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編集後記

編集後記

編集後記(2018年7月9日)

野田努 Jul 09,2018 UP

 プレイという言葉には、競技をするという意味のなかに、遊ぶ、ふざけるというニュアンスも含まれている。ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』ではないけれど、遊びの要素があるからこそフットボールはスポーツとして世界中に広がったのだと思う。もっともスポーツがプロ化すると、まずは敗北しないことが優先されるので、遊びやふざけの要素は軽減されて、たとえば官僚制のようなスタイルのフットボールが横行したりする。
 そういうなかにあってブラジルは、つねに遊びの要素を保持する国だった。フットボールの母国はイングランドであるが、それをまったく別の視点で再定義したのがブラジルだった。フェイントという相手を欺くテクニックを真似ることは、ぼくは静岡出身なので、子供が遊びでやるときは、それがひとつフットボールをやるときの楽しさだったけれど、歴史的にいえばこのフェイントなるテクニック/スタイルは、社会的弱者のブラジルのアフロ・ディアスポラが支配階級からの暴力をかわすため/おちょくるために磨き上げてきたものだったと言われている。彼らはゲーム(試合)をプレイしている。そして最高潮のときのブラジルは、それはスポーツというよりもアートであり、優れたフリー・インプロヴィゼーションになるんだけれど……まあ、そんなうんちくはともかく、単純な話、見ていて楽しいのがブラジルのフットボールなのだが、そのチームがベスト8でいなくなったのは、なんとも寂しいものである。(しかも、中原仁さん監修の『21世紀ブラジル音楽ガイド』を校了したその日の晩に!)
 もっとも今回はVARという、監視カメラみたいなものが採用されたかどで、ネイマールはさんざんな非難を浴びている。マラドーナの「神の手」を繰り返さないよう、今後のW杯はこのヴィデオ装置とともに歩むことになるわけだ。
 また、いまでは南米の主要選手のほとんどがヨーロッパのエリート・リーグでプレイしていることを考えれば、政治経済と同じようにフットボールもひとつの大きな転換期をのなかにいるのだろうが、ぼくとしてはこの競技からフェイントの文化がなくならないことを祈るばかりだ。
 仕方がない。ここはマルコス・ヴァーリの「平和とフットボール」を聴こう。

Marcos Valle - Paz e Futebol

 日曜日はGonnno & MasumuraのCD発売記念ライヴが代官山ユニットであった。ヨーロッパ的なテクノのミニマリズムとアフロが再定義したドラミングとの激突、融合、混合がおよそ1時間にわたって繰り広げられたわけだが、最初はぼーっと立っていたオーディエンスも最後には踊って、良いヴァイブレーションのなかで演奏は終わった。はじまったばかりのこのプロジェクトはいまも進化の途中にあるが、その旅が楽しみの旅であることはライヴを見るとよくわかる。
 しかしなー、ついに4強入りを果たしたイングランドを報じるガーディアンの見出しに、イングランドの狂乱(delirium)という言葉があった。「デリリウム」は、レイヴ・カルチャーの時代にさんざん使い回された言葉で、クラブの名前にもなった。このままクロアチアに勝ってしまったら、ただでさえフットボールに熱狂的なイングランドはどうなっちまうんだろうか。
 ぼくが初めて見たときのW杯は、出場国がまだ24カ国の時代だった。1998年に日本が初めてW杯に出たときの放映権は、現在の100分の1だった。FIFAの強欲さはこれまでもたびたび指摘されていることだが、インターネットとスマートフォンが普及してからのW杯は、たしかになんかいままでにはない「デリリウム」を生んでいる。

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