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灰野敬二

灰野敬二

@Koenji Showboat

December 30, 2009

渡邊未帆   Jan 01,2010 UP
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 若者で満員のHair Stylistics(中原昌也ほか)、巨人ゆえにデカイ、ゆらゆら帝国のリキッドルームでのライヴのあと高円寺へ向かった。開場午前1:00、開演午前1:30、毎年恒例の高円寺ショーボートでのオールナイト灰野敬二ソロ・ライヴである。このレポートはリキッドルームに一緒に行った野田さんが、そんなライブをハシゴする女子をめずらしがって要請してくださって書いているものである。日本では珍しいかもしれないけれど、世界的に見ればある人たちにとっては羨ましがられるハシゴなはずだ。(野田さんは高円寺には来なかったけれど)。

ショーボートの前の通りには遠目に行列ができていた。セッティングのために開場が少し遅れているようで、灰野さんから差し入れのホッカイロが配られているところだった。しばらく高円寺をぶらぶらして、「こんな時間になにしてんの? これから飲みに行かない?」という高円寺の健全な青年のナンパを「これから大事なライヴがあるのでごめんなさい。また今度ネ。」と振り切って、もう一度ショーボートに向かった。30歳の女子一人、晦日に灰野敬二ソロ・ライヴに行く。これは完全に今の日本社会のフツーの人から見たら「負け」に思われても仕方ない。そのナンパに乗った方がもしかしたらナンボかまっとうな人生を送れるかもしれない(この世界では、多少無理してでもミニスカートを履いていれば簡単にカモフラージュできることを私は知っている)。しかし、もう一度書くけれど、晦日に三十路女一人オールナイト灰野敬二ソロを聴きに行く。私はそういう人生を選んでしまった。

 会場に流れるミッシェル・エルマンの『ヴァイオリン小品集』とサンダルウッドの香りで、その場の空気は整いはじめているようだった。だいたい5~60人の青年ともおじさんともつかない人やカップルが少し。午前2時40分、エレクトリック・アコースティック・ベースの耳を劈くような鋭い音ではじまった。灰野敬二は幾重にもサンプリングとミキシングで自分自身を重ねていった。彼が「自分自身のモノフォニーが創れない奴はポリフォニーが創れるわけがない」と何度も口にしていたのを聞いたことがある。自己を次々と他者として突き放しては、その他者になった自己をまた受け入れて、変容させていく。

 私は体調が万全ではなかったので、心地よいリズムボックスとエフェクターの電子音の爆音に途中何度も意識が遠のいてしまった。また意識を取り戻すと、その度に灰野敬二は、これでもかとまだそこにいた。巨大な物語のあと、最後にサンプリングされたタンバリンの音だけが残された。数時間前の自分のタンバリンの音に、灰野敬二はまたタンバリンを重ね、吟遊詩人のようにステージを去った。時計を見たら午前5時半。私はすでに体力的にかなりきつくなってきたのだけど、これから後半がはじまる。

 もはやなにから後半がはじまったか記憶は定かではない。目を空けると万華鏡のように、巨大な13弦バロックリュートを爪弾く灰野敬二、インドの楽器エスラージを奏でる灰野敬二、スチールギターで聴いたことのないような音色をビュンビュンとかき鳴らす灰野敬二がいた。そして最後にやはりSGのギター!さっき聴いたゆらゆら帝国の坂本慎太郎もSGをかき鳴らしていた。ポップでオシャレなコード進行にいわゆる「アヴァンギャルド」な要素を重ねて、若者たちを「こっちの世界」に導くゆらゆら帝国。そのギブソンSGで、むしろ灰野敬二が清々しい轟音でG!-A!-D!のコードを続けていた。「日本のアヴァンギャルドの帝王」が弾くスリーコードの美しさよ!この壮大な儀式は、フィンランドの楽器カンテレの悲しい音色に乗せた声で締めくくられ、会場はこれまでの爆音が嘘のように、自然に静寂に戻った。

 もはや私の携帯電話の充電は切れていた。時間を人に聞いたら午前8時半は回っているらしかった。6時間聴いたあと、なぜか私の体力は回復してきて、まだこの空気に触れていたいと思った。灰野敬二とスタッフと一緒におしるこを食べて一息つくと、灰野敬二はこのすさまじい演奏のあと「これからディスクユニオンに行くつもりだ」と言った。

 人間の生命の終わりに直面してしまい、「人が生きている」ということは一体何なのか、ということに取り憑かれているこの年末。ここに答えのひとつを見た気がした。「人が生きている」ということは、「6時間のソロ・ライヴのあとに、まだ中古レコード屋に行って他人のレコードを買いたいと思うかどうか」ということなのだ。つまり、自己と格闘し尽くした後に、まだ新たな他者を受け入れていく欲望を持ち続けられるかということである。その命がけの「欲望の無限ループ」のなかで、現代人は矛盾を抱えながらも、生きていく方法を見つけなければならない。(後日聞くところによると、信じられないことに灰野敬二は新宿と中野のディスクユニオンをハシゴしたらしい。)

 この日体験した音も感動も、もう二度と再現できない。ただ、今まだ耳の奥に鳴り続けている耳鳴りだけが、この場にいたことの確かな証しだ。私の身体に今年最後に灰野敬二の音が刻まれたことは、この上ない快感と幸せである。この耳鳴りを絶やさないように、私は灰野敬二を聴き続けるだろう。

渡邊未帆