Home > Reviews > Album Reviews > PLVS VLTRA- Parthenon
ブルックリン/フィラデルフィアを拠点としていたイーノンというバンドは2009年に力尽きた。日本での知名度の低さと反比例して海外で熱心にツアーを行っていた彼らを、ユーチューブに誰かがアップするライヴ動画で僕は毎日追いかけていた。しかし、ある日、動画のなかでドラマーが代わっていた。古くからいたドラマーのマット・シュルツは脱退し、ホーリー・ファックのメンバーとなっていた。イーノンはサポート・ドラマーを迎え入れるも、グルーヴを失い、やがて活動をやめてしまった。バンドとしての解散のアナウンスはなかったが、しばらくして、残った夫妻メンバーのジョン・シュマーサルとトーコ・ヤスダはそれぞれのインタヴューでバンドが終ったことを語っている。2010年に息を止めたシアン・アリス・グループ(現:オー)も似たような終わり方だった。
この作品は、ベーシスト/ヴォーカリストとしてザ・ヴァン・ペルト/ザ・ラプス/ブロンド・レッドヘッド/イーノンといった数々のインディー・バンドを渡り歩き、現在はセント・ヴィンセントのバンド・メンバーである在米日本人トーコ・ヤスダの初のソロアルバムである。アメリカ在住の日本人がスペインの国章から引用した言葉を名義にし、オーストラリアのレーベルからギリシャの神殿のタイトルの作品をリリースしたことになる。このゴッタ煮の感覚はアルバムの音にも通じている。
プロデュースは元ブレイニアック/イーノンのリーダー、そして現在はカリブーのバンド・メンバーであるジョン・シュマーサルが手掛けている。つまり、90年代と00年代のUSインディー・ロックの荒野を駆け抜けてきたイーノンのふたりが「テン年代」にあげる第一声といえるだろう。
しかし、はたして、ここで聴かれる音は2003年頃のイーノンが示したインディー・ポップ的なるものの化石のように感じられてしまった。覚えやすいメロディを全編にわたり導くトーコのキュートなロリータ・ヴォーカルも、キャラクター性は強いがシンガーとしては弱いため、途中で食傷気味になってしまう。雑多な音が飛び交うバック・トラックにしても、飛び出す絵本のようにコミカルで収まりがよいのはイーノンの頃からさすがなのだけれど、脈絡がなく、むなしく過ぎ去ってゆく印象だ。どうも奇をてらおうとしているだけのポップソングに聴こえてしまう。てらうにしても2003年との明らかな変わり映えがほしい。得意の短調メロディは冴えわたっているので、本当にもったいない。
「おもちゃ箱をひっくりかえすような」行為自体がクールだと言いにくくなってしまった。それはトーコ・ヤスダが、箱の中身も変わっていないというのに、おもちゃ箱をひっくり返すことに熟練してしまったがゆえである。何度ひっくり返してもまた同じようにおもちゃが配置される。
あからさまにピート・ロックやJ・ディラである"サンキッストゥ"で打ち鳴らされるヒップホップ・ドラムなどを聴くと、同時代を同郷(ブルックリン)でしのぎを削っていたはずのギャング・ギャング・ダンスによる2011年の楽曲"ロマンス・レイヤーズ"とどうしても比べたくなる。なるのだが、ギャング・ギャングが自分たちのサイケデリアにヒップホップを引きずり込んだようなオリジナルの姿勢がプラス・ウルトラには見つけられない。ただの模倣にとどまっている(ちなみに、この曲にはサン・ラ・アーケストラのダニー・レイ・トンプソンが参加している)。作中後半の"ライク・スパイス"には昨今のポスト・ダブステップ的なベース・ミュージックへのアプローチがあるのは、このアルバムの流れのなかではすこし意外だった。ただ、ヴォーカルが雑然としていてどうにもトラックを乗りこなせていない印象が生まれてしまっている。
「PLVS VLTRA」=「PLUS ULTRA」とは、「より彼方へ」というラテン語で前進を意味するスペインのモットーであり、国章に記されている言葉だ。しかし、この音楽は未だに2003年をひきずっている。そのため、どうも自虐的なユニット名に聞こえてしまう。彼方(2012年)へ赴いているリスナーへ向けて「俺の屍を越えてゆけ」というようなメッセージなのだろうか? プラス・ウルトラも含め、みんなもうとっくに2012年にいるというのに。
価値観を揺さぶられるような刺激的でサイケデリックな音楽がほしいのであれば、この作品にそれを望まない方がよいかもしれない。しかし、90年代~00年代を乗り越えてきたエキスパートなのだから、ニッチな場所にはまろうとすることなく、ぜひともトーコとジョンのコンビには新しく挑戦的でフレッシュな作品を聴かせてほしい。元イーノンではなく、ましてカリブーやセント・ヴィンセントのサポート・メンバーとして以上に、現役のトーコ・ヤスダとジョン・シュマーサルでいてほしい。どうしても、僕はファンとしてこの先ずっと期待し続けてしまうだろう。なにしろ、大人気になることもないまま90年代から地道にUSインディーで活躍していた(日本)人たちが、何度もバンドの解散を乗り越えて、音楽を止めてしまうことなく作品を発表してくれているだけでも喜ばしいのだから。ぜひぶっ飛んだ次作を。
斉藤辰也