ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Dusty - Dusty & Friends / Commodo - Deep Harbour ft. Alfa Mist / Untold - False Vacuum
  2. This Is Lorelei - The Singer in My Band | ディス・イズ・ローレライ
  3. Rough Trade ──50周年イベント開催を祝し、恵比寿KATAにポップアップが出現
  4. interview with Wendell Harrison 音楽の楽園=デトロイトから、ウェンデル・ハリソンがファラオ・サンダースとサン・ラーの思い出を語る
  5. RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI AMBIENT KYOTO - TOKYO -
  6. Columns P-VINE 50th Anniversary Interview Pヴァイン50周年対談
  7. Columns Dennis Bovell デニス・ボーヴェルひさびさの新録は無類のカヴァー集
  8. 別冊ele-king パンク50周年記念号──それは何だったのか、何でありえるのか
  9. interview with Toshimaru Nakamura 世界を魅了する、類い稀なる電子音響 | ──中村としまる、待望の初期ベスト盤リリースと超ロング・インタヴュー
  10. Lambchop - Punching the Clown | ラムチョップ
  11. Cornelius - Refractions | コーネリアス
  12. ele-king vol.37 ボーズ・オブ・カナダ大研究/サイケ&ドリーミー特集
  13. Fishmans ——京都でフィッシュマンズ写真展とトークイベントのお知らせ
  14. Crack Cloud ──カナダのインディ・バンド、クラック・クラウドの来日公演が決定
  15. Various Artists - Heavenly Remixes 3 & 4 (Andrew Weatherall Volume 1 & 2)  | アンドリュー・ウェザオール
  16. Open Mike Eagle & Kenny Segal - DOOMED! | オープン・マイク・イーグル、ケニー・シーガル
  17. AMBIENT KYOTO ──2027年春、レイ・ハラカミの展示が決定
  18. Water From Your Eyes - It's A Beautiful Place | ウォーター・フロム・ユア・アイズ
  19. Betty Hammerschlag ——マニア受けしていたZ世代のe-girlシンガーが、実は中年のおじさんだったニュース
  20. The Durutti Column - Renascent | ザ・ドゥルッティ・コラム

Home >  Reviews >  Album Reviews > John Also Bennett- Out there in the middle of nowhe…

John Also Bennett

AmbientExperimental

John Also Bennett

Out there in the middle of nowhere

Poole Music

島崎森哉 Dec 28,2022 UP

 『Out there in the middle of nowhere』の幕開けを飾る “Nowhere” のスチール・ギターの音が聴こえてきたとき、ぼくはかなり意外な気持ちだった。彼が関わる作品を聴くときに期待している柔らかなミドルを、スチール・ギターの持つ鋭い高音が引き裂いてしまったからだ。ここからもわかる通り、今作はいままでの彼の作品に対して批評的な視点を持つものだ。

 と、話を進めてしまう前に、JAB こと、ジョン・オルソー・ベネットという作家について掘り下げておいたほうがいいだろう。彼は〈Kranky〉からもリリースがある、フォーマ(Forma)というシンセ・ウェイヴ・バンドで活動をするかたわら、妻である Christina Vantzou との共作を2018年、2020年に1作ずつリリースしている。どちらも、まるでそよ風や水の流れる音が持つ空気感を音響に精錬したかのような、シンセサイザーやピアノのやわらかい音が印象的な作品だった。その音響へのまなざしは、いままでの彼のリリースをいくつか手がけている、〈Shelter Press〉を運営する実験音楽家、フェリシア・アトキンソン と共通のものがあるだろう。
 またソロ名義である JAB の作品においては、共作でも使用されていたフルートによる音響構成をさらに練り上げている。波打つドローン・シンセの音と、フルートの少しカサついた質感が絡みあう、2019年作の『Erg Herbe』はリラクゼーションばかりではなく、精神世界に沈滞していくような瞑想性を持つ名作だった。

 そうした JAB の作家性を前提とすれば、冒頭一曲目、“Nowhere” のスチール・ギターが生み出す強いアタック音は、彼がいままで紡いできた、あらゆる「でっぱり」や尖りをヤスリで削った、ビロードのような音響感覚から離れたものであることがよくわかるだろう。しかしゆったりとしたタイム感で奏でられるスチール・ギターのバッキングが繰り返されるうちに、スチール・ギターの長い残響から、本来減退するべき余韻が自律し、特定の周波数がせり出てくるような不思議な音場が立ち現れていることに気が付く。
 その音響の変化は決して劇的ものというわけではない。ギターらしいキラキラとしたアタック音の本体は残ったまま、その残響がひとつの独立した音響──以前の彼らしい、ドローン・シンセ的なサステインの長い発信音──にまで引き伸ばされていく。リリース・インフォによるとこの独特の音場は、スチール・ギターの響きに加工を加えることで作られたもののようだが、それはまるで彼の以前までの作品のもつ現代的な音響感覚が、毛羽だったスチール・ギターのクラシックな音響のなかから削り出されていく過程そのものを表現しているかのようだ。
 またこの「過程」は、アルバムの進展のなかでも表現される。今作の最終楽曲(デジタル版ではボーナス・トラックが一曲追加されているため最後から二番目の楽曲となる)“Embrosnerόs” では、JAB が以前から好んで使用した DX7 のシンセの音と、スチール・ギターの引き伸ばされた残響が混ざり合い、ひとつの「層」のような音響が構成されており、スチール・ギターの尖った響きはすっかりそこに飲み込まれてしまっているのだ。

 ところで本作は、サウスダコタ州のバッドランズの地形や風景から霊感を受けたものであり、録音自体もバッドランズ国立公園でおこなわれているのは興味深い。乾燥した気候と植生の貧しさゆえ、バッドランズでは水と風による浸食作用が激しく働き、複雑な谷と崖が形成され、谷や崖の断面には数万年かけて堆積していった砂や泥や粘土が層をなして折り畳まれているという。
 おそらくこの作品には、バッドランズの地層に宿るような、壮大な時間に対する諦念のような感覚があるのだ。動植物の死骸が経年のなかでカラカラに乾燥した砂礫に変わり、滑らかな地層を形成していくように、スチール・ギターのとがったアタック音はのっぺりとしたテクスチャーにすり潰され、『Out There In the Middle of Nowhere』というひとつの「地層」のなかに織り込まれていく。またバッドランズで録音されたであろう、乾燥した草の擦れる音や砂礫を踏みしめる靴の音などの今作に配置されている様々な環境音にしても、時間の流れのなかに溶け去ってしまうことをあらかじめ知っているかのような哀愁を湛えている。

 JAB がいままで志向していたニュー・エイジ〜アンビエント的な柔らかさが、感情の起伏を忘れさせていくようなある種の無時間性をもつものだとしたら、今作は経年劣化の過程、時間の流れそれ自体をぼくらに意識させる。いや、単に「時間の流れ」といってしまうのは正確ではないだろう。『Out there in the middle of nowhere』は地層を形作るほど途方もない時間のなかにぼくらを運び去るのだ。意識も、身体も、それらが作り出す自他の境界も、スチール・ギターの鋭い輪郭も、すべて崩れ去っていくほどの長い時間……。
 ここにあるのはいくらかペシミスティックで、荒涼とした想像力かもしれない。しかしこのようなイメージは、ソーシャル・メディアの発達ですっかり肥大化してしまった自己意識と、それが形作るプライベートな時間に閉じ込められてしまっているぼくらを、別の時間の尺度のなかにセットし直してくれるものでもあるはずだ。
 原音よりも長く引き伸ばされたスチール・ギターの残響が教えてくれる通り、ぼくらの自己意識が経験している「ウェットな」時間よりも、感情や精神がすっかり抜け落ちてしまったあと、ぼくらの物理的な身体が経験するであろう「ドライな」時間の方が、ずっとずっと長いのだ。

島崎森哉