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チクチクビー、チクチクビー

チクチクビー、チクチクビー

第1回 前野健太が自分から語りたがっているようには見えなくて

三田 格 Nov 17,2009 UP

 仕事の場面で誰かを誰かに紹介することは多い。このところ、そのような場面でいきなり自分のことを克明に「説明」する人が増え、いささか面食らっている。え、なんで、それ、いま、必要? ......と思った時にはもう遅い。それは売込みとも違うし、本人に自覚があるのかすら怪しい。とにかく僕からしてみれば突拍子もなく、リアクションがまったく思いつかない。困ったとしかいいようがない。

 菊地成孔がフロイトを持ち出した辺りからそれははじまっていたのかもしれない。僕の記憶ではECDがまずはそれを新たなステージに上げ、海猫沢めろんや香山リカがその後に続き、『モーニング・ツー』ではじまった新連載を読むと、西島大介も同じことをはじめようとしているように見える(雨宮処凛や吉田アミもそうなのかな?)。そう、00年代に人気が出た人たちは、なぜかこぞって「自分語り」に手を染めている。西島の連載を指して僕がそういうと、NUの戸塚くんは「そういえば佐々木敦の新書も自伝に読めなくもない」といい、それを聞いていたタキシムが「実際に、次は自伝を書いているようですよ」と会話に割り込んできた。本当かどうかは知らない。すでに自伝として読めなくもない本が書かれているというのだから、それで充分だろう。僕たちはその時、クアトロにいた。31年ぶりに聴いたフューの演奏が終わり、初めて聴く前野健太のステージがはじまる直前ではなかったかと思う。自分探しの90年代から自分語りの00年代へ。『SPA!』の中吊り広告じゃないんだから。

「自分はない」というのが80年代の流行りだった。蓮見重彦の文章からは主体を指し示す指示代名詞が消えてなくなり、思想界というところでは「私は」とか「僕は」と書く人は跡形もいなくなった。例外は粉川哲夫と栗本慎一郎だけで、僕はこの2人にフィリップ・K・ディックについて書いてもらうことにした(『あぶくの城』)。フィリップ・K・ディックの小説もまた主体がはっきりしていないものが多い。『ヴァリス』が4重人格の話ではないかと思うようになったのは、だいぶ後のことだった。

 自分について語る人は、だから、あまりいなくなってしまった。それまでは全共闘の昔話が主流だった。その代わりにモノについて語る人が増え、10年も経たないうちに「おたく」というタームが広まった。それもまた異常なことだと認識されることになっても、自分の話をする人が戻ってきたわけではない。合コンで自分のことばかり話す人が嫌われるのと同じようなものだろう。ジャック・ラカンやマリリン・モンローの「自分語り」なら聞きたかった人たちもそれなりにいただろうけれど、どう考えても一般にその流れが戻ってくるとは思えない。自分の話をひとつの例として、ある種の普遍性に還元するんだという意気込みがある場合もあるだろう。マイケル・ジャクスンや『ベンジャミン・バトン』のようにあまりにも特殊な話なので、単なる自分語りとは違うんだと主張する向きもあるだろう。それぞれの動機というものはわからないし、そこまで踏み込む気はない。しかし、それは同時多発的に増え、いまや、僕の会議の席にも押し寄せてきている。少しばかり辟易とさせてもらうことは許してもらえるだろうか。

 ECDも海猫沢めろんも香山リカも西島大介も佐々木敦もすべてに目を通して共通していえることがあれば、この文章も締まったものになるはずだったけれど、しまった......どれも読んでいなかった。とくに友だちのことはあまり詳しく知りたくないということもある。クラブで知り合った人たちとは、いつも、そのように付き合ってきたし、その方がいざとなったら助け合うことは容易だから(ほかではどうなのか知らないけど、クラブで知り合った友人たちはよくわかっていないからむしろ助け合っているとしか思えないことが多い。よく知っていたらとても助ける気にはならないとでもいうように)。そういえば、クアトロのライヴで前野健太がMCで話していた『ライヴ・テープ』を観て、彼が吉祥寺の街を歌いながら歩き続けるシーンはとてもよかったのに(それだけの映画なんだけど)、エンディング近くになって監督が前野健太に歌をはじめた動機を尋ねることですべてが台無しになってしまったような気がした。

彼が歌いながら歩いているシーンはさながら「ひとりサウンドデモ」で、誰ひとり彼のことを振り返らないことや、誰も彼の歌を聴こうとしないために、外に出て大声で歌っているのに引きこもりのように見えてしまうということが世の中との距離感をはっきりと印象付け、それこそテロリストにさえ見えかねなかったのに、彼の個人史がそこで顕わにされることで、その辺にいた人たちとあまり変わらないものに思えてきたのだ。街のなかにあって宙に浮いていた彼の歌を世の中に接着させるもの。それが彼の(強制された)「自分語り」だとしたら、いま、自ら進んで自分語りを行うということは、この世界で無条件に浮いていることに辛さを覚えるようになった人気者たちがどこかに接着されたくて......ま、やめときましょう。どれも読んでもいないし、多分、間違っているし。

三田 格三田 格/Itaru W. Mita
ロサンゼルで生まれ、築地の小学校、銀座の中学、赤坂の高校、上野の大学に入り、新宿の本屋、御茶ノ水の本屋、江戸川橋の出版社、南青山のプロデュース会社でバイトし、原宿で保坂和志らと編集プロダクションを立ち上げるもすぐに倒産。09年は編書に『水木しげる 超1000ページ』、監修書に『アンビエント・ミュージック 1969-2009』、共著に中原昌也『12枚のアルバム』、復刻本に『忌野清志郎画報 生卵』など。

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