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Sufjan Stevens

Synth-pop

Sufjan Stevens

The Ascension

Asthmatic Kitty / ビッグ・ナッシング

木津毅   Oct 09,2020 UP

 ぼくは幸運、ぼくは自由
 ぼくは光の熱のよう
 この機会に満ちた土地で
(“America”)

 スフィアン・スティーヴンスのことを本当に理解できたと思ったことがない。彼が「アメリカ」なるものにずっと疎外感と、しかしそれだけではない、おそらく愛と憎悪が入り乱れた複雑な感情を抱え続け、それをときに過剰なコンセプトにしたり、ときにごくパーソナルなものにしたりしながら表現していることはわかる。だが、強く豊かな「アメリカ」から自分が滑落していると感じること……果たしてそれがどんな痛みを伴うものなのか、ラストベルトの貧しい町で育ったことのない僕は、簡単にシンパシーを感じるわけにはいかない気持ちになってしまう。ただ、彼のいまにも壊れそうな歌の凄味に息を呑むことしかできない。

 音においても感情においても、散らかっていて、混乱したアルバムだ。頼りなかった幼少期の記憶を引っ張り出し、母への引き裂かれた想いを繊細なフォークにこめた前作『Carrie & Lowell』よりも前々作『The Age of Adz』における壊れたエレクトロニカ・ポップに近いが、昨年義父のローウェル・ブラムス(『Carrie & Lowell』に登場するそのひとである)とリリースしたニューエイジ作品『Aporia』を通過した影響もあるのだろう、より抽象的なレイヤー構造の楽曲が並ぶ。とはいえアンビエント風のイントロに導かれるオープニング・トラック “Make Me an Offer I Cannot Refuse” はやがて奇怪なデジタル・オーケストラへと変貌していき、どこかノスタルジックなエレポップ調の “Video Game” へと至るころには、これはあくまでスティーヴンスにとってのエレクトロニック・ポップ・アルバムであることがわかる。けれども、そこに過去作のようなファンタジックな優しさはない。皮肉めいていて冷たく、醒めている。「ぼくはきみのビデオゲームをプレイしたくない、姿を消してしまいたいだけ」。それは、過度にデジタル化され誰もが監視される現代社会に対する、強烈な嫌悪感だ。
 その “Video Game” がまさにそうだが、本作には、「~したい」「~したくない」というきわめて断定的な欲求を示す言葉が溢れかえっている。この高度にソーシャル化した現実のなかで、人びとは自分が本当に求めているものがわからなくなっているという。それは企業の広告にコントロールされたものにすぎないのだと。本作はおそらくスティーヴンスのアルバムでもっともインダストリアルなビートが鳴っているアルバムだが、荒涼とした消費社会に呼応しているのだろう。そこから逃れるようにして、か弱いエレクトロニクスで幕を開ける “Die Happy” で、彼はただ祈るように囁き繰り返す──「ぼくは幸せに死にたい」。自分が本当に望んでいるのはそれだけなのだと。けれども音は乱れていき、とめどない不安から逃れてしまえというダークなエレクトロニカ・トラック “Ativan” へと至る。アチバンは抗不安薬の名前。現代では、社会が不安を生み、憂鬱もまた薬を売るための材料に過ぎない。パニックを模したかのように、テンポを増してデジタル音が強迫観念的に行き交う。
 代表作『Michigan』や『Illinois』でスティーヴンスは、「アメリカ」が崩壊しつつあることを寓話的なストーリーテリングに託し、愉快なオーケストラを交えることでどうにか向き合おうとしていたのだと思う。けれどもはや、そのファンタジーも失われてしまった。本作で彼は、もうとっくに現実は破綻しているのだと混沌とした音で表そうとする。

 80分もあるこの迷宮的なエレクトロニック・アルバムを聴いていると、システムばかりが肥大化したこの資本主義社会から逃れられないのか? という問いにぶつからずにはいられない。スティーヴンスはアルバムを通してもがき続ける。こんなところで、こんな風に生きたくはないのだと。
 スティーヴンスを長く聴いてきたリスナーが本作でようやく息をつけるのが、ラストから2番目のタイトル・トラック “The Ascension (昇天)” だろう。シンセの柔らかい音と優しいメロディ、それに穏やかな歌が聴けるこの曲で、彼は自分の死が訪れるときを夢想する。この音楽のなかでは、安堵は死とともにのみあるのだろうか……。

 そして本作の精神が集約するのが大曲 “America” だ。ポスト・トランプ・エラにおけるプロテスト・ソングと見る向きもあるようだが、これが直接的に政治的な曲であるとは自分には思えない。抵抗しているのはもっと大きなものに対してだろう。聖書のモチーフが散見されるこの曲で、歌の話者は傍若無人に振る舞う大統領にではなく、「神」に向かって話しかけているからだ。「あなたがアメリカにした仕打ちを、ぼくにはしないでくれ」──「幸運」も「自由」も「機会」もごく限られた人間にしか許されなくなったアメリカで、ここから逃れたいと誰もいない空を見上げること。
 もし『The Ascension』にそれでも幻想的な瞬間が残っているのならば、それはこの曲、彼が見つめ続けた「アメリカ」と題された曲で、アメリカはもう壊れてしまったんだと微笑むときだ。「ぼくは傷つき、打ちひしがれている」──スティーヴンスがそう歌うとき、それはもう彼だけのものではない。そして続ける。「それでも自分の進むべき道を見つけてみせる」。そこから生まれるかもしれない想像を予感させて、アルバムは終わる。

木津毅