳴し、やがてそれぞれが結合すると、どこか『オン・ザ・コーナー』めいた、しかもじつに推進力のあるサウンドが創出される。その奇妙な迫力は、人間よりもメトロノームに近づこうとしたCANのようなミニマリズムをさらに徹底的に、機械よりも正確にやろうとして生じるものかもしれないし、メロディをまったく排したそのサウンドから立ち上がる無機質さとリズムのすさまじい躍動感との調和が発するものかもしれない。
 それにしても、BGMもMCもアンコールも(そしてCGも動画も)ないシンプルな照明のなか、極めて独創的なサウンドを持つこのふたつのバンドで、リキッドルームが身動き取れないほど超満員になったことにも希望が持てる。ぼくにとって今年のベストなライヴどころか、ここ10年のなかでもベストな体験だった。


オーディエンスをダンスさせたゴートの圧倒的なライヴ。

interview with Tycho - ele-king

 ISO50という名義でヴィジュアル・アーティストとしても活動するティコは、DJシャドウやボーズ・オブ・カナダなどからの影響のもと2002年に「The Science of Patterns EP」でデビュー。トリップホップやエレクトロニカ、IDMのような風合いに郷愁を加えたようなフォーキーな作風が次第に話題を集め、2011年作の『Dive』、2014年作の『Awake』、2016年作の『Epoch』の三部作が00年代後半から10年代初頭にかけて巻き起こったチル・ウェイヴ・ムーヴメントとともにドリーム・ポップの秀作として一定の支持を集めた。この時期にソロ・プロジェクトから実質的にバンド・サウンドへと移行していき、よりスケール感の大きいクリアな音像を志向するようになる。

 文化的な刺激を際限なく求め続けていくと、遅かれ早かれどこかのタイミングで「健康」というものを軽視してしまいがちになる。もちろん自分もそのひとりだ。ある種のワーカホリック状態であることは薄々わかってはいるものの、ゆっくりすごしてじっとする方法は体力的な限界、つまりバッテリー切れを待つことのみで、適度に健康的な息抜きを楽しむような時間も余裕もパンデミック以降は失ってしまった。とはいえ、より長く音楽や文化(とそれにまつわるほどよい刺激)を楽しむためには、やはり捨て置いた健康についてどこかで再考の機会を設けないといけない気もする。

 そんななか、ティコがパンデミックを脱した2024年の晩夏に、約4年ぶりの新作『Infinite Health』をリリース。タイトルを直訳すると「無限の健康」という、いままでのディスコグラフィとは若干毛色の違うキーワードが飛び出した。グリズリー・ベアのクリス・テイラーを共同プロデューサーとして迎え、出発地点であるエレクトロニカやチル・ウェイヴの持つおぼろげな質感のみを引き継ぎつつ、よりクリアで写実的な、生の音像を追求することを目指したアルバムとなった。従来の陶酔感あふれるダウンテンポな作風からモードを一新し、全9曲中7曲のBPMが110~130というダンサブルなつくりとなっていることも特徴的で、イタロ・ディスコの香りもただようインディ・ダンス風味の作品として自身のディスコグラフィに新風を吹きこんでいる。実際、近年はティコ名義ではいままで挑戦してこなかったDJセットにも意欲的なようで、音楽の原体験がダンス・ミュージックであり、かねてから影響を受け続けているとも公言している。いわば、パンデミック下で自身の生活を見つめなおすとともに、改めて原点に立ち返ろうとした作品であるとも考えられる。今回ele-kingでは、コロナ禍のタームを通りすぎ健康や日常生活へも意識を向けはじめたスコット・ハンセンに、久しぶりに話をうかがった。

やはりパンデミックがきっかけだったんだ。健康とはなにか、健康であることとはなにか、健康であることがどれだけ幸運なことなのか、そして世界、地球、人びとの精神的健康、人びとの身体的健康、これらすべてを見直すことになった。

通訳:お元気ですか?

スコット・ハンセン(Scott Hansen、以下SH):元気だよ。いまはちょうどツアーに出発するところで、倉庫から荷物をおろして、バスに荷物を積み込んだところなんだ。

忙しいなか、お時間をつくっていただきありがとうございます。現在も引き続きお住まいはサンフランシスコですか? 東京は猛暑で大変ですが、そちらはいかがでしょう。気候変動の影響はありますか?

SH:いや、いまは湾を渡ってオークランドの近くに引っ越したんだ。オークランドに引っ越したのは家庭を築いて子どもができたから。子どももいるし、もう少し広々とした場所で、親の近くに住んだ方がいいと思ってね。オークランドの気候はサンフランシスコと比べると最高。世界で一番良い気候なんじゃないかってくらいだね。いつも暖かくて、だいたい21度くらい。毎日いい天気だし、暑すぎることはないし、寒すぎることもない。サンフランシスコはいつも寒くて風が強くて、天気がいい日は年に数週間しかないからね(笑)。

2020年の前作『Simulcast』から少し間が空きましたね。この間にはもちろんパンデミックがあったわけですが、この4年のあいだにあなたの人生でなにか大きな変化はありましたか?

SH:やはり一番の変化は家庭を持ったこと。物事に対する考え方が変わったし、ワーク・ライフ・バランスも変わった。あともちろん、コロナがきっかけで立ち止まり、この10年間がどんな時間だったか、そしてこれからの10年間はどうであるべきか、自分は音楽をどんなふうに人に聴かせたいかを考えるきっかけができた。あの期間は、自分のキャリアを一時停止して、ただ人生に集中し、ひとりの人間として自分が将来どうありたいのかということと仕事の折り合いをつける、ほんとうにいいきっかけになったと思う。

新作『Infinite Health(無限の健康)』に寄せたメッセージでは、「我々にほんとうに必要なのは肉体的、精神的に健康でいることであり、誰もが家族や友人が永遠に健康であることを願う」とおっしゃっていましたね。ご自身や家族、友人たちの健康へと意識が向かうようになった出来事がなにかあったのでしょうか?

SH:さっきも少し話したけど、やはりパンデミックがきっかけだったんだ。健康とはなにか、健康であることとはなにか、健康であることがどれだけ幸運なことなのか、そして世界、地球、人びとの精神的健康、人びとの身体的健康、これらすべてを見直すことになった。2010年から2020年までの10年間は音楽とキャリアに集中していたから、心身の健康が後回しになっていたんだよね。その期間はその期間で、音楽と自分のキャリアを結びつけ、それを優先させるいい機会だったとは思うけど。でも全体的に見れば、それは束の間のものでもある。肉体的であれ精神的であれなんであれ、いまこの瞬間に健康でいるからこそそれができるわけで。パンデミックを通して、最もポジティヴな影響を人びとに与えるためには、まずは最も強い自分である必要があると思うようになった。そこで、仕事とバランスをとろうとしたんだ。そのほうがうまくバランスがとれて健康的だからね。ぼくはちょっと仕事が好きすぎる傾向があるから(笑)。

健康のためになにかしていることはありますか?

SH:肉体的にも精神的にも、より健康的な自分になるために必要なこと、そして家族のために必要な人間になるためにやるべきことに、もっと耳を傾けるようにしている。だから、エクササイズに集中したり、仕事から離れて普通の人たちと同じことをする時間をつくったりして、仕事や音楽に没頭しすぎないようにしているんだ。そしてそれと同時に、音楽に費やす時間を最大限に活用して、最高の音楽をつくるようにしているよ。

過去には囚われたくないし、未来にこだわることもない。いまを大切にし、今日できることをすべてやって、よりよい結果を出していく。そうすれば、おのずと未来は解決していくと思うんだよね。

新しいアルバムは、インディ・ロックのギター・サウンドとイタロ・ディスコの融合といえそうです。今作は「自分たちのルーツに忠実でありながら、可能な限り異なるサウンドにしよう」というのがコンセプトだったそうですね。

SH:ロックの要素をより多くとりこむ方向には前から動いていたんだよ。そしてこのアルバムでは、もっとエネルギッシュでダンスっぽい方向にも向かいたかった。それが最初のアイデアだったんだ。今回は、できるだけ違うサウンドのアルバムをつくろうと思ってね。プロデューサーとして、ミュージシャンとしてどんなに頑張っても、ぼくには声があって、いつもぼくらしい音になってしまう。だからこのアルバムが根本的に違っているとは思わないし、ティコとして認識できなくなるようなサウンドだとも思わない。自分たちらしさを消したいとも思わなかったし、今回のアルバムは馴染みのサウンドを残しながらも進化を感じさせたり、新しい方向へ導いてくれるような作品にしたかったんだ。

通訳:こうした方向性に舵を切ったきっかけ、インスピレーションはなんでしたか?

SH:インスピレーションがあったというよりは、ぼくは長い間、このサウンドとアイデアを追い求めていたんだ。でもそこからちょっと一休みして『Weather』をつくった。あのアルバムは、音的には同じような感じだったけど、ヴォーカルを加えたことで、ちょっと違う実験的な作品になったと思う。そしてそのあと、また長い休みをとった。で、もしインスト・アルバムに戻るなら、そのときはちょっと違う視点からアプローチする必要があると思ったんだ。

今作の制作中、とくによく聴いていた音楽はありましたか?

SH:正直、音楽制作をしているときはあまり音楽を聴かないんだ。長い一日を音楽制作の作業に費やしたあとは、耳を塞ぎたいくらいだからね(笑)。でもここ数年でもっと多くのことをやるようになったと思うし、そのひとつがDJセット。だからダンス・ミュージックが音楽に大きな影響を与えているのはたしかだと思うね。でもまあ、ダンス・ミュージックからは常にインスパイアされてきたし、自分が音楽にハマったきっかけもダンス・ミュージックだったけど。でも、今回のアルバムに収録されている曲は、なにか特定の音楽を参考にできあがったものではないと思う。

バンド・サウンドとダンス寄りのエレクトロニック・ミュージックを融合させるうえで、とくに意識していることはありますか?

SH:意識していることは特にはない。ただ純粋にエレクトロニックなものを用いてひとりでつくった曲もあれば、ザック(・ブラウン)と一緒につくった曲もある。最終的には25曲くらいできたんだけど、そのなかからバランスよく、ダイナミックでいろいろなタイプの曲が入ったアルバムになるように選んでいった。まずたくさん曲を書いて、それをどう組み合わせるかを考えていったんだ。

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今回、共同プロデューサーにグリズリー・ベアのクリス・テイラーを迎えた理由を教えてください。彼とはどのような経緯で出会ったのでしょう?

SH:ぼくがグリズリー・ベアの大ファンだから(笑)。ぼくにとって、とくに『Painted Ruins』は音的にかなり惹きつけられるアルバムなんだ。まず自分にとってお気に入りのアルバムをリスト・アップしてから、そのアルバムを誰がミックスしてプロデュースしたかを調べていたら、クリスが『Painted Ruins』だけでなく、そのリストに載っていたほかの作品のエンジニアとプロデュースも手がけていたことがわかってさ。そこで彼にコンタクトをとってみたんだ。そしたら、幸運にも彼も一緒に仕事をすることに興味を持ってくれた。彼と一緒に仕事をした経験からはほんとうにインスパイアされたよ。

通訳:それまでクリスに会ったことはなかったんですね。

SH:というか、いまだに彼と会ったことはない(笑)。彼はバルセロナに住んでいるから、すべての作業をリモートでやったんだ。最終的には会おう、と最初は話していたんだけど、結局同じ部屋で作業するということはぼくたちにとって必要なことではなかった。個人的には、ある意味あの電報のやりとりのようなやり方がアルバムの仕上がりにいい影響をもたらしたと思う。リモートで作業したおかげで、彼のミックスを何度も時間をかけて聴いて、じわじわと理解することができたからね。

今回、彼が果たした役割を教えてください。バンド・メンバーとクリス・テイラーと、どのようなプロセスで制作を進めていったのですか?

SH:彼は、ほんとうにアグレッシヴな中音域を持っている。ぼくは彼の中音域の扱い方が大好きなんだ。ぼくは中音域の高音が大好きで、それを押し出すのも好きなんだけど、それをやろうとすると荒々しく醜いサウンドになってしまう。でもクリスはその周波数帯域と特別な関係を持っていて、押し出し方がうまいんだ。ドラムの扱い方といい、その他色々、彼はサウンドを駆り立てながらも、有機的で心地よい空間へと押し込んでいく。そして、そのサウンドに新しい命やエネルギーを与えるんだよ。それこそがぼくが求めていたものだった。彼には、エレクトロニックな要素をとりいれつつも、そのサウンドをロックやインディ・ロック・バンドがシンセサイザーやギターを扱うように扱って欲しかったんだ。彼はそれを得意としているからね。

ちなみに、グリズリー・ベアないしクリス・テイラーの作品ではどれが一番お好きでしょうか。やはり『Painted Ruins』ですか?

SH:そうだね。あれは傑作だと思う。ミックスの仕方、ベースの音、ドラムの音、すべてが調和している。ほんとうに美しい作品だと思うね。

全体的な終わりではなく、ある時代の終わり。今回は、『Past Is Prologue』の時代にもどるようなアルバムをつくりたかった。そして、ぼくがそれをやるのはおそらく最後だろうと思ってね。

今作のテーマは「未来への希望と過去へのレクイエム」だそうですね。ここでいう「過去」とはどのようなものでしょうか? たとえばあなた個人にとっての過去、これまでの作品だったり、あるいは若いころのことですか? それとも、より広い社会的なことだったり流行だったりを指しているのでしょうか。

SH:過去と折り合いをつけて、過去と和解することがテーマなんだ。そして過去のことで後悔したり、自分を追い詰めたりしないこと。それはほんとうに重要なことだと思う。ぼくにとってのここ10年間は、ただただクレイジーで、あっという間だった。だから、いまになってそれを振り返り、すべてを理解しようとするのは難しいんだ。でもその代わりに、これから先もっと良い結果を出すことがほんとうに重要なことだと思うようになった。過去には囚われたくないし、未来にこだわることもない。いまを大切にし、今日できることをすべてやって、よりよい結果を出していく。そうすれば、おのずと未来は解決していくと思うんだよね。もしぼくが過去や未来にとらわれすぎていたら、いまこの瞬間もきっと集中できていなかったかもしれないし。ぼくはノスタルジックな人間で、過去を振り返りがちなんだ。もちろん、過去から学ぶべきことはたくさんあると思うし、反省する必要もあると思う。でも、それをやりすぎるのはあまり健康的ではないと思うんだ。

最後の曲は “Epilogue” というタイトルです。これはシンプルに、この新作の最後の曲という意味でしょうか。2006年に〈Merck〉からリリースされたファースト・アルバムは、シェイクスピアを引用し、『Past Is Prologue』と題されていましたが、それと呼応していたりしますか?

SH:そう。あのアルバムがはじまりで、このアルバムがひとつの終わりのような気がしたから最後のトラックを「Epilogue」にしたんだ。全体的な終わりではなく、ある時代の終わり。今回は、『Past Is Prologue』の時代にもどるようなアルバムをつくりたかった。そして、ぼくがそれをやるのはおそらく最後だろうと思ってね。次につくる作品は、今回のものとはまったく違うものにしたいから。『Weather』のときみたいに、また新しいなにか、これまでにつくったことのないものをつくってみたい。そういう意味で、今回のアルバムは、一つの時代全体の締めくくりみたいに感じられたんだよ。

今年は、ファースト・アルバム『Past Is Prologue』のもとになった『Sunrise Projector』(2004)からちょうど20周年です。この20年を振り返ってみて、いちばん大きな転機はどこにあったと思いますか?

SH:音楽がぼくのキャリアになり、生活するための仕事になったことは、ぼくの人生におけるもっとも大きな変化だったと思う。この仕事にすべての時間とエネルギーを注げるようになって、ほんとうに充実した経験をさせてもらえていると思うね。

さまざまな問題にあふれている現代では、なかなか未来に希望を持ちづらい人も多いかと思います。ついついネガティヴになってしまいそうなとき、未来に希望を持つためのコツのようなものがあれば教えてください。

SH:それはとても大変なこと。近頃は皮肉屋になることは簡単だし、ぼく自身も時々そうなってしまってほんとうに落ち込むこともある。特に子どもがいると、希望を持てない未来を見るのは辛いしね。でも、SNSやニュース、メディアから自分を切り離すこと、そういったものをとりいれるにしても適度に保つことはできると思う。適度にとりいれる分には、SNSはとても助けになると思うしね。知っておく必要があることもあるし、避けられない現実もあるけれど、同時に、日常生活のなかではそれらを心に留めておくように最善を尽くす。それがすべてなんじゃないかな。未来のことを難しく考えすぎると、脳が爆発してしまう。だから、“いま”のことを考え、いま自分ができることをやっていけたらいいんだと思う。自分が無力だと感じるような、そして世界の問題の大きさを感じるような瞬間があるけど、ぼくはただ、音楽と、ミュージシャンとしてのぼくができることはなにかを理解し、それを通してポジティヴな影響を与えることができたらいいと思ってる。それが世界の問題を解決することになるとはもちろん思わないけど、自分ができることをやってその役割を果たし続けることができればそれで良いと思うんだ。それ以上のことを考えたって、どうすればいいか見当もつかないからね。そうして悲観的になってしまうよりは、いまできることを大切にしたほうがいいと思う。

新作のジャケットは、草原のなかに浮いている巨大な球体が印象的です。今回あなたはアートワークにも関与していますか?

SH:今回はフラン・ロドリゲスというアーティストを見つけ、彼と一緒にアートワークをつくったんだ。彼は写真コラージュのようなとてもクールな作品をつくっていて、ぼくが『Dive』時代にやっていたようなことをやっている。今回は70年代のアルバム・ジャケットのような、シュルレアリスム的な雰囲気がほしいと思ってその方向で行くことにしたんだけど、ぼくは彼の作品をかなり気に入ったし、そのアイデアには彼がぴったりだったんだ。できあがりにはかなり満足しているよ。

これまではオリジナル・アルバムを出したあと、リミックス・アルバムをつくるときとつくらないときとがありました。今回リミックス盤の予定はありますか? あるとしたら、いちばん参加してほしいプロデューサーはだれですか?

SH:つくりたいとは思うけど、まだそれについて考える段階にまで達していないんだ。だからいまのところ予定はない。でも、もしつくるとしたら、参加してほしいのはダスカス(Duskus)かな。あとはジョイ・オービソン。ぼくは彼らの音楽が大好きだし、彼らがリミックスでどんな仕事をするのか聴いてみたいから。

通訳:以上です。今日はありがとうございました。

SH:こちらこそほんとうにありがとう。またね!

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