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Casanova.S Nov 11,2024 UP

 フェイマスはアルバムを出す以前からずっと有名だった。デスクラッシュのティエナン・バンクスや、ヨルゴス・ランティモスの映画『哀れなるものたち』のスコアでオスカーにノミネートされたジャースキン・フェンドリックスがメンバーとして名を連ねていたバンド、ブラック・カントリー・ニュー・ロードの “Track X” の曲のなかで「ジャック、君でも良かったのに」とBC,NRのヴォーカルに冗談めかして誘われているジャック・メレットを擁するバンド、そしてコロナのロックダウン直前にノースロンドンのビルの屋上で信じられないくらい素晴らしいルーフトップ・ライヴをおこなったバンドとして。
 そこで最後に演奏された新曲のタイトルは “The Beatles” と名付けられていた。ふざけた名前のバンドのふざけた名前の曲、しかしその曲はまっすぐにこちらに向かい、体の内にあるものを震わせ、屋上から遠くに見えるビルの群れと同じように哀しみと愛を漂わせていた。サンプラーとベース、ドラムとヴォーカル、ちょっと変わった編成でどこか欠けたものがあるということを匂わせる演奏は強制的な離別というシチュエーションと相まって、だからこそ完璧に胸を打ったのだ。いまとなっては懐かしさを感じるようなコロナ禍のミュージシャンたちの画面越しの方策のなかでフェイマスのルーフトップ・ライヴ以上のものはおそらくなかっただろう。日が暮れ夜に向かう街、青春時代の終わり、それでもその先の人生が待っている、街での暮らしを肯定するかのように、あるいは思い出を慈しむかのように、どこかの街のパーティのなかでこの曲がかかるたび、そこに意味が重ねられていく……。

 だがフェイマスは決して順風満帆だったわけではない。一貫してバンドに在籍し続けるメンバーはついにジャック・メレットひとりになり、パンデミック以降、2021年5月に “The Vally” というEPをリリースした後はほとんど沈黙していた。その間にデスクラッシュは素晴らしいアルバムを2枚出し、ジャースキン・フェンドリックスが劇伴を務めた映画が2作公開されて、メレットの名前を唄ったアイザック・ウッドはBC,NRを脱退した。音楽のシーンの季節がひとつ、ふたつと変わるくらい、あまりに長い時間が経った。

 そんななかでの1stアルバムだ。EPから3年、いまも心に残り続けているルーフトップ・ライヴからは4年が過ぎて、ついにリリースされたこのアルバムにはこれまでのフェイマスの歴史の全てが詰め込まれている。エレクトロニクスのけたたましい喧騒に、演劇風のスポークンワードとフックの効いたメロデイが交差するヴォーカル、ギターは肌を引っかくように鳴らされ、ピアノの音が孤独に意味を加えていく。長い時間を経て作られたこのアルバムは音の隙間から立ち上ってくる私的な日記や自伝のようであり、ある種感情が混迷しているとも思える。しかしその混迷にすら意味があると感じられるのだ。例のごとく皮肉をこめて『Party Album』と名付けられた本作が描くのは享楽ではなく、いずれパーティが終わってしまうという空しさだ。いくら楽しくとも、でも結局、最後にはひとりになるのだから……フェイマスはそんな孤独を31分間の逡巡として描き出す。

 シンセサイザーが生み出す希望と期待が入り交じったようなメロディに、それが裏切られ泣き叫ぶかのように声を荒げるメレットのヴォーカルがのる “What Are You Doing The Rest Of Your Life”、“God Hold You” はスクラッチされたサウンドがそのまま夢を失い激しいショックを受けて情緒不安定になった心をなぞる。続く “It Goes On Forever” ではボロボロになりながらもそれでもステージに上がり続ける悲哀が穏やかなアコースティックのサウンドとエレクトロニクスの不穏な低音の上を漂いながら唄われ、“Love Will Find A Way” ではピアノとギターのフィードバック・ノイズをもって直接的に心のゆらぎを表現する。声を荒げ、時おり自嘲気味に笑い、傷つき、ロマンティクな心を捨てきれず夢のなかで苦しんでいるようなジャック・メレットのヴォーカルは、混迷するサウンドに差し込む光のような一本の筋を通しこの音楽を特別にする。ともすれば安っぽくなってしまいそうな暗く悲劇的なロマンティシズムを自嘲と皮肉、ユーモアを込めて語ることで決してそうさせずに、その先のナイーヴな心の吐露へとたどり着かせるのだ。

 ジャック・メレットの声が震える度に、それにあわせて聞いているこちらの胸も震える。まるで映画のなかの登場人物に感情移入するように音楽を聞かせるそのスタイルはBC,NRアイザック・ウッドのスタイルにも似ていて、アルバムを聞いているうちに「ジャック、君でも良かったのに」という彼の言葉が冗談ではなく本気だったのではと思えてくる。ウッドがBC,NRの1stアルバムで「ブラック・カントリー」という言葉になくしてしまった特別なバンドの影を重ねたように、ここでジャック・メレットは「You」という言葉に失ったかつてのバンドの姿とそこに存在した時間を投影する。表面的には離れていってしまった恋を後悔する曲、だがその裏に消えてしまった夢の姿が見え隠れする。「君は夢のようなもの/決して手の届かないもの /そうでなければ記憶の中に鮮明に存在する」 “God Hold You” で繰り返される「another」という叫びにもここにない、他の何かの色がのる。メレットは『The Quietus』のインタヴューでこのアルバムについて人生の大きな変化とバンドにおけるポジションの変化のドキュメントだと語っているが、そのニュアンスはたしかにアルバムのなかに漂っている。

 ジャック・メレットは決してバンドをやめなかった。そこに存在する唯一の人間になっても彼は解散することもソロになることも選ばなかった。
 フォンテインズD.C.が唄うようにロマンスが場所なのだとしたら、きっとバンドはそこに存在するのだろう。自分の外側にいる他の誰か、共有する記憶と時間が結びついた場所。それはフットボールのクラブや、読んでいた雑誌の名前やTV番組のタイトルと同じように形を変え、たとえ別物になったとしても変わらずそこに存在し続ける。メレットは自らの手でその場所を消してしまうことを認めなかった。このアルバムを聞いているとそんなことが頭に浮かぶ。いつの日か終わりを迎えるパーティ、音楽やその他の表現が人の暮らしのなかにある美しいものやそこにある意味を見出すことを求めるならば、フェイマスのこのアルバムはきっとその答えにたどり着くだろう。メレットが言うようにこのアルバムには全てを理解したと感じた次の瞬間に消えてしまうようなひらめきが散りばめられている。完璧ではないかもしれないが、しかしだからこそ混迷のなかに差し込む一筋の光を見つけることができるのだ。とにもかくにもメレットの震える声を聞くたびに、胸が震える。

Casanova.S

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