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Jim O'Rourke

Jim O'Rourke

All Kinds of People~love Burt Bacharach

B.J.L. / AWDR/LR2

Amazon iTunes

渡邊未帆   Jun 02,2010 UP

 ジム・オルークのプロデュースによるバート・バカラックのカヴァー・アルバムである。ヴォーカリストに細野晴臣、サーストン・ムーア、やくしまるえつこ、坂田明、中原昌也、青山陽一、カヒミカリイ、小坂忠、小池光子、ヨシミ、ダナ・タイラーといったユニークなメンツを揃えていることもあって、ずいぶんとを迎えて話題になった。ことの詳細に興味のある人は、高橋健太郎氏が解説をネットで150円で売っているから参照したらいいと思う。なぜ、ジム・オルークがバカラックをカヴァーしたのか。どんな経緯でこのミュージシャンたちを揃えたのか。楽曲ひとつひとつの背景......。

 もっともその解説を参照したところで、ジム・オルークの音楽は掴もうとしても指のあいだから砂のようにサラサラとこぼれ落ちていく。一見聴き心地の良い、口ずさみたくなってしまうようなポップ・ソング。しかしこのアルバムの音楽世界のなかでは、すべてが微妙に奇妙にずらされて、二重三重に露光されている。それがジム・オルークの仕掛ける「罠」である。その仕掛けを紐解いていくことで、私にはジム・オルークが音楽によって乗り越えようとしているものが聴こえてくるような気がしている。

 まず、外側から入ってみる。この美しいアルバムワークである。イラストは60年代後半のアングラ・カルチャー、サイケデリック・アートの世界を描いた、「幻の絵師PERO」こと伊坂芳太良(1928-1970)。ライナーノーツは入っておらず伊坂のデザインしたトランプ(・・・・のKing,Queen,Jack計12枚)各1枚ずつに各1曲の曲名と参加ミュージシャンの名が記されている。1枚1枚異なるキャラクターの男女が奇妙にエロティックに絡み合うデザインのそのカードは、トランプであるからして、一冊の冊子にはまとめられていない。床に落とせばバラバラと散らばってしまい、また意図的にシャッフル可能でもある。

 このトランプを想像してから、もういちど参加ミュージシャンを見て欲しい。先述したように、ヴォーカリストには細野晴臣、サーストン・ムーア、やくしまるえつこ、坂田明、中原昌也、青山陽一、カヒミカリイ、小坂忠、小池光子、ヨシミ、ダナ・タイラー、ジム・オルーク、ピアノにクリヤ・マコト、黒田京子、藤井郷子、ベースに須藤俊明、ドラムにグレン・コッチェ、スティールパンに町田良夫、トランペットに佐々木史郎、フルートに石橋英子、ヴァイオリンに成井幹子、勝井祐二である。

 こうしたさまざまな文脈を背負った固有名詞を、シャッフルしてバート・バカラックというポップ・ミュージックの代名詞の元に再構成されたのがジム・オルークのこのアルバムなのだ。

 一見脈絡がわからないこの人選。おそらくジム・オルークが、昔から音楽を通して、あるいは日本に来て新たに出会って来た人たちだろうけれども、その出会いの背景とは関係なく、目隠しして一聴すると、何人かの異母兄弟、姉妹のような組み合わせが浮かび上がって来る。やくしまるえつことカヒミカリイのウィスパー・ヴォイス、坂田明と中原昌也のふざけた掛け合い、英語が母国語のサーストン・ムーアとジム・オルークの歌、細野晴臣と小坂忠の低い懐かしい声。この二重露光。明らかに別の背景を持ったヴォーカリストの声の質、発声法、英語の発音の仕方が微妙に重なり合い、ずれて行く。こんな仕掛けがさまざまなところで多層的にされているんじゃないかと思われる。この仕掛けを聴き手が発見していくのが、このアルバムを聴く醍醐味である。

 大雑把にジム・オルークのこれまでの経歴を見てみると、10代でデレク・ベイリーのギターに憧れて手紙を出し、大学ではアカデミックな音楽教育を受け(そこではみなが十二音音楽の作曲などをやっているところリュック・フェラーリなどのテープ音楽に傾倒したという)、その後アンダーグラウンドの世界のノイズ・ミュージシャンたちと自主制作テープの交換、そしてガスター・デル・ソルやソニック・ユースに参加し、その後異国の地、日本にやってきた。

 文脈を壊し、シャッフルし、再構成していくこと――これがジム・オルークが「大きな物語」に対しても、ジム・オルーク自身の「小さな物語」に対しても繰り返し実践してきたことである。例えば――、ジョン・ケージや小杉武久やスティーヴ・ライヒといった現代音楽の文脈で語られる作曲家たちの作品をロックの文脈に持って来た『Sonic Youth/Goodbye 20th Century』(1999)や、武満徹の図形楽譜作品「ピアニストのためのコロナ」をピアノやオルガンやフェンダーローズで再解釈した『コロナー東京リアリゼーション』(2006)といった作品は、大きな物語の別の文脈からの再構築に挑んでいたし、個人の最近の活動を見ると、来日以降は坂田明との『およばれ』(2006)でバリバリのフリー・インプロヴゼーションの一発録音を出したかと思ったら、前作『Visitor』(2009)ではアルバム1枚全1曲40分のすべて独りでじっくりと演奏した多重録音録音、そしてその後にリリースしたのが今回のようなミュージシャンひとりひとりと向き合ってまとめあげていくプロデュース作品である。ジム・オルークはつねに罠を仕掛けては、乗り越えていくのである。

 だから、このアルバムのなかでも相変わらず「罠」は仕掛けられている。ポップですぐに口ずさみたくなってしまうバカラックのメロディーのはずが、私にはこのアルバムを聴けば聴くほど奇妙なズレを持って聴こえてくるのだ。そしてこれが言うまでもなく、表層的にはキャンディーのようにつるつるしておいしそうな、でも実際にはギスギスと多層的にズレを生んで、奇妙に絡み合った現在のこの我々の世界を映し出している。ジム・オルークの音楽に仕掛けられた「罠」しかり、現在の我々の行きている現実世界の「罠」を発見し(時には自ら仕掛け)、乗り越えていくのも聴き手の役割であると思う。

渡邊未帆