Home > Reviews > Live Reviews > Eccy、あるぱちかぶと- SLYE RECORDS presents COLD STEEL…
ダブステップで踊りたい――身も蓋もないその思いは、ここ1~2年で突然変異のように多様化したこのジャンルの魅力に取り憑かれ、いまどき12インチを漁っているような人間にとっては拭い去れない衝動である。先日、2年もの休止を経てようやく再オープンする宇川直宏の〈マイクロオフィス〉(まだ準備中)に行ったときも、彼の自慢のファンクション・ワンでイターナルの『メッセージ・フロム・ザ・ヴォイド』を鳴らしてもらったほどだ。そういうわけで、エクシーのDJとクオルタ330のライヴが聴けるのであればと、昔同じ編集部で臭いメシを食った仲間である西崎博之の送別会を抜けて、僕はひとりで渋谷の〈プラグ〉へと向かった。その夜は、あるぱちかぶとのライヴもある。あるぱちかぶとというのは、つい先日目の眩むようなデビュー・アルバムを発表したばかりの、まだ20代ちょいの才気溢れるラッパーである。
午前0時ぐらいに会場に着くとフロアは若い連中で賑わっている。ほとんどが20代前半だろう。間違っても30代はひとりもいない......が、40代はふたりいた。僕とY氏である。これだけ若者で埋め尽くされたパーティに行ったのがものすごーく久しぶりだったので、それだけで充分に新鮮だった。フロアにいるのは50人ぐらいだったが、20年前のレイヴ前夜の東京のクラブもこんなものだったので、懐かしくもあった。もっとも、若い世代による若いダンス・カルチャーの素晴らしいエネルギーがみなぎっているこの夜のフロアは、ノスタルジーに浸ることなど許さない。
EMFUCKAのDJ、小宮守のライヴ、HAIIRO DE ROSSI のDJとオロカモノポテチのMCがフロアを盛り上げる。Broken HazeのライヴDJを経て、クオルタ330のライヴがはじまる。もったいつけるようにしばらく間をおきながら、ダブステップのあの揺れるような汚い低音が飛び出す。格好いい~!
ロンドンの〈ハイパーダブ〉(ダブステップの最重要レーベル)から作品を出しているこの日本人クリエイターの音楽は、既発のモノに関して言うなら、テクノ・ポップをダブステップに変換したような作風を特徴としている。が、ライヴではレコードで聴ける"ブリープ"なテイストはなく、そしてダブステップは彼の音楽の一部であり、すべてではなかった。とはいえダブステップ世代らしいセンスが随所にあって、新鮮なテクノ・サウンドを披露した。
そこへいくとエクシーは彼のダブステップ体験を存分に発揮した。既発のダブステップ音源を自分流に手を加え、さらにそこに自分の音源を混ぜたりしながらのライヴDJだった。最後はビョークの"ハイパーバラッド"の彼自身によるダブステップ・ヴァージョン。上機嫌になって「未来は明るいね!」と、僕はY氏に鼓膜に喋ったほどだ。
あるぱちかぶとはフロアからは目が見えないほど帽子を深くかぶって登場した。右手にはマイク、左手にはスナフキンの指人形があった。その姿はラッパーというよりも、別の世界から何かの間違いで迷い込んだ少年だった。彼は手はじめに、"完璧な一日"と"トーキョー難民"といったアルバムのなかでもとくに印象的な曲を続けざまにやった。あのおそろしく大量な言葉をアルバムに録音されたスピードで彼はラップした。世界への冷酷な眼差しと温かい慈しみが交錯する"完璧な一日"はライヴではなおすさまじく、"トーキョー難民"で綴られる猛スピードの風景はその場を圧倒した。あるぱちかぶとは時折フロアに目をやるものの、多くはステージの右から左へと往復して、たびたび天を仰いだ。最後の曲は"日没サスペンデッド"だった。「だけど欲張って他人の人生を生きるなんて/そんな愚かなことはないだろ?」――曲のなかでとくに印象的なこのフレーズは、人生のロールモデルとなる大人が不在のこの国の子供たちの、静かな決意のように思える。
新しい言葉と音が渋谷の暗い暗い地下2階で、胎児のように動いていた。鮮烈のラッパーのライヴが終わったとき、時刻は午前4時だった。僕は長い距離を歩いて、そしてタクシーに乗った。
野田 努