ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. interview with xiexie オルタナティヴ・ロック・バンド、xiexie(シエシエ)が実現する夢物語
  2. Chip Wickham ──UKジャズ・シーンを支えるひとり、チップ・ウィッカムの日本独自企画盤が登場
  3. Natalie Beridze - Of Which One Knows | ナタリー・ベリツェ
  4. 『アンビエントへ、レアグルーヴからの回答』
  5. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  6. VINYL GOES AROUND PRESSING ──国内4か所目となるアナログ・レコード・プレス工場が本格稼働、受注・生産を開始
  7. Loula Yorke - speak, thou vast and venerable head / Loula Yorke - Volta | ルーラ・ヨーク
  8. interview with Chip Wickham いかにも英国的なモダン・ジャズの労作 | サックス/フルート奏者チップ・ウィッカム、インタヴュー
  9. interview with salute ハウス・ミュージックはどんどん大きくなる | サルート、インタヴュー
  10. Kim Gordon and YoshimiO Duo ──キム・ゴードンとYoshimiOによるデュオ・ライヴが実現、山本精一も出演
  11. Actress - Statik | アクトレス
  12. Cornelius 30th Anniversary Set - @東京ガーデンシアター
  13. 小山田米呂
  14. R.I.P. Damo Suzuki 追悼:ダモ鈴木
  15. Black Decelerant - Reflections Vol 2: Black Decelerant | ブラック・ディセレラント
  16. Columns ♯7:雨降りだから(プリンスと)Pファンクでも勉強しよう
  17. Columns 6月のジャズ Jazz in June 2024
  18. Terry Riley ——テリー・ライリーの名作「In C」、誕生60年を迎え15年ぶりに演奏
  19. Mighty Ryeders ──レアグルーヴ史に名高いマイティ・ライダース、オリジナル7インチの発売を記念したTシャツが登場
  20. Adrian Sherwood presents Dub Sessions 2024 いつまでも見れると思うな、御大ホレス・アンディと偉大なるクリエイション・レベル、エイドリアン・シャーウッドが集結するダブの最強ナイト

Home >  Columns > R.I.P. フィリップ・シーモア・ホフマン- Philip Seymour Hoffman (1967-2014)

Columns

R.I.P. フィリップ・シーモア・ホフマン

R.I.P. フィリップ・シーモア・ホフマン

Philip Seymour Hoffman (1967-2014)

木津 毅 Feb 10,2014 UP

 『ブギーナイツ』(97)は70年代終わりのポルノ業界を舞台にしており、そこでは雑多な人間が集まって形成する擬似家族的なコミュニティが描かれている。それぞれの事情でカタギの生き方を外れてしまった人間たちの、かろうじて彼ら同士をつなぎ止める何かを。いまキャストを見返すと、ジョン・C・ライリー、ウィリアム・H・メイシー、アルフレッド・モリーナ、ルイス・ガスマン……ああ、最高の脇役俳優たちが山ほど出ているではないか。そこにフィリップ・シーモア・ホフマンもいた。それは僕がようやくロウ・ティーンと呼べる年代に差し掛かった頃にこっそりとはじめて観たR-18映画であり、そこでその男はあまりに哀れな、しかし正体不明の愛らしさを備えたゲイ青年を演じていた。現実の世界よりも海の外の映画のなかに「彼ら」を探していた自分は、その男の存在、彼の悲しさに目を奪われずにはいられなかったのだ。色白でムチムチした体格の、タンプトップ姿の青年に。
 シーモア・ホフマンは『マグノリア』(99)にも出ていた。それは『ブギーナイツ』に続いて、ポール・トーマス・アンダーソンという次世代のアメリカを映画を担っていくことが約束された若き才能の野心が爆発した一本で、ひとりで映画館まで観に行った中学生の僕は、この監督と未来をともにできることを予感して誇らしく思ったものだ。事実、『パンチドランク・ラブ』(02)というチャーミングで小さな一本を撮ったアンダーソンは、(シーモア・ホフマンは出演していないけれども)映画史に残る傑作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)をモノにしたあと、『ザ・マスター』(12)では巨匠然とした風格すら漂わせている。そして、それはフィリップ・シーモア・ホフマンの存在そのものによって支えられた映画でもあった。アンダーソンの次作はトマス・ピンチョン原作の『LAヴァイス』だ、輝かしい未来はなお、約束されている……。
 それなのに彼と出会ってわずか15年、僕はただ動揺し、うろたえ、混乱を抑えることができない。これから先、ポール・トーマス・アンダーソンの映画にフィリップ・シーモア・ホフマンの姿がないなんて、そんなことがあり得るのだろうか?

 もちろん、アンダーソンとの最高のタッグ以外でも、その男はさまざまな人物に毎度生まれ直すように扮してみせた。しかし振り返ってみれば、『ハピネス』(98、トッド・ソロンズ)のオナニー野郎にしても、『フローレス』(99、ジョエル・シューマカー)の愛情に満ちたトランスジェンダーにしても、あるいはトルーマン・カポーティの独特の発話を会得しオスカーを手にした『カポーティ』(05、ベネット・ミラー)にしても、この世の生きづらさに肩身を狭くしているような、自身のなかの複雑さに身動きが取れないような、どうにも具合の悪そうな人間ばかりを演じてきたように思える。レスター・バングスになって主人公を導いた『あの頃ペニー・レインと』(00、キャメロン・クロウ)では、自分たちのことをアンクールだと定義して、だからこそ観客たる僕たちを映画へと向き合わせた。主演した『脳内ニューヨーク』(08、チャーリー・カウフマン)は、自身の内面に降りて行けば行くほど人格も人生も分裂していくような、まさにシーモア・ホフマンにしか纏えない滑稽さと侘しさを孕んだ作品だった。
 映画のなかのシーモア・ホフマンの不恰好さや不具合や哀れさを思うとき、彼の死因がヘロインのオーバードーズだという報は、あまりにもいたたまれないものだ。けれどもそれは、僕たちには理解できない特別な問題を彼が抱えていたことを示しているわけではないように、自分にはどうしても感じられてしまう。なぜなら、そのアンクールさ、その悲しさは、僕たちが身に覚えのあるものばかりだからだ。一貫してスターではなくアクターであり続けたその男は、スクリーンこそが生き場所だった。だとすれば、画面のなかに彼を見る僕たちも、そこに自分の居場所を与えられていたのだろう。

 この20年間のアメリカ映画を観てきた人間にとって彼は、気がつけば身内のような存在になっていた。まさか、こんな別れ方をするとは誰も思っていなかったよ。誰も。スクリーンのなかで老いていくはずだった僕らの大切な友人は、もう永遠に喪われてしまった。プリーズ、レスト・イン・ピース、フィリップ・シーモア・ホフマン。僕たちはせめて、時間とフィルムを巻き戻そう。あの、なんとも居心地の悪そうな笑顔が再生されるはずだ。



私の好きなフィリップ・シーモア・ホフマン

天野龍太郎
1. パンチドランク・ラブ(02)
2. ザ・マスター(12)
3. ブギーナイツ(97)
4. カポーティ(05)
5. ポリー my love(04)

木津毅
1. ブギーナイツ(97)
2. ハピネス(98)
3. ザ・マスター(12)
4. マグノリア(99)
5. あの頃ペニー・レインと(00)

松村正人
1. 脳内ニューヨーク(08)
2. ハピネス(98)
3. ブギーナイツ(97)/マグノリア(99)
4. チャーリー・ウィルソンズ・ウォー(08)
5. あの頃ペニー・レインと(00)

三田格
1. 脳内ニューヨーク(08)
2. パンチドランク・ラブ(02)
3. ハピネス(98)
4. あの頃ペニー・レインと(00)
5. カポーティ(05)

Profile

木津 毅木津 毅/Tsuyoshi Kizu
ライター。1984年大阪生まれ。2011年web版ele-kingで執筆活動を始め、以降、各メディアに音楽、映画、ゲイ・カルチャーを中心に寄稿している。著書に『ニュー・ダッド あたらしい時代のあたらしいおっさん』(筑摩書房)、編書に田亀源五郎『ゲイ・カルチャーの未来へ』(ele-king books)がある。

COLUMNS