「IO」と一致するもの

Kendrick Lamar - ele-king

 Kendrick Lamarの新譜、『Mr. Morale & The Big Steppers』を巡って様々な衝撃があった。 発売前に公開したシングル「The Heart Part 5」のディープフェイク演出、収録曲“We Cry Together”の凄まじい隠喩的演技で表現したフェミニズム・メッセージ(*1)、ロー対ウェイド(Roe v. Wade)判例が覆されてまもなく“Savior”の舞台の締めで女性人権伸長を叫んだ事件など。そのなかで、トランスジェンダーの親戚を物語に呼んで彼らの人権を擁護するに当たってこれまでの宗教的スタンスを全面覆す“Auntie Diaries”はニュースボードの一欄を埋めるに値する。

 ただ、実際に話題になったのは曲中のクィア嫌悪的俗語(以下 ‘f-slur’)を繰り返す表現と登場人物に対するミスジェンダーリング、デッドネーミングなどによるものだった。実のところ、曲は意図的に問題領域に入る。例えば、伯母(伯父)について語る際に「伯母はゲイじゃない、女を食ったさ /she wasn’t gay, she ate pussy, and that was the difference」と口ずさむ俗語の爆撃を含め、幼い頃の話者がなんと「誇らしげに」f-slurを言わせたというマッチョイズムは価値判断に混乱を呼ぶ。曲の最後、「Faggot, faggot, faggot みんな言えるさ、その白人の子にniggaと言わせれるなら Faggot, faggot, faggot. We can say together. But only if you let a white girl say “nigga”」の句もまた聴者に判断を任せる場面で、まるでキリスト教聖書の「あなたたちのなかで罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」(ヨハネによる福音書 8:7 新共 同訳)という節の変容を見せるようだ。前に彼がn-wordの意味を覆そうとしたように、f-slurに 関しても同様に試みる。

 しかし、“i”(2015)にて黒人軽蔑的俗語のn-wordのプライド化を望めたのはその言葉がすでに一種の結束軸として作動するからである。その一方、f-slurはどうだ?  Eli Clareは卑猥な単語には感情的で社会的な歴史を荷に持っており、その悲しみと鬱憤の記憶からどのような欠片がプライドを見出せるか問い詰めることの重要性を強調する(*2)。 そのような限界を考慮した上でも、曲の価値を却下したくはない。まずこれは曲に対して「トラン スジェンダーについて話せるか」(*3)を尋ねるいくつかの意見に同意しがたいし、曲はそれでも有効な転覆と旋回を示している。その結果、倫理と正体化のグレーゾーンに暖かな風を押し寄せる感動を、私は大事にしたい。

 曲のフォーカスはやがて話者と家族の準拠集団、すなわち教会から排除されたもう一人に当てられる。 Kendrickとその家族がクリスチャンであることはアメリカでそんなに特殊な情報ではないはずだ。それでもKendrickにおいて神は「Real」(『good kid, m.A.A.d city』、2012)、 「How Much a Dollar Cost?」(『To Pimp a Butterfly』、2015)、「GOD.」 (『DAMN.』、2017)などのように彼の主なアルバムの結論部にいつも存在していた。つまり、 彼の音楽世界において宗教という要素は無視しがたいのだ。いや、 Kendrickだけではない。近現 代の大衆音楽史の根幹にあるスピリチュアル、ゴスペル、ブルースなどは奴隷制の時期、教会を媒 介にして登場した。教会は聖書の記録・読解権力を用いて奴隷制を内在化する戦略を建てたが、究極的な解放を説破したメシアのメッセージは平等と解放の火種となった。これは教会という空間の特殊性を表すとともに、大衆宗教においてヘゲモニーがどちらに向かうか知れる重要な指標とも考え得る。

 Mary-Annを排除する教会コミュニティと歓待する家族コミュニティの対比からもその構図はよく現れる。「牧師先生、あなたの隣人を愛すべきでしょ?  Mr. Preacher Man, should we love thy neighbor?」この節を境にクァイヤーの声は背景から曲の前景に現れて教壇の権威を覆 し、「宗教の代わりに人類愛を選んだその日、家族は和解し全ては許された /The day I chose humanity over religion, the family got closer. It was all forgiven」と、キリスト教で「許し」 を担う神の権威すらも簒奪する。イエス・キリストが同じ理由で当時の宗教指導者たちから迫害された話を思い浮かべると、Kendrickがカヴァーアートと舞台で荊棘の冠を被っている理由もまた推測できる。

 教会はクィア嫌悪などを通じて脱近代社会へのアンチテーゼ戦略をとって彼らの前近代的想像力を固執するなか、「神が死んだ」時代は教会という空間の存在理由を問い続けている。ただ記憶すべき なのは、教会は本来、権力の圧政に苦しむ弱者のための空間であったことだ。聖書の記録はすなわち長きディアスポラたちの歴史であり、そんななかで「集い」のもたらす価値は想像を超えるものだっ たであろうし、その過程での試行錯誤はそのまま新たな聖書に加わった(*4) 。個人と集団、言語の裏 面にて交差する複雑な脈絡を論じるに、この場は非常に狭いはずだが、足らない議論にもかかわら ずこのように記録を残したい。その脈絡の林をくぐり抜けたのち、個人が歓待されてこそコミュニ ティgが健康に回復することを曲が強弁するように、我らが各現場で書き綴る日記は、歴史になるはずだから。

(*1)  coloringCYAN, “Kendrick Lamar, 「Auntie Diaries」 (부제: 힙합의 노랫말과 여성혐오의 관계에 대한 단상)”, 온음(Tonplein), 2022.08.27, https://www.tonplein.com/?ckattempt=1

(*2)  Eli Clare, Exile and Pride: Disability, Queerness, and Liberation, Duke University Press, 1999.

(*3) Stephen Kearse, “Kendrick Lamar: Mr. Morale & The Big Steppers Album Review”, Pitchfork, 2022.05.16, https://pitchfork.com/reviews/albums/kendrick-lamar-mr-morale-and-the-big-steppers/

(*4)  拙稿, “사탄의 음악을 연주하고 말았습니다만?! : CCM에서 나타나는 대중음악과 예배음악의 경계 혹은 조건
サタンの音楽を奏でちゃったのですが?!:CCMに現る大衆音楽と礼拝音楽の境界もしくは条件”, Various Critics Vol. 3, 2022.01.25, https://posty.pe/l8f69k.

原本(韓国語):https://www.tonplein.com/?p=1875101.

interview with Strip Joint - ele-king

 自由を我(ら)に。そんなタイトルをデビュー・アルバムのタイトルに冠した、まだ若いインディ・ロック・バンドが現れた。ここ日本からである。いまの閉塞的な日本で生きる若者たちが思い描く「自由」とは、いったいどのような感触をしたものだろうか?

 Strip Joint のファースト・アルバム『Give Me Liberty』には、その感触のようなものがたくさん入っている。溌剌としたギター・ロック・チューン “Leisurely”、“Lust for Life” にはじまり、ウェスタン・テイストのあるトランペットが印象的な “Hike”、ジョイ・ディヴィジョンやギャング・オブ・フォーのリズム感覚を想起させる “Yellow Wallpaper” ……と、アルバム序盤からアレンジメントの多彩さとアンサンブルの完成度の高さに驚かされるが、それらは海外のインディ・ロックからの影響をたっぷりと吸収したものだ。この内向きな国から「自由」を思うとき、海の外のインディペンデントな音楽を聴くことは彼らにとって必然だったのだろうと感じさせる。そしてそれらの曲はすべて、はちきれんばかりにエネルギッシュだ。
 Daiki Kishioka を中心として2017年から Ceremony として活動をはじめ、メンバー・チェンジと改名を経て、ライヴハウス活動をメインに地道な活動を続けてきた Strip Joint。男女6人編成のこのバンドは、トランペットとキーボードを生かした、いわゆるギター・ロックのステレオタイプをはみ出すスタイルをすでに獲得しているところがまずその魅力である。マリアッチに影響されたインディ・ロック・バンドを連想する “Against The Flow” や、ミドル・テンポで鍵盤の響きを生かしながらリリカルに情景を描いていく名曲 “Oxygen”、“Liquid” など、アルバム後半のナンバーは多楽器によるアンサンブル志向の米国インディ・ロックを彷彿させる。歌詞を書く Daiki Kishioka が英米文学の素養があることもあって言葉は英語で(CDには日本語対訳が掲載されている)、積極的に国外の音楽と文化的・感情的に繋がっていかんとする意思が表れている。

 以下のインタヴューでは、最近は同時代のインディ・ロックを意識的に聴き過ぎないようにしていると Daiki Kishioka は話しているが、やはり現行のUKインディ・ロックの活況とシンクロする部分があるのではないかと自分は考えている。ジャンルも編成もスタイルも好き勝手にやっている彼らを指して、もう何度めかもわからない「ポスト・パンク・リヴァイヴァル」ではなく、近年は「ポスト・ブレクジット・ニューウェイヴ」とする表現もあると聞くが、その、「何でもアリ」すなわち「この窮屈な場所からどこへだって行ける」という感性は、海の外のインディ・ロックに影響されていなければ得がたいものだったろう。偉そうな大人たちがめちゃくちゃにした彼らの現在からも、生まれる何かがあるのだと──『Give Me Liberty』のクロージングを飾るアップテンポのロックンロール・チューン “Suddenly I Loved You” の自由な輝きを聴くと、そんなふうに思えてくる。

みんなが同じ音楽に熱狂するっていうことをミュージシャンがしていていいのかなって思うようになって。みんなと違うところを発見するのが俺のやるべきことだと思うようになったので、最近は新しいものを追いかけなくなりました。

今日は、いまの20代がなぜ海外のインディ・ロックに影響を受けたロック・バンドをやっているのかを聞きたいと思っています。岸岡さんはアークティック・モンキーズとの出会いが大きかったとのことですが、彼らに対して「自分の音楽だ」みたいな感覚があったのでしょうか。

Daiki Kishioka(以下、DK):アークティックに関しては、インディ・リスナーとしていろんな音楽を聴くなかで、アレックス・ターナーの音楽性の変化や、言っていることの変化、佇まいの変化を追っていくのが楽しかったんです。そのレベルまで好きになれる唯一のバンドでした。

そういう存在はアークティックが初めてだったんですか?

DK:じょじょにそういう存在になって。いまに至るまで特別ですね。

野田:アークティックは後追いだよね?

DK:後追いです。4枚目(『Suck It and See』)がすでに出ているときに知って、リアルタイムで聴き出したのは5枚目(『AM』)からですね。

野田:そうなんだ。ぼくはやっぱり1枚目(『Whatever People Say I Am, That's What I'm Not』)をいちばん聴いたけどね。どれがいちばん好きなの?

DK:3枚目(『Humbug』)、4枚目ですかね。

野田:そうなんだ。1枚目はダメ?

DK:ダメじゃないですけど、23、4歳くらいになってくると、聴けないですね。

えー(笑)!(木津は当時21歳)

野田:ぼくは40歳過ぎて聴いてたよ(笑)。

(一同笑)

じゃあ、もうすぐ出る新譜(『The Car』)も楽しみですね。

DK:そうですね、純粋にファンとして。

それまでも岸岡さんは親御さんが持っていたポスト・パンクのレコードを聴いていたということですが、世代的には、海外のインディ・ロックを聴くひとが周りに少なかったんじゃないかと思うんですよ。J-POPはともかくとしても、海外の音楽でもラップやポップスのほうが勢いがあったと思うし。そんななかで、どうやって海外のロックを発見したんですか?

DK:音楽体験の最初期は小学生のときまで遡りますけど、それこそ、クラスメイトがJ-POPのコンピレーションを作って配ってたりしていて。でも、その「キミとボク」みたいな世界観に入りこめなくて。そもそも小学生の恋愛なんて恋愛以下だし、入りこめるわけないじゃないですか。でもみんなが、大人の欲望を模倣するというか、それを自然なものとして受け入れているのにまず違和感がありました。それよりも、言葉はわからないけど、もっとシンプルでパワフルなもののほうがいいじゃんって思っていたのが小中学生のときですね。フー・ファイターズやグリーン・デイからロックに入り……、家にもストーン・ローゼズ、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、あとシャーラタンズ、オーシャン・カラー・シーンなんかがあったんですよ。

それは充実したレコード・コレクションですね。

DK:ありきたりなポップ・ミュージックじゃなくて、聴きながら陶酔的になれるものですね。高校生のときにギターを買って、そういうのを流しながら自分でアンプ繋いでいっしょに弾いてました。その頃にバンドをはじめましたね。最初はドラマーで。芸術系の高校に行ってたひとに誘われて、彼は若いのにアーティストとしてやっていくことに意識的でした。ザ・ホラーズフランツ・フェルディナンドみたいな、ポスト・パンク・リヴァイヴァルの美学を自分たちに課してやっていたひとたちで。自分で哲学持って音楽をやろうと思ったのは、そのバンドからの影響が大きかったです。

なるほど。僕は自分の経験として、10代のとき音楽のテイストが合うひとを周りに見つけにくかったんですけど、岸岡さんは音楽の話が合うひとやコミュニティとの出会いはスムーズだったんですか?

DK:それは、ツイッターで。

へえー! でも、いまっぽい話かも。

DK:学校では、俺が「アークティックいいぜ」って周りに薦めると2人ぐらい「いいね」って言ってくれたんですけど、いっしょに音楽をやろうとはならないし。自分の世代だと中2か中3ぐらいでみんなツイッターをはじめるので、ネット上でみんなが自分の好きなものにワイワイ言う、みたいなものは見ていました。当時 The 1975 が出てきたとこで、「あいつらはカッコいいのか」みたいな議論があったりして。そこで知り合ったひとに誘われました。

なるほど、ちょっとひねくれた集まりのなかから(笑)。その後、岸岡さんご自身が Ceremony を作って、それが Strip Joint になっていくわけですけど、それも自然と音楽志向の合うひとと出会っていったんですか?

DK:オリジナル・メンバーのうち、いまもいるギターの島本さんは趣味が合う感じでしたね、ザ・スミスとかが好きで。ドラムの西田くんは、もうちょっとオルタナとかエモ寄りです。学生のつながりのなかで、「こいつならいっしょにやれる」って思えるひとを探してきたって感じでしたね。

音楽的なテイストで言えば、インディ・ロック志向の強いひとを集めた感じなんですか?

DK:ポスト・パンク・リヴァイヴァル以降の流れのインディ・ロックは自分にとってはいちばん思い入れがありますが、メンバー全員にとって特別なジャンルかと言われるとそうじゃないと思います。西田はヒップホップやハードコアも好きだし、ジャズやフュージョンなど、それぞれに幅広く聴いてる感じです。

野田:ちなみに Ceremony っていうのはジョイ・ディヴィジョンの曲名から取ったの?

DK:なんとなく頭にはあったんですけど、取ったというわけではないんですよ。

僕の印象としては、とくに活動初期は英国ポスト・パンクからの影響が強いように感じたんですけど、ポスト・パンク・リヴァイヴァルも含めて、惹かれたポイントはどういったところだったんですか?

DK:そもそもオリジナル・ポスト・パンクは通ってなくて、あとから雑誌で得た知識なので、そこについて語るのはちょっと気が引けるんですけど。ただ、機械的で痙攣するようなビートや、ダンス・ミュージックなんだけど不自然なダンス感覚なんかは、ジャンルとしてのポスト・パンクの好きな部分かな。

まずは何よりもサウンドの部分が。

DK:踊れるっていうのが大きいですね。

なるほど。あと、Strip Joint はバンド・アンサンブルとしてはトランペットとキーボードがいることによる個性も大きいですよね。それらが必要だと感じたのはなぜだったんですか?

DK:小さい頃からテレビで演歌が流れるとよく聴いていたんですけど、非ロックの要素がたぶんもともと好きだったんですよ。それこそアークティック・モンキーズも、ある時期から60年代頃のポップスからの影響を受けてますけど──ザ・スリー・ディグリーズやオージェイズみたいなコーラス・グループなんかに──、「こういうの俺も好きだな」と早い段階から思っていたので。本当なら小さいオーケストラを入れたいぐらいで。あとはキング・クルールが出てきたときに、「やべえ」ってなって(笑)。ここ5年ぐらいですかね、いわゆるインディ・ロックが音楽的に広いジャンルになったのと共振したいという想いもありました。

社会からのメッセージをひとつひとつ聞いているとしんどいじゃないですか。自分のナマの感情が死んでいく感じがする。そういったものに対して反抗をしてもいいんだぜ、みたいなところですかね。

いまのキング・クルールの話は象徴的なように思いますね。ここ10年くらいで注目されるUKのインディ・ロックは音楽的により折衷的になっていますが、そういう同時代のバンドの動向はやはり気になっているんですか?

DK:かつては気になってましたが、みんなが同じ音楽に熱狂するっていうことをミュージシャンがしていていいのかなって思うようになって。みんなと違うところを発見するのが俺のやるべきことだと思うようになったので、最近は新しいものを追いかけなくなりました。

そうだったんですね。ただ、メンバー間でいま熱い音楽みたいな話にはなるんじゃないですか?

DK:長谷川白紙が熱いという話はありましたね。あと藤井風とか。

へえ! それは意外かも。

DK:たとえばブラック・カントリー、ニュー・ロードは話題にすら挙がらないですし……。たぶん、みんなチェックはしてると思うんですけど。

えっ、それも意外です。

DK:自分たちとやってることが近いかも、みたいな意識もあまりない気がします。やっぱり背景からすべて違いますからね。

なるほど。バリバリ意識してるのかなと勝手に思っていたので、それは面白いですね。いま名前が出たブラック・カントリー、ニュー・ロードはアンサンブル自体が民主的に作られているという話もありますよね。Strip Joint は岸岡さんがリーダーということですが、サウンド自体はメンバーの意見が反映されてどんどん変化する感じなんでしょうか。

DK:俺がリーダーとして最終判断をする立場にあるので、「これでいいかな」みたいな感じでメンバーが聞いてくるというのはあります。ただ、アルバムに入っている “Hike” と “Against The Flow” って曲は1年半前くらいにリハをしたときに、俺がスタジオに入らず、他のメンバー5人でアレンジを考えてもらったことがあって。

“Hike” と “Against The Flow” はアルバムのなかでも、とくにアレンジが異色の曲ですよね。

DK:それで面白いアイデアが出てきたので。なんとなく西部劇っぽいイメージみたいな話はしてたんですけど、あそこまでドラマティックに大仰な感じになると思っていなかったので、びっくりしました。アルバムは半分ぐらいがメンバーのアイデアを有機的に生かしたもので、残り半分は俺が頭のなかで緻密に組み立てたものをみんなにそのまま演奏してもらった感じです。ゆくゆくは有機的な部分がもっと増えていったらいいなって思ってますけど。

いまのはいい話ですね。“Hike” や “Against The Flow” がアルバムに入っていることによって、Strip Joint の個性が目立っているところがあると思うので。いっぽうで、歌詞の世界観やテーマはどんなふうにメンバー間でシェアしているんですか?

DK:みんなでアレンジを練るっていうのはありつつも、まずはデモを俺が渡しているので、そのときに歌詞を見てもらう感じですね。

歌詞が英語なのは自然な選択だったんですか?

DK:最初にはじめたバンドが英語だったので、その延長でしかできてないっていうのはあります。いつか日本語でも書けるように、もっと幅を広げていく必要があるんだろうなとは思ってるんですけど。聴いてきたものの影響を素直に出したというのもあったし、リズム感が好きというのもあります。

サウンド的にもフィットする?

DK:それはそうですね。英語できちんとポップスを作ることも、日本人がやってできないわけがないじゃないかという想いはあります。

あと、岸岡さんが英米文学の素養があるのも関係しているのかなと僕は想像しているんですけど。

DK:そこは出したかったんでしょうね。こういうのを知ってるぞ、というのは(笑)。

(笑)具体的に、アルバムに入っている文学からの影響はありますか?

DK:“Yellow Wallpaper” って曲は、シャーロット・パーキンス・ギルマンの同名の小説(邦題『黄色い壁紙』)から取ってます。それがすごく面白い小説で、いまはフェミニズムの文脈で評価されている短編なんですけど。女性が主人公で、医者の夫に「あなたは安静にしてなければならない」と言われて、言われたとおりにしていたら頭がおかしくなって、壁紙からひとが出てくる妄想を抱くという内容のホラーです。現代で生きることの抑圧みたいなものを、そこから着想を得て自分なりに書いてみようと思いました。

そうだったんですね。アルバム・タイトルの『Give Me Liberty』はエミリー・ブロンテの同名の詩からの引用ということでしたが、フェミニズム文学からの影響は意識的にあったんですか?

DK:うーん、それは偶然だと思います。

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自分たちがやってることの意味を話し合おうよっていう時間があって。で、大事なのは自由なんじゃないかって話が出たんですよ。そのときは「Liberty」って言葉は出てないですけど、たぶんそのことが頭にあって

最近は変わってきていますけど、インディ・ロックは長らく白人男性中心の文化でもありましたよね。いまの話って、偶然にせよ Strip Joint にフェミニズム文学の影響が入っているのが面白いと思ったんですよ。Strip Joint はメンバーの男女比が自然に半々になっているのもいいなと個人的は感じています。

DK:それは自然な成りゆきでしたね。まあでも、俺の性格的に男友だちよりも女友だちのほうができやすいというのもあります。

へえー! いいですね。

DK:最初、島本さんを誘ったのも話しやすかったし、音楽の趣味があったというのがあって。はじめサポートで入ったトランペットの雨宮さんとキーボードの富永さんは、島本さんのサークルの友人だったので、それも自然な流れでしたね。

日本のインディ・ロックのシーンもまだまだ「男子」が中心の文化なのかなと、僕は個人的には感じてしまうところがあるんですけど、Strip Joint は自然と男女が混ざっている感じがあって現代的だなと思います。ただ、メンバーがやや多いなかで苦労することはありますか?

DK:うーん……ステージが狭い。

(笑)でも、それはカッコいいと思いますよ。

DK:そうですか(笑)。ギターとか当たりそうになりますね。

逆に、6人いることの強みは感じますか?

DK:面白い音楽をやっているなってパッと伝わりますし、そう言われることも多いですね。サウンドの幅も広がりますしね。ギター、ベースだけじゃできないオーケストレーションがあるので、作曲者としてのやりがいはあります。面白いバンドのコンポーザーでいられるのは楽しいですね。

岸岡さんはピアノを学ばれていたということもあると聞きましたが、コンポーズしたい気持ちも強いんですね。

DK:そうですね。

そのコンポーザーとしての姿勢もあって『Give Me Liberty』はアレンジメントの幅が広いのがいいと思います。こういうファースト・アルバムにしたいというのは事前にあったんですか?

DK:これまでもアルバムを作ろう作ろうと言ってたんですけど、自分たちにアルバムを作る能力があるんだろうかと不安に思ってたんですよ。で、曲がいろいろあるなかでどうやってレコーディングしようか悩んでいたところを、〈kilikilivilla〉の与田さんに出会って。それでいろいろ相談できて、レコーディングのこともわかっている方がいてっていうところで、ようやく自分たちのベストを尽くすのを心置きなくできる状況になりました。時間があったのでデモを作りためることもできて……、だから純粋に自分たちにできるベストをやろうっていうのがいちばん大きかったですね。

それはファースト・アルバムらしい話ですね。与田さんからリクエストはあったんですか?

kilikilivilla与田:とりあえず4年ぐらい活動していたなかからベストを選ぼうって感じですね。アルバムとしてのイメージというよりは、この曲は入れてほしい、この曲はこういう感じにしてほしいというようなリクエストはけっこうしました。

なるほど。ちなみに最高のファースト・アルバムと言われて思いつくのは?

DK:まあアークティックでしょうね(笑)。

野田:やっぱり1枚目もいいよね(笑)。

DK:MGMTのファースト(『Oracular Spectacular』)も最高ですね。あとはやっぱりオアシスじゃないですか。あとさっき与田さんとも話してたんですけど、プライマル・スクリームのファーストも最高ですね。

それらに共通するものってありますか? なぜ最高なのか。

DK:瑞々しさ、ですね。自分たちのファーストがどんな価値があるのかわからないので、並べていいのかわからないですけど(笑)。

いや、全然並べてだいじょうぶだと思いますよ。とくに達成感があるのはどんな部分ですか?

DK:時間かけて準備したのもあって、同じような曲ばかりじゃなくて、バラエティのあるものにできたとは思います。あと、昔の曲を突っこむこともしたんですけど、そのままでは入れたくなくて、歌詞の書き換えもしたんですよ。英語圏のひとに読まれても、文学的な意味で言いたいことが何かというのは伝わるものになっていると思います。

なるほど。これは野暮な質問ですが、その「言いたいこと」をあえて説明するとどういうものになりますか?

DK:そうですね……まともに生きていて、社会からのメッセージをひとつひとつ聞いているとしんどいじゃないですか。自分のナマの感情が死んでいく感じがする。そういったものに対して反抗をしてもいいんだぜ、みたいなところですかね。

いまの社会の閉塞感に対する苛立ちがある?

DK:ボーッとしてると、自分のなかにある感受性や、心を動かす想像力がだんだん薄れていくのがわかるし。そうじゃないときの自分のほうが好きだから、それを忘れないという決意表明として曲を書いているところはあります。

ギター、ベースだけじゃできないオーケストレーションがあるので、作曲者としてのやりがいはあります。面白いバンドのコンポーザーでいられるのは楽しいですね。

アルバム・タイトルのなかの「Liberty」というのも、社会的な言葉でもありますよね。このタイトルにした理由をあらためて教えてください。

DK:メンバーで自分たちがやってることの意味を話し合おうよっていう時間があって。で、大事なのは自由なんじゃないかって話が出たんですよ。そのときは「Liberty」って言葉は出てないですけど、たぶんそのことが頭にあって、パラパラと詩集をめくってるときに目に留まった言葉です。自分が大事にしていることを端的に表したいい言葉だと思ったし、バンド・メンバーと共有できるとも思ったし。メッセージ性があるのもいいと思いました。

そういうところも含め、Strip Joint はインディらしいDIY精神があるバンドだと思います。そういったインディペンデント精神はライヴハウスでの活動ともつながっていると感じますが、Strip Joint にとってライヴ活動を続けていく意義はどういうところにありますか? かなり頻繁にライヴをすることを自らに課しているそうですが。

DK:バンドの数が多いなかで、きちんと存在をアピールしないとあっという間に忘れられるっていうのを、一年くらい活動しなかった時期に体感してるので。そこは責任を持ってライヴを続けていきたいと思っています。いまやっている規模よりももうちょっと集客できるようになって、これまでお世話になってきた小さなライヴハウスに恩を返したい気持ちもあります。ただ、自分たちのやりたいことをやって、自主企画をやって、ってしていてもなかなかうまくいかないことが多くて。これからどんどん大人になっていくなかで、不安や自信の持てなさのほうが正直大きい。圧倒的に売れなかったとしても健全にバンドを続けていくあり方を探すというのは、今後のシリアスな課題ですね。

その不安のなかでもとにかく動く、っていう時期なんでしょうか。

DK:そうですね。月イチで必ずライヴをして、次のアルバムも作って、みんなで協力していきたいというところですね。

そんななかで、自主企画イベント〈iconostasis〉では多様なミュージシャンが出演されているとのことですが、ああいったイベントをするモチベーションはどんなものですか?

DK:10代のときに東京に出てきて、インディ・ロック・バンドの出てるイベントにテクノやトランスのアクトが出演し、彼らがジャンルの垣根なく情報交換していたりしていたのを見てたんですよ。そういうパーティがすごくカッコよかったんですよね。バンドが順番に出てきて、終わったらライヴハウスのひとに頭下げて、打ち上げして、みたいなのじゃなくて、アーティストそれぞれが主体的にやっているのがいいと思ったし。自分がバンドをやるなかでも、いわゆるバンド・イベントみたいなものじゃないものをイチからやりたいと思っていましたね。今回はずっと続けていたことの集大成として企画しました。

いやほんと、アーティスト主体であるのが伝わってくるイベントですね。では最後に、Strip Joint としての今後の最大の目標は何でしょう?

DK:10年後、20年後にも、自分の書いた曲に誇りを持って演奏できていればそれでいいと思います。

そのためにもっとも必要なことは何だと思いますか?

DK:日々めげずに、前向きに、やるべきことをやっていくことかなと思います。

それはストイックな。これからの地道な活動に期待しています。

DK:ありがとうございます。

 インタヴューの後日、小岩のBUSHBASHで開催されたStrip Joint主催のイベント〈iconostasis#7〉に足を運んだ。そこには洒落ているが自然体のインディ・キッズたちが集まっていて、思い思いに個性的なインディ・ミュージシャンたちの音を楽しんでいた。
 6人には狭く見えるステージに登場した Strip Joint は、生演奏でも高いアンサンブル力を発揮し、集まったオーディエンスの熱を上昇させていた。アルバム収録曲以外にもジャジーな揺らぎが感じられる実験的な曲も披露され、バンドのさらなるポテンシャルを思わせる一幕もあった。が、何より重要なのは、大きな場所でなくとも、確実に自分たちの手で音楽をシェアする空間を作り上げようとする意思が漲っていたことだ。Strip Joint がより多くのひとに発見されるのは、そう遠くのことではないだろう。

Sonic Liberation Front: In Solidarity with Iran - ele-king

 日本では元首相国葬の話題で持ち切りだったここ最近、世界ではイランに注目が集まっていた。
 簡単に経緯をまとめておこう。9月16日、テヘランに来ていたクルディスタン出身の女性マフサ・アミニが、服装の規定に反しているとして「道徳警察」によって拘束され、そのさなかに問題が発生、死亡したことが国営メディアにより報じられた(その後、心臓発作とも脳卒中とも、あるいは殴り殺されたとも伝えられている)。
 これを受け、イラン各地で蜂起が勃発。女性たちがヒジャブを燃やしたり、髪を切ったりするプロテストをおこなう一方、当局は抗議を弾圧すべくネットを制限したり、催涙弾を使用して攻撃したりなどのとりしまりを実施。ジャーナリストを含めた逮捕者のみならず、すでに死者も多く出ている。ジョージ・フロイド事件以来というか、ここへ来てふたたびポリス・ブルータリティの問題が大きくクローズアップされたかたちだ。
 そんななか、音楽家たちも動きはじめた。現在イランで起きている抗議行動への連帯を示す「音速解放戦線──イランとの連帯(Sonic Liberation Front: In Solidarity with Iran)」なるショウケースが、Radio alHara (https://www.radioalhara.net/)にて放送される。同プログラムは9月29日と30日の、日本時間だと18時~20時に放送を予定。ロンドンの NTS やブリストルの Noods Radio、テキサスはオースティンの Shared Frequencies Radio など他のいくつかのラジオ局も番組の一部をミラーリングするという。
 このショウケースはイランの女性またはノンバイナリのアーティストによって構成されており、DJの Mariam Rezaei やラファウンダソテのレーベル〈Zabte Sote〉からリリースしている Rojin Sharafi らが名を連ねている。ぜひチェックしてほしい。

Zettai-Mu“ORIGINS” - ele-king

 大阪の KURANAKA a.k.a 1945 が主宰するパーティ、《Zettai-Mu “ORIGINS”》最新回の情報が公開されている。今回もすごい面子がそろっている。おなじみの GOTH-TRAD に加え、注目すべき東京新世代 Double Clapperz の Sinta も登場。10月15日土曜はJR京都線高架下、NOONに集合だ。詳しくは下記よりご確認ください。

Zettai-Mu “ORIGINS”
2022.10.15 (SAT)

next ZETTAI-MU Home Dance at NOON+Cafe
Digital Mystikzの Malaが主宰する UKの名門ダブステップ・レーベル〈DEEP MEDi MUSIK〉〈DMZ〉と契約する唯一無二の日本人アーティスト GOTH-TRAD !!! ralphの「Selfish」 (Prod. Double Clapperz) 、JUMADIBA「Kick Up」など(とうとう)ビッグチューンを連発しだしたグライムベースミュージックのプロデューサーユニット〈Double Clapperz〉Sinta!! CIRCUS OSAKA 人気レギュラーパーティー〈FULLHOUSE〉より MileZ!!
大阪を拠点に置くHIPHOP Crew〈Tha Jointz〉〈J.Studio Osaka〉から Kohpowpow!!
27th years レジテンツ KURANAKA 1945 with 最狂 ZTM Soundsystem!!
2nd Areaにも369 Sound を増設〈NC4K〉よりPaperkraft〈CRACKS大阪〉のFENGFENG、京都〈PAL.Sounds〉より Chanaz、DJ Kaoll and More!!

GOTH-TRAD (Back To Chill/DEEP MEDi MUSIK/REBEL FAMILIA)
Sinta (Double Clapperz)
MileZ (PAL.Sounds)
Kohpowpow (Tha Jointz/J Studio Osaka)
and 27years resident
KURANAKA a.k.a 1945 (Zettai-Mu)
with
ZTM SOUND SYSTEM

Room Two
Paperkraft (NC4K)
FENGFENG (CRACKS)
Chanaz (PAL.Sounds)
DJ Kaoll
Konosuke Ishii and more...
with
369 Sound

and YOU !!!

at NOON+CAFE
ADDRESS : 大阪市北区中崎西3-3-8 JR京都線高架下
3-3-8 NAKAZAKINISHI KITAKU OSAKA JAPAN
Info TEL : 06-6373-4919
VENUE : https://noon-cafe.com
EVENT : https://www.zettai-mu.net/news/2210/15

OPEN/START. 22:00 - Till Morning
ENTRANCE. ADV : 1,500yen
DOOR : 2,000yen
UNDER 23/Before 23pm : 1,500yen
※ 入場時に1DRINKチケットご購入お願い致します。

【予約はコチラから】
>>> https://noon-cafe.com/events/zettai-mu-origins-yoyaku-7
(枚数限定になりますので、お早めにご購入ご登録お願い致します。
 LIMITED枚数に達した場合、当日料金でのご入場をお願い致します。)

【新型コロナウイルス感染症拡大防止対策】
・マスク着用での来場をお願いします。
・非接触体温計で検温をさせて頂き、37℃以上の場合はご入場をお断り致しますので、予めご了承ください。
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Tribute to Ras Dasher - ele-king

 「ONE BLOOD, ONE NATION, ONE UNITY and ONE LOVE」。LIVE はいつもこの一言から始まった。本作は昨年惜しくもこの世を去ってしまった“RAS DASHER”。彼といっしょに音楽を作ってきた仲間から、 最大限の感謝を込めて、それぞれのアーティストが現在進行形の音を天に響かせる追悼と音の祭典が開催される。

10/14 (金) 場所: 新宿Loft
Open:18:00-Til Late 27:00

REGGAELATION INDEPENDANCE & Special Guests from Cultivator & KILLA SISTA
MILITIA (SAK-DUB-I x HEAVY)
光風 & GREEN MASSIVE
UNDEFINED

BIM ONE PRODUCTION
LIKKLE MAI (DJ set)
MaL & JA-GE
外池満広 *Live
I-WAH & MARIKA
176SOUND
OG Militant B
山頂瞑想茶屋 feat. FLY-T
And more

Sound System by EASS HI FI

Food:
新宿ドゥースラー


Adv. ¥4,000
Entrance ¥4,500

前売りチケット情報
ZAIKO
https://tokyodubattack.zaiko.io/e/voiceoflove
ローソンチケット https://l-tike.com/order/?gLcode=72177
( Lコード:72177)

INFO
新宿LOFT 
tel:0352720382 


About Ras Dasher:
 80年代後半〜90年代初頭、SKA バンドのトランペットから始まったという彼の音楽キャリア、 その後 JAMAICA や LONDON を旅して帰国後、レゲエ・ヴォーカリストとして歌うようになった。 下北沢のクラブ ZOO (SLITS) で行われていたイベント「ZOOT」などに出演し、Ska や Rockstedy のカヴァー曲を歌っていた。
 その後、Mighty MASSA が始めた Roots Reggae Band “INTERCEPTER" の Vocal として参加、 Dennis Brown や Johnny Clark の ROOTS REGGAE を主に歌っていた。 95年頃、前述の クラブZOOT では、MIGHTY MASSA が本格的にUK Modern Roots Styleの SOUND SYSTEM を導入し、自作の音源を発表し始める。 発足よりシンガーとして参加し、97 年に MIGHTY MASSA の1st 12inch 「OPEN THE DOOR/LOVE WISE DUB WISE」 (Destroid HiFi) がリリース。 (Singer RAS DASHER として録音された最初のリリース) 後の MIGHTY MASSA 作品への参加 (2001 年 Album『ONE BLOW』、2003年 7inch 「Love Wise Dub Wise」) や DUB PLATE の制作に繋がっていく。 また、INTERCEPTER も音楽性の趣向がUK Modern Roots色が強くなり INTERCEPTER 2 として活動が始まり、 後の DRY & HEAVY の 秋本“HEAVY" 武士と RIKITAKE が加入し、その出会いが CULTIVATOR の結成に繋がっていく。

 CULTIVATOR は、何度かメンバーチェンジと試行錯誤を繰り返し 徐々にオリジナルの楽曲とサウンドアイディアで LIVE 活動が始まったのが90年代ももうすぐ終わる頃。 2000年に1st 12 inch Vinyl 「Promise Land/More Spilitual」を〈Reproduction Outernational〉レーベルからリリース.。この音源と DIRECT DUB MIX を取り入れた LIVE が注目される。
 2001 年 6月 1st CD mini album “BREAKOUT FROM BABYLON”をFlying Highレーベルから発表。 同年 FUJI ROCK FESTIVAL (RED MARQUIE)にも出演を果たした。また、 UK SOUND SYSTEM の重鎮 ABA SHANTI」の東京公演や、IRATION STEPPERS, ZION TRAIN の東京公演のフロントアクトを務めるなどLIVE も活発化し、2003年3月 2nd CD album 『Voice Of Love』 をリリース。 2004 年にこれらのシングル・カットとして 「Hear the voice love / In My Own / Freedom of reality」と 「Aka-hige /Spanish town」を発表した後、残念ながら活動を休止となった。


■Cultivator - 『Voice of Love』 レコードリリースについて
 Bim One Production / Riddim CHango Recordsの1TAによる、国産ルーツ/Dubの魅力を再評し新たな視点を深堀りするべくスタートするレーベル〈Rewind Dubs〉が始動!
 記念すべき第一弾は、2003年発表のCultivatorの名作CDアルバム『Voice of Love』 をLPアナログ用にリマスターした復刻盤! 本作は昨年惜しくもこの世を去ってしまった同バンドのフロントマン、Ras Dasherをトリビュートした限定300枚の再発作品である。
https://rewinddubs.bandcamp.com/releases

■ Voice of Love / Cultivatorオリジナルロゴ復刻T-シャツ販売決定
限定枚数販売!お見逃しなく!

Ras Dasher - Voice of Love T-Shirts (White / Black)
Cultivator Logo T-Shirts (Black)
M / L / XL / 2XL
¥3,000

R.I.P. Pharoah Sanders - ele-king

 2022年9月24日、ファラオ・サンダースが永眠した。享年81歳。昨年フローティング・ポインツとの共作『Promises』をリリースした〈ルアカ・バップ〉からのツイッターでニュースが拡散されたが、終の棲家のあるロサンゼルスで家族や友人に看取られて息を引き取ったということで、おそらく老衰による死去だったと思われる。享年81歳というのは、2年前に他界した交流の深い巨星マッコイ・タイナーと同じで、短命が多いジャズ・ミュージシャンの中でも比較的高齢まで活動したと言える。
 ジャズの歴史のなかでも間違いなくトップ・クラスのサックス奏者ではあるが、長らく正当な評価がなされてこなかったひとりで、日本においても長年あまりメジャーなジャズ・ミュージシャンという扱いは受けてこなかった。フリー・ジャズや前衛音楽の畑から登場してきたため、ある時期までは異端というか、アンダーグラウンドな世界でのカリスマというレッテルがつきまとってきた。ただし、1980年代後半からはクラブ・ジャズやレア・グルーヴの世界で若い人たちから再評価を受けると同時に、バラード奏者としても開眼し、かつてのフリー・ジャズの闘士という側面とはまた異なる評価を得ることになる。

 私自身もフュージョンとかを除いたなかでは、マイルス・デイヴィスでもジョン・コルトレーンでもなく、ファラオ・サンダースが初めてのジャズ体験だった。1990年ごろだと思うが、それまでロックにはじまってヒップホップとかハウスとかクラブ・ミュージックを聴いて、そこからソウルやファンクなども掘り下げていったなか、ファラオの “You’ve Got To Have Freedom” をサンプリングした曲から原曲を知り、それからファラオの世界にハマっていった。“You’ve Got To Have Freedom” はいまだ自分にとっての聖典であり、ジャズという音楽の尊さや気高さ、自由というメッセージに溢れた曲だと思う。
 フリー・ジャズというタームではなく、スピリチュアル・ジャズという新たなタームが生まれ、いまはカマシ・ワシントンなどがそれを受け継いでいるわけだが、その源流にいたのがファラオ・サンダースであり、現在のサウス・ロンドンのシャバカ・ハッチングスにしろ、ヌバイア・ガルシアにしろ、多くのサックス奏者にはファラオからの影響を感じ取ることができる。サックスという楽器にとらわれなくても、音楽家や作曲家としてファラオというアーティストが与えた影響は計り知れないだろう。

 改めてファラオ・サンダースの経歴を紹介すると、1940年10月13日に米国アーカンソー州のリトル・ロックで誕生。クラリネットにはじまってテナー・サックスを演奏し、当初はブルースをやっていた。1959年に大学進学のためにカリフォルニア州オークランドへ移り住み、デューイ・レッドマン、フィリー・ジョー・ジョーンズらと共演。その後1962年にニューヨークへ移住し、本格的にジャズ・ミュージシャンとして活動をはじめる。最初はハード・バップからラテン・ジャズなどまで演奏していたが、サン・ラー、ドン・チェリー、オーネット・コールマン、アルバート・アイラー、アーチー・シェップらと交流を深め、フリー・ジャズに傾倒していく。
 そうしたなかでジョン・コルトレーンとも出会い、1965年に彼のバンドによる『Ascension』へ参加。コルトレーンのフリー宣言と言える即興演奏集で、マッコイ・タイナーやエルヴィン・ジョーンズら当時のコルトレーン・グループの面々のほか、アーチー・シェップ、マリオン・ブラウン、ジョン・チカイら次世代が競演する意欲作であった。これを機にジョン・コルトレーンはマッコイやエルヴィンとは袂を分かち、夫人のアリス・コルトレーンやラシッド・アリらと新しいグループを結成。ジョンと師弟関係にあったファラオも参加し、1967年7月にジョンが没するまでグループは続いた。

 コルトレーン・グループ在籍時の1966年、ファラオは2枚目のリーダー作となる『Tauhid』を〈インパルス〉からリリース。“Upper Egypt & Lower Egypt” はじめ、エジプトをテーマとしたモード演奏と即興演奏が交錯し、自身の宗教観を音楽に反映した演奏をおこなっている。ファラオの演奏で特徴的なのは狼の咆哮とも怪鳥の叫びとも形容できる甲高く切り裂くようなサックス・フレーズで、高度なフラジオ奏法に基づきつつ、内なる情念や熱狂を吐き出すエネルギーに満ちたものだが、すでにこの時点で完成されていたと言える。
 コルトレーン没後はショックのあまり暫く休止状態にあったが、未亡人であるアリス・コルトレーンのレコーディングに参加するなどして徐々に復調し、1969年に〈ストラタ・イースト〉から『Izipho Zam』を発表。1964年に夭逝したエリック・ドルフィーに捧げた作品集で、ファラオにとって代表曲となる “Prince Of Peace” を収録(同年の『Jewels Of Tought』では “Hum-Allah-Hum-Allah-Hum-Allah” というイスラム経典のタイトルへ変えて再演)。シンガーのレオン・トーマスと共演した作品で、当時の公民権運動やベトナム戦争に対する反戦運動にもリンクするメッセージ性のこめられたナンバーである。ある意味でスピリチュアル・ジャズの雛型のような作品で、現在のブラック・ライヴズ・マターにも繋がる。

 レオンとのコラボは続き、同年の『Karma』でも代表曲の “The Creator Has A Master Plan” を共作。彼らの宗教観とアフリカへの回帰、アフロ・フューチャリズム的なメッセージが込められたナンバーだが、こうしたアフリカをはじめ、アラブ、インド、アジアなどの民族色を取り入れた作風が1960年代後半から1970年代半ばにおけるファラオの作品の特徴だった。1970年代前半から半ばは〈インパルス〉を舞台に、『Deaf Dumb Blind-Summun Bukmun Umyunn』『Black Unity』『Thembi』『Wisdom Through Music』『Village Of The Pharoahs』『Elevation』『Love In Us All』などをリリース。『Wisdom Through Music』と『Love In Us All』で披露される名曲 “Love Is Everywhere” に象徴されるように、愛や平和を表現した楽曲がたびたび彼のテーマになっていく。
 また、『Elevation』で顕著なインド音楽のラーガに繋がる幻想的な平安世界も、ファラオの作品にたびたび見られる曲想である。グループにはロニー・リストン・スミス、セシル・マクビー、ジョー・ボナー、ゲイリー・バーツ、ノーマン・コナーズ、ハンニバル・マーヴィン・ピーターソン、カルロス・ガーネットなどが在籍し、それぞれソロ・ミュージシャンとしても羽ばたいていく。彼らは皆スピリチュアル・ジャズにおけるレジェンド的なミュージシャンたちだが、ファラオのグループで多大な影響や刺激を受け、それぞれの音楽性を発展させていったと言える。

 1970年代後半にはフュージョンにも取り組む時期もあったが、〈インディア・ナヴィゲーション〉へ移籍した1977年の『Pharoah』では、1960年代後半から1970年代初頭に見せた無秩序で混沌とした演奏から変わり、水墨画のように余計なものをどんどん削り、ミニマルに研ぎ澄ましてく展開も見せている。時期的にはブライアン・イーノがアンビエントの世界に入っていった頃でもあり、もちろんファラオ本人にそうした意識はなかっただろうが、ある意味でそんなアンビエントともリンクしていたのかもしれない。
 そして1979年末に再びカリフォルニアへと拠点を移し、〈テレサ〉と契約して心機一転した作品群を発表する。その第一弾が『Journey To The One』で、前述した “You’ve Got To Have Freedom” を収録。フリー・ジャズやフュージョンなどいろいろなスタイルを通過したうえで、再び原点に立ち返ったようなネオ・バップ、ネオ・モードとも言うべき演奏で、かつての〈インパルス〉時代に比べ軽やかで、どこか吹っ切れたような演奏である。ピアノはジョー・ボナー、ジョン・ヒックスというファラオのキャリアにとって重要な相棒が、それぞれ楽曲ごとに弾き分けている。
 1981年の『Rejoice』は久々の再会となるエルヴィン・ジョーンズほか、ボビー・ハッチャーソンらと共演した作品で、女性ヴォイスや混成コーラスが印象的に用いられた。同年録音の『Shukuru』ではヴォイスやコーラスとストリングス・シンセを多層的に用い、ジャズに軸足を置きながらもニュー・エイジやヒーリング・ミュージックに繋がる世界を見せる。一方で1987年の『Africa』では、アフリカ色の濃いハイ・ライフ的な演奏からモード、バップ、フリーと幅広く演奏しつつ、バラードやスタンダードなどそれまであまり見せてこなかった世界にも開眼。穏やかだが情感溢れる演奏により、これ以降はバラードの名手としての評価も加わるようになり、1989年の『Moon Child』、1990年の『Welcome To Love』といったアルバムも残す。

 このように正統的なジャズ・サックス奏者としての地位も確立する一方で、1987年の『Oh Lord, Let Me Do No Wrong』ではレゲエを取り入れた演奏も見せるなど、つねに新しいことに対する意欲や探求心を持って演奏してきたミュージシャンである。1990年代以降はクラブ・ミュージックの世代から再評価されたことを自身でも受け、ビル・ラズウェル、バーニー・ウォーレル、ジャー・ウォブルらと共演した『Message From Home』『Save Our Children』を発表している。日本のスリープ・ウォーカーから、ロブ・マズレクらシカゴ/サン・パウロ・アンダーグラウンドなど、国、世代、ジャンルの異なるミュージシャンとの共演も盛んで、そうしてたどり着いたのが遺作となってしまったフローティング・ポインツとの『Promises』であったのだ。文字通り死ぬまでボーダーレス、ジャンルレス、エイジレスで自由な活動を続けた稀有なミュージシャンだった。

The Lounge Society - ele-king

 何年か前にロンドンの新興レーベル〈Speedy Wunderground〉のインタヴューを読んだときに一際印象に残ったのは、イングランド北部の街ヘブデン・ブリッジの少年たちからデモが送られてきたというエピソードだった。サウス・ロンドンのプロデューサー、ダン・キャリー(ゴート・ガールフォンテインズD.C.のアルバムのプロデューサー)がはじめたこのレーベルは当時ノリに乗っていた。19年前半にブラック・ミディブラック・カントリー・ニューロードスクイッドを連続リリースし、このデモが送られてきたと思しき19年後半から20年はじめにかけてはツリーボーイ&アーク、シネイド・オブライエン、ラザロ・カネ、ピンチ、PVAをリリースしていたようなそんな時期だ。そしてロンドンから離れた場所に住むこの北部の15歳の少年たちは自分たちこそそれらに続くバンドにふさわしいと信じてメールを送った(同時にそれはこのレーベルがいかにクールなのかと少年たちが認識していたかということの証明でもある)。
 〈Speedy Wunderground〉に届いた一通のメール、そんなふうにしてはじまったバンドの物語。レーベルのA&Rを担っているピエール・ホールは20年5月の『Yuckマガジン』のインタヴューで少年たちのバンドについてこう語っている。「ダンが最初にこのバンドを聞いて、いかに素晴らしいかって興奮してそれを伝えるために僕にメールしてきたんだ。もちろん僕も気に入ったよ」「レコーディングの日、彼らは模擬テストがあって、ロンドンに出てくるのは校長先生の許可が必要だったんだ。友だちが試験を受けている間に、世界で最もホットなプロデューサーと一緒にレコーディングをしているってめちゃくちゃクールだよね」。そう笑って話すピエール・ホール。そのバンドこそがザ・ラウンジ・ソサエティであって、その曲こそが彼らのデビューシングルとなった “Genaration Game” だった。

 このエピソードを聞いたとき、僕はもうサウス・ロンドンの次のシーンがはじまったのかと驚きそして同時にワクワクした。ウィンドミルに出演していたようなバンドたちの音楽を聞いてバンドをはじめた少年たちが世の中に打って出る、盛り上がりを見せるシーンの裏で新たな物語が立ち上がる、そうやって音楽は脈々と受け継がれていく。ラウンジ・ソサエティの登場は次世代のバンドのはじまりを確かに感じさせるものだった。

 そうして少年たちは時を重ねる。21年にリリースされたEP「Silk For The Starving」、22年にリリースされたデビュー・アルバム『Tired Of Liberty』、幼さの残る子ども時代の面影は消え去り、その輪郭はどんどんシャープになっていく。このアルバム『Tired Of Liberty』に漂う空気はどうだ? 抑圧されるなかで生まれたエネルギーが理想的にやさぐれて、いにしえの時代から続くアートと不良とロックンロールが暗く輝くステージの上で混ぜ合わされている。
 この1stアルバムには彼らが影響を受けたであろう音楽の要素がそこらかしこに見え隠れする。ザ・ストロークスにトーキング・ヘッズ、NYパンクの匂いがあって、初期のサウス・ロンドン・シーンのバンドと共鳴するようなポストパンクの音も聞こえてくる。ギターの音は艶があり、少しクセのあるヴォーカルはライヴハウスの熱気をそのまま伝える。このアルバムはダン・キャリーとともに彼の自宅のスタジオで2週間で録音されたようだが、その手法はゴート・ガールの1stアルバムをプロデュースしたときに近かったのではないだろうか? つまりほとんどライヴ録音に近い形で、作り込まれた完成度よりも彼らの持つ熱と生々しさをそのまま閉じ込めるようにしてこのアルバムは作られたのではないかということだ。そしてそれはロック・バンドとしてのラウンジ・ソサエティの姿を浮き彫りにする。

 オープニング・トラック “People Are Scary” の70年代の映画のような色合いの少し芝居がかったギターとドラムの音、その音は頭の中にある「銃口を見つめる世代」(“Genaration Game”)のロック・バンドの姿をアップデートさせる。モノクロの世界が色づき、色をまとい、そこにいにしえの映画スターやロックスターの姿が投影されていく。わずかに間を置き静かになだれ込む “Blood Money” のギターのリフがやはりスクリーンの世界の幻想を想起させ心をざわつかせる。ここにあるのは現代の、古典的なロック・スター/ロック・バンドの姿だ。『Tired of Liberty』(自由にうんざり)というアルバムのタイトルは皮肉にみちていて、抑圧された日常の中で存在しない自由を渇望し、押しつけられたものではない自由の形を追い求めているように僕には思える(あるいはそれはある種の解放で、周囲に押し込められた決めつけの箱──たとえばそれはこのバンドはサウス・ロンドン・シーンから出てきたポストパンク・バンドであるという言葉で終わらされるような──の中から出るというような意味合いも込められているのかもしれない)。

 若く反抗的なバンドのその姿は何度でも音楽シーンに興奮とロマンを付与する。そしてこの物語の先をもっと見てみたいという欲求を生じさせるのだ。「あんたの嘘は全て皮肉で塗り固められている」「いつだって金が優先だ/あんたがするように、俺たちがそうするように/その手は血にまみれている」。“Blood Money” においてラウンジ・ソサエティは不健全で不透明な世界に対してそういら立ちを滲ませる(政治的なテーマはどうしたって日常にリンクするとバンドは言う。それはたとえばブレグジットによってヨーロッパツアーが容易にできなくなるとういう形で現れる。あるいはその反対にヨーロッパのバンドが簡単にUKに入ってこられなくなるといった形で。いまやそれが許されるのは既に成功している人たちだけなのだと)。
 それらのフラストレーションは音楽として表現され、楽曲の中に現れる。エレクトロニクスのビートと組み合わされた “No Driver” はレトロムードが漂う世界観で、安っぽいドラマと譲れない美学が混じり合ったような焦燥と暗く沈んだ不安定な疾走が表現されている(逃避的な解放を求めて。だが結局はどこにもいけないのかもしれない。しかしだからこそラウンジ・ソサエティのような音楽が必要なのだと僕は思う)。最終曲、再録された “Genaration Game”、よりラフに崩されぶっきらぼうに吐き捨てられたヴォーカルの興奮はまさにゴート・ガールの1stにおける “Country Sleaze” を彷彿させて、時の流れが可視化され現在のバンドの姿がそこに重なる(それは1周して戻ってくる物語のタイトルの回収のようなものだ)。

 ラウンジ・ソサエティは決して爆発しない。その一歩手前で立ち止まりフラストレーションを抱え続ける。焦燥を煽るギター、不満をぶつける先を探すようなヴォーカル、不健全で不透明な世界へのいら立ち、彼らのEPに収録されている “Cain's Heresy” のビデオに映るゴードン・ラファエル(ストロークス初期2作のプロデューサー)はこのアルバムを聞いていったいなんて言うだろう。新しい世代のストロークスになりたいと野心を抱くバンドのヒリヒリとしたステージのその最初の幕がここに上がり、そしてつられてそのボリュームを上げたくなる。

Babylon - ele-king


 1970年末から1980年代にかけてのUKは、移民と極右との激しい闘争の時代でもあった。度重なる差別と抑圧のなかで勃発した1976年のノッティングヒル・カーニバルでの暴動は有名だが、1981年のブリクストンやトクステスでも暴動は起きている。これらは、警察の嫌がらせに対する反乱が起爆剤となった。『バビロン』は、人種をめぐっての政治的な緊張状態にあったこの時代のロンドンを舞台にした映画で、当時のレゲエ文化のリアルなシーンを描いている。
 物語は、サウンドシステムを使ってのバトル(サウンドクラッシュ)への出場を控えた、ひとりの青年(当時アスワドのメンバーだったブリンズリー・フォード)を中心に繰り広げられる。相手はジャー・シャカで、主人公は仲間と一緒に、サウンドクラッシュに向けて着々と準備をするが、彼の前にはさまざまな困難が待っている……。

 まず嬉しいのは、当時のUKのサウンドシステム文化が見れること。なるほど、こうやっていたのかと。再開発されるずっと前のロンドンの荒んだ町並みもいい。もちろん、劇中では素晴らしいレゲエとダブが鳴り響いている。ヤビー・ユーやI-ロイのディージェイ・スタイル、ジャネット・ケイのラヴァーズ、それからなんといってもアンドリュー・ウェザオールも愛したアスワドの名曲“Warrior Charge”、この映画のテーマ曲だ(ちなみにそのサウンドトラックにおいては、『女パンクの逆襲』のヴィヴィエン・ゴールドマンが同曲でトースティングをしている)。
 思想家ポール・ギルロイが言ったように、体を揺さぶり、低音を聴き、感じることができるロンドン中のレゲエやダブのサウンドシステム文化は、現代社会に対する過激な批判を秘めていると、映画『バビロン』を見ると納得する。『ガーディアン』が書いたように、「暗いダンスホールは、参加者を抑圧的な現在から連れ出し、音楽の歌詞は、資本主義の下で働くことのつまらなさを鋭く突く」。
 ジャマイカとはまた違ったUK独自のレゲエ/ダブのドキュメント、2019年にニューヨークでプレミア上映され大きな反響を呼んだという本作、本邦初上映です。

原題 : Babylon | 監督:フランコ・ロッソ│脚本:マーティン・ステルマン、フラン コ・ロッソ│撮影:クリス・メンゲス│音楽:デニス・ボーベル、アスワド 出演:ブリンズリー・フォード、カール・ハウマン、トレヴァー・レアード、ブライ アン・ボーヴェル、ヴィクター・ロメロ・エバンス、アーチー・プール、T.ボーン・ ウィルソン
1980 年│イギリス │カラー│94 分 |
配給:マーメイドフィルム、コピアポア・フィ ルム | 宣伝:VALERIA

■10月7日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー

Spoon × Adrian Sherwood - ele-king

 テキサスはオースティンのロック・バンド、スプーン(バンド名の由来はCAN。ドラマーのジム・イーノはチック・チック・チックのプロデュース経験あり)の最新アルバム『Lucifer On The Sofa』を、なんと〈On-U〉のボス、エイドリアン・シャーウッドがリワークする。題して『Lucifer On The Moon』。もともとはシングル曲だけのリミックス依頼だったものの、その結果に歓喜したバンドはアルバム全体のリワークも任せることにしたそうだ。意外な組み合わせだが、そこはかつてプライマル・スクリームなども手がけていたシャーウッド、さすがの手腕だったのだろう。先行公開されている “On The Radio” と “My Babe” を聴いてみても……たしかにこれはかっこいいですわ。『Lucifer On The Moon』は11月4日に、〈マタドール〉よりリリース。

interview with Nils Frahm - ele-king

 ニルス・フラームは、ポスト・クラシカルの旗手としてもはや押しも押されもせぬ存在である。
 彼のプロフィールとしてまず筆頭に来るのはピアニストとしての顔であることは衆目の一致するところだろうし、続いて作曲家、電子音楽家という顔を持つことももちろん重要だ。しかし、2018年の『All Melody』以来4年ぶりとなるオリジナル・アルバム『Music for Animals』を聴いたひとは誰でも驚愕するに違いない。
 このアルバムからは彼のトレードマークであったあのピアノの音が聴こえてこないのだから。

 驚くのはそれだけではない。この『Music for Animals』のトラック数は10。しかしそのランニングタイムのトータルは3時間を超えるのである。密やかなフィールド・レコーディングによるノイズからフェイドインしてくるオープニング・トラック “The Dog with 1000 Faces” のランニングタイムは26分21秒もあるのだ。
 これまでのニルス・フラームのトラックはだいたいそんなに長いものではなかった。ポスト・クラシカルの作品は得てして尺が長くなりがちなのだが——それはそれで素晴らしい体験をもたらすのだけれど——ニルス・フラームの作品は比較的コンパクトにまとまったものが多い印象があった。
 しかし今作は違う。トラックタイムは1曲目から順に26分21秒/13分28秒/13分9秒/24分48秒/18分15秒/27分3秒/7分26秒/15分2秒/18分32秒/22分37秒。もちろんこのくらい長い尺を持つトラックは、アンビエントなどの電子音楽系ではさして珍しいものではないだろう。だが、ニルス・フラームのこれまでの作風からすると、このトラックタイムの急激な増加はいったい何を意味するのか。

 じつはニルス・フラームはこのアルバムのリリースに先立ち、何枚かの未発表曲集と、初期のオリジナル・アルバム2作をリリースしている。Covid-19禍によって自己の過去と向き合うということだったのかもしれないが、しかしそういうふりかえりを経て制作された新しい作品がこのような(これまでのニルス・フラームの作品を知る者にとっては)すっかり装いを新たにしたものになっているということに、やはり聴き手としてはいろいろな憶測を巡らせてしまうのである。

 ……と、いろいろなことを考えながら、ベルリン在住のニルス・フラームとZOOMで繋がって話しはじめようとしたのだが、どうも様子が変だ。画面に映るニルスの背後は白塗りの壁。本人は上半身裸で麦わら帽子のようなものをかぶってリラックスした雰囲気である。聞けば「いま、スペインでバカンス中」なのだという。しかしよく話を聞くと、バカンスというのではなく、ベルリンとスペインの二重生活を送っているようなのだ。そういえばCovid-19禍初期の2020年にソニック・ブームにインタヴューした際、彼もいまはイギリスを離れてポルトガルに暮らしているという話を聴いたことを思い出した。南欧はいま、音楽的に注目のスポットということなのか。

社会が必要な人間と不必要な人間に分けられたように、僕も自分のカタログを「人が聴いてもいい、良い曲」と「そうじゃない曲」に分けることにした。〔……〕過去の古いハードディスクは取り外して、ゴミ箱に捨てられるんだ。

もうCovid-19はすっかり日常の風景になってしまった観もありますが、ベルリンの生活の状況はどうですか?

ニルス・フラーム(Nils Frahm、以下NF):もう誰も気にしてないと思う。世界中の国と同じく、ドイツもロックダウンがあって、生活は大きく変わったりしたわけだけど、いまは僕が見る限り、誰も気にしていないし、口にもしない。まるでそんなことなかったかのようだ。自分でも驚いているよ。しばらくの間は世の中でCovid-19問題について考えることがいちばん大切なことのように思えたけど、いまはウクライナの戦争──ベルリンとは地理的にも近いし──ヨーロッパの猛暑への不満だったり……。人間っていうのは、同時にふたつのことしか心配できないんだ。三つ、四つと心配するのは不可能なのさ。

なるほど、優先順位が移ったということですね。

NF:優先順位、そう、まさにそれだよ。

いまのあなたの日常生活はどんな感じですか? 音楽制作については後でたくさん話してもらうと思うので、音楽制作以外で、パンデミックはどのような影響、もしくは変化をあなたにもたらしましたか?

NF:自分のスタジオがあり、楽器もあり、アイディアは頭の中にあるので、仕事はそのまま続けられたわけだけど、以前のように演奏するモチベーションが持てなかったね。以前はアスリートのように音楽に取り組んでいたんだと思う。世界のすべてのものごとがすごいスピードで動いていて、自分もそれに慣れていたんだよ。それが突然、文化もコンサートも不必要なものになってしまった。コロナ禍になって最初のころさかんに論議されたのは、社会生活にとって必要で重要で意味ある仕事──例えば消防士、警官、医療関係者、食料品店など(いわゆるエッセンシャルワーカー)──と、それ以外の無用で無意味な仕事という線引きだ。前者の人間はずっと仕事をしつづけられたが、後者の人間はなにもできなくなった。僕の友人のほとんどはアーティストや文化系の仕事をしてるので、みんな無意味な人間になっちゃったのさ。そのことについてはいまだに考えるよ。実際、アートも音楽も無意味なのかもしれない。将来、世の中にとって意味あるものは、食料と兵器だけになってしまうのかもしれない。

今回の新作の前に、あなたはまず昨年2021年に、2009年に制作されながらリリースされていなかった『Graz』、2009年から2021年までに制作されたピアノ・ソロを23曲も集めた大作『Old Friends New Friends』をリリースし、今年に入るとファースト・アルバム『Streichelfisch』、セカンド・アルバム『Electric Piano』という、〈Erased Tapes〉レーベルからリリースする以前の2枚の作品をあなた自身のレーベル〈Leiter〉からリイシューし、また過去のEPと未発表曲からなるコンピレーション・アルバム『Durton』をリリースするなど、Covid-19時代になって過去の音源に再び向き合う姿勢を見せました。もちろんCovid-19によるロックダウンで外に出られない日々が長く続いたということもあるのでしょうが、これらのリリースは、あなたにとってどういう意味がありましたか?

NF:君が言うように、時間がたっぷりあったし、他に何をしていいのかも確かじゃなかった……というか、再び音楽を作るのかどうかもわからなかった。もしこの先音楽がなくなって、農家か警官か兵士になったとしたら、僕はもうカタログの心配をしなくてよくなるわけだよね。それで、社会が必要な人間と不必要な人間に分けられたように、僕も自分のカタログを「人が聴いてもいい、良い曲」と「そうじゃない曲」に分けることにした。20年間で作った全作品を聴き直し、『Graz』『Empty』『Old Friends New Friends』などをリリースし、同時にそれ以外の曲をすべて削除したんだ。いまはもう何も隠しているものはないよ。これですべてだ。おそらく僕は線を引きたかったんだと思う。ひとつの時代を終え、決して振り返らない。いま現在の僕の脳と耳で決めたんだから、もう心配はしないよ。将来、「もしかしてニルスはいいものを作っておきながら、リリースせずに隠してるんじゃないか?」と思って、僕のハードディスクを見られたとしても、良いものはなにも残ってないんだ。過去の古いハードディスクは取り外して、ゴミ箱に捨てられるんだ。


©LEITER

僕はアルバムをハンバーガーを売るように売ってるわけじゃないし、金を儲けるために作ってるわけでもない。もし金を儲けたければ、金融取引とか広告業界とかNFTとか暗号通貨とか、音楽以外の職についているよ。

私はあなたの音楽をデビュー時から聴いていて、10数年でゆっくりとあなたが変わっていく様を見届けてきました。そんな私ですら、あなたの音楽はリリースされるたびに毎回変化を遂げていて驚かされているというのに、これらのリイシューによって、あなたを新しく「発見」したリスナーにとっては、極めて短期間にあなたの歩みと変遷を経験したわけです。新しいリスナーにしてみれば「Nils Frahmっていったいどういうアーティストなんだ?」と驚いたのではないでしょうか?

NF:確かに、新しいリスナーの入口としては難しいのかもしれないね。あまりにもたくさんの音楽があって「自分の好きな曲はどれだ?」と選ぶことからスタートしなくちゃならない。でもね、正直に言うけど、人はもうアルバムなんて聞いちゃいないよ。Spotifyに行ってその中の4、5曲だけを聴くか、プレイリストに入っていたから聴くというだけで、アルバム全部を聴く人はごくわずかだ。それはたぶん日本人のリスナーだろうね(笑)。だから僕は自分の音楽があるスペースを作った。そこから好きにプレイリストに入れる曲を選んでくれればいい。僕はそれで構わない。つねに思ってきたことなんだが、僕がいつそのアルバムをリリースしたかなんていう情報は実はあまり重要じゃないんだ。例えば『Screws』をリリースしたのは2011年だけど、あれを2022年のいま、初めて見つけて聴いて「私のお気に入りのアルバムだ」と言ってくれる人がいるわけだよ。自分が好きだと思えるものを見つけるのに、10年かかる人だっているんだ。『Spaces』は2013年に作ったが、今年あれを買って、新しい音楽として聴いてくれる人もいる。だから短期間で数多くの作品を出すことは、いまは少し人を混乱させることかもしれないと思ったが、10年後には誰も気にしないし、覚えてもいないと思ったのさ。

先程、「ひとつの時代を終える」とおっしゃっていましたが、では新作『Music for Animals』は新しいチャプターのはじまりだということでしょうか?

NF:ああ、その通りだよ。これは作るつもりはなかったが、あまりにも時間があったので、できたアルバムなんだ。ニーナ(ニルスの妻)がグラスハーモニカを弾いているのは、ロックダウンで会える人が一緒に住んでる人だけだったからだよ。アルバムが持つテーマや作られた状況は、歴史が一旦(コロナによって)切り離された状況と一緒なんだ。パンデミック以前のキャリアと、パンデミック以降のキャリア、と言っていいよ。

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人間ではなく、まるでエイリアンが作ったかのような、もしくは自然が作ったかのような音楽、というのかな。西洋の感覚でいう “エゴ” のないものにしたかった。〔……〕僕を通り越して、僕がそこに介在しないものにしたかったんだ。

『Music for Animals』は、実に3時間以上に及ぶ長大な作品になりました。しかもトラックは10個しかないのに、です。これまであなたの作品は一部を除けば10分を超える曲はほとんどなく、どれも5分前後のコンパクトな曲が多かった。しかし今回のアルバムは、なかには30分に近い長大な曲もいくつかありますね。このような長時間をあなたの曲が必要とするようになったのはどういうことを意味しているのでしょうか。

NF:長い曲である必要はなかったし、全部の曲の短いヴァージョンを作ることもできたんだけど、それでは真実を隠すことになると思ったのさ。僕はスタジオで曲を書きはじめ、セッションをはじめ、ある程度時間がたったところでようやく「いま、自分がいいと思える方に曲をナビゲートできているな」と感じるわけ。だから曲の最初と最後はあまり気に入ってなかったりする。これまでのアルバムの曲は、そういった良くない部分を全部カットしたヴァージョンだったわけさ。初期のころの自分は、曲を聴き直しては「これでは長すぎる、短くしなきゃ」と思い、曲を短くすることが恒例になってしまったんだ。曲を書いたら手はじめに「長すぎると思われないように、どう短くするか」を考える、というようにね。でも本来、自分のために曲を演奏しているときは──今回はニーナと一緒だったけど──これだけの長さだったというのが真相なんだ。『Music For Animals』の曲はどれもライヴ・インプロヴィゼーションだ。譜面を書いて演奏したわけではなく、スタジオに入り、演奏した。ライヴ・コンサートを聴いてもらっているようなものさ。テンポもペースも演奏されたまま。それを切り取ってしまいたくないな、と感じたのさ。短くしてもよかったけど、そうしたら何かが欠けてしまったかもしれないわけだからね。

なるほど。さきほど、人はアルバムを聴かないと言ってましたね。確かに聞き手はイントロを数秒聴いて次の曲にスキップ、というようなことを普通におこなうようになりました。そんななか、あなたが今回そういったアルバムをあえて作った、というのは何か意図があったのでしょうか?

NF:僕はアルバムをハンバーガーを売るように売ってるわけじゃないし、金を儲けるために作ってるわけでもない。もし金を儲けたければ、金融取引とか広告業界とかNFTとか暗号通貨とか、音楽以外の職についているよ。もしアーティスト──なんていうものがまだ存在するのなら──僕らは生きている時代を反映させたアートを作るべきだと思う。僕らはみんな、急がされ、あわただしく、不安とストレスと恐怖の中、友人とか愛といったものの欠如、時間を無駄にしていることへの恐れを感じながら生きている。『Music For Animals』で僕が言っているのはそういうことだよ。いま、僕らの周囲で起きていることへの僕なりのステイトメント。Spotifyのような配信サービスでアーティストはより短い曲を作るように促される。2分聴いて、もう一度聴かれれば、その分印税が入るし、短ければプレイリストに入れるのにも楽で、プレイリストが何度もストリーミングされ……。30秒でその曲全部のクレジットをもらえるという、変なルールがあるのさ。つまり2分の曲でも20分でも同じ。だから皆、短い曲をたくさん作る。でも僕は思うんだけど、お金は決して最高のコンポーザーじゃない。最高のアーティストでもない。もちろん、お金がインスピレーションを生むことはあると思う。誤解しないで、お金は存続するためには必要なものだ。ただし、僕はミュージシャンにはキャリアやお金の心配はしないで、作りたい音楽を作れ、と言いたいんだ。僕の作る音楽を聴いて、何かを感じてくれている人もいるわけだから、みんながそれを実践すればいいんだと言いたい。妥協するなってことさ。『Music For Animals』は確かに長いアルバムだし、誰もやったことがないかもしれないけど、やることは可能なんだ。好きになってくれても、嫌ってくれてもいい。論議を呼ぶかもしれない。だってアルバムの中にはなんにもないんだ。あるのはサウンドとループだけ。でも、もしかしたらそこに心の声を見つける人がいるかもしれない。能動的なリスニング体験をすることで、初めて音楽を好きになるかもしれない。能動的に音楽を聴くというのは、すなわち曲を聴きながら、曲をコンポーズするのと同じことだ。たいがいの曲は120%完成したコンパクトな形でリスナーに届くから、リスナーは何もすることがない。イベントが次々起こるようなものだ。でも僕は曲の半分しか外に出さない。残りの半分は中に留まったまま。リスナーの天才的な心がそれを見つけ出してくれると思ってるんだ。しかも毎回違う結果を伴ってね。『Music For Animals』は、音楽にやるべきことをやらせる、一種の実験なんだ。コンポーザーはそこには介在せず、音楽に人間が及ぼすインパクトをすべて排除した。人間ではなく、まるでエイリアンが作ったかのような、もしくは自然が作ったかのような音楽、というのかな。西洋の感覚でいう “エゴ” のないものにしたかった。たいていの、いや、すべてのコンポーザーは、自分の書く音楽に自分自身が現れるものだ。彼らの体験や視点が、彼らが外に出すもの、つまり音楽の基本を形成している。でも僕はそうじゃなくて、僕を通り越して、僕がそこに介在しないものにしたかったんだ。

人が自分の息よりも長い音を出すには、息を吸い込まなければならない。でも吸い込む息のないサウンド、吐き出す息しかないサウンドを出す楽器は、ある種の神のようなものなんだ。僕らの知ることを超えているという意味で、神に近い。

今回はピアノを使ってませんね。そもそもあなたの音楽にはいつもアコースティック・ピアノというイメージがありました。ましてあなたは2015年からはじまったイベント《Piano Day》の創立者でもあります。そんなあなたがピアノという楽器から離れようとしたのはどういう理由があったのでしょうか。

NF:特別な理由があったわけじゃない。エゴを排除したアルバムというコンセプトに、ピアノはそぐわなかっただけだ。ピアノというのは人間の声のようであることも多く、エゴのない形は難しい。それをやろうとするとハロルド・バッドブライアン・イーノのようになってしまう。ハロルド・バッドがやってたのは、ピアノをウィンドチャイムのように弾くということだ。ウィンドチャイムは風に揺られて音が出る。自分から音を出しているわけではない。そこにエゴはない。アンビエント・ミュージックだ。基本的には12音技法、もしくはセリエル音楽と同じで、12の音すべてに同等の意味や重要性がある。そこから、正しくない音を省いていく。そういう音楽を聴き、自分でも試そうとしたことがあるけど、どうしても他のコンポーザーが書いた曲のようになってしまうんだ。ハロルド・バッドや他の好きなコンポーザーのようにね。それは僕がすでに知っていることなので、僕が望むのはこれではないと思ったんだ。

グラスハーモニカの話が先ほど出ましたが、この楽器は、18世紀に発明され、その後爆発的人気を博しながらも健康障害を引き起こすという噂が広がって一時廃れ、近年また脚光を浴びたそうですね。発明したベンジャミン・フランクリンが「天使の声」と形容したとも聞いています。あなたはどうしてこの楽器に着目されたのですか?

NF:人間の息の長さよりも長い音を出せる楽器というのは、そういくつもないんだ。例えばトランペットも長い音を出せるが、いずれは息が切れて音は止まるよね。でも世界中、スピリチュアル・ミュージックには無限の音を出せる楽器が必要とされる。インド音楽には手動オルガンのハルモニウムがあり、楽器にふいごで空気を送り込むことによって永遠に続く音を作り出せるんだ。それは一種の宇宙だ。普通、音は自然や地球から生まれ、そこで終わる、それが現実というものだ。すべての音にははじまりと終わりがある。でもスピリチュアルでコズミックな音には終わりがない。ドローンのように。海の音のように。吹き続ける風のように。西洋の伝統には教会のオルガン(パイプオルガン)があるが、あれも永遠に音を続かせることができる。人が自分の息よりも長い音を出すには、息を吸い込まなければならない。でも吸い込む息のないサウンド、吐き出す息しかないサウンドを出す楽器は、ある種の神のようなものなんだ。僕らの知ることを超えているという意味で、神に近い。ヴァイオリンも長い音を出せるが、それでも弓を返す時に音はどうしても途切れてしまう。継続する音を出せる楽器はごくわずかなんだ。グラスハーモニカはそのひとつ。シンセサイザーもそうだね。


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人間だって、結局は動物。僕らは動物という家族の一員だ。これは人間から生まれた音楽でもないし、人間のための音楽でもない。

収録曲のタイトルについて。「動物のための音楽」と言う割には、動物の名前は「犬」「ムール貝」、「かもめ」、「羊」と、最初の4曲にしか使われていませんね。強いて言うなら9曲目の「レモン」も動物のひとつに入るでしょうか……

NF:いや、レモンは動物じゃないよ(笑)。

ですね(笑)。それ以外の曲も含め、どうしてこういうタイトルにしたのか、理由を聞かせてください。

NF:インストゥルメンタルの曲のタイトル選びっていうのは、一種のジョークのようなもので……。歌詞がないわけだから、何かしらの名前をつけなきゃならない。新しい猫を2匹家に迎えたら、「なんて呼ぼう?」と考えて、名前をつけるのと同じ。僕としては笑えるタイトルが好きなんだ。だって曲を作るプロセス自体が楽しいわけだからね。タイトルによって曲の雰囲気に何かが加わることもあるので、繊細な曲を、例えば「レモンの日」、もしくは「ムール貝の記憶」と呼ぶことで、その曲自体が少し変わってくることもある。タイトルをどうするかは、決して5分で決めるようなことはせず、しばらく考えるけれど、タイトルがすごく重要だとは思っていないんだよね。「Music For Animals」も僕とニーナの頭の中では、ずっと仮のタイトルだったんだ。今回はロックダウン中だったから友人に聴かせることもしなかったので、聴いているのは僕らと猫2匹と犬だけ。彼らは音楽を聴きながら、寝たり、リラックスしているようだった。というか、他の音楽を聴いているときより、ぐっすりと眠っていたんだ。実際、猫と犬でテストをしたんだけど、僕らの音楽はリラックスにいい効果があったみたいだよ。人間だって、結局は動物。僕らは動物という家族の一員だ。これは人間から生まれた音楽でもないし、人間のための音楽でもない。パンデミック中に起きていたいろいろなドラマはちょっと僕にはトゥー・マッチなところもあったし、さまざまな決断が知らぬ間に勝手にされていることに、僕自身「いまの時点で、僕は人間が嫌いだ」という思いになったりもしていたんだ。だから動物のためにアルバムを作りたいな、とね。

アルバムのジャケットについてですが、デザインはお父さんのクラウス・フラームによるもので、色使いも含めてとてもシンプルながら光を感じるいいデザインだと思います。このデザインの意味するところをあなたはどう見ていますか? そういえば、左側に文字、右に写真というデザインは、2022年に出た『Durton』と『Old Friends New Friends』、リイシュー版のファースト『Streichelfisch』にも共通していることに気がつきました。これらはあなた自身の希望も反映されているのでしょうか?

NF:ああ、シンプルなアルバム・ジャケットは、僕にとっては意味があるし、目的に適っている。まずアーティスト名は表ジャケットに載ってなきゃだめだ。ここ10〜20年くらい、表ジャケットは写真だけで何も文字を入れないというのが流行りになってたけど、僕はアーティストが誰なのかを知りたい。レコード店でレコードを探すときに写真だけのジャケットは本当に苦労するんだ。レコードの中身は好きなことをやっていいけど、ジャケットに関しては見た目重視のひとりよがりなエゴマニアにならないでくれ! と言いたいね。ジャケットもそうだし、レコード盤にも、必要な情報が全部載っていることが重要なんだ。ちゃんとSide A、Side Bと書いてくれ。曲目も、大きい字で、裏ジャケットにも読める字で書いてくれ! アートに終わりはない、と言わんばかりのジャケットにはうんざりなんだよ。いまはアナログ盤が一種のアーティスティックなステートメントになってしまっているけど、かつてはただ必要な情報を提供するものだった。昔のジャケットから学ぶべきだと思う。レコード店で見やすいように、左の上に名前を書く。下だと探しづらいだろ? 僕の作品のアートワークがどれも似ているのは、正解はこれしかないからなのさ。それにこのストラクチャーが決まっていれば、毎回「ジャケットをどうしよう?」と頭を悩ませて、いかにクレイジーな新しいことを試すか、ということをしなくて済むしね。

2023年にはライヴが予定されているとのことですが、このアルバムの曲を丸ごとライヴで演奏するのでしょうか? それとも何曲かピックアップして、あとは既存曲を演奏するとか?

NF:確かに『Music For Animals』はライヴ向きのアルバムではないかもね。スローすぎるし、皆を眠らせてしまう。なので、何曲かを新たにライヴ・ヴァージョンとして書き変えようと思っているよ。ニーナがツアーには同行しないので、グラスハーモニカもない。まあ、これはもともと音量が小さい楽器なので、エレクトロニックなライヴでは使えないんだ。他にもいろいろとライヴ・プロジェクトにするにあたっては制約があるアルバムなので、これまでとはまったく違うものをライヴ用に作る予定だ。考えてみればバカな話さ。たいていの場合、アルバムを作ったらそこで仕事はひとつ終えるわけだから、あとはそれをライヴでパフォーマンスするだけだ。ところが今回はライヴに必要なプラスアルファの仕事をこれからしようと思ってるんだからね。昔からレコードを作るときはレコードを作り、ライヴをするときはライヴをやる、という気持ちでやってきた。ライヴ体験のためにはすべてを変えることもある。家で料理したり、パーティーをしながら聴くのに適した良いレコードを作るのとはまったく違うチャレンジだからね。ライヴにはもっとダイナミクスが要求される。それをレコードでやってしまうと、音が大きな箇所にくると、会話が聞こえないからと言って音量を下げられてしまい、そのままずっと小さな音で聴かれることになる。家で聴くのと、ライヴは、まるで違う体験なんだよ。

奥さんは同行しないとのことですが、他にミュージシャンは?

NF:今回は僕ひとりだ。将来的には他のミュージシャンを連れて、ということもあるかもしれないが、今回はひとりでやる予定だよ。

まだ日本公演の予定は立てられないかもしれませんが、2013年、2018年に続く来日公演を楽しみにしています。

NF:(笑顔)

街に溢れる最新のiPhoneもソフトウェアも、NFTも暗号なんちゃらもね……僕にはすべてひどい間違いであるように思えるし、その片棒を担がされたくない。僕が唯一興味あるのは、過去を一度振り返って、どこで人間は間違った道を選んだのか、それを話し合うこと。5千年前だったのか、2千年前だったのか……

最後に、あなたがこのCovid-19時代に新しくのめり込んだもの、興味を持ったものについて教えてください。音楽でもいいし、本、思想などなんでも。

NF:ここ最近はスペインで暮らす時間が増え、ベルリンに戻るのは仕事のときだけになった。スペインでは家の外に出て、木を切ったり、動物や植物を相手に自分の手で作業したり、自分たちの食べるものを育てたりしているよ。僕はこれまでずっとスタジオで暮らしてきたけど、太陽の下、自然の中で過ごし、「生きているもの」からなにかを学べるのはいいことだね。楽器にしても、ケーブルにしても、スタジオの中にあるものはすべて「死んだ金属」「死んでいるもの」だ。僕がスタジオを留守にしても成長したりしない。埃を集めて、壊れるだけ。ずっとつねに死んだものに囲まれてきているから、それを変えたいと思ったんだ。イノベーションとか最新のものに、なんだか疲れてしまってる……。街に溢れる最新のiPhoneもソフトウェアも、NFTも暗号なんちゃらもね……僕にはすべてひどい間違いであるように思えるし、その片棒を担がされたくない。僕が唯一興味あるのは、過去を一度振り返って、どこで人間は間違った道を選んだのか、それを話し合うこと。5千年前だったのか、2千年前だったのか……どうやって、ゆっくりと時代を戻って行けばいいのか? そもそもそんなことが可能なのか(笑)? そして実際、何が大切なことなのか? もしかするとそれはオールドスクールと呼ばれることなのかもしれない。たとえば、人間が必要な食糧を機械をいっさい使わずに作ることを考えてみて。トラクターも、エンジンもなく、インフラも、チェーンソーもなしに、すべて人間の手と力と頭だけで作る。それこそ、もっともエキサイティングなことじゃないかな? 人間は全部忘れてしまったんだよ。新しいものに流され、古いもの、良いものを忘れてしまった。でも僕はそこに興味がある。そこにこそ、人間のindependency(他人、相手の影響から自由になる)がある。僕らは忘れてしまってるんだ。あの最新マシンがすごい、この技術が!……と将来だけに目を向けているとき、人間はindependent(自主的、独立)ではなくなる。大きな間違いだと思うよ。早く過去を振り返って学ばないと。先延ばしにして、ハイテク化がもっと進んでしまったら、重要な根本を見直すのがより難しくなる。だからいまは、昔ながらの木や動物を育てる技術に、僕はより夢中なんだ。

さっき猫2匹、犬1匹、他の動物と言ってましたけど、本当に動物を飼ってるんですね?

NF:羊2頭と鶏がいるよ。そんな多くないけどね。趣味の領域だよ。でも僕らがみんなどこからやってきたか、それを感じるには十分なんだ。

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