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Florist

Florist

The Birds Outside Sang

Double Double Whammy

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橋元優歩   Jan 28,2016 UP

 その歌や録音について、「ヘタうま」と表現することはたやすい。あるいはちょっとふくみを持たせるようにして、「サイケデリックな」とか「アウトサイダー的な」と表現すると落ち着きがいいかもしれない。だけど、スキルでもアイディアでもない、おのれを張ってそのままの音が、ときおり世界をつき破ってわれわれの目と平凡をおびやかすのだということを──たとえばダニエル・ジョンストンを、たとえばディアハンターのブラッドフォード・コックスを──私たちは知っているし、その意味で、フロリストの『ザ・バーズ・アウトサイド・サング』もまた得がたいアルバムであるように感じられる。

 ほそぼそと、声帯のふるえもたよりなく紡がれる女の子の歌、そこにごくひかえめに伴奏するフォーク・ギター、テレコかなにかで一発録りしたようなローファイなトラック“ダスト・インサイド・ザ・ライト”などは、あまりに隙間が多くて心細い。何かに支えられてやっと立っているような、あるいは何かの支えを取られてからくも立っているような……そのくらくらするような揺らぎに、息も詰まるような緊張がある。

 マイクロフォンズに比較されているのもうなずけるし、〈K〉などオリンピアの2000年代黎明を彩った懐かしいバンドやアーティスト、あるいは先述のダニエル・ジョンストンなどに系譜づけても的外れではないようなローファイ・ポップだ。さもなければ、アワ・ブラザー・ザ・ネイティヴのようなエクスペンタリズム、グルーパーのような音のとなりに並べることもできる。一方で、現在ではくすんでしまったが、〈モール・ミュージック〉の中のインディ・ポップ・サイドや〈カラオケ・カーク〉のような温かみある音の中に、あるときはオルガンが、あるときはギターが、そして穏やかなノイズを含んだ静寂が溶け込んでいる。舌足らずというよりも、喉ができていないというようなヴォーカルのイノセンスが、そこにおそろしいほどのインパクトを加える。

 そこまで聴いて知ったことには、この歌い手エミリー・スプレーグは、ある悲しむべき事故のために若くして身体に障がいを負ってしまった人だという。そうすると、とたんに安易な比較は不適切な、なにか浅慮きわまりないものという非難を受ける気がしてくるし、同時にこの、いつぷっつり切れてしまってもおかしくないような、それでいて、たとえば信仰のように──いかに細くても無限に強くあるというような歌の姿に、「不幸な出来事が彼女にこうした作品をつくらせたのだ」と、すーっとわかりやすい説明をつけてしまいそうで、知らないで聴き終えたかったような気持ちにもなる。この音楽に崇高さを与えているものは、その境遇にすぎないのか──?

 つまり、スプレーグがこうした経験をもたなくても同じような歌を歌っただろうかという疑問だが、実際のところはそうした問いにはあまり意味がない。剥き出しの表現をすることは、境遇をあからさまにすることとは違うからだ。けれど、それでもジャケットのアートワークは裏書きするだろう。ベッド、窓、光、ドア、これはきっとそれだけでできた場所、つまり療養するための部屋に生まれた音楽なのだろうということを。好んでベッドルームに引き籠ったひとの音楽ではなく、ベッドルームに籠らざるを得なかったひとが外を眺めて歌った歌ではないかという想像を。そしてこの作品ににわかにもうひとつの表情をつけ加える。

 フロリストは、そのエミリー・スプレーグによるユニットで、17歳から作曲や作品の発表をはじめた彼女は、ブルックリンを拠点にバンドとともに自身の曲のレコーディングを進めていた。しかしデビュー・アルバムとなる本作がリリースされるには、不幸なことをはさんで2年の月日が要された。音をつくっているのは彼女だけではないが、“ア・ホスピタル+クルシフィックス・メイド・オブ・プラスティック”などの曲名や前掲のジャケットからは、彼女に起こったことが彼女の視点から歌われていることが率直に表れている。“1914”などのように、合唱というか唱導のように複数人のコーラスが入ってくるとき、スプレーグは主体でありながらその祈りの対象ですらあるように感じるだろう。

 文脈で聴かれるものではないがゆえに、野草のようにひっそりとした作品だけれど、とてもすばらしい作品だ。影送りの影のようにくっきりと、歌い手が見ていたはずの窓の光を感じることができる。それは彼女が彼女にとっての主人公であることを知らしめる光であり、当然、「ヘタ」も「うまい」も超えている。

橋元優歩