「K Á R Y Y N」と一致するもの

Horsegirl - ele-king

 2018年あるいは19年、パンデミックが世界の様式を変える前にギター・バンドがクールなものだと再び知らしめた若者たちの熱は世界中に広がり、そうして発展していった。サウスロンドン・ウィンドミルでのインディ・シーンは言うまでもなく、アミル・アンド・ザ・スニッファーズを生んだメルボルンでもトゥワインやデリヴァリーなどエネルギーを感じるバンドが出てきているし、シカゴにはなんといってもハロガロのコミュニティがある。ノイ!の名曲 “Hallogallo” からその名を取ったというシカゴの10代の若者カイ・スレイターのジンの初号が出たのが21年のこと(80年代のパンクのジンに影響を受けたこのジンはタイプライターで書かれている)。ハロガロのホームページには「YOUTH REVOLUTION NOW」の素晴らしい文字が踊る。このカイ・スレイターがやっているプロジェクトが〈K RECORDS〉からアルバムが出る60年代のサイケ・ポップに影響を受けたようなシャープ・ピンズであり、所属しているバンドがティーンビートを体現したライフガードだ。ライフガードにはホースガールのペネロペ・ローウェンスタインの弟のアイザックがいて、ホースガールの最初のシングルを録音したのが少し年上のフリコのニコ・カペタンであって……とどんどんその輪が広がっていく。もともとはハロガロ・キッズと称する趣味の合う遊び仲間で友情を育みそれぞれに音楽を作っていたのだというが、パンデミックを挟みそれが理想的に大きくなった。ジンを作りTシャツを作りイベントを開催し、ビデオを撮り、ヴィジュアルを決める。音楽とそれ以外のものが結びついたDIY精神でのつながり、シカゴで、世界中で、音楽が好きな若者たちが自分の居場所があると感じられるコミュニティを作りたい、そうした思いがあったのだと彼らは言う。

 ホースガールはそんなコミュニティのなかで育まれそれぞれの感性を磨いていった。ギターとヴォーカルのノラ・チェンとペネロペ・ローウェンスタイン、そしてドラムのジジ・リースからなる3ピース・バンド、ペネロペの家の地下室で練習しソニック・ユースやクリーナーズ・フロム・ヴィーナスに憧れた音楽を奏でる。そうしてこの仲間内のクールなバンドが〈マタドール〉と契約し、DIY精神を持ったままで大きな場所に進出していったのだ。どうしたってそこに理想的なインディ・バンドのストーリーを夢見てしまうものだが、ホースガールはその期待に見事応えて見せてくれた。10代の高校生活のレコードだったと自ら評する1stアルバム『Versions of Modern Performance』は80年代や90年代のオルタナ・バンドへの愛に溢れていて、それが時を経た20年代の新しいギター・ミュージックとして提示され多くのインディ・ロック・ファンに受け入れられた。小さな場所で鳴らされる大きな音、そこにはユース・カルチャーのなかにある音楽の根源的な魅力が詰まっていたように僕には思えた。

 そうして25年の2ndアルバム『Phonetics On and On』でもってホースガールは第2章に入った。大学に進学するためにニューヨークでの暮らしが始まり、新たな街での生活のなかで音楽が生まれる。さりとてシカゴの街は思い出のなかの場所ではなく頻繁に帰る繋がりのある場所で、実際にこの2ndアルバムも24年の冬にシカゴで録音されたものだ。シカゴの伝説的なバンド、ウィルコのアルバムを手がけたケイト・ル・ボンのプロデュースのもと、ウィルコのスタジオ The Loft で作られたこの音楽は1stアルバムの延長線上にありながら耳に入ってくる音の感じが明らかに違う。ディストーションで歪められたギターの音はシンプルなものに置き換えられて、ソニック・ユースというよりはヴェルヴェット・アンダーグラウンドが頭に浮かぶようなものになった。あるいはヤング・マーブル・ジャイアンツのようなスカスカの音の隙間に存在の魔法を浮かべせるようなそんなバンドになったのだ。余計なものをそぎ落としたなんて表現はしっくりこない。なぜなら最初から足されてなどいないからだ。必要十分というのも違う。どうしてかと言うとこの音数の少ない乾いた空間のなかにしか存在しないエネルギーがあるからだ。プロデュースを務めたケイト・ル・ボンは「無理に形を崩すことはない。洗練させようとしてもあなたたち3人がやったら自然とそうなるのだから」と言ったというがそれはまさに的を射ているように感じられる。僕はここにストロークスの『Is This It』を重ねてしまう。そう、これこそがそれなのだ。過去の黄金がこれ以上ないような形でモダンに提示される。繰り返されるリフに繰り返されるギター・ミュージックの歴史、その繰り返しの違いのなかにこそロックンロールの熱が生まれる。

 モダン・ラヴァーズの “Roadrunner” を思わせる “Where’d You Go?” で始まり素晴らしいコーラス・ワークを持つ “Rock City” を経由して遠くに向かうこのアルバムは1stアルバムとは違った種類の感動を届けてくれる。ホースガールのこれからの時間の中で素晴らしいアンセムになる可能性を持った “Julie” あるいは “2468”、“Switch Over”、“Sport Meets Sound” エトセトラ、エトセトラ、アルバムのほとんどの曲で聞かれる「ドゥドゥドゥ」「ダッダダッダダッタ」のような言葉にならない言葉がギターの上でリズムを生み出し心を躍らせる。それはいにしえから続くポップ・ミュージックの呪法とも言えるようなもので、それこそがこのアルバムをより一層魅力的にしているものだ。シンプルな、それでいて奥行きのある音と言葉の間の響き、それはまさにこのアルバムのギターのようにとどろき、合わさり、この音楽に魔法をかける。

 ホースガールはこの2ndアルバムで本当に素晴らしい場所に行ったのだと思う。シカゴのDIYコミュニティの精神を持ったまま、その外側の空気を吸って、内向きになりすぎないポップで実験的な音楽を作り上げた。それはまさにインディ・ミュージックの理想だ。そうしてきっとここに続く若者たちがまた現れるのだろう。その繰り返しのなかにこそ黄金は存在し、歴史はそうやって形作られていく。

interview with Elliot Galvin - ele-king

 イギリスの現代ジャズ・シーンに新たな地殻変動が起きつつある。そう感じさせるに足るアルバムが〈ギアボックス・レコーズ〉からリリースされた。鬼才ピアニスト、エリオット・ガルヴィンによる5年ぶり6枚目のリーダー作『The Ruin』である。

 エリオット・ガルヴィンは1991年生まれ。トム・マクレディー(b)、サイモン・ロス(ds)と組んだピアノ・トリオ編成で2014年にデビュー・アルバム『Dreamland』をリリースしている。アヴァンギャルドかつキャッチーで、月並みな言い方だがおもちゃ箱をひっくり返したような爽快さに満ちた──という点でオルタレーションズとの親和性も感じさせる──ジャズ・ミュージックは、続く2016年のセカンド・アルバム『Punch』では使用楽器の種類も増してさらなる深化を遂げた。その一方でガルヴィンはロンドンのフリー・インプロヴィゼーションのシーンでも頭角を現し、重鎮ドラマーのマーク・サンダースとデュオ作『Weather』を2017年に残している。さらにはトランペット奏者/作曲家のローラ・ジャード率いる4人組バンド「ダイナソー」の一員としても活躍、同じく2017年に発表したファースト・アルバム『Together, As One』はマーキュリー・プライズにノミネートされた。世間的にはこの作品が最も知られているだろうか。あるいはエマ=ジーン・サックレイのグループに加わり、デビューEP「Walrus」(2016)から名前を連ねている。

 ジャズを基調としたストレンジなピアノ・トリオ、インプロヴァイザーとしての活動、そしてさまざまなグループでの演奏と、ガルヴィンはテン年代半ば頃より目覚ましく活躍してきた。ちょうど同時期、イギリスの新世代ジャズ・ミュージシャンたちが注目され始めていた。ジャイルス・ピーターソンによるコンピレーション・アルバム『We Out Here』が出たのは2018年。2020年には『Blue Note Re:imagined』がリリースされた。これらのアルバムにはまさにイギリスの新世代が集っていたわけだが、そこにガルヴィンは参加していなかった。彼はいわばオルタナティヴな道を歩んでいた。

 2018年、3枚目のアルバムとしてリリースした『The Influencing Machine』は、作家で文化史家のマイク・ジェイによる同名書籍からインスピレーションを得たコンセプチュアルな作品だった。ドラマーがサイモン・ロスからダイナソーのメンバーでもあるコリー・ディックに代わり、ベースのトム・マクレディーはエレキギターも手に取り、ガルヴィンはシンセサイザーの電子音を大胆に導入した。翌2019年に発表した4枚目のアルバム『Modern Times』では一転、一発録りでレコードにダイレクトに録音するというアナログな手法をあえて用いることによって、デジタル化に突き進む時代の向こうを張るようなライヴ感溢れるアルバムを仕上げてみせた。そしてコロナ・パンデミック直前の2020年1月には初のソロ・インプロヴィゼーション・ライヴ・アルバム『Live In Paris, At Fondation Louis Vuitton』を世に送り出した。

 それから5年の歳月が過ぎ、新世代と呼ばれたジャズ・ミュージシャンたちもキャリアを積み重ね、さまざまに変化していった。象徴的なのはシャバカ・ハッチングスの「方向転換」だろう。エリオット・ガルヴィンもまた新たなステージへと歩を進めた。最新作『The Ruin』は、これまでのトリオを一新し、ベース&ヴォイスでルース・ゴラー、ドラムでセバスチャン・ロックフォードが参加。さらにリゲティ弦楽四重奏団、そして一部楽曲ではシャバカも客演している。サウンドはダークな質感を纏い、緻密なポストプロダクションが施され、まるでドゥームメタルのような重苦しささえ漂わせている──ローファイなピアノの響きから苛烈なブラストビートまで実に幅広い音楽性を呑み込みつつ、しかし、その中でガルヴィンのインプロヴァイザーとしての資質がピアノおよびシンセサイザーを通じて刻まれてもいる。まさに新境地である。そしてこのコンテンポラリーなエクスペリメンタル・ミュージックとでも言うしかないサウンドが、イギリスの現代ジャズ・シーンのもう一つの新たな方向性を切り拓いているようにも思うのだ。

 ならばエリオット・ガルヴィンはこれまでどのような道のりを歩き、そしてどのようにして現在地に辿り着いたのか。あるいはジャズ・ミュージシャンである彼はイギリスにおけるフリー・インプロヴィゼーションの歴史とどのように関わり、テン年代を通じてどのように変化していったのか。まずは彼の出身大学であり、多数のジャズ・ミュージシャンを輩出してきた名門校として知られるトリニティ・ラバンでの話を突端に、その足跡を紐解いていった。

ジャズだけではなくて、副コースとして作曲も学んでいたので、クラシックの作曲家をよく聴いていました。たとえばジェルジ・リゲティやイーゴリ・ストラヴィンスキーをたくさん研究しましたね。

まずは音楽的なバックグラウンドについて教えてください。あなたはトリニティ・ラバンのジャズ・コース出身ですよね?

エリオット・ガルヴィン(Elliot Galvin、以下EG):そうです。トリニティ・ラバンに通っていました。ちょうど時代が良かったのか、僕と同時期に優秀なミュージシャンがたくさんいたので、とてもいい勉強になったと思ってます。僕が参加しているバンドのダイナソーで長年一緒に演奏してきたローラ・ジャードもそうだし、2年ほど下にはジョー・アーモン=ジョーンズヌバイア・ガルシアもいて、本当に素晴らしい雰囲気がありました。先生も素晴らしかった。僕が習ったピアノの先生はリアム・ノーブルという人で、とても優れた演奏家です。他にも、ルース・チューブスやポーラー・ベアのメンバーとしても知られるサックス奏者のマーク・ロックハートもいました。そういう人たちから学ぶことができて、とても良い環境でした。

ジャズは進学前から演奏していましたか?

EG:最初にピアノを習い始めたのは6歳で、いわゆるクラシックの先生に就いていました。11歳頃まで習っていたんですが、結構厳格なやり方を教える人だったので、実を言うと途中であまり面白くなくなってしまった。これは自分には向いていないかもしれない、少しコントロールされすぎているなと思って。で、その次に習ったのがジャズ・ピアノの先生でした。そしたら今度はインプロヴィゼーションで自分で勝手に音楽を創っていいという、そういう教え方をしてくれたので、僕がやりたいことはこれじゃないかなと思うようになり、ピアノを弾くことに夢中になりました。それが12歳の頃。幸運なことに僕の両親はかなりのレコード・コレクターでもあったので、たとえばウェイン・ショーターを聴いたりして、どんどんジャズの世界が広がっていきました。だからトリニティ・ラバンに進学する頃には、もうすでに、ジャズこそが自分のやりたいことだという考えは固まっていました。

ジャズ・コースで特に研究したミュージシャンやピアニストはいましたか?

EG:当時興味を持っていたということで言うと、ジャズだけではなくて、副コースとして作曲も学んでいたので、クラシックの作曲家をよく聴いていました。たとえばジェルジ・リゲティやイーゴリ・ストラヴィンスキーをたくさん研究しましたね。ジャズで言うと、キース・ジャレットやハービー・ハンコックのようなジャズ・ジャイアンツはもちろん、もっとコンテンポラリーなところではジェリ・アレンにハマりました。あとセシル・テイラーのような実験的なミュージシャンも好きでした。幅広いスペクトラムのさまざまな音楽を聴いてました。

デビュー当時、あなたの音楽とジャンゴ・ベイツを並べて評する人もいました。ジャンゴ・ベイツはイギリスの一風変わった作曲家/ピアニストとして独特の音楽を創ってきた人物ですが、彼に関して特に研究したり、聴き込んだりした時期はありましたか?

EG:実は大学に入る前は、あまりジャンゴ・ベイツのことを知らなかったんです。大学に入ってから、ローラをはじめ一緒に勉強してる仲間たちが彼の音楽を教えてくれて。それ以来、かなりインスピレーションを受けていることはたしかです。なぜなら彼は素晴らしいインプロヴァイザーであり、かつ作曲家でもあるからです。彼もやはり、さまざまな場所から影響を受け、ジャズでありながらユニークな音楽を創り出す人として、僕も尊敬していました。実際、ジャンゴ・ベイツがロンドンに住んでいた時、何回かレッスンを受けたこともあるんですよ。彼がどんなふうに考えているのか直接知ることができて、とても貴重な経験になりました。

僕がいつも立ち戻ってくる作曲家はバッハなんです。メロディーをどう作曲し、音楽をどう構築するかという点で、やっぱりバッハに戻っていく傾向はあります。

トリニティ・ラバンの修士課程ではクラシックの作曲を専攻していますよね。なぜジャズではなくてクラシックの作曲に進んだのでしょうか?

EG:それはいい質問ですね。いわゆる大学という環境でジャズを学んでいると、ある特定の音楽のセクションだけを学ばなければならないことがあります。そのように特化することは、それはそれでとても興味深いものですけど、僕はそれ以外にどんなものがあるのか、他にどんな音楽を聴いて、どんなものからインスピレーションを得られるのかを見てみたいと思いました。それで修士課程では作曲を専攻することにしました。先ほど説明したように修士課程の前にクラシックの作曲を学ぶ機会があって、そういう中で自分が普段ジャズでやっているのとは違うアプローチに触れることができて、興味を持つようになりました。いわゆる自分の音楽的な視野を広げたかったということですね。

先ほどリゲティやストラヴィンスキーの名前が挙がりましたが、クラシックで言うと、他にどんな作曲家を研究していましたか?

EG:やっぱり20世紀の作曲家が多かったかなと思います。ヤニス・クセナキスとか、ミニマル・ミュージックの作曲家たち、スティーヴ・ライヒとか。あとは19世紀以前の作曲家、たとえばルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンやヨハン・ゼバスティアン・バッハ。僕がいつも立ち戻ってくる作曲家はバッハなんです。おそらく僕もピアノ奏者だからだと思うんですが、メロディーをどう作曲し、音楽をどう構築するかという点で、やっぱりバッハに戻っていく傾向はあります。

トリニティ・ラバンでは同時期に才能溢れたミュージシャンがたくさんいたとおっしゃいました。ダイナソーというバンドも、トリニティ・ラバンの同級生を中心に生まれたグループですよね?

EG:そうです。リーダーがトランペットのローラ、キーボードが僕で、ローラと僕は同級生。ドラムのコリー・ディックとベースのコナー・チャップリンは一つ下の学年です。コナーと僕はノルウェーのサックス奏者マリウス・ネセットのバンドでも一緒に演奏しています。それと僕はローラと会うことがとても多くて、なぜなら結婚しているから(笑)。それはともかく、みんな大学で出会ったんです。

僕自身の過去を掘り下げるようなもの、アルバム全体がほぼ自伝的なものになるようなパーソナルな音楽を創りたかったんです。

ダイナソーというバンドについてもう少し詳しく聞かせてください。どのようなバンドで、どのような音楽を実現しようとしているのでしょうか?

EG:基本的にはリーダーのローラが曲を書いて渡してきて、それを僕らがどうやって音にしていくのか、どうやってアプローチするのが一番良いのかを考えるというやり方です。最初の2枚のアルバムでは僕はキーボードで参加していたんですが、特に2枚目の『Wonder Trail』(2018)では、シンセ・サウンドを作ったり、どういう音が特定の状況でより効果的かを考えたりして、僕からのインプットがかなり多く入り込んだアルバムになったんじゃないかと思います。でも、基本はローラが書いた曲に僕たちが命を吹き込む、曲の中に自分たちの声を見つけ出すという作業をしていました。

トリニティ・ラバンに通っていた同世代のミュージシャンで言うと、ヌバイア・ガルシアやジョー・アーモン=ジョーンズ、モーゼス・ボイドもいましたよね。彼らはジャイルス・ピーターソンの〈ブラウンズウッド〉からリリースされた『We Out Here』(2018)というコンピレーション・アルバムに参加しています。一方でダイナソーのメンバーはそこには参加していないものの、ファースト・アルバム『Together, As One』(2016)がマーキュリー・プライズにノミネートされるなど、同じく2010年代に頭角を現したイギリスのジャズ界の新世代として注目を集めてきました。それぞれ別々の文脈で活動してきたように見えるのですが、大学時代、彼らとの交流はなかったのでしょうか?

EG:単純にこれは学年差なんじゃないかと思ってます。ローラをはじめ僕らダイナソー組に関しては、ヌバイアたちより2~3上なんですよね。なので僕らの方が先に始めて、自分たちのやりたい方向性で音楽を作っていった。それからちょっと遅れて入学したヌバイアたちの世代が、僕らとは違うものを作り始めたっていうことなんじゃないかと思う。でも狭い世界なので、もういまとなってはお互いのことをみんなが知っています。当初は、僕らはすでに音楽的に探求したい方向性を定めていたから、僕らが作ったものと彼らが作ったものとの間にクロスオーバーするところはあまりなかったけれど、お互いにだんだん一緒にやる機会も増えて、いまではお互いの音楽を聴いたりサポートし合ったりするようになりました。

もうひとつ大学関係で言うと、あなたがずっと一緒に活動しているエマ=ジーン・サックレイもトリニティ・ラバン出身ですよね。彼女とは学年が違うと思いますが、どういうきっかけで繋がりができたのですか?

EG:出会ったのはトリニティ・ラバンです。僕が学部生のときに、彼女はもう作曲の修士課程に在籍していました。で、トリニティ・ラバンで始まったロンドン・サウンドペインティング・オーケストラという即興アンサンブルがあって、そこにエマも僕も参加していたんです。他にもたくさんの人が参加していて、いま一緒に活動しているようなミュージシャンたちもいました。その後、エマがトリニティ・ラバンでの最後の演奏を終えたとき、「これから自分のバンドを始めるのだけど、一緒にやらない?」と僕に声をかけてきてくれて。それで彼女のバンドで演奏することになりました。彼女の最初のレコーディングにも参加して、僕はキーボードで、たくさんのツアーを一緒に回りました。いまでも仲のいい友だちですよ。

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『The Ruin』というタイトルは、古代アングロサクソンの詩が元になっているんですけど、廃墟や過去から何かを再構築するのがいかに難しいか、というような内容の詩なんです。それはまさに僕が考えていたことと響き合っていた。

ロンドン・サウンドペインティング・オーケストラというのはウォルター・トンプソンの発案したサウンドペインティングを取り入れたグループでしょうか?

EG:そう、よくご存じで! ピアニストで作曲家のディエゴ・ギメルスが設立した、イギリスで初めてのサウンドペインティングのオーケストラなんです。

そうなんですね。東京にもあるんですよ、サックス奏者の小西遼さんという方が立ち上げたTokyo sound-paintingというパフォーマンス・ワークショップが。ところで、あなたはジャズに限らず即興音楽のシーンでも活動しているところがユニークな点だと思うのですが、イギリスにはデレク・ベイリーやジョン・スティーヴンス、AMMなどから始まるフリー・インプロヴィゼーションの長い歴史がありますよね。どのようなきっかけでそうした即興音楽シーンでもライヴをするようになったのでしょうか?

EG:どちらかというと、僕はジャズや作曲よりもインプロヴィゼーションの方が先にありました。子どもの頃にジャズ・ピアノの先生から即興で好きなように創っていいんだということを学んだ話をしたけれど、それもジャズというよりインプロヴィゼーションの面白さに興奮したんです。すごく楽しかった。そしてその後、ロンドンに出てきてから、自由に即興演奏をするライヴが開催されていることを知りました。ロンドン・サウンドペインティング・オーケストラでの演奏体験もあり、僕はこういうことをやりたいし、これが自分にできることかもしれないと思えた。あなたがおっしゃるようにロンドンには即興音楽の非常に長い歴史があります。僕が活動を始めた頃にはデレク・ベイリーはすでにいませんでしたが、エヴァン・パーカーは健在で、たとえばマーク・サンダースのようなドラマーもいました。マークとはデュオで即興演奏のアルバム(『Weather』2017)も作りました。さまざまな出会いがあり、素晴らしい人たちが大勢いて、誰もがフレンドリーでオープンなコミュニティです。すごく寛容な人たちが多いので、楽しく活動することができていますね。

フリー・インプロヴィゼーションという観点からは、特に研究したピアニストはいますか? 一口にピアノによる即興と言ってもいろいろなアプローチがあるわけですが。

EG:たしかにいろんなピアニストがいます。フリー・インプロヴィゼーションの世界に限定しても、いろんなタイプのピアニストがいますよね。でも、さっきも名前を挙げたセシル・テイラーはやっぱり重要な存在で、彼から離れるのは難しい。彼は間違いなく素晴らしい即興ピアニストだから。もっと最近の人物だと、クレイグ・テイボーンかな。彼はインプロヴィゼーションも素晴らしいし、ソロ・ピアニストとしても優れていて、2020年に僕がリリースしたピアノによるソロ・インプロヴィゼーションのライヴ盤『Live In Paris, At Fondation Louis Vuitton 2020』があるんですけど、その時のライヴのファースト・セットはクレイグのソロだったんです。僕はセカンド・セットで、彼の演奏を観て、実際に会って話すこともできて、とても刺激を受けました。あとはパット・トーマス。彼はイギリス出身で、ピアニストとしてもインプロヴァイザーとしても素晴らしいです。

1990年代から2000年代にかけて、EAI(エレクトロアコースティック・インプロヴィゼーション)と呼ばれる即興音楽の新しい潮流が世界中の都市で同時多発的に出現し始めました。ロンドンにもマーク・ウォステルやロードリ・デイヴィス等々が登場し、尺八の演奏でも知られるクライヴ・ベル──彼はザ・コメット・イズ・カミングのドラマー、ベータマックスことマックス・ハレットの父ですね──は「ニュー・ロンドン・サイレンス」と題した記事を書いています。そうしたロンドンの音楽潮流に対する興味はありましたか?

EG:そのムーヴメントのことはわかります。ただ、僕がメドウェイからロンドンに出てきた2010年頃には、すでにムーヴメントとしては過去のものになっていました。もちろん、そのムーヴメントに関わっていたミュージシャンは当時も活躍していましたし、僕も聴いたりチェックしたりしていましたが、大きなインスピレーションを受けるほど深くのめり込んだわけではなかった。むしろ僕が意識していたのは、スティーヴ・ベレスフォードやマーク・サンダースのような人たちでした。

2011年にドイツで「Just Not Cricket!」という音楽フェスティバルが開催されました。イギリスの即興音楽をテーマに4世代にわたるミュージシャンを紹介する内容で、演奏記録が4枚組のアルバムでリリースされていますが、当時最も若い世代のひとりとして位置づけられていたのがシャバカ・ハッチングスでした。あなたはさらにその後の世代に当たるわけですが、2010年代以降のイギリスのフリー・インプロヴィゼーションのシーンがどのように変化したのか、あるいはどんなトピックがあったのか、あくまでもあなたが見てきた景色で構わないので、教えていただけますか。

EG:それは興味深い、面白い質問ですね。たくさんのトピックがありますけど……フリー・インプロヴィゼーションのことを考えると、僕らがどんな場所で音楽を演奏してきたのか、その会場のことが頭に浮かびます。たとえばボート=ティン(Boat-Ting)という、実験音楽や現代詩のカッティング・エッジなイベントがロンドンにはあって、船の上でインプロヴィゼーションをおこなうのだけど、そこではたくさんの興味深いことが起こりました。有名なカフェ・オトは、いろんな人たちがインプロヴィゼーションを介して集まる場所として、いまやとても重要な場所になっています。ムーヴメントとその変化ということで言うと、いろんな分野から背景の異なるミュージシャンたちが集まってインプロヴィゼーションに取り組んでいるのが、いまの特殊性じゃないかと思ってます。ベース奏者のカイアス・ウィリアムズ(Caius Williams)が立ち上げたイベント・シリーズがあるんですが、それなんかも本当に幅広くて。たとえばコビー・セイのようなスポークン・ワードを使うミュージシャンもいれば、マーク・サンダースやジョン・エドワーズのような少し上の世代の人たちもいて、さらにギタリスト/作曲家のタラ・カニンガム(Tara Cunningham)のような新しい才能までいる。ジャズもロックもヒップホップも、さまざまなバックグラウンドを持つ人びとがインプロヴィゼーションの場で集まり、そして集まったことによって少し変わった何かを作り出している。とても面白いことが起きていると感じています。

モジュラー・シンセに興味を持って、いろいろな実験を試していたんです。自分で組み立てて、さまざまな方法でいろいろなものと接続できるのが面白くて。

ここからは最新アルバム『The Ruin』についてお伺いします。とりわけ2018年の『The Influencing Machine』以降、アルバムごとに異なるコンセプトを明確に打ち出してきたと思うのですが、『The Ruin』はどのようなコンセプトで制作しましたか?

EG:自分の人生や世の中で起きたことに対して、自分なりに反応を示していくことを音楽でやりたいと考えるようになったのが『The Influencing Machine』の頃なんです。コンセプトを立てたり、もっと面白いことを探求したりするようになったのは、ちょうどイギリスでブレグジットが起きた直後のことでした。アメリカではドナルド・トランプが大統領に就任して、世界的に物事が変化していると感じた。だから、自分のコンセプトについてもっとクリエイティヴに反応する必要があると感じたんです。

なるほど。

EG:今回の『The Ruin』について最初に考え始めたのは、コロナウイルスによるロックダウンの終わりの頃でした。僕は「何かを作らなければ」と思った。コロナ禍によって僕の生活もみんなの人生も変わってしまったから、物事を違った視点で考えたいと思いました。そして、とても個人的で内省的なものにたどり着きました。僕自身の過去を掘り下げるようなもの、アルバム全体がほぼ自伝的なものになるようなパーソナルな音楽を創りたかったんです。実はアルバムを録音する直前に、僕が子どもの頃に初めて手にしたピアノを売らなければならない状況になって、売る前に何か形に残さなければと思い、そのピアノで即興演奏をしてiPhoneで録音しました。その録音を2年ほど経ってから取り出して、今回のアルバムの出発点として使いました。その即興演奏の録音と、自分の過去や歴史を中心にアルバム全体を構築していこう、ということがアイデアの種でした。そこから他にもたくさんのものが加わっていきました。あと『The Ruin』というタイトルは、古代アングロサクソンの詩が元になっているんですけど、廃墟や過去──過去もある意味廃墟ですよね──から何かを再構築するのがいかに難しいか、というような内容の詩なんです。それはまさに僕が考えていたことと響き合っていた。だからその詩からもインスピレーションを受けて作ったのが今回のアルバムです。

結果的に今回は、ライヴ・レコーディングだった前作、前々作とは違い、ポストプロダクションを駆使した録音作品ならではのアルバムになったと思います。そういったポストプロダクションやサウンドデザインの側面は、現代音楽由来の電子音楽/多重録音からの影響が大きいのでしょうか? それともポップスのプロダクションからの影響の方が大きいのでしょうか。

EG:それも面白い質問ですね。ある意味、両方から影響を受けていると思います。ただ実は今回、コロナ禍のロックダウン期間中に、僕はモジュラー・シンセに興味を持って、いろいろな実験を試していたんです。自分で組み立てて、さまざまな方法でいろいろなものと接続できるのが面白くて。その可能性や音を探求していくうちに、レコードでもそれを試したい、レコードではどうやったらできるだろうか、ということにも興味が湧きました。その意味ではテクノロジーがきっかけになっているとも言える。ただ、同時に、僕が聴く音楽の幅が広がっているのも事実です。コンテンポラリーなヒップホップであったり、たとえばジェイペグマフィアのような、より実験的でエレクトロニックな音作りに興味を持って、いろいろな可能性に耳を傾けるようになりました。

以前にシャバカが取り組んでいた、楽器一本、クラリネット一本で吹くインプロヴィゼーションのサウンドがやっぱり大好きで。ロックダウンを通して彼は尺八やフルートを演奏するようになりました。それは方向転換というより、僕からしたら原点回帰なんです。

『The Ruin』は、あなたのこれまでの作品の中で最もジャズ色が希薄だとも感じました。その理由のひとつがおそらくメンバーだと思います。ルース・ゴラー、セバスチャン・ロックフォード、リゲティ弦楽四重奏団、シャバカ・ハッチングスが参加していますが、なぜこれまでのトリオとは異なるメンバーで録音に臨んだのでしょうか?

EG:ドラムのセバスチャンは、彼が結成したポーラー・ベアというバンドが僕は大好きで。ベース&ヴォイスのルースは『Skylla』というファースト・ソロ・アルバムを2021年に出しているんですけど、それがとても素晴らしかった。そういった活動や作品を通じて、以前から彼らのことを愛していて、とても影響を受けてきたので、一緒にやったら素晴らしい音楽ができると思ったんです。今回はこれまでとは別のことを試したくて、一緒に演奏したことのないミュージシャンたちと組んでみたいという思いもあったので、彼らに声をかけて、インプロヴィゼーションで音楽を作っていきました。彼らが奏でる音は本当にインスピレーションに富んだもので、それを聴いた瞬間、今回のアルバムの核になると確信しました。

リゲティ弦楽四重奏団は、あなたの最初のレコーディングで共演した面々でもありますよね。

EG:そうです。彼らに今回のアルバムに参加してもらうことは早い段階から考えてました。理由はふたつありました。ひとつはいまおっしゃっていただいたように、リゲティ弦楽四重奏団はローラの最初のアルバム『Landing Ground』(2012)に参加していて、つまり僕が初めてレコーディングしたアルバムから一緒にやっていた人たちだったので、そういったパーソナルな繋がりがある彼らに今回のアルバムに参加してもらいたかった。もうひとつは自分の作曲家としての幅を広げたいということがありました。弦楽四重奏のサウンドを前提に自分で曲を作っていくことに挑戦したかったので、その点ではとても自由にそのサウンドで実験することができました。

最後の質問です。やはり聞かなければならないのはシャバカの参加についてです。彼はそれこそコロナ禍を経る中で三つのメイン・プロジェクトを停止して、サックスも手放し、尺八やフルートを演奏するという方向転換を遂げました。あなたはシャバカの最近のツアーにメンバーとして参加していますが、彼のどのようなところに魅力を感じ、今回のアルバムへの参加をオファーしたのでしょうか?

EG:もともと僕はロンドンに引っ越してきた頃にシャバカの演奏をよく聴いていました。その頃の彼はフリー・インプロヴィゼーションの文脈でクラリネットを演奏していたんです。僕が彼を知ったきっかけはその演奏で、聴き馴染んでいたのも彼のクラリネットの即興的な響きでした。その後、彼はサンズ・オブ・ケメットやザ・コメット・イズ・カミング、シャバカ・アンド・ジ・アンセスターズといったグループで活躍し、サックス奏者として大々的に知られるようになっていきました。でも僕はそれ以前に彼が取り組んでいた、楽器一本、クラリネット一本で吹くインプロヴィゼーションのサウンドがやっぱり大好きで。そうした中、ロックダウンを通して彼は尺八やフルートを演奏するようになりました。それは方向転換というより、僕からしたら原点回帰なんです。フルートに戻ってきた! と思った。久々にそういう音を聴くことができて、僕はとてもエキサイトしました。インスタで彼がアップしていく映像をずっと追いかけていて、フルート一本で演奏している姿をずっと見続けてきました。それは僕の頭の中に強く刻まれていきました。そして今回アルバムを制作している途中、頭の中でそのサウンドが鳴って、これは彼に頼むしかないと思ったんです。で、シャバカに話をしたら快く引き受けてくれて、時間も惜しまず協力してくれました。彼は1日だけセッションに参加して、たくさんのデュオの即興演奏をしました。その中から1曲を選んでアルバムに収録しています。バンドに合わせてフルートを演奏している部分は、同時にレコーディングするのが難しかったので、バンドの音だけ先に録っておいて、そこに彼に入ってフルートを吹いてもらいました。たったワンテイクで素晴らしい演奏になりました。それに、シャバカとドラマーのセバスチャンには長い付き合いがあるんですよね。何年も一緒に演奏してきた間柄だったので、レコーディングは別々でも、やっぱりその関係性が滲み出ていてとても嬉しかったです。今回のアルバムにシャバカに参加してもらえて本当によかったなと思っています。

interview with Acidclank (Yota Mori) - ele-king

 一心不乱にモジュラー・シンセを操作しながら身体を揺らすひとりの若者の姿──それが最初に観たAcidclankの動画だった。随所にグリッチやドリルンベースっぽい要素が挿入されるそのインプロヴィゼイションを耳にし、これはロレイン・ジェイムズやイグルーゴーストといった今日におけるエレクトロニック・ミュージックの牽引者たちと並べて語るべき新世代かもしれない──そんな話が編集部では浮上した。
 たしかに、間違ってはいない。けれどもAcidclankのバックグラウンドはその先入見を超えたところに存在していた。旧作を遡って聴いていくと、随所でギターが小さくはない役割を果たしている。そもそも音楽に目覚めたきっかけは、父親のギターを触ったことだったという。Acidclank自体、もともとはバンドだった。なるほど、シューゲイズやマッドチェスターの恍惚を頼りにエレクトロニック・ミュージックの深き森を分け入っていった結果、モジュラー・シンセと出会うことになった、と。

 2月にCDでリリースされ、3月5日にLPが発売される通算6枚目のアルバムは『In Dissolve』と題されている。溶解中。あるいは、溶解して。ブックレットにはAcidclankことYota Mori当人がつづった英文が記されている。「境界が曖昧になり、どこからどこまでが “自分” なのかわからなくなる/天井から滴が落ちる。それは雨なのか、それとも自分が溶けていく音なのか/確かめる術はない」
 コンセプトはずばり、トランスだ。むろんそれは音楽スタイルのことではなくて、ある種の体験、意識の変容を指している。面白いのは、そんなトランス状態に達するための道筋はけしてひとつではないということを、このアルバムが身をもって実践している点だろう。新作にはガムランもあればぶりぶりのアシッド・サウンドもあるし、ドラムンベースもジョニー・マー風ギターもダブステップも含まれている。個人的に唸らされたのは “Mantra” で、かそけきダブ・テクノをバックに親しみやすいアコースティック・ギターとスーパーカーからの影響が色濃くにじんだヴォーカルが浮遊していくさまには舌を巻かざるをえなかった。こんな組み合わせがありえたのか、と。
 屋号からしてサイケデリックなこのトラックメイカー/シンガー・ソングライターはいったいどんな音楽遍歴をたどってきたのか? きたる3月7日にはCIRCUS Tokyoでリリース・パーティを控えるYota Mori。その背景を探ってみようではないか。

世代ではないんですけど、SUPERCARはめちゃくちゃ聴いてましたね。

新作は「トランス」がコンセプトだそうですね。

MORI:「アシッドクランク」という名前のとおり、サイケデリックな音楽表現をやりたいという想いが最初からありました。これまでのアルバムでも「サイケデリック」や「トランス」的なものをテーマにしていて。ただ今回はそれをより前面に押し出して、よりコンセプチュアルにつくったという感じですね。

アシッドクランクはバンドだった時期もあるんですよね。

MORI:アシッドクランクをはじめたのが大学2年か3年のころで、当初はサウンドクラウドに曲を上げて反応を見るみたいなところからスタートしました。そうしたことをしばらくやっているうちに自分の曲をバンド・セットでもやってみたくなって、メンバーを集めたんです。いまでこそモジュラー・シンセサイザーを使っていますけど、そのときは僕を含めて4人編成のギター・ロック・バンドで、UKのロックやオルタナティヴ・ロックから影響を受けたサウンドでした。その後〈3P3B〉というレーベルに声をかけてもらってセカンド・アルバム『Addiction』を出すことになって。

それが何年ですか?

MORI:2018年ですね。このときはCDとLPだったんですが、全国流通盤としてアルバムをリリースしたのはそれが最初でした。それ以前はバンドキャンプで宅録のアルバムを出していて、なのでバンドとして初めて出したアルバムが『Addiction』ですね。その後あらためて宅録のソロ・プロジェクトに戻って、いまのアシッドクランクになります。

ソロ・プロジェクトに戻そうと思ったのはなぜです?

MORI:やっぱりバンドの枠組みのなかでは自分のやれることが制限されてきたなっていう思いがあって。それで一度解散しました。といってもメンバー間で衝突したというわけではなく。レーベルのリリースがバンド主体だったこともあって、バンド・サウンド的なものをもとめられていたんですね。でもそれ以外にもやりたいことがあった。なので、初心に立ち返って自由にやりたいということで、名前はそのままにソロ・プロジェクトに戻したんです。それが現在までつづいている感じですね。

なるほど、ではバンドとして出したのは『Addiction』だけなんですね。

MORI:そうです。その後〈Ano(t)raks〉というネット・レーベルからサード・アルバム『Apache Sound』を出したり、セルフ・リリースでフォース・アルバム『Vivid』をバンドキャンプ経由で出したりと、ソロに戻ってからはけっこう自由にやっていましたね。

最初に音楽に目覚めたのはいつごろですか?

MORI:本格的に音楽を聴きはじめたのは高校からです。といっても当時リアルタイムで流行していた音楽より、昔の音楽を聴き漁っていた感じで。家に置いてあった父親のアコースティック・ギターを触ったのがきっかけでした。最初は父親が好きなフォーク・ソングの弾き語りをしたり、エリック・クラプトンのMTVアンプラグドのライヴ映像を観たりしていて、フィンガーでブルースを弾いたりとか、アコギばっかり弾いてましたね。その延長でオアシスとかを聴きはじめて、という流れです。

やはりギターの存在は大きかったんでしょうか。サード以降のソロ作でもけっこうギターの存在感がありますよね。

MORI:原体験というか。やっぱり音楽をはじめたきっかけだったので。いまでも音源にはよく入れますね。

プログレッシヴ・ロックって、アルバム1枚をとおして聴く前提のフォーマットになってることが多いじゃないですか。だから今回のアルバムもそういうふうにつくったつもりです。

音楽を自分でやるようになって、同時代でピンときた作品やアーティストはいましたか?

MORI:あまりリアルタイムの音楽を聴くということをしていないんです。当時はオアシスから遡るというか……日本のバンドでいうと、その世代ではないんですけど、SUPERCARはめちゃくちゃ聴いてましたね。

やはりそうですよね。節々からSUPERCARの影響が感じられるなと思って、お尋ねしようと思っていました。聴きはじめたときはすでに解散していたと思うんですが、どんなふうに出会ったんでしょう?

MORI:高校生のとき、ぜんぜん友だちがいなくて(笑)。ずっと家で音楽を聴いてるか、ギター弾いてるかだったんです。その時点でもうユーチューブはあったので、それで聴きはじめましたね。

シューゲイズのバンドより先に、SUPERCARと出会って。

MORI:そうですね。SUPERCARが先ですね。シューゲイズだと、やっぱりマイ・ブラッディ・ヴァレンタインは好きですが、ティーンエイジ・フィルムスターというバンドがとくに好きで。そういうマッドチェスター的な要素が入ったバンドが好きですね。ライドとか。大きな音でフィードバック・ノイズを聴いていると、やっぱりちょっとトランシーな感覚になるというか、そういう部分はアシッドクランクでも表現したいと思っています。それでライヴでもかなりシューゲイズ寄りの曲をやってますね。

ロックだとほかにはどういうものが好きだったんでしょうか?

MORI:プログレをめちゃくちゃ聴いていましたね。大学生のころ、カケハシ・レコードっていうレコード屋でいっぱい買ってました。最初はピンク・フロイドやキング・クリムゾンから入って、ソフト・マシーンだったりジェントル・ジャイアントだったり、本当にいろいろ聴き漁りましたね。プログレッシヴ・ロックって、アルバム1枚をとおして聴く前提のフォーマットになってることが多いじゃないですか。だから今回のアルバムもそういうふうにつくったつもりです。前半はA面として聴いてほしいし、後半はB面として聴いてほしくて。けっこうプログレっぽいアルバムにしようとは今回考えましたね。

もともとは大阪で活動されていたんですよね。上京したのが2023年で。

MORI:はい。引っ越してきたタイミングがちょうどフジロックのレッドマーキーに出演したあとで。そのとき年齢的にも30手前だったということもあって、大阪でやってた仕事を辞めて、音楽だけでやってみようっていうモチベーションで東京に来ました。

上京前は大阪のなにかしらのシーンと接点があったんでしょうか?

MORI:大阪はけっこう洋楽志向っぽいインディというか、アシッドクランクに似た系統のバンドもわりといましたね。ただそっちはいわゆるオルタナな感じというか、アシッドクランクはダンス・ミュージックの要素もあるので、シーンに溶けこめていたかというと、あまりそうではなかったような気がします。

最初に観たアシッドクランクの動画がモジュラー・シンセのものだったので、完全にその先入見でとらえてしまっていたんですが、過去作を遡っていくと、けっこうギター・サウンドだなと新鮮な体験でした。

MORI:原体験がオアシスなので。

メロディがキャッチーなのにも、そうした原体験が影響しているんでしょうか。

MORI:そうですね。メロディは作曲の過程でも大事にしていて、どれほどアヴァンギャルドなトラックだろうともメロディはきれいにしようと心がけています。それは、エイフェックス・ツインの影響もありますね。彼も激しいドラムンベースにきれいなメロディを載せたり、すごくきれいなピアノの曲をつくったりしますよね。エイフェックス・ツインでいちばん好きなのは『Drukqs』なんですが、そうした影響は大きいと思います。

モジュラー・シンセに関心が向かったのはいつで、なぜそうなったのですか?

MORI:はじめたのはコロナ禍の最中でしたね。時間とお金に余裕ができて。ただ興味をもったのはそれ以前で、フォー・テットがDJセットの脇にモジュラーを置いているのを見たときでした。それで自分の制作のとき横に置いておきたいなと思って買ったんです。そこから集めはじめて現在に至る感じです。やっぱりダンス・ミュージックの表現をやっていくうえで、ギターだと表現できないこともあって。でもだからといってMacbookを置いてライヴするのもちがうなと感じていたので、いいツールに出会えたと思っています。それでライヴでも使うようになりましたね。

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エレクトロニックな音楽もシューゲイズも、ループするフレーズを大音量で聴いていると自分の感覚が溶けていく感じというか、そういうある種のトランス状態に誘われるという点ではおなじなのかなと。

過去作をたどると、『Vivid』から音響が変わって、エレクトロニックがメインになった感じなのかなと思ったのですが。

MORI:まさに『Vivid』からですね。積極的にアナログ・シンセをとりいれはじめて。ギター・ロックはもうけっこうやってきたので、いま関心が高いのはダンス・ミュージックですね。新作にもバンド・サウンドは入ってるんですけど、関心はダンスのほうが高いかな。

ダンス・ミュージックだとどういうものがお好きなんですか?

MORI:エイフェックス・ツインとかスクエアプッシャーとか〈Warp〉系がいちばん好きですね。ボーズ・オブ・カナダもめちゃくちゃ好きですし。あとは、フォークトロニカの音響も好きですね。エレクトロニックな音楽もシューゲイズも、ループするフレーズを大音量で聴いていると自分の感覚が溶けていく感じというか、そういうある種のトランス状態に誘われるという点ではおなじなのかなと。そういうところにじぶんは惹かれるんだろうなと思います。

新作の最後の曲は、途中からレコードのパチパチ音が入ってきて、ダブステップのビートになっていきます。これは、ベリアルですよね?

MORI:ですね(笑)。ベリアルと、あとマウント・キンビーからも影響を受けているんですが、そのあたりの耳にいい音響の感じは意識していますね。そういうところでリスナーに気持ちよくなってほしいという思いでつくりました。

音響はアルバムを出すごとに洗練されていっている印象を受けました。濁らせるというよりはきれいな方向に向かっているというか。

MORI:どちらも好きなんですけど、今回はハイファイな方向に振り切った感じですね。ごりごりのノイズはライヴで表現したいので、音源は音源できれいなほうに振り切ろうと思ってミックスもやりました。

新作は1曲1曲タイプがちがっていて、いろんなスタイルを1枚に詰めこんだ雑食的なアルバムになっています。

MORI:これまでもいろんなジャンルを入れてはきたんですが、今作はよりコンセプチュアルにまとめています。ひとつのおなじテーマでアルバムをつくったのは今回が初めてなんです。そういう点ではまとまりはできているかなと。

1曲目はガムランで。

MORI:ですね。ただあれは、サンプルも入ってはいるんですが、基本的にはモジュラー・シンセでつくった音なんです。物理モデリングっていう。モジュラーを使いだしてからアナログ・シンセでそういう音を出せるということを知って、いつかやってみたいと思っていたので、今回ようやくという感じです。

インドネシアの音楽を研究したというわけではなく。

MORI:そっち方面の音楽もけっこう好きではあります。じつは幼いころ、マレーシアに住んでいたんですよ。父親の仕事の関係で、幼稚園〜小学生のころ、4年くらい暮らしていました。そのとき東南アジアのいろんなところに連れていってもらったりもして、そういう音楽も知らず知らずのうちに聴いていたし、いまでも好きなので、今回自然にとりいれられたのかもしれないです。

新作は「トランス状態の追体験」がテーマですが、サイケデリックな音楽でいちばんやばいと思った音楽はなんでしたか?

MORI:マニュエル・ゲッチングの『Inventions For Electric Guitar』(1975)ですね。ずっとミュート・ギターが左右で鳴っていて、あれはすごかったです。

トランスへの欲望には、現実がいやだというような思いもあったりするんでしょうか?

MORI:とくにそういうわけではないんですけど、せっかくアルバムを聴いてもらえるんだったらやっぱり非日常的な体験をしてもらいたいなと。

新作でいちばん苦労した曲はどれでしたか?

MORI:曲単体というよりは、流れを考えるのがすごく大変でしたね。A面は全部BPM120で揃えてシームレスにつなげてるんですけど、LPを出すことが決まっていたので、最初からそういう構想はしていました。だから流れをどうしようか、シームレスに聴けるかどうかっていうところに最後まで悩みましたね。

最近のエレクトロニック系の音楽で気にいっているミュージシャンはいますか?

MORI:バーカー(Barker)ですかね。リズム・パートが鳴っていなくてミニマルなコードが鳴っているような。ロレンツォ・センニとか、あまりビートが入っていない、ウワモノだけでつくっているようなのが好きですね。

新作にはダブ・テクノも入っていますよね。

MORI:そこらへんもすごく好きですね。

“Mantra” はトラックはミニマル・ダブなのに、ギターも鳴っていて、メロディラインはSUPERCAR風で、おもしろい組みあわせだなと思いました。

MORI:そういえばあの曲はけっこう大変だったかもしれない。「どんな曲になるんやろ?」って、最後まであまりイメージが固まらずつくっていたおぼえがあります。後ろでぽこぽこなっているのはぜんぶリゾネーターのシンセなんですが、そこにギターを重ねてつくりましたね。

しかもそれにつづくのがドラムンベースで。ほんとうにタイプのちがう曲が1枚に詰めこまれていますよね。

MORI:ライヴのソロ・セットはけっこうそっち寄りなんですよ。3月7日のリリース・パーティではバンド・セットとソロ・セット、どちらも披露します。

サポートの中尾憲太郎さんとはどういう経緯で?

MORI:中尾さんは、モジュラー・シンセ友だちみたいな感じで。中尾さんもソロで4つ打ちのダンス・ミュージックをやっているんですけど、そういうイベントで知りあって、その流れでサポートもやってもらうことになりました。モジュラー・シンセって、自分のやりたいことが見えてないとどんどん深みにハマっていくんですけど、自分のソロ・セットはここ1年くらいでどういう音楽をやりたいのかっていうのが見えてきましたね。

最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

MORI:アルバムを一度通しで聴いてほしい、それだけに集中して聴いてみてほしい、というのはありますね。たとえば部屋を真っ暗にして、スピーカーに向かって通しで聴いてみてほしいというか。そういう思いはありますね。そのうえで、ぜひ一度ライヴにも来てほしいなと思っています。アシッドクランクで表現したいことって、ライヴを体験してもらって初めてわかってもらえるのかなとも思っていて。大きな音で、ウーファーの揺れとか含めてトランス体験ができるはずです。

[リリース情報]
Acidclank
ALBUM
『In Dissolve』
2025.02.05 [CD] / 03.05 [VINYL]
PCD-25459 / PLP-7534
定価:¥2,750(税抜¥2,500) / ¥4,500(税抜¥4,091)
Label:P-VINE
※linkfire:https://p-vine.lnk.to/32QIyc

Tracklist:
1. Enigma
2. Hide Your Navel
3. Hallucination
4. Radiance
5. Mantra
6. Remember Me
7. Out Of View
8. Grounding

[リリースイベント情報]
Acidclank 「In Dissolve」 Release Party
『acidplex (dissolution)』

日時:2025年3月7日(金)
OPEN / START:18:00 / 18:30
会場:東京・渋谷 CIRCUS Tokyo
LIVE:Acidclank
GUEST:Big Animal Theory
Ticket:
pia https://w.pia.jp/t/acidclank-t/

Acidclank:
@ACIDCLANK
@y0ta1993
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R.I.P. David Johansen - ele-king

 2月28日、元ニューヨーク・ドールズのデヴィッド・ヨハンセンが亡くなった。10年ほどまえにステージ4の癌と診断され、5年まえには脳腫瘍も患い、さらには昨年11月に自宅で転倒して背骨を骨折し、寝たきりとなっていた。介護費用を募るための基金を家族が設立したというニュースが流れたばかりのことだった。

 ヨハンセンは、1950年生まれ、ニューヨークのスタテン島出身。『プリーズ・キル・ミー』によればキャンプな作風で知られた前衛演劇集団シアター・オブ・リディキュラス界隈に出入りしていたが、「ヘテロセクシュアルすぎた」ために劇団には馴染めず、ヴァガボンド・ミッショナリーズというローカル・バンドでシンガーとして活動を開始した。ジョニー・サンダースを中心として結成されたバンド、アクトレスがニューヨーク・ドールズに名前を変更した後、ヨハンセンは加入している。もともとヴォーカルも兼ねていたジョニーがギターに専念したいということでフロントマンとして迎えられたのだった。ドールズの多くの曲にヨハンセンの名がクレジットされていることを見ても、彼の加入がドールズの音楽性に決定的な影響を与えたことがうかがえる。


ヨハンセンのペンによる代表曲“Looking for a Kiss”

 盟友シルヴェイン・シルヴェインの追悼文でも書いたことだが、ニューヨーク・ドールズの功績とはハード・ロックやプログレが全盛だった70年代のロックに50年代のロックンロールやガールグループの「三分間ソング」を取り戻したことであり、すなわちパンクなのだった。そんなパンクの勃興を尻目に77年にドールズは解散。そしてヨハンセンは80年代にはタキシードにリーゼント姿の「バスター・ポインデクスター」という変名でスイングジャズ、ジャンプ・ブルース、ラテンなどを洒脱に歌い、ソカ・ナンバー“Hot, Hot, Hot”のカヴァーをヒットさせる。ヨハンセンもドールズも知らずに聴いていたリスナーも多かったようだ。『三人のゴースト』など、ハリウッド映画に出演していたのもこの頃のこと。

 バスター以前にドールズのセカンド・アルバムでもソニー・ボーイ・ウィリアムソンのカヴァーをしていたように、ヨハンセンはルーツ音楽への探求心も持っていた。97年にハリー・スミス編纂のアンソロジー『Anthology of American Folk Music』が再発されたことを受け、「デイヴィッド・ヨハンセン&ザ・ハリー・スミスズ」というユニットを結成。ビル・フリーゼルとの仕事で知られるジャズ・ミュージシャンなどを迎えて2枚のアルバムを作っている。
 2004年にはモリッシーの呼びかけでドールズの再結成が実現。再結成後には3枚のスタジオ・アルバムを残しているがとくに最後の『ダンシング・バックワード・イン・ハイ・ヒールズ』(2011)はモータウンなどの影響を感じさせるリズム&ブルースをベースにリヴァーブの効いたドリーミーなコーラスワークがフィーチャーされ、50年代のロックンロールとルーツ音楽の探求が結びついたヨハンセンのひとつの集大成と言っていい。
 “Funky but Chic”は78年リリースの初ソロ・アルバムの劈頭を飾った曲だが、本作で再演されている。パンクの荒々しさ、グラムの華やかさ、ルーツ音楽の土臭さ、まさにヨハンセンその人を表すと同時に、かつてのニューヨークの猥雑なカルチャーを象徴するようなタイトルだ。

 2022年にはマーティン・スコセッシが監督したドキュメンタリー『Personality Crisis: One Night Only』が制作されテレビ放送された。スコセッシは当時のインタヴューで次のようにコメントしている。「デイヴィッド・ヨハンセンとは数十年来の付き合いで、映画『ミーン・ストリート』を制作していた頃に、ニューヨーク・ドールズを聴いて以来、彼の音楽はずっと私の試金石となっています 。当時も今も、デイヴィッドの音楽はニューヨークのエネルギーと興奮を捉えています。私は彼のパフォーマンスをこれまでに何度も観てきましたが、長年かけて彼の音楽的インスピレーションの深さを知ることができました。昨年(2019年)、カフェ・カーライルで行われた彼のライヴで、彼の人生と音楽的才能の驚くべき進化を間近で目にした後に、この映画を撮らなければならないと感じました。私にとってあのショーは、ライヴ音楽体験における真の意味でのエモーショナルな可能性を捉えたものでした」
https://www.udiscovermusic.jp/news/martin-scorcese-new-york-dolls-david-johanesen-documentary

 あいにくと日本ではソフト化も配信もされていない。アメリカではPrimeVideoで配信されているようなので、ぜひ日本でも見られるようにしてほしい。

 最後に個人的なことになるが、筆者はシルヴェインの来日時に『プリーズ・キル・ミー』にサインを書いてもらった(「これはいい本だ」と言ってくれた)。いつかその横にヨハンセンにもサインを入れてもらうのが夢だったが、それも叶わなくなってしまった。とても悲しい。

interview with DARKSIDE (Nicolás Jaar) - ele-king

 最初のEPから早14年。その後『Psychic』(2013)、『Spiral』(2021)と冒険を繰り広げ、サイド・プロジェクトと呼ぶのがはばかられるクオリティを見せつけてきたダークサイド。その最新作『Nothing』もまた大胆不敵な即興演奏とエディットが美しく実を結んでいる。
 2010年代以降におけるエレクトロニック・ミュージックの重要人物のひとり、近年はダンスにフォーカスしたアゲンスト・オール・ロジック名義での活躍も忘れがたいニコラス・ジャーと、ジャズ~即興演奏にルーツをもつデイヴ・ハリントン。ふたりがそれぞれソロではできないことを追求するアヴァンギャルド・バンドがダークサイドである、と言ってしまうと今日ではフェイク・ニュースになってしまう。彼らは新たなメンバー──かつてハリントンが属していたバンド、アームズのドラマーでもあるトラカエル・エスパルザ──を迎え、現在では3人組になっている。
 さまざまな音楽を貪欲に参照し独自に昇華していくそのあり方はいまでも変わらない。4年ぶりの新作はダークサイド流のダブが炸裂する “Slau” にはじまるが、ファンクのグルーヴが昂揚をもたらす “S.N.C.” にパンキッシュなダンス・チューンの “Graucha Max”、ラテンの風を呼びこむ “American References” などなど、アルバムはこれまで以上にヴァラエティに富んでいる。途中でがらりと風景を変える “Are You Tired” なんかは、彼らの編集術のひとつの到達点かもしれない。
 随所でノイズがふんだんに用いられているところにも注目すべきだろう。前作『Spiral』にパンデミックを先どりしたような曲が収められていたことを踏まえるなら、新作もまたこの激動の時代にたいするアンサーのような要素を含んでいるのではないか?
 奇しくも、今回の新作の情報はLA大火災のタイミングでアナウンスされることになったわけだが、メンバーのうち当地にいたハリントンとエスパルザはまさにその被害を受けてしまったそうだ。そんな大変な状況のなか、ロンドンにいたニコラス・ジャーが取材に応じてくれた。通訳の青木さんによれば、思慮深く、慎重にことばを選んでいたという。

自分がつねに目指しているのは、スロウでありながら推進力があり、動きのあるエレクトロニック・ミュージックをつくる方法を見つけることなんだ。

大火災で大変ななか取材をお受けくださり、ありがとうございます。1月末にようやく鎮火したそうですが、あなたたち自身にも被害は及びましたか? この1か月どのように過ごされていたのでしょう。

ニコラス・ジャー(Nicolás Jaar、以下NJ):質問をありがとう。バンド・メンバーのほかのふたり、トラカエル・エスパルザとデイヴ・ハリントンは当時ロスにいたから、避難せざるをえなかった。ふたりとも無事で、家に戻ることができた。自分はずっとロンドンにいたので、火災の直接的な影響はそれほど受けなかったよ。

ダークサイドは、メンバーそれぞれのソロ活動とはべつに気軽にとりくめるプロジェクトという位置づけだったと思いますが、それは今回も変わりませんか?

NJ:面白い質問だね(笑)。トラカエル・エスパルザが加入した2022年以降、ダークサイドはバンドの新たなフェーズに入りつつあり、バンドとしての活動がより活発になった。少なくとも年に1回はツアーをおこなうようになり、アルバム『Live at Spiral House』のようなジャムの形や、『Nothing』のようなスタジオ・アルバムという形をとおして、一緒に音楽をつくることが以前よりも多くなった。自分にとって『Nothing』は、これまでの音楽人生でもっともエキサイティングなプロジェクトのひとつ。今後がすごく楽しみだし、このアルバムが自分たちをどこに連れていくのか見てみたい。自分たちはこのプロジェクトが大好きで、お互い一緒に仕事をすることに喜びを感じている。トラカエル・エスパルザと仕事をするようになったことで、バンドは根本的に変わり、以前は表現できなかった新しいサウンドが表現できるようになった。

3人編成になった経緯を教えてください。

NJ:ロサンゼルスでトラカエルと毎日演奏するようになったのは、2022年の7月か6月頃だった。テナントを2、3か月間借りて、そこで毎日演奏して、ジャムをして、ドアを開けっ放しにして、ひとが出入りできるようにしていた。そうやってバンド活動を再開したんだ。それ以来、バンドは大きく変わったと思う。

3人になったことで音楽制作の方法に変化はありましたか? 3人一緒にスタジオに入ったのでしょうか?

NJ:そうだよ。3人で一緒に音楽をつくっているし、トラカエルが新たなアイディアやサウンド、そしてハーモニーやパーカッションのアイディアをいろいろと出してくれるから、スタジオの雰囲気も変わった。だからバンドとして大きく成長できたと思う。

役割分担のようなものはありましたか?

NJ:役割分担がはっきりしているとは言えないね。スタジオでは、ひとりひとりがちがう役割を担うことができるから。とはいえ、デイヴはマルチ・インストゥルメンタリストで、たくさんの楽器を演奏する。彼はオルガン、ピアノ、ギター、ベースを弾くし、コンガやパーカッションも演奏できる。トラカエルはおもにドラム・セットとパーカッションを演奏して、自分はおもにシンセサイザーや自分の声、そしてコンピュータ関連のエフェクトとシーケンスを扱っていた。でも、トラカエルがシーケンサーのアイディアを出してコンピュータを扱うこともあった。ときにはデイヴが……あるいはトラカエルが歌うこともある。トラカエルと自分が一緒に歌う曲もあるんだ。だから、すべてがとても流動的なんだ。

カンは若いころからずっと、自分のインスピレイションとしてDNAのように組み込まれている。20年以上前から。それに自分はずっとカンの大ファンだった。

ニュー・アルバム『Nothing』の1曲目はダークサイド流の独自のダブで驚きました。本作制作中にダブを聴きこむことはあったのでしょうか?

NJ:最近はダブをよく聴いているよ。音楽制作の過程では当然、多くのインスピレイションが無意識にあらわれてくる。自分がつねに目指しているのは、スロウでありながら推進力があり、動きのあるエレクトロニック・ミュージックをつくる方法を見つけることなんだ。最初の曲はその両方を兼ね備えていると思う。

あなたにとって最高のダブ・マスターはだれですか?

NJ:キング・タビーやスライ&ロビーなど、すべてをはじめた正真正銘のオリジネーターたち。究極のダブはいつの時代においてもジャマイカにあると思う。ダブはジャマイカに宿っている。ダブはジャマイカのものなんだ。もし自分たちやほかのだれかが、ダブからインスピレイションを受けているのであれば、それはジャマイカという島の驚くべき音の達人たちや天才たちからインスピレイションを受けているということなんだ。たとえばベーシック・チャンネルなど。そういうひとたちも自分にとってのインスピレイションではある。でも、おもなインスピレイションは「源」にあるんだ。そして、ダブの源とは、当然、キング・タビーやリー・ペリー、スライ&ロビーなど……ほかにもたくさんいる。

途中でがらりと雰囲気が変わる “Are You Tired? (Keep on Singing)” のように、新作はこれまで以上にコラージュの感覚が増しているように感じました。ダークサイドの音楽は数々の即興演奏と録音後の編集から成り立っていると想像しますが、やはり編集に費やす時間が大きいですか?

NJ:そうだね。質問制作者の意見に同意するよ。そういう成り立ちだ。ジャムをして、ジャムが終わったら編集をはじめる。でもジャムにかんしては、起きるべきことはすべてジャムで発生させるようにしているんだ。

即興演奏とテープ編集の先駆者であるケルンのバンド、カン(CAN)について思うところを教えてください。

NJ:自分が10代の頃、1999年にチリからニューヨークに来て、初めてカンのレコードを聴いたときのことをいまでも覚えている。ニューヨークで育った自分にとって、カンを聴くことは自分の音楽人生を大きく変えた体験だった。だからカンは若いころからずっと、自分のインスピレイションとしてDNAのように組み込まれている。20年以上前から。それに自分はずっとカンの大ファンだった。だから彼らを自分のなかから取り除くことは不可能だと思う。

他方で今回の新作は、“Graucha Max” や “Sin El Sol No Hay Nada” 中盤からの展開のように、前作よりも歪んだノイズが目立つ印象を受けました。これにはメンバーのどのような意識の変化が関係していますか?

NJ:自分はいつもノイズ・ミュージックをつくっているよ、とくにライヴで。自分の以前の作品を聴いてきたひとからするとノイズは予想外だから、驚かれることもある。でも、デイヴだって昔からノイズ・ミュージックに取り組んできたし、トラカエルもそうだから、自分たちにとっては驚きではない。でも、たしかにいままではアルバムであまりノイズを使ったことがなかった。今回、アルバムで初めてノイズを起用したけれど、ライヴでは──デイヴとライヴをやりはじめた初期のころから──ずっとノイズを使ってきたんだよ。

今回の新作でもっとも難産だった曲はどれでしょう? またなぜそうだったのでしょうか。

NJ:“Are You Tired? (Keep on Singing)” がもっとも難しい曲だった。なぜなら、この曲には非常にバラバラな部分があり、「よし、この曲はこうしよう」と、勇敢で大胆不敵な態度で臨み、それでメイクセンスするものだと自分たちで確信していなければならなかったから。この曲はいまとなってはお気に入りのひとつになったけれど、制作は冒険であり、ジェットコースターのようだった。

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われわれはいつだって「未来の残響」のなかで生きている。音楽はそうした「未来の残響」を「物質」に変える手段のひとつなんだ。

新作『Nothing』の「Nothing=なにもない」には、ハリントンさんが娘さんと一緒に試みた、「なにもしない」というマインドフルネスの体験もこめられているそうですが、他方で、気候変動にたいする無策や偽善的な政治も含まれているようですね。歴史的な大火災の直後にこの新作がリリースされることの意味について、なにか考えたりしましたか?

NJ:(しばらく、1分近く、考えている)大災害というものは、悲しいことに毎年起きている。自分たちが暮らす世界では、イスラエルによるパレスチナ人にたいする大量虐殺のような人災が起こっている一方で、自分たちの消極的な態度や、消費主義的な生活様式を変えることができないことが原因で、地球の気候が急速に変化し、自然災害が頻発するようになっている……。この地球上で危機のない瞬間はないと思う。いつだって、どこかで危機が起きている。スタジオでこの音楽をつくっていたとき、自分たちは世界の残酷な現実から目を背けず、現実を遮断しないようにしていた。できる限り現実を直視しようとしていたんだ。アルバムが発表されたのは、火災がロサンゼルスの大部分を破壊し、地域の広範囲が瓦礫と無に帰したのと同じ日だったと記憶している。自分たちはそのようなことが起こるとは予想もしていなかったし、それは明らかにたんなる偶然の一致ではある。だが、破壊という行為が24時間365日、自分たちの目の前で繰り広げられているという事実は、偶然ではなく、自分たちが自らとった行動、あるいは行動しなかったことの結果なんだ。

2018年に録音され2021年にリリースされた前作『Spiral』には、パンデミックの状況を歌っているかのような “Lawmaker” という曲が収められていました。今回のリリースのタイミングもそうですが、ダークサイドには予言者めいたところがあると感じたことはありませんか?

NJ:あなたの話を聞いて鳥肌が立ったよ。なぜなら大半のひとは、音楽が過去につくられたものであっても、不思議な形で現在を語っていることがあるという事実を見逃しているから。それは予言とかそういうことではないし、デイヴや自分がなにかをしたからでもない。われわれはいつだって「未来の残響(echoes of the future)」のなかで生きているという事実に起因しているんだ。そしてわれわれはつねに「未来の残響」と「過去の残響」とともに歩んでいる。そして、音楽はそうした「未来の残響」を「物質」に変える手段のひとつなんだ。

ふたつのパートに分かれている “Hell Suite” は、おどろおどろしい曲名とは裏腹に、むしろ天国のような雰囲気をもった落ちついた曲です。この曲ではどのようなことが歌われているのですか?

NJ:“Hell Suite (Part I)” について……。ときどき歌詞を忘れてしまうのでデータを確認する、ちょっと待ってて。“Hell Suite (Part I)” は、自分たちがいる場所が地獄であることから、服などを持って、遠い旅に出なければならないひとたちのことを歌っている。彼らは故郷から遠く離れすぎて、いまでは故郷がどんなところかわからなくなってしまったと言う。この曲はじつは7年ほど前に書かれたんだ。この曲のデモは7年ほど前に書かれたもので、当時自分は「やめるのはまだ遅くない(It's not too late to stop)」と歌った。今日、ライヴでこの曲を演奏するときは歌詞を変えていて、「どうやって彼らをやめさせるか?(How will we make them stop?)」と歌っているんだ。この世に地獄をつくりだした人びとに責任を負わせるという意味で。それは多くの場合、ナルシシストで強欲でエゴイスティックな政治家たちだ。“Hell Suite (Part II)” は、ある意味、最初の曲の続きであり、主人公と彼が話している相手が湖で出会うという内容。湖とは、「たったいま」つまり 「いましかない瞬間」。そしてそのふたりが出会うと、互いにあることに気づく──双方とも壊れてしまっているということに。だが、その壊れた姿こそが、二者を分断するのではなく、互いを理解する方法となるかもしれない。

あなたは積極的にガザの状況についてリポストしています。音楽にはつらい現実からわれわれを守ってくれるシェルターの役割がある一方で、逆に音楽は現実へ意識を向ける契機にもなりえます。現代のような大変な世界のなかで音楽活動をやっていくことについて、あなたはどのように考えていますか?

NJ:つねに矛盾を抱えている。そのことについては毎朝、自分と向き合って納得させなければならないものだと思っている。簡単な答えはないけれど、自分がいまでも音楽をつくっているのは、感情的、精神的な理由からであり、心が音楽を必要としているから。自分がこの世界で生き続けるためにはそうするしかないんだ。

最後の曲 “Sin El Sol No Hay Nada” は、太陽がなければなにもない(Without the Sun there is nothing)という意味のようですね。逆にいえば太陽は希望ともとれそうですが、あなたにとっての太陽とはなんでしょう?

NJ:この小さな惑星に生きる人間として、太陽を見上げ、太陽がなければ自分たちは存在しないということを理解できるという事実。これは非常に強力な感覚だと思う。自分たちは生命の源の片鱗を見ることができる。地球上の生命を可能にしているのは太陽からの近さだけでなく、太陽からの適度な距離でもあり、そのバランスには、深く謙虚な気持ちにさせられると同時に、なにか美しいものを感じる。

これまでアルバムを出すごとにライヴ音源もリリースしてきましたが、今回もその予定でしょうか? いつか日本でもあなたたちのライヴが見られる日を待ち望んでいます。

NJ:日本にはぜひ行きたいね。いいアイディアだと思う。『Nothing』のライヴ・アルバムをつくれたらいいなと思うんだけど、その現実からはとても遠い。なぜなら、ほとんどの曲をライヴでどう演奏したらいいのか、まだわかっていないんだよ!

Satomimagae - ele-king

 彼女の紡ぐ静謐さは特別な空気に包まれている。東京のシンガー・ソングライター、サトミマガエの新作がおなじみの〈RVNG Intl.〉からリリースされる。2021年の『Hanazono』以来となるアルバムで、『Taba』と題されたそれは4月25日に発売、日本独自でCD盤も出るとのこと。プレスによれば、「個人と集団、構築的なものと宇宙的なもの、明瞭なものと感じられるものの間を鮮やかにつない」だ作品に仕上がっているようだ。現在、収録曲 “Many” のMVが公開中です。

Rainbow Disco Club 2025 - ele-king

 エレクトロニック・ミュージック/ダンス・ミュージックのリスナーから絶大な信頼を得ている〈Rainbow Disco Club〉、16周年を迎える今年は、4月18日(金)、19日(土)、20日(日)の3日間、いつもの静岡県東伊豆クロスカントリーコースで開催される。今年は、UKクラブ・ジャズの立役者ジャイルス・ピーターソン、シカゴ・ハウスのレジェンドのロン・トレント、〈ハイパーダブ〉のコード9新世代ディープ・ハウスを代表するChaos In The CBDほか、全18組の豪華メンツ。また、DJ Nobuがキュレートする「Red Bull Stage」の2日間の注目。
 以下、オーガナイザーの土谷正洋氏に訊いてみました。

あらためてRDCのコンセプトを話してください。

RDC:Beyond Space And Timeをコンセプトにしています

企画していくうえで、今回、とくに意識したことは何でしょうか?

RDC:15周年を終えて、会場は同じながらも出演者の部分は新しくもあり、かつRDCらしさを考えてブッキングしました。

今回、RDCとしてあらたな挑戦があったら教えてください。

RDC:こちらもブッキングについてですが、ずっと2日目のRDC StageのトリをDJ NobuのB2B企画を2016年から行ってきましたが、今年はDJ Nobu Curatesとして深夜のRed Bull Stageで行うところは新たな挑戦と言えると思います。

 とにかく、最高のロケーションと最高の音楽が最高のヴァイブを創出することでしょう。行かれる方はぜひ、地元の金目鯛を食べてください。

Rainbow Disco Club 2025
日時: 2025年4月18日(金)9:00開場∕12:00開演〜4月20日(日)19:00終演
会場: 東伊豆クロスカントリーコース特設ステージ(静岡県)

出演(AtoZ):
〈RDC STAGE〉
Antal
Chaos In The CBD
Dita & Gero
Eris Drew & Octo Octa
Gilles Peterson (5-hour set)
Kikiorix
Kuniyuki & Xiaolin (live)
Ouissam
Palms Trax
Ron Trent
Sisi
Sound Metaphors DJs

〈RED BULL STAGE〉
DJ Nobu b2b Batu
Fullhouse
Kode9、Logic1000、Verraco、Woody92

〈VISUAL〉
REALROCKDESIGN C.O.L.O
KOZEE
VJ MANAMI

〈LASER & LIGHTING〉
YAMACHANG

オフィシャルサイト:
http://www.rainbowdiscoclub.com

Shinichi Atobe - ele-king

 真夏の草原で聴いたらさぞかし気持ちの良さそうな、一筋の涼風のようなテクノ・アルバム。昨年末リリースされた跡部進一の通算6枚目のアルバムである。
 十数年のブランクを経ての怒濤の作品リリース──2001年にべーチャン後継レーベル〈Chain Reaction〉から「Ship-Scope」(後に〈DDS〉からも2015年に再発)でデビューの後、リリースもなく約15年近くその存在は謎とされてきた(ちなみに〈Chain Reaction〉からは釣哲生なる日本人アーティストのマトリック名義の作品もある)。その後、時は巡り、2010年前後のミニマル・ダブの復権ならびにインダストリアル~ダーク・アンビエントへの拡張に、一定の影響を及ぼしたマンチェスターの〈Modern Love〉を率いるダムダイク・ステアによってシーンへと呼び戻され、2014年にまさかの新作にしてファースト・アルバム『Butterfly Effect』を彼らが率いる〈DDS〉からリリースした。以降、同レーベルを拠点に、十数年の不在を取り戻すかのようにコンスタントに、アルバム単位で作品をリリースし続けている。
 ダンスというよりも、比較的アブストラクトな雰囲気のファースト・シングル「Ship-Scope」。その意匠を引き継いだ感覚の、淡い靄のかかったダブ・テクノ~ダウンテンポの『Butterfly Effect』での復活から、数枚のアルバムを経てその作品性は、リリースをするたびに徐々にテクノ~ハウスのグルーヴを強めていっている。中でも『Yes』(2020年)から『Love Of Plastic』(2022年)へと連なる作品の流れは、特有の繊細なダブ処理はそのままに、どこかアブストラクトで内省的なダブ・テクノから、より軽やかなサウンドで、外へ外へと、流麗なハウスのグルーヴでもって滑空してみせるかのような、そんな変化を見せている。ここ最近としては、2024年4月に極めて高いクオリティのテクノ・トラックを携えた12インチ「Ongaku 1」を同じく〈DDS〉からリリースしている。

 前作『Love Of Plastic』の2年後にリリースされた本作、やはり圧倒的なのはアルバム1枚の作品としての統一されたすばらしい完成度があり、そして音楽性としてはダブ・テクノのなかに、新たに小気味いいライトなサウンド・フィーリングを示した作品と言えるだろう。『Love Of Plastic』でものにしたアトモスフェリィックなディープ・ハウスのグルーヴを土台として援用しながらも、サウンド的にはよりテクノのシンプルな魅力──シンプルなリフとミニマルなリズムの効果的な構造から生み出される強固なグルーヴにフォーカスすることで体現したサウンドと言えるだろう。
 清涼感のあるシンセ・リフがエコーとともにハウス・グルーヴの上を駆け抜けていく“SA DUB 1”にはじまり、ダビーながら重すぎないミニマル・テクノ“SA DUB 2”~“SA DUB 3”、鮮やかな電子音の応酬から、後半に挿入される上下するベース・ラインがファンキーな“SA DUB 4”まで。アルバム前半部の楽曲構成もリスニング成分と、ダンス・グルーヴの心地よさが絶妙なる塩梅のバランス感覚でむしろ小憎らしいほどに心地よい。唯一のビートレスで、アルバム中盤のフック(LPならB面の1曲目)となる“SA DUB 5”は、サイケデリックなエコーで渦を巻く電子音とベースラインのやりとりがいつしかコズミックなアシッド・サウンドへと展開していく。硬質なダブ・テクノ“SA DUB 6”、クラックルノイズとまろやかなダブ処理が、まどろみのように展開する“SA DUB 7”。そしてラストは“SA DUB 8”、グッとBPMを落としたアルバムのラストを、ドラマチックに美しく描いて締める。クリアなサウンドと力強くグルーヴするリズム、そしてシンプルなリフで、「上げすぎない」高揚感のキープは目指したトラックたちは、これまでの作品に比べてもより1枚の作品としてのサウンド・フィーリングの統一感が増していと言えるだろう。ダブ処理はあくまでも、リフや展開、楽曲を引き立たせるための要素で、その感覚は、ザ・デトロイト・エスカレーター・カンパニーの諸作や、誤解を恐れずに言うならば、どこか初期レイ・ハラカミの、その作品のデレイ~エコー感を彷彿とさせる瞬間もある。ある種の麻酔的な音響処理というよりも、音色の一部といった方がそのエコーの存在はしっくりくる。
 ある種のステレオタイプのべーチャン・フォロアー的なミニマル・ダブ / ダブ・テクノではなく、新たなスタイルの軽やかなダブ・テクノの、そのアルバム作品としてひとつの新たな完成形と言える作品ではないだろうか。

Sonoko Inoue - ele-king

 昨年リリースされたアルバム『ほころび』が話題を呼び、第17回CDショップ大賞2025入賞を果たしたシンガー・ソングライターの井上園子。その最新ライヴ映像が公開されている。
 今月3日、青山の「月見ル君想フ」でおこなわれたパフォーマンスで、ギターに長尾豪大(ModernOld)、ベースに大澤逸人、ドラムにgnkosaiを迎えたバンド編成での演奏だ。弾き語りスタイルが印象的だったアルバムとはうってかわり、「ブルーグラスであれば何でも好き」と主張する彼女のまた新たな一面を垣間見させてくれる映像といえよう。
 3月から4月には大阪・京都・兵庫、愛媛、神奈川~東京での公演が控えているので、お近くの方はぜひ。3月19日には『ほころび』のLPもリリースされます。

すべての門は開かれている――カンの物語 - ele-king

クラウトロックの巨星、カン
そのすべてを描いた大著
ここに奇跡の完訳刊行が実現!

20世紀でもっとも重要な実験的グループであるCan。戦後ドイツという特殊な政治環境のなか、高度なクラシックの教育を受けたふたりのメンバーがドイツでは指折りのジャズ・ドラマーと出会い、そしてメンバーの教え子だった若いロック青年を誘って1968年にケルンで生まれたロック・バンド――その影響がポップの領域に浸透するのに20年を要したとはいえ、カンは、パンク、ポスト・パンク、アンビエント、エレクトロニカの直接的なインスピレーションの源だった。

関係者にできる限り取材し、同時に英国、ドイツ、フランスに残されたあらゆる資料を参照し、元『ワイヤー』の編集長が描いたカンの評伝。

カン誕生の背景にあった60年代ドイツのカウンター・カルチャー、元親ナチだった親の世代への強烈な反発心、テリー・ライリーやラ・モンテ・ヤング、ダルムシュタット夏季現代音楽講習会とジョン・ハッセルとの出会い、シュトックハウゼンの教えとその人柄、カン結成以前のクラシック音楽家時代のイルミン・シュミットの作品、カンを名乗る前から映画のサウンドトラックを含むカンの全作品の詳細な解説、カンの当時の経済状況、ダモ鈴木やマルコム・ムーニーらの歌詞の考察、ダモ鈴木の国外追放騒動時におけるシュトックハウゼンたちの協力、カンはドラッグをやっていたのか、そしてメンバーたちの死別、等々……これ以上ないであろう完璧な「カンの物語」がここにある。

そして本書の第二部には、カンを尊敬するミュージシャンやアーティスト、あるいは盟友たちが集結し、カンや芸術についてイルミン・シュミットとともに語る。登場するのは、盟友ヴィム・ヴェンダースをはじめ、プライマル・スクリームのボビー・ギレスピー、ポースティスヘッドのジェフ・バロウ、故マーク・E・スミス、カールステン・ニコライ、アレック・エンパイア、ピーター・サヴィル、ジョン・マルコヴィッチ等々。

2018年に刊行され、『ガーディアン』から「知的なバンドについての知的な本」と称賛された決定的な大著、待望の翻訳。未発表写真も多数掲載。

A5判/480頁

『すべての門は開かれている カンの物語』刊行のお知らせ

目次

第一部 すべての門は開かれている

1 人造機械が見た夢(序章)
2 騒乱宣言
3 愚痴は発明の母
4 よりよい機材を備えた城
5 ロックに向けての最後の一蹴
6 火の盗人たち
7 33rpmの真実
8 深みに嵌って
9 魔女級の驚き
10 調和する音
11 霧のなかの彷徨い人
12 永久運動
13 危なげな着地
14 もっと欲しい
15 人工ヘッド・ステレオ
16 カンは自らを喰らう
17 最後の儀式
18 遠くに未来が広がっている

註釈
参考文献一覧
謝辞

第二部 カン雑考

登場人物

Ⅰ 手をテーブルの上に
Ⅱ 私の手記より
Ⅲ 風景に張り巡らされた、神経の鎖
Ⅳ 映画音楽
Ⅴ リュベロン

索引

[プロフィール]
【著者】
●ロブ・ヤング
元『Wire』編集長。英国フォーク史を描いた『エレクトリック・エデン』をはじめ著者は多数あるが、最近は元ブラーのグラハム・コクソンの自伝にも寄稿している。
●イルミン・シュミット
カンのオリジナル・メンバーで、唯一の生存者。この本の二部にはイルミン・シュミットの日記、エッセイ、音楽論も収録されている。
【原書編者】
●マックス・ダックス+ロバート・デフコン
マックス・ダックスはジャーナリストで、アート・キュレイター。『Electronic Beats Magazine』と『Spex』の編集長も務めた。ロバート・デフコンは作家、アーティスト、そしてミュージシャン。2005年、両者でバンド、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの口述歴史『No Beauty Without Danger』を出版している。共にベルリン在住。
『すべての門は開かれている カンの物語』の第二部「カン雑考」は、ダックスとデフコンによる編集で、イルミン・シュミットとダックスによるインタヴューなどが掲載されている。

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