ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Galen & Paul - Can We Do Tomorrow Another Day? | ポール・シムノン、ギャレン・エアーズ
  2. KLF KARE. ——ザ・KLFが介護をサポートする!?
  3. interview with Shinya Tsukamoto 「戦争が終わっても、ぜんぜん戦争は終わってないと思っていた人たちがたくさんいたことがわかったんですね」 | ──新作『ほかげ』をめぐる、塚本晋也インタヴュー
  4. Zettai-Mu “KODAMA KAZUFUMI Live in Osaka 2023” ──大阪のロングラン・パーティにこだま和文が登場
  5. Columns 11月のジャズ Jazz in November 2023
  6. Lost New Wave 100% Vol.1 ——高木完が主催する日本のポスト・パンクのショーケース
  7. Oneohtrix Point Never - Again
  8. yeule - softscars | ユール
  9. DETROIT LOVE TOKYO ──カール・クレイグ、ムーディーマン、DJホログラフィックが集う夢の一夜
  10. Philip K. Dick ——もういちどディックと出会うときが来た——『壊れゆく世界の哲学 フィリップ・K・ディック論』刊行記念トークショー
  11. 『壊れゆく世界の哲学 フィリップ・K・ディック論』 - ダヴィッド・ラプジャード 著  堀千晶 訳
  12. interview with Gazelle Twin UKを切り裂く、恐怖のエレクトロニカ  | ガゼル・ツイン、本邦初インタヴュー
  13. AMBIENT KYOTO 2023最新情報 ──撮りおろしの作品動画が期間限定公開、コラボ・イベントも
  14. Ezra Collective ──UKジャズを牽引する一組、エズラ・コレクティヴの東京公演が決定
  15. CS + Kreme, Kassem Mosse, livwutang & YPY ──ファッション・ブランド〈C.E〉による年内最後のパーティが開催
  16. interview with (Sandy) Alex G 塩と砂糖の誘惑  | (サンディー)・アレックス・G、インタヴュー
  17. interview with JUZU a.k.a. MOOCHY 生き方を求めて  | ムーチー、インタヴュー
  18. interview with Evian Christ 新世代トランスの真打ち登場  | エヴィアン・クライスト、インタヴュー
  19. Ezra Collective - Where I’m Meant To Be  | エズラ・コレクティヴ
  20. Columns JPEGMAFIA『Veteran』の衝撃とは何だったのか

Home >  Reviews >  Album Reviews > Richard Dawson & Circle- Henki

Richard Dawson & Circle

FolkRock

Richard Dawson & Circle

Henki

Domino/ビート

木津毅   Dec 15,2021 UP

 ここ5年ほどの間のエレキングで紹介されていた音楽のなかで、自分にとって最大の発見のひとつがリチャード・ドーソンだった。人びとから忘れ去られていたフォークロアを土から掘り起こして手製の火鍋でグツグツ煮こんだような『Peasant(小作人)』(2017)は時代が時代ならフリーク・フォークと呼ばれていたかもしれないが、そう呼ぶときの神秘的な雰囲気よりももっと煤けた人間臭さがあったし、中世をコンセプトにしたという奇抜な発想にもたちまち惹きつけられた。サウンド的にもストーリーテリング的にも独特すぎて時代錯誤なのか時代超越的なのかもよくわからない、聴けば聴くほどに彼が作り上げる世界へと迷いこむ感覚があったのだ。
 あるいは、2019年の個人的なベスト・ソング “Jogging” (『2020』収録)は鬱をテーマにした曲で、メンタル・ヘルスの改善のためにジョギングをはじめた小市民のぼやきが語られる。そこで描写される彼の憂鬱は曖昧なものだが、どうやらその原因のひとつに近所のクルド人家族の家に嫌がらせがおこなわれ、警察もそれをほったらかしにしていることがあるのがわかってくる。社会に対する無力感が根にあるのだ。そしてドーソンは間延びした声で歌うのである、「あー、ぼくはパラノイアに違いない」と。パブ・ロックを演奏しようとしたおじさんが酔っぱらいすぎた結果、ハード・ロックとシンセ・ポップをごちゃ混ぜにしたような音で。そんな風に、ドーソンの歌は小さな人間たち──それは現代人の場合も過去の人間の場合もある──の人生の虚しさや悲しさをつぶさに描きつつも、絶対にユーモラスな語りと音を手放さない。

 本作はそんな異色のシンガーソングライターたるリチャード・ドーソンとフィンランドのロック・バンドであるサークルのコラボレーション・アルバムだ。オルタナティヴ・メタル・バンドだと紹介されていることの多いサークルのことをまったく知らなかったので何作か聴いてみたが、サイケデリックなフォーク・アルバムがあったり、かと思えば激ヘヴィなギター・ロック・アルバムがあったりして正体がよくわからない。が、メタルというよりプログレ・バンドと呼ぶほうがまだ近い感じがあり(アヴァン・ロックと呼ばれたりも)、その雑食性からドーソンと馬が合ったのかもしれない。
 そして本作『Henki』は、風変りな者同士の組み合わせを存分に楽しむように、ありとあらゆるところに脱線が仕込まれた奇天烈なロック・アルバムになっている。オープニングの “Cooksonia” はドーソンらしいユルく脱臼したフォーク・チューンながら、“Ivy”、“Sliphium” と進めばハード・ロック、クラウト・ロック、ジャズ・セッションとコロコロと展開を変えていく。メタル・バンドらしく(?)シアトリカルな意匠も多く、そのなかで、もともとオクターヴを行ったり来たりするドーソンの素っ頓狂な歌唱がより大仰に炸裂する。そしてその様が……ものすごく笑える。海外の評にはノイ!とジューダス・プリーストが同居しているなんて書かれているものもあり、字面だけ見るとそんなバンドあってたまるかと思うけれど、実際に存在すると可笑しくて仕方ない。シングル曲 “Methuselah” でドーソンがハイトーンで絶唱すれば、ここぞというタイミングでギター・ソロがギュイギュイ鳴らされ、自分のなかに存在していなかったはずのハード・ロック魂が燃え盛りそうになる。ロックのクリシェをパロディでやっているのか本気でやっているのか掴みかねるところがあり、だんだんそれが気持ちよくなってくるのである。

 その “Methuselah” は世界最古の木を発見しようとする男の物語とのことで、ある意味では、気候変動についての歌として読むこともできるかもしれない。意識の高いメインストリームのポップ・シンガーが気候変動について歌うことも珍しくない現在にあっても、ドーソンの語りはやっぱり、ずば抜けて変だ。ただ、その示唆に富んだストーリーテリングは聴き手の想像力を掻き立てるところがある。アルバム・タイトルの「Henki」はフィンランド語で「精神、霊」の意味で、曲名はすべて植物の名前がつけられられているそうだが、たとえばアルバム中では存外に叙情的なジャズ・ロック・ナンバー “Silene” は3万年以上前にリスが埋めた種がロシアの研究者の手によって発芽したという逸話がモチーフになっているという。なぜドーソンはそんな妙な話を引っ張ってくるのか? わからない。わからないがしかし、植物をテーマにすることによって、人間の営みのちっぽけさを表そうとしたのではないかと自分には思える。ドーソンの歌には、そうだ、いつも人間の存在そのものの物悲しさが張りついている。
 それでも、アルバムのラスト3曲──“Methuselah”、“Lily”、“Pitcher” を続けて聴き、オペラ的にドラマティックな歌唱まで飛び出してくる頃には大笑いしてしまう。語りも面白いが、何より音がユーモラスなのだ。サウンドそのもので笑わせてくれる音楽は貴重だし、飄々とした逸脱というか、常識から大幅に外れるひとたちがナチュラルに朗らかな表現を達成している様は胸がすくものがある。このエキセントリックなロック音楽には、主流を外れてしまう人間を愉快な気持ちにさせる力が秘められているから。

木津毅