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シェシャは〈プリンシペ〉異色の存在であるか?
という問いに対して、YESの理由を見つける方が一見、容易いだろう。
アフリカ系移民たちが多く暮らすリスボン郊外において独自に進化・発展したクラブ・サウンドを特長とし、クドゥーロやキゾンバを創作起点とするDJが多いこのポルトガルのレーベルの中で、彼女は自身の音楽をアンビエント、そしてアフロ・フューチャリズムと定義する。そして彼女は〈プリンシペ〉が契約した2人目の女性アーティストでもある(ちなみに1人目はすでにその地位を確立しているニディア。厳密に言えば、ナイアガラも女性メンバーを含んでいるが)。FL Studioで独自に楽曲制作を始めた点に関しては他のDJ達同様だが、リスボンで宝飾加工を学んだ後、ロンドンのギルドホール音楽演劇学校でアート・プロダクションを専攻していたアカデミックな経歴も、彼女の独自性を強めている。
サントメ・プリンシペ出身の両親の元、リスボンのキンタ・ドス・モショス地区(〈プリンシペ〉の象徴的存在、DJマルフォックスをはじめ多くの所属DJたちが暮らす場所だ)で育ったシェシャが、初作『Vibrações de Prata』から2年を経てリリースしたのがこの『Kissom』である。「Kiss+Som(ポルトガル語で「音」の意)」という言葉遊び以外に、彼女が人からよく尋ねられる「この音楽はなに(“Que som é este?”)」という質問にも由来するという。活動当初彼女はその問いに対して、エレクトロ・ミュージック以上の明確な答えを持っていなかったが、2022年半ばにアフロ・フューチャリズムという概念に出会ったこと、そしてロンドンでの生活を通してナイジェリアや南アフリカなどポルトガルにはない他のアフリカ系ディアスポラに出会ったことが、自身のアイデンティティ、ひいては創作に大きく影響をもたらしているようだ。
そういった経験を経てか今作では、前作もしくはそれ以前の活動で生まれたアイディアを、シェシャ自身がより確信を持って具現化している印象。リズムの存在感が高まったことで全体的にサウンドの奥行きがぐっと増しており、本人の声の使い方にも変化が見られる。前作にも “Silver” や “Assim” など自身のヴォーカルに多重エフェクトをかけたトラックはあったが、今作では “Txê” やタイトル・トラック “Kissom” など、ヴォーカルがより自然にメロディやリズムにサウンドスケープの一要素として組み込まれている。実際、本人も Rimas & Batidas へのインタヴューで、ロンドンでロレイン・ジェイムスのパフォーマンスを観て「声をリズムに使っていいんだ? 自分の声をサンプルとして使っていいんだ?」と気付きを得た、と語っている。
そしてアルバムの前半のハイライト、「わたしの心は激しく恋に落ちている」のフレーズで始まる、ロマンティックな “Kizomba 003”。先行シングルでもあるこの曲は、タイトル通りリーンにまとめられたキゾンバで、恋愛関係の間で揺れ動く感情の波の表現が美しい、ヒプノティックな曲だ。そして歌詞を聴き進めると、これが女性から女性に向けられた恋の歌であることがわかる(「素敵な娘/甘美な褐色の肌/でもそんなことはもう知ってるでしょ」)。一般的にキゾンバは男性から女性に向けた曲が多いため、女性による女性のための曲を作ることで、キゾンバを社会的な視点から解体したかった──とは同上のインタヴューでの彼女の発言。こういったあらゆる側面で本質を捉えようとする姿勢からも、理論と実践の両面から表現活動にアプローチする彼女の作品は、極めて思考的かつ意識的な自己規範によって結実したものだといえるだろう。
以前、DJマルフォックスにインタヴューしたことがある。「プリンシペ・ファミリーに加入するためには何が必要か?」という質問に対する彼の答えは以下の通りであった。
「音楽、人間性、そして魂。そいつの作る音楽に魂がこもっているかどうか、だね。それが何よりも一番大事。音楽を作って、作って、作り続けること」
彼の言う「音楽を作り続ける」とは SoundCloud に音源をアップロードすることや、クラブでDJすることに留まらない。彼が「ゲットーを美術館に持ち込む」をスローガンに欧州各地の美術館で行っているインスタレーションは、昨年シェシャがグルベンキアン美術館で開催していた20世紀初頭のリスボンにおける黒人女性をテーマにした展(“SÍNCOPES”)とも重なる。彼女が自身を「多領域で活動するアーティスト(Multidisciplinary Artist)」と称し、コンフォート・ゾーンに留まることをよしとせず、創作活動全般において模索と思考を続ける姿勢も、〈プリンシペ〉の本質的なフィロソフィーや、レーベルとしての道筋とも同じ流れに属するものだろう。『Kissom』は〈プリンシペ〉を代表するディスコグラフィーに必ず入る、そしてアンビエントとアフロ・フューチャリズムを語る上で欠かせない一枚になるはずだ。2025年重要作。
山口詩織