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interview with Kenichi Hasegawa

interview with Kenichi Hasegawa

極北の歌のなかの光景

――長谷川健一、インタヴュー

松村正人    写真:三田村陽   Mar 05,2013 UP

長谷川健一
423

Pヴァイン

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 2010年の『震える牙、震える水』はうたものあるいは弾き語り“群”、といういい方が正しいかはわからないが、在京都のシンガー・ソングライター、長谷川健一は、そろそろそうなりつつあった歌手たちのなかでも異彩を放っていた。静かで美しく透き通った歌の数々に、私はその3年前の〈map/comparenotes〉からの2枚同時リリースのミニアルバム「凍る炎」「星霜」を見過ごしていたのを悔やみつつ、まだこんな歌い手がいるのか、京都という街はまことに底知れぬものよ、と詠嘆調で独りごちたのである。そこから2年、長谷川健一のセカンド『423』は、初期集成的な位置づけの前作からさらに進んだ歌の地平にある。世界観とかいう知った顔の言葉ではない、奥行きのある情景があり、歌のなかに暮らすひとびとの目からそれを描く。目に映る光景は移動していくが、ロード・ムーヴィ的というのではなく、1曲目のタイトルにもなっている“あなたの街”が歌のなかに突如現れるような感じである。音楽は前作よりも、余白をつくり、石橋英子(ピアノ)、山本達久(ドラムス)、波多野敦子(ヴァイオリン)、石橋英子ともう死んだ人たちの面々が色を、しかし淡色の色を添える。プロデュースはジム・オルーク。今回、インタヴューして、長谷川健一の音楽遍歴を知って聴き返すと、前作から今回にかけて、多大な影響を受けたというジェフ・バックリィやフリージャズの要素は完全に声と音と言葉の響き合いに昇華されていることに気づく。そしてやがてそれらさえ歌になってふりそそぐのである。

基本というヘンですが、何かが足りないからひとりというのではなくて、ひとりでつねに100パーセントという感じを、ジェフ・バックリィに感じたので、ひとりでやることに抵抗はなかったです。

■長谷川さんの前作『震える牙、震える水』を拝聴しまして、めずらしいタイプのシンガーだと思いました。こと日本においては、といういいかたをしていいかはわかりませんが、昨今のフォーク・ブームには長谷川さんはあまりそぐわない存在なんじゃないか、と思いました。

長谷川:だと思います(笑)。

■歌の歌い方にしろ、歌に描かれている世界にしろ、そういうものがどこから来たのか気になりました。歌いはじめたのはいつくらいからだったんですか?

長谷川:大学出るころなので、15年くらい前ですかね。

■1976年生まれですよね。

長谷川:そうです。もともと歌謡曲だったり、そういうものは聴いていたんですけど、フリージャズとか即興とか、わりとそういう音楽にのめりこんだ時期があって、それが二十歳すぎとかですかね。

■フリージャズというと、ジャズの十月革命とか〈ESP〉とか、そういった感じですか?

長谷川:阿部薫がすごいなと思ったんです。そういうひとたちをたどっていって、現役のフリージャズのミュージシャンを観に行ったりしました。高木元輝さんとか、観に行ったちょっと後に亡くなったり、そういったこともありました。

■フリージャズを聴いて弾き語りをはじめるのもめずらしいと思いますが、ちなみにハセケンさんはそのとき楽器をやられていたんですか?

長谷川:オヤジがずっとクラシック・ギターをやっていて、中学2年のころ、ガット・ギターをもらったんです。家にさだまさしの本があって、弾いてみたいんですよ。“秋桜(コスモス)”だったと思うんですが、あんまりおもしろくなかった。それでちょうど高1のころに尾崎豊が死んだんです。それまで知らなかったんですが、聴いてみたら、気に入って、『弾き語り全曲集』を買ってきたら、シンプルにつくっている曲が多かったんですが、なかには本人が歌ったものに、アレンジャーか何かがピアノで合わせたんじゃないかな、という曲もあるんですね。そういった曲のコードを全部ギターに置き換えているものもあるので意外と複雑だったりもする。和音をひと通りそこで覚えて、そうしているうちに曲をつくりたいなと思うようになったんですが、フリージャズも聴いていたので、好きな音楽とやりたい音楽をどう折衷するか、という課題がめばえました。いま思えば、折衷しなくてもいいんですけど(笑)。

■たしかに(笑)。

長谷川:若かったのかもしれません(笑)。それまで僕は宅録していたんですね。ベースとかほかの楽器も全部自分で入れていたんですけど、バンドは組んでいませんでした。それで、テープをあげたひとに、ライヴやらないんですか、といわれて、じゃあやろうか、と。消極的に(笑)、はじめたんです。人前で歌ったことがないので、恥ずかしいし、技術もなかったので、ムチャクチャ練習しました。そのころから、ファルセットを使っていたんですね。ジェフ・バックリィはご存知ですか?

■もちろんです。

長谷川:僕はジェフ・バックリィが大好きなんですね。他にはブラック・ミュージックとかが好きなので、男の裏声って好きだったんですけど、いざ弾き語りとか、うたものを聴いているひとの前で出て歌ったときに、なんだこれは、という反応があったんです。15年前ですから、平井堅とか森山直太朗とかがラジオで流れる時代でもなかった。そのときから声質は変わりましたが、スタイルはあまり変わっていないんですね。

■好きな音楽の影響から自然とそうなった?

長谷川:家で音楽を聴きながら歌ったりしているうちに、わりと普通にそうなりました。自分でも曲をつくっているうちに自然にできたというか。そこはあまり意識してはいなかったです。高いところを歌うから高い声を出すんだ、という単純なものでした。

■曲のイメージに身体を合わせていったんですね。

長谷川:身体を改造していくというか(笑)。

■ジェフ・バックリィの『グレース』が出たのは90年代前半(1994年)ですよね。

長谷川:はっきり憶えていないんですけど、ジェフ・バックリィがデビューしたとき、テレビで“グレース”が少しだけ流れたんですね。7時54分とか、番組の合間の数分の音楽番組だったと思います。それを聴いて、不思議な音楽だな、と思ったんです。高校生のときは『ロッキング・オン』を読んでいて、そこに情報が載っていたので、CDを買って聴いてみたら、すごかった。彼はバンド・サウンドでもやっていますけど、彼の弾き語りがすごい表現力だと思ったんです。ひとりでこういった世界観がつくれるんだ、と。そういうのが最初にあったので、出発がひとりだったんです。

■それが指針になった?

長谷川:基本というヘンですが、何かが足りないからひとりというのではなくて、ひとりでつねに100パーセントという感じを、ジェフ・バックリィに感じたので、ひとりでやることに抵抗はなかったです。

■バンドを組む必然性は感じなかったということですね。

長谷川:バンドというよりも、まわりには即興をやっているひとが多かったんですよね。バンドを組んで、歌ものをやっているひととはあまりつきあいがなかったんですよ。

取材:松村正人(2013年3月05日)

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