「CE」と一致するもの

10 Selected Ambient / Downbeat Releases in 2020 - ele-king

 2020年のほとんどを、僕はロンドンの自分のフラットで過ごした。コロナ禍による二回に及ぶロックダウン(都市封鎖)や、それに準ずる段階的外出規制によって、イギリスに住む者の行動はかなり制限されていた。2月までクラブやライヴ・ヴェニューへ行っていたのが別の世界の出来事のように感じられるほど、自分の生活スタイルも変わった。運動のため頻繁に外出するようになったり、自転車で遠出するようになったり、人混みへ注意を払うようになったり。自分が4年ほど住んでいる街を違った視点から見る機会が増えた。
 今年自分が聴いてきた音楽を振り返ってみると、ダンス・ビートよりも、アンビエントやダウンビートと呼ばれる作品が多い。変わりゆく周囲の環境と自分との関連が放つ何かを理解するうえにおいて、頭やケツをバウンスさせる運動神経よりも、隙間がある音に消えていく感覚の方が研ぎ澄まされていくのかもしれない(と言いつつも、年末の紙エレで選んだエレクトロニック・ダンスたちには心底感動させてもらった。アンズのNTSレディオでのヘッスルオーディオ・スペシャルセットを聴くといまも涙が出そうになる)。
 というわけで、今回のサウンド・パトロールは、いわゆるダンス系ではないものを10作品選んだ。もちろんここに載っていない素晴らしい作品もたくさんある。これは自分の独断で選んだ作品リストに過ぎないが、2020年という音楽シーンである種の停止ボタンが押された一年とはなんだったのかを振り返るきっかけになれば幸いである。2年前と同様にフィジカルで持っているものを中心に選び、以下、テキストと写真とともに掲載する。

Kali Malone - Studies For Organ | Self-Released

 アメリカはコロラド出身で現在はストックホルムに拠点を置くパイプオルガン奏者、電子ミニマリスト、カリ・マローンの去年出たサード・アルバム『The Sacrificial Code』は、非常に多くの関心をひいた。この自主リリースされたカセット作品『Studies For Organ』は、去年作品のリハーサルとしてレコーディングされたもので、2017-18年の間にストックホルムとヨーテボリで録音されたと帯にはある。再生してみて驚いたのが低音の力強さである。その屋台骨の上でミニマルに展開されるメロディーは、スザンヌ・チャーニらシンセシストたちが描いてきたサウンドスケープと重なる部分があるかもしれない。不断なく動いていた旋律が変化をやめて持続のみに切り替わるエンディングに息を呑んだ。サラ・ダヴァチやカラーリス・カヴァデイルの活躍を鑑みるに、現代の電子音楽シーンにおけるパイプ・オルガンの存在感は増している。この「呼吸をしない怪物」が現在においてサウンドに内胞しているものを感じる機会が今後も増えていくのかも。

Alex Zhang Hungtai & Pavel Milyakov - STYX | PSY Records

 まさかのコラボレーションである。LAのサックス奏者、アレックス・チャン・ハンタイ(aka ダーティ・ビーチズ)とモスクワの電子作家、パヴェル・ミリヤコフ(aka バッテクノ)がタッグを組み、後者が今年新設したレーベル〈PSY X Records〉からリリースされたのが、このアンビエント作品『STYX』だ。フォーマットはカセット(とデータ)で、テープはモスクワのミリヤコフから直接届いた(彼は今作のミックスとマスタリングも手掛けている。ミリヤコフは自身のプロダクション技術をサブスクライバーに提供する試みも最近スタートした)。オクターバーなどのエフェクターを駆使したミリヤコフのギターとAZHのサックスが、朝焼けのような美しいテクスチャーを生んでいる。モジュラー・シンセが作り出すアグレッシヴなグリッチとサックスの掛け合いなどもあり、単なるアンビエント作品の範疇にもとどまっていない。半透明の青いケースに包まれたカセット・ケースのデザインも秀逸。化学記号のようなシンプルなタイトルは、音の物質性へとリスナーを誘い込む。

Lisa Lerkenfeldt - A Liquor of Daisies | Shelter Press

 オーストラリアはメルボルンを拠点に活動するリサ・ラーケンフェルドは、自身のデビュー・アルバム『Collagen』を、バルトローム・サンソンとフェリシア・アトキンソンが率いる〈Shelter Press〉から今年の8月に出していて、6月に先行する形で同レーベルからカセットでリリースされたのが今作『A Liquor of Daisies』である。アルバムは持続するシンセ、金属的テクスチャー、ディストーション・ドローンなど、手法面で多彩。それに対して、このテープ作は同じピアノのモチーフをループ+電子音というシンプルな構成ではあるものの、モチーフを変調させて驚きを生み、分厚い壁から高原を吹き渡る風のような音へと徐々に変化するエレクトロニクスが、39分48秒を永遠へと変化させる。この呼吸の長さが、LPよりもこのアルバムを特別なものにしている。ジャケットには「ゼロクライサム・ヴィスコサムへの詩、永遠のデージー(註:両方ともオーストラリアの花)、多様な祈る者たちと機械のためのプロポーザル」とある。なお、このカセットのバンドキャンプでの売り上げのすべては、ブラック・ライヴス・マター運動の一環として、オーストラリアのアボリジニ支援団体へと寄付された。

Jon Collin & Demdike Stare - Sketches of Everything | DDS

 2月、僕はロンドンのカフェ・オトで二日に渡って行なわれたデムダイク・ステアのライヴへ行った。そのときのライヴ・リハーサルがカセットになった『Embedded Content』が素晴らしいというのは、別冊紙エレの家聴き特集でも書いた。その次の彼らのリリースになったのが、このランカシャー出身で現在はスウェーデンに拠点を置くギタリスト、ジョン・コリンとのコラボレーション作品『Sketches of Everything』で、さらに連作となる形でカセット『Fragments of Nothing』も出た。フォークやブルースを電子的に自由解釈したコリンのギターを、DSがリヴァーヴやエコーで空間にちりばめ、それがフィルターでねじ曲げられ、カモメの音が遠くへと運んでいく。ジャケットにはコリンの家族写真アーカイヴが借用されていて、ある種、記憶がテーマになっていることは間違いない。ここには憑在論的ホラーではなく、「ああ、昔こういうことがあったよね」という単純な回想が音になっている優しさがある。冒頭10分のなんと綺麗なことだろうか。

Pontiac Streator - Triz | Motion World

 ポンティアック・ストリーターはフィラデルフィアを拠点に抽象的なビートとアンビエントを世界にドロップしている。その生態はアンダーグラウンドに潜っているため、サブスクにはコンピ参加以外作品がなく、流通が少ないレコードかバンドキャンプでその作品にアプローチするしかない。他にもいくつかグループでの名義があり、『Tumbling Towards A Wall』という傑作を今年発表した同じくフィラデルフィアのアンビエント作家ウラ・ストラウスとはアルバム『11 Items』を去年リリースしている。今作『Triz』はソロとしては2作目のアルバムにあたる。彼の作るビートは、LAのようにコズミックではなく、ロンドンのようなハードなホットさがあるわけでもなく、そのアンビエンスはベルリンのようにダークでグリッチィでもない。彼は自分の音を持っている。リズムはアメーバのように俊敏さ柔軟さを兼ね備え、ベースは鼓膜に息を吹きかけるように流れ、ベリアルのようにどこかから採取された音声が滑らかにこだまする。最後の曲名は “Stuck in A Cave” であり、抜けられない洞窟にいるものの、鳥の声が聞こえてくる。困難にいるときでも、想像力は外に向くことができる。ここには希望がある。

Experiences Ltd.

 ベルリン拠点のプロデューサー、シャイ(Shy)はスペシャル・ゲストDJやフエコSとのゴースト・ライド・ザ・ドリフトなどの名義で活動している。彼は〈bblis〉や〈xpq?〉のレーベルを通して、いわゆるアンビエントやダウンテンポという既存ジャンルの両地点の間を漂う楽曲を紹介してきた。それに加えて彼が2019年に開始した〈Experiences Ltd.〉は、今年に入り、頭一つ抜けた力作を続々とリリースした。フィラデルフィアのウラ・ストラウスのウラ名義『Tumbling Towards A Wall』は、テープ・ループで劣化してくような淡いベールに包まれたテクスチャーを、ピアノなどのサウンド・マテリアルのループや重低音で色づかせ、3~5分ほどの長さの楽曲で8つの異なる光景を描いた傑作である。彼女がベルリン拠点のペリラ(Perila)と組んだログ(LOG)はよりクリアなテクスチャーのもと、肉声などを取り込み、異なる角度から静寂へとアプローチ。他にレーベルからは、ニューヨークのベン・ボンディや、日本のウルトラフォッグも参加しているプロジェクト、フォルダー(Folder)といったトランスナショナルな人選が続いている。2020年最後のリリースになったカナダのナップ(Nap)による7インチ「Íntima」は、90年代のアブストラク・ビートがよぎるなど、レーベルが今後もそのカタログを変形させていく可能性を示唆している。なお、レーベル・リリースのマスタリングの多くを手掛けているのは、デムダイク・ステアのマイルズ・ウィテカー。

Vladislav Delay | Bandcamp Subscription

 今年僕が最も聴いたプロデューサーはヴラディスラフ・ディレイことサス・リパッティである。〈Chain Reaction〉諸作をコンパイルした『Multila』のリマスター、ソロ作『Rakka』とスライ&ロビーとの『500-Push-Up』、マックス・ローダーバウアーとの『Roadblocks』、ルオモ名義の『Vocalcity』リマスターなど、力強いリリースが今年は続いた。いま、彼はバンドキャンプで自身の作品のサブスクリプション・サービスを行なっている。この機会に彼のキャリアを聴き込んでみようと思い、僕は現在それをサブスクしている。月10ユーロでVD名義の作品ほとんど全てが非圧縮音源でダウンロードできるうえ、サブスク限定の音源発表も毎月ある。フィンランドの孤島に建つスタジオで、グリッチ・ノイズからフットワークにいたるあらゆる音像を、毎朝早起きしてリパティはせっせと作り、自然とジャズ、読書からインスピレーションを受けている(まるで村上春樹である)。あるインタヴューによれば、リパッティはオシレーターとフィルターでできることの限界に早い段階で気づいたらしい(といっても充実したユーロラックのセットを使用している)。そして向かったのはダブである。その可能性をミュージック・コンクレートやテクノ以外のリズムへ切り開いた点において、彼は当初つけられたベーシック・チャンネル・フォロワーという枠を超えて自身のスタイルを確立した。改めて、すごい作家である。グリッチの空間化を極めた『Anima』(2001)と高揚感溢れるリズム&サウンドの “Truly” のリミックス(2006)は同じ宇宙に存在しえるのだ。

Suzanne Ciani - A Sonic Womb: Live Buchla Performance at Lapsus | Lapsus Records

 ブクラ・シンセサイザーを駆使し、電子音楽からピンボールの効果音に至るまで、70年代から歴史的な仕事をしてきたシンセシスト/作曲家、スザンヌ・チャーニ。彼女の昨今の電子音楽シーンにおける再評価は、デザイナー/DJ、アンディ・ヴォーテルが共同設立者に名前を連ねる〈Finders Keepers〉からの2016年作『Buchla Concerts 1975』にはじまる。それ以降、彼女はブクラ200eを抱え世界をツアーし、コンサートとトークによる教育を通し、いまもなお音を合成する意義を説いている。今作は2019年のバルセロナでのコンサートの録音であり、70年代にチャーニが使用していたシーケンサーを発展させた即興演奏を聴くことができる。往年のチャーニ作品で使われているアルペジエーターの旋律が、ステレオの左右を拡張せんとばかりに旋回し(オリジナルは左右ではなく四方の異なるスピーカーを使用したクアドロフォニック)、スネア化した短波ノイズが連打されるとき、客席から歓声が上がる。今作の開始と終わりには波の音がある。ただ理想化しているだけかもしれないけれど、あなたがブクラで作る波の音はなぜかとてもオーガニックに聞こえるんです、という2016 年のレッドブルミュージック・アカデミーの受講生の質問に、チャーニはシンプルに「それは複雑だからです」と答えている。楽曲が生む興奮に加え、独自の発振回路を持つブクラでオシレータとフィルターを入念に組み合わせて生まれる彼女の波の音は、自然を人間の側から思考する重要な事例でもあるのだ。

Drew McDowall - Agalma | Dais Records

 70年代から90年代にかけて、コイルやサイキックTVの長年の共作者、あるいはそのメンバーとしても知られる、スコットランド出身で現在はブルックリンを拠点に置くドリュー・マクドウォル。近年はモジュラー・シンセを表現メディアの主軸においている。2年前に出た、同じくニューヨーク拠点のモジュラー・シンセシスト、ヒロ・コーネとのEP「The Ghost of George Bataille」が示唆していたかのように、ソロとしては5作目の『Agalma』は、数々の客演が目白押しになっている。ともに実験的シンセシストであるカテリーナ・バルビエリロバート・アイキ・オーブリー・ロウとの共同作業において、逆行するサウンドや加工された肉声が、ハープなどの異なるマテリアルとともに、あらゆる方向から飛び交ってくる。先に書いたカリ・マローネの参加曲は、とぐろを巻くようなベースと左右の空間を埋め尽くすリードが、オルガンと奇怪に絡み合う。ヴァイオリンやダブルベースといった楽器も今作には多数散りばめられている。ノイズ/エクスペリメンタルの若手として知られるバシャー・スレイマン、エルヴィン・ブランディや、カイロのズリとの共作や去年のデビュー作『Dhil-un Taht Shajarat Al-Zaqum』で頭角を現したサウジアラビアのシンガー、ムシルマ(MSYLMA)らが参加したLP盤の終曲は、楽器とエレクトロニスのオーケストレーションとヴォーカルが圧巻のシンフォニーを見せる。ギリシャ語で彫像を意味する「agalma」が各楽曲の番号とともに割り振られた今作は、曲ごとに異なるサウンド・フォームを模索している。一貫して広がる暗さに引きずり込まれ、聴くことを止めることができない傑作だ(レコードは手に入れるタイミングを逃してしまった……)。

Burial + Four Tet + Thom Yorke - Her Revolution / His Rope | XL Recordings

 最後はウワサのアレ。ロンドンの三つのレコ屋がこの12インチの入荷を告知した翌日に在庫をチェックしたところ、すべての店舗ではソールドアウトになっていた。限定300枚だしな、と諦めていたところ、その一週間後にとあるレコ屋のサイトを眺めていたら、どういうわけか入荷していて入手することができた。フォー・テットが自身のレーベル〈Text〉から、それまでのデザインとは異なる黒ラベルで発表したベリアルとの最初のコラボ12インチ「Moth / Wolf Club」が出たのが2009年。そこにトム・ヨークが加わった「Ego / Mirror」が2011年、そして翌年には再び2人に戻って「Nova」をリリースしている。今回の曲調は前回のようにハウスではなく、減速したツーステップでもなく、いわゆるダウンテンポと括られるスローなビートになっている。これまでもそうであったように、今作にもベリアル的なクラックル・ノイズが散りばめられ、フォー・テット的な色彩を加える流浪のシンセ・リードがあり、どこからか現在に回帰してくるサンプリングが澄んだ情景を生む。ヨークの声はトラックの前面に出ているというよりは、キックによって区切られる間隔でこだましているかのよう。レコードのランナウト(曲とラベルの間)に「SPRING 2020」とあるので今年になって録音されたものなのだろうか。であるならば、ヨークの歌詞が放つ、犠牲がともなう革命、完璧な自己破壊といったモチーフは、パンデミックやブレグジットとも時代的に呼応しているのかもしれない。それが透き通るようなトラックのなかで鳴っている。2021年、この12インチ はどのように聴こえるのだろうか。

Various - ele-king

 今週発売の紙エレキングVol.26に掲載されているマイク・パラディナスのインタヴューを読んで、ちょっと驚いた。パラディナスによって運営されている〈プラネット・ミュー〉が2011年にリリースしたジューク/フットワークを世界に初めて紹介したコンピレーション『Bangs & Works Vol.1』は当時、ネガティヴな評価を受けたというくだりである。僕と野田努は『テクノ・ディフィニティヴ』を書き始める際、2011年の代表作に『Bangs & Works Vol.1』を選ぶことになんの躊躇もなかった。それこそ1秒ぐらいで決めたし、10年近く経ったいまでもその判断でよかったと思っている。しかし、パラディナスが言うには「あの作品のせいで僕たちは多くのファンを失った」というのである。衝撃的な述懐だった。僕の足元にいたネコも(偶然だけど)ひっくり返っていた。

 〈プラネット・ミュー〉は二度はじまっている。最初は〈ヴァージン〉傘下のブランド・レーベルとして主にはパラディナス自身の作品を発表し、これが3年で〈ヴァージン〉の流通に疑問を覚えたことで離脱。98年からはインディ・レーベルとして仕切り直し、パラディナスとは専門学校のクラスメートだったディラン・J・ネイサン(Jega名義)のドリルン・ベースを「ZIQ001」としてリリースしている。ネイサンはイラン系で、僕は当時、彼の音楽からベドウィン・アセントやレイラと同じくアラブ系のセンスを聞き取ろうとした記憶がある。アラベスクを思わせる緻密な打ち込みに荘厳な世界観。テクノが世界に広がっていくということは、そのような価値観の広がりだと思っていた。ところが〈プラネット・ミュー〉から多くのファンが離れたのは『Bangs & Works Vol.1』が黒人の作品だったからだという。話にならない。ネコもひっくり返ったままである(つーか、そのまま寝てしまった)。新生〈プラネット・ミュー〉が4人目に契約したクリスチャン・クレイグ・ロビンソン(Capitol K名義)はドリルン・ベースとインディー・ロックをフュージョンさせた異才だけれど、その後はクンビアに染まり、現在はトータル・リフレッシュメント・センターを主催してサンズ・オブ・ケメットやイビビオ・サウンド・マシーンといった移民系の作品を数多く世に送り出している。〈プラネット・ミュー〉は日本人(Joseph Nothing、Guilty Connector)の作品を出すのも早かったし、バブリングと呼ばれるオランダのブラック・ミュージックだって紹介してきた。UKガラージの移民的なアレンジといえるグライムやダブステップもごく初期からリリースしてきたというのに……。


 〈プラネット・ミュー〉はレーベル・コンピレーションを頻発する。なので「25年だから」という重みはない(20周年を祝う『µ20』は50曲入りの3CDだったので物理的にも軽い)。ただ単純に『Planet Mu25』にはジューク以降のダイナミクスをフォローしてきた〈プラネット・ミュー〉の現在が反映され、次から次へと素晴らしい曲が続く。個人的には1曲も捨て曲はなかった(洗脳されてるとしか思えないw)。オープニングはイーストマンことアンソニー・J・ハート。セカンド・アルバム『Prole Art Threat』からの再録で、彼については前述したパラディナスのインタヴューで詳しく編集部が話を聞き出している(ので省略)、簡素なドラム・パターンが相変わらずカッコいいとだけ付け加えておく。RPブーやDJネイトといったジューク第1世代ももちろん収録され、後者はセカンド・アルバム『Take Off Mode』に収録された“Get Off Me (Betta Get Back)”をアンソニー・J・ハートがベーシック・リズム名義でドリル風にリミックス。ウラディスラフ・ディレイもリパッティ(Ripatti)名義でセルフ・リリースを重ねてきたジュークをここには寄せている。そう、インダストリアルで寒々しいムードに変換されたジュークは驚くほどヨーロッパ風の変容を遂げ、〈プラネット・ミュー〉から離れたファンも大挙して舞い戻ってくることだろう。ハンガリーのガボール・ラザールは5thアルバム『Source』からタイトル曲を再録。『Source』はマイク・インクとオウテカが出会ったようなIDMのアルバムで、〈プラネット・ミュー〉がいまだ『Artificial Intelligence』の延長線上にあることを示した作品である。この路線を〈プラネット・ミュー〉が手放したことはない。もしかすると〈ワープ〉よりもこだわっているかもしれない。残念なことにベース・ミュージックとフリージャズを合体させたスピーカー・ミュージックはセカンド・アルバム『Black Nationalist Sonic Weaponry』からの再録、「シンゲリの巨人」と化したライアン・トレナーも同じく『File Under UK Metaplasm』からの再録と、期待の星たちから新曲はなかった。今後の予告編となるのはボグダン・レチンスキーやアイルランドのラッカーからイーオマック(Eomac)のソロ作。アンビエント・ドラムン・ベースに挑む前者にエスニックなブレイクビートを刻む後者と、〈プラネット・ミュー〉の2021年はヴィジョンにあふれている。〈ワープ〉傘下の〈ディサイプルズ〉から復活を遂げたレチンスキーが移籍したのも驚くけれど、〈R & S〉に居座るかと思っていたイーオマックがアラブ首長国連邦の〈ベドゥイン・レコーズ〉からソロ・アルバムをリリースしたり、2020年には〈ニゲ・ニゲ〉のMCヤッラーとジョイントするなど一時期よりも先が読めない動き方を見せ始め、それがまさか〈プラネット・ミュー〉と結びつくとは思わなかった。新人ではファーウォームス(FARWARMTH)に期待がかかる。


 パラディナスのインタヴューを読んでいると、妻のラーラ・リックス~マーティンが想像以上に彼に影響を与えていたことがよくわかる。最初は2人でヘテロティックというシンセ・ポップのユニットをスタートさせ、『Love & Devotion(愛と退化)』というタイトル通り、ボケボケじゃんとか思っていたのだけれど、リックス~マーティンはソロでドローンに転じ、ミーモ・カンマ(Meemo Comma)の名義で活動を始めると一気に加速度を上げていく。自らアルバムを立て続けに制作するだけでなく、女性プロデューサー専門の〈オブジェクト・リミテッド〉をサブ・レーベルとして立ち上げ、そこからはアルカを思わせる中国系のルイ・ホー(RUI HO)による“Hikari”を再録し、同じくアブストラクなジュークを聴かせるジャナ・ラッシュは“Mynd Fuc”を新たに寄せている。ミーモ・カンマとしてもビートを取り入れた“Tif’eret”を提供し、これまでのホラーじみたドローンとは違った側面を見せ始めた。パラディナスが過去音源ばかり大量放出しているのとは実に対照的というか、パラディナスのインタヴューを読みながら聴いていると、妻の才能が伸びていくのを喜んで見守っているパラディナスの表情まで見えるような気がしてしまう。パラディナスはインタヴューの中でこう言っている、「妻は僕の物事に対する考え方の多くを変えてくれた、あるいは、教育してくれた人だ、そう思う」と。#MeToo時代にこんなことが言える男性がここにいる。〈プラネット・ミュー〉、25周年、おめでとうございます。

 日本ではKダブ・シャインによるブラック・ライヴズ・マター批判が話題になったけれど、アメリカでBLM批判の急先鋒といえばキャンディス・オーウェンズである。最初は若い黒人の思想家がドナルド・トランプを称揚していると話題になり、TVでも事あるごとに取り上げられるようになった。2年前にカニエ・ウエストがツイッターで彼女の思想を持ち上げたことで一気に注目の的となり、その直後に2人は急接近したようで、黒人が奴隷になったのは自らにもそう望んだ面があったからだとか、カニエ・ウエストの言動が以前よりもオルタナ右翼に近づいたのは彼女の影響によるところ大だったと考えられる。この秋の大統領選では「Brexit」の「R」を「L」に変えると「民主党からの離脱」を意味する「Blexit」という単語になり、民主党批判のキャンペーンにこのスローガンを使っていたオーウェンズが「ロゴをデザインしてくれたのはカニエ・ウエスト」だと吹聴していたところ、自分はデザイナーを紹介しただけだとカニエ・ウエストが抗議し、オーウェンズがブログで謝罪するという展開もあった。ちなみに選挙以前からオーウェンズが攻撃し続けたのは早くからバイデン支持を表明していたカーディ・Bで、オーウェンズは「あなたはバイデンやサンダースに利用されているだけだ」と執拗にカーディ・Bをバカ扱いし、SNS上で口汚く罵り合うこともしばしとなる。なお、カーディ・Bはトランプ支持者に自宅の住所を公開されて火をつけると脅されたため、犯人を特定したところ10代の若者が容疑者として浮かび上がったため、やるせない気持ちになったと述懐している。

 キャンディス・オーウェンズは最初からオルタナ右翼だったわけではないという。25歳で立ち上げたマーケティングの会社ではむしろ「共和党の狂気」とかドナルド・トランプのペニスのサイズがどうとかいったような記事まで書いていたとも。これがゲーマーとフェミニズムが対立して殺害予告や爆破予告の嵐となった「ゲーマーゲート論争」に巻き込まれて、個人情報をネットに晒され、窮地に陥った時にオルタナ右翼に救われ「一夜にして保守派になった」のだという。「リべラルは実際にはレイシストなんだと悟った。リベラルはネットを荒らしてドヤ顔をしたいだけ(=trolls)なんだと」。オーウェンズだけでなく、ゲーマーゲートの多くがこの論争を境にオルタナ右翼になったと言われている。女性のゲームプログラマーによる枕営業の有無が発端となって14年から16年にかけて大きな社会問題となった「ゲーマーゲート論争」はプログラマーの回想録を元に現在、映画化も検討されているそうで、業界の癒着やフェミニズムなど多くの議論が交わされたなか、やはり焦点のひとつとして浮かび上がるのがポリティカル・コレクトネスである。ネット・リンチに発展してしまうこともあるPCに対して、オーウェンズはここで強く否定的な感情を抱き、「攻撃対象を探しては潰しにかかるリベラル」という図式を固定させたのである。

 どちらに向かうかはともかく、オーウェンズが若くして才能を発揮した人物だということは疑いがない。それが黒人で女性だとなると、おそらくは黒人だから優遇されたんだろうとか(オーウェンズは「ブラック・カード」を使うという言い方をする)、女性だからチャンスをもらえたんだろうというやっかみに遭遇したことも多々あったに違いない。PCに対して息苦しい思いをしている人はたくさんいるだろうけれど、PCによって守られている人にも同じことはいえるということである。オーウェンズにとっては個人の才能に帰結することなのに、アファマーティヴ・アクションと呼ばれる優遇政策のおかげで現在の地位があると捉えられることは自分の才能を否定されるに等しく、アファマーティヴ・アクションをいとましく思うこともあったに違いない。そして、その優遇政策が何に由来するかというと、黒人は不当に扱われているという「考え方」であり、構造的な人種差別があるという「思い込み」だとオーウェンズは主張する。「そんなものはない。黒人は差別されていないし、私はやろうと思えば白人男性と同じことができる」とオーウェンズは繰り返し強調する。いわば民主党によって黒人たちは自虐史観に染められてしまい、何もできない人種だという考え方から抜け出られないだけだと。それがアイデンティティ・ポリティクスの正体だとオーウェンズは「見破った」。黒人のステロタイプな表現から逸脱したカニエ・ウエストが個人の能力を評価するという思想に共鳴したことも、だから、不思議ではないし、多少とでも社会性を持っていればマイケル・ジャクスンだって共鳴した可能性はある。プリンスやビヨンセはそうではなかった(『ブラック・パワー別冊』参照)。

 黒人は不当に差別されているという「間違った考え方」に基づくBLMは、だから、ただのテロ行為であり、「BLMは西欧社会を破壊する行為だ」とオーウェンズは続ける。BLMは初めから民主党が仕掛けた詐欺で、ジョージ・フロイドは黒人の悪しきカルチャーを象徴する人物だと彼女は断じて止まない。実は前述したカーディ・Bとは最初から言い争いになったわけではなく、保守系メディアで彼女が持つ番組に2500万円という破格のギャラで出演をオファーしたところ、「ジョージ・フロイドの死は当然だったとする人間とは口をききたくない」と一蹴され、先の論争がはじまったという流れだった。30代になると、オーウェンズの議論は結論ありきのものでしかなくなり、新たに起きている事象や事件から何かを読み解こうとするものではなくなっていく。最近ではアナ・ウィンターによって最高の男性モデルだと持ち上げられたハリー・スタイルズがデヴィッド・ボウイばりに中性的なファッションでヴォーグ誌に登場すると「男は男らしくしろ」とオーウェンズがツイートし、スタイルズはこれを無視、さらに過激なファッションで登場するなど、頭のいい人からは相手にもされなくなってきた。カニエ・ウエストがオーウェンズに共感の意をツイートした翌月、ドナルド・トランプも「キャンディス・オーウェンズはとても賢い思想家だ」とツイートし、大いに持ち上げていたのだけれど、「バイデンやサンダースに利用されているだけ」という彼女の言葉が固有名詞を入れ替えればブーメランとなって彼女の元に戻ってくるような気がするのは僕だけだろうか。


Various - ele-king

 ときに、人は生きるために踊ることがある。社会に変革をもたらすダンスを。反戦、反差別のメッセージを掲げ、巨大なスピーカーから流れるダンス・ミュージックと共に国家権力や法体制に対抗するサウンドデモは社会運動のひとつとして定着し、いまもなお世界各地でおこなわれている。日本も例外でなく、最近では Mars89、Mari Sakurai、篠田ミルといった東京のパーティー・シーンを率いるDJ陣を中心としたサウンドデモ・Protest Rave が都市部で定期的に開かれ、非道な法改正などに対抗すべく爆音のダンス・ミュージックで街全体を轟かし、人びとの意識を奮い立たせている。
 彼らの強烈なプレイは怒れる民衆の叫びにさも似たり。耳をつんざくサウンドが社会に示すのは、新たなる未来へ生きのびようと奮闘する我々のスタンスでもあるのだ。〈Live From Earth Klub〉と〈Never Sleep〉による共同コンピレーション・アルバム『United Ravers Against Fascism』は、まさにそういった反ファシズムを掲げるサウンドデモ的なスタンスで、ガバというダンス・ミュージックの未来を切り開く革命を起こそうとしているように思えた。

 ダンス・ミュージック・シーンの最先端を走るヨーロッパ発の二大コレクティヴが贈る本作は、HDMIRROR の “Burst Open” をはじめに、昨年渋谷WWWで開催されたネオレイヴパーティー・FREE RAVE にて来日公演をおこなった Von Bikräv が所属する Casual Gabberz の “F Le 17” と、けたたましくも華々しいトラックで幕を開ける。Merzbow 的なジャパノイズの影響を感じる Lizzitsky の淡々とした “Hd is off Anxiety Attack” に並ぶのは、TRANCEMAN2000 としても活動中の Falling Apart が繰り出すダークでアシッドな “Sex With God”。Skander による7分越えの “Paraphobia” のあとには、対照的に Powell の2分にも満たないエクスペリメンタルなショート・トラック “Z-Plane” がやってきて……と、ときおり変化球も飛んでくる現代的な進化系ガバ・サウンドがふんだんに詰め込まれている。

 メッセージ性の強い本作のコンセプトを象徴するのは、重厚な雰囲気を歪みに歪んだキックが切り刻む “Grande Raccordo Anulare” だろう。The Panacea と共にこのトラックを手がけた Gabber Eleganza ことアルベルト・ゲリーニは、2011年に tumblr で同名のアーカイヴ・プロジェクトを開設以降、コレクティヴとしての活動のほかガバのアーキヴィストとしても知られている。DJ、プロデューサーといった楽曲面以外にも、ZINEの出版やアパレルの販売、アート・キュレーションを手掛けたりと各方面でガバの魅力を発信する彼は、次のステップとして2019年にレーベル〈Never Sleep〉を立ち上げた。ガバの新しいプラットフォームとなる〈Never Sleep〉が目指すのは、古き良き時代を懐かしみ楽しむだけでなく、新世代のアーティストと共同しガバのカルチャーを新たに発展させてゆくこと。明確なヴィジョンを持ってガバの美学を追求する彼らは今回、ガバがオランダの労働者階級のユース・サブカルチャーからヨーロッパの中で突出したジャンルへと成長していった90年代において、ナショナリズムやファシズムなどの政治的イデオロギーにも結び付けられていたという複雑な歴史的背景を本作でアーカイヴすることで、今日のシーンに対してポスト・ガバ視点でのアプローチを仕掛けた。

 ダンス・ミュージックのサブジャンルを鋭く捉えたサウンドでシーンのさらなる展望を描く〈Live From Earth Klub〉と手を取り合い、忌避しがたい過去を踏まえいまの時代にガバの再解釈に挑んだ〈Never Sleep〉一行。なかなかに先鋭的なトラックが全体を彩ったのち、参加アーティストの中では大ベテラン枠に位置する Ilsa Gold の “Autre Chien” で王道ともいえるオールドスクール・ガバから、最近 Bladee との共作をリリースした注目株のプロデューサー・Mechatok の “Powder” と、透き通ったアンビエントへとつながるラストの流れは、彼らがかつてのシーンと現在をつなぐ架け橋となる様をもアーカイヴ的に物語っているようにも聴こえる。この屈強で愛すべきダンス・ミュージック、ガバがこれからも生きながらえる明るい未来を目指す勇姿を。

New Project of Jeff Mills - ele-king

 先日リリースしたバイロン・ジ・アクエリアスも好評なアクシス。2020年は、ベネフィシアリーズをはじめ、ジェフ・ミルズのミルザート名義の「Every Dog Has Its Day」シリーズがいつの間にか「vol.13」までリリースされているほか、おそろしく積極的に他のアーティストの作品も毎月のようにリリースしている。コロナ禍において、かえってやる気がみなぎってしまっているようだ。ちなみに「Every Dog Has Its Day vol. 4」は今週までフリーダウンロードできる。
 さて、その休みなきジェフだが、年明け1月には彼の新プロジェクト、ザ・パラドックスのアルバム『Counter Active』がリリースされる。これは故トニー・アレンのバックも務めていたガイアナ移民としてフランスで暮らすピアニスト、ジャン・フィ・デイリー(Jean-Phi Dary)とのコラボレーションになる。アフロ・キューバンとコンパ(ハイチの音楽)からの影響のなかに、ジャズ、レゲエとファンクが融和されたデイリーの演奏の評価は高く、ピーター・ゲイブリルやパパ・ウェンバ(コンゴの歌手)、有名なドラマーのパコ・セリー(ザヴィヌル・シンジケート)らのバックも務めている。

「トニー・アレンとの『Tomorrow Comes The Harvest』でのコラボレーションの延長としてこの企画は生まれた」とジェフの弁。「演奏のセットアップ後にジャン・フィと僕で簡単なジャム・セッションをするのが通常で、実際の演奏ではトニー・アレンが加わって、そしてサウンドチェック時のグルーヴを発展させていく」、このセッションのなか楽曲は「数分のうちに完成した」という。
「そのアイディアをスタジオに持ち込みレコーディングしたのが今回のアルバム。1年をかけてパリ周辺の様々なスタジオで膨大な量の曲をレコーディングした」
「『カウンター・アクティヴ』はふたつのクリエイティヴな精神が妥協や制限なくぶつかり合った結果。音楽が我々の人となり、言いたいことを如実に表している。タイトルは目的を持って成し遂げることを意味している。ちなみに『カウンター・アクティヴ』は二部構成の第一部なんだ」
 まずはその一部を楽しみに待とう。

The Paradox
Counter Active

Axis / AX096

Track Titles:
A1. Super Solid
B1. The X Factor
B2. Residence
C1. Twilight
C2. Ultraviolet
D. Residence (Alternate version)

LOG - ele-king

 スペシャル・ゲストDJ (ウオン)主宰〈Experiences Ltd.〉がリリースする2020年最後の新作がログの『LOG ET3RNAL』である。ミニマムかつ優美なサウンドを聴かせるこのアルバムは、2020年の最後を飾るアンビエント・ミュージックに相応しい作品だ。
 ログとは何か。その正体は、アメリカはフィラデルフィアを拠点とするアンビエント・アーティストのウラ・ストラウスことウラとロシア出身でベルリンを拠点とするペリラ(Sasha Zakharenko)のユニットだ。ちなみにペリラは元 Berlin Community Radio のデザイナー/プログラマーで、ロシアのオンライン・プラットフォーム「Radio.syg.ma」を共同主宰も務めているという。

 この数年(つまり10年代末期から20年代初頭にかけて、だが)、新しいアンビエント音楽の動きが世界中で小規模ながらも目立ってきている。それらはヴェイパーウェイヴやニューエイジ・リヴァイヴァル以降の音でありながらも音響の空間性や緻密さについては、00年代の電子音響、ミニマル・ダブ、10年代のアンビエント/ドローンなどを継承し、それらをモダン化したようなサウンドを展開している点が特徴的である。サウンド・アート的な音響とASMR的な音の快楽性と瞑想的なサウンドがミックスされているとでもいうべきか。
 その中にあってウラとペリラの活動は注目すべきものがある。ウラは現代のカルト・アンビエント・アーティストとしてマニアから注目を浴びている人物だ。2017年あたりからリリース活動をはじめたウラは、フエアコ・エスが主宰する〈West Mineral〉からポンティアック・ストリーター(Pontiac Streator)との共作『Chat』(2018)と『11 Items』(2019)をリリースしてアンビエント・マニアの注目を集めた。くわえて2019年にはニューヨークのアンビエント・レーベル〈Quiet Time Tapes〉からソロ・アルバム『Big Room』を送り出した。これはニューエイジとアンビエントの中間で煌くような秀逸なアンビエント作品だった。
 そして2020年初頭には 〈Experiences Ltd.〉からウラ名義で『Tumbling Towards A Wall』をリリースした。やわらかさと緻密さがまるで微生物のように生成していくような見事なアンビエント作品で、個人的にも今年愛聴したアルバムだ。アンビエント的なトラックだけではなく、ミニマル・ダブ的なトラックも収録されており、形式ではなくサウンド全体としてのアンビエンスを追及している点にも好感を持った。ニューエイジを経由しつつも、エレクトロニカ、ミニマル・ダブ、アンビエント・ドローンの豊穣な音響を継承するアルバムであったのだ。私見ではウラのコラボレーションやソロ作品含めて、いちばんの出来栄えの作品と思っている。
 対してペリラはマンチェスターの新鋭アンビエント・レーベル〈Sferic〉から2019年にポエトリーリーディングとASMR的な細やかで親密な音響空間が折り重なるアルバム『Irer Dent』をリリースしている。ちなみに〈Sferic〉は新しいアンビエント音楽を考えるうえで非常に重要なレーベルで、2020年はロメオ・ポワティエ『Hotel Nota』やジェイク・ミュアー『The Hum Of Your Veiled Voice』などの傑作アンビエント・アルバムをリリースしている注目すべきアンビエント・レーベルである。 
 2020年のペリラはスペインはバルセロナのミニマル音響レーベル〈Paralaxe Editions〉から『META DOOR L』、 〈Boomkat Editions〉から『Everything Is Already There』などをリリースした。どれもミニマムな音響と細やかな音響の粒が交錯する見事な作品ばかりだ。

 『LOG ET3RNAL』はまさにそんな2020年的な新しいアンビエント・アーティストであるふたりによる待望かつ決定的な共作アルバムである(とはいえ LOG 名義を名乗る以前に2020年6月にはペリラ・アンド・ウラ名義で『Silence Box 1』もリリースしていることも付けくわえておきたい。この共作からユニットという流れのなかで二人のサウンドが熟成されていったのだろうから)。
 じっさい本作『LOG ET3RNAL』のサウンドはとても洗練されたものだ。ふたりの個性が溶け合い、ひとつのアンビエント・サウンドを生み出している。アルバムには “LOG 1” から “LOG 11” までミニマルなタイトルが名付けられた全11曲が収録されている。サウンドにはほのかにタブな響きがあり、聴き込んでいくと深く沈み込んでいくような感覚すら得ることができる。
 だが単に心地良い音だけを追求しているわけではない。“LOG 1” と “LOG 2” ではやや耳に痛い硬めの音が鳴る。最初はアンビエント的な心地良さとは違うこの音に驚くはずだ。しかし続く “LOG 3” と “LOG 4” では一転して深く沈み込んでいくような濃厚な安息を感じさせるアンビエンスを展開する。ミニマルにして残響的な音響交錯は微かにダブのムードも感じさせる。ウラのダビーな感覚とペリラのサウンド・アート的なサウンドが混然一体となり聴き手を音響の深海へと誘うようなトラックだ。
 アルバムは、“LOG 6” のささやかれる声の絶妙なASMR的効果、“LOG 8” の硬質な音とノイズの静かなアンサンブル、“LOG 9” の断片的なピアノの音とベースなどをアクセントとしつつ、“LOG 11” のレコード針のたてるようなノイズとドローンが交錯する光のカーテンのような美しいサウンドで幕を閉じることになる。
 全11曲、 聴き進めていくにつれ、硬質な音と霧のようなアンビエンスの音と細やかな電子音が見事に共存していく。そしてふたりがいかに音に対して鋭敏な感覚を持っているのかも分かってくる。つまり過去のアンビエント作品とは違う色彩=音色を用いながらも、聴き手をいつしか音の海へと耽溺させるような聴取体験へと誘う音響になっているのだ。
 顕微鏡で拡大したようなミニマルな音響をコラージュしつつ、アンビエント・ミュージックに落とし込んでいく手腕はただ見事というほかない。近年の映画音楽的といえるどこかドラマチックなドローン作品とは違い、アルバムを通してミニマルアートのようにサウンドが生まれて変化をしていくわけだ。

 これはログだけの特徴ではない。先にあげたロメオ・ポワティエ、ジェイク・ミュアーらのアルバムと並び、ミニマル+コラージュ+レイヤーによる新しいアンビエント音楽を象徴するサウンドに共通した傾向でもある。
 これらのアンビエント音楽は明るくもなく、暗くもないという独特の質感が共通しているように思える。まるで時代の空気の中を浮遊するような感覚があるとでもいうべきか。このような新しいアンビエント音楽の流れが2021年以降、どのように広がっていくのだろうか。そう、アンビエントのサウンドスケープはいまだ変化を続けているのだ。

Byron The Aquarius - ele-king

 ハウス・ミュージックが好きで、かつデトロイトやシカゴのサウンドが大好物という人であれば、「バイロン・ジ・アクエリアス」という名前を知らない人はそろそろいないだろう。それを裏付けるだけの豊富なリリース量が彼には備わっており、ここ4~5年のプロダクションで彼の実力や才能は随分と浸透したように感じられる。J・ディラやATQCを敬愛し、自身もヒップホップやビートメイカー界隈からキャリアをスタート。オンラーやフライング・ロータスとのコラボレーションを経て、バイロン自身が師と仰ぐ NDATL のボス、カイ・アルセのスタジオでキーボーディスト兼プロデューサーとして活躍。セオ・パリッシュの〈Sound Signature〉からリリースした彼の出世作「High Life EP」を皮切りに、現在までほぼ休むことなくリリースが続いている。上記の偉大な先人に加えて、デトロイト新世代枠のカイル・ホールや〈Apron Records〉のスティーヴ・ジュリアン(aka ファンキンイーヴン)ら同世代のアーティストとも積極的に活動し、いわゆるディープハウス界隈でのリリースはほぼ制覇しているように見えていただけに、ジェフ・ミルズとの邂逅はサプライズというよりも、ある種バイロン自身が実直にリリースを積み上げたキャリアへの「ご褒美」的なリリースに近い気がする。

 これは推測でしかないが、おそらくバイロンの存在は以前からジェフの目にも止まっていたのだろう。ただし、ジェフ本人の理想としているプロダクションに彼の音楽性やスキル、その他アーティストやミュージシャンとの関係性など含め全てが出揃うのを虎視眈々と待っていたようにも感じるし、ゆえに今回のアルバム『Ambrosia』はまさに「機が熟した」と言えるような内容に仕上がっている。それを裏付けるようにドラムマシーンやコンピューターでの「打ち込み」がメインの過去作とはうって変わって、ジャズやフュージョン、ラテンの要素を取り入れ、楽曲の方向性や角度が広く、高くなっている点が大きい。収録曲の大半がアトランタの Patchwerk Studios にて収録されたセッション・アルバムになっており、参加ミュージシャンも豪華。ジョージ・デュークやロバート・グラスパーなどともセッションの経験があるドラマーのリル・ジョン・ロバーツを筆頭に、今後様々なジャンルのリリースで名前を見かけそうな予感のする気鋭のミュージシャンが揃っている。レーベルのネーム・ヴァリューを気にせずに集めたような等身大のバンド編成も長くローカルで活動している彼らしいやり方に思える。

 スタジオ・アルバムといえどやはりバイロンらしさは十二分に表現されており、1曲目の “New Beginning” から得意のピアノ・ソロとラシーダ・アリのフルートが絶妙に混ざった疾走感のあるトラックで始まる。アルバム・リード曲になっている “Edgewood Ave” はエレクトロニックなシンセをアクセントにしながら現行のUKジャズにも橋渡しできるような見事なフュージョン/ジャズに仕上がっており、ラテン・フレーヴァーを取り入れた “Space & Time (Jam Session)” はヒップホップやハウスを守備範囲にしていたバイロンの新たな境地を垣間見れることができる。僕自身、ハウス/クロスオーヴァー界隈の視点からこの作品を見ているだけに、よりエレクトロニックなサウンドがメインになっている〈AXIS〉のファンからすればこの作品がどう映っているのか気になるところではあるが、いままでのバイロンのプロダクションとミュージシャンシップがジェフ・ミルズの太鼓判を経てさらなる高いレベルへと押し上げられたのは間違いない。

 とはいえ、まだまだ山の五合目といった感じで、連日連夜止まることなく作品作りに明け暮れている姿を彼の Instagram から垣間見ることができる。今後テクノなり、ジャズなり、彼の音楽がどのように旅をしていくのか非常に興味深いし、古代ギリシャ語で「不死」を意味するタイトルを持ったアルバムは彼自身にとってのキャリアのマイルストーンに選ばれる1枚になったに違いない。


Synchronize - ele-king

 40年ぶりに再発され話題となった、日本のポストパンク・バンドを収録した1980年のコンピレーション『都市通信』、そのなかのひとつシンクロナイズ(後にザ・スカーレッツに改名)が、年明けにスタジオ+ライヴ音源をコンパイルした3枚組を限定リリースする。シングル2枚、カセット2本、未発表ライヴ音源、今回初出となる、ミニコミ「ニュー・ディスク・リポート」の付録ソノシート用に録音された3曲、アルバム「ポーラー・ソング」用に録音された5曲など未発表スタジオ音源を収録。いままでアーカイヴ化されてこなかった時代の貴重な音源であることに間違いない。

Synchronize, The Skarlets
An afterimage- Synchronize to The Skarlets –

仕様:3枚組CD
発売日:2021/1/27
初回限定盤
品番:WC-095~097
定価:¥4545+税
JAN:4571285920957
発売元:いぬん堂

Synchronize ~ The Skarlets
1978年 Synchronize結成。1980年 アルバム「都市通信」に参加。新宿ACBでのイベント「Street Survival宣言」への出演や都内ライヴハウスを中心に活動。1981年にシングル「訪問者」、1983年にシングル「PRIEST」を発表後、The Skarletsに改名。1987年にカセット「Skarlets」、1989年にカセット「Liverpool」を発表した。

CD発売記念ライヴ
2021年2月19日(金)新宿ロフト
AN AFTERIMAGE COLOR
料金:前売り3000円+drink
開場18:00 開演18:50
出演:シンクロナイズ、突然段ボール、モリモトアリオミ、NOISECONCRETE×3CHI5、DJ:肉夜メイジー

Total Info. https://www.synchronize80.xyz/


An afterimage
- Synchronize to The Skarlets -


Disc 1 Synchronize Studio
1. 都市通信
2. 転写
3. Easy Money
4. 訪問者
5. 幼年期
6. 連続線
7. PRIEST
8. MODE
9. Disillusion
10. 愛の見解
11. Please
12. holiday
13. NOBUYA
14. POLAR SONG

Disc 2 Synchronize Live & Demo
1. holiday
2. 都市通信
3. 停止セヨ
4. 時間膜
5. Cool Point
6. Girl’s Campaign
7. 幼年期
8. 連続線
9. Disillusion
10. MODE
11. 紅蓮
12. 愛の見解
13. 失楽園 - the location -
14. Please
15. PRIEST〜Easy Money

Disc 3 The Skarlets Studio & Live
1. Sun Room
2. 告白
3. Clear Screen
4. 反射率
5. Liverpool
6. 精霊代 - Lavender days -
7. 残像
8. 彼方 the far
9. 黄昏まで
10. 精霊代 - Lavender days -
11. 残像
12. 抱擁
13. 少年画報
14. 孔雀

Disc 1
Track 1 to 3 : Unreleased Tape
Recorded at Studio Magnet 12 June 1980.
Track 4,5 from Single「訪問者、幼年期」Plaza Records (7inch:PLAZA-1) 1981
Track 6 : Unreleased Tape 1981
Track 7,8 from Single「PRIEST, MODE」Polar Records (7inch:S-1) 1983
Track 9 : Unreleased Tape 1983
Track 10 to 14 : Unreleased Tape
Recorded at Sound Market 1984

Disc 2
Track 1 : Live Recorded at Shinjuku ACB 14 June 1980
Track 2,3 : Live Recorded at Shinjuku Loft 14 Aug. 1980
Track 4 : Live Recorded at Shinjuku Loft 3 Sep. 1980
Track 5 :Recorded at Rasenkan Feb. 1981
Track 6 :Live Recorded at Hosei University 18 Apr. 1981
Track 7,8 : Live Recorded at Shinjuku ACB 20 June 1981
Track 9 : Live Recorded at Harajuku Crocodile 25 Apr. 1982
Track 10,11 : Live Recorded at Kichijoji Manda-La 20 Feb. 1983
Track 12 : Live Recorded at Yotsuya Fourvalley 6 Apr. 1983
Track 13 : Live Recorded at Yotsuya Fourvalley 18 Nov. 1985
Track 14 : Live Recorded at Yotsuya Fourvalley 27 Jan. 1986
Track 15 : Live Recorded at Shibuya La.mama 7 Jul. 1986

Disc 3
Track 1 to 4 from「Skarlets」(Cassette) 1987
Recorded at ken's home 1987
Track 5 to 8 from「Liverpool」(Cassette) 1989
Recorded at ken's home 1989
Track 9 to 14 : Live Recorded at Fussa Chicken Shack 26 Jan. 1990

Produced by Mikio Shiraishi, Kenji Nomoto
Compiled by Mikio Shiraishi, Kenji Nomoto
Licensed from Sychronize, The Skarlets
Mastered by Kenji Nomoto (2-1 to 2-15, 3-1 to 3-14), Akihiro Shiba (1-1 to 1-14)
Remastered by Akihiro Shiba (2-1 to 2-15, 3-1 to 3-14)
Mastered at ken’s Home, Temas Studio
Remastered at Temas Studio
Photography by Ieki Maekawa
Designed by Shigeo Matsumoto

All Lyrics by Mikio Shiraishi
Music by Mikio Shiraishi (1-1 to 1-3, 1-6, 2-2 to 2-5, 2-8, 2-15 [Easy Money]), Mikio Shiraishi & Kenji Nomoto (1-4, 1-5, 1-7 to 1-14, 2-1, 2-6, 2-7, 2-9 to 2-15 [PRIEST], 3-1 to 3-14)
Vocals [All Songs], Guitar [2-14] : Mikio Shiraishi
Guitars [All Songs] ,Keyboards [3-5, 3-8]: Kenji Nomoto,
Bass : Hitomi Sanekata (1-1 to 1-3, 2-1 to 2-4), Toshiaki Kabe (1-4, 1-5, 2-6 to 2-8), Tetsushi Nishiyama (1-7 to 1-14, 2-9 to 2-15), Toshifumi Sato (3-1 to 3-4), Yukari Hashimoto (3-5 to 3-14)
Drums : Yoshio Kogure (1-1 to 1-6, 2-1 to 2-4, 2-6 to 2-12, 2-15, 3-9 to 3-14)
Programmed by Kentaro Yamaguchi (1-9 to 1-14, 3-1 to 3-8)
Keyboards : Yoko Kawano (1-6, 1-7, 2-12), Kentaro Yamaguchi (1-8 to 1-14, 2-13 to 2-15, 3-1 to 3-14), Hikaru Machida (2-5 to 2-8), Shuichi Ohmomo (2-9 to 2-11)

Thanks to U Inoue, Tadashi Moriya, Syunji Tsutaki

Elzhi - ele-king

 一時は J Dilla 脱退後の Slum Village にも在籍しながら、Black Milk がメイン・プロデューサーを務めた『The Preface』(2008年)によってアルバム・デビューを果たしたデトロイト出身のラッパー、Elzhi(エルザイ)。2011年には WIll Sessions をバック・バンドに従えて制作した Nas『Illmatic』のカバー作『Elmatic』がヒップホップ・ファンの間で広く話題を呼び、さらに2016年のアルバム『Lead Poison』を経て、3作目のオリジナル・アルバムとしてリリースされたのが本作『Seven Times Down Eight Times Up』である。日本のことわざ「七転び八起き」を直訳したと思われるアルバム・タイトルが示す、現在42歳である Elzhi のこれまでの人生の流れが本作に反映されており、前作『Lead Poison』では内省的かつナイーブな面も見せていた Elzhi であるが、メンタル的にも完全復活し、次のレベルへと完全にバージョンアップした姿を本作で披露している。

 多少ぶっきらぼうに語るイントロによって幕を開け、続く “Smoke & Mirrors” からラストの “JASON” まで、決して大袈裟な表現ではなく、捨て曲は一つもない。本作のプロデュースを手がけているのは、ブルックリン出身で現在、ヴァージニアを拠点とするプロデューサーの JR Swiftz という人物で、これまで Conway The Machine や Westside Gunn の楽曲を手がけてきたそうであるが、おそらくヒップホップ・シーンではまだまだ無名に近い存在だ。SNSを通じて JR Swiftz が Elzhi へ直接コンタクトを取ったことによって今回のコラボレーションがスタートしたとのことだが、まるで人知れず眠っていたお宝のように光り輝く JR Swiftz のビートに Elzhi が強く刺激を受けたことで、このアルバムがこれほどまでに高い水準の作品になったのは疑いようがない。

 J Dilla や Black Milk に強い影響を受けたという JR Swiftz のビートが Elzhi のラップと相性が良いというのは至極当然のことではあるが、思わずヘッドバンギングしたくなるような太く響き渡るドラムにバラエティに富んだサンプリング・サウンドを乗せて作られたビートに対して、Elzhi は感情の強弱をつけながら、自らの経験を踏まえたドキュメンタリーから映画に着想を得たストーリーテリングまで、さまざまなテーマを横断しながら極上のラップを展開する。本作の何が特別なのかを言葉に表すのは非常に難しいのだが、この二人を掛け合わせることによって特別な化学反応が起きていることは、アルバムを一聴すればすぐに分かるだろう。特にアルバム前半部、“Smoke & Mirrors” から “Light One Write One” までの4曲は完璧すぎるほどの流れで、30代後半以上の日本語ラップ・ファンであれば “Light One Write One” のサンプリング・ネタにニヤリとする人もいるに違いない。

 本作によって JR Swiftz がプロデューサーとして今後大きく飛躍することは間違いなく、そして Elzhi 自身のアーティストとしての第二章のはじまりさえも感じさせる素晴らしいアルバムだ。

Rian Treanor - ele-king

 アフリカおそるべし。近年アンダーグラウンドで蠢動しつづけ、この2020年、一気にその存在が爆発した感のあるアフロ・テクノ。グライムともスピード・ガラージとも形容された前作『ATAXIA』で斬新なサウンドを呈示したUKのプロデューサー、ライアン・トレイナーもみごとその流れに乗っている。
 ちなみに、彼の名前の発音は「ライアン・トレイナー」が正しい。2019年末の来日時、直接本人に確認した。いわく、「アイルランド系の名前なんだけど、イギリスの学校にいたときでさえおれの姓を正しく発音できたやつはいなかった」(原口美穂訳、以下同)
 と、じつは去年、彼に取材する好運に恵まれたのだけれど、こちらの準備不足がたたり、うまく記事にまとめることができなかった。せっかくの機会なので以下、そのときの彼の発言も盛りこみながら書き進めてみたい。

 のっけから速すぎてびっくりする。冒頭 “Hypnic Jerks” は、これ、拍を倍でとってもまだ踊りづらいんじゃないだろうか。足でリズムを追ったら貧乏ゆすりになることまちがいなしなので、オフィスや電車で聴くときは注意したほうがいい。
 きっかけは2018年の9月。ウガンダの首都カンパラを訪れニゲ・ニゲ・フェスティヴァルに出演、4週間のレジデンシーを務めたライアンは、当地のプロデューサーたちと交流し大いに霊感を得ることになる。同フェスを主催する〈Nyege Nyege Tapes〉はタンザニアの高速ダンス・ミュージック、シンゲリを世に紹介したレーベルだ(詳しくは行松陽介によるレヴューを参照)。
 「あのフェスはクレイジーだった。アフターパーティをハリウッドっていう小さなバーでやったんだけど、ジェイ・ミッタ(Jay Mitta)、スィッソ(Sisso)、エラースミス(Errorsmith)、それからザ・モダン・インスティテュート(The Modern Institute)、そのみんなでDJをして、全員が速い曲をプレイしたがった。最終的に 220bpm とかになってさ(笑)。みんな超クレイジーになってた(笑)。めちゃくちゃ楽しかったし、あんな状態これまで見たことがなかった。だから、次の日にあのミックス(『FACT mix 672』)をレコーディングしたんだ。あの夜がインスピレイションになっているんだよ」
 かくしてまんまとシンゲリの魅力にとりつかれたライアンは、そのモードのまま新作の青写真となるトラックを制作。昨年末の来日ツアー中に最後の仕上げを終え、この『File Under UK Metaplasm』が生み落とされることになった(たしかに、WWWβでのショウはめちゃくちゃ速かったし、本作収録の “Hypnic Jerks” や “Metrogazer” もプレイされていたような覚えがある)。

 ただし新作は、シンゲリのみを武器に突っ走っているわけではない。リズムはほかのスタイルと折衷されている。たとえば3曲目や6~8曲目はダンスホールだし、4曲目はフットワークだ(カンパラ滞在時、うっかりジェイリンを 225bpm でかけてしまったところ意外に良かったんだとか)。リズムを練るとき彼は、「非左右対称なもの」を意識しているという。「たとえば4/4拍子は左右対称の構成。でも、リズムのなかにはパターンはあっても不規則なものもある。心臓の鼓動でいう不整脈とおなじ。ようは一定ではないものってこと」
 そこに、“Mirror Instant” の場合はロレンツォ・センニガボール・ラザール風の点描的な電子音が、“Opponent Process” や “Orders From The Pausing” の場合は90年代末ころのオウテカを思わせる上モノが乗っかっている。「オウテカとか、〈Planet Mu〉の作品のような風変わりなエレクトロニック・ミュージックからは大きな影響を受けてるよ」と彼は明かす。音楽のテイストにかんしては、父マーク・フェルからの影響も大きいという。ようするに、シンゲリとダンスホールとアヴァン・テクノの奇蹟的なアマルガム、それがこの『File Under UK Metaplasm』なのだ。
 ところで、タイトルにある「メタプラズム」ってなんやねんと思いググッてみると、「語音変異」なる訳語がヒットする。「新しい」はもともと「あらたしい」だったとか、秋葉原はもともと「あきばはら」だったとか、どうもそういうことばの変化を指しているらしいので(間違ってたらスンマセン、言語学に詳しい方教えて)、おそらく「メタプラズム」とは、シンゲリをダンスホールやUKテクノと混合し独自に変容させた今作の、音のあり方をあらわしているのだろう。
 「おれは、大衆性のあるサウンドとパンチの効いたサウンドの両方をつくりたい。たとえば、ダンス・ミュージックってだけで(じゅうぶん)人びとがエンジョイできる音楽ではあると思うんだけど、おれはそこにディストーションだったりスクリーミングだったり、そういうサウンドを入れたくなる。じぶんにとってはそれが聴こえのいいサウンドなんだ。そういったパワフルなパンチの効いたサウンドが大きなサウンドシステムから聴こえてくるのはすごくかっこいいと思う。だから、両方を混ぜ合わせたものをつくりたいんだ」
 ライアン、安心してほしい。この『File Under UK Metaplasm』では、リズム面でも音響面でも、まさにその願望が達成されているから。

 しかし、〈Planet Mu〉の快進撃はすさまじい。かつての『Bangs & Works』のときもそうだったけれど、一度波に乗るともう止まらないというか、スピーカー・ミュージックといいイースト・マンといい本作といい、今年は驚くべき作品がぽんぽん出てきている。25周年を迎えてもアグレッシヴな姿勢を崩さないレーベルなんて、そうそうないんじゃなかろうか……というわけで、12月25日発売の年末号にはレーベル主宰者マイク・パラディナスのインタヴューを掲載しています。
 アフリカだけじゃない。〈Planet Mu〉もまたおそろしいのだ。

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