「F」と一致するもの

Theo Parrish - ele-king

猪股恭哉

 ダンス・ミュージックにおけるミックスCDというフォーマットは、重要な表現手段としてかつて機能していた。クラブでのプレイをライヴ・レコーディングしたものから、よりアルバム的な、コンセプトを定め微細な箇所まで作り込んだ作品が精力的に発表されていた。フランソワK『Essential Mix』、リッチー・ホウティン『De9: Closer to the Edit』などなど。現在ではインターネット上でオフィシャル、アンオフィシャル問わず、無限に広がり続けていくミックス音源は、自身のスタイルを提示する名刺としての役割へ変化していくことになった。
とはいえ、DJやプロデューサーが貴重なレア音源や忘れ去られていた作品をセレクトしたり、自分のお気に入りのフレッシュな才能を世の中に送り出すキュレーションとしての機能は、かつても現在も駆動し続けている。

 さて、セオ・パリッシュのDJ-KICKSである。自身のレーベル〈Sound Signature〉から数多のミックス音源をリリースしてきた彼によるオムニバス的な側面ではない、初のオフィシャルなミックス作品である。DJとしての評価は揺るがないものを確立し長いキャリアを重ねてきたベテランとしては意外かもしれないが、様々なジャンルや歴史を横断する彼のスタイルを踏まえるとライセンス問題をクリアするのが困難だったのかも知れない(余談ではあるが、かつてMinistry of Soundが一世を風靡した人気ミックス・シリーズ「Masterpiece」にセオが登場するのでは? という噂があった。真偽のほどは不明ながら実現していれば……)。

 本作は、『Detroit Forward』という副題がつけられているとおり、デトロイトのアーティストたちで構成されており、地元音楽コミュニティをセオがキュレーターとして紹介する形をとっているといえるだろう。セオ自身がクレジットされているのは1曲のみで、他はすべてがデトロイトを中心としたローカルな才能たち。アンプ・フィドラーのリミックスを手掛け、近年はソロ活動を積極的に行っているビートメイカーであるメフタ。独特の浮遊感を漂わせるビートメイキングがラッパーJOHN C.とのコラボでも非凡なプロデュースセンスを発揮する。鍵盤奏者としてアンドレスやオマーS、スコット・グルーヴス作品に参加してきたイアン・フィンクが、セオ・パリッシュのクラシック”Moonlite”をカヴァー(コンガでアンドレスも参加している)。マッド・マイク譲りのモーターシティ・ソウルを受け継ぐマルチ・プロデューサーのジョン・ディクソン。デトロイトではないが〈Sound Signature〉からアルバムもリリースしたDJのスペクターがパワフルでタフなジャズ・ビートダウンを提供。セオやアンドレス、ワジードといったプロデューサーから、スカイズー、ドゥウェレ、エルザイらヒップホップ・アーティスト作品にも携わる女性シンガー、モニカ・ブレア。
 そして、本作にクレジットされたアーティストのうち唯一3曲も参加しているデショーン・ジョーンズ。マッド・マイクの薫陶を受け、デトロイトが誇る偉大なトランペット奏者であるマーカス・ベルグレイヴの弟子であり、グラミー賞へのノミネート経験もあるサックス・プレイヤーによる秘蔵トラック。シンガー・イディーヤとコラボしたメロウR&Bに、シンガーやラッパーをフィーチャーした濃厚なファンク、ホーンとコンガとピアノによる巧みなコンビネーションが冴えるハウスまで、名うてのトランペット奏者の知られざる一面を引き出したセオの彗眼に唸らされる。
 ほかにも、YouTubeで公開されている公式ショートフィルムでもフィーチャーされているDJのフーダットとシンガーソングライター・ソフィアEが手掛けたミニマルなデトロイトハウス、プロデューサー/ドラマーのノヴァ・ザイイがヴォーカリスト・ケスワを迎えたスペーシーでサイケデリックなモダンソウル……。
 事程左様にローカルな才能が結集し、様々なスタイルの音楽が次々を広がっていく様は、まるでセオが率いるバンドが演奏しているようで、グルーヴとストーリーが独特の時間軸の変化を見せ聴き手を魅了する(全体のプロデュースをセオがコントロールしているような統一感!)。音楽の街デトロイトで脈々と受け継がれてきたコミュニティが、最高のDJの手でミックスCDとしてキュレートされ、メディアとして世界へ発信される。デトロイト・パワー。

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野田努

 『J・ディラと《ドーナッツ》のビート革命』は良いところもある本だが、ひとつ、大きな間違いがある。アメリカ人の著者が、おそらくは自分が読んだ記事のみによって、デトロイトのクラブ・シーンを「テクノに支配されていた」と紹介している下りである。んなわけないだろ。少なくとも90年代は、デトロイトもほかのアメリカの都市と同様、ロックとヒップホップが人気であって、テクノやハウスなんて音楽は少数派の音楽だったし、そもそもクラブ・シーンと言えるほどのシーンもなかった。
 また、ローカルにおいてはラップとテクノは繋がってもいる。昨年の元スラム・ヴィレッジのワージードのアルバム『Memoirs Of Hi-Tech Jazz』(完璧なテクノ作品)はその好例で、昔で言えば、たとえば同書で鬼の首を取ったように述べている「ジット」(昔ながらのチンピラ風情)、彼らをデトロイト・テクノ第一世代が拒絶したのは書かれている通りだが(喩えれば、高校の文化祭を荒らしに来るヤンキーを追っ払うようなものだから)、しかしその「ジット」にリンクしているシーンこそ、かの地でもっとも大衆的に盛り上がっているエレクトロのシーンであって、そこから出てきたのがオックス88やドレクシア、そのシーンとテクノとの回路を作ったのが(初期においてヒップホップの影響を受けていた)URだ。デトロイト・テクノがブリング・ブリング・シットや不良自慢と距離を持とうとしたのはまったくの事実だが、これはこれでじつに意味のある話なので、いつかしてみたい。

 いずれにせよ、デトロイト・テクノおよびハウス、ひいてはハウス・ミュージックそのものがアメリカ内部においてはいまだに理解が浅いのだろう。そういう観点からすると、ビヨンセがハウスをもってアルバムを作り、彼女以前にラナ・デル・レイやドレイクがムーディーマンをフィーチャーしたのは(ずいぶん前の話になるがミッシー・エリオットがサイボトロンを引用したのも)、アメリカにおいては文化闘争と言える。大袈裟に思われるかもしれないが、スペシャル・インタレストのようなアメリカのパンク・バンドの口からジェフ・ミルズやドレクシアの名前が出るのは、ぼくからしたらかなり例外的なことだったりするのだ。
 だいたい、アメリカの先鋭的なブラック・エレクトロニック・ダンス・ミュージックは、60年代〜70年代のジャズのように、母国よりもヨーロッパにおいて評価され、多くは大西洋を渡ったところに活動の場を見出している。そして、ゼロ年代において、UKを拠点に活動しているエレクトロニック・ミュージシャンを取材した際に、もっとも多くインスピレーションの源として名前を聞いたのがセオ・パリッシュだった。

 ベルリンの〈!K7〉レーベルによる「DJ-Kicks」は、DJによるミックスCDの長寿シリーズで、2016年にはムーディーマンの魅力的な1枚をリリースしているのだが、DJミックスがネットで無料で聴けてしまう今日においては、ますます存在意義が問われてもいる。選曲に関しても、すべてをフラットにしたがる情報過多な現代では、そこに実験音楽があろうがJ-POPがあろうが誰も驚きはしない。よほどの何かがなければ、商品として成立しないだろう。
 セオ・パリッシュは、ある意味まっとうなコンセプトでミックスCDの意義を我々に再確認させる。ここに収められている20曲中19曲が未発表で(ほとんど新曲のようだ)、クレジットされている17人のプロデューサーは、セオ本人(それからジョン・ディクソン)を除けば格段有名なわけではない。しかしどうだ、みたことかと、素晴らしいなんてももんじゃない、驚きの連続なのである。
 これらハウスやテクノの進化形を聴いていると、デトロイトで何が起きていたのかまだ外の人間が知らなかった時代の、デリック・メイのDJミックスの音源(当時はカセットテープ)を思い出す。ほとんど知られていないシカゴのアブストラクトなディープ・ハウスばかりがミックスされたそれは、「音楽研究所(ミュージック・インスティテュート)」と呼ぶに相応しい、アンダーグラウンドという実験場からの生々しいレポートだった。『デトロイトの前線(Detroit Forward)』と銘打たれたセオ・パリッシュのこれは、いまだかの地において音楽研究が続行されていることを明白に訴えている。そして、デトロイトの神話体系の外側、すなわちメディアやネット系プラットフォームが目配せしないところにこそ、もっともスリリングなサウンドがあるのだと主張しているようでもある。
 ゼロ年代以降のセオ・パリッシュが彼のディープ・ハウス・スタイルを追求しながら平行して手がけていたのは、「レジスタンス年代記」と命名されたサン・ラーへのトリビュート作の発表、あるいは〈Black Jazz〉レーベルの編集盤の監修といった、70年代スピリチュアル・ジャズとの接合である。それを思えば、彼のセレクションにジャズ色が際立っているのは必然なのだろう。本作において唯一3曲に絡んでいるDe'Sean Jonesはスティーヴィー・ワンダーのバックも務めていたこともあるその筋のエリートで、彼はマカヤ・マクレヴェンのバンドでも演奏している。タイムライン(URのサブプロジェクト)のメンバーとして日本で演奏経験もあるサックス奏者だが、彼が入ったときのライヴはほとんどフリー・ジャズで、これまで何度もあったURの来日ライヴのなかの3本の指に入るインパクトだった。
 で、そのDe'Sean JonesとアイディーヤのR&Bヴォーカルによる“Pressure”というダウンテンポの曲がアルバムのオープナーとなっている。凄腕の楽器奏者としてのジョーンズはそこそこ知られているかもしれないが、ここではトラックメイカーとしての彼の姿が表出している。“Flash Spain”という曲ではラテン・ジャズ・ハウスを、“Psalm 23”ではハード・ゴスペル(とでも呼びたくなるような曲)を試みているが、どの曲も大胆さを忘れていない。
 デトロイト・テクノの発展型を知りたければDeon Jamarの“North End Funk”をお薦めするが、その叙情性はWhodatとSophiyah Eによる“Don't Know”にも受け継がれている。ドラム奏者のMeftahによる“When The Sun Falls”と“Full”という曲も深夜の友になりえる恍惚としたアンビエント・ハウスだ。
 かつてサブマージからアルバム(ウマー・ビン・ハッサンやバーニー・ウォーレルがフィーチャーされていた)を出したことのあるDuminie DePorresは、セオ・パリッシュとともに、それこそジュリアス・イーストマンの前衛にリンクするであろう、ジャジーなミニマルを見せている。もうひとつ、実験精神に関しては、セオの〈Sound Signature〉からも作品を出しているH-Fusionによる、テリー・ライリーとドレクシアが出会ったかのような“Experiment 10”が突出している。彼はこの先、ヨーロッパで影響力を持つことになるかもしれない。
 女性アーティストでは、Monica Blaire(mBtheLight名義で〈マホガニー〉からアルバムを出しているが、本作でも同名義の曲がセオによってリエディットされ収録されている)とKesswaがこの先期待大の独創的なサウンドを披露している。そして、カーティス・フラーやフィル・ラネリンなどレジェンドたちと共演経験のある気鋭のジャズ・ピアニスト、Ian Finkelsteinがセオ・パリッシュの曲“Moonlite”をそのエレガントなピアノ演奏によってカヴァーすれば、Sterling Toleは“Janis”という曲によってデトロイト・ヒップホップのファンキーな側面を強調する。

 昨年はディフォレスト・ブラウン・ジュニアが著書『黒いカウンター・カルチャー集会(Assembling a Black Counter Culture)』をとうとう上梓し、デトロイト・テクノの政治的な文脈をより深く紐解いている。こうした新たなデトロイト研究が顕在化している最中、セオ・パリッシュによる『デトロイトの前線』が、モーターシティの音楽がいまも成長しその幅を押し広げていることを見せ、目立ちはしないがそれは音楽の価値やブラック・ミュージックの気高さとは無関係であるとあらためて証明したことの意味は、そう、じつに大きい。

宇宙こそ帰る場所──新訳サン・ラー伝 - ele-king

世界で唯一にして決定版、サン・ラー評伝、待望の新訳

近年ますます人気を拡大し、生前以上に聴かれている稀なジャズ・アーティスト
インディ・ロック・バンドからクラブ系のジャズ・バンドまでがカヴァーし、
レディ・ガガがその楽曲を引用するほど
その幅広いリスナー層はマイルス・デイヴィスに匹敵する

自分は地球人ではないし、ましてや黒人でもない
家族もいないし、生まれてさえいない
生涯をかけて作り上げた寓話を生き抜いた音楽家の
彼が消し去った地球での全人生を描いた大著

モーダルなジャズから電子音、
サイケデリック、大アンサンブル、
フリー・ジャズ、そしてアフロフューチャリズムの原点……
その影響力と功績において
欧州ではマイルス、コルトレーンとならべて語られる巨匠
サン・ラーのすべてがここにある!

目次

序奏

CHAPTER 1 バーミングハム
CHAPTER 2 シカゴ
CHAPTER 3 シカゴ pt.2
CHAPTER 4 ニュー・ヨーク・シティ
CHAPTER 5 フィラデルフィア
CHAPTER 6 世界・未来・宇宙

謝辞
出典/註記
主な参考文献リスト
サン・ラー・ディスコグラフィ
索引

[プロフィール]
ジョン・F・スウェッド(John F. Szwed)
1936年生まれ。イェール大学名誉教授(人類学、アフリカン・アメリカン研究、映画学)、コロンビア大学名誉教授(同大学ジャズ研究センター教授、センター長を歴任し、現在非常勤上級研究員)。グッゲンハイムおよびロックフェラー財団フェロウシップ。マイルズ・デイヴィス、ビリー・ホリデイ、アラン・ローマックス等々に関する著作が多数あり、その代表的なジャズ研究書『Jazz 101: A Complete Guide to Learning and Loving Jazz』(2000)は、『ジャズ・ヒストリー』として邦訳されている(諸岡敏行訳、青土社/2004)。また、CDセット『Jelly Roll Morton: The Complete Library of Congress Recordings by Alan Lomax』《ラウンダー・レコーズ/2005》のブックレット「Doctor Jazz」で、同年のグラミー/ベスト・アルバム・ノート賞を受賞している。

鈴木孝弥(すずき・こうや)
1966年生まれ。音楽ライター、翻訳家(仏・英)。主な著書・監著書に『REGGAE definitive』(Pヴァイン、2021年)、ディスク・ガイド&クロニクル・シリーズ『ルーツ・ロック・レゲエ』(シンコー・ミュージック、2002/2004年)、『定本リー “スクラッチ” ペリー』(リットー・ミュージック、2005年)など。翻訳書にボリス・ヴィアン『ボリス・ヴィアンのジャズ入門』(シンコー・ミュージック、2009年)、フランソワ・ダンベルトン『セルジュ・ゲンズブール──バンド・デシネで読むその人生と女たち』(DU BOOKS、2016年)、パノニカ・ドゥ・コーニグズウォーター『ジャズ・ミュージシャン3つの願い』(スペースシャワーネットワーク、2009年)、アレクサンドル・グロンドー『レゲエ・アンバサダーズ──現代のロッカーズ』(DU BOOKS、2017年)、ステファン・ジェルクン『超プロテスト・ミュージック・ガイド』(Pヴァイン、2018年)ほか多数。

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KAKUHAN - ele-king

 エレクトロニック・ダンス・ミュージックと即興音楽/実験音楽の融合、その現時点における最高到達点。KAKUHAN なるデュオのデビュー作は、そう言い切ってしまっていい圧倒的な強度を誇っている。ゆえにだろう、たとえばミュージシャンからの信頼も厚いマンチェスターの独立系オンライン・レコード店 Boomkat は、2022年のベスト・リリース第5位に本作を選出している。にもかかわらず、日本ではほぼ無風状態に近い。なので紙版の年末号で2022年のベスト・アルバムの1枚に選んだ本作を(そして個人チャートでも複数の人間がベスト10にセレクトしている本作を)、あらためてウェブでも紹介しておきたい。

 大阪の日野浩志郎は、現代日本のエレクトロニック・ミュージック・シーンにおいて食品まつりSUGAI KEN と並ぶ存在感を放つ、重要プロデューサーだ。ダンスに特化した YPY 名義のアルバムもすばらしかったけれど、ほかにもエクスペリメンタルなバンド goat を率いたり、レーベル〈birdFriend〉やマーク・フェルなどをリリースする〈NAKID〉を主宰したり、オーケストラ・プロジェクト《GEIST》から芸能集団=鼓童との映像作品まで、保守的なここ日本において果敢に野心的な試みをつづけている勇者のひとりと言える。
 その《GEIST》にも参加していたチェリスト、中川裕貴と日野によるコラボがこの KAKUHAN だ。中川はおもにフリー・インプロヴィゼイションの分野で活躍する京都のチェリストで……というより、およそ「チェリスト」ということばからは想像のつかない奏法やパフォーマンスを実践する、これまた勇者のひとりである(詳しくは細田成嗣によるレポートおよびインタヴューを参照)。

 本作では、自由闊達なエレクトロニクスと非正統的なチェロの奏法がなんとも不気味なノイズ世界を生みだしている。冒頭 “MT-DMZ” からしてホラー感満載だ。木製の戸や床が軋むようなチェロに、絡みつく電子音。2曲目 “MT-STM” では「弾く」というよりも「弓でこする」印象のチェロを相手どり、ころころと心地いい音が転げまわっている。まるでお化けが楽しくおしゃべりしているかのようだ。他方で途中から割りこんでくるハンドクラップは、フロアの情景を呼び起こしもする。手のこんだリズムも聴きのがせない。
 4曲目 “MT-BZSR” になってようやく旋律らしきものが前面に出てくる。が、背後ではエレクトロニクスがもこもこと抽象的な音響を生成しており、やはりひと筋縄ではいかない。B面最初の “MT-SS1” では逆にチェロはドローン的な役割を担い、メタリックなパーカッションがテクノのムードを醸しだしている。つづく “MT-AUTC” もエレクトロニクスが主役な印象だけれど、妖怪のうめき声のようなノイズを発する弦もまた聴き手を惹きつけて放さない。

 いくつかのカセットを除けば、日野にとって本作は YPY 名義のCD以来のフルレングスにあたる。トリップの極地を追求していた件のCDとは異なり、ここではチェロとの共存が優先されている。攪拌(かくはん)とは「かきまぜる」という意味だそうだ。生クリームを泡立てるときのように、料理や化学の分野で用いられることばである。本作ではクラブ・ミュージックとしてのテクノやベース・ミュージックと、いわゆる即興シーンや実験音楽で培われたアイディアがみごとに攪拌されている。その混合レヴェルの高さとセンスのよさに、海外のリスナーも讃辞をおくっているにちがいない。

 ちなみに本盤のデザインを手がけているのは、ele-king books でもお世話になっている Zodiak こと Takashi Makabe。かつてデザイナーズ・リパブリックがそうだったように、サウンドが尖端的であるとき、ヴィジュアルもまた更新されていくのだ。ぜひフィジカルを手にとって、音以外の部分にも注目してほしい。

R.I.P. Alan Rankine - ele-king

 昨年のウインブルドンではニック・キリオスが大活躍だった。全身に刺青が入った黒人のテニス・プレイヤーで、ショットが決まるたびに客席の誰かに大声で話しかけ、勝っても負けてもオーストラリア本国に戻ればレイプ疑惑で裁判が待っていた(精神障害を理由にいまだに裁判からは逃げている)。大坂なおみが開いたエージェント・オフィスが初めて契約した選手であり、日本に来た時はポケモンセンターの前に座り込んで「絶対にここから離れない」とSNSに投稿していた。僕の推しはカルロス・アルカラスだったんだけれど、昨年は早々とキリオスに負けてしまったので、そのまま惰性でキリオスを追っていた。そうなんだよ、危うくカルロス・アルカラスのことを忘れてしまうところだった。それだけインパクトの強い選手だった。僕がカルロス・アルカラスを応援し始めたのはピート・サンプラスに顔が似ていたから。90年代のプレースタイルを象徴するテニス・プレイヤーで、あまりにもプレーが完璧すぎて「退屈の王者」とまで言われた男。W杯のカタール大会でエンバペがゴールするたびにマクロンが飛び跳ねていたようにサンプラスが00年の全米オープンで4大大会最多優勝記録を打ち立てた時はクリントンも思わず立ち上がっていた。試合でリードしていても苦々しい表情だったサンプラス。内向的で1人が好きだったサンプラス。僕がピート・サンプラスを応援し始めたのはアラン・ランキンに顔が似ていたから。僕はアラン・ランキンの顔が大好きだった。セクシーでガッツに満ち、野獣に寄せたアラン・ドロンとでもいえばいいか。初めて『Fourth Drawer Down』のジャケット・デザインを見た時、この人たちは何者なんだろうと思い、どんな音楽なのかまったく想像がつかなかった。

The Associates – The Affectionate Punch(1980年)

 なんだかわからないままに聴き始めた『Fourth Drawer Down』はなんだかわからないままに聴き終わった。朗々と歌い上げるビリー・マッケンジーのヴォーカルと実験的なのかポップなのかもわからないサウンドは現在進行形の音楽だと感じられたと同時に「現在」がどこに向かっているかをわからなくするサウンドでもあった。その年、1981年はヒューマン・リーグがシンセ~ポップをオルタナティヴからポップ・ミュージックに昇格させた年で、シンセ~ポップのゴッドファーザーたるクラフトワークが『Computerwelt』で自ら応用編に挑むと同時にソフト・セル『Non-Stop Erotic Cabaret』からプリンス『Controversy』まで一気にヴァリエーションが増え、一方でギャング・オブ・フォー『Solid Gold』やタキシードムーン『Desire』がポスト・パンクにはまだ開けていない扉があることを指し示した年でもあった(タキシードムーンはとくにベースがアソシエイツと酷似し、アラン・ランキンは後にウインストン・トンのソロ作を何作もプロデュースする)。『Fourth Drawer Down』はそうした2種類の勢いにまたがって、両方の可能性を一気に試していたようなところがあった。それだけでなく、グレース・ジョーンズ『Nightclubbing』に顕著なファッション性やジャパン『Tin Drum』から受け継ぐ耽美性も共有し、オープニングの“White Car In Germany”では早くもDAF『Alles Ist Gut』を意識している感じもあった。混沌としていながら端正なテンポを崩さない“The Associate”を筆頭に、PILそのままの“A Girl Named Property”、物悲しい“Q Quarters”には咳をする音が延々とミックスされ、あとから知ったところでは“Kitchen Person”は掃除機のホースを使って歌い、“Message Oblique Speech”のカップリングだった“Blue Soap”は公園のようなところにバスタブを置いて、その中で反響させた声を使っているという。まるでジョー・ミークだけれど、ジョー・ミークにはない重いベースと破裂するようなキーボードが彼らをペダンチックな存在には見せていない。

 これらが、しかし、すべて助走であり、アラン・ランキンとビリー・マッケンジーが次に手掛けた『Sulk』はとんでない方向に向かって華開く。昨年、同作の40周年記念盤がリリースされ、全46曲というヴォリウムに圧倒されながらレビューを書いたので詳細はそちらを参照していただくとして、ここではスネアをメタル仕様に、タムを銅性の素材に変えたことで、インダストリアルとは言わないまでも、全体に金属的なドラム・サウンドが支配するアルバムだということを繰り返しておきたい。『Sulk』はパンク・ロックのパワーを持ったグラム・ロック・リヴァイヴァルであり、ニューウェイヴの爛熟期に最も退廃を恐れなかった作品でもある。あるいは15歳のビョークが夢中で聴いたアルバムであり、彼女のヴォーカル・スタイルに決定的な影響を与え、イギリスのアルバム・チャートでは最高10位に食い込んだサイケデリック・ポップの玉手箱になった。『Sulk』はちなみにイギリス盤と日本盤が同内容。アメリカ盤とドイツ盤がベスト盤的な内容になっていた。ジャケットの印刷技術もバラバラで、リイシューされるたびに緑色が青に近づき、裏ジャケットのトリミングも違う。オリジナル・プリントはイギリスのどこかの美術館に収蔵されているらしい。

 ビリー・マッケンジーが『Sulk』の北米ツアーを前にして喉に支障をきたし、アメリカで売れるチャンスを逃したとして怒ったアラン・ランキンはアソシエイツから脱退、『Sulk』に続いてリリースされたダブルAサイド・シングル「18 Carat Love Affair / Love Hangover」(後者はダイアナ・ロスのカヴァー)がデュオとしては最後の作品となってしまうも、『Fourth Drawer Down』以前にリリースされていたデビュー・アルバム『The Affectionate Punch』のミックス・ダウンをやり直して、同じ年の12月には再リリースされる。元々の『The Affectionate Punch』はなかなか手に入らず、その後、イギリスでようやく見つけたものと聴き比べてみると、ミックス・ダウンでこんなに変わってしまうものかと驚いたことはいうまでもない。たった2年でアラン・ランキンが音響技術の腕を確かなものにした自信が『The Affectionate Punch』の再リリースには漲っていた。同作からは“A Matter Of Gender”が先行カットされ、結局、デビュー・シングル“Boys Keep Swinging”(デヴィッド・ボウイの無許可カヴァー)などを加えて元のミックス盤も05年にはCD化される。『Sulk』に続く道も感じられはするけれど、オリジナル・ミックスはまだシンプルなニューウェイヴ・アルバムで、この時期は〈Fiction Records〉のレーベル・メイトだったキュアーとヨーロッパ・ツアーなどを行なっていたことからロバート・スミスがギターとバック・コーラスで参加、ベースのマイケル・デンプシーはその後もアソシエイツとキュアーを掛け持っていた。ロバート・スミスは後にビリー・マッケンジーが自殺する直前、キュアーのライヴを観に来てくれたのに声をかけ損なったことを悔やんで「Five Swing Live」をリリースしたり、“Cut Here”をつくったりしている。

The Associates – Sulk(1982年)

 バンドを脱退したとはいえ、『Sulk』の名声はアラン・ランキンにプロデュース業の仕事を舞い込ませる。ペイル・ファウンテインズ“Palm Of My Hand”は“Club Country”で用いたストリング・アレンジを流用しながら彼らのアコースティックな持ち味を存分に活かし、反対にコクトー・ツインズ“Peppermint Pig”はあまりにもアソシエイツそのままで、これは派手な失敗作となった。彼らのイメージからは程遠いインダストリアル・ドラムに加えて近くと遠くで2本のギターが同時に鳴り続けるだけでアソシエイツに聞こえてしまい、ノイジーなサウンドに尖ったリズ・フレイザーのヴォーカルが入るともはやスージー&ザ・バンシーズにしか聞こえなかった。そして、アンナ・ドミノやポール・ヘイグのプロデュースから縁ができたのか、アラン・ランキンのソロ・ワークも以後は〈Les Disques Du Crépuscule〉からとなる。アソシエイツ脱退から4年後となったソロ・デビュー・シングル“The Sandman”は幼児虐待をテーマにした静かな曲で、カップリングは戦争を取り上げた暗いインストゥルメンタル。続いてリリースされたファースト・ソロ・アルバム『The World Begins To Look Her Age』はアソシエイツのようなエッジは持たず、80年代中盤のニューウェイヴによくあるAOR風のシンセ~ポップに仕上がっていた。これはランキンを失ったマッケンジー単独のアソシエイツも同じくで、マッケンジーもまた気の抜けたアソシイツ・サウンドを鳴らすだけで、2人が離れてしまうと緊張感もないし、いずれもメローな部分ばかりが際立つ自らのエピゴーネンに成り下がってしまったことは誰の耳にも明らかだった。2人がそろった時の化学反応はやはり1+1が3にも100にもなるというマジックそのものだったのである。しかし、2人は93年まで再結成に意欲を示さず、とくにビリー・マッケンジーはイエロやモーリツ・フォン・オズワルドといったユーロ・テクノの才能と組んでサウンドの更新に勤め、それなりに意地は見せていた。アラン・ランキンは『The World Begins To Look Her Age』の曲を半分入れ替えて〈Virgin〉から『She Loves Me Not』として再リリースした後、〈Crépuscule〉から89年に『The Big Picture Sucks』を出して、まとまった音源はこれが最後となる。

Alan Rankine – The World Begins To Look Her Age(1986年)

 93年に再結成を果たしたアソシエイツは6曲のデモ・テープを製作するも94年からアラン・ランキンは地元グラスゴーのストウ・カレッジで教鞭に立ち、それほど頻繁に作業ができなくなった上にビリー・マッケンジーが97年1月に自殺、新しいアルバムが完成されるには至らなかった。そのうちの1曲となる“Edge Of The World”はその年の10月にリリースされたビリー・マッケンジーのソロ名義2作目『Beyond The Sun』に“At Edge Of The World”としてポスト・プロダクションを加えて収録され、さらに3年後、キャバレー・バンド時代のデモ・テープなどレア曲を37曲集めた『Double Hipness』には6曲とも再録されている。6曲のデモ・テープは『The Affectionate Punch』に戻ったような曲もあれば、新境地を感じさせる“Mama Used To Say”にドラムンベースを取り入れた“Gun Talk”など完成されていれば……などといっても、まあ、しょうがないか。ザ・スミスがビリー・マッケンジーを題材にした“William, It Was Really Nothing”に対する10年越しのアンサー・ソング、“Stephen, You're Really Something”も週刊誌的な興味を引くことになった。アラン・ランキンが残した音源は少ない。ビリー・マッケンジーと組んだアソシエイツとその変名プロジェクトにソロ・アルバム2.5枚とソロ・シングル3枚、クリス・イエイツらと組んだプレジャー・グラウンド名義でシングル2枚のみである。また、2010年まで大学教員を続けたランキンは大学内に〈Electric Honey〉を設け、ベル&セバスチャンのデビュー・アルバム『Tigermilk』など多くのリリースにも尽力している。

 ビリー・マッケンジーがソロでつくった曲は間延びした印象を与えることが多かったけれど、アラン・ランキンが加わるとそれがタイトになり、まるで伸び伸びとは歌わせまいとしているようなプロダクションに様変わりした。アソシエイツはそこが良かった。歌が演奏にのっているというよりも声と演奏が戦っているようなサウンドだったのである。まったくもって調和などという概念からは遠く、ビリー・マッケンジーがどれだけ気持ちよく歌っていてもアラン・ランキンのギターは容赦なくそれを搔き消し、いわば主役の取り合いだった。“Waiting for the Loveboat”も脱退前にアラン・ランキンが録っていたデモ・テープはぜんぜん緊張感が違っていた。アラン・ランキンはおそらくせっかちなのである。彼らの代表曲となった“Party Fears Two”がトップ10ヒットとなり、トップ・オブ・ザ・ポップスに出演した時もランキンは同番組が口パクであるのをいいことに鳴ってもいないバンジョーを弾いたり、ピエール瀧の綿アメみたいに客にチョコレートを食べさせるなどふざけまくっていたのは、たった1曲のために2時間以上も拘束されるため「飽きてしまったから」だと答えていた。『Fourth Drawer Down』も実はそれまでがあまりに狂騒状態だったので、少しは落ち着こうとしてつくった曲の数々だったというし、それがまた再び狂騒状態に戻ったのが『Sulk』だったから、あそこまで弾け飛んだということになるらしい。自分の人生を何倍にも巨大なものにしてくれる人との出会いがあるということはなんて素晴らしいことなのだろう。2人合わせて103歳の人生。短い。あまりに短いけれど、『Sulk』はこれから先、いつまでも聴かれるアルバムになるだろう。R.I.P.

R.I.P. Vivienne Westwood - ele-king

 サウス・ロンドンの湾岸地区にある巨大なスタジオで忌野清志郎のフォト・セッションが始まり、僕はやることもなくただ見学していた。彼の初ソロ・アルバム『レザー・シャープ』のために30着ほどの衣装が用意され、デイヴィス&スターが息のあった撮影を続けている。スペシャルズやピート・タウンゼンド、デヴィッド・ボウイやティアーズ・フォー・フィアーズのジャケット写真を手掛けてきた夫婦のフォトグラファーである。2人が交互にシャッターを切るので、清志郎はどっちに集中していいのかわからず、序盤はうまくいっているようには見えなかった。彼らが用意した衣装のなかにテディ・ボーイズのジャケットがあり、清志郎がそれを着てポーズを取ると、実に恰好良かった。ミックス・ダウンの合間を縫って、体を休める間もなく撮影に挑んでいる清志郎はその時、体重が38キロまで減っていて、ジャケットはややダブついて見えた。そのせいか、そのカットは最終的にアルバム用には使われず、宣伝用に回されたので一般の目には触れなかったかもしれない。半日がかりの撮影が終わり、今日の衣装でどれか買い取りたいものはあるかと訊かれた清志郎はとくに考えた様子もなく「ない」と答えた。普段着にはネルシャツとか目立たないものしか彼は着ない。デイヴィス&スターが「OK」といって衣装を片づけ始めた時、「僕が買ってもいいですか」と思わず僕は声に出していた。テディ・ボーイズのジャケットはその場で僕のものになった。ヴィヴィアン・ウエストウッドの一点ものである。ガーゼ・シャツはワールズ・エンドですでに買い込んでいた。ヴィヴィアンだらけになった旅行カバンを持って僕は初のイギリス旅行から日本に戻ってきた。10代でパンク・ロックに出会うということはこういうことである。カタチから入ってもしょうがないなどとは思わない。ヴィヴィアン・ウエストウッドの服で全身を固めたい。二木信がトミー ヒルフィガーで全身を決めているのと同じである。ヴィヴィアン・ウエストウッドのショップが日本にオープンするのは意外と早く、93年のことだけれど、80年代にはまだ海を渡る必要があった。『レザー・シャープ』の取材とパンクの聖地巡りで僕の24時間はバーストしっぱなしだった。出所したばかりのトッパー・ヒードンがレコーディング・スタジオにいるのもぶち上がった。PV撮影の合間にトッパー・ヒードンが自分で飲むビールを自分で買いに行くところまで恰好良く見えた。

 70年代当時、パンク・ロックについての情報はほとんど日本に入ってこなかった。マルカム・マクラーレンのことはまだしもヴィヴィアン・ウエストウッドがパンク・ファッションを生み出したと言われても、詳細はわからないし、破けたTシャツぐらい誰でもつくれるような気がした。パンク・ファッションではなくコンフロンテイション・ドレッシングというコレクション名がついていたことも知らなかったし、「サヴェージィズ(パイレーツ)」、「バッファロー/泥のノスタルジー」、「ニューロマンティクス」と移り変わるシーンの背後にウエストウッドがいるらしいというだけで、それが本当なのかどうかもよくわからなかった(バッファロー・ハットは00年代にファレル・ウイリアムズがリヴァイヴァルさせている)。ウエストウッドがどんな顔なのかさえわからなかったので、僕は映画『グレート・ロックンロール・スウィンドル』のレーザーディスクを買い、セックス・ピストルズが女王在位25周年を祝うジュビリー当日にテームズ河に浮かべた船上でボート・パーティを開催し、〝God Save The Queen〟を大音量で演奏するシーンを何度も繰り返し観たけれど、警官たちと揉み合うマルカム・マクラーレンは確認できてもウエストウッドが逮捕された瞬間は判然としなかった(ちなみに『グレート・ロックンロール・スウィンドル』にフィーチャーされた〝Who Killed Bambi〟はテン・ポール・チューダーとヴィヴィアン・ウエストウッドの共作)。それどころかローナ・カッター監督のドキュメンタリー作品『ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンス』を観るまで、僕はニューロマンティクスが下火になってから子どもを育てるお金がなくなくなったウエストウッドが生活保護を受けていたことも知らなかった。僕がカーキ色のジャケットを買い取った頃である。当時は誰と話してもイギリスへ行ったらBOYのキャップやパンクTシャツの1枚や2枚は買ったよと話し合っていた時期なのに。あの売り上げはウエストウッドには入っていなかったのだろうか。同じドキュメンタリーでウエストウッドはパンクについては語りたくないと最初は口を閉ざしてしまう。追悼記事のほとんどが「パンク・ファッションの女王が……」という見出しを立てているというのに、ウエストウッドにとってパンクは思い出したくない過去だということもちょっとショックだった。監督がねばりにねばって最後は経営実態まで細かく語り始め、それもまた驚くような内容だったけれど、同作は全体にお金のことが明確に語られているところが新鮮な作品だった。

  ヴィヴィアン・ウエストウッドは80年代の後半にファッションの方向性を大きく変え、いわゆるヴィクトリア回帰を果たしたとされる。パンクやバッファローとは異なり、確かにエレガントと呼べる性格のものにはなっていたけれど、裾が広がれば広がるほどいいとされた19世紀のスカート(クリノリン)をミニにカットするなど、そのアイディアは上流階級のパロディと言われたり、過去(束縛された女性)と未来(自由になった女性)を同時に表現したとも評され、目に見えない部分では男性用ファッションを素材レヴェルから女性用につくり直すなど、対決を意味するコンフロンテイション・ドレッシングはひそかに続いていたともいえる。92年にバッキンガム宮殿で大英帝国勲章を受賞する際にはスカートに大胆なビキニとスケスケのタイツ姿で現れ、物議を醸す一幕もあった(これには宮殿に所属する写真家の撮り方に悪意があったとウエストウッドは反論している)。一方でBボーイ・ファッションを低脳呼ばわりするなど、クレジットの入れ方を巡って20年間の付き合いに終止符を打ったマルカム・マクラーレンが新たに入れ込んでいたヒップ・ホップには冷たく当たり、ストリート・カルチャーとは決定的に距離を置こうとしたことも確かである。ニューロマンティクス時代の最後に単独で「ウィッチ」というコレクションを発表したウエストウッドはキース・ヘリングをフィーチャーすることで自動的にマドンナが広告塔になってくれるなど、実際にはストリート・カルチャーが彼女の名声を後押しした面があったにせよ。マクラーレンとの残念な結末とは対照的に『ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンス』を観ると彼女の後半生は大学の教え子だったアンドレアス・クロンターラーとの愛の物語であったこともよくわかる。クロンターラーの献身ぶりやウエストウッドを支える彼の努力は並大抵ではなく、彼女もそれがわかっているところはなかなかに感動的だった。オーストリー出身のクロンターラーは92年にウエストウッドよりも25歳下の夫となり、25年間にわたって発表してきた「ヴィヴィアン・ウエストウッド・ゴールドレーベル」は実質的にはクロンターラーが手掛けていたも同然だったと発表し、ブランド名も「アンドレアス・クロンターラー・フォー・ヴィヴィアン・ウエストウッド」に改名されている。

  00年代に入るとウエストウッドは政治的言動を強く繰り出すようになる。とくに「気候変動」に関しては語気が荒く、行動力もかなりのものがあり、緑の党支持を表明しているものの、ヴィヴィアン・ウエストウッドの商品にはポリエステルが使われているなど矛盾を指摘されることも多く、かなりな額を寄付したにもかかわらず緑の党からイヴェントに出演することを拒否されたこともある。驚いたのはシェール・ガスの掘削に反対してキャメロン首相の別荘に戦車で向かって行ったことで、何が起きているのかわからなかった僕はスケートシングと動画を送りあったりして、その夜は、一晩中、大騒ぎになった。道が細くなってウエストウッドを乗せた戦車が別荘に突っ込むことはできなかったけれど、戦車の上から拡声器で抗議する姿を見てウエストウッドがパンクを全うしていることは確かだと思った。またウィキリークスを高く評価していて、アメリカ政府に指名手配され、エクアドル大使館で軟禁状態となっている主幹のジュリアン・アサンジを長期にわたってサポートし、クロンターラーと2人で獄中結婚の衣装をデザインしたり、アメリカ政府への引き渡しに反対して裁判所の前でウエストウッド自らが鳥かごに入って宙づりにされるというパフォーマンスも行なっている。05年にはキャサリン・ハムネットが90年代に定着させたメッセージTシャツに「私はテロリストではない。逮捕しないで下さい(I AM NOT A TERRORIST, please don't arrest me)」というメッセージに赤いハート・マークを付け加えてトレンドTシャツとして生まれ変わらせ、ワン・ダイレクションのゼインがこれを着てツイッターで広めたり、ジェレミー・コービンが労働党党首になった時は派手に応援し、ボリス・ジョンソンに大敗を喫することも。政治に比べてTVドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』で使われたウェディング・ドレスが1時間で売り切れたとかファッションの話題が少ないことは気になるところだけれど、『ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンス』を観ると、そっちの方はクロンターラーがちゃんとやっているのかなと思ってしまうのはやはりマズいだろうか。

  05年に姪たちを連れて森アーツセンターギャラリーで開催されたヴィヴィアン・ウエストウッド展を観に行くと、まだファッションには興味がなかった彼女たちの反応は「魔女みた~い」というものだった。確かに装飾過多だし、とくに黒い服が集められた部屋は森の中にいるみたいで、妙な落ち着きがあった(日本ではゴスロリや矢沢あい『NANA』が流行の火つけ役になったと言われるし、ヴィヴィアン・ウエストウッドが人の名前だと思っていない世代には福袋で有名みたいだし……)。パンク・ロックは遠い夢。ヴィヴィアン・ウエストウッドが家族に囲まれて静かに息を引き取ったことを知らせる公式アカウントには「ヴィヴィアンは自分をタオイストだと考えていた」と綴られている。イギリスはニューエイジ大国なので驚くまいとは思うけれど、ここへ来て最後にタオイストというのは与謝野晶子のアナーキズム擁護に通じる空想性を想起させ、あんまり聞きたくなかったなとは思う。ヴィヴィアン・ウエストウッドの真骨頂はやはり力が漲るデザイン力であり、無為自然という意味でのアナーキズムではなく、大胆に布をカットするように制度として立ちはだかる壁を突破しようとする実行力に直結させたことだと思うから。またひとつパンクの星が消えてしまった。R.I.P.

編集後記(2022年12月31日) - ele-king

 2022年はことばに力のある音楽が多く生み落とされた年だった。あくまで自身の体験にもとづきながら、自分をとりまく社会の存在を浮かび上がらせるコビー・セイを筆頭に、パンクの復権を象徴するスペシャル・インタレストウー・ルーなど、せきを切ったようにさまざまなことばが湧き出てきた。それはもちろん、2020年以降の世界があまりにも激動かつ混迷をきわめていたからにほかならない。
 日本には、七尾旅人がいた。パンデミックやジョージ・フロイド事件以降の世界を鋭く描写しながら、しかしけっして悲愴感を漂わせることなく、ぬくもりあふれるポップな作品に仕上げる手腕は、問答無用で今年のナンバー・ワンだろう。ほかにも、たくさんのことばが紡がれている。それらの動向については紙エレ年末号で天野くんがまとめてくれているのでぜひそちらを参照していただきたいが、個人的にもっとも印象に残ったのは tofubeats だった。
 レヴューで書いたことの繰り返しになってしまうけれど、「溺れそうになるほど 押し寄せる未来」という一節は、どうしたってペシミズムに陥らざるをえない2022年の状況のなかで、「失われた未来」のような思考法と決別するための果敢な挑戦だったと思う。もともと『わが人生の幽霊たち』でその考えを広めたマーク・フィッシャー当人も、つづく著作『奇妙なものとぞっとするもの』では資本主義の「外部」について試行錯誤し、いかにペシミズムから脱却するか、あれこれ格闘していたのだった。来年はいよいよ『K-PUNK』の刊行を予定している。どうか楽しみに待っていてほしい。
 もうひとつ、その『奇妙なものとぞっとするもの』でも論じられていたアンビエントの巨匠、ブライアン・イーノが新作で歌った「だれが労働者について考えるだろう」というフレーズも強く脳裏に刻まれている。振り返れば、2022年の大半はイーノについて考えていたように思う。別エレの特集号、大盛況に終わった展覧会「AMBIENT KYOTO」とその図録の制作、6年ぶりのソロ・アルバム。人民のことを忘れない彼のことばにも、大いに励まされたのだった。

 本をつくるのはほんとうに大変だけれど、それは自分が明るくない分野の知見に触れる、絶好のチャンスでもある。個人的に今年は『ヴァイナルの時代』と別エレのレアグル特集号、そして現在制作中のサン・ラーの評伝に携われたことが、非常に大きな経験になった。エレクトロニック・ダンス・ミュージックのルーツがブラック・ミュージックにあること、それを忘れてはならない。
 2022年、ele-king books は24冊の本を刊行している。あたりまえだが、本はひとりではつくれない。協力してくださった著者、ライター、通訳、翻訳者、カメラマン、イラストレイター、デザイナー、印刷会社や工場、流通のスタッフ、そしてもちろん購読者のみなさま、ほんとうにありがとうございました。来年も多くの企画を準備しています。2023年も ele-king books をよろしくお願いします。

 最後に。故ミラ・カリックスの思い出として、1曲リンクを貼りつけておきたい。

 それではみなさん、どうぞよいお年を。

mira calix - a mark of resistance (radio edit)

R.I.P. Pelé - ele-king

 ペレは、世界初のサッカーにおけるスーパースターだったが、マラドーナと同じく、いちサッカー選手以上の存在だった。モハメッド・アリやマイケル・ジョーダンなどと並べて語られるように、スポーツをもって頂点に上り詰めた黒人でもあった。影響力の大きさから、その無邪気な言動は、ときに政治的にも解釈された。だいたい、戦争を止めることができたスポーツ選手などほかにいたのだろうか。60年代末、内戦状態だったナイジェリアとビアフラはペレのプレイを見るために休戦したのである。
 ペレの全盛期は、1958年のスウェーデン大会から1970年のメキシコ大会までの間だと言われている。彼はブラジル代表としてW杯で三度、クラブ・チーム「サントス」の一員として二度の世界王者に輝き、23年間の選手生活において世界80カ国でおよそ計1300試合以上の試合に出場し、公式としてはいまのところ最高の1300近いゴールを記録している。ぼくが「サッカーの王様」をリアルタイムで見たのは、1977年、東京の国立競技場で引退試合をしたときのテレビ中継が最初だった。だから彼の黄金時代は、あとからヴィデオなどで見るしかなかった。スウェーデン大会で優勝したときの、17歳のペレの胸トラップでボールをコントロールし太ももで高く上げ、相手DFを抜き去り、ボレーでシュートを決めるあの有名なシーンもそうだし、優勝して大泣きしているあの姿もだ。誰もが思うように、その桁外れの無邪気さがずいぶん印象に残っている。ガーディアンが追悼記事で書いたように、彼は「喜び(joy)」の使者だった。

 ぼくにとってのサッカーの聖書ではペレを次のように紹介している。

ペレが走り出すとなると、ナイフのように敵陣を切り裂いた。ひと走り終えてみると、敵は彼の脚が描く迷宮ですっかり迷子になっていた。跳べば跳んだで、空気が階段になっているかのように彼は空に昇ってしまう。フリーキックをするときには、ブロックに並ぶ相手チームが、彼の大ゴールが決まるところを見損なわないようにと、あべこべにゴールのほうを向きたがった。

エドゥアルド・ガレアーノ『スタジアムの神と悪魔』(飯島みどり訳)

 サッカーに革命を起こした褐色のブラジル人は、ペレ以前にもいた。20世紀初頭のアルトゥール・フリーデンライヒが当時のイングランド式サッカーの常識を破壊した先駆者と言われている。周知のように、サッカーのなかにフェイントやリフティングのテクニックを活かしたトリッキーなプレイを持ち込んだのは南米の黒人選手たちだ。それは彼らの幼少期におけるストリート・サッカーで発明され養われたテクニックで、プロ選手になったとき、白人選手からの執拗なタックルから逃れるため、肉弾的なプレイを翻弄するために研磨された技だった。小刻みにボールを操り、リズミックにボールを運んだかと思えば、いきなりテンポを変えて相手を抜き去る。こうした個人の創造性によって打開するサッカー、もっと言えば夢を運ぶような快楽のためのサッカーは、旧来の(西欧がマッチョな男性を育てるために発案した)マニュアル的なサッカーの対極にあるものだった。
 フリーデンライヒはブラジル代表において初の黒人選手だったが、1910年代の時点では、スポーツ大会とはまだ白人のものであって、世界で最初に黒人選手を代表に選出したウルグアイは、勝利した試合を無効にするよう相手チームから言われたこともあったほどだ。フリーデンライヒも試合に出る前はロッカールームで縮れ毛を伸ばしていたというし、肌の色を少しでも白くしようと米の粉を顔に塗った選手もいたという。
 ペレが世界の前に登場した1958年は、テレビが普及し、地球のまわりをアメリカとソ連の人工衛星が飛んでいた。ブラジルのナショナル・チームには、アフリカ系のヒーローたち、ガリンシャもいたしジジもいた。アメリカでは、マーティン・ルーサー・キング牧師が公民権運動を動していた。ペレは的確なタイミングで登場し、その天才的なプレイと無邪気さをもって世界にたくさんの笑顔をもたらしていった。フリーデンライヒからペレに受け継がれ発展したブラジル式は、ネイマールがいみじくも言ったようにサッカーを「芸術に変え、エンターテインメントに変えた」。ペレは引退のセレモニーにおいて、スピーチの最後に「愛」という言葉を連発したという。彼を突き動かしていたのが「愛」だったというのは、残された映像からもうかがい知ることができよう。南米の黒人の存在を世界にアピールした先達、あまりに偉大な「サッカーの王様」、レスト・イン・ピース。

※これは蛇足だが、ペレは1974年、清水市内のサッカー教室にも参加してくれている。

Federico Madeddu Giuntoli - ele-king

 なんて美しいエレクトロニカだろうか。本作こそ、いま、もっとも美的で、繊細なエレクトロニカである。

 フェデリコ・マデッドゥ・ジュントリは、神経科学の博士号を持ち、美術、写真、彫刻、言語学など、さまざまな分野で活躍するアーティストだ(ちなみにフェデリコ・マデッドゥ・ジュントリはトゥ・ロココ・ロットや Retina.it とコラボレーションをおこなったイタリアのエレクトロニック・バンド DRM の一員でもあった)。また写真家として『Nuova gestalt』という写真集も刊行している。
 いわば人生のなかで、ジャンルや形式にとらわれず、自身のアートを追求しているといったタイプのアーティストかもしれない。本作もまた同様である。なんと10年の歳月をかけて作り上げられていったというのだから。
 じっくりと音の細部に至るまで磨き上げられた『The Text and the Form』は、時の試練に耐え抜くような仕上がりだ。端的にいって10年後も20年後も聴けてしまうような普遍的な魅力を放っている。

 その音は、まるで音の花びらが舞っているかのように優雅である。聴くほどに、音を流すほどに空気が変わる。そんな印象を与えてくれるエレクトロニカである。
 アルバム冒頭の1曲め “Lolita” は、本作を象徴する曲といえよう。ピアノの旋律の断片と、透明な層のようなアンビエンスが交錯・融解し、そこに声を微かに重ねていく。それぞれの音が別の層に存在するかのようでありながら、全体としては調和しているような曲だ。
 続く2曲め “Text and the Form” ではギターの旋律の上に、〈12k〉からのリリースで知られるエレクトロニカ・アーティスト Moskitoo による声/歌が折り重なる。アルバム・タイトル曲ということもあり、本作の「テクストと形式」を追求した美しい曲である。
 ゲスト参加曲といえばドイツの音響詩人 AGF がフィーチャーされた “You Are” も忘れてはならない。ミニマルな電子音にギターの音が交錯し、小さく AGF の声/歌がレイヤーされていく。細部まで研ぎ澄まされた素晴らしいエレクトロニカに仕上がっている。
 個人的にはドラムのインプロヴィゼーションをアンビエント的に聴けるインタールード的な6曲め “Inverse” が非常にユニークだった。この種のアンビエント/エレクトロニカにはあまり用いられない音(ドラム)でありながら、違和感なく(いや、微かな違和感とともにとでもいうべきか)アルバム中央に位置していることに感銘を覚えた。この曲の存在によってピアノなどの丹精な音の流れを微かに「崩す」のようなムードを生成しているように感じられもした。
 ピアノやギター、ドラム(パーカッション)などのいくつかのミニマムな音たちがそれぞれ自律しながらも、繊細な音の層を生成している。このレイヤーの繊細な調整こそが、本作のコンポジションの肝かもしれない。

 アルバムには全11曲が収録されており、時間は24分ほどである。アルバムとしては短い収録時間に思えるかもしれない。が、実際に聴いていただくとわかるが、まったく短いと感じない。かといって冗長というわけでもない。
 音と音、音楽とノイズ、リズムとハーモニーの関係がこちら側の時間感覚とは別の層に存在するかのような音楽なのだ。音のレイヤーが時間感覚を消失させ、この音楽固有の時間感覚を生み出しているとでもいうべきか。
 つまりこの24分という時間は、アルバム作品として成立させるために必然的に導きだされたものではないか(と勝手に妄想している)。これは本作に限らずエレクトロニカ全般に共通する傾向だが、本作では音のレイヤーと時間感覚の生成がとても洗練されているように思えたのだ。
 その意味では本作中もっともアンビエント的な8曲目 “Unconditional” とその変奏曲である10曲目 “Unconditional (Reprise)” はもっとも完成度の高い曲といえる。独自の時間感覚が横溢していたのだ。この曲で重要なのはギターの旋律や電子音などがアンビエント的な持続を「崩す」ように導入されている点にある。この「崩れ」こそが本作の魅惑ではないかとも感じるのだ。
 そして、アルバムすべての要素が統合されている最終曲 “Grand Hall of Encounters” は本作の集大成ともいえる曲である。3分30秒という時間のなか、持続と崩れが生成され消えていく。特にほんの少しだけ緊張感に満ちた音を鳴らすギターの響きの「揺らぎ」には思わず耳が奪われてしまった。

 『The Text and the Form』は、音と音が別レイヤーで鳴っているようでありながら、ハーモニーとは違う音の重なりの調和を聴かせてくれるアルバムだ。清潔な音空間のなかを、ピアノやギター、声などのサウンドのフラグメンツが舞うような美しい音響空間がここにはある。これぞ新しい時代のマイクロスコピック・サウンド。いま、新しいエレクトロニカを聴きたいという人に迷わずレコメンドできる逸品だ。

Shygirl - ele-king

 シャイガールのパフォーマンスを初めて目にしたのは約3年前、今年の年末に営業再開するクラブ・渋谷WWW βで開催された《Local World》と《南蛮渡来》のコラボレーション・パーティーだった。彼女が主宰するロンドンのコレクティヴ〈NUXXE〉のアーティストであり盟友のクク・クロエ(Coucou Chloe)とともに初の来日公演を果たした夜、アンダーグラウンドのフロアできらびやかなドレスを纏いバブリーな扇子を仰ぎながら歌うシャイガールは、すでにカリスマ的な歌姫のようなオーラを漂わせていた。同コレクティヴのプロデューサー、セガ・ボデガ(Sega Bodega)が手がけたダークにうねるエレクトロニック・サウンドを、淡々としたラップで乗りこなしながらオーディエンスを虜にしていたのをいまでも鮮明に覚えている。一番の盛り上がりを見せていたのはたしかデコンストラクテッド・クラブ的なアンセム、“NASTY” (2018)だったような。当時、国内のアンダーグラウンドで彼女のカリスマ性溢れるオーラを身を持って感じられたのは本当に幸運だったことだといまとなって改めて思う。もしこれからシャイガールの姿を目にするとなればキャパシティが200人も満たないフロアでは到底難しいだろう。かつて渋谷の狭い地下で目にしたアンダーグラウンドの歌姫はいま、次世代の重要人物として世界中を虜にしつつある。

 サウスロンドン生まれの文学少女だったブレーン・ミューズはブリストル大学で写真を学びつつ、ロンドンのパーティー・シーンに身を置くようになり2016年にはレーベル兼コレクティヴの〈NUXXE〉をセガ・ボデガとクク・クロエとともに設立、同時にラッパー/シンガーソングライターのシャイガールとしてのキャリアを歩みはじめた。ヒップホップやグライム、UKならではのダンス・ミュージックを基軸に実験的なクラブ・サウンドで頭角を現し、コレクティヴと彼女の存在はロンドンから国内外のアンダーグラウンドへと徐々に知れ渡ってゆく。2nd EP「Alias」(2020)にはつねに彼女とともにあるセガ・ボデガだけでなくソフィーカイ・ホイストン(Kai Whiston)など今日のハイパーポップ・サウンドを支えるプロデューサー陣が集結、その後もアルカ『KiCk i』への客演にラッパーのスロウタイFKA・ツイッグスといったイギリスの主要アーティストとのコラボ、レディ・ガガのリミックス・アルバム『Dawn of Chromatica』に参加したりとシーンを牽引しながら、バーバリーのキャンペーン・モデルに起用されるなど各所で活躍をみせてきた。そして今年の秋にはついに待望の 1st Album『Nymph』をリリースし、満を持してディーヴァさながらのポテンシャルを発揮した。

 『Nymph』はこれまでの作品に比べ、エッジなベースが効いたセガ・ボデガの不穏なレフトフィールドさがありながら、アルカにダニー・L・ハール(Danny L Harle)やブラッドポップ(Bloodpop)、ムラ・マサなどの多彩なコラボレーターによりアンダーグラウンドから少しひらけた透明感のあるポップな仕上がりだ。しかし、ポップと言えどインディー・アーティストが大衆向けな表現に走るようなポップネスではなく、シャイガールが持つ自由なパワーや人間関係、愛への憧憬に性的欲望、ロマンチックなフラストレーションといった本作のテーマを叙情的かつキャッチーに突出させるためのスタイルとしてのそれだ。重いテンポに淡々としたラップで初期の楽曲を想起させる冒頭の “Woe”、妖艶にセックス・ポジティヴを謳う “Shlut”、ダンサブルに恋心を描いたUKガラージ調の “Firefly”、ユーモラスかつロマンチックに女性器の暗喩を囁く幻想的なベッドルーム・ポップ “Coochie(a bedtime story)”、ミニマルなトーンの “Nike” に爽やかなジャングルで駆け抜ける “Wildfire” などとアルバム全体を通して数々のトラックを軽やかに横断し、自身の多彩なキャラクターと融和するヴォーカリストとしての表現力がものの見事に誇示されている。

 なお、アルカ・プロデュースの “Come For Me” やダニー・L・ハール・プロデュースの7曲目 “Heaven” のサウンドに少々そういったエッセンスが感じられるものの、決してシャイガールを安直にハイパーポップ・アーティストという型に当てはめてもいけない。彼女が単一なジャンルに収まらぬのは、2020年代初頭に興隆を極めたフレッシュなジャンル、ハイパーポップの礎となるバブルガム・ベースが発展した2015年以降、その盛り上がりの裏で陰のように隣接しダンス・ミュージックに新たなアプローチを仕掛けたデコンストラクテッド・クラブを象徴する冒険的なサウンドスケープも本作の底流に渦巻いているからだ。シャイガールのバックボーンである〈NUXXE〉周辺に広がるアンダーグラウンド・シーンにリスペクトを込めながらサウンドの文脈に焦点を当てたことでさらに煌めく叙情的なストーリーテリングは、成熟したハイパー以降の現代的なエレクトロニックの潮流と呼応しつつもスクラップ・アンド・ビルドを重ねた新境地の解釈が生み出されるであろうという無限の可能性をも示唆しているのだろう。そんなシャイガールの鮮烈なデビュー作からは、10年代後半から20年代初頭の独特なテイストをスマートに継承した歌姫の挑発的な眼差しに、未来への期待と欲望を掻き立てられてしまう。

John Also Bennett - ele-king

 『Out there in the middle of nowhere』の幕開けを飾る “Nowhere” のスチール・ギターの音が聴こえてきたとき、ぼくはかなり意外な気持ちだった。彼が関わる作品を聴くときに期待している柔らかなミドルを、スチール・ギターの持つ鋭い高音が引き裂いてしまったからだ。ここからもわかる通り、今作はいままでの彼の作品に対して批評的な視点を持つものだ。

 と、話を進めてしまう前に、JAB こと、ジョン・オルソー・ベネットという作家について掘り下げておいたほうがいいだろう。彼は〈Kranky〉からもリリースがある、フォーマ(Forma)というシンセ・ウェイヴ・バンドで活動をするかたわら、妻である Christina Vantzou との共作を2018年、2020年に1作ずつリリースしている。どちらも、まるでそよ風や水の流れる音が持つ空気感を音響に精錬したかのような、シンセサイザーやピアノのやわらかい音が印象的な作品だった。その音響へのまなざしは、いままでの彼のリリースをいくつか手がけている、〈Shelter Press〉を運営する実験音楽家、フェリシア・アトキンソン と共通のものがあるだろう。
 またソロ名義である JAB の作品においては、共作でも使用されていたフルートによる音響構成をさらに練り上げている。波打つドローン・シンセの音と、フルートの少しカサついた質感が絡みあう、2019年作の『Erg Herbe』はリラクゼーションばかりではなく、精神世界に沈滞していくような瞑想性を持つ名作だった。

 そうした JAB の作家性を前提とすれば、冒頭一曲目、“Nowhere” のスチール・ギターが生み出す強いアタック音は、彼がいままで紡いできた、あらゆる「でっぱり」や尖りをヤスリで削った、ビロードのような音響感覚から離れたものであることがよくわかるだろう。しかしゆったりとしたタイム感で奏でられるスチール・ギターのバッキングが繰り返されるうちに、スチール・ギターの長い残響から、本来減退するべき余韻が自律し、特定の周波数がせり出てくるような不思議な音場が立ち現れていることに気が付く。
 その音響の変化は決して劇的ものというわけではない。ギターらしいキラキラとしたアタック音の本体は残ったまま、その残響がひとつの独立した音響──以前の彼らしい、ドローン・シンセ的なサステインの長い発信音──にまで引き伸ばされていく。リリース・インフォによるとこの独特の音場は、スチール・ギターの響きに加工を加えることで作られたもののようだが、それはまるで彼の以前までの作品のもつ現代的な音響感覚が、毛羽だったスチール・ギターのクラシックな音響のなかから削り出されていく過程そのものを表現しているかのようだ。
 またこの「過程」は、アルバムの進展のなかでも表現される。今作の最終楽曲(デジタル版ではボーナス・トラックが一曲追加されているため最後から二番目の楽曲となる)“Embrosnerόs” では、JAB が以前から好んで使用した DX7 のシンセの音と、スチール・ギターの引き伸ばされた残響が混ざり合い、ひとつの「層」のような音響が構成されており、スチール・ギターの尖った響きはすっかりそこに飲み込まれてしまっているのだ。

 ところで本作は、サウスダコタ州のバッドランズの地形や風景から霊感を受けたものであり、録音自体もバッドランズ国立公園でおこなわれているのは興味深い。乾燥した気候と植生の貧しさゆえ、バッドランズでは水と風による浸食作用が激しく働き、複雑な谷と崖が形成され、谷や崖の断面には数万年かけて堆積していった砂や泥や粘土が層をなして折り畳まれているという。
 おそらくこの作品には、バッドランズの地層に宿るような、壮大な時間に対する諦念のような感覚があるのだ。動植物の死骸が経年のなかでカラカラに乾燥した砂礫に変わり、滑らかな地層を形成していくように、スチール・ギターのとがったアタック音はのっぺりとしたテクスチャーにすり潰され、『Out There In the Middle of Nowhere』というひとつの「地層」のなかに織り込まれていく。またバッドランズで録音されたであろう、乾燥した草の擦れる音や砂礫を踏みしめる靴の音などの今作に配置されている様々な環境音にしても、時間の流れのなかに溶け去ってしまうことをあらかじめ知っているかのような哀愁を湛えている。

 JAB がいままで志向していたニュー・エイジ〜アンビエント的な柔らかさが、感情の起伏を忘れさせていくようなある種の無時間性をもつものだとしたら、今作は経年劣化の過程、時間の流れそれ自体をぼくらに意識させる。いや、単に「時間の流れ」といってしまうのは正確ではないだろう。『Out there in the middle of nowhere』は地層を形作るほど途方もない時間のなかにぼくらを運び去るのだ。意識も、身体も、それらが作り出す自他の境界も、スチール・ギターの鋭い輪郭も、すべて崩れ去っていくほどの長い時間……。
 ここにあるのはいくらかペシミスティックで、荒涼とした想像力かもしれない。しかしこのようなイメージは、ソーシャル・メディアの発達ですっかり肥大化してしまった自己意識と、それが形作るプライベートな時間に閉じ込められてしまっているぼくらを、別の時間の尺度のなかにセットし直してくれるものでもあるはずだ。
 原音よりも長く引き伸ばされたスチール・ギターの残響が教えてくれる通り、ぼくらの自己意識が経験している「ウェットな」時間よりも、感情や精神がすっかり抜け落ちてしまったあと、ぼくらの物理的な身体が経験するであろう「ドライな」時間の方が、ずっとずっと長いのだ。

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