Home > Columns > ハテナ・フランセ- 第16回 フレンチ・ラップ界で最も待ち望まれた乱闘
慣れない猛暑にすっかりバテているパリジャンの野次馬心に火を付けた、ゴシップをお伝えしたく。
8月1日オルリー空港で、フレンチ・ラップ界のトップに君臨するBooba(ブッバ)とその元舎弟ラッパーKaaris(カリス)が、取り巻きと共に乱闘を繰り広げて逮捕された。その様子は当然スマホで押さえられ、SNSで実況中継され、ファンを大変興奮させた。このニュースは、ネタの少ない夏ということもあり、ゴシップ誌だけでなく、大手新聞各社も総じて取り上げた。フランスを代表する新聞のル・モンド(Le Monde)紙をして「フレンチ・ラップ界で最も待ち望まれた乱闘」とブチ上げるほど。だが、このタイトルは実は大袈裟ではないのだ。
ことの経緯に入る前に、まず両ラッパーの紹介を。
多くのラッパーと同じくBoobaも貧困層から這い上がった。パリ郊外シテ(低所得者層向け団地)出身の典型的なバッドボーイだ。ラッパーとしてデビューした後も、ガチであることを知らしめる事件をたびたび起こしている。タクシー強盗で実刑を食らった前科を持ち、銃撃事件で逮捕されたこともある(この時は証拠不十分で不起訴)。そして実母と実弟が誘拐される事件まで起きている。まさにギャングスタを地で行く、フランスを代表するサグ・ラッパーだ。自らを「Duc de Boulogne(デュック・ドゥ・ブローニュ=ブローニュの公爵)と名乗るところも、エゴ肥大系ラッパーとして100点満点のアティテュードだろう。
一方で、Boobaはビジネスマンとしても成功している。今となってはフランスのラッパーの定番といえる自らのストリート・ブランドの設立。それをまだフランスではあまり盛んでなかった2004年に、セカンド・ソロ・アルバムをリリースしたばかりで早くも成し遂げた。2014年には新しいアーティストの発掘とそのプロモーションの場として、ウェブサイトOKLM(オカエレム)をスタートしたり、同じ趣旨でケーブルTV局も2016年に立ち上げた。
2017年にリリースした9枚目となる最新アルバム「Trône」では、「ゲーム・オブ・スローンズ」を思わせるジャケ写でドヤ顔を披露。Jul、PNLら新参アーティストやOrelsanなど、2017年はヒップホップの大ヒット・アルバムが多くリリースされた。その中にあってBoobaは、リリース2週間で10万枚のセールスを上げ、アルバム・タイトル通り王座に座り続けていることをアピールした。またアルバム・リリース後は、フランス中の大規模ロック・フェスのヘッドライナーを務めている。このようにヒップホップ・リスナーはもちろんのこと、フランスのオーディエンスにとってBoobaという存在はいまだ大きなものなのだ。
対するKaarisはコートジボワール出身。父親の死後、母親は7人の子供を連れてフランスに移住。パリ市内の女中部屋(19世紀に建てられた豪華なアパルトマンの屋根裏には、トイレ、シャワー共有、10㎡くらいなどの悪条件の使用人用の部屋がある)を経て、パリ郊外サン・ドニのシテに落ち着く。90年代終わりにシーンに登場したKaarisは、Boobaと違いすぐにブレイクした訳ではない。2012年にBoobaの楽曲”Kalash” にフィーチャーされたことをきっかけに注目される。
その後もお互いの楽曲に客演し合い、Kaaris はすっかりブローニュの公爵の近衛兵となった。2013年にリリースしたソロ・アルバム”Or noir”が8万枚のヒット。下品でマッチョ、フレンチ・ラップのトラップ代表格として、子供たちの間でも大変な人気を博し、良識ある親たちを辟易させた。
そんな2人がなぜ乱闘騒動を起こすことになったのか。端的にいうとBoobaとRohffというラッパーとのビーフにKaaris が加勢しなかったから。90年代終わりには競演もしていたBoobaとRohffだが、Rohffがメインストリーム方向に舵を切ったころから対立し始め、2010年代にはフレンチ・ラップ界きってのビーフとなる。2014年にはRohffと取り巻きがBoobaのストリート・ブランドの路面店を襲撃して、店員暴行事件まで起こしている。そのようなガチ対立の中、KaarisはBooba陣営であることをハッキリ表明させなかったとしてブローニュの公爵はご立腹、かつての舎弟とのビーフが勃発した。お互いにSNS上を主な舞台にやり合っていたのだが、ついにこの8月3日にフィジカルな衝突が発生。彼らはイビザのクラブに同日にブッキングされていた。どうやらBoobaがブッキングされたのを知って目と鼻の先のクラブがわざとKaarisをブッキングしたらしく、バッドボーイを看板に掲げるビーフ関係のラッパー2人が、オルリー空港で鉢合わせした。誰かが意図的に工作したとしか思えないこの”偶然の”出会い。真相はどうにしろ、挑発的な状況であったことは確かだ。そしてコワモテが信条の二人が、この偶然を黙ってやり過ごしたらそのイメージに齟齬が生じる。やらない、という選択肢はなかったのではないだろうか。
監視カメラの映像によると、その”待望の”衝突を先制したのはBoobaらしい。免税店などをぶっ壊し、居合わせた乗客に大変な迷惑をかけたが、乱闘自体で重傷者が出ることはなかった。空港セキュリティと警察により制圧され、Booba側が本人入れて8人、Kaaris側が本人含む6人が逮捕された。8月3日の予審の様子は各新聞が取り上げた。左寄りインテリ紙ラ・リベラシオン(La Libération)ですら「Kaarisのチケットいくらか知ってっか? ここならターダーよ、兄弟!」と、ファンが大量に押しかけた様子などを詳細にレポート。ファン・ミーティングなみの興奮の中、9月4日まで裁判が延期されることが決定。彼らの夏の公演やフェス出演は全てキャンセルとなった。特にBoobaはフェスではヘッドライナー級なので、多大な損害が生じた。すぐにSNS上で「B2O(Boobaの略称)K2A(Kaarisの略称)を解放せよ! ベナラ(大統領側近でデモ参加者に違法に暴行を働いた)は捕まらないのにラッパーは拘留か!」と抗議が起きた。一旦却下された釈放が認められ、両者とも8月23日に3万ユーロの保釈金を支払い一旦釈放となった。9月4日の裁判では、重ければ10万ユーロの罰金と10年の実刑の可能性もある。特にBoobaは、パリ郊外再開発近代都市、ラ・デファンスで4万人を収容する「La Defence Arena」の大規模な公演を10月13日に控える身。裁判の結果次第では、さらに大きな経済的ダメージとなることもあり得る。その裁判の結果をフランス中が好奇心満々で待ち受けている。
古くはマクドナルド、そしてスターバックスを経てアマゾンなどアメリカ・モデルに懐疑的なフランス。だがヒップホップに関しては、ケンドリック・ラマーからデザイナーまでアメリカのアーティストも熱狂的に支持され、ギャングスタ・スタイルも1ジャンルとして定着している。なぜならフランス人にとってヒップホップはアメリカから輸入されたという意識が少ないからだ。80年代にはフランスにヒップホップが輸入され、ゲットーの音楽としてリアルに根付き、フレンチ・ラップが勃興する。憂さ晴らし、もしくは貧困から抜け出す為の手段としてサッカーとラップは貧困層を中心としたフランスの若者たちにとって「自分たちの言語」になったのだ。だからこそフランス社会の底辺から成り上がったBoobaやKaarisの一挙手一投足は、彼らがかつて属した底辺にいる若者たちにとって他人事ではないのだ。