「Low」と一致するもの

Ryuichi Sakamoto - ele-king

 来る12月2日、〈Milan〉より坂本龍一のトリビュート・アルバムが発売される。題して『To the Moon and Back』。彼の70歳の誕生日を祝してのリリースだ。アルヴァ・ノトフェネスデヴィッド・シルヴィアンコーネリアスに大友良英といったおなじみの顔ぶれに加え、ザ・シネマティック・オーケストラなどが参加しているのだけれど、目玉はやはりサンダーキャットだろう。なんと坂本78年のソロ・デビュー作収録曲 “千のナイフ” をカヴァー。大胆に彼流のサウンドにアレンジしています。要チェックです。

title: To the Moon and Back - A Tribute to Ryuichi Sakamoto
label: Milan
release: December 2nd

Tracklist:

A1. Grains (Sweet Paulownia Wood) - David Sylvian Remodel
A2. Thousand Knives - Thundercat Remodel
A3. Merry Christmas Mr. Lawrence - Electric Youth Remodel

B1. Thatness and Thereness - Cornelius Remodel
B2. World Citizen I Won't Be Disappointed - Hildur Guðnadóttir Remodel
B3. The Sheltering Sky - Alva Noto Remodel
B4. Amore - Fennesz Remodel

C1. Choral No. 1 - Devonté Hynes Remodel (Featuring Emily Schubert)
C2. DNA - The Cinematic Orchestra Remodel
C3. Forbidden Colours - Gabrial Wek Remodel
C4. The Revenant Main Theme - 404.zero Remodel

D1. Walker - Lim Giong Follow the Steps Remodel
D2. With Snow and Moonlight - snow, silence, partially sunny - Yoshihide Otomo Remodel

ryuichisakamoto.lnk.to/tothemoon/

interview with Makaya McCraven - ele-king

アーティストというのは、ほかの職業と違って階層や階級のアップダウンが激しい職業だ、ということを話した。なぜなら、ある現場では主賓のように扱われるけれど、別の現場ではただの使用人みたいに扱われるときもあるから。

 2010年代以降に台頭してきた、俗に言われる新世代ジャズにおいて、特にドラマーの活躍がクローズ・アップされることが多いのだが、そうしたなかでも生演奏とプログラミングやサンプラーを駆使・融合したドラマー兼ビートメイカーの存在は、ジャズ界のみならず多方面から注目を集めている。アメリカにおいてはクリス・デイヴ、カリーム・リギンス、ネイト・スミスあたりが代表的なところで、彼らよりひとまわり下の世代(1983年生まれ)にあたるマカヤ・マクレイヴンも近年の注目株だ。

 両親ともにミュージシャンという家庭でパリに生まれ、3歳のときにアメリカのマサチューセッツ州に移住し、音楽をはじめたマカヤ・マクレイヴン。ティーン時代はジャズ・ヒップホップのバンドを組んでいて、マサチューセッツ州立大学卒業後はそのコールド・ダック・コンプレックスでレコード・デビューも果たしている。その後、2006年にシカゴへ移住してからは、ヒップホップだけでなくジャズ、フリー・インプロヴィゼイションなどさまざまな分野でドラマーとして研鑽を積み、2012年にソロ・デビュー・アルバム『スプリット・デシジョン』を発表。それ以降はジャズ・ドラマーとしての活動が中心となり、2015年にリリースした『イン・ザ・モーメント』で一躍注目を集める。トータスのジェフ・パーカー、タウン&カントリーのジョシュア・エイブラムスといったシカゴ音響派やポスト・ロック系の面々とコラボしたこのアルバムは、前述したとおりドラムの生演奏とサンプラーでループした自身のライヴ・セッション素材をオーヴァーダビングし、ハード・ディスク上で再構築していったものである。

 こうしてドラマーとビートメイカーの二刀流スタイルを世に知らしめることになったマカヤだが、続いて2017年リリースの『ハイリー・レア』ではライヴ録音をDJミックスのように編集し、まるでセオ・パリッシュとかムーディーマンがジャズをやったかのような世界を構築。2018年リリースの『ホエア・ウィ・カム・フロム』では、シカゴを飛び出してサウス・ロンドンのミュージシャンたちとセッションを敢行する。そうした活動の集大成的な『ユニヴァーサル・ビーイングス』(2018年)は、ニューヨーク、シカゴ、ロンドン、ロサンゼルスと4か所でのセッションをまとめたもので、ジェフ・パーカー、カルロス・ニーニョ、ミゲル・アトウッド・ファーガソン、ブランディ・ヤンガーシャバカ・ハッチングスヌバイア・ガルシア、アシュリー・ヘンリーなど、幅広い面々との共演を果たしている。

 一方、ビートメイカーとしても注目されるマカヤは、2020年に故ギル・スコット・ヘロンのアルバムをリミックス/リコンストラクトした『ウィ・アー・ニュー・アゲイン』を発表。DJ/プロデューサーとはまた異なるジャズ・ミュージシャン/ドラマーとしての視点で、見事にギル・スコットの世界観を再構築してみせた。2021年には〈ブルーノート〉の音源を用いた『ディサイファリング・ザ・メッセージ』を発表し、伝統的なハード・バップや1960年代頃のモダン・ジャズ黄金期を現在のジャズへと変換させていった。

 そんなマカヤ・マクレイヴンの新作となるのが『イン・ディーズ・タイムズ』である。新作ではあるが、実は構想自体は『イン・ザ・モーメント』の前からあり、制作も2015年にはじまっている。そして、『イン・ザ・モーメント』や『ハイリー・レア』などに見られたビートメイカー的なスタイルとは異なり、ジャズ古来の伝統的な作曲技法に基づく作品集となっている。そうして録音された複数のスタジオ・セッション、ライヴ・セッションの音源を、最終的にマカヤがポスト・プロダクションを通じてまとめたもので、セッションにはジェフ・パーカー、ブランディ・ヤンガーはじめ、マカヤの作品ではお馴染みの面々が参加。さらに大掛かりなストリングス・アンサンブルも加わり、いままでにないスケールの広がりも見せる作品集だ。

 この『イン・ディーズ・タイムズ』のはじまりに関しては、マカヤが地元シカゴの月刊誌で受けたインタヴューがきっかけになっており、そこからマカヤに話を伺った。

伝えたいのは、私たちはそれぞれがユニークな人生経験をしていて、私たちひとりひとりが、その時代、その瞬間(In These Times, In The Moment)を生きているということ。

オリジナル・アルバムとしては2018年リリースの『ユニヴァーサル・ビーイングス』以来4年ぶりとなる『イン・ディーズ・タイムズ』ですが、制作開始は7年前の2015年まで遡り、あなたの名前を広めた『イン・ザ・モーメント』がリリースされた直後だそうですね。それほど長い期間をかけて熟成されたプロジェクトであるかと思うのですが、最初にアルバム・タイトルにもなったシカゴの月刊誌である「イン・ディーズ・タイムズ」誌でのあなたへのインタヴューがきっかけのひとつになったと伺います。ざっとどのようなインタヴューで、それがどうアルバム制作へと結びついていったのかお話しください。

マカヤ・マクレイヴン(Makaya McCraven、以下MM):あの当時の私は『イン・ザ・モーメント』の収録作品をメインに演奏やライヴ活動をしていたんだけど、『イン・ザ・モーメント』は実験的なことをやったことがきっかけでできた作品だった。自分が仕事としてやっていた演奏活動とは別に、トラックを切り刻んだり、即興音源を編集してビートを作ったりしていたんだ。もともと自分が作曲した音楽をベースにしたアルバムを作ろうとは、それ以前からずっと考えていたんだけどね。でも『イン・ザ・モーメント』が評価されて、その後の『ホエア・ウィ・カム・フロム』や『ハイリー・レア』や『ユニヴァーサル・ビーイングス』へとつながっていった。だから、当初私が目指していた『イン・ディーズ・タイムズ』のような自分で作曲をおこなった音楽をベースにしたアルバムを作るという方向から逸れてしまったんだよ。
 「イン・ディーズ・タイムズ」誌のインタヴューを受けたのは2012年か2013年だったけど、その時点でこのアルバムを作りたいという野心はあった。インタヴューで私は「ワーキング・ミュージシャン(=ミュージシャンとして働いている人)」として紹介され、その内容はミュージシャンとして生計を立てていくというのはどのようなものなのかという記事だった。当時の私はとても忙しくて、いろいろなバンドに参加して、いろいろな人たちと音楽を演奏していた。生活費を稼ぐために結婚式や企業の会食・会合など、色々な単発のギグにも出ていた。その一方でクリエイティヴな音楽の演奏もしていたし、シンガーやラッパー、レゲエをはじめとする世界各地の伝統音楽や民族音楽を演奏するミュージシャンたちまで、さまざまな人たちと演奏していたんだ。ミュージシャンとしての仕事を忙しくこなしていた。浮き沈みが激しい世界だよ。インタヴューで私は「作家でもヴィジュアル・アーティストでもダンサーでも、アーティストというのは、ほかの職業と違って階層や階級のアップダウンが激しい職業だ」ということを話した。なぜなら、ある現場では主賓のように扱われるけれど、別の現場ではただの使用人みたいに扱われるときもあるから。その記事が多くの人の目に留まり、多くのミュージシャンが私に連絡してきた。私が記事のなかで、アーティストの仕事は浮き沈みが激しいと、偏見のない意見を述べたことについて、多くのミュージシャンが感謝してくれた。
 同じ頃に私はこのアルバム、当時はまだ名前はついていなかったけど『イン・ディーズ・タイムズ』を作ろうと考えていて、リズムを概念とした作品を作りたいと思っていた。変拍子や複雑なリズムを扱いつつ、より幅広い観客に受け入れてもらえるような表現としてアウトプットしたいと考えていたんだ。高度なリズムを取り扱う一方で、共感できるようなグルーヴも感じられるような音楽を作ろうとしていた。それから「Difficult Times」や「Hard Times」(「苦難の時間」や「難解なテンポ」といった二重の意味)など、「Time(時間・テンポ・拍子)」を使った言葉遊びもやっていた。私がこういう音楽を作りたいと思っていた野心と、「イン・ディーズ・タイムズ」誌とのインタヴュー、そしてその新聞名でもある「イン・ディーズ・タイムズ(この時代を生きること)」にアーティストとして存在する自分についての考察などが相まって、今回のアルバムへとつながっていったんだと思う。

『イン・ディーズ・タイムズ』のプレスシートによると、「マクレイヴンは労働者階級や社会から疎外された人々が直面する集団的な問題を浮き彫りにし、これらの問題に対して、彼自身の物語や体験を用いることで、個人的に共鳴することに意欲を感じるようになった」と紹介されているのですが、『イン・ディーズ・タイムズ』の主軸となるコンセプトは現代社会における問題点、特にミュージシャンとしてのあなたが直面する問題点と深く関わっているのでしょうか?

MM:そうだね。その問題点とは、すべての人たちが普遍的に直面しているものでもあるんだ。私たちひとりひとりが、その瞬間、瞬間を生き抜いているときに直面する苦悩や問題。その瞬間がマクロな視点でも、ミクロな視点でも、私が解釈できるのは浮き沈みがある自分自身のキャリアを経験してきた上での、アーティストとしてのレンズを通してという方法でしかない。でも私の解釈はほかのミュージシャンが共感できるものだと思うし、ミュージシャンでないほかの多くの人にとっても共感できるものだと思う。私は「イン・ディーズ・タイムズ」誌の記事で「アーティストというのは、ほかの職業や業界と違って階級のアップダウンが激しい」と言ったけれど、そのおかげで私たちはトップクラスのミュージシャンから、金欠のミュージシャンまで幅広く交流することができる。私はミュージシャンとして世界中を旅して、さまざまな人と出会い、自分のレンズを通して世界を見ている。そして伝えたいのは、私たちはそれぞれがユニークな人生経験をしていて、私たちひとりひとりが、その時代、その瞬間(In These Times, In The Moment)を生きているということ。


photo by Nate Schuls

このアルバムは、私が長年作りたいと夢見ていた作品であり、自身のこれまでの進化の過程や、キャリアがすべて包括された作品ということになる。

『イン・ディーズ・タイムズ』は複数のスタジオ・セッション、ライヴ・セッションで構成され、最終的にそれらをあなたのポスト・プロダクションを通じてまとめたものとなっています。幾つものセッションが収められているのは、最初にあなたに描いたコンセプトを多角的に描き、また年月を経ることによってより綿密に検証するといった作業が含まれていたからですか?

MM:いい質問だね。私は大量の素材を扱うのが好きで、時間とともにその素材を削っていき、素材から何かを彫刻していきたいタイプなんだ。率直に言うと、当初はスタジオ・アルバムを作ろうと考えていた。実際のところこのアルバムの構想は『イン・ザ・モーメント』や『ユニヴァーサル・ビーイングス』より前に生まれたものなんだけど、『イン・ザ・モーメント』や『ユニヴァーサル・ビーイングス』は即興的なライヴ・セッションにポスト・プロダクションが加えられて作曲された作品だった。このアルバムの構想が自分の頭の中にある一方で、私のキャリアは順調に進み、このアルバム制作が実現できるような土台も作られていった。ストリングスや大人数のアンサンブルを起用した壮大なプロダクションができるようになったんだ。私のキャリアや活動からの勢いに乗って、長年の夢だった今回のアルバムにすべてをつぎ込むことができた。そしてライヴ録音など、いままでの過程で学んできたことを活かすことができた。
 私はライヴの雰囲気や空間を捉えるのが大好きなんだ。それはミュージシャンだけでなく、その場にいるすべての人びとや空間のことであり、そのエネルギーは自分にも伝わってくる。その感覚が好きなんだよ。今回のアルバムにはそのような空間や雰囲気も入れたかった。自分がここのところやってきた手法の一部だし、自分の作品を通して自分自身を定義する上での要素でもあるから。また、今回は大人数のアンサンブルを起用したいと思っていた。いままでの作品はトリオかカルテットでの演奏が多く、オーバーダブを少しおこなっていた程度だった。だが『ユニヴァーサル・ビーイングス』以降は、一緒に演奏していたいくつかのバンドを組み合わせて、大人数のアンサンブルとして演奏してもらうことができるようになった。そのときにハープやストリングスを入れるようになった。だからこのアルバムは、私が長年作りたいと夢見ていた作品であり、自身のこれまでの進化の過程や、キャリアがすべて包括された作品ということになる。

あなたはビートメイカーでもあるドラマーで、ドラムなどの生演奏とサンプラーやマシンを含めたポスト・プロダクションを融合する手法の第一人者として知られます。『イン・ザ・モーメント』や『ハイリー・レア』などはそうした手法による代表作と言えますが、一方で『イン・ディーズ・タイムズ』はこれまでとは異なる伝統的な作曲技法に基づくそうですね。その表れとして、これまでの作品はドラムやビート・パターンを軸に構成された楽曲が多かったのに対し、本作はメロディやハーモニーを軸に組み立てていった楽曲が目につきます。そうした違いは何か意識した点と言えるのでしょうか?

MM:ドラマーである自分がバンド・リーダーとして目指しているのは、ピアノやベースの演奏スキルや、作曲のスキル、ハーモニーやメロディに対する理解力などあらゆる能力を向上させていくことなんだ。ドラマーとして、ほかのメンバーと音楽に関する意思疎通を上手くするためには、他の楽器の演奏も上手くできないといけない。このアルバムの音楽は自分が作曲した音楽がベースになっている。その一方で過去の作品は、ドラムがベースになっているというよりも、むしろ自分のプロダクションや、自分が一緒にやっていた即興演奏の音源を切り刻んだりする手法がメインだった。今回は自分が作曲する音楽に焦点を当てたかった。だからメロディやハーモニーや従来の作曲方法を意識して作られたと言えるね。
 ただ、今回のアルバムの主なコンセプトとして伝えておきたいのは、メロディやハーモニーのある作曲が前面にある一方で、全ての機動力になっているのはその根底にあるリズムだということ。全ての曲には、4分の7拍子や4分の5拍子、8分の5拍子、8分の11拍子、8分の9拍子など変拍子が使われている。4分の4拍子の曲でも、早い動きのシンコペーションや変則的なリズムが使われているんだ。だから現時点の自分に備わっている手法や能力が組み合わされた作品だと言えるね。

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子どもの頃、日頃から両親の友だちのミュージシャンたちが自分のまわりにいて、それは私にとっての家族のような感じがした。自分の本当の叔父や叔母のように、自分の面倒を見てくれているような存在だった。私はそういう環境や感覚とともに育ったから、自分のバンドにもそういう環境を作りたいと思っている。

共演するのはこれまであなたと多くセッションしてきたミュージシャンたちで、信頼できる仲間たちと作ったアルバムと言えると思いますが、特にジェフ・パーカーのギターやブランディ・ヤンガーのハープなどがアルバムに重要な彩りを与えていると思います。彼らとの共演はあなたにとってどんな化学反応をもたらしていますか?

MM:あらゆる化学反応がもたらされるよ。私たちは長年一緒に共演してきて、世界中を旅して、世界各地でともに時間を過ごし、心のうちを語り合い、お互いの家族と仲良くなり、お互いの家族が成長していくのを見ている。さまざまな環境や空間で、音楽を介して強烈な体験を一緒にする。それが何度も繰り返される。そのような経験から関係性が強まるし、若い頃から築き上げてきた絆はいまではある意味で家族のような関係性だと言えると思う。そういう関係性や絆を構築していくことは私にとって大切なことなんだ。自分も両親が音楽をやっていたことで、音楽に囲まれた家庭に育ったからね。自分が子どもの頃、日頃から両親の友だちのミュージシャンたちが自分のまわりにいて、それは私にとっての家族のような感じがした。自分の本当の叔父や叔母のように、自分の面倒を見てくれているような存在だった。私はそういう環境や感覚とともに育ったから、自分のバンドにもそういう環境を作りたいと思っている。自分たちをオープンにさらけ出して、一緒に音楽を作るという魔法のような特別な瞬間を作っていきたいと思っているんだ。

『イン・ディーズ・タイムズ』の少し前のリリースとなりますが、グレッグ・スピーロ、マーキス・ヒル、ジョエル・ロス、アーヴィン・ピアース、ジェフ・パーカーらと『ザ・シカゴ・エクスペリメント』というアルバムを録音していますね。演奏メンバーも『イン・ディーズ・タイムズ』とほぼ重なっていて、シカゴをテーマにしたプロジェクトとなっているわけですが、『イン・ディーズ・タイムズ』と何か関連する部分はあるのでしょうか?

MM:演奏メンバーは重なっている部分もあるし、私がよく一緒に演奏しているメンバーではあるけれど、『イン・ディーズ・タイムズ』はシカゴが拠点のプロジェクトではないんだ。ブランディはシカゴ出身ではないし、私もシカゴ出身ではない。私はパリで生まれて、マサチューセッツ州西部で育ったからね。私はシカゴで経験を積んだし、シカゴの街には大変世話になっているけれど、今回のアルバムを作っていたときにこの作品はシカゴが中心の作品だとは考えていなかった。むしろ自分の仲間や自分のまわりにいる人たちと一緒に作る作品として考えていた。ジェフ・パーカーもいまはロサンゼルスに住んでいるからね。『ザ・シカゴ・エクスペリメント』はグレッグ・スピーロによるブロジェクトで、シカゴにいるメンバーを起用しているから私のアルバムとメンバーが重なる部分はあったけれど、彼のアルバムのほうがシカゴを主なテーマにしている作品だね。

『イン・ディーズ・タイムズ』の特徴として、これまでになくストリングスが重要なポイントを占めているのではと思います。それはあなたの作曲にも深く関わるもので、メロディやハーモニーを具体的に表現するものでもあるわけですが、本作におけるストリングスの役割を教えてください。

MM:私が今回のアルバムで大人数のアンサブルへと拡大して、ストリングスを起用してオーケストラ調の作曲をしたのは、『ユニヴァーサル・ビーイングス』が背景にあるんだ。『ユニヴァーサル・ビーイングス』のリリース後にアルバムのコンサートをやったんだけど、自分のキャリアのなかでもエポックといえるコンサートがそのなかにいくつかあった。アルバムの録音はトリオやカルテットの演奏によるものだったが、コンサートではアルバムで演奏してくれたメンバーを全員集めて一斉に演奏したいと思った。そこでシャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシア、ミゲル・アトウッド・ファーガソン、ブランディ・ヤンガーなど、すべてのミュージシャンを呼んでコンサートをやったんだ。大成功だったよ。その成功体験があったから、より大人数の構成でオーケストラ調の演奏ができるという可能性が生まれたんだ。『イン・ディーズ・タイムズ』の作曲を最初にはじめた頃は、オーケストラ向けやストリングスのための音楽を書くことは意図していなかった。自分がいつもツアーをしているバンド・メンバーと一緒に演奏するために書いていたんだ。3人から5人くらい、多くても6人くらいのメンバーだよ。だが『ユニヴァーサル・ビーイングス』以来、私は大人数でのコンサートをやる土台ができたんだ。そこから可能性が広がっていった。
 そして、私が『イン・ディーズ・タイムズ』の制作途中だという情報をミネアポリスのウォーカー・アート・センターが聞きつけ、その会場で『イン・ディーズ・タイムズ』のマルチメディア・プレゼンテーションをやらないかというオファーが来た。スタッズ・ターケルのラジオ番組のアーカイヴの音源クリップや、さまざまなビデオ映像を使い、ストリングスやハープの演奏家など大人数のアンサブルを起用したプレゼンテーションをおこなった。そのときの音源が『イン・ディーズ・タイムズ』の最初のライヴ録音のひとつになったんだ。その後、シカゴのシンフォニー・オーケストラ・ホールでもライヴ録音をおこない、それもアルバムの音源の一部になった。その後はスタジオで録音された音源にもストリングスを加えたりした。だがストリングスを起用することになったのは、私自身の進化というか、私のプロジェクトや表現の仕方が進化していったということだと思う。先ほども話したように、このプロジェクトでは構想の時点から完成の時点まで、私がその間のキャリアにおいて経験したことや学んだことなど、なるべく多くの要素を包括したいと考えていた。いまの時点で私は自分の音楽をシンフォニー・オーケストラ・ホールで披露できるまでに至った。『イン・ディーズ・タイムズ』はストリングス・セクションを入れたり、大人数のアンサンブルを構成して、さまざまな要素をまとめ上げ、自分の旅路における現時点の自分を取りこぼしなく表現しようとした作品なんだ。


photo by Sulyiman Stokes

民謡のアプローチと同じなんだ。ジャズもヒップホップもそうだと思う。音楽を演奏して聴かせていくことによって、その伝統を次の人に伝えていく。民謡の本質はそこにあると私は思っているし、私は両親にそのアプローチを教わって育てられた。

シタール、カリンバなどの民族楽器の使用も本作における特徴のひとつかと思います。それによって通常のジャズの枠には収まらない曲想が表れ、世界中の民謡やフォークロアがベースとなる作品が生まれています。代表的なのが “ララバイ” で、これはあなたのお母さんであるシンガーのアグネス・ジグモンディの作品が基になっています。アグネスはハンガリー生まれで、“ララバイ” はハンガリー民謡がベースとなったメロディを持つのですが、『イン・ディーズ・タイムズ』は全体的にこうした民謡やフォークロアをモチーフとする作品が散見され、それはあなた自身のルーツの掘り下げにも関わっているのではと推測できるのですが、いかがでしょうか?

MM:私が民謡に対して情熱や繋がりを感じるのは、母親からきているものだし、父親からもきている。ふたりの音楽に対するアプローチは、音楽を聴覚的なものとして捉えるということであり、私もそのアプローチを両親から教わった。民謡のアプローチと同じなんだ。ジャズもヒップホップもそうだと思う。音楽を演奏して聴かせていくことによって、その伝統を次の人に伝えていく。民謡の本質はそこにあると私は思っているし、私は両親にそのアプローチを教わって育てられた。母はコリンダというグループで音楽の活動していたんだけど、“ララバイ” に含まれている部分がコリンダの曲にあったんだ。後に父と母が一緒に演奏するバンドでアルバムを作るときに、彼らはその曲のハーモニーをアレンジしてジャズ風にしたんだ。民謡の一部分を使って、それを多角的な視点で見つめ直し、新たな音楽として再構築していくというアプローチは、私の家庭において音楽に対する伝統的なアプローチになっているんだよ。

ギル・スコット・ヘロンの恐れを知れない姿勢は強力なものだと思うし、そういう姿勢が世界を変えていくのだと思う。

自身のルーツを掘り下げる一方、あなたはこれまでにギル・スコット・ヘロンのリコンストラクト・アルバムとなる『ウィ・アー・ニュー・アゲイン』や、〈ブルーノート〉の音源を題材とした『ディサイファリング・ザ・メッセージ』で、ジャズの歴史や偉人たちと向き合う作品もリリースしてきました。『イン・ディーズ・タイムズ』にはそうした作品から何かフィードバックされている部分はありますか?

MM:広い意味で影響はあったと思うけれど、具体的にはそこまでなかったと思う。あの2作品の企画オファーがあったときには『イン・ディーズ・タイムズ』の構想はすでにあって、制作もはじめていたから。だがアルバムの完成に近づくにつれて、さまざまな出来事やプロジェクトが実現していった。そういういままでの自分の経験をすべて作品に織り込むようにして、自分の作品を進化させたり、影響させるようにしている。だから新しいアイデアを得たり、新しいプロダクションのスキルを習得した経験をアルバムに取り入れたりするという影響は多少あったと思う。でもアルバムやアルバムの方向性に直接的な影響を与えるというものではなかった。

ちなみに、あなたにとってギル・スコット・ヘロンはどういう存在ですか?

MM:権力に屈することなく、自分の意見を高らかに主張し、真実を広めた怖いもの知らずの先駆者。ジャンルを超越して、真の個性を声にして表現した人だと思う。ギル・スコット・ヘロンの恐れを知れない姿勢は強力なものだと思うし、そういう姿勢が世界を変えていくのだと思う。

『ユニヴァーサル・ビーイングス』はシカゴおよびアメリカだけでなく、イギリスのなかでも特に面白いジャズが生まれるロンドンのミュージシャンたちとセッションしています。シャバカ・ハッチングスやヌバイア・ガルシアなど、お互いに影響を及ぼしあうミュージシャンたちかと思いますが、彼らとの共演を経て『イン・ディーズ・タイムズ』へと繋がっていった部分はありますか?

MM:もちろんだよ。そういう共演によってクリエイティヴな可能性や音楽面での可能性が広がったし、キャリアの可能性も広がった。あの共演以降、みんなそれぞれ成長したと思うし、キャリアも順調に進んでいると思う。彼らと共演できたのは素晴らしい縁だったし、彼らの貢献にはとても感謝している。その頃からの交友関係は続いているから、いまでもシカゴやニューヨークなどのコンサートで共演しているんだ。今後も彼らと共演するのが楽しみだよ。私個人としても刺激的な交流だったし、広い視点から見てもこのように各国の音楽シーンが交差したことが、多くの人たちにとってエキサイティングな瞬間だったと思う。

『イン・ディーズ・タイムズ』はそうしたあなたのルーツ、生まれ育った環境、シカゴという街、世界中へ広がったユニバーサルな感覚、歴史や過去、伝統といったものが総合的に結びついたものではないかと思いますが、いかがでしょう? また、それを通してあなたはジャズの未来も『イン・ディーズ・タイムズ』に託しているのではないかと思いますが、改めてこれからのジャズはどんなものになっていくと思いますか?

MM:ジャズという言葉自体が全体像における複雑なピースなんだと思う。ジャンルを語るとき、私たちは境界線や枠組みを想定してしまいがちだ。ジャズはつねに進化し、変化し続けてきたんだ。だからジャズとはこのようなものだと、どこかに位置付けて固定しようとしても、その位置付けはつねに動き続けているから捉えられない。だからジャズをめぐる議論が数々ある。ジャズとはクリエイティヴなインストゥルメンタル音楽であり、その境界線を広げようとジャズを演奏する人たちがつねに存在する。過去の例を振り返り、そのやり方やルーツを学ぶことはするけれど、その先にどこに向かっていくかというのは自由で定まっていないと思う。それは誰も先に規定することができない。そこがジャズの刺激的なところだ。
 私のメッセージとしては、未来に対して耳をオープンにして、何の期待や欲求も持たないこと。いまの私はジャズをそういうものとして関わっている。ジャズという特定の枠に収まらずにね。今後どうなっていくのか? どんなことが可能なのか? 誰がやってくれるのか? 最近は若くて腕の良いミュージシャンがたくさんいて、彼らは学ぶことに貪欲で、すべてを吸収したいと思っているし、自分自身の音楽をやりたいと思っている。彼らにとって、私のジャズに対する見識はあまり重要でないんだよ。私はもう年配の域に入ってるから。だから若い世代が今後の音楽を牽引していくだろう。それを上の世代がサポートしたり、指導したりしていけばいいと思う。だが、この世界にはつねにせめぎ合いがあるし、ジャズをどう定義するかという議論は今後も続くだろう。今後の展開が楽しみだし、私は自分の視点から伝えられることを伝えたり、自分の状況からできることをやるだけだ。

Haruna Yusa - ele-king

 この春に素敵なアルバム『Another Story Of Dystopia Romance』を送り出した遊佐春菜。
 8月頭、江ノ島OPPA-LAにて開催されたリリース・パーティでは、SUGIURUMNなどによる最高に盛り上がるDJの合間をぬって、遊佐本人もキーボードを携えてライヴ・パフォーマンスを披露。アルバム後半で表現されていたような、パーティが持つ楽しさとはかなさが同居したような、覚めたまま見る夢というのか、夢のなかで夢だとわかっている感覚というのか、なんとも不思議な時間を体感させてくれた。
 と、ここへ来て、アルバム収録曲のなかでも「僕はインターネット 世界と繋がってる」のフレーズが印象的な1曲、“everything, everything, everything” のMVが公開されている。7インチとしてシングルカットされる予定で、発売は10月19日、カップリングには “巨大なパーティー(JAH善福寺 from 井の頭レンジャーズ Remix)” が収録されるとのこと。ご予約は下記リンクから。

Aphex Twin and Dave Griffiths - ele-king

 すでにご存じの方も多いかもしれないが、やはりお伝えしておこう。去る9月24日、エイフェックス・ツインがエンジニアのデイヴ・グリフィスとともに、無料のサウンド・デザイン・ソフトウェア「Samplebrain」を公開している。どうやら任意にマッシュアップができるようになるソフトのようだ。
「きみのコンピュータにあるmp3データから元のオーディオを再構築することができたら? アカペラ音源や、泡がぶくぶく言ってる音から303のリフをつくりだせるとしたら? クラシック音楽のファイルを再構成してふざけた曲を歌うことができたら?」とメッセージは告げている。「Samplebrain」ならそれができる、と。
 リチャード・Dの声明によれば、アイディア自体は2002年ころからあったものらしい。ちょうどmp3が普及しはじめ、Shazamがローンチしたころだったという。Shazamのべつの利用法を考えるなかで、今回の「Samplebrain」が発案されたようだ。
 お試しはこちらttps://gitlab.com/then-try-this/samplebrain)から。

今年気に入っているミニ・アルバム - ele-king

 人類全体が正しい方向に行く気がしない今日この頃ですが、皆さんはどうお過ごしでしょうか。僕はワクチンの副反応で左腕が痛みます。4回もワクチンを打つと政府によってチップを埋め込まれたりするのも抵抗がなくなりそうで怖いです。さて、今年はいいなと思うミニ・アルバムが多く、しかし、ミニであるがゆえにレヴューなどで取り上げにくかったので、まとめて紹介してみました。ははは。それにしても藤田ニコルは吉野家には似合わない。


Ben Lukas Boysen - Clarion Erased Tapes Records

 ベルリンからヘック(Hecq)名義で知られるiDMのプロデューサーによる7thアルバム『Mirage』から“Clarion”をカット。優しくゆったりとビルドアップされていく原曲がとてもいい。ミニマル・テクノとモダン・クラシカルを柔軟に結びつけることでシルクのようなテクスチャーを生み出したアイスランドのキアスモス(Kiasmos)によるリミックスはベースを足したトランス風。食品まつりによる“Medela”のリミックスはヨーロッパの黄昏をドタバタしたジュークに改変し、モグワイもタンジェリン・ドリーム調の“Love”を強迫的にリミックス。新曲2曲はポリリズムやリヴァーブを効かせた幸せモード。


Andy Stott - The Slow Ribbon Modern Love

 ウクライナ支援を目的として3月18日から24日まで一週間だけ限定配信された7thアルバム。支援を優先したからか、全体的には未完成の印象もあり、通して聴くのは少しかったるいものの、最後まで仕上げたらすごいアルバムになるのではないかという予感をはらんだ作品。ほとんどすべての曲で逆回転が多用され、極端に遅いテンポ、あるいはベーシック・チャンネルそのものをスロウで再生しているような“Ⅲ”かと思えば無機質さが際立つ“Ⅴ”など、中心となるアイディアは「ベーシック・チャンネルをJ・ディラがミックスしたらどうなるか」というものではないかと。これらにリバーヴのループがしつこく繰り返される。


Mass Amore - Hopeless Romantic Not On Label

 デンマークから謎のドローン・フォーク。いきなり回転数を遅くしたヴォーカルで歌う「私はあなたを愛しているけれど、見返りはなにもいらない~」。そして、そのまま恍惚としたような世界観がずるずると持続していく。今年、最も気持ち悪いのはレヤ(LEYA)の2作目『Flood Dream』だと思っていたけれど、マス・アモーレもかなりなもので、アースイーターが全開にした扉は〈4AD〉リヴァイヴァルを通り越してもはや退廃の極みへと達している。エーテル・ミュージックやドリーム・ポップという範疇はもはや飛び越えてシガー・ロスさえ堅苦しく思えてくる。


33EMYBW & Gooooose - Trans-Aeon Express SVBKVLT

 エイフェックス・ツインとのコラボレートで知られるウィアードコアがロックダウン中に幻想的な新幹線や時空の旅を題材に北京で開いた初エキジビジョン「オリエント・フラックス」で、そのサウンド面を担当したハン・ハンとウー・シャンミン(共に上海の元ダック・ファイト・グース。詳しくは『テクノ・ディフィニティヴ改造版』P245)がその延長線上に作成した7曲入り。2人の曲を交互に並べたもので、いつものブレイクビーツ・スタイルから離れてリスニング・タイプを志向し、とくにグースことハン・ハンが新たな側面を見せている。


Coco Em - Kilumi Infiné

 パリはアゴリアのレーベルからケニヤのエマ・ンジオカによるデビュー作。パンデミックで映像の仕事に行き詰まり、ロックダウン中にショ・マジョジがフリーで提供していたビートを使って行われた「セナ・アラ(Sena Ala)チャレンジ」に手応えを得て音楽制作を本格化。ラテンからアフリカに逆輸入されたリンガラ(ルンバ)に強く影響を受け、60年代にケニヤ東部のカンバで流行っていた音源をサンプリングし、トラップやアマピアノなどとミックスしたハイブリッド・タイプ。不穏な始まりからヒプノティックなドラミングが冴え、伝統とモダンの壁を飛び越えたタイトル曲や“Winyo Nungo”など粒ぞろいの曲が並ぶ。


Bernice - Bonjourno my friends Telephone Explosion

 トロントからロビン・ダンを中心とする5人組ポップ・バンドが21年にリリースした4thアルバム『Eau De Bonjourno』のリミックス盤。プチ・ダンサブルに仕上げたイヴ・ジャーヴィスを皮切りにヤング・マーブル・ジャイアンツを思わせる“Personal Bubble”をサム・ゲンデルがジューク風にリミックスするなど、インディ・ポップを小さな引き出しからはみ出させず、徹底的にスケールの小さな空間に押し込んだセンスがたまらない。カルベルズによる“Big Mato”はJ・ディラを悪用し尽くし、オリジナルも実にいい”It's Me, Robin”はニュー・チャンス・レトログレードがふわふわのドリーム・ポップにリミックス。


Tentenko - The Soft Cave Couldn't Care More

 元BiSによるレジデンツ・タイプの4曲入り。Aサイドは80年代テクノ・ポップ風。無国籍サウンドを追い求めていた日本人の想像力を完全に再現した感じ。打って変わってBサイドはマーチを複雑にしたような変わったビートの“Stalactite”と控えめなインダストリアル・パーカッションがじわじわと効く“The Fish Stone”は部分的にキャバレー・ヴォルテールを思わせる。実にオリジナルで、まったく踊れないけどなかなか面白い。ハンブルグのレーベルから。


Tsvi & Loraine James - 053 AD 93

 〈Nervous Horizon〉主宰とウエイトレスのルーキーによるコラボレーション。昨年の白眉だったベン・ボンディとスペシャル・ゲストDJによるワン・オフ・ユニット、Xフレッシュ(Xphresh)と同傾向で、刺すようなビートと柔和なアンビエントを明確に対比させ、美と残酷のイメージに拍車をかける。エイフェックス・ツインが切り開いたスタイルにモダン・クラシカルの要素を加えて荘厳さを増幅させている。耳で聴くパク・チャヌク。レーベルは改名した旧〈Whities〉。


Luis - 057 AD 93

 上記レーベルからさらにDJパイソンの別名義2作目。レゲトン色を薄めてアブストラクト係数を高めている。アルバムやシングルに必ず1曲は入れていたウエイトレスを様々に発展させ、ファティマ・アル・ケイデリやロレイン・ジェイムスの領域に接近、無機質でクールな空間の創出に努めている。6年前の1作目「Dreamt Takes」ではパイソン名義とそんなに変わらなかったので『Mas Amable』以降の大きな変化が窺える。


Sa Pa - Borders of The Sun Lamassu

 上記のアンディ・ストットほど大胆ではないにしてもミュジーク・コンクレートを取り入れてダブ・テクノを大きく変形させた例にモノレイクとサ・パがいる。モノレイクは具体音を駆使し、即物的なサウンドに仕上げるセンスで群を抜き、〈Mana〉から『In A Landscape』(19)をリリースして頭角を現したサ・パことジャイムズ・マニングはデッドビートとのジョイント・アルバムから間をおかずにブリストルの新たなレーベル〈Lamassu(=アッシリアの守護神)〉から新作を。ここではミシェル・レドルフィばりにベーシック・チャンネルを水の表現と交錯させ、日本の語りとスラブの昔話に影響を受けたという桃源郷モードに昇華。収益の半分はブリストルのホームレス支援団体(caringinbristol.co.uk)へ。


Daev Martian - Digital Feedback Alpha Pup

 南アからエレガントなビート・ダウン・ハウス。スポエク・マサンボジョン・ケイシーと活動を共にしていたようで、ビートの組み立てに影響が窺えるも、独自のメロウネスはむしろDJシャドウやフライング・ロータスといった西海岸の流れを思わせる(だからレーベルも〈Alpha Pup〉なのか)。LAビート直系といえる“Gratitude”からフィッシュマンズとフィル・アッシャーが混ざったような”Never Changes”まで。陽気なマサンボも昨年は抑制された『Hikikomori Blue(アフリカ人引きこもり低音)』をリリースし、ブリ(Buli)『Blue』など南アのボーズ・オブ・カナダ化が進んでいる?


Daniele Luppi, Greg Gonzalez - Charm Of Pleasure Verve Records

https://ototoy.jp/_/default/p/1358819

 シガレット・アフター・セックスのヴォーカルをフィーチャーしたイタリアの作曲家による5曲入り。ドリーム・ポップのレッテルを貼られてしまったけれど、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド“Sunday Morning”を思わせるオープニングから全体的にはアコギに分厚いストリングス・アレンジなどミシェル・ルグランやバート・バカラックといった60Sポップを正面から受け継ごうとする。キーワードは慈しみ。最近のザ・ナショナルからカントリー色を差し引いた感じかな。ダニエル・ルッピはデンジャー・マウスやレッド・チリ・ホット・ペパーズとの共作などでも知られる映画音楽家。

Fabiano Do Nascimento / Itibere Zwarg Collective - ele-king

 これは注目しておきたいコラボ作だ。リオ出身LA在住で、これまで〈Now-Again〉から作品を発表してきたブラジル音楽の新世代ギタリスト、ファビアーノ・ド・ナシメント(『21世紀ブラジル音楽ガイド』をお持ちの方は144ページを開こう)と、エルメート・パスコアール・グループを支えてきたヴェテラン・ベーシスト、イチベレ・ズヴァルギによる共作がリリースされる。日本オリジナル企画盤とのことで、フォーマットはCDとLPの2形態。華麗なギターが特徴的な、叙情性あふれるサウンドに仕上がっているようです。

FABIANO DO NASCIMENTO & ITIBERE ZWARG COLLECTIVE『RIO BONITO』
2022.12.3 LP Release(2022 レコードの日 対象タイトル)
2022.12.7 CD Release

現ブラジリアン・シーン屈指の人気を誇る実力派ギタリスト/コンポーザーで知られる、ファビアーノ・ド・ナシメントと、エルメート・パスコアール・グループの屋台骨イチベレ・ズヴァルギによるコレクティヴとのユニット作品が、日本オリジナル企画盤としてワールドワイドでレコード&CDリリース決定!!
サム・ゲンデルにブラジル音楽をシェアしたギターの名手であるファビアーノ・ド・ナシメントが、ピノ・パラディーノも魅了したベーシスト/作曲家のイチベレ・ズヴァルギのコレクティヴと美しい録音を完成させた。ロサンゼルスとリオデジャネイロを結び、そこにある共感を見事に捉えた、真に創造的で心躍らせるアルバムだ。(原 雅明 ringプロデューサー)

『リオ・ボニート』は、ファビアーノの作曲した曲を中心に、イチベレ・ズヴァルギ(エルメート・パスコアール・グループのベーシストで、多作の作曲家)と、彼の「コレチーヴォ・ドス・ムジコス」がアレンジしたアルバムである。本作は2021年初頭に、ファビアーノの自宅があるロサンゼルスと、イチベレと息子のアジュリナをはじめ、このプロジェクトに参加したミュージシャンの多くが居住するリオデジャネイロから南に2時間の町、リオボニート(タイトルの由来)で録音された。華麗なギター・プレイと、叙情性溢れるサウンドの響きをぜひ体感してほしい。

【リリース情報】
■ アーティスト名: Fabiano Do Nascimento / Itibere Zwarg Collective (ファビアーノ・ド・ナシメント&イチベレ・ズヴァルギ・コレクティヴ)
■ アルバム名:Rio Bonito (リオ・ボニート)
■ レーベル:rings
■ 解説:原 雅明
■ URL : Fabiano Do Nascimento / Itibere Zwarg CollectiveRIo Bonito (ringstokyo.com)

■ LP
リリース日:2022年12月3日(土)
価格 : 3,600円 + 税
品番:RINR11
LP販売リンク:https://diwproducts.net/items/631e92d623c2aa3df67ee6aa

■ CD
リリース日:2022年12月7日(水)
価格 : 2,600円 + 税
品番:RINC95
販売リンク:https://diwproducts.net/items/631e927df0b1087b108eff9a

Tracklist:
01. Starfish
02. Emotivo
03. Coletivo Universal
04. Strings for My Guitar
05. Luz das águas
06. Theme In C
07. Just Piano
08. Strings for My Guitar “Full Band”
09. Retratos
10. Kaleidoscope
11. Theme In C(Full Version)*Bonus Track

interview with Strip Joint - ele-king

 自由を我(ら)に。そんなタイトルをデビュー・アルバムのタイトルに冠した、まだ若いインディ・ロック・バンドが現れた。ここ日本からである。いまの閉塞的な日本で生きる若者たちが思い描く「自由」とは、いったいどのような感触をしたものだろうか?

 Strip Joint のファースト・アルバム『Give Me Liberty』には、その感触のようなものがたくさん入っている。溌剌としたギター・ロック・チューン “Leisurely”、“Lust for Life” にはじまり、ウェスタン・テイストのあるトランペットが印象的な “Hike”、ジョイ・ディヴィジョンやギャング・オブ・フォーのリズム感覚を想起させる “Yellow Wallpaper” ……と、アルバム序盤からアレンジメントの多彩さとアンサンブルの完成度の高さに驚かされるが、それらは海外のインディ・ロックからの影響をたっぷりと吸収したものだ。この内向きな国から「自由」を思うとき、海の外のインディペンデントな音楽を聴くことは彼らにとって必然だったのだろうと感じさせる。そしてそれらの曲はすべて、はちきれんばかりにエネルギッシュだ。
 Daiki Kishioka を中心として2017年から Ceremony として活動をはじめ、メンバー・チェンジと改名を経て、ライヴハウス活動をメインに地道な活動を続けてきた Strip Joint。男女6人編成のこのバンドは、トランペットとキーボードを生かした、いわゆるギター・ロックのステレオタイプをはみ出すスタイルをすでに獲得しているところがまずその魅力である。マリアッチに影響されたインディ・ロック・バンドを連想する “Against The Flow” や、ミドル・テンポで鍵盤の響きを生かしながらリリカルに情景を描いていく名曲 “Oxygen”、“Liquid” など、アルバム後半のナンバーは多楽器によるアンサンブル志向の米国インディ・ロックを彷彿させる。歌詞を書く Daiki Kishioka が英米文学の素養があることもあって言葉は英語で(CDには日本語対訳が掲載されている)、積極的に国外の音楽と文化的・感情的に繋がっていかんとする意思が表れている。

 以下のインタヴューでは、最近は同時代のインディ・ロックを意識的に聴き過ぎないようにしていると Daiki Kishioka は話しているが、やはり現行のUKインディ・ロックの活況とシンクロする部分があるのではないかと自分は考えている。ジャンルも編成もスタイルも好き勝手にやっている彼らを指して、もう何度めかもわからない「ポスト・パンク・リヴァイヴァル」ではなく、近年は「ポスト・ブレクジット・ニューウェイヴ」とする表現もあると聞くが、その、「何でもアリ」すなわち「この窮屈な場所からどこへだって行ける」という感性は、海の外のインディ・ロックに影響されていなければ得がたいものだったろう。偉そうな大人たちがめちゃくちゃにした彼らの現在からも、生まれる何かがあるのだと──『Give Me Liberty』のクロージングを飾るアップテンポのロックンロール・チューン “Suddenly I Loved You” の自由な輝きを聴くと、そんなふうに思えてくる。

みんなが同じ音楽に熱狂するっていうことをミュージシャンがしていていいのかなって思うようになって。みんなと違うところを発見するのが俺のやるべきことだと思うようになったので、最近は新しいものを追いかけなくなりました。

今日は、いまの20代がなぜ海外のインディ・ロックに影響を受けたロック・バンドをやっているのかを聞きたいと思っています。岸岡さんはアークティック・モンキーズとの出会いが大きかったとのことですが、彼らに対して「自分の音楽だ」みたいな感覚があったのでしょうか。

Daiki Kishioka(以下、DK):アークティックに関しては、インディ・リスナーとしていろんな音楽を聴くなかで、アレックス・ターナーの音楽性の変化や、言っていることの変化、佇まいの変化を追っていくのが楽しかったんです。そのレベルまで好きになれる唯一のバンドでした。

そういう存在はアークティックが初めてだったんですか?

DK:じょじょにそういう存在になって。いまに至るまで特別ですね。

野田:アークティックは後追いだよね?

DK:後追いです。4枚目(『Suck It and See』)がすでに出ているときに知って、リアルタイムで聴き出したのは5枚目(『AM』)からですね。

野田:そうなんだ。ぼくはやっぱり1枚目(『Whatever People Say I Am, That's What I'm Not』)をいちばん聴いたけどね。どれがいちばん好きなの?

DK:3枚目(『Humbug』)、4枚目ですかね。

野田:そうなんだ。1枚目はダメ?

DK:ダメじゃないですけど、23、4歳くらいになってくると、聴けないですね。

えー(笑)!(木津は当時21歳)

野田:ぼくは40歳過ぎて聴いてたよ(笑)。

(一同笑)

じゃあ、もうすぐ出る新譜(『The Car』)も楽しみですね。

DK:そうですね、純粋にファンとして。

それまでも岸岡さんは親御さんが持っていたポスト・パンクのレコードを聴いていたということですが、世代的には、海外のインディ・ロックを聴くひとが周りに少なかったんじゃないかと思うんですよ。J-POPはともかくとしても、海外の音楽でもラップやポップスのほうが勢いがあったと思うし。そんななかで、どうやって海外のロックを発見したんですか?

DK:音楽体験の最初期は小学生のときまで遡りますけど、それこそ、クラスメイトがJ-POPのコンピレーションを作って配ってたりしていて。でも、その「キミとボク」みたいな世界観に入りこめなくて。そもそも小学生の恋愛なんて恋愛以下だし、入りこめるわけないじゃないですか。でもみんなが、大人の欲望を模倣するというか、それを自然なものとして受け入れているのにまず違和感がありました。それよりも、言葉はわからないけど、もっとシンプルでパワフルなもののほうがいいじゃんって思っていたのが小中学生のときですね。フー・ファイターズやグリーン・デイからロックに入り……、家にもストーン・ローゼズ、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、あとシャーラタンズ、オーシャン・カラー・シーンなんかがあったんですよ。

それは充実したレコード・コレクションですね。

DK:ありきたりなポップ・ミュージックじゃなくて、聴きながら陶酔的になれるものですね。高校生のときにギターを買って、そういうのを流しながら自分でアンプ繋いでいっしょに弾いてました。その頃にバンドをはじめましたね。最初はドラマーで。芸術系の高校に行ってたひとに誘われて、彼は若いのにアーティストとしてやっていくことに意識的でした。ザ・ホラーズフランツ・フェルディナンドみたいな、ポスト・パンク・リヴァイヴァルの美学を自分たちに課してやっていたひとたちで。自分で哲学持って音楽をやろうと思ったのは、そのバンドからの影響が大きかったです。

なるほど。僕は自分の経験として、10代のとき音楽のテイストが合うひとを周りに見つけにくかったんですけど、岸岡さんは音楽の話が合うひとやコミュニティとの出会いはスムーズだったんですか?

DK:それは、ツイッターで。

へえー! でも、いまっぽい話かも。

DK:学校では、俺が「アークティックいいぜ」って周りに薦めると2人ぐらい「いいね」って言ってくれたんですけど、いっしょに音楽をやろうとはならないし。自分の世代だと中2か中3ぐらいでみんなツイッターをはじめるので、ネット上でみんなが自分の好きなものにワイワイ言う、みたいなものは見ていました。当時 The 1975 が出てきたとこで、「あいつらはカッコいいのか」みたいな議論があったりして。そこで知り合ったひとに誘われました。

なるほど、ちょっとひねくれた集まりのなかから(笑)。その後、岸岡さんご自身が Ceremony を作って、それが Strip Joint になっていくわけですけど、それも自然と音楽志向の合うひとと出会っていったんですか?

DK:オリジナル・メンバーのうち、いまもいるギターの島本さんは趣味が合う感じでしたね、ザ・スミスとかが好きで。ドラムの西田くんは、もうちょっとオルタナとかエモ寄りです。学生のつながりのなかで、「こいつならいっしょにやれる」って思えるひとを探してきたって感じでしたね。

音楽的なテイストで言えば、インディ・ロック志向の強いひとを集めた感じなんですか?

DK:ポスト・パンク・リヴァイヴァル以降の流れのインディ・ロックは自分にとってはいちばん思い入れがありますが、メンバー全員にとって特別なジャンルかと言われるとそうじゃないと思います。西田はヒップホップやハードコアも好きだし、ジャズやフュージョンなど、それぞれに幅広く聴いてる感じです。

野田:ちなみに Ceremony っていうのはジョイ・ディヴィジョンの曲名から取ったの?

DK:なんとなく頭にはあったんですけど、取ったというわけではないんですよ。

僕の印象としては、とくに活動初期は英国ポスト・パンクからの影響が強いように感じたんですけど、ポスト・パンク・リヴァイヴァルも含めて、惹かれたポイントはどういったところだったんですか?

DK:そもそもオリジナル・ポスト・パンクは通ってなくて、あとから雑誌で得た知識なので、そこについて語るのはちょっと気が引けるんですけど。ただ、機械的で痙攣するようなビートや、ダンス・ミュージックなんだけど不自然なダンス感覚なんかは、ジャンルとしてのポスト・パンクの好きな部分かな。

まずは何よりもサウンドの部分が。

DK:踊れるっていうのが大きいですね。

なるほど。あと、Strip Joint はバンド・アンサンブルとしてはトランペットとキーボードがいることによる個性も大きいですよね。それらが必要だと感じたのはなぜだったんですか?

DK:小さい頃からテレビで演歌が流れるとよく聴いていたんですけど、非ロックの要素がたぶんもともと好きだったんですよ。それこそアークティック・モンキーズも、ある時期から60年代頃のポップスからの影響を受けてますけど──ザ・スリー・ディグリーズやオージェイズみたいなコーラス・グループなんかに──、「こういうの俺も好きだな」と早い段階から思っていたので。本当なら小さいオーケストラを入れたいぐらいで。あとはキング・クルールが出てきたときに、「やべえ」ってなって(笑)。ここ5年ぐらいですかね、いわゆるインディ・ロックが音楽的に広いジャンルになったのと共振したいという想いもありました。

社会からのメッセージをひとつひとつ聞いているとしんどいじゃないですか。自分のナマの感情が死んでいく感じがする。そういったものに対して反抗をしてもいいんだぜ、みたいなところですかね。

いまのキング・クルールの話は象徴的なように思いますね。ここ10年くらいで注目されるUKのインディ・ロックは音楽的により折衷的になっていますが、そういう同時代のバンドの動向はやはり気になっているんですか?

DK:かつては気になってましたが、みんなが同じ音楽に熱狂するっていうことをミュージシャンがしていていいのかなって思うようになって。みんなと違うところを発見するのが俺のやるべきことだと思うようになったので、最近は新しいものを追いかけなくなりました。

そうだったんですね。ただ、メンバー間でいま熱い音楽みたいな話にはなるんじゃないですか?

DK:長谷川白紙が熱いという話はありましたね。あと藤井風とか。

へえ! それは意外かも。

DK:たとえばブラック・カントリー、ニュー・ロードは話題にすら挙がらないですし……。たぶん、みんなチェックはしてると思うんですけど。

えっ、それも意外です。

DK:自分たちとやってることが近いかも、みたいな意識もあまりない気がします。やっぱり背景からすべて違いますからね。

なるほど。バリバリ意識してるのかなと勝手に思っていたので、それは面白いですね。いま名前が出たブラック・カントリー、ニュー・ロードはアンサンブル自体が民主的に作られているという話もありますよね。Strip Joint は岸岡さんがリーダーということですが、サウンド自体はメンバーの意見が反映されてどんどん変化する感じなんでしょうか。

DK:俺がリーダーとして最終判断をする立場にあるので、「これでいいかな」みたいな感じでメンバーが聞いてくるというのはあります。ただ、アルバムに入っている “Hike” と “Against The Flow” って曲は1年半前くらいにリハをしたときに、俺がスタジオに入らず、他のメンバー5人でアレンジを考えてもらったことがあって。

“Hike” と “Against The Flow” はアルバムのなかでも、とくにアレンジが異色の曲ですよね。

DK:それで面白いアイデアが出てきたので。なんとなく西部劇っぽいイメージみたいな話はしてたんですけど、あそこまでドラマティックに大仰な感じになると思っていなかったので、びっくりしました。アルバムは半分ぐらいがメンバーのアイデアを有機的に生かしたもので、残り半分は俺が頭のなかで緻密に組み立てたものをみんなにそのまま演奏してもらった感じです。ゆくゆくは有機的な部分がもっと増えていったらいいなって思ってますけど。

いまのはいい話ですね。“Hike” や “Against The Flow” がアルバムに入っていることによって、Strip Joint の個性が目立っているところがあると思うので。いっぽうで、歌詞の世界観やテーマはどんなふうにメンバー間でシェアしているんですか?

DK:みんなでアレンジを練るっていうのはありつつも、まずはデモを俺が渡しているので、そのときに歌詞を見てもらう感じですね。

歌詞が英語なのは自然な選択だったんですか?

DK:最初にはじめたバンドが英語だったので、その延長でしかできてないっていうのはあります。いつか日本語でも書けるように、もっと幅を広げていく必要があるんだろうなとは思ってるんですけど。聴いてきたものの影響を素直に出したというのもあったし、リズム感が好きというのもあります。

サウンド的にもフィットする?

DK:それはそうですね。英語できちんとポップスを作ることも、日本人がやってできないわけがないじゃないかという想いはあります。

あと、岸岡さんが英米文学の素養があるのも関係しているのかなと僕は想像しているんですけど。

DK:そこは出したかったんでしょうね。こういうのを知ってるぞ、というのは(笑)。

(笑)具体的に、アルバムに入っている文学からの影響はありますか?

DK:“Yellow Wallpaper” って曲は、シャーロット・パーキンス・ギルマンの同名の小説(邦題『黄色い壁紙』)から取ってます。それがすごく面白い小説で、いまはフェミニズムの文脈で評価されている短編なんですけど。女性が主人公で、医者の夫に「あなたは安静にしてなければならない」と言われて、言われたとおりにしていたら頭がおかしくなって、壁紙からひとが出てくる妄想を抱くという内容のホラーです。現代で生きることの抑圧みたいなものを、そこから着想を得て自分なりに書いてみようと思いました。

そうだったんですね。アルバム・タイトルの『Give Me Liberty』はエミリー・ブロンテの同名の詩からの引用ということでしたが、フェミニズム文学からの影響は意識的にあったんですか?

DK:うーん、それは偶然だと思います。

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自分たちがやってることの意味を話し合おうよっていう時間があって。で、大事なのは自由なんじゃないかって話が出たんですよ。そのときは「Liberty」って言葉は出てないですけど、たぶんそのことが頭にあって

最近は変わってきていますけど、インディ・ロックは長らく白人男性中心の文化でもありましたよね。いまの話って、偶然にせよ Strip Joint にフェミニズム文学の影響が入っているのが面白いと思ったんですよ。Strip Joint はメンバーの男女比が自然に半々になっているのもいいなと個人的は感じています。

DK:それは自然な成りゆきでしたね。まあでも、俺の性格的に男友だちよりも女友だちのほうができやすいというのもあります。

へえー! いいですね。

DK:最初、島本さんを誘ったのも話しやすかったし、音楽の趣味があったというのがあって。はじめサポートで入ったトランペットの雨宮さんとキーボードの富永さんは、島本さんのサークルの友人だったので、それも自然な流れでしたね。

日本のインディ・ロックのシーンもまだまだ「男子」が中心の文化なのかなと、僕は個人的には感じてしまうところがあるんですけど、Strip Joint は自然と男女が混ざっている感じがあって現代的だなと思います。ただ、メンバーがやや多いなかで苦労することはありますか?

DK:うーん……ステージが狭い。

(笑)でも、それはカッコいいと思いますよ。

DK:そうですか(笑)。ギターとか当たりそうになりますね。

逆に、6人いることの強みは感じますか?

DK:面白い音楽をやっているなってパッと伝わりますし、そう言われることも多いですね。サウンドの幅も広がりますしね。ギター、ベースだけじゃできないオーケストレーションがあるので、作曲者としてのやりがいはあります。面白いバンドのコンポーザーでいられるのは楽しいですね。

岸岡さんはピアノを学ばれていたということもあると聞きましたが、コンポーズしたい気持ちも強いんですね。

DK:そうですね。

そのコンポーザーとしての姿勢もあって『Give Me Liberty』はアレンジメントの幅が広いのがいいと思います。こういうファースト・アルバムにしたいというのは事前にあったんですか?

DK:これまでもアルバムを作ろう作ろうと言ってたんですけど、自分たちにアルバムを作る能力があるんだろうかと不安に思ってたんですよ。で、曲がいろいろあるなかでどうやってレコーディングしようか悩んでいたところを、〈kilikilivilla〉の与田さんに出会って。それでいろいろ相談できて、レコーディングのこともわかっている方がいてっていうところで、ようやく自分たちのベストを尽くすのを心置きなくできる状況になりました。時間があったのでデモを作りためることもできて……、だから純粋に自分たちにできるベストをやろうっていうのがいちばん大きかったですね。

それはファースト・アルバムらしい話ですね。与田さんからリクエストはあったんですか?

kilikilivilla与田:とりあえず4年ぐらい活動していたなかからベストを選ぼうって感じですね。アルバムとしてのイメージというよりは、この曲は入れてほしい、この曲はこういう感じにしてほしいというようなリクエストはけっこうしました。

なるほど。ちなみに最高のファースト・アルバムと言われて思いつくのは?

DK:まあアークティックでしょうね(笑)。

野田:やっぱり1枚目もいいよね(笑)。

DK:MGMTのファースト(『Oracular Spectacular』)も最高ですね。あとはやっぱりオアシスじゃないですか。あとさっき与田さんとも話してたんですけど、プライマル・スクリームのファーストも最高ですね。

それらに共通するものってありますか? なぜ最高なのか。

DK:瑞々しさ、ですね。自分たちのファーストがどんな価値があるのかわからないので、並べていいのかわからないですけど(笑)。

いや、全然並べてだいじょうぶだと思いますよ。とくに達成感があるのはどんな部分ですか?

DK:時間かけて準備したのもあって、同じような曲ばかりじゃなくて、バラエティのあるものにできたとは思います。あと、昔の曲を突っこむこともしたんですけど、そのままでは入れたくなくて、歌詞の書き換えもしたんですよ。英語圏のひとに読まれても、文学的な意味で言いたいことが何かというのは伝わるものになっていると思います。

なるほど。これは野暮な質問ですが、その「言いたいこと」をあえて説明するとどういうものになりますか?

DK:そうですね……まともに生きていて、社会からのメッセージをひとつひとつ聞いているとしんどいじゃないですか。自分のナマの感情が死んでいく感じがする。そういったものに対して反抗をしてもいいんだぜ、みたいなところですかね。

いまの社会の閉塞感に対する苛立ちがある?

DK:ボーッとしてると、自分のなかにある感受性や、心を動かす想像力がだんだん薄れていくのがわかるし。そうじゃないときの自分のほうが好きだから、それを忘れないという決意表明として曲を書いているところはあります。

ギター、ベースだけじゃできないオーケストレーションがあるので、作曲者としてのやりがいはあります。面白いバンドのコンポーザーでいられるのは楽しいですね。

アルバム・タイトルのなかの「Liberty」というのも、社会的な言葉でもありますよね。このタイトルにした理由をあらためて教えてください。

DK:メンバーで自分たちがやってることの意味を話し合おうよっていう時間があって。で、大事なのは自由なんじゃないかって話が出たんですよ。そのときは「Liberty」って言葉は出てないですけど、たぶんそのことが頭にあって、パラパラと詩集をめくってるときに目に留まった言葉です。自分が大事にしていることを端的に表したいい言葉だと思ったし、バンド・メンバーと共有できるとも思ったし。メッセージ性があるのもいいと思いました。

そういうところも含め、Strip Joint はインディらしいDIY精神があるバンドだと思います。そういったインディペンデント精神はライヴハウスでの活動ともつながっていると感じますが、Strip Joint にとってライヴ活動を続けていく意義はどういうところにありますか? かなり頻繁にライヴをすることを自らに課しているそうですが。

DK:バンドの数が多いなかで、きちんと存在をアピールしないとあっという間に忘れられるっていうのを、一年くらい活動しなかった時期に体感してるので。そこは責任を持ってライヴを続けていきたいと思っています。いまやっている規模よりももうちょっと集客できるようになって、これまでお世話になってきた小さなライヴハウスに恩を返したい気持ちもあります。ただ、自分たちのやりたいことをやって、自主企画をやって、ってしていてもなかなかうまくいかないことが多くて。これからどんどん大人になっていくなかで、不安や自信の持てなさのほうが正直大きい。圧倒的に売れなかったとしても健全にバンドを続けていくあり方を探すというのは、今後のシリアスな課題ですね。

その不安のなかでもとにかく動く、っていう時期なんでしょうか。

DK:そうですね。月イチで必ずライヴをして、次のアルバムも作って、みんなで協力していきたいというところですね。

そんななかで、自主企画イベント〈iconostasis〉では多様なミュージシャンが出演されているとのことですが、ああいったイベントをするモチベーションはどんなものですか?

DK:10代のときに東京に出てきて、インディ・ロック・バンドの出てるイベントにテクノやトランスのアクトが出演し、彼らがジャンルの垣根なく情報交換していたりしていたのを見てたんですよ。そういうパーティがすごくカッコよかったんですよね。バンドが順番に出てきて、終わったらライヴハウスのひとに頭下げて、打ち上げして、みたいなのじゃなくて、アーティストそれぞれが主体的にやっているのがいいと思ったし。自分がバンドをやるなかでも、いわゆるバンド・イベントみたいなものじゃないものをイチからやりたいと思っていましたね。今回はずっと続けていたことの集大成として企画しました。

いやほんと、アーティスト主体であるのが伝わってくるイベントですね。では最後に、Strip Joint としての今後の最大の目標は何でしょう?

DK:10年後、20年後にも、自分の書いた曲に誇りを持って演奏できていればそれでいいと思います。

そのためにもっとも必要なことは何だと思いますか?

DK:日々めげずに、前向きに、やるべきことをやっていくことかなと思います。

それはストイックな。これからの地道な活動に期待しています。

DK:ありがとうございます。

 インタヴューの後日、小岩のBUSHBASHで開催されたStrip Joint主催のイベント〈iconostasis#7〉に足を運んだ。そこには洒落ているが自然体のインディ・キッズたちが集まっていて、思い思いに個性的なインディ・ミュージシャンたちの音を楽しんでいた。
 6人には狭く見えるステージに登場した Strip Joint は、生演奏でも高いアンサンブル力を発揮し、集まったオーディエンスの熱を上昇させていた。アルバム収録曲以外にもジャジーな揺らぎが感じられる実験的な曲も披露され、バンドのさらなるポテンシャルを思わせる一幕もあった。が、何より重要なのは、大きな場所でなくとも、確実に自分たちの手で音楽をシェアする空間を作り上げようとする意思が漲っていたことだ。Strip Joint がより多くのひとに発見されるのは、そう遠くのことではないだろう。

Zettai-Mu“ORIGINS” - ele-king

 大阪の KURANAKA a.k.a 1945 が主宰するパーティ、《Zettai-Mu “ORIGINS”》最新回の情報が公開されている。今回もすごい面子がそろっている。おなじみの GOTH-TRAD に加え、注目すべき東京新世代 Double Clapperz の Sinta も登場。10月15日土曜はJR京都線高架下、NOONに集合だ。詳しくは下記よりご確認ください。

Zettai-Mu “ORIGINS”
2022.10.15 (SAT)

next ZETTAI-MU Home Dance at NOON+Cafe
Digital Mystikzの Malaが主宰する UKの名門ダブステップ・レーベル〈DEEP MEDi MUSIK〉〈DMZ〉と契約する唯一無二の日本人アーティスト GOTH-TRAD !!! ralphの「Selfish」 (Prod. Double Clapperz) 、JUMADIBA「Kick Up」など(とうとう)ビッグチューンを連発しだしたグライムベースミュージックのプロデューサーユニット〈Double Clapperz〉Sinta!! CIRCUS OSAKA 人気レギュラーパーティー〈FULLHOUSE〉より MileZ!!
大阪を拠点に置くHIPHOP Crew〈Tha Jointz〉〈J.Studio Osaka〉から Kohpowpow!!
27th years レジテンツ KURANAKA 1945 with 最狂 ZTM Soundsystem!!
2nd Areaにも369 Sound を増設〈NC4K〉よりPaperkraft〈CRACKS大阪〉のFENGFENG、京都〈PAL.Sounds〉より Chanaz、DJ Kaoll and More!!

GOTH-TRAD (Back To Chill/DEEP MEDi MUSIK/REBEL FAMILIA)
Sinta (Double Clapperz)
MileZ (PAL.Sounds)
Kohpowpow (Tha Jointz/J Studio Osaka)
and 27years resident
KURANAKA a.k.a 1945 (Zettai-Mu)
with
ZTM SOUND SYSTEM

Room Two
Paperkraft (NC4K)
FENGFENG (CRACKS)
Chanaz (PAL.Sounds)
DJ Kaoll
Konosuke Ishii and more...
with
369 Sound

and YOU !!!

at NOON+CAFE
ADDRESS : 大阪市北区中崎西3-3-8 JR京都線高架下
3-3-8 NAKAZAKINISHI KITAKU OSAKA JAPAN
Info TEL : 06-6373-4919
VENUE : https://noon-cafe.com
EVENT : https://www.zettai-mu.net/news/2210/15

OPEN/START. 22:00 - Till Morning
ENTRANCE. ADV : 1,500yen
DOOR : 2,000yen
UNDER 23/Before 23pm : 1,500yen
※ 入場時に1DRINKチケットご購入お願い致します。

【予約はコチラから】
>>> https://noon-cafe.com/events/zettai-mu-origins-yoyaku-7
(枚数限定になりますので、お早めにご購入ご登録お願い致します。
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Tribute to Ras Dasher - ele-king

 「ONE BLOOD, ONE NATION, ONE UNITY and ONE LOVE」。LIVE はいつもこの一言から始まった。本作は昨年惜しくもこの世を去ってしまった“RAS DASHER”。彼といっしょに音楽を作ってきた仲間から、 最大限の感謝を込めて、それぞれのアーティストが現在進行形の音を天に響かせる追悼と音の祭典が開催される。

10/14 (金) 場所: 新宿Loft
Open:18:00-Til Late 27:00

REGGAELATION INDEPENDANCE & Special Guests from Cultivator & KILLA SISTA
MILITIA (SAK-DUB-I x HEAVY)
光風 & GREEN MASSIVE
UNDEFINED

BIM ONE PRODUCTION
LIKKLE MAI (DJ set)
MaL & JA-GE
外池満広 *Live
I-WAH & MARIKA
176SOUND
OG Militant B
山頂瞑想茶屋 feat. FLY-T
And more

Sound System by EASS HI FI

Food:
新宿ドゥースラー


Adv. ¥4,000
Entrance ¥4,500

前売りチケット情報
ZAIKO
https://tokyodubattack.zaiko.io/e/voiceoflove
ローソンチケット https://l-tike.com/order/?gLcode=72177
( Lコード:72177)

INFO
新宿LOFT 
tel:0352720382 


About Ras Dasher:
 80年代後半〜90年代初頭、SKA バンドのトランペットから始まったという彼の音楽キャリア、 その後 JAMAICA や LONDON を旅して帰国後、レゲエ・ヴォーカリストとして歌うようになった。 下北沢のクラブ ZOO (SLITS) で行われていたイベント「ZOOT」などに出演し、Ska や Rockstedy のカヴァー曲を歌っていた。
 その後、Mighty MASSA が始めた Roots Reggae Band “INTERCEPTER" の Vocal として参加、 Dennis Brown や Johnny Clark の ROOTS REGGAE を主に歌っていた。 95年頃、前述の クラブZOOT では、MIGHTY MASSA が本格的にUK Modern Roots Styleの SOUND SYSTEM を導入し、自作の音源を発表し始める。 発足よりシンガーとして参加し、97 年に MIGHTY MASSA の1st 12inch 「OPEN THE DOOR/LOVE WISE DUB WISE」 (Destroid HiFi) がリリース。 (Singer RAS DASHER として録音された最初のリリース) 後の MIGHTY MASSA 作品への参加 (2001 年 Album『ONE BLOW』、2003年 7inch 「Love Wise Dub Wise」) や DUB PLATE の制作に繋がっていく。 また、INTERCEPTER も音楽性の趣向がUK Modern Roots色が強くなり INTERCEPTER 2 として活動が始まり、 後の DRY & HEAVY の 秋本“HEAVY" 武士と RIKITAKE が加入し、その出会いが CULTIVATOR の結成に繋がっていく。

 CULTIVATOR は、何度かメンバーチェンジと試行錯誤を繰り返し 徐々にオリジナルの楽曲とサウンドアイディアで LIVE 活動が始まったのが90年代ももうすぐ終わる頃。 2000年に1st 12 inch Vinyl 「Promise Land/More Spilitual」を〈Reproduction Outernational〉レーベルからリリース.。この音源と DIRECT DUB MIX を取り入れた LIVE が注目される。
 2001 年 6月 1st CD mini album “BREAKOUT FROM BABYLON”をFlying Highレーベルから発表。 同年 FUJI ROCK FESTIVAL (RED MARQUIE)にも出演を果たした。また、 UK SOUND SYSTEM の重鎮 ABA SHANTI」の東京公演や、IRATION STEPPERS, ZION TRAIN の東京公演のフロントアクトを務めるなどLIVE も活発化し、2003年3月 2nd CD album 『Voice Of Love』 をリリース。 2004 年にこれらのシングル・カットとして 「Hear the voice love / In My Own / Freedom of reality」と 「Aka-hige /Spanish town」を発表した後、残念ながら活動を休止となった。


■Cultivator - 『Voice of Love』 レコードリリースについて
 Bim One Production / Riddim CHango Recordsの1TAによる、国産ルーツ/Dubの魅力を再評し新たな視点を深堀りするべくスタートするレーベル〈Rewind Dubs〉が始動!
 記念すべき第一弾は、2003年発表のCultivatorの名作CDアルバム『Voice of Love』 をLPアナログ用にリマスターした復刻盤! 本作は昨年惜しくもこの世を去ってしまった同バンドのフロントマン、Ras Dasherをトリビュートした限定300枚の再発作品である。
https://rewinddubs.bandcamp.com/releases

■ Voice of Love / Cultivatorオリジナルロゴ復刻T-シャツ販売決定
限定枚数販売!お見逃しなく!

Ras Dasher - Voice of Love T-Shirts (White / Black)
Cultivator Logo T-Shirts (Black)
M / L / XL / 2XL
¥3,000

R.I.P. Pharoah Sanders - ele-king

 2022年9月24日、ファラオ・サンダースが永眠した。享年81歳。昨年フローティング・ポインツとの共作『Promises』をリリースした〈ルアカ・バップ〉からのツイッターでニュースが拡散されたが、終の棲家のあるロサンゼルスで家族や友人に看取られて息を引き取ったということで、おそらく老衰による死去だったと思われる。享年81歳というのは、2年前に他界した交流の深い巨星マッコイ・タイナーと同じで、短命が多いジャズ・ミュージシャンの中でも比較的高齢まで活動したと言える。
 ジャズの歴史のなかでも間違いなくトップ・クラスのサックス奏者ではあるが、長らく正当な評価がなされてこなかったひとりで、日本においても長年あまりメジャーなジャズ・ミュージシャンという扱いは受けてこなかった。フリー・ジャズや前衛音楽の畑から登場してきたため、ある時期までは異端というか、アンダーグラウンドな世界でのカリスマというレッテルがつきまとってきた。ただし、1980年代後半からはクラブ・ジャズやレア・グルーヴの世界で若い人たちから再評価を受けると同時に、バラード奏者としても開眼し、かつてのフリー・ジャズの闘士という側面とはまた異なる評価を得ることになる。

 私自身もフュージョンとかを除いたなかでは、マイルス・デイヴィスでもジョン・コルトレーンでもなく、ファラオ・サンダースが初めてのジャズ体験だった。1990年ごろだと思うが、それまでロックにはじまってヒップホップとかハウスとかクラブ・ミュージックを聴いて、そこからソウルやファンクなども掘り下げていったなか、ファラオの “You’ve Got To Have Freedom” をサンプリングした曲から原曲を知り、それからファラオの世界にハマっていった。“You’ve Got To Have Freedom” はいまだ自分にとっての聖典であり、ジャズという音楽の尊さや気高さ、自由というメッセージに溢れた曲だと思う。
 フリー・ジャズというタームではなく、スピリチュアル・ジャズという新たなタームが生まれ、いまはカマシ・ワシントンなどがそれを受け継いでいるわけだが、その源流にいたのがファラオ・サンダースであり、現在のサウス・ロンドンのシャバカ・ハッチングスにしろ、ヌバイア・ガルシアにしろ、多くのサックス奏者にはファラオからの影響を感じ取ることができる。サックスという楽器にとらわれなくても、音楽家や作曲家としてファラオというアーティストが与えた影響は計り知れないだろう。

 改めてファラオ・サンダースの経歴を紹介すると、1940年10月13日に米国アーカンソー州のリトル・ロックで誕生。クラリネットにはじまってテナー・サックスを演奏し、当初はブルースをやっていた。1959年に大学進学のためにカリフォルニア州オークランドへ移り住み、デューイ・レッドマン、フィリー・ジョー・ジョーンズらと共演。その後1962年にニューヨークへ移住し、本格的にジャズ・ミュージシャンとして活動をはじめる。最初はハード・バップからラテン・ジャズなどまで演奏していたが、サン・ラー、ドン・チェリー、オーネット・コールマン、アルバート・アイラー、アーチー・シェップらと交流を深め、フリー・ジャズに傾倒していく。
 そうしたなかでジョン・コルトレーンとも出会い、1965年に彼のバンドによる『Ascension』へ参加。コルトレーンのフリー宣言と言える即興演奏集で、マッコイ・タイナーやエルヴィン・ジョーンズら当時のコルトレーン・グループの面々のほか、アーチー・シェップ、マリオン・ブラウン、ジョン・チカイら次世代が競演する意欲作であった。これを機にジョン・コルトレーンはマッコイやエルヴィンとは袂を分かち、夫人のアリス・コルトレーンやラシッド・アリらと新しいグループを結成。ジョンと師弟関係にあったファラオも参加し、1967年7月にジョンが没するまでグループは続いた。

 コルトレーン・グループ在籍時の1966年、ファラオは2枚目のリーダー作となる『Tauhid』を〈インパルス〉からリリース。“Upper Egypt & Lower Egypt” はじめ、エジプトをテーマとしたモード演奏と即興演奏が交錯し、自身の宗教観を音楽に反映した演奏をおこなっている。ファラオの演奏で特徴的なのは狼の咆哮とも怪鳥の叫びとも形容できる甲高く切り裂くようなサックス・フレーズで、高度なフラジオ奏法に基づきつつ、内なる情念や熱狂を吐き出すエネルギーに満ちたものだが、すでにこの時点で完成されていたと言える。
 コルトレーン没後はショックのあまり暫く休止状態にあったが、未亡人であるアリス・コルトレーンのレコーディングに参加するなどして徐々に復調し、1969年に〈ストラタ・イースト〉から『Izipho Zam』を発表。1964年に夭逝したエリック・ドルフィーに捧げた作品集で、ファラオにとって代表曲となる “Prince Of Peace” を収録(同年の『Jewels Of Tought』では “Hum-Allah-Hum-Allah-Hum-Allah” というイスラム経典のタイトルへ変えて再演)。シンガーのレオン・トーマスと共演した作品で、当時の公民権運動やベトナム戦争に対する反戦運動にもリンクするメッセージ性のこめられたナンバーである。ある意味でスピリチュアル・ジャズの雛型のような作品で、現在のブラック・ライヴズ・マターにも繋がる。

 レオンとのコラボは続き、同年の『Karma』でも代表曲の “The Creator Has A Master Plan” を共作。彼らの宗教観とアフリカへの回帰、アフロ・フューチャリズム的なメッセージが込められたナンバーだが、こうしたアフリカをはじめ、アラブ、インド、アジアなどの民族色を取り入れた作風が1960年代後半から1970年代半ばにおけるファラオの作品の特徴だった。1970年代前半から半ばは〈インパルス〉を舞台に、『Deaf Dumb Blind-Summun Bukmun Umyunn』『Black Unity』『Thembi』『Wisdom Through Music』『Village Of The Pharoahs』『Elevation』『Love In Us All』などをリリース。『Wisdom Through Music』と『Love In Us All』で披露される名曲 “Love Is Everywhere” に象徴されるように、愛や平和を表現した楽曲がたびたび彼のテーマになっていく。
 また、『Elevation』で顕著なインド音楽のラーガに繋がる幻想的な平安世界も、ファラオの作品にたびたび見られる曲想である。グループにはロニー・リストン・スミス、セシル・マクビー、ジョー・ボナー、ゲイリー・バーツ、ノーマン・コナーズ、ハンニバル・マーヴィン・ピーターソン、カルロス・ガーネットなどが在籍し、それぞれソロ・ミュージシャンとしても羽ばたいていく。彼らは皆スピリチュアル・ジャズにおけるレジェンド的なミュージシャンたちだが、ファラオのグループで多大な影響や刺激を受け、それぞれの音楽性を発展させていったと言える。

 1970年代後半にはフュージョンにも取り組む時期もあったが、〈インディア・ナヴィゲーション〉へ移籍した1977年の『Pharoah』では、1960年代後半から1970年代初頭に見せた無秩序で混沌とした演奏から変わり、水墨画のように余計なものをどんどん削り、ミニマルに研ぎ澄ましてく展開も見せている。時期的にはブライアン・イーノがアンビエントの世界に入っていった頃でもあり、もちろんファラオ本人にそうした意識はなかっただろうが、ある意味でそんなアンビエントともリンクしていたのかもしれない。
 そして1979年末に再びカリフォルニアへと拠点を移し、〈テレサ〉と契約して心機一転した作品群を発表する。その第一弾が『Journey To The One』で、前述した “You’ve Got To Have Freedom” を収録。フリー・ジャズやフュージョンなどいろいろなスタイルを通過したうえで、再び原点に立ち返ったようなネオ・バップ、ネオ・モードとも言うべき演奏で、かつての〈インパルス〉時代に比べ軽やかで、どこか吹っ切れたような演奏である。ピアノはジョー・ボナー、ジョン・ヒックスというファラオのキャリアにとって重要な相棒が、それぞれ楽曲ごとに弾き分けている。
 1981年の『Rejoice』は久々の再会となるエルヴィン・ジョーンズほか、ボビー・ハッチャーソンらと共演した作品で、女性ヴォイスや混成コーラスが印象的に用いられた。同年録音の『Shukuru』ではヴォイスやコーラスとストリングス・シンセを多層的に用い、ジャズに軸足を置きながらもニュー・エイジやヒーリング・ミュージックに繋がる世界を見せる。一方で1987年の『Africa』では、アフリカ色の濃いハイ・ライフ的な演奏からモード、バップ、フリーと幅広く演奏しつつ、バラードやスタンダードなどそれまであまり見せてこなかった世界にも開眼。穏やかだが情感溢れる演奏により、これ以降はバラードの名手としての評価も加わるようになり、1989年の『Moon Child』、1990年の『Welcome To Love』といったアルバムも残す。

 このように正統的なジャズ・サックス奏者としての地位も確立する一方で、1987年の『Oh Lord, Let Me Do No Wrong』ではレゲエを取り入れた演奏も見せるなど、つねに新しいことに対する意欲や探求心を持って演奏してきたミュージシャンである。1990年代以降はクラブ・ミュージックの世代から再評価されたことを自身でも受け、ビル・ラズウェル、バーニー・ウォーレル、ジャー・ウォブルらと共演した『Message From Home』『Save Our Children』を発表している。日本のスリープ・ウォーカーから、ロブ・マズレクらシカゴ/サン・パウロ・アンダーグラウンドなど、国、世代、ジャンルの異なるミュージシャンとの共演も盛んで、そうしてたどり着いたのが遺作となってしまったフローティング・ポインツとの『Promises』であったのだ。文字通り死ぬまでボーダーレス、ジャンルレス、エイジレスで自由な活動を続けた稀有なミュージシャンだった。

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