「!K7」と一致するもの

釈迦坊主 - ele-king

 この記事を書くにあたって、釈迦坊主について調べていて驚いてしまった。作品のレヴューらしいレヴューが存在せず、表向きにはほとんど語られていない状況になっているのだ。SNSやYouTubeのコメント欄を見てみても、語りの多くはネタ化されたものばかりで、釈迦坊主という人物は、どこか口承でしかニュアンスが伝えられない奇妙な存在になってしまっている。確かに、彼のリリックやサウンドは意味にも物語にも回収できない断片の集積に近いし、それゆえ、言葉で語ろうとするとかえってその音楽が持つ輪郭がこぼれ落ちてしまう気もする。語りにくいというより、語ろうとすればするほど、感覚がするりと逃げていくようなタイプなのだと思う。とはいえ、「アンダーグラウンドの神」などという安易な枠に押し込んで長らくすませておくのもいかがなものか──だからこそ無粋を承知で、彼の打ち立ててきた偉業を振り返りつつ、およそ7年ぶりとなる(!)アルバム『CHAOS』について書き残しておきたい。

 まず結論から言うと、釈迦坊主のすごさとは「先駆性」である。だからこそ、それは「いま」語られなければならない。彼が切り拓いてきた感性や手法はいまや多くのアーティストが当然のように身につけており、それが当たり前ではなかった時代に、先んじて形にしていたのが彼だったからだ。

 筆頭に挙げられるのは、精神世界とサブカルチャーを結びつけるような美学の展開だろう。アルバム『HEISEI』(2018年)などで表現されていたアンダーグラウンドとスピリチュアルを橋渡しするようなアプローチは、「病み」「闇」「天使」「瞑想」「死生観」といった形に変容したうえで、2020年代のオルタナティヴ・ヒップホップにおいてもはや前提の共有テーマとなっている。しかも彼の場合、自らトラックメイキングを手がけてきたという点も重要だ。それもいまとなっては特段珍しいことではないが、釈迦坊主は早熟なトラックメイカー兼ラッパーとして、クラウド・ラップ~トラップ~アンビエントを横断しながら、自身の感性をオカルト的宗教性へと結びつけてきた。当時としては先駆的であり、クラウド・ラップ~トラップ〜アンビエントを横断するビートに詩的で断片的なリリック、エフェクトのかかった声が重なり、トラックとラップの分業制では生まれえない美学先行のアウトプットを実現していた。あのとき異端とされていたものが、いまでは感覚的なスタンダードになっているというわけだ。

 さらに画期的なのは、そういった感覚を場所性と接続させてきた点である。元ホストという出自の延長線上として作品を新宿・歌舞伎町と重ね合わせ、青年と都市の境界線的なまどろみを表現してきたことはもちろん、彼の自主企画〈TOKIO SHAMAN〉が果たしてきた功績も語り尽くせない。初期の頃、Tohjiらとともに作り上げていたあの空間は、個人という枠を超えたある種の思想・集合体としての文化的磁場だった。言うまでもなく、前者はトー横キッズ的トライブの感性へ、後者は多様なオルタナティヴ・パーティ文化へと、それぞれ形式を膨らませている。

 こうした彼の先駆的試みは、「神秘性の再発見」とも言うべき現在の動きと地続きだ。宗教的な信仰というよりは、魂や霊、宇宙、死後といった目に見えないものへの畏れ・憧れ、自分という存在の輪郭が溶けていくような体験、またはそれを求める欲望──によって、自己を定義していくこと。それは、「私とはまだわからない存在」であり「何かとつながっていて変化しうる存在」であるという、未定義性の肯定である。そういった2010年後半を起点とした潮流が、いま実を結びはじめているのはとても興味深い。先日のTohjiのアリーナ単独公演の成功はその物理的・動員的な到達点だと言えるし、今回の釈迦坊主のアルバム・リリースは、預言者としての帰還とも言えるだろう。

 そう考えると、アルバム・タイトルが『CHAOS』であり、音楽性も混沌としているのは、「未定義性の肯定」が釈迦坊主流に爆発した結果だと言える。ダンス・ミュージックの要素が強まったものの、躍れる曲がほとんどないというのも重要だ。ただただドラッギーに鳴る、彼の内的宇宙がそのまま詰まったようなサウンドは、現行シーンを騒がせているエレクトロの再燃やハイパーポップ的BPM感とは明らかに異なるアンサーとして、オーディエンスを「躍らせる」というよりも「溶かす」役割を果たしているように見える。捻じれたダンス・ミュージックを密度低い音数で表現することによって80sニューウェーヴの香りも漂っているし、エロ・グロ・ナンセンスのなかに突如ふと「愛」や「祈り」といった言葉が挿入される歌詞も含めて、どこか90s後半のBUCK-TICKらヴィジュアル系バンドのルーツも感じられる。どの曲も冗談とマジが次から次に押し寄せる展開の中で、ふと優し気な歌を聴かせる “Metropolis” などは、不意打ちの感動だ。解釈よりも没入が先立ち、意味と無意味を交互に織り成すことによって「この世」と「あの世」を行き来する、まさしくそれが本作の醍醐味。釈迦坊主が提案するのは「踊ろう」というアクションではなく、「踊るとはどういうことか?」「ダンス・ミュージックとは肉体的なものなのか、精神的なものなのか?」「そもそも私は何者なのか?」といった問いかけなのかもしれない。

 ゆえに、2025年の派手なビートの喧騒のなかにおいて、『CHAOS』は静かな中毒性を持つ作品であると言えよう。ここには、わかりやすいフックや爆発的な展開はない。音のアタックや音圧よりも余白が際立ち、空間と残響で構築されている。ラップはあくまでトラックと一体化していて、ヴォーカルが主役という構造にはなっていない。釈迦坊主というアーティストは、やはりラッパーである前にトラックメイカーなのだと改めて思うし、「曲」というよりも、「状態」としてデカダンスな音が存在している。そう考えると、音像の演出美学にも、やはり一部のアヴァンギャルドなヴィジュアル系の影響を感じ取ってしまう。本作は一見するとヒップホップの形式を取っているが、その深層にはニューウェーヴ寄りのヴィジュアル系が持っていた幻想性と退廃美が脈打っているのだ。ポスト・ヴィジュアル系を体現する(sic)boyとの共作 “Agares” は、その象徴のような楽曲だろう。

 つまり『CHAOS』は、2020年代のオルタナティヴ・ヒップホップが持つ神秘性の再発見という動きを回収しながら、未定義性の肯定をさらに突き詰め、釈迦坊主自身のルーツのひとつであるヴィジュアル系にまで遡行する作品として聴くことができる。この国の30年にわたるサブカルチャーを見通すような視座こそ、彼が「アンダーグラウンドの神」と呼ばれる内実なのだ。

Lust For Youth & Croatian Amor - ele-king

 2025年の2月6日〈Posh Isolation〉の終了が発表された。16年間の歳月に渡る活動の終わり、コペンハーゲンでクリスチャン・スタズガードとローク・ラーベクによって設立されたレーベルが送り出す電子音楽はどこか未来的で儚さを感じるような美学があった。いつの間にかリリースがなくなり自然消滅的になくなってしまうレーベルも少なくないなかでこうやって区切りがつくというのはある意味で幸せなのかもしれない(少なくともこんな風に考える時間と機会が与えられるのだから)。このニュースを見て寂しく思うのと同時に移ろいゆく時の、もののあわれを感じた。それは〈Posh Isolation〉がリリースしていた音楽にもあった美しさなのだと思う。2010年代を振り返ろうとしたならば、僕の頭にはきっと間違いなく〈Posh Isolation〉のことが浮かぶだろう。10年代の半ば、アイス・エイジのエリアス・ベンダー・ロネンフェルトのプロジェクト・マーチングチャーチにCTM、コミュニオンズ、メイヘイムでスタジオを共有していたコペンハーゲンのギター・バンドのシーンから入って、そこからレーベル・オーナーであるローク・ラーベクのクロアチアン・アモールラスト・フォー・ユースのハネス・ノーヴィドとフレデリック・ヴァレンティンのユニットKYO、ソロとしてのフレデリック・ヴァレンティンらの電子音楽の方に流れるというようなルートで自分は〈Posh Isolation〉に触れ、新たな領域が接続されるように音楽的嗜好が広がっていった。硬く繊細な電子音楽とギターバンドからこぼれ落ちた感性を拾い上げたような音楽がそこにはあったのだ。
 コペンハーゲンのシーンとサウス・ロンドンのインディ・シーンの類似性を指摘されることもあるが、いまこうやって考えてみるとやはり似たところがあったのかもしれない。〈Posh Isolation〉の美学と姿勢はロンドンの〈Slow Dance Records〉に通じるところがある。電子音楽とギター・ミュージックの両方が境目なくそこにあり、電子音楽作家であるレーベルの創始者のひとりがポップ・ミュージックを奏でるギター・バンドに参加しているというのも同じだからなおさらだ。

 クロアチアン・アモールことローク・ラーベクはかってラスト・フォー・ユースのメンバーだった。2014年『International』と2016年『Compassion』この2枚のアルバムのリリース時ローク・ラーベクは確かにそこにいたのだ。甘さと切なさが混じったようなシンセ・ポップ、あるいはセンチメンタルなダンス、そのどちらのアルバムも色あせない青春の記憶が封じ込められたような音楽だった。そうしてロークが自身の活動に専念するために袂を分かった。その後それぞれの活動を続けるなかで2023年のシドニーのオペラハウスでの公演をきっかけにラスト・フォー・ユースのハネス・ノーヴィド、マルテ・フィッシャーのふたりと再び音楽を作るようになったのだという。しかしなぜ再びラスト・フォー・ユースのメンバーに加わるのではなくクロアチアン・アモールとして共作名義の音楽を作ろうとしたのだろう? アルバムを聞く前にそんなそんな疑問が浮かんだが、しかしアルバムを聞いた後ではそうするのが当然だと感じられた。なぜならアルバムのコンセプトがまさにクロアチアン・アモールとラスト・フォー・ユースを結びつける感覚そのものだったからだ。

 1977年に打ち上げられた2機のボイジャー探査機に搭載されたゴールデン・レコード、地球外知的生命体や未来の人類が見つけて解読することを期待し作られたそのレコードにインスピレーションを得て制作したという本作『All Worlds』はまさにかつてそこにあった世界の記録の音楽といった様相をていしている。ここにあるのは、ひとつひとつが独立した10の世界の断片のその記録だ。クロアチアン・アモールの美しく硬いオーロラのようなサウンドスケープにラスト・フォー・ユースのセンチメンタリズムが載る。電子の海にポップネスと物語性が加えられ、メランコリックな青春に記憶のヴェールがかけられる。両者の良さがそのまま出て、かつテーマに沿って補完されたようなこのアルバムは理想的なコラボレーション・アルバムだろう。記憶の断片をつなぎ合わせたような不鮮明なアンビエントのサウンド・コラージュ “Light In The Center”、アルコールが抜けかけた夜明け前の陰鬱で感傷的なダンス “Kokiri”、これまでのラスト・フォー・ユースの色がより濃く出ている影のあるリゾート・ディスコの祝祭 “Dummy”、アルバムの楽曲のジャンルはバラバラで統一感には少しかけるが、しかしそれがかえってゴールデン・レコードのコンセプトを際立たせている。「私たちの死後も、本記録だけは生き延び、皆さんの元に届くことで、皆さんの想像のなかに再び私たちがよみがえることができれば幸いです」ボイジャー計画のジミー・カーターの言葉のように『All Worlds』はヘッドフォンのなかに遠く離れた世界の記憶を浮かばせる。記憶のチップを差し込み、誰かが生きた日々を再生するSF映画のような未来の出来事、ラスト・フォー・ユースとクロアチアン・アモールの3人が作り出したこの音楽はそこにある世界がここには存在しないという薄ぼんやりとした喪失感を伝えてくる。だけどもそれは決して不快な感覚ではない。柔らかい光に包まれた終焉の音楽は同時に新たな始まりを感じさせる希望の音楽でもあるのだ。寂しさはあるが、その先にある未来の世界を夢見ている。ある意味でこれは時を隔てた10年代のコペンハーゲン・シーン、あるいは〈Posh Isolation〉の時間を締めくくるようなアルバムなのかもしれない。

Special Conversation - ele-king

 この春、発売された編集者・伊藤ガビン(61歳)によるエッセイ『はじめての老い』。本書は、薄毛や老眼、ブランコが怖い、筋力の低下や免許の返納について、らくらくホン問題、老害側に立って見えてきた景色……。60代を手前に、自身の体から刻々ともたらされる身体的・感覚的な老いによる変化をつぶさに見つめ、驚き、記録したもの。ポジティブ/ネガティブといった二極化で老いを語るのではなく、俯瞰した視点で老いを綴ったnoteの連載に、書下ろしを加えたエッセイです。
 今回は、本の発売を記念して25年来の付き合いであり、帯にコメントを寄せてくれたマンガ家のタナカカツキ氏(58歳)と伊藤ガビン氏のオンライン対談を実施。本が立ち上がるきっかけとなったnote版「はじめての老い」の題字を担当するなど、ガビン氏とは前からの間柄だからこそ話せる老い以前/以後のこと、人生をどう終えたいかなど……前期高齢者(65歳~)という区分が迫りつつある初老の2人が語ります。
 「年を重ねて体力も気力もますますパワーダウン」!

タナカカツキ
1966年、大阪府生まれ。85年に小学館『週刊ビッグコミックスピリッツ』誌にて新人漫画賞を受賞し、マンガ家デビュー。89年、初のマンガ単行本 『逆光の頃』を刊行。主な著書に『オッス!トン子ちゃん』、『サ道』シリーズ、天久聖一との共著『バカドリル』シリーズなどがある。また、カプセルトイ「コップのフチ子」の企画・原案も手がけるほか、水槽内に水草や流木、石などをレイアウトして楽しむ「水草水槽」の第一人者。近著に『はじめてのウィスキング』がある。『はじめての老い』note版の題字を担当し、書籍では帯の推薦コメントを担当。

伊藤ガビン
編集者/京都精華大学メディア表現学部教授
1963年 神奈川県生まれ。学生時代に(株)アスキーの発行するパソコン誌LOGiNにライター/編集者として参加する。1993年にボストーク社を仲間たちと起業。編集的手法を使い、書籍、雑誌のほか、映像、webサイト、広告キャンペーンのディレクション、展覧会のプロデュース、ゲーム制作などを行う。またデザインチームNNNNYをいすたえこなどと組織し、デザインや映像ディレクションなどを行う。主な仕事に「あたらしいたましい」MVのディレクション、Redbull Music Academy 2014のPRキャンペーンのクリエイティブディレクションなどがある。また個人としては、201年9あいちトリエンナーレや、2021年東京ビエンナーレなどにインスタレーション作品を発表するなど、現代美術家としても活動。編著書に、『魔窟ちゃん訪問』(アスペクト)、『パラッパラッパー公式ガイドブック』(ソニー・マガジンズ)など。現在は京都に在住し、京都精華大学の「メディア表現学部」で新しい表現について、研究・指導している。近年のテーマに自身の「老い」があり、国立長寿医療研究センター『あたまとからだを元気にするMCIハンドブック』の編集ディレクション、日本科学未来館の常設展示「老いパーク」に関わるなど活動範囲を広げている。


60代といえども我々はまだ働かなきゃならないわけですし ——タナカカツキ

そうですね、『はじめての老い』も、ある種のサバイバル戦略として書きはじめましたものではありますからね ——伊藤ガビン

文章の大天才がついに動き出した!


はじめての老い
伊藤ガビン(著)

Amazon

伊藤ガビン(以下ガビン):帯のコメントありがとうございました。カツキさんが帯に「文章の大天才が動き出した!」と書いてくれたことに驚きました。内容やテーマではなくそこを褒めるんかーい! となりました(笑)。余談ですが、最初amazonに本の紹介文が載ったときは「大天才」ではなく「天才」って書かれてたんですよ。それで版元に「あのー、カツキさんの帯文では“天才”ではなく、“大天才”なんですけど」と自ら訂正した経緯があって……え、何だこの時間? 自分に「大」を付ける時間がやって来るとは! とちょっと面映ゆかったです(笑)。自分では「文章の大天才」とは思っていないですしね。

タナカカツキ(以下カツキ):ガビンさんは文章の人ですよ。この本にしたって「老い」はモチーフじゃないですか。ガビンさんが書くなら何だって絶対に面白くなるから。もうね、私的には、『はじめての老い』はやっと大きな山が動いた! と感激していますよ。これまで表に出てこなかった大天才がやっと単著を出したって。これは世の中的にも大事件ですよ!
 とにかくこの記事を読んでいる人に言いたいのは『はじめての老い』が発売に至った背景には長い歴史があるってことです。知り合って25年、ガビンさんの仕事を近くでみてきましたが、いろいろなプロジェクトはやってきたけれど単著だけは書いてこなかった。本のあとがきに、noteを始めた理由は嫁に言われたからとありましたけども。本当にそれこそ私も、ずいぶん前から散々、これだけ文章がうまいんだから書いてくださいよ! とすすめてきましたし、周りからもずっと言われ続けていた。それはある意味ガビンさんの中で、単著を出すというのは大切にしてきた部分でもあったはずです。だからこそ、そうやすやすと書いてこなかった。それがこの度、ようやくまとまった1冊の本になったことは、本当に世の中的にも大事件だなと。

ガビン:はい。やっと出しました。これは言い訳になっちゃうけど……自分の性格的なのかなんなのか、自分のことを後回しにしちゃうんですよ。たぶんそれを理由としたモラトリアムなんだと思うけど。ここ10年は、定期的に文章を書いて発表をすることから離れていたので、3年前にはじめたnoteは久々に取り組んだ文章の連載だったんですよね。
 それで久しぶりに腰を据えて文章を書こうと思ったときにテーマをどうするか、どんな文体にするかはいろいろ考えたんです。で、あれこれ考えて、なんというか80〜90年代の自分が非常に影響を受けた文章のスタイルについて考えたような、そうでもないような。僕の文章には明らかに昭和軽薄体の影響があるし、自分はそういう風にしか書けないっていうのもあるのに、なんか、世の中的にはなかったことになっているなというのはあって、そういう文章は書きたいと思ったんですよね。そんな経緯があり、いままで共著とか編集者としてはいろいろと本を作ってきたけれどソロ・アルバムを出すタイミングが来たってことですね。で、本を出したからにはこれから執筆活動を活発にしなきゃいけないんですけど、どうしよう(笑)。

カツキ:60代といえども我々はまだ働かなきゃならないわけですし。

ガビン:そうですね、『はじめての老い』も、ある種のサバイバル戦略として書きはじめましたものではありますからね。ちなみに本にはカツキさん絡みの話もいろいろ書いているんですよ。戸田誠司さんの「濃霧が来るぞ」っていう発言もカツキさんと一緒にいたときの話だし。

カツキ:立ち会っていましたね(笑)。

ガビン:戸田さんが急に40代は濃霧が来るって言い出して、2人で「えっ、濃霧?」って顔を見合わせたよね(笑)。これは最終的には書きませんでしたが、カツキさんのお父さんのお話に影響を受けて、「カツラ」について書く予定もあったんです。「おもてなしとしてのカツラ」ってタイトルで。昔カツキさんが話していたじゃないですか。家で寛いでいたらお父さんがおもむろにカツラを脱いで机の横に置いてびっくりしたって話。

カツキ:ありましたね。あれは50年ぐらい前の話かな。当時、弟はまだ1歳で上手に発語はできないし、主語も述語もめちゃくちゃだった頃です。そんな弟が、目の前でカツラを脱ぐ父の姿を見て、「髪の毛ちょっとしかないね」って(笑)。人生で初めてちゃんとした文章になっている言葉を口にしましたから。あまりの衝撃で言語野に電気が走ったのかもしれない。

ガビン:いい話。

カツキ:そもそもなぜ父がカツラだったかというと、当時うちの父親はシャンプーやコンディショナーなどを、美容院に卸す美容業界の仕事をしていたんです。それなのに、髪が薄いと自分が営業している商品の信用にも関わるじゃないですか。

ガビン:取引先も「地肌にいいシャンプーなんですね(お父さんの頭に視線がいって)……???」ってなるよね。

カツキ:そう、信用がない(笑)。「お前が地肌にいいシャンプーを売っているのか」ってツッコまれちゃう。だからあくまで父としては、仕事のためにかぶっていたカツラだったんですけど、当時にしてはすごく自然な仕上がりで、至近距離で見ても絶対にバレないぐらいいい商品だったんですよね。なんでも、仕事の縁で知り合ったカツラメーカーに勤める友人のコネがあって、当時の新技術をつぎ込んだカツラ産業の黎明期の産物みたいなサンプルを特別にもらったそうです。今では当たり前かもしれませんが、白髪が絶妙なバランスで混ざっているカツラでしたから。

ガビン:50年前の話ですもんね。当時、カツキさんからその話を聞いたときは、世の中的にはまだカツラは揶揄の対象でしたよね。でも、もしかしたら自分の美的センスのためではなく対社会とか業務を円滑に進めるためにとか、礼儀として使っている人はけっこういるんじゃないかと思ったんです。まあそんな感じで、これまでカツキさんと交わしたいろんなやりとりから生まれた文章が、本の中にけっこう入っているよって話です。
 一応、読者のために、我々がどういう関係かを話しておくと、いやべつにそんな特別な関係って言うわけでもないですけど(笑)。2人で初めて会ったのは30代の頃、僕がカツキさんの仕事を知っていて、いつか一緒に仕事するかもしれないなーと思っていたんだけど待てど暮らせど誰も紹介してくれないんですよ(笑)。で、「どうせいつか会うやろ」っていうことで、友人からカツキさんの連絡先を聞いて僕から直接連絡したんですよね。渋谷で2人で会いましょうって言って、初めて会って、なんかそのまま卓球しましたよね。

カツキ:初めて2人で会ったその日にね。

ガビン:カツキさんはすごく卓球していましたよね、その頃。

カツキ:2000年ぐらいでしたっけ?

ガビン:無言で卓球して、それを機にそれで僕がやってるゲームのプロジェクトに入ってもらって、ゲーム制作っていうことで毎日顔合わすようになり、気が付けばカツキさんの弟子筋の人たちもスタッフに入るようになり……。それがどんどんつながっていって、なんなら今も一緒に仕事していますしね。

カツキ:僕はもともと、純粋にガビンさんのファンだったんです。ガビンさんがやっている展覧会とかも見に行ったりしてて。それに当時、自分の読んでいる本とかにも名前が出てきますからね。だからそれで、なんとなくどんな人なのかイメージはできてたんですよ。だから、初めて2人きりで会うといってもいきなり旧知の感じでできないかな、って思って(笑)。

ガビン:それで初対面で卓球(笑)?

カツキ:同級生と久々に再会したぐらいの感じで(笑)。実際そんな感じだったよね?

ガビン:お互いに、どんな人でどんな仕事をしていて、何が好きで、好みとか嫌いなものとか、なんとなく自分と方向性が一緒というか、気が合うぞっていうのは、本とかで読んでいるからもう分かっていたから。

カツキ:初めて会ったのにもう「よそよそしい感じはやめましょう」ぐらいの(笑)。

ガビン:時間のムダですもんね。探り合いはショートカットで。僕は普段、完全に社交性ゼロの人間なんですけど、カツキさんのような「いずれ会うやろ」っていう人には直接会いに行くんですよ。まあその渋谷で卓球をした日から本当に毎日のようにいろいろ一緒にやっていた。ジャグリングしたりね。VJチームでLA行ったり。アレいまにして思えば一体なんの時間だったんだっていう。それで、これちょっと老いの話に関係あるかもしれないと思って思い出したのが、あの頃、カツキさんって年を上にサバ読んでましたよね?(笑)アレなんだったんですか?

カツキ:そうそう(笑)。あの頃、ちょっとだけサバを読んで35歳を38って言ってましたね。そうすると実際に38になったとき、「あれ? まだ38か」って心持になるから。対外的に貫禄を出すためとかじゃなくて、あくまで自分の心構えとしてサバを読む。

ガビン:ちょっとした老いへのシミュレーションね(笑)。その話もだし、カツキさんはもともと自分の人生の全体像を俯瞰するところがありますよね。子どものころにマンガ描き始めたのも晩年の回顧録のためなんでしょう?

カツキ:自分の回顧展をやる体でいろいろ作品を残してましたね、幼い頃から。

ガビン:人生を俯瞰してるところありますよね。人の人生まで俯瞰してるでしょ? なんとなく苦手な人と対峙しないとならない時、相手を勝手に「生前のこの人」ってテイにしてましたよね。「あー、このひとは嫌なやつだったけど、もう亡くなっちゃったしな……」みたいな視線で(笑)。サルバドール・ダリが相手の頭の上にうんこを乗せていたように。

カツキ:いや、鳩ね。

ガビン:あれ、うんこじゃなかったっけ? 俺、最近も何回かうんこって言っちゃってるかもしれない(笑)。

カツキ:鳩を頭と接着するときにうんこを使う……いや、フクロウだ! フクロウを乗せてさらに人を白塗りにするとなにも怖くなくなる、っていうことをダリは発見したんですよね。とまぁ横道にそれましたが、たとえ相手が嫌な奴でも、脳内で「生前の人」として受け止めたり、脳内イメージで相手の頭の上にフクロウを乗せたりすれば、大体のことは許せるというか。

ガビン:ビジネス書にかかれてない「なんとか思考」ですね。

カツキ:そうですね、ものごとをフラットに受け止めるライフハックとしてやってましたね(笑)。

ガビン:当時からお互いに今でいうメタ認知っていうか、いろんなことを俯瞰して考えてること、話していましたよね。たとえばすごく嫌な人から酷いことを言われて、怒らなくちゃいけないタイミングがあったとして、相手に怒りのメールを送る際にbccにカツキさんを入れたりとかしてました。関係ないのに。

カツキ:ccだと相手にバレちゃうからね。

ガビン:こっちとしてはカツキさんにメールを見てもらうことで、怒っている自分を一回俯瞰できるし他人事として見ることができる。「うわあ、この人本気で怒ってるわ」みたいな。そういえば一緒に会社やっていた人に送る決別メールも転送しましたよね(笑)。

カツキ:ありましたね。

ガビン:しかもそれはカツキさんに限った話じゃなくて、一時期、周りの人達に「怒っているメールがあったらちょうだい」と言ってメールを転送してもらっていました。第三者に感情が爆発したメールを送ることでその人への怒りをお焚き上げするみたいな。

カツキ:怒りを成仏できますからね。

ガビン:「嫌いな人誰?」って会話もよくしていましたよね(笑)。

カツキ:してた。好きな人じゃなくて嫌いな人の話。

ガビン:やっぱり「嫌いな人」って、ある種の同族嫌悪じゃないけど、どこかで自分と何らかの関わり合いというか被る部分があるから。そういったことをカツキさんと根掘り葉掘り聞きあったのはすごく面白かった。お互いの言動を俯瞰しながら観察して。

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老いに関してはこちらから何かアクションを起こさなくても、ただ待っているだけで、生活をしているだけで日々思いもよらなかった方向からいろいろ起きるから。その都度びっくりして、じっと観察をして、文章にする
——伊藤ガビン

もうね、サウナは15年ぐらいやっているけど、その間に体はどんどん老いていっているから正直なところ作業のペースは落ちていますね。でも今それをやってしまうと、身体がついていかなくなるし確実に後でガタがくる。
——タナカカツキ

加齢によってクリエイティビティは変化するのか


はじめての老い
伊藤ガビン(著)

Amazon

ガビン:クリエイティビティの話でいうと、正直どうですか? 僕はもうね、だいぶ枯渇しています(笑)。今はもう、枯渇したままどうやって生きるかっていうことですよね。今回、文章を久しぶりに書いて、もちろん原稿自体は書けるんだけど、特に面白いことは言ってないっていうか。本の中では路上観察という言葉を使っていますけど、基本的に自分を取材対象者に�

レコード収集、そして音楽文化を愛するすべての人に――
奥深きアナログ盤の世界にもう一歩踏み込むための案内

ストリーミング全盛の今日、他方でレコードが大いに脚光を浴びてもいる。
アナログ盤はなぜかくも音楽愛好家たちを惹きつけてやまないのか?
その買い方から聴き方、歴史、そして未来への展望まで、いまあらためてレコードならではの魅力を徹底解剖する!

・MURO、エヂ・モッタら究極のレコード・コレクターたちが語るその収集哲学
・レコード好きのライフスタイル
・海外レコード買い付け紀行
・未知なる場所での新たな1枚との出会い
・購入時のことが鮮明に記憶に残るレコード5選(JAZZMANジェラルド、マシュー・ハルソール、メイヤー・ホーソーン、坂本慎太郎、MOODMAN、角張渉、イハラカンタロウ、スヴェン・ワンダー、水原佑果、岡田拓郎、Licaxxx、塩田正幸、T-Groove、ほか)
・VINYL GOES AROUND PRESSING:プレス工場潜入レポート
・アナログ愛好家が営む異業種名店
・レコードにまつわる映画紹介
・コレクター道を極めるための心得
・ヴァイナルで音楽を楽しむためのオーディオ環境
など、さまざまな角度からレコードの魅力に迫る完全保存版ガイド。

菊判/160頁

目次

はじめに

MURO、いまあらためてレコード愛を語る――プレス工場見学からレコード遍歴、そしてコレクティングの現在(by 野田努)
エヂ・モッタ、インタヴュー――レコードは手にとって味わえる芸術作品(by Jun Fukunaga)

●#1 レコードを探し求めて
レコード買付は悲喜こもごも――とあるバイヤーのアメリカ紀行
あるレコード店主の一日 永友慎(Upstairs Records & Bar)
レコードを探しに訪れたインドネシアで起こった出来事 馬場正道(KIKI RECORD)
VINYLVERSEのアプリ/フィジタル・ヴァイナルの楽しみ方――ヴァイナル中毒者たちのコミュニティを創造する
鈴木啓志のレコード蒐集術――ネットもなく、レコード店も少なかった時代、音楽好きはいかにして情報を入手し、盤と出会っていたのか

●#2 購入時のことが記憶に残るレコード5選
ジャズマン・ジェラルド/MOODMAN/坂本慎太郎/マシュー・ハルソール/メイヤー・ホーソーン/角張渉/イハラカンタロウ/スヴェン・ワンダー/岡田拓郎/水原佑果/T-GROOVE/塩田正幸/Licaxxx/田之上剛

●#3 レコードの作り方
レコード・プレス工場見学記――VINYL GOES AROUND PRESSING(by 小林拓音)
78RPMレコードを作ってみました。~VINYL GOES AROUNDチームによる78回転への道 其の一~ 水谷聡男×山崎真央×イハラカンタロウ

●#4 レコードのもっと深い話
SP盤を集める魅力は戦前ブルースにあり 高地明
オリジナル盤入門――その魔力とディグのススメ 山中明
ライトハウス・レコーズ店主が語るオーディオが引き出すレコード体験の真髄(by Jun Fukunaga)
SL-1200がDJの定番機材になるまで――Technics×VINYL GOES AROUND特別座談会
針先に広がるスクリーン――レコードと映画の出会い 鶴谷聡平(サントラ・ブラザース)
美容室TANGRAMオーナー坂本龍彦が語る希少レコードと出会いの物語(by Jun Fukunaga)
BIG LOVE RECORDSオーナー、仲真史が追求するレコード店のあるべき姿(by Jun Fukunaga)
私的90~ゼロ年代レコ袋ガイド TOMITA
なんでこんなに不便なものに時間と金をかけ続けるのだろう 野村訓市

after talk レコードは飾りじゃない 水谷聡男×山崎真央×小林拓音
プロフィール

cover photo by SUGINO TERUKAZU (TONPETTY Inc.)

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
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大垣書店
◇未来屋書店/アシーネ *

* 発売日以降にリンク先を追加予定。

Shinichiro Watanabe - ele-king

 カマシ・ワシントンボノボフローティング・ポインツの起用でも話題の渡辺信一郎監督最新アニメ『LAZARUS ラザロ』。放送開始がいよいよ迫ってきている。4月6日よりテレ東系にて、毎週日曜夜11時45分から放送開始(各配信プラットフォームでも配信予定)。随時、公式サイトはチェックしておきましょう。

 なお、現在制作中の『別冊ele-king』は「『LAZARUS ラザロ』と渡辺信一郎の世界」と題し、同作を大特集。渡辺監督自身の超ロング・インタヴューをはじめ、監督のマニアっぷりが発揮された細野晴臣との特別対談も掲載予定です。カマシ・ワシントンやボノボに加え、サンダーキャットフライング・ロータスのインタヴューもあり。そちらは5月下旬発売、乞うご期待!

●期待高まるオープニング映像、曲はカマシ・ワシントン

●公式トレイラー、迫りくる世界の終わりを止めるには?



Chaos In The CBD - ele-king

 開催迫る〈Rainbow Disco Club〉への来日も発表されているエレクトロニック・デュオ、カオス・イン・ザ・CBDが2025年5月9日に待望のデビュー・アルバム『A DEEPER LIFE』を〈DUST WE TRUST〉よりリリース。Josh Milan(Blaze)、Lee Pearson Jr.、Stephanie Cooke、UKグライムのMC・Novelistなどを迎えた、未来のクラシックとも言える1枚に仕上がっているようだ。また先行シングルとして、新曲 “MARLBORO SOUNDS” が3月26日(水)に配信された。

 バレアリックなライフスタイルへのオマージュであるという本楽曲は、ニュージーランドのマールボロ・サウンズと、幼少期にそこで過ごした夏の日々にインスピレーションを受け制作されたとのこと。90年代イビサのチルアウト・ミュージックに特別な親和性を感じているというカオス・イン・ザ・CBDによる、軽やかさとダンスフロアのエネルギーが両立されたトラックだ。

 プレスリリースによればアルバム『A Deeper Life』も、本日配信の先行シングルと同様にバレアリックの精神性をキーにアンビエント、ソウルフル・ハウス、R&B、ジャズといった音楽的要素を融合した作品に仕上げられているとのこと。4月18日~20日の3日間、東伊豆で開催される〈Rainbow Disco Club〉でその一端に触れられるのだろうか。ぜひ目撃されたし。

label: DUST WE TRUST
artist: Chaos In The CBD
title: A DEEPER LIFE
format: Digital / LP / CD
release date: 2025.05.09

Tracklist:

1. Down By The Cove
2. Mountain Mover Ft. Alex Cosmo Blake
3. Maintaining My Peace Ft. Novelist & Stephanie Cooke
4. Tears Ft. Saucy Lady
5. Brain Gymnasium
6. I Wanna Tell Somebody Ft. Josh Milan
7. Ōtaki Ft. Finn Rees
8. Love Language Ft. Nathan Haines
9. A Deeper Life Ft. Isaac Aesili
10. More Time Ft. Lee Pearson Jr Collective
11. Tongariro Crossing Ft. Nathan Haines
12. Barefoot On The Tarmac
12. Marlboro Sounds
13. The Eternal Checkout Ft. Cenk Esen

https://chaosinthecbd.lnk.to/ADeeperLife

3月のジャズ - ele-king

Kuna Maze
Layers

Tru Thoughts

 クナ・メイズことエドゥアルド・ジルベルトはフランスのリヨン出身のDJ/プロデューサーで、現在はベルギーのブリュッセルを拠点に活動する。トランペット演奏をはじめマルチ・ミュージシャンとしてのトレーニングも積み、J・ディラフライング・ロータスガスランプ・キラー、ウェザー・リポート、サン・ラーらに影響を受け、ジャズ、ヒップホップ、エレクトロニカ、ブロークンビーツなどを取り込んだ作品を作っている。2020年に同じフランスのミュージシャン/プロデューサーであるニキッチことニコラス・メイヤーとの共同アルバムで注目を集め、以降は〈トゥルー・ソウツ〉を拠点に同じくコンビ作の『Back & Forth』(2022年)をリリースし、2023年にはソロ名義の『Night Shift』を発表している。『Night Shift』はスペイセック、ミドゥヴァ、レイネル・バコールなどのシンガーをフィーチャーし、ディープ・ハウスやブロークンビーツなどエレクトリックなクラブ・サウンド寄りのサウンドだったが、ジャジーなエレピやシンセの使い方に優れた才能を見せていた。

 『Night Shift』のリリース後は、自身のバンドと共にヨーロッパ各地のフェスやライヴで精力的に活動しており、このたび新作の『Layers』をリリースした。『Night Shift』とは異なり、『Layers』はライヴ・パフォーマンスから得た即興とエネルギーにインスパイアされたもので、ヴィクター・パスカル(ドラムス)、トマス・リヴェラ(キーボード)、イー・コリ・テイル(サックス)、サンディー・マーティン(コンガ)によるバンド編成でスタジオ録音に臨んでいる。そして、これまで以上に彼の中におけるジャズを深化させており、UKのジャズ・シーンからの影響も感じさせる。具体的にはカマール・ウィリアムズジョー・アーモン・ジョーンズモーゼス・ボイド、ヴェルズ・トリオといった、ジャズとハウスやダブ、ブロークンビーツなどを融合したフュージョン・タイプのアーティストで、ハービー・ハンコックやロニー・リストン・スミス、アジムスなどに代表される1970年代のエレクトリック・ジャズの遺伝子を受け継ぐ人たちだ。幻想的でスペイシーなキーボードからダイナミックなビートが始まる “Blacklash” や、重層的なエレピやシンセのレイヤーが印象的な “Layered Memories” は、そうした1970~80年代のアジムス・サウンドを彷彿とさせる作品だ。“Maina” はユゼフ・カマールの『Black Focus』を連想させるナンバーで、ブロークンビーツ調のリズミカルなリズムが前進する。“Scraps & Pieces” も同様にブロークンビーツ調のフュージョン・ファンクで、ディープ・ハウス的な “Blast” などと共に、ダンス・ミュージック・プロデューサーとしてのクナ・メイズの顔が出た作品だ。“Bristol Changes” はさらに疾走感のあるドラムンベース調のリズムだが、サックスを交えてジャズの即興演奏の魅力を最大に発揮している。“Tangle” においてもドラムスの即興性とダンス・ビートを両立させたリズミックな演奏があり、『Layers』はジャズとクラブ・サウンドの融合が深い部分で成功したアルバムと言える。


44th Move
Anthem

Black Acre

 〈ブラック・エーカー〉はロメアクラップ・クラップなどのリリースで知られるブリストルのベース・ミュージック系レーベルだが、そうしたなかにあってフォーティーフォース・ムーヴは異色のジャズ・アーティストとなる。匿名性の高いアーティストだが、実際はアルファ・ミストリチャード・スペイヴンと、それぞれソロでも輝かしいキャリアを積んできたロンドンのふたりによるプロジェクトで、結成自体は2020年まで遡る。2020年にユニット名を冠したEPをリリースしたまま、その後は活動がなかったようだが、ここにきてファースト・アルバムをリリースすることとなった。基本的にアルファ・ミストがピアノやキーボード、リチャード・スペイヴンがドラムスを担当し、本作では演奏者のクレジットはないが、ベース、ギター、フルート、サックス、トランペットなどもフィーチャーされる。もともとクラブ・ミュージックとの接点が多いふたりだが、〈ブラック・エーカー〉からのリリースということもあり、フォーティーフォース・ムーヴはそうした傾向をより深めたプロジェクトと言える。

 表題曲の “Anthem” は、フルートとエレピによるミステリアスな旋律が印象に残るディープなナンバーで、フォーティーフォース・ムーヴなりのスピリチュアル・ジャズ的なアプローチと言える。一方、デトロイトのラッパーのケル・クリスを迎えた “The Move” は、アルファ・ミストの初期作品でしばしば見られたジャズとヒップホップの融合形。あくまでクールに淡々としたピアノ演奏を見せるのがアルファ・ミストらしい。“2nd September” はメランコリックなギターを交え、全体的にゆったりとしたバレアリックな音像を紡ぎ出す。リチャード・スペイヴンのポリリズミックで複雑なドラミングが、彼の持ち味をよく表している。リチャード・スペイヴンらしいという点では、“Free Hit” や “Second Wave” のビートはドラムンベースやブロークンビーツなどクラブ・サウンドのエッセンスを導入した、極めて彼らしい作品。もちろん、そこにジャズの即興演奏的なアプローチを交えていて、“Free Hit” の後半にはトランペットのスリリングな演奏も加わる。そして、“Barrage” の繊細で耽美的なエレピに代表されるように、アルファ・ミストが持つダークでアブストラクトなイメージがフォーティーフォース・ムーヴにおいてもサウンドの軸になっているようだ。


Yazz Ahmed
A Paradise In The Hold

Night Time Stories

 ヤズ・アーメッドにとって、2019年の『Polyhymnia』以来となる久しぶりのアルバム『A Paradise In The Hold』がリリースされた。幼少期は父方の故郷であるバーレーンで育った彼女は、その名を一躍広めた『La Saboteuse』(2017年)でも見られるように、中近東のメロディやリズムを取り入れた作品が多かった。本作ではアルバム・ジャケットにアラビア語で名前やタイトルを記しており、中近東の音楽をより意識した内容と言える。ヤズはこれまで度々バーレーンを旅行してきたなかで、2014年に書店巡りをした際にバーレーンの伝統的な結婚式の歌や、真珠獲りのダイバーの歌の歌詞が載った書物を見つけ、それらが『A Paradise In The Hold』におけるインスピレーションとなったようだ。『Polyhymnia』がギリシャ神話をモチーフとしていたように、ヤズ・アーメッドの作品は叙事詩や物語を基に作られることが多く、『A Paradise In The Hold』はバーレーンの民間信仰や儀式を物語として作品に投影している。そうした物語性を高めるためにヤズは初めて自身で歌詞を書き、ナターシャ・アトラス、アルバ・ナシノヴィッチ、ブリジッテ・ベラハといった、中近東やトルコなどをルーツに持つシンガーたちにアラビア語で歌ってもらっている。そして、古来よりアラブの女性は抑圧的されたイメージを持たれることが多いが、そうしたイメージを打破し、創造的で強いアラブの女性像を見せることが『A Paradise In The Hold』のテーマのひとつにもなっている。西洋においてアラブ音楽が映画のサントラなどで使われる場合は、あるステレオタイプなイメージがあるが、そうしたイメージを逆手に取り、アラブ女性の新しいイメージを創出するという目論見があるようだ。

 “Though My Eyes Go to Sleep, My Heart Does Not Forget You” は真珠獲りのダイバーの歌をモチーフとする。手拍子を交えたリズムに乗せて、ヤズのトランペットが哀愁を湛えた旋律を奏で、マリンバとコーラスが神秘的でエキゾティックなムードを作り出していく。“Her Light” は疾走感に満ちたリズムと、情熱的なトランペットやエフェクトを交えた鍵盤によってコズミックな世界へと連れていくが、ここでも途中のアラビア語の歌がアクセントとなっている。“Waiting Fo The Dawn” はマリンバがエチオピア・ジャズのムラートゥ・アスタトゥケにも近似するイメージで、中近東音楽とスペイシーなジャズ・ファンクを融合した上で、アラビア語の男女コーラスをフィーチャーする。ロンドンをベースとするヤズであるが、こうした中近東音楽とジャズを融合することによって、ほかのロンドン勢にはない彼女独自の世界を生み出している。


Rahel Talts
New And Familiar

Rahel Talts self-released

 ラヘル・タルツはエストニア出身で、デンマークのコペンハーゲンを拠点とする新進のピアニスト兼作曲家。ジャズ・ギタリストのマレク・タルツを兄弟に持ち、ジャズにフォークやポップス、フュージョンなどをミックスした音楽性を持つ。そのマレクも参加したラヘル・タルツ・アンサンブル名義の『Power To Thought』(2022年)でデビューし、カルテット編成での『Greener Grass』(2024年)を経て、ニュー・アルバムの『New And Familiar』をリリースした。『New And Familiar』はストリングスやホーン・セクション、シンガーも交えたビッグ・バンド編成で、ラヘルの作曲や編曲の才能を大きくアピールしたものとなっている。

 レコーディングはエストニアのタリンでおこなわれており、彼女の故郷のエストニア民謡を取り入れた作曲がポイントとなる。代表は “Meie Elu” で、1915年に作られた古いエストニア民謡に新しく歌詞をつけたジプシー調のナンバー。パット・メセニー・グループを彷彿とさせる演奏だが、エストニア語の素朴でフェアリーな歌が独特の個性を放つ。キティ・ウィンターのようなスキャット・ヴォーカルを交えてスピーディーに展開する “Restless” は、チック・コリアのリターン・トゥ・フォーエヴァーを現代に蘇らせたようなダンサブルなフュージョン・ナンバー。躍動感に満ちたリズムに、ダイナミックなストリングス&ホーン・アンサンブルのアレンジも秀逸だ。

Jules Reidy - ele-king

 光が降り注ぐようなサウンドが展開する。それはいわばエレクトロニカ・サイケデリア。幽霊化する世界。漂う魂の粒子……。本作『Ghost / Spirit』を聴いたとき、まずは、そんな言葉を思い浮かべだ。同時にジュールス・レイディはついに大きな転換点となるアルバムを作ったのだ、とも。

 加えて、『Ghost / Spirit』が〈スリル・ジョッキー〉からリリースされたことにも驚いた。これまで〈エディションズ・メゴ〉、〈ブラック・トリュフ〉、〈シェルター・プレス〉などの実験音楽系レーベルから作品を発表してきたジュールス・レイディが、USインディ・レーベルの代表格のひとつ〈スリル・ジョッキー〉を選んだことは意外だった。しかし、本作『Ghost / Spirit』を聴き進めるうちに、それは必然だったと確信した。というのも、このアルバムは、昨年同レーベルからリリースされたクレア・ラウジーの『Sentiment』と並ぶべき作品だからだ。単に似ているということではなく、音楽の内にある意志や必然が共通しているのである。その変化を〈スリル・ジョッキー〉も理解し、この作品をリリースしたのではないか。

 『Ghost / Spirit』と『Sentiment』。二作とも変調したヴォーカルと洗練されたエレクトロニカ的なトラックという基本的なスタイルは似ている。だが本質的な共通点は「歌う」ということに対する「必然」と「変化」にあるように思える。『Ghost / Spirit』でも、ジュールス・レイディは「歌うこと」に向かう明確な意志を持っている。とはいえ、そもそも、ジュールス・レイディの作品には以前から「声」が多用されてきたことも事実だ。特殊チューニングのギター、電子音、そして声という組み合わせ自体は、『In Real Life』(〈Black Truffle〉/2019)や『Vanish』(〈Editions Mego〉/2020)、『Trances』(〈Shelter Press〉/2023)などの過去のアルバムと大きく変わらない。『Ghost / Spirit』におけるジュールス・レイディのサウンドはこれまでのアルバムの延長線上にある。そう大差はないというべきだろう。だが、本作では「歌うこと」がこれまで以上に必然性をもって響いているように思えたのだ。音楽自体が、実験的で創造的でありながら、同時に自然に「歌」へと向かっているのである。

 では「大きな違い」は何か。それは「ソングライティング」に対する意識の変化のように思える。単に「声」を使うのではなく、歌を作り、メロディを紡ぎ、歌詞を構築すること。そのすべてを意識的におこない、サウンドの中心に据えている。『Ghost / Spirit』は、その点で過去の作品とは一線を画しているのだ。 自身の音を精査し検証し突き詰めていった結果、「歌/サウンド」という形式にソングライティングという方法論が「必然」として、こう言ってよければ「運命」として、結果的に浮かび上がってきたというべきか。そう、ジュールス・レイディにとって、このアルバム『Ghost / Spirit』を作ることは運命づけられていたようにさえ思える。音、声、響きが交錯し、「ソングライティング」という形で結実した。

 クレア・ラウジーの『Sentiment』と共鳴するのは、まさにこの点にある。ラウジーもまた、音の実験を重ねた末に「歌うこと」という「必然」にたどり着いた。〈スリル・ジョッキー〉は、このふたりの異なる個性が「歌」に向かう「必然」を見逃さず、1年ごとにリリースしたとはいえないだろうか。そのキュレーションの的確さは、同レーベルが現在、再びピークを迎えている証拠といえる。ヘヴィ・ミュージックからエクスペリメンタル、エレクトロニカ・ポップまでを網羅するカタログは唯一無二であり、インディ・ミュージックの「現在」を更新し続けている。

 何よりも強調すべきは、音楽そのものの鮮烈さだ。1曲目 “Every Day There's a Sunset” の冒頭、変調されたジュールス・レイディの歌声が響いた瞬間、耳が開かれた。堂々としたメロディ、硬質なギターの響き、背後に漂う電子音、ドローン──10年代以降のエクスペリメンタルとポップが融合した、ほぼ完璧なサウンドスケープが展開する。途中、声は溶け合い、サイケデリックな空間へと変貌する。その流れは圧巻だ。続く “Interlude I” では、どこかコーネリアスを思わせるギター・サウンドスケープが広がる。そして3曲目 “Satellite” では、独自のチューニングによるギターのアルペジオと歌声が交錯し、実験とポップの境界を軽々と超えていく。アルバムには14曲が収録されているが、その基本的な構造は最初の3曲に凝縮されている。声、ギター、電子音、ポップ、メロディ、歌詞──それらが織りなすサウンドスケープは、新世代のポップ・ミュージック、あるいはエレクトロニカ・フォークと呼ぶべきものだろう。どの楽曲も構築と即興のバランスが端正であり、じつに繊細に、じつに自由に、じつに高密度に音がコンポジションされている。

 個人的に気になった曲は、まず、5曲目 “Ghost” である。硬質な響きのギターのアルペジオのミニマルな反復に、フックの効いたメロディのヴォーカル・ラインが乗る。わずか2分程度の曲だがまるで太陽の光が降り注ぐような感覚を持った。音が崩れるかのように終わりを迎えるコーダ部分もじつに素晴らしい。加えて6曲目 “Breaks” でいきなりヴォーカルから始まるという曲の構成も見事だ。不吉な打撃音のむこうから天上から響くようなヴォーカル・ラインが鳴る8曲目 “Every Day There's a Sunrise” も良かった。やがて打撃音は消え去り、ヴォーカルとギターと電子が残り、9曲目 “Spirit” に繋がるという構成も実に卓抜だ。さらにはアルバム中でももっとも電子的加工のされていない(であろう)ギターの音が麗しいインスト曲12曲 “Letter” も鮮烈だった。そして14曲目にして最終曲 “You Are Everywhere” も忘れられない。ミニマル。アンビエント。ヴォーカル。“You Are Everywhere” でも、これらが折り重なり、まるで天上から降り注ぐ声と音のシャワーを浴びたような解放感を覚えた。アルバムの音楽のエレメントが控えめに集結し、ラストを華麗に彩る。まさにそんな曲だった。

 私は、本作『Ghost / Spirit』をすべて聴き終えたとき、この作品がどこか「祈り」に近いもの(感情?)を持っていることに気がついた。テクノロジーを駆使した音響作品でありながら、メロディの美しさが際立つ本作には、抽象的で神秘的な響きがあったのだ。どうやらアルバムのテーマは「神秘主義とエゴの消滅」らしい。それはアルバム・タイトル「Ghost / Spirit(幽霊と魂)」とも呼応している。そのせいか、聴き進めるほどに心が解放されていくような感覚を覚えたのである。

 いやそうではない。ジュールス・レイディは、もともとそのような崇高さと清冽さを追求してきたのではないか。そもそも過去のアルバムにも同様の「響き」が満ちていたはず。しかし本作では、その心の開放が、「ポップ=ソングライティング」という形をとることで、より濃密に表現されたのではないか、と。それこそ本作『Ghost / Spirit』の意義なのではないか。

 本作は、エンプティセットのジェイムズ・ギンズブルクがミックスを担当し、マスタリングはラシャド・ベッカーが手がけた。鉄壁の布陣といえよう。また、実験音楽のチェロ奏者ジュディス・ハマンのサンプルも使用されている。細部まで作り込まれた音像は、深く聴き込むほどに新たな発見をもたらしてくれる。音の実験から精神の解放へ。エゴの牢獄から心の解放すること。その希求。没入的なリスニング体験にふさわしい、素晴らしいアルバムである。

The Weather Station - ele-king

 「人間性」という簡潔だからこそ深遠なアルバム・タイトルは、ザ・ウェザー・ステーションことタマラ・リンデマンが音楽で探究する領域を端的に言い当てているだろう。管弦楽器が生き生きと躍動するタイトル・トラックで、彼女は「わたしは人間だったのだろうか? と考えている」と打ち明ける。「この人間らしさを背負ってきた/それを実現しようとしている」。人間とは何なのか――そのような大いなる問いを、あくまで個人的な場所から掲げる7作目である。

 飾りけのないインディ・フォークとして始まったザ・ウェザー・ステーションが大きな飛躍を遂げたのは5作め『Ignorance』でのことだった。ツイン・ドラムと管楽器を含むフルバンドによって音楽的にスケールアップしたそのアルバムでリンデマンがテーマにしていたのは、環境破壊と気候変動を中心とする現代社会の破壊的な現状だった。というと政治的なアルバムのようだが――いやもちろんそうとも言えるのだが――、それ以上にフォーカスが当たっていたのは彼女自身の胸の痛みだった。つまり、地球が傷ついていることに傷ついている人間の心の動きについてであり、それこそをダイナミックなアンサンブルを持ったフォーク・ロックにしたのだ。また、同時期に録音された双子作的な6枚め『How Is It That I Should Look At The Stars』はピアノ・バラッドを中心にして、より内省的にこの世界の美しさを見つけ直そうと聴き手にささやく作品だった。
 バンジョーやフィドル、管楽器を加えた多楽器のアンサンブルで制作した『Humanhood』は、まさにそれらの2枚の成果を合わせた一枚で、活気に満ちたジャズ・フォーク・ロックと静謐で慎ましいバラッドが整然と並べられている。そしてすべての楽曲でディテールに富んだアレンジが施されていて、聴けば聴くほど細部に引きこまれていく。とりわけ活躍するのがフルートやクラリネット、サックスといった管楽器で、それらは曲によって軽やかに跳ねまわったり、抽象的なムードを演出したり、優しくゆったりとピアノと歌に寄り添ったりする。人間の呼吸によって変幻する楽器たち……考えてみればザ・ウェザー・ステーションのアンサンブルが管楽器によってスケールアップしたのは興味深いことで、人間の息づかいが彼女の表現のニュアンスを完成させたと言える。
 息づかいといえば、もちろんリンデマンの声がこの繊細な歌世界を作りあげていることも間違いない。アルバムのなかでもとくにアップリティングな “Neon Signs” の軽やかさ、ジャズ調のアンニュイな “Mirror” でのアルト、あくまで控えめな演奏で浮遊感を生みだす “Body Moves” の茶目っ気……と、多彩な表情を見せていく。その声はしばしば音量がかなり落とされるのだが音程はしっかり取られており、メロディを失わないリンデマンのウィスパー・ヴォイスは、この奥ゆかしいフォーク音楽にけっして消えない光を与えているように感じられるのだ。クロージングの “Sewing”、まるで演奏の隙間に溶けていくような彼女の静かな歌声は、しかしそのデリケートさによって聴き手を陶然とさせる。

 前二作はパンデミック期を強く反映していたが、それ以降の世界はますます混迷していて、当然ながらそうした状況に対するリンデマンの心痛は本作にもはっきり表れている。広告に溢れた世界の信用のならなさ、止まらない環境破壊、壊滅的な政治状況……それらに彼女はなおも傷ついている。そしてそれを聴くわたしたちも、自分たちがたしかに傷ついていたことを思い出すだろう。見なかったことにしていた小さな傷跡のひとつひとつを。何かと好戦的な人びとばかりが目につく状況にあって繊細な心の動きは無視されがちだが、ザ・ウェザー・ステーションの音楽は見落とされた感情をこそ掬いあげる。
 なんでもリンデマンが近年経験した慢性的な離人症障害(自分自身が切り離されているように感じる症状)で得た感覚が本作には投影されているとのことで、「離れてしまった」肉体を探すというモチーフを本作にたびたび発見できる。観念だけでは声を発することはできないから、彼女はここで肉体を切実に求めているのだろう。そうして身体に空気を通して発せられる歌たちは「人間であること」自体を再発見し、その美しさをどうにか取り戻そうとする。この混沌とした世界にあってザ・ウェザー・ステーションの音楽はときに「清廉すぎる」ように聞こえるかもしれないが、しかし、人間性の複雑さと不思議さを神秘的な輝きとして反射させている。

FESTIVAL FRUEZINHO 2025 - ele-king

 今年の6月14日(土)は立川に集合ですね。いまのところ発表されているのがトータス、石橋英子、ジョン・メデスキ&ビリー・マーティンですが、これだけで行く理由としては十分でしょう。頼む、晴れてくれ。

『FESTIVAL FRUEZINHO 2025』、2ndラインナップは2組!

 1組目はトータス! シカゴを拠点とするインストゥルメンタル・クインテットは、ダブ、ロック、ジャズ、エレクトロニカ、ミニマリズムといったジャンルを軽やかに取り入れながら、25年以上にわたって誰にも真似できない音を鳴らしてきた。「心から楽しいバンドで、あらゆる音の可能性に開かれている 」(Stereogum)と評され、緻密に構築されていながらも即興的な要素がある、彼らのライヴをお楽しみに!

 2組目は、日本の音楽シーンで多彩な足跡を残すマルチインストゥルメンタリスト、石橋英子! 3月には、7年ぶりの新譜『Antigone』のリリースや「世界中で最も静かで、ほのかに輝くフェスティバルの1つ」と評される「Big Ears」に出演するなど国際的な評価も高まっています。ピアノやフルート、電子音を操り、どこか懐かしくもあり遠くへ連れていくような音楽を創り出す彼女が、どんな音を届けてくれるのかお楽しみに!

 そして、今回、FRUE初の試みとして、25歳以下の若者たちに、私たちが音楽の世界に深く足を踏み入れるきっかけになったジョン・メデスキとビリー・マーティンのライヴを生で体感してほしいと思い、U25割チケットも新たに設けました。手ぶら、日帰りで帰れます。ぜひいらしてください!

 『FESTIVAL FRUEZINHO 2025』は、大自然の中での「フェス」ほど過酷ではなく、また指定席に座りじっと聴く「コンサート」ほど固くなく、集まる人も適度な数で快適かつ自由な空間と時間をすごせる音楽フェスティバルです。「魂のふるえる音楽体験を!」というコンセプトのもと、2017年より静岡県掛川市で開催している『FESTIVAL de FRUE』のスピンオフとなります。

FESTIVAL FRUEZINHO 2025

日付:6月14日(土)
時間:開場 11:00 / 開演 12:00 / 終演 20:50 ※予定
会場: 立川ステージガーデン
出演者:
Medeski & Martin
Mônica Salmaso & André Mehmari
Tortoise
Eiko Ishibashi | 石橋英子
and more...

チケット
中高生割:5,000円
U25割:11,000円(枚数限定)
早割1:15,000円(枚数限定)
早割2:16,000円(枚数限定)
前 売:18,000円
当 日:19,000円
※受付にて1ドリンク代(¥1,000)を別途お支払いいただきます。
※1ドリンクチケットは場内のドリンクブースにてご利用いただけます。
※1階はスタンディング。2、3階席は全自由席
※来場順での入場です
※小学生以下は無料

Flyer Image:Yuriko Shimamura

協力:
shalala company / infusiondesign inc. / KIMOBIG BRASIL / Eastwood Higashimori / BLOCK HOUSE / 水曜カレー / SHUSAN / WWW / 京都メトロ / 旧八女郡役所音楽の会 / Bird -old pizza house- / The Condition Green / hidemuzic / Yuumies / Taka Ama Hara

主催:FRUE
https://fruezinho.com/

Tortoise

トータスは、アメリカ・シカゴ出身のポストロックバンドで、1990年代前半に結成されました。インストゥルメンタル主体の音楽スタイルで知られ、ジャズ、電子音楽、ミニマリズム、ロックなど多様なジャンルを融合させた独自のサウンドを特徴としています。メンバーは**ダグ・マッコームズ(ベース)、ジョン・ハーンドン(ドラム、パーカッション、エレクトロニクス)、ジョン・マッケンタイア(ドラム、キーボード、プロデューサー)、ダン・ビットニー(パーカッション、エレクトロニクス)、ジェフ・パーカー(ギター)**から成り、ライヴでは楽器を自在に持ち替える柔軟性も魅力です。

 1994年のデビュー・アルバム『Tortoise』で注目を集め、1996年の『Millions Now Living Will Never Die』でポスト・ロックというジャンルを世界に広めた立役者となりました。特に1998年の『TNT』では、当時革新的だったハードディスク・レコーディングを導入し、緻密で実験的な音作りが話題に。以来、常に進化を続け、2016年の『The Catastrophist』までに7枚のスタジオ・アルバムをリリースしています。また、2023年には『Rhythms, Resolutions & Clusters』のリイシュー版もリリースされ、彼らの音楽的探求は現在も続いています。

 彼らの音楽は感情的な旋律と複雑なリズムが共存し、聴く者を予測不能な音の旅へと誘います。シカゴのインディーロックやパンクの影響を受けつつ、前衛的なアプローチで日本では「シカゴ音響派」の代表格としても知られるTortoiseは、ジャンルの枠を超えた表現で今なお多くの音楽ファンを魅了しています。

石橋英子/EIKO ISHIBASHI

石橋英子は日本を拠点に活動する音楽家。
これまでにDrag City、Black Truffle、Editions Megoなどからアルバムをリリースしている。2020年1月、シドニーの美術館Art Gallery of New South Walesでの展覧会「Japan Supernatural」の展示の為の音楽を制作、「Hyakki Yagyo」としてBlack Truffleからリリースした。2021年、濱口竜介監督映画『ドライブ・マイ・カー』の音楽を担当。2022年「For McCoy」をBlack Truffleからリリース。2022年よりNTSのレジデントに加わる。2023年、濱口竜介監督と再びタッグを組み『悪は存在しない』の音楽とライヴ・パフォーマンスの為のサイレント映画「GIFT」の音楽を制作、国内外でツアーを行っている。2025年3月、Drag Cityより7年ぶりの歌のアルバム『Antigone』をリリース予定。

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