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Columns

ノルウェーのオイヤ・フェスティヴァル 2024体験記(後編)

ノルウェーのオイヤ・フェスティヴァル 2024体験記(後編)

Øya Festival 2024 / オイヤ・フェスティヴァル 2024

オスロ、トイエン公園 2024年8月7~10日
https://www.oyafestivalen.no/

木津 毅 Oct 09,2024 UP

 空が澄んでいる。8月7日午後、僕は緑豊かなトイエン公園でノルウェーの夏を満喫していた。日本のサマー・フェスが温暖化に伴って年々危機的な状況に直面している一方で、北国は夏の野外イヴェントには最高の気候だ。とにかく心地いい。さっそくビールを買いに行くと、1杯125クローネ(約1700円)。…………。まあいっか! この開放感を躊躇していられない。

 前夜の〈Club Øya〉を腰が動かなくなるまで楽しんだのちにオイヤ・フェスティヴァル本番を迎えたわけだが、まず驚いたのが会場の近さだ。僕が宿泊していた街の中心地にあるホテルから地下鉄で2駅、ほんの5分ほどで着いてしまう。自転車やキックボードで来ているひとも多く、そういう意味でも環境負荷の少ない大型イヴェントになっているという。
 会場は思っていたより小さく、15分もあれば会場全体を歩き回れるくらいの規模感だ。ステージ間は2、3分で歩ける距離にあるので、隣同士のステージの時間をずらしてタイムテーブルが組んである。つまり、ひとつのアクトを見終えたらすぐに次のアクトを観られる状態なので、歩き回らなくても気軽に次々ライヴを楽しむことができる。天気に恵まれたということもあるけれど、正直に言って、これまで参加してきた音楽フェスでもっとも楽な環境だと感じた。ポンチョと上着とレジャーシートをバッグに突っこんでさえいれば、街の公園にリラックスしに来た感覚そのままで過ごせるのだ。


Øya 会場


Øya 会場

 ゴミの分別や資源の回収に力を入れているだけでなく、無駄なゴミが発生しないようにスポンサーには試供品の提供を禁止し、使い捨てプラスティックも禁止。トイレの排泄物ですら地域暖房のためにリサイクルに回しているそうだ。会場で売られているフードもオーガニックなものの割合を増やすよう努めている。また、近年の音楽フェスで議題となっているジェンダー・バランスの問題にも10年以上取り組んでおり、すべてのステージでアーティストの男女比をほぼ半々にしていることを発表している。こうした北欧らしい(と感じられる)「意識の高さ」は、しかし、実際に会場で過ごしていると無理している感じがしない。フェスティヴァル側が啓発的に上から目線でそういう取り組みをおこなっているというより、街ないしは社会全体にそうした意識が行き届いていて、参加者の想いに応えているような自然さが感じられるのだ。環境や他者に配慮することは、自分の心を整えることでもあるのだと。


Øya 会場


Øya 会場

 会場内にパートナーシップを組んでいるというLGBTQの権利を訴えるオスロ・プライドのブースがあったので、話を聞いてみた。このタッグは昨年オスロの歴史あるゲイ・クラブにテロ行為があったことに対するリアクションとして実現したそうで、プライド・イヴェントをプロモートすると同時に参加者に対してグリッターのフェイスペイント・サーヴィスをおこなっているという。そうしたテロ行為が起きることもあるし、世界中と同じようにトランスフォビアは問題だし、差別主義者は少数ながら存在するものの、ノルウェー社会全体で性の多様性を受容し合っているというコンセンサスがあるので、クィア当事者は暮らしやすいと感じているひとがほとんどなんじゃないかな、とブースにいたふたりは話してくれた。もちろん、そこにはコミュニティが権利を勝ち取ってきた自負もあるのだろう。このあと、僕はグリッターを顔につけて楽しそうに過ごす若者たちの姿を会場内で多く見ることになる。


オスロ・プライドのブースにて

 そんなわけで、よくオーガナイズされたフェスで僕は4日間まったく困ることもなく(トイレもまったく並ばなかった)、日本の暑さを忘れて存分に別世界を味わったのだった。ご飯がハチャメチャに高いのは致し方なし、というかフェスのせいではない。街のレストランが多く出店しているので味のレベルは高く、199クローネ(2700円ぐらい)のフィッシュ&チップスはフェス関係なく人生最高のうまさだった。


水も無料で飲むことができる


白身魚がものすごくおいしかったフィッシュ&チップス

 アクトについては細かく書いているとキリがないので、印象的だったものをいくつか挙げておこう。近年のフォーキーなテイストと初期の生々しいロックを行き来しながら、圧倒的な存在感で会場全体の空気を引き締めたPJハーヴェイ。ときには観客をステージに上げて踊らせながら、超ファンキー&エロティックなパフォーマンスで沸かせたジャネール・モネイ。クラブ・ミュージック新世代としてのニア・アーカイヴスやLSDXOXOの若いオーディエンスからの人気ぶりには目を見張ったし、カオティックなIDMとレゲトンをハチャメチャに混ぜながらスモークをまき散らしたりブランコに乗ったりやりたい放題だったアルカも痛快だった。個人的にずっと観たかったディスコ・モードのジェシー・ウェアは、クィア・ダンサーを引き連れ本人も踊りまくるアッパーなステージを披露。USインディ・ロックからは話題のウェンズデイやビッグ・シーフもそれぞれバンド・ミュージックとしてのロウな感覚を提示していた。パルプやエールに関しては、なぜ90年代のビッグ・アクトを僕は2024年にノルウェーで観ているのだろうか……と不思議な感覚を抱いたが、世代の異なるオーディエンスに受け入れられていて、これもストリーミング・サーヴィスによって時代感覚が撹拌している現代のフェスならではの光景と言える。パルプが “Disco 2000” をプレイしたとき、隣にいた20代前半くらいの女の子グループが大騒ぎしていて、思わず笑ってしまった。
 しかしながら、今回の僕のオイヤ・フェスティヴァル参加で強く印象に残っているのは、知らなかったノルウェーのミュージシャンたちだ。ジャジーなテイストを持ったヒップホップ・ユニットのトイエン・ホールディング(Tøyen Holding)のステージではなぜかステージ上からシェフが焼いた牡蠣が振る舞われ独自のユーモア・センスを提示していた(?)し、ノルウェーのひとから「絶対観て!」と言われていた「ハッピー・マンデーズへのノルウェーからの回答」というコピーのフョールデン・ベイビー!(Fjorden Baby!)もいい感じにやさぐれたダンス・ロックで楽しかった。スカンディナヴィアの先住民サーミの文化をするエラ・マリー(Ella Marie)は、フォークロアが持つ政治性を浮かびあがらせるとともに北欧社会で見落とされてきた音楽風景を立ちあげていた。アッパーなダンス・ポップで地元のオーディエンスを大いに沸かせていたカシオキッズ(Casiokids)や4日間の大トリを飾ったポップ・シンガーのガブリエル(Gabrielle)はノルウェー国内でよく知られたポップ・アクトだがグローバルにもっと人気が出る可能性のある存在だと感じたし、日本の音楽リスナーにもアピールしうる存在ではないだろうか。あと、バリトン・ヴォイスで渋いアート・ロックを演奏するシヴァート・ホイエム(Sivert Høyem)はノルウェー版のインディ叙情ロックという感じで、僕はすっかりファンになったのだった。レコード・ストアのひとが話してくれたようにジャンルもスタイルも本当に多様で、発見と興奮に満ちている。


Tøyen Holding


Fjorden Baby!


Sivert Høyem

 クラブ・シーンの充実も垣間見ることができた。klubben(ノルウェー語でクラブ)という名前のステージではジョイ・オービソンらが出演していたのだが、地元ノルウェーのアクトとしては日本にもしばしば来てプレイしている人気のDJスケートボードはベテランらしい卓越したプレイでオーディエンスを気持ちよく踊らせ続けていたし、新世代のアーティストも多数登場していた。なかでも面白かったのは、冷たくアグレッシヴな感覚を持ったエレクトロニックなトラックとオルタナティヴR&Bをミックスするスワンク・マミ(Swank Mami)。ケレラFKAツイッグスらと北欧からシンクロする存在と言えるかもしれないが、奇抜な衣装で歌い踊るパフォーマンスにはユーモラスな風合いもあって引きこまれる。これからの躍進を予感させる個性を放っていた。


Swank Mami

 またフェス関連イベントとして、チケットは別なのだが〈Øyanatt〉というプログラムもあり、これは各日の深夜、街のクラブやヴェニューでDJプレイやライヴが観られるもの。僕は2日目の深夜にクラブに行ってリンドストロームを観ることができた。当然だが会場は大入りだ。勝手にDJと思いこんでいたら、生ドラムとシンセも入れた3人編成のライヴで、誰もが彼に期待する「コズミック」な大らかさや楽天性を感じさせる高揚感があり、ああ、自分はいまノルウェーで踊っているんだなあ……! という感慨に浸ったのだった。
 ライヴが終わったあとの深夜2時ごろ、横で踊っていた兄ちゃんに「これから別のクラブに行くけど、きみも来る?」と誘われたのだが、やはり腰が限界なので残念ながら断った。元気だなー。聞けば彼はオイヤ・フェスティヴァルそのものには参加していないそうで、街を挙げた音楽イヴェントとして多様な楽しみ方ができるのもよいと思った。

 3日目に少し小雨が降ったくらいで、4日間と半日、僕はひたすら快適な気候と穏やかな街と多彩な音楽を味わったのだった。フェスティヴァルがグローバルな産業として似通ってくるなかで、僕が体験したオイヤ・フェスティヴァルはオスロという街、ひいてはノルウェーの音楽文化のムードをたっぷり吸いこんだものだ。それは社会のあり方とも繋がっている。ノルウェーも近年は移民・難民問題の議論で荒れているところもあると聞くし、一週間少しの滞在ごときでいち観光客がわかった気になってはならないとは思うが、日々の暮らしを快適にすることと社会をよりよくしていこうという意識がこの街では地続きであると僕には感じられた。


自転車で来ているひとも多い


キックボード派も

 とにかく、オスロの街の空気感と音楽を同時に堪能するには最高のフェスティヴァルであることは間違いない。僕は行く前よりもはるかにノルウェーを身近に感じられるようになったけれど、もっともっと知りたくなったし、何よりこの国の音楽をもっと聴きたい。そう遠くない未来に、オスロの明るくて涼しい夏をまた体験したいと思う。

Special Thanks:キティさん、髙橋くん。ありがとう!

Profile

木津 毅木津 毅/Tsuyoshi Kizu
ライター。1984年大阪生まれ。2011年web版ele-kingで執筆活動を始め、以降、各メディアに音楽、映画、ゲイ・カルチャーを中心に寄稿している。著書に『ニュー・ダッド あたらしい時代のあたらしいおっさん』(筑摩書房)、編書に田亀源五郎『ゲイ・カルチャーの未来へ』(ele-king books)がある。

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