「Low」と一致するもの

Jefre Cantu-Ledesma - ele-king

 米国テキサス出身のジェフリー・キャントゥ=レデスマのことを知ったのは、2006年に〈Spekk〉からリリースされたジ・エルプス(The Alps)の『Jewelt Galaxies / Spirit Shambles』だったと思う。その後、同じく日本のレーベル〈Spekk〉から2007年にリリースされた、彼のソロ作『The Garden Of Forking Paths』も聴いた。両作とも、プリミティヴなアヴァン・フォークをエクスペリメンタル化したようなサウンドスケープが印象的で、当時は繰り返し聴いたものだった。00年代初頭から中盤にかけて、密かに(?)フリー・フォーク・ブームがあったと思うのだが、その系譜にある音楽として聴いていたように思う。ただ、『The Garden Of Forking Paths』には「時」が浮遊するようなアンビエンスが生成されており、今聴くと、現在の彼に通じる瞑想的な音響感覚がすでにあったことに気づかされる。

 決定的だったのは、2010年に英国の〈Type〉からリリースされた『Love Is a Stream』である。シューゲイザー風味のアンビエント/ドローンとでも言うべきか。当時はティム・ヘッカーの音に惹かれていた時期だったので、とてもはまり、CDを何度も繰り返し聴いた記憶がある。シューゲイザーといっても、マイ・ブラッディ・バレンタインというよりは、スコット・コルツのlovesliescrushing『Bloweyelashwish』(1993)や、Astrobrite『Whitenoise Superstar』(2007)の系譜にあるアンビエント・シューゲイザーといった趣で、自分の好みにぴったりの音だった。

 今思えば『Love Is a Stream』は、シューゲイズ的要素というよりも、ジェフリー・キャントゥ=レデスマの音楽が持つ「浮遊感覚」「幻想感覚」「瞑想感覚」が見事に表現された作品だったことが重要だった。そもそも、シューゲイズの肝はノイズではなく、これらの感覚にあるとも言える。その意味でも、彼の音楽はシューゲイザーというジャンルに対して非常にクリティカルな存在だったと思う。あの時代のアンビエント/ドローンがどこから生まれ、何を参照していたかを考えるうえでも示唆的な作品である。

 米国ニューヨークのインディ・レーベル〈Mexican Summer〉からリリースされた新作である本作『Gift Songs』では、彼の「瞑想感覚」が全面的に展開された傑作に仕上がっている。ただし、音の質感や形式はこれまでと大きく変化している。ひとことで言えば、アコースティックなのだ。どこかジム・オルークと石橋英子、山本達久によるカフカ鼾と共に聴きたくなるような、ピアノとドラムのミニマルな演奏と、透明なドローン/アンビエントが一体化したアンサンブルとサウンドが展開されている。

 『Gift Songs』の音は、フランスの〈Shelter Press〉からリリースされたフェリシア・アトキンソンとのコラボレーション作の影響から生まれたのではないかと想像する。だが同時に、近年、禅僧やホスピスの職員としても活動しているジェフリー・キャントゥ=レデスマの死生観が、色濃く反映されたアルバムでもあるのだろう。だからこそ、ソロ・アルバムなのだと思う。また、どうやら彼が移住したニューヨーク州北部・ハドソン渓谷での自然体験も、この作品に大きな影響を与えているらしい。自然と精神、ミニマルとドローン、生と死──さまざまな境界線を越境しつつ、どこか無化されてしまうような瞑想的なアルバム、それが本作である。その意味で、ジェフリー・キャントゥ=レデスマの(現時点での)集大成といえる作品であろう。

 アルバムには、20分ほどの長尺曲“The Milky Sea”、三部構成の組曲“Gift Song”、アンビエント/ドローンの“River That Flows Two Ways”の計5曲が収録されている。参加ミュージシャンは、ピアノとアレンジを担当したオメル・シェメシュ、ベースおよびミックスを担当したジョセフ・ワイズ、チェロのクラリス・ジェンセン、ドラムとパーカッションのブッカー・スタードラムら。ジェフリー・キャントゥ=レデスマ自身も、ギターやシンセサイザー、パーカッションなどを担当している。

 “The Milky Sea”では、オメル・シェメシュのピアノを基調に、ミニマルなアンサンブルが展開される。硬質な響きと、心に落ち着きをもたらす瞑想的な感覚が同居した、素晴らしい楽曲/演奏だ。ジャズ的な感覚とアンビエント的な感覚が見事に融合し、聴き手の心を浄化するような透明な響きが生まれている。約20分に及ぶ長尺であり、『Gift Songs』のオープナーにして中核を担う楽曲といえる。

 続く“Gift Song I”、“Gift Song II”、“Gift Song III”という3曲は、「Gift Song 組曲」とでも呼ぶべき構成で、“The Milky Sea”よりもさらに静謐なサウンドが展開される。アナログではここからがB面となり、心身をより深く沈静させていく構成になっているのかもしれない。ここでもオメル・シェメシュのピアノは透明な音色で音楽のトーンを支えており、特に“Gift Song III”のピアノは実に瀟洒だ。クラシカルな響きとジャズ的な揺れの間を行き来するような音の揺らぎが美しい。

 アルバム最終曲“River That Flows Two Ways”では、アンビエント/ドローンが展開される。ここでは、すべての音が消失した後の世界のような、それでいて奇妙な安らぎに満ちた音が持続する。すべての音が溶け合った黄泉のサウンドスケープとでも言うべきか。アルバムのアートワークに描かれた青い花のような、天国的な音である。

 本作『Gift Songs』は、聴き手の心を静かに浄化してくれるような、瞑想的な音楽である。心を汚すような出来事ばかりが起きる今この時代において、奇跡的ともいえる純粋な善意に満ちた音世界が、ここにはある。私はジェフリー・キャントゥ=レデスマがこれほどの音世界に至った経緯や、彼の人生について詳しくは知らない。だが、音を聴けば、彼が人生──すなわち生と死──に常に向き合いながら生きていることが伝わってくる。確かに音は音だ。だが、その音を発する人の人生観は、音の隅々にまで鳴り響いているように感じる。その意味で、『Gift Songs』に満ちている「善性」への希求は、これまでの彼の人生そのものなのかもしれない。

GEZAN - ele-king

 GEZANがまたしても新たな挑戦をおこなうようだ。かれらのホームである大阪・難波ベアーズにはじまり、日本武道館での単独公演に終わるという全50公演のツアーを本日4月11日よりスタート。全国47都道府県すべてを周るばかりか、中国・上海での海外公演も控えているとのこと。

 また、発表に際して、日比谷野外大音楽堂にて先日開催された踊ってばかりの国とのツーマンライヴ〈of Emerald〉でのマヒトゥ・ザ・ピーポーのMCをノーカットで収めた映像も公開。かれらの並々ならぬ思いが、生々しさとともに伝わる内容だ。

 なお、ツアーのDAY3 : 千葉LOOKとDAY4 : 栃木HEAVEN'S ROCK Utsunomiya VJ-2には「SUPERNICEBOYS」を標榜する日本のオルタナティヴ・ロックバンドANORAK!とジャパニーズ・サイケデリック・ロック・バンドTō Yōもゲスト出演。ハードコアに、ダビーに、エモーショナルに、と姿を日々変容させつづける、無二のバンドの来し方行く末を見届けよう。

▽47+TOUR『集炎』日程

4月11日(金) 大阪・難波BEARS
5月5日(月)  中国・上海 MAO Livehouse
5月30日(金) 千葉・LOOK
5月31日(土) 栃木・HEAVEN'S ROCK Utsunomiya VJ-2
6月7日(土)  北海道・札幌PENNY LANE24
6月12日(木) 広島・4.14
6月14日(土) 山口・BAR印度洋
6月15日(日) 香川・TOONICE
7月12日(土) 東京・Spotify O-EAST
7月15日(火) 埼玉・HEAVEN'S ROCK Kumagaya VJ-1
7月17日(木) 群馬・前橋DYVER
7月19日(土) 愛知・名古屋CLUB QUATTRO
7月20日(日) 山梨・甲府KAZOO HALL
7月23日(水) 長野・松本ALECX
7月29日(火) 茨城・club SONIC mito
7月31日(木) 神奈川・F.A.D YOKOHAMA
8月2日(土)  島根・出雲APOLLO
8月3日(日) 鳥取・米子AZTiC laughs
8月9日(土)  福島・club SONIC iwaki
8月10日(日) 山形・酒田市 港座大劇場
8月11日(月祝) 宮城・仙台MACANA
8月19日(火)  宮崎・LAZARUS
8月20日(水) 鹿児島・SR HALL
8月21日(木)  熊本・NAVARO
8月23日(土) 福岡・BEAT STATION
8月24日(日) 長崎・STUDIO DO!
8月26日(火) 佐賀・RAG.G
8月27日(水)  大分・club SPOT
8月30日(土)  静岡・磐田 FMSTAGE
8月31日(日)  愛知・CLUB UPSET
9月14日(日) 沖縄・Output
9月18日(木)  福井・CHOP
9月20日(土)  富山・Soul Power
9月21日(日)  石川・金沢vanvanv4
9月23日(火祝) 新潟・GOLDEN PIGS RED STAGE
9月25日(木)  岩手・the five morioka
9月27日(土) 青森・ 八戸 6かく珈琲
9月28日(日) 秋田・Club SWINDLE
10月3日(金)  兵庫・太陽と虎
10月5日(日)  大阪・GORILLA HALL OSAKA
10月7日(火)  滋賀・B-FLAT
10月9日(木) 京都・磔磔
10月11日(土) 和歌山・CLUB GATE
10月12日(日) 奈良・NEVER LAND
10月13日(月祝)三重・LIVE SPACE BARRET
10月15日(水) 岐阜・柳ヶ瀬ANTS
10月21日(火) 高知・X-pt.
10月23日(木) 徳島・CROWBAR
10月25日(土) 愛媛・W studio RED
10月26日(日) 岡山・YEBISU YA PRO

47+TOUR FINAL
2026年3月14日(土)日本武道館 単独公演 『独炎』


▽47+TOUR『集炎』千葉LOOK公演詳細

公演タイトル:GEZAN 47+ TOUR『集炎』DAY3
出演:GEZAN/ANORAK!
日時:2025年5月30日(金曜日)開場/開演 18:30/19:00
会場:千葉LOOK
前売券(2025年4月23日(水曜日)21:00発売):4,000円(税込)
前売券取扱箇所:イープラス< https://eplus.jp/gezan/
===
※チケット先行(抽選)
受付URL : https://eplus.jp/gezan/
受付期間:2025年4月5日(土曜日)19:00 ~ 4月13日(日曜日)23:59
===
問い合わせ先:シブヤテレビジョン : 03-6300-5238 〈平日12:00~18:00〉


▽47+TOUR『集炎』栃木HEAVEN'S ROCK Utsunomiya VJ-2公演詳細

公演タイトル:GEZAN 47+ TOUR『集炎』DAY4
出演:GEZAN/Tō Yō
日時:2025年5月31日(土曜日)開場/開演 17:15/18:00
会場:HEAVEN'S ROCK Utsunomiya VJ-2
前売券(2025年4月23日(水曜日)21:00発売):4,000円(税込)
前売券取扱箇所:イープラス<https://eplus.jp/gezan/
===
※チケット先行(抽選)
受付URL : https://eplus.jp/gezan/
受付期間:2025年4月5日(土曜日)19:00 ~ 4月13日(日曜日)23:59
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問い合わせ先:シブヤテレビジョン : 03-6300-5238 〈平日12:00~18:00〉

Eyed Jay - ele-king

 3年前、ニュージーランドでロックダウンが長引いていた頃、反ワクを中心とした市民たちがたまりかねて国会議事堂に押し寄せ、騒ぎを鎮めようと政府は議会のスピーカーからバリー・マニロウや『アナと雪の女王』の主題歌などを流し始めた。デモ隊も最初はツイステッド・シスターの “We Are Not Gonna Take It(受け入れない!)” などをかけて対抗していたものの、あまりに何度も流されるので日が暮れる頃にはデモ隊もジェームス・ブラントの “Your Beautiful” を合唱し始めたという。

 6日前、セルビアで先月起きた10万人規模の反政府デモで群衆を鎮圧するために音響兵器が使われたのではないかという報道があり、ブチッチ大統領はこれを強く否定した。日本では合法とされている音響兵器はセルビアでは違法で、しかし、映像で確認すると不気味な大音響に襲われたデモ隊がパニックを起こし、大通りから逃げ出していく様子が確認できる(Serbia Used A Sonic Weapon On A Crowd of Protesters)。

 9時間前、アイド・ジェイことイアン・ジックリングの『Strangeland』を聴き始めると、最初はコーネリアスみたいだなとのんびりかまえていたら、少しずつ背後の音が不穏な空気に包まれ、歌と演奏は変わらないのに背景の音はどんどん凶暴になっていった。1曲目を聴き終わる頃には2種類の高揚感が入り混じり、自分が何を聴いていたのか完全に見失う始末。しばらくしてニュージーランドとセルビアのデモのことを思い出した。 “Your Beautiful” と音響兵器。この2つを同時に経験したらこんな曲が生まれたりするのかなと。それにしても曲の後半は『2001年宇宙の旅』もかくやと思うほど背景が高速でぶっ飛んでいく。

 イアン・ジックリングの父はフェア兄弟と共にハーフ・ジャパニーズというオルタナテォヴ・ロック・バンドを結成したオリジナル・メンバーのマーク・ジックリングで、イアン・ジックリングの兄もワシントンDCでパンク・バンドか何かをやっているらしい。イアン・ジックリングも若い頃には同じくDCパンクをやっていたものの、活動は長く続かず、その後はコロラドでギターの先生になり、15世紀のフランドル多声音楽(どんな音楽だ?)の研究に没頭していたという。これがコロナによって人生設計が狂い、精神的な危機を迎えたことで広く人に聞かれる音楽を目指そうと考え方が変わり、『Strangeland』の製作へとつながっていく。その結果が広く人に聞かれる音楽かどうかはともかくとして、ある種のフィールドにおいてはとんでもない傑作であることは確か。オープニングのタイトル曲でもある「Strangeland」はアメリカで98年に制作されたホラー映画及びそのゲームのことらしく、映画もゲームも未見なので、具体的にはわからないけれど、解説文を読むとサイコ・ホラーの作品だと書いてあり、曲の背後で様々な音響が渦巻いているのはひとつの曲を意識と無意識に分けて表現しているということに帰結したのかなとは思う。それこそスキゾフレニアックの極みが全9曲、コーネリアスのアンビエント展開を思わせる “Sunflower Eyes” やあまりに情報過多な “Summer” など様々なヴァージョンが展開されていく。それらを雑にまとめるとサイケデリック・フォークという言い方になるとプレス・キットには書いてある。まあ、確かにそれが一番わかりやすいセールス・トークかもしれない。アニマル・コレクティヴのパンク・ヴァージョンという表現も悪くない。

 曲の前面に出ている演奏と背後で渦巻いている音響は同じ素材からつくられているそうで、いわば、元の曲をアブストラクトに構築し直したリミックスと同時に重ねて聞かせているのである。まったく整合性がなく、あまりに雰囲気が違う演奏なのにどこか異次元でしっくりくるのはそのせいなのかもしれない。現在のアメリカ人にとって正気を保っている自分と無意識に危機感を感じ取っている自分を同時に表現した音楽だとこじつけることも可能かもしれない。プライドの回復と大恐慌の予感。音のレイヤーは感情のレイヤーであり、前半はどこか甘酸っぱい感じが突出し、ストレートに悲しみを伝える “Heartbeat” を経て、後半は曲全体の内省度が高まり出しす。とくに “Earthbound” 3部作では声を使ったコラージュが増え、おそらく15世紀のフランドル多声音楽の研究がここに生かされているのだろう。

 ちなみにアメリカの貧困問題は国内問題であり、90%の富を上位10%が独占している状態を変えずに維持するには「原因は外国にある」と国外問題にすり替えたのがトランプ関税なのだろう。これまでトランスジェンダーについて語ってきたケイトリン・ジェンナーや#MeTooについて強く訴えたマドンナが相次いで受賞してきたスピーチ・オブ・ジ・イヤーは今年、オカシオ・コルテスに贈られている。彼女は現在、バーニー・サンダーズと共に演説のツアーを続け、2人が掲げたテーマは「オリガルヒと戦え」。オリガルヒというのはプーチン政権を支えてきたロシアの富裕層のことだけれど、どうやらこの概念はロシアに限定せず、政治に影響力を持ち始めた富裕層全般を指す言葉に応用範囲が拡大し、2人の照準は明らかにイーロン・マスク。カザフスタン移民の子孫がオリガルヒに振り回されるという構図の『アノーラ』も徹底的にオリガルヒをバカにした内容で、これが今年のアカデミー賞作品賞というのも非常に図式的ながら納得がいく。アメリカが分断されているというなら分断されたアメリカを1曲に合わせてそのまま聴くというのが『Strangeland』なのかもしれない。

interview with Black Country, New Road - ele-king

 クラシック音楽の教育を受けた者たちが、そのアイディアやスキルを援用してロックという音楽の枠組みを拡張すること。すなわち現代においてジェネシスやヴァン・ダー・グラフ・ジェネレイターのような「プログレッシヴ・ロック」を更新せんと果敢に挑戦する者たち、それこそがブラック・カントリー・ニュー・ロードである──さんざん使いまわされた「ポスト・パンク」なる形容を再召喚するよりも、そう整理したほうがBCNRの音楽はより多くのリスナーのもとへと、あるいは本来届くべきリスナーたちのもとへと羽ばたくことができるのではないか……これまで編集部ではたびたびそんな話が浮上していた。当人たちにそんな意識はまったくないようだが、彼らの3年ぶりのスタジオ・アルバム『Forever Howlong』も、そうした議論を裏づけるような意欲作に仕上がっている。
 プログ・ロック的感覚はチェンバロの音色が意表をつく冒頭 “Besties” やつづく “The Big Spin” など、おもにアルバム前半によくにじみ出ているが、制作中メンバーたちはシンガー・ソングライターものをよく聴いていたというチャーリー・ウェイン(ドラムス)の発言どおり、ヴォーカルを聴かせるタイプの曲が居並ぶアルバム後半にも、どこかオペラのような雰囲気は引き継がれている。
 ヴォーカルを務めるのがタイラー・ハイド(ギター)、ジョージア・エラリー(ヴァイオリン/マンドリン)、メイ・カーショウ(キーボード)の女性3人になった点は大きな変化だろう。その布石は、バンド創設メンバーのアイザック・ウッド脱退後に制作され、従来の彼らのイメージを刷新したライヴ盤『Live At Bush Hall』ですでに打たれていたわけだけれど、今回、同作で披露された曲たちがいっさい収録されていない点はじつに彼ららしい。とことん新曲にこだわること。とにかく前へと進むのがBCNRのやり方なのだ。
 今回もまた一歩、新たな領域へと踏み出したブラック・カントリー・ニュー・ロードから、ウェインとエラリーのふたりが取材に応じてくれた。12月の来日公演ではどんなパフォーマンスを披露してくれるのか、はやくも楽しみでならない。

わたしたちの日常がそのままアートに反映されていると思う。3人のメンバーそれぞれが歌詞を書いているから、視点も少しずつ違う。(ジョージア・エラリー)


向かって左から、ルーク・マーク(ギター)、タイラー・ハイド(ヴォーカル/ギター)、ルイス・エヴァンス(サックス/フルート/クラリネット)、メイ・カーショウ(ヴォーカル/ハープシコード/ピアノ)、そして今回取材に応じてくれたふたり、チャーリー・ウェイン(ドラムス)とジョージア・エラリー(ヴォーカル/マンドリン/ヴァイオリン)

2023年のライヴ盤『Live At Bush Hall』リリース以降、メンバーみなさんはそれぞれどのように過ごされていましたか? ツアーが多かったですか?

ジョージア・エラリー(Georgia Ellery、以下GE):長期間ツアーをしていたし、フェスティヴァルの出演もたくさんあった。とても楽しかった。それから新作の作曲もして、それをライヴで披露したりもした。その後は、このアルバムのレコーディングのために、自宅を3週間離れてみんなと一緒にいた。それも素敵な時間だった。

いま振り返ってみて2023年のライヴ盤『Live At Bush Hall』は、BCNR史においてどんな位置づけのアルバムだったと思いますか?

チャーリー・ウェイン(Charlie Wayne、以下CW):どう言えばいいのか難しいけど、たぶんあのときの自分たちをそのまま表してる作品だと思う。全体的にはちょっと奇妙な妥協の産物みたいなところもあったけど、それでもちゃんと意味があって、いい形でハマっていた感じがする。あの時期の自分たちを映したものっていうか。完全に意図されたクリエイティヴな作品っていうよりは、あの頃のバンドの姿をしっかり記録したドキュメントって感じかな。でも音楽的にもおもしろいところがいっぱいあるし、サウンドもおもしろい、聴き応えがある。こうやって形に残せてよかったって思う。

その2023年のライヴ盤ではいっさい過去の曲をやりませんでしたが、今回の新作『Forever Howlong』もそのライヴ盤で演奏されていた曲は収録されていません。過去を振り返らないことはあなたたちにとって、なぜ重要なのでしょうか。

GE:過去の作品を振り返って演奏するのは大事なことだと思う。でも、自分たちにとっても新鮮でワクワクするものにしたい。『Bush Hall』は短い期間でつくったとはいえ、本当に一生懸命取り組んだし、ツアーもたくさんやった。だから、スタジオに入ってもう一回同じ曲を録り直すのは、正直あまり楽しそうじゃないと思ってしまって(笑)。やっぱり楽しむことが大事で、曲をつくること、新しい音楽を生み出すことこそが、自分たちの得意なことだし、いちばん楽しいことだと思う。だから自然と新しい曲づくりに向かっちゃうんだと思う。

今回タイラー・ハイド、ジョージア・エラリー、メイ・カーショウの女性3氏がソングライティングとリード・ヴォーカルを担当することになったのは、昔ほどではないでしょうが、まだ残っているロックの男性中心主義への反発ですか?

GE:別にそういう意図があったわけじゃなくて、たんなる偶然だよ。今回はルイス(・エヴァンス/サックスやフルートを担当)が歌わないって決めたから、そういう形になっただけ。でも、もちろん業界にはそういうことがあるのは認識しているよ。

編集長からの質問ですが、優れた大衆音楽は往々にしてつくり手の人生を反映したものだといえます。もしそうだとして、あなたがたの音楽にはあなたがたのどんな人生が反映されていると思いますか?

CW:おもしろい質問だね。この質問はジョージアが答えた方がいいのかもしれない。

GE:そうね、歌詞はすごくわかりやすい例かな。わたしたちの日常がそのままアートに反映されていると思う。3人のメンバーそれぞれが歌詞を書いているから、視点も少しずつ違う。このアルバムでは、普段の生活のちょっとした出来事が音楽に落とし込まれていると思う。あとは、普段の生活ではなかなか言葉にしづらいような、すごく個人的な感情とかも詰まってるし。ロンドンやイギリスにいるという環境も、やっぱり無意識のうちに影響しているんじゃないかな。意識してるつもりはなくても、自然とそうなってる部分も多い気がする。

CW:そうだね、音楽的にも、長い間一緒に演奏してきたメンバーの関係性がそのまま反映されている気がする。このアルバムが進化して、前作と違うという点も、結局はそういう流れのなかで自然に起こったものなんだと思う。時間が経てば、新しいことに興味を持つし、それぞれが少しずつ変化しながらも同じグループの一員として音楽をつくりつづける。そういう、グループのなかにおける自分自身の変化を見つけたり、それを音楽として表現することが大事なのかもしれない。これまでやってきたこととつながりを感じつつも、自分たちにとって新鮮で楽しいものをつくることが、結局いちばん大切なんじゃないかって思う。

“Besties” はジョージア・エラリーさんがヴォーカルを務めるBCNRの初めての曲です。この曲をアルバムの冒頭に置いたのも、期待を裏切るため?

GE:そうだね、ちょっと変わった選択だったからこそ、最初に持ってくるのはおもしろいかなと思った。ハープシコードのイントロがあって、それがアルバムのイントロみたいな役割を果たしてる感じがあるし、エネルギッシュにはじまるのもカッコいいなって思って。それに、そこから一気にノイズの壁が押し寄せる流れもいいなって。誰が言い出したのかは覚えてないけど、曲ができた時点で「これ、最初に持ってきたらいいんじゃない?」っていう話になっていたと思う。

出だしがチェンバロ(ハープシコード)で不意を突かれました。このアイディアはどんな経緯で生まれてきたのでしょう?

CW:最初はバンド・メンバー全員で一緒に演奏していたんだ。メイ(・カーショウ/キーボード担当)が作曲に使っているキーボードはいろんな音色を設定できるんだよ。それで、半分冗談、でも半分は本気みたいな感じで、ハープシコードの音を使うという、スタイル上の決断をしてみた。ぼくたちはよくそんなふうに作曲をしているんだよ。それでメイがハープシコードの音を弾いたら、それがみんなの琴線に触れたというか、ハハハ。アルバムの冒頭としても、ちょっと変わってておもしろい選択だったし。実際、他の曲でも似たようなことを取り入れてるんだよ。

メンバーの多くは60〜70年代のシンガー・ソングライター系の音楽に興味があったと思う。例えば……なんだろう、ヴァン・ダイク・パークスとか、ランディ・ニューマンとかジョニ・ミッチェルとか。(チャーリー・ウェイン)

(エラリーさんに)BCNRでヴォーカルを務めるときは、ジョックストラップで歌うときと違いはありますか? 意識の差はありますか?

GE:エフェクトの効果を探求することが少なかったり、そのエフェクトの背後に自分があまり隠れられないことかな。それに、自分がBCNRの曲を書くときって、バンドのことを考えながら書いている。どんな楽器が使えるかとか、このメンバーはこういうパートやスタイルが好きそうだなとか、そういうのを意識しながらつくってる。そういう枠組のなかで制作するのもけっこう楽しいしね。

ちなみに前回の来日公演でもエラリーさんがヴォーカルを務める曲が披露されていましたが、それはまたべつの曲でしょうか? 覚えていますか?

GE:たぶんそうだと思う。“(Two) Horses” だったかな? “Goodbye” かな?

CW:“Goodbye” をちゃんとやる前だったと思う。

GE:じゃあ “(Two) Horse” だね。

CW:大阪で演奏ミスしたんだよね、あのとき。ちゃんと演奏したのはたぶん1回目か2回目だった気がする。

GE:あ、そうだ演奏が速くなっちゃって……でもテンポ戻したよね?

CW:ああ、戻ったよ。なんとか立て直したし。でもあのときはほんとに焦った!

通訳:お客さんはたぶん誰も気づいていなかったと思いますよ。

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クラシック的な要素ってけっこうクールだとわたしは思っていて。ある種のツールなんだと思う。それを必要に応じて自由に扱うことができるのなら、障害にはならない。(エラリー)

今回のアルバムを制作する過程で、メンバーがよく聴いていた音楽を教えてください。

CW:ぼくたちはいつでもいろいろな音楽を聴いているから、これまでつくってきた音楽もかなり幅広いものになっていると思う。それがバンドのおもしろさでもあるし、多少の共通点はあるけど、めちゃくちゃ被ってるわけでもないっていうか。メンバーの多くは60〜70年代のシンガー・ソングライター系の音楽に興味があったと思う。例えば……なんだろう、ヴァン・ダイク・パークスとか、ランディ・ニューマンとかジョニ・ミッチェルとか。でも同時に、ジョアンナ・ニューサムフィオナ・アップルみたいな現代のアーティストや、ウィルコみたいな90年代のオルタナ系の音楽もたくさん聴いていたね。

クラシック音楽の教育を受けたみなさんがポピュラー・ミュージックをやるときの苦労にはどのようなものがありますか?

GE:そうね、コードとか音を詰め込みすぎちゃうことはあるかも(笑)。でも、個人的には、それって結局ツールみたいなもので、使いたいときに使えばいいし、逆にぜんぶ忘れて直感をベースに作曲するのもアリだと思う。でもクラシック的な要素ってけっこうクールだとわたしは思っていて。特に “Besties” ではメイがリードする曲だから、クラシックっぽい雰囲気にしたかった。そういうのを彼女が好きなことを知っているから。そういう要素を入れることで、このバンドの新しい一面を出せるのもおもしろいし。だから結局、クラシック的なものもある種のツールなんだと思う。そのツールを必要に応じて自由に扱うことができるのなら、それは障害にはならないと思う。

今回の新作をつくるにあたり、あらかじめコンセプトやテーマのようなものはあったのでしょうか。

CW:いや、そういうのはなかったと思う。曲同士のつながりって、時間が経つにつれてだんだんはっきりしてきた感じがする。メンバーのソングライティングにそのつながりが反映されたりしていたから。今回のアルバムの歌詞は、ぼくが書いたものじゃないから、そこにかんしては深くコメントできない。でも、内部の人間でありながら少し外側から見てるような立場として、時間が経つにつれて曲のつながりがクリアになってきた。何かひとつの大きなコンセプトが全体をまとめているわけじゃなくても、自然とまとまりが生まれるっていうのはクールだと思うし、おもしろいと思う。3人の違う視点からつくられたものを、ひとつのアルバムとしてまとめるのは、なかなか難しいことだったけど、それ自体が曲づくりの一部としておもしろい要素になったんじゃないかな。結局のところ、このアルバムの全体的なテーマって、3人の視点の違いがひとつの 「世界」 をどうつくり上げるかってことなのかもしれない。そして、それはある意味包括的なものだと思う。つまり、世界をどう見ているかということ。みんな世界の見方がちょっとずつ違うけど、それぞれが微妙に重なり合ってる。人生って、そういうふうに、大きなことも小さなことも含めて、誰もがそれぞれの視点から見ると、少しずつ異なるものになる。でも、人の人生は多くの方法で隣接もしている。そんな意味で人生とは、自分にとっても、他者にとっても、不明瞭で魅力的なものであり、ぼくたちはそれを自分に、そして他者に、ミニマルな方法やマキシマムな方法を使って説明しようとする。

プロデューサーがジェイムズ・フォードになった経緯を教えてください。

GE:ジェイムズ・フォードにプロデュースをお願いしたいね、とは前々からバンドで話していたんだけど、結局のところ、スタジオ入りする直前になって彼にお願いしようという話になった。そのときに、彼がパレスチナ支援のイベントでBCNRのライヴを観に来てくれて、そのときに意気投合した。わたしたちの音楽も気に入ってくれたみたいで、その後リハーサルにも来てくれた。その時点では、もう彼にプロデュースの依頼をしていたんだけど、結果的に最高の判断だったと思う。彼はほんとうに素晴らしくて、すべてをうまくまとめてくれたし、なにをどうすればいいか完璧に把握してた。時間管理もすごくうまくて、すごく楽しくて、スムーズな作業だったよ。しかも刺激を与えてくれる人だったし。わたしたちはみんな彼がアークティック・モンキーズとやっていた仕事が大好きだから、正直ちょっとミーハーな気分だった(笑)。彼にアルバムのことなどについていろいろ聞くことができて、夢みたいだった。ほんとうに安心して任せられたし、彼にお願いしてよかったって心から思ってる。

今回の収録曲でいちばん制作に苦労した曲はなんでしたか? また、どういう点でそうでしたか?

CW:たぶん “For The Cold Country” だったと思う。すごく苦戦した曲のひとつだったのは間違いないね。なんかしっくりこなくて、完成するまでに2年近くかかったんだ。どんなふうに流れるべきなのか、ずっとはっきりしなくて……。結局、自分としては、「ここで何か貢献しなきゃ」と思うのではなく、むしろ一歩、下がってみることが必要だと思った。スタジオに入るまで、あまり納得のいくものになっていなかったんだけど、そこでパートごとに音の空間をつくったり、曲をまとめるための別の要素を加えたりすることで、やっと形になった感じ。ライヴでもすごくクールな雰囲気になる曲だし、最終的にはいい仕上がりになったと思うけど、作曲中は本当に難しくて……。数年後にやっとスタジオでレコーディングすることができた時は達成感を感じたね。

通訳:ジョージアさんも同じ意見ですか?

GE:あの曲はたしかに大変だった。“Forever Howlong” も大変だったけど(笑)。

CW:そうだったね。

GE:“Forever Howlong” ではリコーダーを演奏したから。みんなで同時に吹くとなると、音を合わせるのがすごく大変だった。でも曲の構成にかんしては “For The Cold Country” には苦労した。曲を発展させる選択肢がたくさんありすぎたというのも理由のひとつだと思うけど?

CW:たしかにそうだね。

つまり、世界をどう見ているかということ。みんな世界の見方がちょっとずつ違うけど、それぞれが微妙に重なり合ってる。(ウェイン)

昨年ブラック・ミディ解散したことは、2010年代末から2020年代初頭にかけて盛り上がったUKインディ・ロックの、ひとつの転機のように思います。ここ数年のBCNRがメンバー構成や作風を変えたことも、それとリンクしているかもしれません。現在のUKのインディ・ロックの状況についてどのように見ていますか?

CW:イギリスのインディ・ロックは、正直言ってかなり順調だと思うよ。ブラック・ミディの解散にかんしては、解散したことを嘆くより、あんなバンドが存在していたことを喜ぶべきだと思う。彼らの音楽は、ファンにもぼくたちミュージシャンにもすごく影響を与えたし、彼らは、ぼくたちが若い頃に仲よくなった素晴らしい友だちでもある。当時のぼくたちは、音楽シーンというのがどんなものかを模索していた。バンドとして活動するのがどういうことか、またプロとしてやるのはどういうことかも含めて。だから、もちろんブラック・ミディが終わってしまったのは悲しいけど、音楽自体は素晴らしかったと思うし、メンバーは各自で音楽活動をつづけている。べつにだれかが死んだとか、音楽ができなくなったわけでもなくて、みんな音楽をつくりつづけているし、それが新しくておもしろい。ブラック・ミディとしての創造的な部分が尽きたのかもしれないけど、どんなことにも終わりはあるし、みんな自分たちのやりたいことをやりにいったんだと思う。だから、イギリスの音楽シーンは、全体的に順調に進んでると思う。新しいバンドは必ず出てくるし、新鮮なものはおもしろいからね。もしもうすでにブレイクしたバンドに頼りすぎてるなら、それは危ない兆しなのかもしれない。音楽シーンはそういう意味で冷酷なところがあるからね。BCNRはいまやってることも昔と同じくらいおもしろいと思うし、UKシーンにおいても新しい音楽はつねにいろいろなところから生まれつづけて、今後もきっとおもしろくなる。

GE:チャーリーが話したように、若いアーティストが次々と出てきてシーンが再生する感じ (rejuvenation)や、アーティストの入れ替わり立ち替わりが激しい感じは、イギリスの音楽シーン、とくにロンドンのシーンの魅力であり特徴であるかもしれない。もしかしたら、ロンドンならではのものかもしれないけど、そういう点が新鮮でワクワクさせてくれるし、ポジティヴな要素だと思う。

最後に、新作を聴くリスナーにメッセージをお願いします。

GE:みなさんがアルバムを楽しんでくれたら嬉しいです。じわじわとよさがわかってくる音楽だから一回以上聴いてね(笑)! わたしたちはすごく頑張ってこのアルバムを完成させました。ようやくこの世に送り出すことができて、みなさんに聴いてもらうことができてとても嬉しいです!

CW:今度日本に行ったときにみなさんにお会いできるのを楽しみにしています! ミュージシャンとして、日本はいつも最高の場所のひとつだと思うからです。いままでも、これからも応援してくれてありがとう。感謝しています!

通訳:質問は以上です。お時間をいただき、ありがとうございました!

GE&CW:ありがとう! またねー!

※ブラック・カントリー・ニュー・ロードの来日公演情報はこちらから。

nousekou, mouse on the keys and Loraine James - ele-king

 マウス・オン・ザ・キーズとロレイン・ジェイムスの、国もジャンルも超えたコラボレーションは、昨年、アルバム『midnight』でひとつカタチになったことは、いち音楽ファンとして嬉しい限りだ。そしてこんどは、京都を拠点に活動するヴィジュアル・アーティスト/ダンサーのnouseskouが、自身の映像作品「Liminal Shadows」に、同アルバム収録のmotkとロレインの共作曲のひとつ、“Two Five”をフィーチャーした。これがとても美しい映像なので、ぜひ、ご覧になってください。映像には、昨年11月のライヴの模様も使われています。

Liminal Shadows - nousekou, mouse on the keys and Loraine James


mouse on the keys
midnight

fractrec /felicity

LA Timpa - ele-king

 ブライアン・イーノなら、これも「新しいアンビエント・ミュージックだ」と評するだろうか。ナイジェリア出身でトロント育ちのクリストファー・ソエタン(Christopher Soetan)による通算5作目。クラインが『Loveless』をリミックスしたような『IOX』は様々なループを駆使するのはこれまで通りとして、前4作にはないドローンないしはドローン状のサウンドが全編で取り入れられ、さらにはドローンとループを組み合わせたサウンドを縦横に発展させた上でこれまでになくポップへの道筋も見えている。5年前に〈Halcyon Veil〉からリリースされた2作目『Modern Antics in a Deserted Place』が一部で注目され、トリッキー “I’m in the Doorwaye” のリミックスやスペース・アフリカ『Honest Labour』への客演を経て、昨年はクラインのインダストリアル・アルバム『Marked』など彼女の諸作に様々な形でフィーチャーされている。以前からディーン・ブラントと類似性を指摘する声もあり、5作目はロリーナことインガ・コープランドの〈Relaxin Records〉からとなった。

 これまで様々なフォームの曲を展開してきたティンパ・サウンドから5作目全体の雛形となったのは前々作の “Through Mine” や前作の “Spar” 、あるいはドローンをループさせた “Redo(Etching for Walls)” や雑にギターをかき鳴らす “ornary pt.2” もひと役買っているかもしれない。比較的ヒップホップ寄りだった “Through Mine” のテンポをスローダウンさせて黄昏れたロック・サウンドに近づけたのがオープニングの “Pressure (Don't Show On You)” であり、続く “Remain” となる。リズムもかつてなくパーカッシヴで歯切れのいい叩き方に変えているものの、それを凌駕するようにドローンが様々な強度で吹き荒れ、曲全体はどれもドローンによって性格づけが決まっていく。ほとんどの曲にヴォーカルが入っているものの、霞がかかったようなエフェクトがかけられていて1単語も聞き取れない(言葉は重視していないのか、声を楽器として聞かせるというやつか?)。

  “Brought On” が最初の白眉。ふわふわとした雰囲気のつくり方はマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン “Soon” を思い出すとかいうと杉田元一にぶっ飛ばされるかもしれないけれど、この曲はなかでは珍しくドローンを背景に退かせ、シンプルなギターらしき弦のループを際立たせている。ソウル・ミュージックの破片も混ざり込んでいて、コクトー・ツインズ好きを表明していたプリンスが生きていたらいつかたどり着いた……いや。同趣向ながらリズムを逆回転させているのかなと思うのが “Sk (I Let Them In)” と続く “Deceived” で、この辺りはノイ!が溜めの多いファンキー・サウンドを陰気に演奏したらスライのモデル・チェンジになりました的な印象。最初は気持ち悪いのに、だんだんグルーヴィーに感じられてくるからあら不思議で、そういえばインダストリアル・ボディ・ミュージックにブラック・ミュージックのグルーヴを結びつけたのがジェフ・ミルズだったとしたらシューゲイザーにブラック・ミュージックのグルーヴを持ち込んだ例ってなんかあったっけ? A・R.・ケインも違ったよなー。

 自ら編み出した独特の手触りを裏切るようにアグレッシヴなパッセージで幕をあける “Capture” 。これも杉田元一に殴られるのを覚悟で持ち出すのが “Only Shallow” 。このあたりからドローンよりもループの存在感が増してきて、ここではまったく調和の取れていない3つか4つのループが重ねられている。「シュトックハウゼンの捨て曲です」と言われれば信じてしまうかもしれない煩雑さ。雰囲気をコロっと変えてしれっと終わった後は冒頭に帰ったような “Twin Action” へ。雰囲気を自在に操るというのか、なんか手玉に取られている感じ。ここではくっきりとしたスネアの背後でランダムに打ち鳴らされる複数のドラムが前の曲からイメージを引き継ぎ、悲しげなヴォーカルを引き立てもしなければ足を引っ張りもしない。単なるスキゾフレニアック・ポップ。一転して洪水のようなノイズ・ドローンで始まる “Make It Count” は全体的には妙にクールで誰にも憎しみを抱いていないインダストリアル・ミュージック? フェネスやエメラルズを思わせるノイズのネオアコというか、ハーシュ・ノイズがファシズムではなく優しさに包まれる感じを呼び起こす。ここからの展開は杉田元一を狙い撃ちしているかのような構成で、 “We Must Devisen” がまずは “Brought On” のヴァリエーション。やはりシンプルなギターらしき弦のループが前面に押し出され、半透明な空気をゆっくりと撹拌する。イーノのジェネレイト・ミュージックと同じようにループを重ね合わせた “One Too Many” は “Capture” のヴァリエーションで、この発想だけでアルバム・サイズまで拡大させればエレクトロニカの作品となるんだろうけれど、ここから2000年代前半のティム・ヘッカーやイエロー・スワンなどを思わせる長尺のローファイ・ドローン “Living Moment” へと続く。どこかに意識が飛んでいくようなトリップ感覚はまるでなく、どことなく内省的で疲れていない時に聞くとやや退屈。この曲はこの曲順で聞くよりDJでかけていた時の方が数倍カッコよかった印象がある。ちなみにDJはかなりのフリースタイルで、フリー・アドヴァイスとのB2Bでは実験音楽を16で刻みながらレイヤー化し、音の断片でオーケストレーションを編み出していくのが圧巻。最後におまけみたいな “Wish” で、締めるというよりは別な入り口に立っているような終わり方。

 「IOX」というのはオーディオ・インターフェイスのことでしょうか。音を楽しみ、音楽に終始したアルバムという印象で、これまで孤独や環境の変化をテーマにしてきたLAティンパが内なる平和を模索したということか。

Lust For Youth & Croatian Amor - ele-king

 2025年の2月6日〈Posh Isolation〉の終了が発表された。16年間の歳月に渡る活動の終わり、コペンハーゲンでクリスチャン・スタズガードとローク・ラーベクによって設立されたレーベルが送り出す電子音楽はどこか未来的で儚さを感じるような美学があった。いつの間にかリリースがなくなり自然消滅的になくなってしまうレーベルも少なくないなかでこうやって区切りがつくというのはある意味で幸せなのかもしれない(少なくともこんな風に考える時間と機会が与えられるのだから)。このニュースを見て寂しく思うのと同時に移ろいゆく時の、もののあわれを感じた。それは〈Posh Isolation〉がリリースしていた音楽にもあった美しさなのだと思う。2010年代を振り返ろうとしたならば、僕の頭にはきっと間違いなく〈Posh Isolation〉のことが浮かぶだろう。10年代の半ば、アイス・エイジのエリアス・ベンダー・ロネンフェルトのプロジェクト・マーチングチャーチにCTM、コミュニオンズ、メイヘイムでスタジオを共有していたコペンハーゲンのギター・バンドのシーンから入って、そこからレーベル・オーナーであるローク・ラーベクのクロアチアン・アモールラスト・フォー・ユースのハネス・ノーヴィドとフレデリック・ヴァレンティンのユニットKYO、ソロとしてのフレデリック・ヴァレンティンらの電子音楽の方に流れるというようなルートで自分は〈Posh Isolation〉に触れ、新たな領域が接続されるように音楽的嗜好が広がっていった。硬く繊細な電子音楽とギターバンドからこぼれ落ちた感性を拾い上げたような音楽がそこにはあったのだ。
 コペンハーゲンのシーンとサウス・ロンドンのインディ・シーンの類似性を指摘されることもあるが、いまこうやって考えてみるとやはり似たところがあったのかもしれない。〈Posh Isolation〉の美学と姿勢はロンドンの〈Slow Dance Records〉に通じるところがある。電子音楽とギター・ミュージックの両方が境目なくそこにあり、電子音楽作家であるレーベルの創始者のひとりがポップ・ミュージックを奏でるギター・バンドに参加しているというのも同じだからなおさらだ。

 クロアチアン・アモールことローク・ラーベクはかってラスト・フォー・ユースのメンバーだった。2014年『International』と2016年『Compassion』この2枚のアルバムのリリース時ローク・ラーベクは確かにそこにいたのだ。甘さと切なさが混じったようなシンセ・ポップ、あるいはセンチメンタルなダンス、そのどちらのアルバムも色あせない青春の記憶が封じ込められたような音楽だった。そうしてロークが自身の活動に専念するために袂を分かった。その後それぞれの活動を続けるなかで2023年のシドニーのオペラハウスでの公演をきっかけにラスト・フォー・ユースのハネス・ノーヴィド、マルテ・フィッシャーのふたりと再び音楽を作るようになったのだという。しかしなぜ再びラスト・フォー・ユースのメンバーに加わるのではなくクロアチアン・アモールとして共作名義の音楽を作ろうとしたのだろう? アルバムを聞く前にそんなそんな疑問が浮かんだが、しかしアルバムを聞いた後ではそうするのが当然だと感じられた。なぜならアルバムのコンセプトがまさにクロアチアン・アモールとラスト・フォー・ユースを結びつける感覚そのものだったからだ。

 1977年に打ち上げられた2機のボイジャー探査機に搭載されたゴールデン・レコード、地球外知的生命体や未来の人類が見つけて解読することを期待し作られたそのレコードにインスピレーションを得て制作したという本作『All Worlds』はまさにかつてそこにあった世界の記録の音楽といった様相をていしている。ここにあるのは、ひとつひとつが独立した10の世界の断片のその記録だ。クロアチアン・アモールの美しく硬いオーロラのようなサウンドスケープにラスト・フォー・ユースのセンチメンタリズムが載る。電子の海にポップネスと物語性が加えられ、メランコリックな青春に記憶のヴェールがかけられる。両者の良さがそのまま出て、かつテーマに沿って補完されたようなこのアルバムは理想的なコラボレーション・アルバムだろう。記憶の断片をつなぎ合わせたような不鮮明なアンビエントのサウンド・コラージュ “Light In The Center”、アルコールが抜けかけた夜明け前の陰鬱で感傷的なダンス “Kokiri”、これまでのラスト・フォー・ユースの色がより濃く出ている影のあるリゾート・ディスコの祝祭 “Dummy”、アルバムの楽曲のジャンルはバラバラで統一感には少しかけるが、しかしそれがかえってゴールデン・レコードのコンセプトを際立たせている。「私たちの死後も、本記録だけは生き延び、皆さんの元に届くことで、皆さんの想像のなかに再び私たちがよみがえることができれば幸いです」ボイジャー計画のジミー・カーターの言葉のように『All Worlds』はヘッドフォンのなかに遠く離れた世界の記憶を浮かばせる。記憶のチップを差し込み、誰かが生きた日々を再生するSF映画のような未来の出来事、ラスト・フォー・ユースとクロアチアン・アモールの3人が作り出したこの音楽はそこにある世界がここには存在しないという薄ぼんやりとした喪失感を伝えてくる。だけどもそれは決して不快な感覚ではない。柔らかい光に包まれた終焉の音楽は同時に新たな始まりを感じさせる希望の音楽でもあるのだ。寂しさはあるが、その先にある未来の世界を夢見ている。ある意味でこれは時を隔てた10年代のコペンハーゲン・シーン、あるいは〈Posh Isolation〉の時間を締めくくるようなアルバムなのかもしれない。

Shinichiro Watanabe - ele-king

 カマシ・ワシントンボノボフローティング・ポインツの起用でも話題の渡辺信一郎監督最新アニメ『LAZARUS ラザロ』。放送開始がいよいよ迫ってきている。4月6日よりテレ東系にて、毎週日曜夜11時45分から放送開始(各配信プラットフォームでも配信予定)。随時、公式サイトはチェックしておきましょう。

 なお、現在制作中の『別冊ele-king』は「『LAZARUS ラザロ』と渡辺信一郎の世界」と題し、同作を大特集。渡辺監督自身の超ロング・インタヴューをはじめ、監督のマニアっぷりが発揮された細野晴臣との特別対談も掲載予定です。カマシ・ワシントンやボノボに加え、サンダーキャットフライング・ロータスのインタヴューもあり。そちらは5月下旬発売、乞うご期待!

●期待高まるオープニング映像、曲はカマシ・ワシントン

●公式トレイラー、迫りくる世界の終わりを止めるには?



Chaos In The CBD - ele-king

 開催迫る〈Rainbow Disco Club〉への来日も発表されているエレクトロニック・デュオ、カオス・イン・ザ・CBDが2025年5月9日に待望のデビュー・アルバム『A DEEPER LIFE』を〈DUST WE TRUST〉よりリリース。Josh Milan(Blaze)、Lee Pearson Jr.、Stephanie Cooke、UKグライムのMC・Novelistなどを迎えた、未来のクラシックとも言える1枚に仕上がっているようだ。また先行シングルとして、新曲 “MARLBORO SOUNDS” が3月26日(水)に配信された。

 バレアリックなライフスタイルへのオマージュであるという本楽曲は、ニュージーランドのマールボロ・サウンズと、幼少期にそこで過ごした夏の日々にインスピレーションを受け制作されたとのこと。90年代イビサのチルアウト・ミュージックに特別な親和性を感じているというカオス・イン・ザ・CBDによる、軽やかさとダンスフロアのエネルギーが両立されたトラックだ。

 プレスリリースによればアルバム『A Deeper Life』も、本日配信の先行シングルと同様にバレアリックの精神性をキーにアンビエント、ソウルフル・ハウス、R&B、ジャズといった音楽的要素を融合した作品に仕上げられているとのこと。4月18日~20日の3日間、東伊豆で開催される〈Rainbow Disco Club〉でその一端に触れられるのだろうか。ぜひ目撃されたし。

label: DUST WE TRUST
artist: Chaos In The CBD
title: A DEEPER LIFE
format: Digital / LP / CD
release date: 2025.05.09

Tracklist:

1. Down By The Cove
2. Mountain Mover Ft. Alex Cosmo Blake
3. Maintaining My Peace Ft. Novelist & Stephanie Cooke
4. Tears Ft. Saucy Lady
5. Brain Gymnasium
6. I Wanna Tell Somebody Ft. Josh Milan
7. Ōtaki Ft. Finn Rees
8. Love Language Ft. Nathan Haines
9. A Deeper Life Ft. Isaac Aesili
10. More Time Ft. Lee Pearson Jr Collective
11. Tongariro Crossing Ft. Nathan Haines
12. Barefoot On The Tarmac
12. Marlboro Sounds
13. The Eternal Checkout Ft. Cenk Esen

https://chaosinthecbd.lnk.to/ADeeperLife

3月のジャズ - ele-king

Kuna Maze
Layers

Tru Thoughts

 クナ・メイズことエドゥアルド・ジルベルトはフランスのリヨン出身のDJ/プロデューサーで、現在はベルギーのブリュッセルを拠点に活動する。トランペット演奏をはじめマルチ・ミュージシャンとしてのトレーニングも積み、J・ディラフライング・ロータスガスランプ・キラー、ウェザー・リポート、サン・ラーらに影響を受け、ジャズ、ヒップホップ、エレクトロニカ、ブロークンビーツなどを取り込んだ作品を作っている。2020年に同じフランスのミュージシャン/プロデューサーであるニキッチことニコラス・メイヤーとの共同アルバムで注目を集め、以降は〈トゥルー・ソウツ〉を拠点に同じくコンビ作の『Back & Forth』(2022年)をリリースし、2023年にはソロ名義の『Night Shift』を発表している。『Night Shift』はスペイセック、ミドゥヴァ、レイネル・バコールなどのシンガーをフィーチャーし、ディープ・ハウスやブロークンビーツなどエレクトリックなクラブ・サウンド寄りのサウンドだったが、ジャジーなエレピやシンセの使い方に優れた才能を見せていた。

 『Night Shift』のリリース後は、自身のバンドと共にヨーロッパ各地のフェスやライヴで精力的に活動しており、このたび新作の『Layers』をリリースした。『Night Shift』とは異なり、『Layers』はライヴ・パフォーマンスから得た即興とエネルギーにインスパイアされたもので、ヴィクター・パスカル(ドラムス)、トマス・リヴェラ(キーボード)、イー・コリ・テイル(サックス)、サンディー・マーティン(コンガ)によるバンド編成でスタジオ録音に臨んでいる。そして、これまで以上に彼の中におけるジャズを深化させており、UKのジャズ・シーンからの影響も感じさせる。具体的にはカマール・ウィリアムズジョー・アーモン・ジョーンズモーゼス・ボイド、ヴェルズ・トリオといった、ジャズとハウスやダブ、ブロークンビーツなどを融合したフュージョン・タイプのアーティストで、ハービー・ハンコックやロニー・リストン・スミス、アジムスなどに代表される1970年代のエレクトリック・ジャズの遺伝子を受け継ぐ人たちだ。幻想的でスペイシーなキーボードからダイナミックなビートが始まる “Blacklash” や、重層的なエレピやシンセのレイヤーが印象的な “Layered Memories” は、そうした1970~80年代のアジムス・サウンドを彷彿とさせる作品だ。“Maina” はユゼフ・カマールの『Black Focus』を連想させるナンバーで、ブロークンビーツ調のリズミカルなリズムが前進する。“Scraps & Pieces” も同様にブロークンビーツ調のフュージョン・ファンクで、ディープ・ハウス的な “Blast” などと共に、ダンス・ミュージック・プロデューサーとしてのクナ・メイズの顔が出た作品だ。“Bristol Changes” はさらに疾走感のあるドラムンベース調のリズムだが、サックスを交えてジャズの即興演奏の魅力を最大に発揮している。“Tangle” においてもドラムスの即興性とダンス・ビートを両立させたリズミックな演奏があり、『Layers』はジャズとクラブ・サウンドの融合が深い部分で成功したアルバムと言える。


44th Move
Anthem

Black Acre

 〈ブラック・エーカー〉はロメアクラップ・クラップなどのリリースで知られるブリストルのベース・ミュージック系レーベルだが、そうしたなかにあってフォーティーフォース・ムーヴは異色のジャズ・アーティストとなる。匿名性の高いアーティストだが、実際はアルファ・ミストリチャード・スペイヴンと、それぞれソロでも輝かしいキャリアを積んできたロンドンのふたりによるプロジェクトで、結成自体は2020年まで遡る。2020年にユニット名を冠したEPをリリースしたまま、その後は活動がなかったようだが、ここにきてファースト・アルバムをリリースすることとなった。基本的にアルファ・ミストがピアノやキーボード、リチャード・スペイヴンがドラムスを担当し、本作では演奏者のクレジットはないが、ベース、ギター、フルート、サックス、トランペットなどもフィーチャーされる。もともとクラブ・ミュージックとの接点が多いふたりだが、〈ブラック・エーカー〉からのリリースということもあり、フォーティーフォース・ムーヴはそうした傾向をより深めたプロジェクトと言える。

 表題曲の “Anthem” は、フルートとエレピによるミステリアスな旋律が印象に残るディープなナンバーで、フォーティーフォース・ムーヴなりのスピリチュアル・ジャズ的なアプローチと言える。一方、デトロイトのラッパーのケル・クリスを迎えた “The Move” は、アルファ・ミストの初期作品でしばしば見られたジャズとヒップホップの融合形。あくまでクールに淡々としたピアノ演奏を見せるのがアルファ・ミストらしい。“2nd September” はメランコリックなギターを交え、全体的にゆったりとしたバレアリックな音像を紡ぎ出す。リチャード・スペイヴンのポリリズミックで複雑なドラミングが、彼の持ち味をよく表している。リチャード・スペイヴンらしいという点では、“Free Hit” や “Second Wave” のビートはドラムンベースやブロークンビーツなどクラブ・サウンドのエッセンスを導入した、極めて彼らしい作品。もちろん、そこにジャズの即興演奏的なアプローチを交えていて、“Free Hit” の後半にはトランペットのスリリングな演奏も加わる。そして、“Barrage” の繊細で耽美的なエレピに代表されるように、アルファ・ミストが持つダークでアブストラクトなイメージがフォーティーフォース・ムーヴにおいてもサウンドの軸になっているようだ。


Yazz Ahmed
A Paradise In The Hold

Night Time Stories

 ヤズ・アーメッドにとって、2019年の『Polyhymnia』以来となる久しぶりのアルバム『A Paradise In The Hold』がリリースされた。幼少期は父方の故郷であるバーレーンで育った彼女は、その名を一躍広めた『La Saboteuse』(2017年)でも見られるように、中近東のメロディやリズムを取り入れた作品が多かった。本作ではアルバム・ジャケットにアラビア語で名前やタイトルを記しており、中近東の音楽をより意識した内容と言える。ヤズはこれまで度々バーレーンを旅行してきたなかで、2014年に書店巡りをした際にバーレーンの伝統的な結婚式の歌や、真珠獲りのダイバーの歌の歌詞が載った書物を見つけ、それらが『A Paradise In The Hold』におけるインスピレーションとなったようだ。『Polyhymnia』がギリシャ神話をモチーフとしていたように、ヤズ・アーメッドの作品は叙事詩や物語を基に作られることが多く、『A Paradise In The Hold』はバーレーンの民間信仰や儀式を物語として作品に投影している。そうした物語性を高めるためにヤズは初めて自身で歌詞を書き、ナターシャ・アトラス、アルバ・ナシノヴィッチ、ブリジッテ・ベラハといった、中近東やトルコなどをルーツに持つシンガーたちにアラビア語で歌ってもらっている。そして、古来よりアラブの女性は抑圧的されたイメージを持たれることが多いが、そうしたイメージを打破し、創造的で強いアラブの女性像を見せることが『A Paradise In The Hold』のテーマのひとつにもなっている。西洋においてアラブ音楽が映画のサントラなどで使われる場合は、あるステレオタイプなイメージがあるが、そうしたイメージを逆手に取り、アラブ女性の新しいイメージを創出するという目論見があるようだ。

 “Though My Eyes Go to Sleep, My Heart Does Not Forget You” は真珠獲りのダイバーの歌をモチーフとする。手拍子を交えたリズムに乗せて、ヤズのトランペットが哀愁を湛えた旋律を奏で、マリンバとコーラスが神秘的でエキゾティックなムードを作り出していく。“Her Light” は疾走感に満ちたリズムと、情熱的なトランペットやエフェクトを交えた鍵盤によってコズミックな世界へと連れていくが、ここでも途中のアラビア語の歌がアクセントとなっている。“Waiting Fo The Dawn” はマリンバがエチオピア・ジャズのムラートゥ・アスタトゥケにも近似するイメージで、中近東音楽とスペイシーなジャズ・ファンクを融合した上で、アラビア語の男女コーラスをフィーチャーする。ロンドンをベースとするヤズであるが、こうした中近東音楽とジャズを融合することによって、ほかのロンドン勢にはない彼女独自の世界を生み出している。


Rahel Talts
New And Familiar

Rahel Talts self-released

 ラヘル・タルツはエストニア出身で、デンマークのコペンハーゲンを拠点とする新進のピアニスト兼作曲家。ジャズ・ギタリストのマレク・タルツを兄弟に持ち、ジャズにフォークやポップス、フュージョンなどをミックスした音楽性を持つ。そのマレクも参加したラヘル・タルツ・アンサンブル名義の『Power To Thought』(2022年)でデビューし、カルテット編成での『Greener Grass』(2024年)を経て、ニュー・アルバムの『New And Familiar』をリリースした。『New And Familiar』はストリングスやホーン・セクション、シンガーも交えたビッグ・バンド編成で、ラヘルの作曲や編曲の才能を大きくアピールしたものとなっている。

 レコーディングはエストニアのタリンでおこなわれており、彼女の故郷のエストニア民謡を取り入れた作曲がポイントとなる。代表は “Meie Elu” で、1915年に作られた古いエストニア民謡に新しく歌詞をつけたジプシー調のナンバー。パット・メセニー・グループを彷彿とさせる演奏だが、エストニア語の素朴でフェアリーな歌が独特の個性を放つ。キティ・ウィンターのようなスキャット・ヴォーカルを交えてスピーディーに展開する “Restless” は、チック・コリアのリターン・トゥ・フォーエヴァーを現代に蘇らせたようなダンサブルなフュージョン・ナンバー。躍動感に満ちたリズムに、ダイナミックなストリングス&ホーン・アンサンブルのアレンジも秀逸だ。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291