「Low」と一致するもの

Oliver Coates - ele-king

 そうじゃない。そういうことじゃないんだ――。
 きっとあなたも経験したことがあるだろう。いわゆる正統なクラシカルの教育を受けたアーティストがエレクトロニクスを導入してテクノやIDMを試みたときの、あのどうしようもない違和感。たいてい電子音やノイズは装飾の域に留まっているし、それを肴にストリングスやピアノが酒宴を張るだけの結果に終わってしまうこともしばしば。あるいは逆に、身体性を意識するあまりビートが妙に強調されすぎていたり。違和感というよりも「残念」とか「無念」といったほうが的確かもしれない。

 ジョニー・グリーンウッドとの共同作業によりぐんぐんと知名度を上げているロンドン・コンテンポラリー・オーケストラ、その一員たるオリヴァー・コーツもまた、そのようなクラシカルの文法をしっかり身につけたチェロ奏者だ。いや、「しっかり」なんてもんじゃない。かつて王立音楽アカデミー史上最高の成績を収めたというのだから、相当なエリートである。その気負いもあったのかもしれない。彼のファースト・アルバム『Towards The Blessed Islands』(2013年)は、クラシカル~現代音楽のなかで「しっかり」前衛を追求する作品だった。
 ただ、彼がそのアルバムでスクエアプッシャーをカヴァーしていたことは心に留めておくべきだろう。原曲は『Ultravisitor』所収の小品“Tommib Help Buss”で、複雑なリズムや音響が展開されるものではないが、その選曲は、オリヴァー・コーツのなかにクラシカルとは異なるプログラムが走っていることを教えてくれていた。
 そこから遡ること5年、彼はバービカンでおこなわれたミラ・カリックスのパフォーマンスにチェロで参加しており、その成果は『The Elephant In The Room: 3 Commissions』(2008年)として音源化されている。そのとき縁が結ばれたのか、翌年ふたりは〈Warp〉が設立20周年を記念して編んだコンピレイション・シリーズ『Warp20』でボーズ・オブ・カナダの楽曲をカヴァーしてもいる。これらの事実に、彼がオウテカのファンであるという情報を付け加えれば、いかにオリヴァー・コーツがIDM~エレクトロニカを愛好する音楽家であるかがわかるはずだ。

 そんな背景を持つ彼もまたきっと、あの「そうじゃない」という感覚を味わったことがあるに違いない。だからだろう、その後オリヴァー・コーツは、映画のスコアなどを除けば、基本的にIDM~エレクトロニカの側に軸足を置くことになる。弦の音響効果から巧みにダンス・グルーヴを抽出した2014年のシングル「Another Fantasy」はその最高の成果のひとつだし、積極的にエレクトロニクスを導入したセカンド・アルバム『Upstepping』(2016年)もその延長にあるといっていい。そうした正統なクラシカルからの離脱運動は、〈RVNG〉へと籍を移して発表されたこの新作『Shelley's On Zenn-La』において、よりいっそう推し進められている。

 彼の長年の相棒であるチェロはほとんどの曲においてエフェクトが施され、はっきりそれとわかるかたちでは鳴らされていない。本作を覆っているのはむしろ、リチャード・D・ジェイムスの影だ。“Charlev”や“Perfect Apple With Silver Mark”などは音の響かせ方やドラムの部分でいやでもエイフェックスを想起させるし、“Faraday Monument”や“Cello Renoise”なんかは完全にドリルンベースの再解釈である(前者はどちらかというとトム・ジェンキンソン寄りかも)。とはいえ、それがたんなるモノマネに陥っているわけではないところが本作の魅力で、そのような往年の〈Warp〉を彷彿させる音響空間に、「違和感」なく女性ヴォーカルや加工されたチェロを重ね合わせていく手腕は見事というほかない。“A Church”の紡ぎ出すグルーヴの心地良さといったら!

 オリヴァー・コーツは近年、ミカチューことミカ・レヴィと何度もコラボを重ねているが、直近でもっとも注目すべきなのはアクトレスとの共演およびローレル・ヘイロー新作への参加だろう。クラシカル畑出身でありながらその文法に依拠しない彼の態度が、尖鋭的な電子音楽の俊才たちを惹きつけてやまないのだ。
 この『Shelley's On Zenn-La』にはあの「そうじゃない」がない。本作はなによりもまずエレクトロニカとして優れた作品であり、だからこそモダン・クラシカルとしても高い完成度を有することができているのだと、そう思う。けっして、逆ではない。


Yves Tumor - ele-king

 ティームスではチルウェイヴに挑戦し、ザ・ムーヴメント・トラストとしては〈NON〉からEPを、イヴ・トゥモア名義では〈PAN〉からアルバムを、他にもシルクブレスやベケレ・ベルハヌなどなど、多くのユニットやソロ・プロジェクトでリリースを重ねてきたショーン・ボウイ。昨秋〈Warp〉と契約し大きな話題を集めた彼が、去る9月5日、唐突にニュー・アルバム『Safe In The Hands Of Love』を発表しました。現在デジタル限定での販売となっているこの新作ですが、なんと10月12日に国内盤CDが発売されます。ボーナス・トラックに加え、歌詞対訳も付属するとのこと。アートワークも強烈ですが、リリックも気になるアーティストですので、これは嬉しいお知らせです。

YVES TUMOR
時代を切り拓く謎の先駆者となるのか?
〈WARP〉移籍で話題を呼んだイヴ・トゥモアが
突如フル・アルバムをリリース!
ボーナス・トラックを追加収録した国内盤の発売も決定!

ベルリンの最先端を行く実験的レーベル〈PAN〉からの前作『Serpent Music』が、アルカやブライアン・イーノらと並んで、米Pitchforkの【The 20 Best Experimental Albums of 2016】に選出されるなど、最高級の評価を獲得し、注目を集めたイヴ・トゥモア。昨年には〈Warp〉との電撃契約が発表され、同年12月には、坂本龍一のリミックス・アルバム『ASYNC - REMODELS』に、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー、アルヴァ・ノト、コーネリアス、ヨハン・ヨハンソンらと共にリキミサーとして名を連ねた。そして今年7月、移籍後第一弾シングル「Noid」をリリースすると、さっそくPitchforkで【Best New Music】を獲得。その後立て続いて「Licking An Orchid」をリリースし、今週にはBeat 1の看板DJ、ゼーン・ロウの番組で「Lifetime」が解禁(こちらもPitchfork【Best New Music】を獲得)。そして9月6日、それらを収録したフル・アルバム『Safe In The Hands Of Love』がデジタル配信限定でリリースされた。合わせて、ボーナス・トラックが追加収録された国内盤CDも10月12日にリリースされることが決定。

Noid
https://youtu.be/Edthfw5Pbxk

Licking An Orchid (ft. James K)
https://youtu.be/M9teCJVTr_s

Ryuichi Sakamoto - ZURE (Yves Tumor Obsession Edit)
https://youtu.be/umgio5eXg7Y

Pitchforkは、マーヴィン・ゲイやザ・キュアーも引き合いに出し、ディスコ、ソウル、そこにゴシックでダークな音楽性までを包括した“今最も冒険的なアーティストのうちの一人”とその才能を絶賛。鬼の顔のようなアルバム・ジャケット、奇抜な外見とは裏腹にイノセントな表情を浮かべたアーティスト写真、知ろうとすればするほど謎が深まるイヴ・トゥモア。昨年行われた貴重なインタビューの中でも「多くの人は私の存在が何なのか困惑してると思う。けどそれでいい」と自ら語っている。

イヴ・トゥモアによる最新アルバム『Safe In The Hands Of Love』は、10月12日に国内盤CD、輸入盤CD、輸入盤2LPが世界同時発売される。国内盤CDにはボーナス・トラックが追加収録され、歌詞対訳と解説書も封入される。デジタルは9月6日より先行配信中。

label: WARP RECORDS
artist: Yves Tumor
title: Safe In The Hands Of Love
release date: 2018.10.12 FRI ON SALE

国内盤CD BRC-584 ¥2,400
国内盤特典:ボーナス・トラック追加収録/解説・歌詞対訳冊子

[ご予約はこちら]
beatink.com: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=9846
iTunes Store: https://apple.co/2NPfa9a
Apple Music: https://apple.co/2wK3v4b
Spotify: https://spoti.fi/2NSteOW

[TRACKLISTING]
01. Faith In Nothing Except In Salvation
02. Economy of Freedom
03. Honesty
04. Noid
05. Licking an Orchid ft James K
06. Lifetime
07. Hope in Suffering (Escaping Oblivion & Overcoming Powerlessness) ft. Oxhy, Puce Mary
08. Recognizing the Enemy
09. All The Love We Have Now
10. Let The Lioness In You Flow Freely
11. Applaud (Bonus Track for Japan)

ハテナ・フランセ - ele-king

 慣れない猛暑にすっかりバテているパリジャンの野次馬心に火を付けた、ゴシップをお伝えしたく。

 8月1日オルリー空港で、フレンチ・ラップ界のトップに君臨するBooba(ブッバ)とその元舎弟ラッパーKaaris(カリス)が、取り巻きと共に乱闘を繰り広げて逮捕された。その様子は当然スマホで押さえられ、SNSで実況中継され、ファンを大変興奮させた。このニュースは、ネタの少ない夏ということもあり、ゴシップ誌だけでなく、大手新聞各社も総じて取り上げた。フランスを代表する新聞のル・モンド(Le Monde)紙をして「フレンチ・ラップ界で最も待ち望まれた乱闘」とブチ上げるほど。だが、このタイトルは実は大袈裟ではないのだ。

 ことの経緯に入る前に、まず両ラッパーの紹介を。
 多くのラッパーと同じくBoobaも貧困層から這い上がった。パリ郊外シテ(低所得者層向け団地)出身の典型的なバッドボーイだ。ラッパーとしてデビューした後も、ガチであることを知らしめる事件をたびたび起こしている。タクシー強盗で実刑を食らった前科を持ち、銃撃事件で逮捕されたこともある(この時は証拠不十分で不起訴)。そして実母と実弟が誘拐される事件まで起きている。まさにギャングスタを地で行く、フランスを代表するサグ・ラッパーだ。自らを「Duc de Boulogne(デュック・ドゥ・ブローニュ=ブローニュの公爵)と名乗るところも、エゴ肥大系ラッパーとして100点満点のアティテュードだろう。

 一方で、Boobaはビジネスマンとしても成功している。今となってはフランスのラッパーの定番といえる自らのストリート・ブランドの設立。それをまだフランスではあまり盛んでなかった2004年に、セカンド・ソロ・アルバムをリリースしたばかりで早くも成し遂げた。2014年には新しいアーティストの発掘とそのプロモーションの場として、ウェブサイトOKLM(オカエレム)をスタートしたり、同じ趣旨でケーブルTV局も2016年に立ち上げた。

 2017年にリリースした9枚目となる最新アルバム「Trône」では、「ゲーム・オブ・スローンズ」を思わせるジャケ写でドヤ顔を披露。Jul、PNLら新参アーティストやOrelsanなど、2017年はヒップホップの大ヒット・アルバムが多くリリースされた。その中にあってBoobaは、リリース2週間で10万枚のセールスを上げ、アルバム・タイトル通り王座に座り続けていることをアピールした。またアルバム・リリース後は、フランス中の大規模ロック・フェスのヘッドライナーを務めている。このようにヒップホップ・リスナーはもちろんのこと、フランスのオーディエンスにとってBoobaという存在はいまだ大きなものなのだ。

 対するKaarisはコートジボワール出身。父親の死後、母親は7人の子供を連れてフランスに移住。パリ市内の女中部屋(19世紀に建てられた豪華なアパルトマンの屋根裏には、トイレ、シャワー共有、10㎡くらいなどの悪条件の使用人用の部屋がある)を経て、パリ郊外サン・ドニのシテに落ち着く。90年代終わりにシーンに登場したKaarisは、Boobaと違いすぐにブレイクした訳ではない。2012年にBoobaの楽曲”Kalash” にフィーチャーされたことをきっかけに注目される。

 その後もお互いの楽曲に客演し合い、Kaaris はすっかりブローニュの公爵の近衛兵となった。2013年にリリースしたソロ・アルバム”Or noir”が8万枚のヒット。下品でマッチョ、フレンチ・ラップのトラップ代表格として、子供たちの間でも大変な人気を博し、良識ある親たちを辟易させた。

 そんな2人がなぜ乱闘騒動を起こすことになったのか。端的にいうとBoobaとRohffというラッパーとのビーフにKaaris が加勢しなかったから。90年代終わりには競演もしていたBoobaとRohffだが、Rohffがメインストリーム方向に舵を切ったころから対立し始め、2010年代にはフレンチ・ラップ界きってのビーフとなる。2014年にはRohffと取り巻きがBoobaのストリート・ブランドの路面店を襲撃して、店員暴行事件まで起こしている。そのようなガチ対立の中、KaarisはBooba陣営であることをハッキリ表明させなかったとしてブローニュの公爵はご立腹、かつての舎弟とのビーフが勃発した。お互いにSNS上を主な舞台にやり合っていたのだが、ついにこの8月3日にフィジカルな衝突が発生。彼らはイビザのクラブに同日にブッキングされていた。どうやらBoobaがブッキングされたのを知って目と鼻の先のクラブがわざとKaarisをブッキングしたらしく、バッドボーイを看板に掲げるビーフ関係のラッパー2人が、オルリー空港で鉢合わせした。誰かが意図的に工作したとしか思えないこの”偶然の”出会い。真相はどうにしろ、挑発的な状況であったことは確かだ。そしてコワモテが信条の二人が、この偶然を黙ってやり過ごしたらそのイメージに齟齬が生じる。やらない、という選択肢はなかったのではないだろうか。

 監視カメラの映像によると、その”待望の”衝突を先制したのはBoobaらしい。免税店などをぶっ壊し、居合わせた乗客に大変な迷惑をかけたが、乱闘自体で重傷者が出ることはなかった。空港セキュリティと警察により制圧され、Booba側が本人入れて8人、Kaaris側が本人含む6人が逮捕された。8月3日の予審の様子は各新聞が取り上げた。左寄りインテリ紙ラ・リベラシオン(La Libération)ですら「Kaarisのチケットいくらか知ってっか? ここならターダーよ、兄弟!」と、ファンが大量に押しかけた様子などを詳細にレポート。ファン・ミーティングなみの興奮の中、9月4日まで裁判が延期されることが決定。彼らの夏の公演やフェス出演は全てキャンセルとなった。特にBoobaはフェスではヘッドライナー級なので、多大な損害が生じた。すぐにSNS上で「B2O(Boobaの略称)K2A(Kaarisの略称)を解放せよ! ベナラ(大統領側近でデモ参加者に違法に暴行を働いた)は捕まらないのにラッパーは拘留か!」と抗議が起きた。一旦却下された釈放が認められ、両者とも8月23日に3万ユーロの保釈金を支払い一旦釈放となった。9月4日の裁判では、重ければ10万ユーロの罰金と10年の実刑の可能性もある。特にBoobaは、パリ郊外再開発近代都市、ラ・デファンスで4万人を収容する「La Defence Arena」の大規模な公演を10月13日に控える身。裁判の結果次第では、さらに大きな経済的ダメージとなることもあり得る。その裁判の結果をフランス中が好奇心満々で待ち受けている。

 古くはマクドナルド、そしてスターバックスを経てアマゾンなどアメリカ・モデルに懐疑的なフランス。だがヒップホップに関しては、ケンドリック・ラマーからデザイナーまでアメリカのアーティストも熱狂的に支持され、ギャングスタ・スタイルも1ジャンルとして定着している。なぜならフランス人にとってヒップホップはアメリカから輸入されたという意識が少ないからだ。80年代にはフランスにヒップホップが輸入され、ゲットーの音楽としてリアルに根付き、フレンチ・ラップが勃興する。憂さ晴らし、もしくは貧困から抜け出す為の手段としてサッカーとラップは貧困層を中心としたフランスの若者たちにとって「自分たちの言語」になったのだ。だからこそフランス社会の底辺から成り上がったBoobaやKaarisの一挙手一投足は、彼らがかつて属した底辺にいる若者たちにとって他人事ではないのだ。

Louis Cole - ele-king

 去る8月、幕張メッセのステージを丸ごとジャックし、会場を歓喜の空間へと変成した〈ブレインフィーダー〉。その熱風はまだまだ吹き荒れております。サンダーキャットの『Drunk』に楽曲を提供し、また先日同レーベルから自身のアルバム『Time』をリリースしたばかりのルイス・コールが、なんと今年の年末、待望の来日を果たします。東京はWWW X、京都はメトロでの公演です。どうやら2018年は最後まで〈ブレインフィーダー〉祭りが続くようですね。詳細は下記よりご確認ください。

〈BRAINFEEDER〉からアルバム『TIME』をリリースし話題沸騰中!
レッチリ、フライロー、クインシー・ジョーンズも絶賛するやべぇ奴
ハイパー・マルチスペック・アーティスト、ルイス・コールが来日決定!

先日のソニックマニアでも話題と観客をかっさらったフライング・ロータス主宰レーベル〈BRAINFEEDER(ブレインフィーダー)〉。今年10周年を迎えますます勢いづくそのレーベルから、話題のアルバム『Time』をリリースしたばかりのルイス・コールの来日公演が決定! 強烈にグルーヴィーでスウィートな名曲たちがギッシリ詰まった新作の他、レーベルメイトであるサンダーキャットの大ヒット・アルバム『Drunk』への楽曲提供・プロデュース参加でも証明してきた、その優れたソングライティング能力はもちろん、ドラマー、そしてマルチ・プレイヤーとして、ブラッド・メルドーやラリー・ゴールディングスら現代最高のジャズメン、そして故オースティン・ペラルタ等とセッションを重ねていたその凄腕を、この来日公演で目撃せよ! これは見逃し厳禁!

TOKYO: 2018/12/13 (THU) @WWW X
OPEN 19:00 / START 19:30

KYOTO: 2018/12/14 (FRI) @METRO
OPEN 18:30 / START 19:00

前売¥5,800(税込)
別途1ドリンク代 / ※未就学児童入場不可

チケット詳細

東京公演
先行発売:
9/3 (Mon) 18:00~
●主催者先行:Beatinkにて
9/5 (Wed)~
ローチケ・プレリクエスト:9/5 (Wed) 正午12:00 ~ 9/10 (Mon) 23:00
イープラス・プレオーダー:9/5 (Wed) 正午12:00 ~ 9/13 (Thu) 18:00
ぴあプレリザーブ:9/8 (Wed) 10:00 ~ 9/13 (Thu) 23:59
一般発売:
9/15 (Sat)~
イープラス
ローソンチケット 0570-084-003 (Lコード: 74741)
チケットぴあ 0570-02-9999
Beatink
Clubberia
iFLYER

INFORMATION: BEATINK 03-5768-1277 / www.beatink.com

京都公演
先行発売:
9/3 (Mon) 18:00~
●主催者先行:Beatinkにて
9/5 (Wed)~
イープラス・プレオーダー:9/5 (Wed) 正午12:00 ~ 9/10 (Mon) 23:00
ローソン・プレリクエスト:9/5 (Wed) 正午12:00 ~ 9/10 (Mon) 23:00
一般発売:
9/15 (Sat)~
イープラス
ローソン (Lコード: 56266)
ぴあ

INFORMATION:METRO 075-752-2787 / info@metro.ne.jp

変態チックで憎めないルイス・コールのキャラが炸裂!

When You're Ugly (feat. Genevieve Artadi)
https://youtu.be/vS4NxiURhEw
Things
https://youtu.be/RhllQAiEQlM

全パートを自らが演奏するパフォーマンス映像でハイパー・マルチスペック・アーティストの片鱗をチェック!
Phone
https://youtu.be/a6LhO7YsayY

LOUIS COLE | ルイス・コール
LAを拠点に活動するシンガーソングライター、プロデューサー、ドラマー/マルチ・プレイヤー。楽器演奏や作曲・アレンジの多くを鍵盤/管楽器奏者の父、スティーヴ・コールから教わり、南カリフォルニア大学でジャズを学ぶ。ドラマーとして、ブラッド・メルドーやラリー・ゴールディグスら現代最高のジャズメン、そして故オースティン・ペラルタらとセッションを重ねる凄腕でもある。ジェネヴィーヴ・アルターディとのエレクトロ・ポップ・ユニット、ノウワーとしても活動する中、ソロではブライアン・ウィルソン、マイケル・ジャクソン、ジェームス・チャンスなどをバックボーンにもつポップ・ミュージック職人としてサンダーキャットの大ヒット作品『Drunk』にも楽曲を提供。2018年には待望の3rdアルバム『TIME』を〈Brainfeeder〉よりリリース。

label: BEAT RECORDS / BRAINFEEDER
artist: Louis Cole
title: Time
release date: 2018.08.10 FRI ON SALE

ジャズを学び、プレイヤーとしてもメインのドラム、曲作りで主に使うというキーボードなど多くの楽器を自ら演奏するルイス。トニー・ウィリアムス、ジャック・ディジョネット、ネイト・ウッド、キース・カーロックといったドラマーたちに憧れた超絶ドラマーである一方で、彼が築き上げた特異な世界観には『2001年宇宙の旅』や『トロン』といった映画からの影響や、子供の頃にハマったという「マリオカート」や「スターフォックス」といったゲーム音楽からの影響も垣間見られる。秀でたソングライティング能力にスウィートなファルセット・ヴォイス、そして強烈なファンクネスを併せ持った類い稀な才能の持ち主である。

クインシー・ジョーンズ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、フライング・ロータスら、普通では考えられないような面々からこぞって賞賛を受けているルイス・コール。クインシー・ジョーンズは、ルイス・コール率いるノウワーを「クインシー・ジョーンズ・プレゼンツ」の名を冠して行うイベントに出演させている。ルイスはクインシー・ジョーンズの自宅リビングに招待され、マイケル・ジャクソンのカバーを聴かせたときのことを次のように振り返る。

それがある意味オーディションみたいなものだったんだと思う。僕は自分のMIDIキーボードを持参していて、彼はワカモレを食べながら曲に夢中になっていた……部屋には3人しかいなくて、何もかもが現実離れしていた。
- ルイス・コール

一方でルイス・コールは、誰もが自由にその才能を世界に向けて発信し、そこから無限大の可能性が広がる時代を体現している存在の一人でもある。パフォーマンス映像と共に、YouTubeで公開していたユニークな楽曲群が口コミで広がり、ついにはそれを見たレッド・ホット・チリ・ペッパーズのアンソニー・キーディスが、彼らのワールドツアーにルイス・コールを抜擢した。

自分がどうしてレッド・ホット・チリ・ペッパーズのツアーに出てくれって頼まれたのか、さっぱりわからなかった。ローマの会場でステージ裏にいるときも、自分がなぜここにいるのか相変わらずわかってなかった(笑)。そこにアンソニー・キーディスがやってきて、僕をまっすぐ見ながらこう言ったんだ。『なあ、俺はあの“Bank Account”って歌がたまらなく好きなんだ。とんでもなくファンキーだからな』。 - ルイス・コール

アンソニー・キーディス(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)絶賛のビデオがコチラ!
bank account (short song)
https://youtu.be/dAH4zGd_W1s

サンダーキャットのバンド・メンバーであり、本作にも参加しているデニス・ハムの紹介で、サンダーキャットとフライング・ロータスに出会ったルイス・コール。〈Brainfeeder〉の一員で2012年に他界したピアニストのオースティン・ペラルタとも活動。サンダーキャットをベースに迎えたオースティン・ペラルタ・トリオで演奏していたこともある。特別な友人関係を築いたというサンダーキャットとは、彼の『Drunk』で、ルイスが“Bus In The Streets”と“Jameel's Space Ride”の2曲を共同プロデュースしている一方、今作『Time』では、サンダーキャットが“Tunnels in The Air”にヴォーカル参加している。

その他本作には、現代ジャズ・ピアニストの最高峰にて、先鋭的なスタイルでも多くに影響を与える鬼才ブラッド・メルドー、そしてアメリカン・クラシックの興隆に大きな役割を果たしたことで知られるイーストマン音楽学校のロチェスター・ストリングスが参加し、24人編成のストリングスとともにレコーディングが行われている。

https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=9754

bod [包家巷] - ele-king

 ダブステップ/グライムの異才、ヴェックストのクエドとジョー・シェイクスピアによって主宰・運営される〈プラネット・ミュー〉傘下の〈ナイヴズ〉は面白いレーベルだ。
 2015年にリリースされたジェイリン『ダーク・エナジー』も〈プラネット・ミュー〉と〈ナイヴズ〉の共同リリースだったし、2017年にリリースされたベルギーのオブサクゥイズ『オルガン』もロマン主義的なダーク・ミュジーク・コンクレートで、興味深いアルバムに仕上がっていた。
 ベース・ミュージックからモダンなミュジーク・コンクレート作品へ。ダブステップ/グライム世代である彼らが時代の音を追い求める過程で、サウンドやコンポジションが次第に抽象化し、複雑かつ流動的なミュジーク・コンクレートの音響へと至った点は非常に興味深い。
 00年代末期から10年代初頭のアンビエントの時代を表すキーワードを「融解/溶解」とすると、10年代後半のヴェイパーウェイヴ以降のミュジーク・コンクレート・テイストの音響作品は「流動/状態」ではないか。ここでは、そのような「流動/状態」の象徴的な作品として、〈ナイヴズ〉からリリースされた bod [包家巷] の新作『リンピッド・フィアー[清澈恐惧]』を捉えてみたい。ちなみにレーベル初のカセット作品でもある。

 bod [包家巷] は、LAを拠点に活動するアーティスト、ニック・ヂゥーのプロジェクトである。これまで2016年にニューヨークの〈パステル・ヴォイズ〉から『オーケストラ・オブ・ザ・フローズン・ステート[冰国乐队]』、2017年にロサンゼルスの〈ズーム・レンズ〉から『ピアノ・コンポジションズ[钢琴组成]』をリリースしてきた。そのオリエンタルなムードと電子ノイズをミックスさせる手法によってヴェイパーウェイヴ以降ともいえる独自の奇妙さを称えた音響作品を制作している。

 本作『リンピッド・フィアー[清澈恐惧]』は、ニック・ヂゥー・サウンドの集大成に聴こえた。中華的な音楽モチーフと尖ったノイズの交錯は高密度かつ高精度にコンポジションされ、認識がクラッシュしたようなエクスペリメンタル・ポップネスを生むことに成功している。
 彼のルーツでもある中華的なサウンドと西洋音楽的なハーモニーに、10年代的なジャンクなサウンドコラージュとクールな電子音が交錯することで、フェイクともリアルとも区別のつかない新・電子音楽空間を生成しているのだ。だからといって、全体を包み込むオリエンタルなムードに「文化搾取」という感じはまるでしない。エドワード・サイード的な「オリエンタリズム」が希薄なのである。さらにはリドリー・スコット『ブレードランナー』(1982)やウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』(1984)などの80年代的なサイバーパンクの音響=イメージ的な反復でもない。
 「オリエンリズム」に回収されないオリエンタリズム。なぜなら末期資本主義の時代においては、さまざまな局面において、欧米的な世界にアジア的なものが大きく流れ込み、諸々のイメージの固定化が覆され、価値と意味が刻々と変化し続けるからだ(ハリウッド映画における中国資本の大きさを挙げるまでもなく)。さまざまなフェイクや情報が水のように流動化し、次の瞬間には無効化する時代なのである。となれば欧米中心の音楽地図が、一部の状況に過ぎないというのも、現在の音楽リスナーであればいとも簡単に気がついてしまう事実だろう。

 『リンピッド・フィアー[清澈恐惧]』は、そんな時代のムードを称えた現代的なミュジーク・コンクレート・サウンドである。そこに漲っているのは接続への意志というより流動的状態への生成変化だ。自然というより完全に人工的、川や海というより水槽的な音響とでもいうべきか。管理された人工性の希求。それと相反する世界の流動化。水槽への隔離。快適と管理の希求。異物の侵入への恐怖。本作は、まさに現代ならではの多様性とフェイクとホラーが混濁する独自のムードを醸し出している。
 だが、しかし、ノイズは鳴る。水槽の外は想像できないにもかかわらず、である。それは他者への恐怖からかもしれない。現代において不安は存在論的不安ではない。そうではなく水槽の中における他者への不安である。このノイズは閉ざされた世界で自身の身に危険を与える恐怖の表象ではないかと思う。つまり暴力への恐怖だ。暴力は認識や知覚をクラッシュさせる。ニックの音楽はそのような認識の崩壊と再生成を、サウンドのミックスによって往復していく。まるで中国からアメリカへと至ったその人生のように。クロアチア出身のメディア・アーティストの Tea Stražičić と、Jade Novarino の書道による世界認識のクラッシュのようなアートワークも、作品/人生の世界観をうまく表現している。ホラー的なのだ。

 本作『リンピッド・フィアー[清澈恐惧]』は、カセットのA面とB面にそれぞれ1曲という長尺2曲の構成だが、まるでミックス音源のように音は変化し続ける。高音域の電子ノイズも耳に気持ち良い。ラストは天国に昇るような電子音のアルペジオが鳴り響き、唐突に終焉を迎える。このアルバムには快適さと異物への恐怖が共存しているが、この終焉は恐怖の浄化かもしれない。
 この猛暑の8月、私はひたすら本作を聴いていたがいまだ飽きない。2018年の無意識にアクセスするような心地良さを感じたのだ。私は空調も空間も見事に管理された巨大な商業施設を彷徨っている感覚になった。快適であり、文化の行き着く先である。モノ・コトが、無数の商品となり、陳列され、断片化し、流動化する。消費社会の到着地点である。そこを泳ぐように放浪・浮遊することは、どこか水槽の中を浮遊する魚のようだ。巨大な商業施設=モールは水槽である。つまりは快適に管理された自由ともいえる。この場所では大きな物語性は消失したが、商品化(断片化)した物語にアクセスすることはできる。巨大な商業施設=水槽の中を泳ぐ魚のように放浪するのは、そういった断片的な「物語」にアクセスするためではないか。

 あらゆる権利を無化するようにネット上の画像や動画、音楽などをコピーする21世紀のアナーキズム音楽であるヴェイパーウェイヴもまたそのような消費世界の残滓としての「物語」にアクセスする聴取感を持っている音楽に思える。それは現代的なノスタルジアだ。そのような瀕死のアナーキズムとノスタルジアは、欧米的なものからの脱却のようにアジア的な流動的世界感へと合流していく。
 例えば2814『新しい日の誕生』(2015)、『レイン・テンプル』(2016)をはじめとするロンドンの〈ドリーム・カタログ〉の音楽が、この現代において魅力的に聴こえるのは、『ブレードランナー』や押井守監督(原作・士郎正宗)『攻殻機動隊/ゴースト・イン・ザ・シェル』(1995)などのカルチャーのリヴァイヴァルだからではない。
 そうではなく、2814のような音楽は、この20世紀的な物語がデータ化した現代という時代において、「物語的なるもの」を感覚するためには、ただひたすらに断片的なイメージ(音)を摂取するしかないということを明確に示しているのである(ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーは〈ワープ〉以前の作品からそうであった)。それらを彩る日本のアニメ的かつアジア的なアートワークも断片化した世界認識へのアタック/グリッチ効果をもたらすものであり、20世紀のオリエンタリズム的批判意識を壊してしまう。そして80年代的なシンセ音楽もまた10年代的な音響工作によって時代性や歴史性への遠近法を狂わす。
 ここでは「物語」はすでに断片=残骸に等しい。そう考えるとメルツバウ『パルス・デーモン』がヴェイパー系のレーベル〈Bludhoney Records〉からリイシューされたのも当然だった。メルツバウこそ資本主義の残滓によって資本主義社会がもたらす雑音に抗ったノイズ/ミュージックの祖なのだから。

 ともあれ、ヴェイパーウェイヴはインターネット空間の中にある物語=残骸(画像であっても動画であっても音楽であっても、物語の欠片である)をコピーし、エディットし、レイヤーし、コンポジションすることで20世紀の残滓を21世紀的なモードに切り替えた。ノスタルジアがアナーキズムに行き着くのは、サンプリング時代であった90年代といっけん近いようでありながら、ここでは「終わったもの」が違っている。
 「彼ら」は終わったものが何かを分かっている。だが、もはやどうすることもできない。突破の手口はあらゆる方面から閉ざされ、資本主義は疑うこともできない闘争の前提条件になってしまったからだ。ゆえにヴェイパーウェイヴがシニシズムに満ちているのも当然といえる。そして日本的/アジア的なイメージを借用するのも、欧米的なそれとは違うアジアの非弁証法的な資本主義的世界観=流動性から抵抗を試みようとする無意識の発露かもしれない。
 その意味でドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『ブレードランナー2049』(2017)もヴェイパーウェイヴやインダストリアル以降の同時代的な表現といえる。『ブレードランナー2049』のイメージや物語はすべてオリジンを欠いたコピーのコピー(のコピー……)である。物語消失以降の世界における芸術=物語=人間へのアクセスをめぐるアートであった。また、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーの新作『エイジ・オブ』も同様の表現に思える。いわば後期フィリップ・K・ディック的なサイケデリックな認識崩壊的な感覚は、現在はこういった作品たちに継承されているのかもしれない。人間の終わり、世界の不穏化の意識と表象……。

 この bod [包家巷] 『リンピッド・フィアー[清澈恐惧]』にも、そのような「以降の世界」における人間の意識パターンと、その崩壊から再認識へと至る過程を聴き取ることができた。
 ミックス音源経由のミュジーク・コンクレート的音響の生成とでもいうべきものだ。それは音楽文化の残滓の蘇生でもある。過去の借用と盗用のインターネット時代のアナーキズムでもある。それゆえの80年代から90年代初頭の電子音楽の借用でもあった。われわれは水槽を泳ぐ魚のように断片化した物語にアクセスするだろう。そこでは暴力の記憶もある。それゆえのノイズが生成だ。同時に「アジア的なもの」が流動化してもいる。流動化と閉塞。水の中に融解するように変わる世界と突破できない無力感。出口を求める感覚。それゆえに生まれる強いエモーション。
 本作は、いわば流動/状態と情動/生成の同時接続としての新・電子音楽、つまりは「エモ・コンクレート」だ。ここに21世紀前期の無意識があるような気がしてならない。未聴の方はぜひ聴いて頂きたい。


Marquis Hawkes - ele-king

 風向き、勢い、流れ。たしかにそういうものはあるのだろう。アイシャ・デヴィやパリア、あるいはコンピレイション盤『In Death's Dream Kingdom』など、立て続けに佳作を送り出している〈Fabric〉傘下の〈Houndstooth〉から、またも充実のアルバムが届けられた。今回は、ハウスである。

 マーク・ホーキンスはベルリンを拠点に活動しているロンドン出身のプロデューサーで、90年代末よりさまざまなレーベルから数多くのシングルをリリースしている。2012年以降はマークィス・ホークスなるハウス専用の名義も用いはじめ、〈Dixon Avenue Basement Jams〉や〈Aus Music〉などからコンスタントに作品を発表しているが、2014年の「Fifty Fathoms Deep」を皮切りに〈Houndstooth〉とも良好な関係を構築、自身の暮らす「公営住宅」をタイトルに冠した前作『Social Housing』は、そのテーマとディスコ・オリエンテッドなサウンドで注目を集めた。このたびリリースされた『The Marquis Of Hawkes』はそれに続く2枚目のフルレングスとなる。

 来るべき祝祭の予兆を感じさせるビートレスな冒頭の“Beton Theme”、この曲こそが本作全体の鍵を握っている。というのも、この曲を覆うウェイトレスなシンセ・サウンドが、アルバム全体の方向を決定づけているからだ。アースラ・ラッカーが「あなたはただダンスしたいだけでしょ?」と語りかける先行シングル曲の“Don't U”、それに続く“Instrument Of Thought”や“Tough Love”、あるいは折り返し地点に配置された“The Matrix”やアシッディな“Hope In Our Hearts”などなど、その幽玄な音の響きはときにうっすらと、ときに大々的に各々のトラックを彩り、アルバム全体に90年代のムードをもたらしている。それらメロディアスなシンセの来し方をたどれば、いやおうなしにデトロイトに行き着くことになるだろう。

 もちろん、これまでの彼の作品にデトロイト・テクノからの影響がなかったわけではない(そもそも本名名義のほうで彼がやっていたのは、テクノである)。けれども、たとえば前作『Social Housing』は、ジョセリン・ブラウンの参加が如実に物語っているように、全体としてはディスコを志向したアルバムだったわけで、その路線が大きく変更されたのは、前作に引き続きアートワークを担当しているアラン・オールダムの存在が何かしらの影響を与えたからなのかもしれない。DJ T-1000名義などでデトロイト・テクノの一翼を担ってきたかのプロデューサーは他方で、それこそリディム・イズ・リディムの初期名作群のアートワークを手がけたイラストレイターでもあるわけだけれど(現在はベルリン在住の模様)、『The Marquis Of Hawkes』を特徴づけているメロディアスかつウェイトレスなシンセ音は、そういった初期〈Transmat〉や〈Retroactive〉のサウンドを彷彿させもするのである。
 とはいえ本作の軸足はあくまでハウスに置かれており、いわゆるソウルやファンクの要素が失われてしまっているわけではない。注目すべきは最後の“We Should Be Free”だろう。フィーチャーされたジェイミー・リデルが、軽快に突き進んでいくキックとピアノに後れをとるまいと一心不乱に、しかし彼らしく妖しげにくねくねと歌い上げるさまはとにかく最高である。

 今年は折々のタイミングで、デトロイト由来のシンセ・サウンドを響かせる作品が目に留まる。ダニエル・エイヴリーがテクノ~IDMの分野で、エックス・アルテラがジャングル/ドラムンベースの分野で改めてその功績を確認したのだとしたら、ハウスの分野で同じことをやってみせたのがマークィス・ホークスのこのアルバムということになるだろう。散発的に回帰する90年代、あるいはデトロイトの幽霊たち。いまはやはりそういう風向きなのだ。

Noise Assembly by Asian Meeting Festival - ele-king

 2005年に大友良英が新宿ピットインで企画した自主イベントから数えて8回めとなるアジアン・ミーティング・フェスティバル(AMF)がいよいよ開催される。

 2014年から昨年まで国際交流基金の主催のもとで開催されてきたAMFは、今年は国際交流基金を離れて台湾での芸術祭とコラボレートする。台北コントポラリー・アート・センターと協力し、阿里山と台南にて一週間にわたる「サウンド・ツアー」を敢行した後、台北アート・フェスティバルの一環として9月8日、9日の二日間にわたって「ノイズ・アセンブリー」と題した音楽祭を行う予定である。

 dj sniff とユエン・チーワイのキュレーションのもと開催される今年のAMFは、スキップ・スキップ・バン・バンやアリス・チャンなど台湾出身で過去にAMFに参加したアーティストに加えて、台湾の実験的な音楽シーン(現地では「実験音楽」よりも「サウンド・アート」という呼称の方が一般的なようだ)における「第一世代」のフーレイ・ワンやディーノ、あるいは Meuko!Meuko!やベティー・アップルなどの新世代、さらに近隣諸国からゴ・トラー・ミー(ハノイ)、スダーシャン・チャンドラ・クマー(クアラルンプール)、ワンナリット・ポンパラユン(バンコク)、トニー・マヤーナ(ジョグジャカルタ)、エリック・カリラン(マニラ)ら気鋭のアーティストが参加する。大友良英による「日本とアジアのミュージシャンの交流をもっと盛んにしたい」という思いから始まったAMFは、第1回から13年の時を経て、台湾を舞台に、台湾のアーティストを中心に開催されることになった。一体このような事態になると誰が予測し得たのだろうか。

 関連イベントとして「ノイズ・アセンブリー」前夜の9月7日には大友良英による市民参加型のワークショップが開催されるほか、大阪に滞在し難波ベアーズなどでライヴを行なっていた経験もある台北のノイズ音楽家ダワン・ファンと大友によるトーク・イベントも開催。また音楽祭の翌週末には三鷹SCOOLにて「ノイズ・アセンブリー」の成果と可能性をいち早く検証するレクチャー・イベントも開催される予定だ。

 いま台湾では音にまつわる面白く新しい出来事が起きている。わたしたちはそろそろそのことに気づいた方がいい。(細田成嗣)

Noise Assembly by Asian Meeting Festival
https://asianmusic-network.com/archive/2018/06/noise-assembly-by-asian-meeting-festival.html

Noise Assembly by Asian Meeting Festival

Day1(※チケット売り切れ)
日程:2018年9月8日(土)19:30
会場:中山堂(台北市延平南路98號)
料金:800台湾ドル
出演:大友良英(日本)、dj sniff(日本)、ユエン・チーワイ(シンガポール)、ゴ・トラー・ミー(ハノイ)、スダーシャン・チャンドラ・クマー(クアラルンプール)、ワンナリット・ポンパラユン aka ポック(バンコク)、トニー・マヤーナ(ジョグジャカルタ)、エリック・カリラン(マニラ)、王福瑞/フーレイ・ワン(台北)、Skip Skip Ben Ben(台北)、張欣/シェリル・チャン(台北)、張惠笙/アリス・チャン(台南)、劉芳一/ファンギー・リュウ(高雄)
https://www.taipeifestival.org/FilmContent.aspx?ID=14

Day2
日程:2018年9月9日(日)19:30
会場:中山堂(台北市延平南路98號)
料金:800台湾ドル
出演:大友良英(日本)、dj sniff(日本)、ユエン・チーワイ(シンガポール)、ゴ・トラー・ミー(ハノイ)、スダーシャン・チャンドラ・クマー(クアラルンプール)、ワンナリット・ポンパラユン aka ポック(バンコク)、トニー・マヤーナ(ジョグジャカルタ)、エリック・カリラン(マニラ)、Meuko!Meuko!(台北)、許雁婷/ユエンティン・シュー(台北)、黃大旺/ダワン・ファン(台北)、鄭宜蘋/Betty Apple/ベティー・アップル(台北)、廖銘和/Dino/ディーノ(台北)
https://www.taipeifestival.org/FilmContent.aspx?ID=14

フォーラム「Sonic Ideologies」
日程:2018年9月7日(金)15:30〜
会場:中山堂 Fortress Cafe(台北市延平南路98號)
料金:無料
出演:大友良英(日本)、黃大旺/ダワン・ファン(台北)
https://www.taipeifestival.org/eventContent.aspx?EID=23

People's Orchestra Workshop
リハーサル日程:2018年9月7日(金)10:00〜13:00
リハーサル会場:臺北試演場/Taipei Backstage Pool(台北市大同區延平北路四段200號)
発表日程:2018年9月8日(土)17:00〜18:00
発表会場:中山堂 台北市延平南路98號
料金:無料
出演:大友良英
https://www.taipeifestival.org/eventContent.aspx?EID=24

「ノイズ・アセンブリー」とは何か?――AMFと台北アート・フェスティバルに見る音楽/美術の最新動向
日程:2018年9月15日(土)19:00〜
会場:三鷹SCOOL
料金:予約1,500円 当日2,000円(+1ドリンクオーダー)
出演:細田成嗣(ライター/音楽批評)、金子智太郎(美学/聴覚文化論)
ゲスト:dj sniff(AMFキュレーター/ターンテーブル奏者)
https://scool.jp/event/20180915/

Conner Youngblood - ele-king

 いまでもスフィアン・スティーヴンスの『イリノイ』(05)について考える。あのアルバムの凄いところは、イリノイ州にまつわる事件や伝承をストーリーテリングに落としこみつつ知的にコンセプトとした……のみではなく、そこにスフィアン個人の屈折した内面や誇大妄想が編み込まれていたことにある。彼個人の狂気がアメリカ中西部に埋もれた歴史と重なるという事態。音楽的にはランディ・ニューマンやヴァン・ダイク・パークスの血筋にあるオーケストラル・ポップだが、「音楽的」という領域に留まらない深淵が口を開けていた。その才覚があまりに突出したものであるために、00年代のUSインディ・ロックにおいてスフィアンは個として屹立した存在になってしまった。背中を追えない存在に。その後彼は自身の生い立ちの暗部によりフォーカスするようになり(『キャリー&ローウェル』~シングル「トーニャ・ハーディング」)、もはや誰も踏み込めない領域に入りこんでいるように見える。
 だが、スフィアン・スティーヴンスのアメリカに対する強い関心が刺激を与えたのか、彼の「音楽」部分はケンドリック・ラマーがサンプリングするなど個を剥奪しながら、むしろ他ジャンルに広がっていくこととなった。ソウル/ゴスペル/R&Bにスフィアンからの影響が色濃いチェンバー・ポップを混ぜ合わせるモーゼズ・サムニーの登場は、ジャンルの横断が柔軟になったいまらしい出来事であるように思える。にわかにスフィアンの功績が再浮上しているようなのだ。

 コナー・ヤングブラッドの本デビュー作は、まさにスフィアン・スティーヴンスのこの15年ほどの存在の大きさを思い知らされるものだ。はっきりと直系だと言っていいだろう。バンジョーやクラリネット、ハープやタブラまでこなすというマルチ奏者であり、ダラス出身のこのシンガー・ソングライターが鳴らすのは、スフィアン・スティーヴンスのチェンバー・ポップをボン・イヴェールのアンビエント・フォークを通過させたものだ。祖父は黒人であることを理由に大学に入学できず、父親は人種差別の抗議運動に参加していたそうだが、ここからブラック・ミュージック性はほとんど聴こえてこないし(薄くソウル色がある程度か?)、直截的な政治性もない。本人はイェール大学でザ・バンドについての論文を書いた経験があるそうだが、つまり、高等教育を受けられる立場となった黒人である自分が、人種性をきわめて無効化した地点で音楽について学術的な視点を通して考え、鳴らせることを謳歌しているようだ。
 『シャイアン』は彼が旅した風景がもとになったアルバムだそうで、たしかにランドスケープ的な静謐ながら空間の広い楽曲が並ぶ。まろやかな耳障りのオーガニック・フォークと、ときに消え入りそうに繊細に響く歌声。アルバム序盤、“Los Angeles”~“Lemonade”の時点で多楽器によるざわめきのようなアンサンブルが親密に広がっていく。その温かみのある音像は初期のスフィアン・スティーヴンスを想起させるし、オートチューンの歌声をアンビエント・フォークと合わせる手法は明らかにボン・イヴェールからの影響だろう。が、スフィアンの深い闇もボン・イヴェールの身を切るような孤独もここにはなく、ただただ衒いなく旅の美しい風景が一遍ごとに立ち上がっていく。その素朴さはこのアルバムの魅力でもあるし限界でもある。良くも悪くも透徹した風景ばかりがある清らかな歌で、聴き手を苦しめることはない。おそらくもっとも近いのは、ボン・イヴェールのドラム/パーカッションを務めるS. キャリーのソロ名義作だろう。自然と世界の美しさへの素直な敬意がこもった柔らかなフォーク・ソング集。とても優秀で、破綻はない。

 もちろん、音楽的な偏差値は非常に高く、コーラスとハープの掛け合いがユニークな“Stockholm”のように挑戦的なアレンジも随所に発見できる。「シャイアン」は先住民族の部族の名前だそうでコンセプト性もいくらかあるようだし、行ったことのないフィンランドを思い描いたという“The Birds of Finland”のアイデアも面白い。だからこそ、そうした冒険が彼の優秀さを凌駕する瞬間にも期待したい。スフィアンのように狂気じみたコンセプトや彼個人の内面の暗部が、この整った音楽を乱す瞬間も聴いてみたいと僕は思ってしまうのだ。それが本人にとって幸せなことかはわからないけれど……彼の音楽の旅は、この基礎体力があればもっと果てしない場所にまできっと行ける。

 初夏に問題作『Age Of』をリリースし、さまざまな議論を呼び込んだOPN。いよいよその来日公演が迫ってきました。先だって開催されたニューヨーク公演やロンドン公演で、ダニエル・ロパティンはそれまでのラップトップ1台のスタイルを手放し、ケリー・モーラン、アーロン・デイヴィッド・ロス、イーライ・ケスラーとともに4人編成のアンサンブルを披露しています。来る9月12日の東京公演も同じメンバーによるショウです。心機一転、バンド編成となったOPNのライヴの魅力はどんなところにあるのか? じっさいにロンドン公演を体験したUK在住の髙橋勇人に、そのときの様子を振り返ってもらいました。

OPN最新作『Age Of』のファースト・シングル曲“Black Snow”は、「加速主義」で知られる哲学者ニック・ランドのCCRUから影響を受けているということで話題になったけれど、あの曲のどこらへんにそれが表れているのかというのは気になりますね。

髙橋勇人(以下、髙橋):あれはですね、こないだ元CCRUのスティーヴ・グッドマン(コード9)に会ったときも話したんですけど、OPNはランドとかCCRU周辺の人の思想を具体化するプロセスを重視しているわけではなくて、彼らのポエティックな部分、イメージの部分にフォーカスしているのである、というのが僕の意見で、スティーヴもそれに同意してくれました。そのスティーヴもOPNのロンドン公演を観に行っていたんですよね。

コード9がOPNを。

髙橋:ちょうどいまロンドンでは、ローレンス・レック(Lawrence Lek)というコンピュータ・アーティストのインスタレイション「Nøtel」(https://www.arebyte.com/)がやっているんですけど、そのコンセプトと音楽を担当したのがスティーヴ・グッドマンなんですね。そのテーマが、完全に加速主義なんですよ。スティーヴ本人も「加速主義がこの作品の全篇を貫いている」と言っています。その展覧がOPNのアルバムと共振するところがあって、OPNの作品のテーマは人間が滅んだあとの世界ですよね。レックのインスタレイションも人間が滅んだあとの世界の話なんですよ。『ele-king vol.22』で毛利先生がおっしゃっていたように、シンギュラリティのあとの世界ですよね。科学技術が一定の水準に達して、そこから左派に行くか右派に行くかで大きく分かれるわけですが、コード9によれば、加速主義に関する左派と右派の議論にうんざりしてるところがあると。そこで人間が絶滅したあとの世界を描くことによって、その右左の対立をぶっ壊す、というような狙いがあるそうです。

人間後の世界という点では共通しているわけですね。

髙橋:でもOPNとコード9の加速主義、人間のいない世界の捉え方はけっこう違っていて、コード9はかなり具体的にフィクションとして考えているんですね。未来のどこかで中国人の頭の切れる企業家が、エリート層・リッチ層向けのホテル・チェーンを世界各地に作るんですよ。そこはAIが管理している。サイバーセキュリティ完備で給仕がドローンなんですね。それがシンギュラリティですね。技術がハイパーに加速して、人間が働かなくてよくなった。加速主義の議論のなかでは、そうすると「ポスト労働」が到来するといわれている。人間の代わりに機械が働くというコンセプトですが、コード9はそれを一歩進めて、人間もいなくなる。その理由は、コード9にもわからない。なぜ人間がいなくなったかわからない世界の話なんだよ、と。戦争や災害などで全滅してしまったのかもしれないし、人類自らが消えることを選択したのかもしれない。いずれにせよこのインスタレイション作品で描かれるのは、人間がいなくなって、ロボットがロボットのために働いている世界。会場のギャラリーにはいくつかの大きなスクリーンとプレステのコントローラーがおいてある。ドローンを操作して、その視点をとおして、人間が消え去った世界にあるホテルの内部にアクセスしつつ、そこがどうなっているのかを探索するという、体験型インスタレイションなんです。そのコンセプト自体は、2015年のコード9のアルバム『Nothing』の頃からあったものなんですが、このフィクションの最後では、ドローンが働くのをやめて、どこかに行っちゃうんですよ。最終的には、労働自体が終わっちゃう。だから加速主義の議論だけではなくて、「働くこととは何か」「人間はなぜいなくなったのか」と、いろいろと考えさせるフィクションなんですね。

そういったヴィジョンと比べると、OPNのほうはもっと軽いわけですね。

髙橋:OPNの場合は、たとえば“Black Snow”は、たぶん放射能のメタファーだと思うんですが、それが降ってきて、秩序もなくなって、「どうすることもできないよね」という終末的状態のふんわりとしたイメージにとどまっているというか。政治、思想、社会、国家、技術などあらゆる角度から世界の終わり方について、ニック・ランドが書いているテキストで「Meltdown」(1994)というのがあるんですが、そこで描かれるイメージを翻訳して、うまく音楽に移し変えてやっているという感じがします。


なるほど。それで、OPNのライヴを体験してみて、どうでしたか?

髙橋:最前列で観たんですよね。

おお。

髙橋:ちなみに、僕がOPNをリアルタイムで聴いたのは、『Replica』(2011)からなんですね。そのなかに入っている“Replica”は、僕は90年生まれなんですけど、この世代にとってのアンセムのひとつなんですよ。あのアルバムが出た年に僕はスコットランドのグラスゴーに住んでいましたが、ホーム・パーティとかクラブから帰ってきてみんなでお茶を飲んでいるときとかに流れていました。上の世代がエイフェックス・ツインを聴くように、こっちの大学生はみんなOPNを聴くという感じで。寂しげで退廃的なあの感じが空気とマッチしていたんでしょうね。同年に出たジェイムス・ブレイクのファーストにも少し通じるものがありました。

こっちでも、やっぱり『Replica』の頃のOPNのファンは多いみたいで、いまでもあのときのサウンドが求められているフシはあるんだよね。でも本人は同じことを繰り返したくないから、それはしないという。

髙橋:なるほど。ちなみに、僕はそれほどOPNのファンというわけではないんですよ。

だと思う(笑)。

髙橋:理由は自分でもよくわかんないんですけどね(笑)。『Replica』よりあとのOPNってサウンドがけっこう変わりましたよね。お父さんから譲ってもらったという、URとかデトロイトの人たちがよく使っていたローランドのJUNO-60がしばらくメインのシンセでしたが、『R Plus Seven』(2013)あたりからソフトウェア・シンセのオムニスフィア(Omnisphere)を導入したり。
それから今回のOPNの新作は、人間がいなくなって、AIがその文明の記憶を眺めている、みたいな話ですよね。でも彼は、以前『Zones Without People』っていうアルバムを出しています。

2009年の作品だね。いまは編集盤『Rifts』に丸ごと収録されている。

髙橋:内容も題名どおりで。だから、人間のいなくなった世界というテーマはまえからあったんですよ。だから、いつ頃からOPNがそのテーマに関心を持っていたのかっていうのはわかりませんが、そのコンセプトが改めていま『Age Of』という形になったんだなと。

UKでのOPNってどういう立ち位置なんですか?

髙橋:こっちにもやっぱり、熱狂的なOPNファンがいますね。音楽の作り手であることが多いですけどね。アルバムごとに「OPNはあのシンセを使っている」みたいなことを細かく調べているファンが少なからずいます。〈Whities〉っていうレーベルがありますよね?

ラナーク・アーティファックスを出している。

髙橋:今回僕は、そこからSMX名義でシングルを出したサム・パセール(Samuel Purcell)っていうプロデューサーと一緒に観に行ったんですけど、彼なんかも熱狂的なOPNのファンで。そういう、クリエイターでこのライヴを観にきていた人が多かったですね。〈Whities〉のデザインをやっているアレックス(Alex McCullough)も来ていましたし、もちろんコード9もですし。

他のオーディエンスはどういう層なの? 若い子が多い?

髙橋:いやもう若いですね。20代前半から半ばくらいがメインで。あと、これは重要だと思うんですが、ほとんどの客が白人ですね。ブラックやアジア系の人はあんまりいなかった。ちなみに会場はバービカン・センターというところで、2015年にJ・G・バラードの『ハイ・ライズ』が映画化されましたけど、そのとき監督のベン・ウィートリーが建物の参考にした施設ですね。

そういう捉え方なんだね(笑)。

髙橋:(笑)。建築がけっこうかっこよくて。イギリスで60年代くらいまで流行っていた、ブルータリズムという様式で。

よく電子音楽とか現代音楽系のイベントをやっているよね。

髙橋:そうです、こないだは坂本龍一さんがアルヴァ・ノトとやっていました。去年はポーランドの音楽フェスの《アンサウンド》が出張イベントを開催してケアテイカーが出演したり。ジャズもやっていますね。ファラオ・サンダーズとか。『WIRE』で評価されているような人たちはだいたいそこで演る、みたいな感じですね。

なるほど。そういう場でOPNもやることになった、と。

髙橋:キャパはたぶん2000人くらいなんですけど、OPNのときはけっこう早くにソールドアウトになっていましたね。

それで、そのライヴがかなり良かったんでしょう?

髙橋:じつは正直に告白すると、僕は『Age Of』はそれほど好きじゃなかったんです。でもライヴはすごく良かったんですよ。単純に音がデカくて良かったというのもありますが(笑)。

NYもそうだったけど、今回のアルバムのライヴはバンド編成なんだよね。

髙橋:目玉のひとつはやっぱりイーライ・ケスラー(Eli Keszler)ですね。最近〈Latency〉から出たローレル・ヘイローのアルバム『Raw Silk Uncut Wood』にもドラムで参加している。

ローレルの前作『Dust』(2017)にも参加していたよね。

髙橋:イーライはアヴァンギャルド系の音楽全般をやっているみたいで、僕のイギリス人の友人にジャック・シーン(Jack Sheen)っていう25歳くらいの、現代音楽の作曲家がいるんですけど、その彼とも友だちのようです。今回のOPNのライヴではそのイーライがドラムを担当していて、プログラミングはゲイトキーパー(Gatekeeper)のアーロン・デイヴィッド・ロス(Aaron David Ross)。それにキイボードのケリー・モラン(Kelly Moran)という、4人編成でしたね。ステージ上は、いちばん左がドラム、その隣りがプログラミング、その隣がOPNで、いちばん右にケリーという並びでした。

OPNは何をやっているの?

髙橋:シーケンサーをいじったり、歌ったりですね。僕は、事前情報をまったく調べずに行ったんですね。だから、てっきりラップトップ1台でやるんだと思っていて。で、すごいオーディオ・ヴィジュアルが流れるんだろうなと。でも、バンドだったので驚きました。

3年前のリキッドのときもラップトップだった。今回バンド編成になったのはけっこう大きな変化だと思う。

髙橋:あと映像ですね。ヴィジュアル面もけっこう大事で。アメリカ人ヴィジュアル・アーティストのネイト・ボイス(Nate Boyce)が担当していて、ステージ上にオブジェがぶら下がっているんです。左と右に、ぜんぜん違う形のものが。それが曲の進行に合わせて、光が当たって見え方が変わっていく。それでステージ上にはスクリーンもあるんですが、分割されてばらばらの状態になっているんですね。ガラスが割れて粉々になった感じで、不規則な形をしているんですが、おそらくコンサートのタイトルである「MYRIAD」とリンクしている。これはOPNが作った概念だと思うんですけど、「コンサートスケイプ(concertscape)」っていうワンワードの言葉があって。

「サウンドスケイプ」のコンサート版みたいな。

髙橋:そういうコンサートスケイプがたくさんある、ということなんだと思います。「myriad」って「たくさん」という意味だから。異なるいろんな分子がそのコンサートのなかでひとつに結実する、というようなコンセプトなんだと思います。それでそのスクリーンには、オブジェクトがたくさん映されます。それは人間ではないんですね。人形とか、誰も住んでいないビルとか、“Black Snow”のMVに出てきた鬼みたいなキャラクターのマスクとか。そういったものがたくさん映される。しかも、それはぜんぶCGのアニメなんですね。

へえ! 動物は出てくるの?

髙橋:動物も出てこないです。モノですね。

車とか?

髙橋:そうです。そういう、いろんなオブジェクトが出てきます。あとステージ上にもオブジェクトがあって、古代ギリシアの彫刻みたいな感じなんですが、どれも「残骸」みたいな感じなんですね。『Age Of』に照らし合わせると、おそらく「文明の残骸」みたいなものだと思うんですが。それがばらばらに散らかっている。そこで、ひとつ疑問が出てくるわけですよ。

というと?

髙橋:“Black Snow”のMVにはダンサーたちが出てきますよね。それが、ライヴにも出てきたんですよ。ステージの後ろからダンサーが現れて、客席の通り道を抜けて、ステージに上がっていって踊って、また降りて退場していくという。だからそこで、「なんでダンサーが出てくるんだろう?」って思うわけですよ(笑)。文明が滅んだあとの世界を描くのなら、徹底して人間は排除したほうがいいのに。

たしかに。

髙橋:さらに言うと、人間が滅んだあとなのに、ステージ上にはバンドの4人がいるという。こんなに人がいていいのかと(笑)。だから、どういうふうにコンセプトを練っているのかというのは、けっこう考えさせられましたね。それともうひとつ気になったのは、今回のライヴが「文明が崩壊したあとに、残されたAIが人間の営みの記憶や記録を眺めている」というコンセプトだとしたら、このライヴの場にいる観客たちは、どういうふうにしてその世界が終わったあとの光景を見ているのか、あるいはどうやってそこにアクセスしているのか、っていう視点の問題も出てくると思うんです。

観測者の問題ね。

髙橋:さっきのコード9の例だと、視点の問題はぜんぶドローンに丸投げしているわけですよ。すべてを見ているのは近未来のドローンで、そのドローンから現代に送られてくる情報をとおして、われわれはその世界を見ている。じゃあ、OPNの場合は、どうなのか。視点はAIですけど、ではそのAIの視点にどうやっていまの人間がアクセスしているのか。たぶんOPN本人はそこまで考えていないと思うんですが、気になるポイントではありますよね。誰がどうやって見るのかというのは重要なことだと思うので。現代思想の流れで言えば、思弁的実在論に括られる哲学者たちは、文明が崩壊したあとの世界が存在するとして、どうやってそれにアクセスすることができるかというのを真剣に考えていますし。

サウンド的な面ではどうだったの? その場のインプロみたいなものもあったのか。

髙橋:そこはイーライ・ケスラーがすごかったですね。イーライのドラムのために設けられた時間があって、そこでひたすら叩きまくるという。ダイナミックというよりはすごく繊細なプレイで、引き込まれました。何等分にも刻まれたリズムが空間に吸い込まれていくような……。彼のソロのときはスポットライトも彼だけに当てられて。

じゃあ、バンドで忠実にアルバムを再現するという感じではないんだ。

髙橋:いや、忠実には再現されていたと思います。ただぜんぶがシーケンサーとMIDIで、というわけではない。でも、だからこそやはり気になるのは、ダンサーと同じで、なぜそこで人間を使ったのかということですよね。その時間は人間のインプロに焦点を当てたともとれますし。

イーライ・ケスラーという人間にフォーカスしていたと。

髙橋:あともうひとつおもしろかったのは、ダニエル・ロパティンがヴァイオリンの弓を使っていて。

ダクソフォンかな。“Black Snow”でも使われていた。

髙橋:それが良い意味でけっこう耳ざわりな音で。それにエフェクトをかけている。録音作品としての『Age Of』を聴いているときはそれほど気にならなかったそれが、ライヴでは目立っていましたね。しかも、その弓や楽器をOPNが弾いているあいだ、個人的には彼が観客に向かって指を差しているように見えるんですね。この指を差す行為って、“Black Snow”のMVの冒頭でも防護マスクをかぶった人が視聴者に向けてやっていたことですけど、2011年に話題になった、事故後の福島第一原発の現場の様子を映すウェブカメラに向かって指を差す、防護服に身を包んだ作業員の映像があって、たぶんそれがOPNの元ネタだろうと思います。あの作業員は匿名のままですが、アーティストの竹内公太がその作業員の「代理人」として自身の展覧会「公然の秘密」(2012)でその映像を上映しています。元CCRUの批評家コドゥウォ・エシュンが参加するアート・コレクティヴ、オトリス・グループの福島についての映像作品『The Radiant』(2012)でもあの映像は使われていますね。

OPNはそういった福島に関する映像を参照している、と。

髙橋:なので、ああやって弓を弾く行為ってなんなのかな、というのは気になるところでしたね。“Black Snow”のMVでも、怪物が地球の写真を弓で弾くシーンがありましたけれども。ダクソフォンはあくまで機材だから、自由な場所に設置できるはずで、弓や楽器の先端を観客席に向ける必要はない。それも疑問のひとつでしたね。

NYでの公演ともけっこう違ったのかしら。

髙橋:豪華さでいうと、NYのほうが上だと思いますよ。あっちはヴォーカルでプルリエント(Prurient)とチェロでケルシー・ルー(Kelsey Lu)まで出演したらしいですから。ロンドン公演だから、ジェイムス・ブレイクが出てきてもいいんじゃないかなと思っていたんですけど、それはありませんでした。前座だったミカチュー(Micachu)とコービー・シー(Cobey Sey)が率いるバンドのカール(Curl)はカッコよかったですけど。ちなみに僕はケルシー・ルーの大ファンなので、素朴にNY公演観たかったですね(笑)。エンバシとかクラインとも仲が良い人で、チーノ・アモービも大好きだって言ってました。

なるほど(笑)。ともあれバンド編成になったことで、いろいろ問いを投げかける感じになっていたということですね。OPNといえばPC 1台でがしがしやっていくと思っている人も多いと思うので、今回はバンドであるという点は強調しておきたい。

髙橋:PC 1台とはぜんぜん違う感じですね。それこそ、プログレッシヴ・ロックのライヴみたいな感じで、コンセプトのことなんか忘れて見いってしまうほど音響や映像がものすごく壮大です。ロパティンのキャラもチャーミングで、曲がシームレスに進むわけではなくて、ちゃんとMCで笑いをとったりしますからね(笑)。

ふつうに人間味あふれるライヴをやっているじゃない(笑)。

髙橋:そうなんですよ。本人もけっこう歌っていますし。坂本龍一さんやele-kingのレヴューでも、その肉声が良い、みたいな話が出ていましたけど、でもかなりオートチューンが効いているんですよ。自動でピッチを変換してくれる、ちょっとロボっぽい感じです。だから、完全に肉声というわけではないんですが、『Age Of』における「人間性」を考察する上でそこも考えさせられるところではありましたね。

僕はOPNの芯のようなもののひとつに、声に対する執着があると思っているんだけど、『Replica』ではそれがサンプルの音声だったのが、『R Plus Seven』では聖歌的なものになって、『Garden Of Delete』(2015)ではボカロ、そして『Age Of』では自分自身の声になるという。

髙橋:ロパティンは、意外と声が良いんですよ。そこも聴きどころかなとは思います。

ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(OPN)のブッ飛びライブ『M.Y.R.I.A.D.』日 本上陸まで2週間!
真鍋大度がサポートアクトとして出演!

ONEOHTRIX POINT NEVER
"M.Y.R.I.A.D."
2018.09.12 (WED) O-EAST
SUPPOT ACT: 真鍋大度

ONEOHTRIX POINT NEVER "M.Y.R.I.A.D." イベントスポット動画
https://youtu.be/gXg_PUfF0XU

いよいよOPNの最新ライヴセット『M.Y.R.I.A.D.』日本上陸まで2週を切った。
追加公演含め即完したニューヨーク3公演、英ガーディアン紙が5点満点の最高評価を与え、完売したロンドン公演に続いて、遂に東京に『M.Y.R.I.A.D.』が上陸する。その後ベルリン、フランス、10月にはロサンゼルス、さらに来年3月には会場をスケールアップし再びロンドンで追加公演が行われることが決定するなど、世界的にその注目度と評価は高まる一方だ。
強力なバンド体制で行われる本ライヴは、本人ダニエル・ロパティンに加え、ケリー・モーラン、アーロン・デヴィッド・ロス、そしてアルバムにも参加している気鋭パーカッショニストでドラマーのイーライ・ケスラーを迎えたアンサンブルとなり、さらに複数の変形スクリーンを用いたネイト・ボイスによる映像演出と、幻想的で刺激的な照明とダンサーを加えた、まさに前代未聞、必見のパフォーマンスとなる。日本での一夜限りの東京公演は、9月12日(水)渋谷O-EASTにて開催。そして当日はサポートアクトとして世界を股にかけ活躍を続ける真鍋大度が、OPNとそのファンに送るスペシャルなDJセットを披露する。

公演日:2018年9月12日(WED)
会場:渋谷 O-EAST

OPEN 19:00 / START 19:30
前売¥6,000(税込/別途1ドリンク代) ※未就学児童入場不可

前売チケット取扱い:
イープラス [https://eplus.jp]
チケットぴあ 0570-02-9999 [https://t.pia.jp/]
ローソンチケット (Lコード:72937) 0570-084-003 [https://l-tike.com]
clubberia [https://clubberia.com/ja/events/280626/?preview=1]
iFLYER [https://iflyer.tv/ja/event/305658]

企画・制作: BEATINK 03-5768-1277 [www.beatink.com]

https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=9577

Black Lodge - ele-king

 労働がしんどいのは、そこに強制が入り込んでいるからだろう。偉い人から命令されていやいや作業するケースだけではない。「こういうことをやってみたいです」と自分から積極的に提案した場合もそうである。一度それが業務として動き出してしまったら、「やっぱりやめた」と放り投げられなくなる。「みんなが迷惑する」「責任を持て」「そもそもお前が言いはじめたことだろう」と、何がなんでもやり遂げなければならない状況に追い込まれる。人の気分はつねに移ろいゆくものだというのに、ある瞬間に抱いた思いを何週間も何ヶ月も維持し続けなければならない。だから、つらい。あらゆる労働はたぶん、そんなふうに人間の自然なあり方をねじ曲げることによって成り立っている。

 ブラック・ロッジことダン・ドウェイヤーは、90年代初頭から活動するマンチェスターのプロデューサーである。かつてはゲスコムの一員だった人物で(いまも?)、ダニエル72名義ではオウテカのファースト・アルバムにもイメージの部分で関わっている。けれどもその詳細は謎に包まれており、またそれほど頻繁に音源を発表しているわけでもない。2000年前後に〈Mo' Wax〉などから数枚のシングルをリリースしており、おそらくその際に繋がりができたのだろう、2010年にはウィル・バンクヘッドの〈The Trilogy Tapes〉からカセットを出してもいるが、目立ったリリースはそれくらいのものだ。
 そんな彼が、なぜか最近になって急に活発に音源を発表しはじめている。去る7月には復活した〈Arcola〉から12インチがリリースされ、00年代初頭に〈Mo' Wax〉から出る予定だったにもかかわらずお蔵入りとなってしまっていた音源たちが、ようやく日の目を見ることになった。そして、それに続く形で送り出されたのがこの『Bitter Blood』である。副題に「A Collection Of Archival Recordings」とあるから、こちらも以前からぽつぽつと作り溜めてきたトラックを集めたものなのだろう。思いついたときに曲を作って、思いついたときに外に出す。とても自然である。

 収録されている曲たちはどれもロウファイで、そこはかとなくシネマティックな雰囲気を携えてもいる。リエディットかもしれないけれど、ぽこぽこしたビートと荒い持続音のうえをかわいらしいノイズとメロディが楽しげに通り過ぎていく“Jamais Vu”や、ご機嫌なブレイクスのうえでノスタルジックなシンセと気だるげなヴォーカル・サンプルが共演を繰り広げる“Wodwo”なんかはとってもチャーミングだし、あるいは、謎めいた音声の反復とむせび鳴く弦の共存が名状しがたい空気を醸し出す“Black & Red”や、不穏な弦がひたすらうねうねと這っていく“A Cross Inverted”など、どの曲も入念に練り上げて作ったというよりは、ぱっと思いついた組み合わせを試しているような仕上がりで、なんとも遊び心にあふれている。

 無邪気というと語弊があるかもしれないけれど、こういう素朴に音と戯れているような感じの曲たちを聴いていると、なんだか朗らかな気分になってくる。これはきっと労働の成果なんかではなくて、遊びの賜物なんだろう。誰から強制されるでもなく、とくに目的もなく、思いついたときに、思いついたまま、えいやっと試してみる。それこそが私たち人間の本性であり、自然なあり方というものだ。とまあそんなふうに、ブラック・ロッジのこの素敵な作品集は、日々の労働に追われてぼろぼろになっている私たちに、たいせつなことを思い出させてくれるのである。

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