Home > Reviews > Album Reviews > Aïsha Devi- DNA Feelings
Aïsha Devi の2枚目のアルバム。彼女が運営するレーベル〈Danse Noire〉の近作、J.G. Biberkopf 『Fountain Of Meaning』、Abyss X 『Pleasures Of The Bull』は共にあまりビートを多用しない作品で、その傾向は自身のアルバムにも現れていて、今作はかなりメディテーティヴな仕上がりとなっている。
ビョークなどと比較されたりもする彼女の声でアルバムは幕を開ける。“DNA ☤ ∞”を構成するのは声とシンセサイザー、リヴァーブがかかった高音域のメタリックなパーカッションくらい。シンセサイザーは何種類かのヴァリエーションがあるが、それでもシンプル。祈るような歌唱法、オートチューンを使っていそうに聴こえるところも彼女の場合自分の歌唱法でこなしていると思うが、確かではない。ビートこそ入らないものの、BPM 120でビートをMIXすることができるので、ある意味自由度が高い。
トラップっぽい低音域のビート、ベースラインを基盤にして、彼女の歌も話すような低音域を駆使、そこにチャントのような伸びやかな高音域も加わる“Dislocation Of The Alpha”。歌唱や語りの合いの手のように入る打撃音が力強いが、間欠的でテンポもゆっくりなため、決してダンサブルではない。ある種の儀式の音楽の様な曲。彼女の場合ほとんどの曲がそうとも言えるが。
声と打撃音がユニゾンで鳴り響き、錫杖を鳴らした様な金属的な音と、その木霊が左右に振られて、呼応する。そんな風にして始まる“Aetherave”もまた音数の少ないシンプルな曲だ。ユニゾンは浮遊するような声と鐘の音に少しの間移行し、続いて美しいアルペジオシーケンスとうねるシンセベースが呼応し合うように奏でられ、それらを受けるように深いリヴァーブのかかった声が呼応する。ユニゾンは136辺りの BPMで、基本的に2小節ないし4小節置きに鳴っているが、アルペジオシーケンスが鳴っているパートは4拍目裏に入ってシンコペーション感を出している。印象的なメロディーが活きるように、シンプルなトラックとロングミックスすればクラブでも活躍するかもしれない。
続いて“Hyperlands”。BPM 80で架空の動物の鳴き声か、何かの合図の管楽器を電子変調したような音の1小節のメロディーが5回繰り返される。4回目の4拍裏にベースが入ってシンコペートし、5回目頭でキックが入ってきて、勇壮なストリングスのメロディーが冒頭のメロディーに取って代わる。そのストリングスも弦楽器特有の軋むようなアタック音が次第に薄れていってフルートのような音に変化していき、17小節目でメロディーは引き継ぎながらも一気にフルートの音に変わる。終始キックは小節頭のみ、ベースも4拍裏と頭のみ。トラップのような小刻みなハイハット様の音もゆったりと左右にパンしながら刻まれている。その上で Aïsha は高音域の歌唱を響かせたり、呟くように低い声で語る。4小節置きに男性の声が勢い付けるように合いの手を入れ、フルートに変わってから16小節が経過すると、突然サンバを高速にしたようなフレーズが8小節間をジャックし、電子音が宇宙へと飛翔するような一瞬の音を契機に全ては元に戻る。以降男性の声に代わって Aïsha が4小節置きに声を上げると共に、2拍目に覚醒的な、深いリヴァーブのかかった金属的打撃音が加わるが、その気持ち良い音は18回しか聴くことができない。
いきなり強烈な変則ビートとフューチャー感溢れるシンセコード(若干レイヴィー)で幕を開けるBサイドの冒頭曲“Inner State Of Alchemy”。Aサイドは落ち着いた曲が多かったので、その対比が強烈な印象を生む。変則打ちのキックと硬い打撃音がユニゾンで打ち込まれるパートに興奮するが、テクノのようにずっとビートが続くわけではなく、あっさりとそのパートも終わってしまう。やはり主役は声なのだ。前作よりもさらにその傾向は際立っている。イントロの構成要素のベースラインやビートが分解され、ひとつひとつのパートを再構築された上を様々な声の出し方を使って奥行きのある空間を作っていく。この曲に限らず、多用されているのはリヴァーブで、構成している音自体はかなり少な目だが、ほとんどのパートに深いリヴァーブがかかっている。
ブルガリアン合唱団のような歌唱法で始まる“Light Luxury”。前曲に続きこの曲も力強いビートが含まれていて、サビではそこにレイヴィーなシンセが被ってくるからたまらなく、いまのところこの曲がいちばんのお気に入り。ビートはやはり音数が少ない。非常にシンプルだが、ここぞという所ではハイハットがシャーン!と鳴ったりしてアクセントを添える、ということが音楽においてどれほどの効果を上げるのか、ということはやはり重要で、プロダクションには様々な可能性(この音をここに入れるか入れないか等)がある。それはさておき、やはりここでも変幻自在の声が惜しみなく彼女の喉を震わせている。しかし次に続く短い“Genesis Of Ohm”の声は流石に生ではないだろう、コロちゃんのような声で歌われ、次のインタールード的“Time (Tool)”に入る前に波の音が入るのが、無条件に良い。“Time”の話し声は Aïsha とは思えず、コンピューターに喋らせているようなニュートラルな感じがするが、冒頭の男性的な低い声は Aïsha の歌い方だと思うし、Anohni は参加していないはずだし、やはりここではオートチューンを使っているのかもしれない。まあ DAW でもいろいろ編集できるわけだし、そのこと自体はさして問題ではないが、なぜここでこの低い声を選んだのか、ということが重要で、ほぼアンビエント・チューンと言っていいだろうこの曲の後半では金切り声のような叫びが何度も繰り返される。おそらくはその低さと高さの対比が生む効果を狙っているのだろう。これを普通の女性的な声で歌っていたら、叫び声が際立たない。
もういろんな声の出し方は思う存分使い切ったし、最後は普通に歌って少しヴォコーダーでもかけてみるか、といった感じのラスト・トラック“Cell Stems Spa”。こちらもアンビエント・トラックで、穏やかにアルバムは締めくくられていくのかと思いきや、最後になにやら切羽詰まった感じでシンセのフレーズも高音域に達し、話し声もなにやら懇願するかのように、祈るように響く。やはりスピリチュアルなのだ。
アルバム全体を通して言えるのは、シンプルで少ない音数を大切にし、ひとつひとつのパートが呼応し合うように構成されている、響き合う、木霊する、そういうことを日々の生活のなかでも大切にしているのだろう、そういう感覚が滲み出ているように感じられる。ジャケットの Niels Wehrspann によるタイポグラフィ、118 によるイラストレーションも素晴らしい。文字は読みにくいが。
彼女と中国ツアーでシェンチェンと上海を回ったとき、自身のパフォーマンスに対する妥協なき姿勢をリハーサルのときに見せ付けられた。自分が納得の行くサウンドに到達するまで、何度も何度も長時間(お昼間から)リハーサルを繰り返していた。僕はその日に到着したばかりで、しばらくは付き合っていたが、自分のパフォーマンスのためにも一旦ホテルにチェックインして休むことにした。結局その日は自分が求めるサウンドを作れなかったようで、ライヴも不満の残るものとなってしまったようだ。
彼女と大阪のチベット料理屋さんで食事をしていたときに、金属の食器を使おうとするとたしなめられ、一緒に手で食べたのも良い思い出。1年に一度か二度はインドに瞑想をしに行くと言っていた彼女は、山奥で悟りを開いて仙人のように暮らしたいと夢を語っていた。そんな彼女のよりスピリチュアルになった新作『DNA Feelings』も、やはりより大きな音で体験すると、チャクラが開くかもしれない。
行松陽介