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Beck

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Fonograf Records/ホステス

大久保祐子

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Oct 27,2017 UP

「たぶん僕はこれまでで自分の半分を出していて、まだ残りの半分を探してるんだ」

 これはTVのインタヴューでのベック・ハンセンの発言で、一体いつ頃の言葉なのかというと、『Morning Phase』が発売された年。2014年。つまり、20数年以上の経歴があるなかでの、最近の話。ワオ。13枚目のアルバムになる最新作『Colors』を聴いたときに、ふとこの発言を思い出して、なるほどな、と納得した。前作でグラミー賞の最優秀アルバム賞を獲得したベックは、これから残りの半分の音楽生活をスタートさせようとしている。これがきっとそのはじまり。

 ダフト・パンクと間違えるようなディスコティックなタイトル曲。しょっぱなのテンションの高さは1999年発表の『Midnite Vultures』を思い起こさせるけれど、あのクレイジーでナナメな感覚は今作『Colors』にはほとんどない。内気でとても穏やかだったセルフ・プロデュースの前作とはうって変わって、アデルなどの作品を手掛けたグレッグ・カースティンとの共同プロデュースの10曲は、ほとんどの曲がアップテンポで煌びやかでハイファイ。これまでのベックの音楽をずっと追い続けていた人ならば、らしくないほど綺麗に跳ねまくるビートに若干戸惑うはず。しかし、そこは腕の見せどころというか、再生してみれば不思議と耳に馴染んでいく魔力がある。サッカーゲーム「FIFA 17」のサウンドトラックで昨年から公開されていた8曲目の“UP ALL NIGHT”や、今年はブロークン・ソーシャル・シーンやソロでも精力的に活動しているファイストがヴォーカルで参加した3曲目の“I'm So Free”などの楽曲にも、パワフルでありながらもどことなく歪んだベックらしさみたいなものもチラホラと覗かせている。

 もちろんローファイで名を馳せたオルタナティヴの王子の大胆なアップデートを黙って受け入れられるのは、過去に数々の名盤を作り上げてきたその才能やセンスに絶大な信頼を寄せているからで、正直いうとベックがいつものように前作とはまったく別の新しい音を披露してくれた時点で点数をつけるなら80点だ。甘いかもしれない。だけど音楽はその1枚だけではなくいろんなものと繋がっていて、そのときに生まれた意味があると私は思っている。往年のヒット曲で一晩のセットリストを余裕で組めるようなミュージシャンが、いまだ失速せず新しい自分を探しつづけ、驚かせ、大きな歌声で遠くの方まで届けようとしている姿。腕力のなさそうな細い体は“Loser(敗者)”で世に出た頃の面影を残しているけれど、無邪気で力強くていまのほうがよっぽど元気に見える。そしてピアノの軽快な音とカラッと明るいメロディに「親愛なる人生よ、僕はしがみついてる このスリルを感じなくなるまで どれだけ待たないといけないんだ?」と乗せた4曲目の“Dear Life"を聴くと、その鮮やかさのなかに透けてみえる心にちょっと胸が痛む。そのとき隣では、ベックの思惑どおりに、幼い我が息子が腰を揺らしながら「あああああ~」と真似て歌っている。

 ポップスなんて興味ないし、スーパーマーケットで流れる音楽なんか全然好きじゃない。だけど負け犬のレコードを部屋でひとりで聴いていたある種の若者はだいぶ歳をとって、そのころに生まれた子供たちは外に出て誰かとバンドを組んでいる。人生の1枚を教えてくれる雑誌なんて無いし、サンプリングを駆使した名盤は一向に再発されず、MCAはもういない。ある時代の呪いを解く時期を見つけるには充分に年月は経ったし、本当は解放されたがっている。イッツ ライク ワオ! いまがそのときみたいだ。新しい音楽がそう教えてくれる。


 でもこのアルバムが傑作か、そうでないのかはまだ答えが出ない。何故ならベックはまだ残り半分の自分を探している途中だから。次はまたいつもの脱力サウンドに戻る可能性だってある。だけど私は、雨あがりの虹みたいに、出会った人の気分を一瞬で明るく変えてしまうこのカラフルなアルバムを好きにならずにいられない。ベックの色。ベックの夢。ベックの愛。ベックの人生を。これぞ音楽だといわんばかりのその音楽を。

大久保祐子

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