「Not Waving」と一致するもの

J Jazz Masterclass Series - ele-king

 和ジャズの再発を手がけているUKの〈BBE Music〉が、今度は、オリジナルは100枚などと言われる激レア盤、寺川秀保の自主制作盤『イントロデューシング』のリイシューを出しました。 1978 年の作品で、島根県の益田市「DIG」における演奏を録音しライヴ盤。ビブラフォン奏者の藤井寛がフィーチャリングされている。
 アルバムには、ウェイン・ショーター(『J Jazz Vol. 3』収録の「Black Nile」)、フランク・フォスター(「Simone」)とミルト・ジャクソンとジミー・ヒース(「Rerev」)といったジャズ界を代表する作曲者たちの諸作品の、素晴らしい解釈の演奏を披露している。発売は来年1月23日で、CDとアナログ盤あり。

寺川 秀保 HIDEYASU TERAKAWA / Quartet Live Featuring Hiroshi Fujii
寺川秀保 (ts,ss)
三浦哲男 (b)
“サンダー”中矢アキヒロ (ds)
藤井 寛 (vib)

イニシェリン島の精霊 - ele-king

 オリジナルのポスターは「The BANSHEES」とタイトルが大きく書いてあり、その下に小さく「Of Inisherin」と続けられている。デザインも曇った空のヴィジュアルが使われているので、前回のアメリカンな感じやその前のイギリス的なブラック・ユーモアとは異なり、新作はゴシック調なのかなと思って自動的に脳内でスージー&ザ・バンシーズ〝Spellbound〟が鳴り始めた。しかし、そういった作品ではまったくなかった。どちかというと舞台は100年前のアイルランドで、まだしもポーグスだったけれど、〝Dirty Old Town〟が鳴り響くわけでも、ましてや〝A Rainy Night In Soho〟が奏でられるわけでもない。むしろ音楽が生まれることが楽しい気分とは結びつかない作品であった。音楽はなんのためにつくられるんだよと、マーティン・マクドナー監督にちょっと文句を言いたくなるというか。なにも音楽をダシにしなくてもよかったじゃないかと。

 オープニングは海の波濤。カメラが引かれると孤島が舞台だということがわかってくる(もう少し後のシーンでは対岸のアイルランド本島で戦火の炎が上がっているのも目に入る)。コリン・ファレル演じるパードリック・スーラウォーンが軽快な足取りで山道を歩いている。これはあとで思い知らされることになるけれど、『ロブスター』や『聖なる鹿殺し』といったランティモス作品でファレルが演じてきた都会のダンディとは似ても似つかない素朴な島民を最初から全身で表現しきっていて、彼の演技にはいきなり唸らされる。始まってまだ2分も経っていない。パードリックは毎日お決まりとなっているパブで一緒にビールを飲むためにブレンダン・グリーソン演じるコルム・ドハティの家を訪ねる。家の前にはコルムの飼っている犬が座っていて、パードリックは犬を可愛がる。家のなかには、しかし、コルムがいない。どうやらそんなことは初めてで、昨日まで2人は毎日一緒にビールを飲みに行くのが習慣だったらしい。1人でパブに行ってみるも、やはりコルムはいない。どうしたんだろうとパブの店主とともにパードリックは首を傾げる。そこへ少し遅れてコルムが現れる。コルムは自分のビールを受け取ると店の外に置いてあるテーブルに座って1人で飲み始める。どうしたんだよと、後を追ってパードリックも同じテーブルに座り、コルムに話しかけると、コルムはパードリックにお前とは絶交だと告げる。パードリックには思いあたる節がなく、自分が何かしたのかとコルムに問う。コルムは理由を説明しない。

 コリン・ファレルとブレンダン・グリーソンの演技が上手すぎて、前半ではぜんぜん気がつかなかったのだけれど、この映画は「神話」として描き出されている(傷口を止血しようとしないシーンでそうだとわかった)。「神話」というのは物語に軸が置かれすぎて、個々の登場人物に膨らみがなく、僕はあまり好きではない。今年、亡くなったばかりなのであまり批判的なことは書きたくないけれど、青山真治監督の映画はそのせいでどうも作品に入り込めず、『共食い』(13)を観るまではいつも距離を感じていた。『イニシェリン島の精霊』もこれが「神話」だと気がついた時点で、冒頭のシーンに立ち返ってみると、一気に解釈が変わってくる。2人の男の友情や亀裂の話に見せて、この作品が問題にしているのはブレクジットであり、トランプ現象である。どうしてこんなことになってしまったのか。(以下、ネタバレというか解釈。映画を観てから読むことをお勧めします。ほんとに)コルムが絶交を切り出したのは、遡れば「宗教改革」の喩えである。孤島で素朴に生きているパードリックはいわばカトリック信者で、作品中の言葉に倣えば「いい奴」であることが最も大事なこと。彼は毎日、牧畜業に精を出し、働いた後は友人たちと楽しくビールを飲む。それ以上は望まない。神の恵みがそれ以上ではないからである。コルムも以前はそのような生き方をしていたのだろう。しかし、彼はパードリックに絶交を言い渡してからは毎日、作曲にのめり込み、「生産的」であろうとする。そのためにはパードリックのバカ話をこれ以上、聞いているヒマはないと判断する。コルムはいわばマルティン・ルターである。物語はかつてのような親交を取り戻したいとパードリックが悩み、コルムとのコミュニケーションを取り戻そうとする過程で悲劇的な流れが加速していく。2人の対立関係は最終的に後戻りできないものとなり、パードリックはコルムに「終わらない方がいい戦いもある」と、絶望的なひと言を告げて映画は終わる。「生産性」を重視するプロテスタントに、人間の力ではなく「神の恩寵」を重視するカトリックが反撃を開始し、いわば「宗教改革」に対する逆襲が始まったのである。ブレクジットもトランプ現象も根底にあるのは宗教戦争で、陰謀論とかフェイクというかたちをとっているかに見えるけれど、「一生懸命に信仰すること」が「一生懸命に働くこと」に取って代わった16世紀から現在の新自由主義に至る500年の流れを反転させたいのである。それをマクドナー監督は「終わらない方がいい戦いもある」と表現し、もしかすると無意識に支持している。妥協点はない。繰り返すけれど、舞台はカトリックの国アイルランドが選ばれている。

 宗教戦争というとブレクジットやトランプ現象に急に距離を感じる人は多いだろう。僕もヨーロッパの一神教とは無縁なので、この映画を観るまで宗教改革とそれらを結びつけることはなかった。そして、距離があるということはこの問題を俯瞰的に眺める位置にいるということであり、宗教改革によって「一生懸命に信仰すること」が「一生懸命に働くこと」にすり替わったことよりも、かねてから西欧人が「一生懸命」なことが問題なのではないかと思っていたことが確信に変わった。プーチンによるウクライナ侵攻が始まった時、「まだ戦争なんてことが起きるのか」と驚いていた誰かのひと言に触発されて、僕は「国家対国家」の戦争というのは、近代以降、西欧に特有の現象ではないかと思い、アジア、アフリカ、そしてラテン・アメリカでは西欧諸国が絡まない「国家対国家」の戦争がどれだけあるのか調べてみた。全部を調べ切れたわけではないけれど、日本を除くアジアでは西欧が絡んだインドネシア戦争の余波で起きたカンボジア-ヴェトナム戦争などを除くと、19世紀の泰越戦争やネパール~チベット戦争、20世紀に入ってからの印パ戦争ぐらいしか起きていず、アフリカでは(モシ王国やダホメ王国、それとキューバを巻き込んだ南アフリカ国境紛争は説明が難しくなるので省略し、小さな国境紛争を除くと)やはりオガデン戦争、ウガンダ~タンザニア戦争、第1次コンゴ戦争、第2次コンゴ戦争ぐらいで、ラテン・アメリカは西欧人の流入があったせいか、ペルーがチリ、コロンビア、そしてエクアドルとは3回も戦争をしたのが最多で、ブラジルとアルゼンチンのシュプラティーナ戦争、最も悲惨と言われた三国同盟戦争、ブラジルとボリビアのアクレ紛争、ボリビアとパラグアイのチャコ戦争、エルサルバドルとホンジュラスのサッカー戦争などで、アメリカが絡んだサンディーノ戦争やグレナダ侵攻に南米諸国が巻き込まれた例をいくつかを加えてもやはりそれほどの数ではなく、西欧諸国同士や西欧諸国がアジアやアフリカに仕掛けた戦争の数とは圧倒的な開きがあるのだとわかった。アジア、アフリカ、南米ではむしろ内戦の回数が尋常ではなく、問題なのは内輪揉めであって、そうなると考える内容はまた別なことになると思うけれど、日本やトンガが何度か先制攻撃をかけて侵略戦争を始めた国だということもこれまでとは感じ方が変わってきた。いずれにしろ戦争を生み出してきたのは圧倒的に西欧人の「一生懸命」であり、『イニシェリン島の精霊』でもプロテスタントの「一生懸命」は中盤から理解不能な行動様式へとエスカレートしていく。そう、マクドナー監督はプロテスタントの行動様式やそれをドライヴさせているリベラル思想に異様なイメージを貼りつけようとしていると僕には見える。そうは見えなかった、教養のないパードリックの方がやはり共感できないという人もいるのかもしれないけれど(妹の存在がその気持ちを後押しする)、パードリックにはもう戦いをやめる気はない。『イニシェリン島の精霊』はブレクジットやトランプ現象はこれからが始まりだと告げている。宗教改革は短く捉えても133年は続いている。

 いまから思えばブレクジットやトランプ現象を予見させるひと言はローラン・ガルニエの口から最初に聞いたことを思い出す。remixのインタヴューだったと思うけれど、フランスの大統領選にニコラ・サルコジが勝利したことについて感想を求めたところ、彼は「初めて隣人が信じられなくなった」と語っていた。あの時、明らかにガルニエは分断を肌で感じとっていた。パードリックがコルムに絶交だと告げられた時と同じショックをガルニエは言葉にしていたのである。あれが始まりだったとすれば133年のうち15年が経過したことになる。映画のストーリーはもっと複雑多岐で、登場人物も多いけれど、ここには書かない。女性問題もあるし、警察権力や教会権力の問題も丁寧に織り込まれている。生活感もあれば、スピった要素もあって(バンシーズだしね)、物語の奥行きは実にだだっ広い。「いい奴」を定義するために動物と人間の距離もしっかりと描かれ、どこをとっても雑な部分はない。『スリー・ビルボード』から5年が経っているだけのことはある。ele-kingは音楽情報サイトなので、ひとつだけ主題と関係ないことを書いて気晴らしをすると、コリン・ファレルと共に『聖なる鹿殺し』に出演していたバリー・コーガンがここではまるでシェイン・マガウアンにしか見えない。ニュー・ウェイヴのファンなら誰もがそう感じることだろう。しかも、音楽に勤しむコルムがフィドルを弾く姿はザ・ポーグスのメンバーとダブって見え、余計にそれらしさが増している。そういえばおとといはクリスマスだったのに〝Fairytale of New York〟を聞かなかったな。いまからでも聴いて、そして、もう寝よう。世界は溟い。

The Comet Is Coming - ele-king

 開始前のSEの時点ですでに、独特の空気が醸成されていた。アフロフューチャリズムについて語るナレーションが、会場内の雑談に溶けこんでいく。つづいて流されるのは、カリブ海のものと思しき音楽だったり風変わりなダブだったり。これはシャバカ・ハッチングスによる選曲にちがいないと、想像が膨らんでいく。
 12月1日、渋谷WWWで開催されたザ・コメット・イズ・カミングの公演は、最新作冒頭を飾る “Code” で幕を開けた。躍動するドラムにハッチングスの咆哮。アルバム同様、そのままブロークンビーツ的なリズムともたつく電子音が印象的な “Technicolour” へと突入する。ハッチングスの演奏はやはり強烈だ。ときおり放たれる、どうやらブルーズやジャズのものではなさそうなフレーズにコード感。アフリカ音楽由来だろうか。新作を中心に以前の曲も織り交ぜる構成の一夜は、期待を裏切らない熱量あふれるパフォーマンスが繰り広げられていたように思う。

 シャバカ・ハッチングスが関わる3大プロジェクトのなかでも、ザ・コメット・イズ・カミングの音楽にはとりわけエレクトロニック・ミュージックやロックの色が強く出ている。いわゆるジャズの定型からはだいぶ距離をとった音楽だ。それもそのはず、ザ・コメット・イズ・カミングの中心は、サッカー96というユニットを組むふたり、シンセ担当のダナローグとドラマーのベータマックスなのだ。とある日の彼らのライヴにハッチングスが客席から飛び入り参加したこと、それがザ・コメット・イズ・コメットのはじまりである。ゆえに「サッカー96・フィーチャリング・シャバカ・ハッチングス」というのが実態に近いというか、じっさい3年前に取材したときもハッチングスはあまり発言しようとせず、ダナローグとベータマックスのふたりに回答を促していた。
 ちなみにダナローグとベータマックスのふたりはサッカー96を始動する以前、ともにア・スキャンダル・イン・ボウヒーミア(A Scandal In Bohemia:ボヘミアの醜聞)なるポスト・ロックのグループに属していた。そのメンバーのほかのひとりは現在、ガゼル・ツインを名乗り実験的かつコンセプチュアルなエレクトロニック・ミュージックを追求している──と聞けば、彼らがどんな背景から登場してきたかイメージしやすくなるかもしれない。
 そんなサッカー96は2012年にデビュー・アルバムを発表、その後3枚のフルレングスを残している。今年もこのザ・コメット・イズ・カミングの新作のまえに〈Moshi Moshi〉から『Inner Worlds』というアルバムをリリースしているのだが、そこで展開されていたSF的フュージョン・サウンドが本作『極超次元拡張ビーム』においても核を成しており、前作以上にサッカー96のふたりの存在が前面に出ているように聞こえる。とりわけ前述 “Technicolour” のような、ブロークンビーツ的リズムを叩きこなすベータマックスのドラミングには耳を奪われてしまう。
 もちろんダナローグの電子音も趣向が凝らされている。3年前の取材時、直前まで3人はユニバーサル社内に設置されたアーケード・ゲームに熱中していたのだけれど、そんな彼らのゲーム好きな側面があらわれているというべきか、“Pyramids” や “Atomic Wave Dance”、“Mystik” などにはどことなくチップ音源時代の初期ゲーム音楽を喚起させる要素が含まれており、アルバム全体に散りばめられたSF的なモティーフと相乗効果を生んでいる。その想像性が、ハッチングスのアフロフューチャリズムともうまく共振するのだろう。
 尺八の音をとりいれた “Aftermath” も見逃せない。どうやらハッチングスは本気でこの日本の木管楽器を探究しているようで、今回の来日時、両手に竹を持つ彼の写真がインスタに投稿され注目を集めた(来年、完成品を受けとりに再来日するらしい)。果敢に一般的なジャズの領域から逸脱せんと試みるハッチングスの姿勢がよくあらわれた曲だ。

 ザ・コメット・イズ・カミングとは、サッカー96の側から見ればエレクトロニック・ミュージックを白人だけの独占物にしないために「外部」を呼びこむ試みであり、ハッチングスの側から眺めれば、白人や日本人の期待する「ジャズはこうであってほしい」という期待を粉砕するための冒険なのだろうと思う。その利害の一致が生みだすミラクルに、彼らの音楽のおもしろさがある。

interview with Nosaj Thing - ele-king

 取材に入る直前。インタヴュー・カットを撮りたいので、最初の数分だけ照明を落とさせてもらいますと、そう伝えた。「大丈夫、暗いほうが好きだから。暗いのはいい」。その返答は、まさに彼の音楽を体現していた。どこか内省的で、しかしけして感情を爆発させることはない音楽。映像喚起的で、光よりも影のほうを向いてしまうタイプの、マシン・ミュージック。
 バックグラウンドは00年代後半の西海岸にある。いわゆるLAビート・シーンが彼のスタート地点だ。当地のDJ/プロデューサー/エンジニアであり、レーベル〈Alpha Pup〉の主宰者でもあるダディ・ケヴが、ビートメイカーにフォーカスしたパーティ《Low End Theory》を開始したのが2006年。そこでケヴがノサッジ・シングの(のちにファースト・アルバム『Drift』に収録されることになる)“Coat Of Arms” をヘヴィ・ローテイションしたことが、彼のその後の飛躍につながった。
 とはいえデイダラスフライング・ロータスティーブスといったあまたの才能ひしめくムーヴメントの渦中、やはりノサッジ・シングの音楽はどちらかといえば控えめに映るものだったのではないだろうか。以下に読まれる「日中はヒップホップのアーティストのプロデュースを手がけて、夜はアンビエント・ミュージックをつくって自分の世界に籠もる」との本人の弁は、まさに彼の音楽の特徴をよくとらえている。間を活かし、表面的な華やかさよりも、ある種の静けさや落ち着きのなかに独自の雅を展開していくこと。2010年代に入りチャンス・ザ・ラッパーやケンドリック・ラマーといった大物をプロデュースしたり、トラップの感覚とエレクトロニック・リスニング・ミュージックを折衷する『Fated』や『Parallels』といったアルバムをつくり終えた今日でも、その軸はまったくブレていない。

 むろん、変化している部分もある。この秋リリースされ、年明けにアナログ盤の発売を控える5枚目のアルバム『Continua』に色濃くあらわれているのは、マッシヴ・アタックやトリッキーといったブリストルのサウンド、かつてトリップホップと呼ばれた音楽からの影響だ。
 最たる例はジュリアナ・バーウィックを迎えた “Blue Hour” だろう。この曲がまたとんでもなくすばらしいのだけれど、驚くなかれ、ふだん声をあくまでひとつのサウンドとして利用している彼女が、ここでは歌詞を書き明瞭に歌っている。ゲストに新たな試みを促す力が、ノサッジ・シングの「暗い」トラックには具わっているにちがいない。
 バーウィックはじめ、ほとんどの曲にゲストが招かれている点も大きな変化だ。サーペントウィズフィートトロ・イ・モワパンダ・ベアなどなど、多彩かつジャンル横断的な面子が集結しているが、なかでも注目しておきたいのは今年素晴らしいデビュー・アルバムを送りだしたコビー・セイと、ele-king イチオシのラッパー=ピンク・シーフ。ここでもまたノサッジ・シングは、普段の彼らからは得られない、声の抑揚やムードを引きだすことに成功している。
 ほの暗く、静けさを携えながらも、内にさりげない光彩を潜ませた音楽──それは、激動の一年を締めくくろうとしているわたしたちリスナーが、じつはいちばん欲しているものかもしれない。間違いなく、すごくいいアルバムなので、ぜひ聴いてみてほしい。

マッシヴ・アタックやポーティスヘッド、トリッキー、アンクルとか。そういったものにインスピレーションを得ました。

NYにいる友人から聞いた話では、いま物価の上昇がすごいらしいですね。レストランにふたりで入ると以前は50ドルで済んだところが100ドルはかかるようになったそうです。LAはどんな具合でしょうか? NYはパンデミックで仕事を失った人も少なくなく、さらに追い打ちをかけるように物価高になり、ホームレスや精神不安を抱えるひとも増え、治安も悪くなったと聞いています。

NT:やっぱりLAも同様にインフレがひどくなりました。とくにガスの料金がすごく上がっていてみんな苦しんでいます。ホームレスにかんしては、LAはここ10年くらいずっと問題視されてきていましたので、パンデミックの影響というよりも、ひとつの社会問題としてつねに存在していました。個人的には、パンデミックのときはたまにゴッサム・シティ(『バットマン』で描かれる、荒廃した治安の悪い都市)に住んでいるような気分になりましたね。

新作は最終的にはとてもムーディーで、ある意味では心地よい音楽にまとまっていますが、背景には気候変動など未来への不安や、あなた個人の家宅侵入被害といった、いくつかの重たいテーマが潜んでいるようですね。今回は5年ぶりの新作で、12人ものゲストを迎えたアルバムです。どのようにこのプロジェクトがはじまり、進んでいったのかを教えてください。

NT:前のアルバムを2017年にリリースしたんですが、そこからどういう方向性にいくかを考えるのにしばらく時間を要しました。どのように自分の次のアルバムをつくりあげていくか、すごく悩みましたね。パンデミックは世界じゅうの人びとにとって難しい時期だったと思うんですが、自分にとってその時間は貴重なものだったと考えています。というのもこの数年間、5~7年はずっとツアーをしたり、他のアーティストのプロデュースを手がけたりしてきて、そういった経験を自分の世界にどのように落としこむかを考えていたので、自分にとってはある意味とてもポジティヴな時間でした。
 今回のアルバムそのものは、とてもシネマティックなものだと思っています。僕は85年に生まれたんですけど、90年代半ばの音楽をとくによく聴いていたので、そういった音楽を自分なりに解釈して取りこむことにチャレンジしました。たとえばマッシヴ・アタックやポーティスヘッド、トリッキー、アンクルとか。そういったものにインスピレーションを得ました。とはいえ、ノスタルジックになりすぎないよう、細心の注意を払いました。
それと、今回のアルバムはこれまででもっともコラボレーションを全面に打ちだしたものになっています。ぼくはもともとすごくシャイな人間ですが、今回参加してくれたアーティストたちには個人的に知っていたわけではないひとも何人かいて、そういうひとたちにも連絡をとって参加してもらうようにお願いしました。だからさまざまなスタイルをうまくミックスすることができたアルバムだと思います。

日中はヒップホップのアーティストのプロデュースを手がけて、夜はアンビエント・ミュージックをつくって自分の世界に籠もる──そういうような棲みわけをしてきました。

あなたの音楽はビート・ミュージックでありながら、ある種の静けさや暗さを携えていて、アンビエントにも通じる部分があるように感じます。過度にハイテンションになる音楽ではなく、こういったサウンドができあがるのには、あなたの性格や生い立ちも関係しているのでしょうか?

NT:LAで育って、さまざまな音楽やカルチャーに触れる機会があったことは大きかったと思います。東京も同じような感じですよね。自分の世界をクリエイトするなかで、アンビエントをつくることは一種のセラピーのように感じています。これまでいろんなアーティストとセッションをしたり、プロデュースをしたりしてきましたけれど、たとえば日中はヒップホップのアーティストのプロデュースを手がけて、夜はアンビエント・ミュージックをつくって自分の世界に籠もる──そういうような棲みわけをしてきました。それこそブライアン・イーノがさまざまなジャンルの音楽をプロデュースしていて、ロックからアンビエントまでいろいろやっていましたが、歳を重ねるうちに彼のようなことをやりたいと思うようになりましたね。

エレクトロニカ的だけれどもヒップホップやR&Bでもあり、新作にはあなたが好きな音楽がいろいろ詰まっています。なかでもやはりヒップホップの要素は大きいように感じましたが、いかがでしょう? とくにピンク・シーフはエレキングが好きなラッパーのひとりですので、参加しているのが嬉しかったです。彼の魅力はどういうところにあると思いますか?

NT:ピンク・シーフには、とても新鮮で近未来的な印象を抱きました。彼のレコーディングは私のスタジオでおこなったんですが、とても面白かったことがあって。アルバムのアートワークに使われている写真はエディ・オットシェールというロンドンの写真家によるものなんですけど、この写真には両面があるんです。表に「両面を見て」と書いてあるんですよ。表では、道の真ん中に人が座っています。裏返すと、その道の反対側も写されているんです。ひとつの作品で道の両面を写したものなんですね。
 その写真をスタジオでピンク・シーフに見せたところ、彼は「わかった」と言って20~30分でリリックを書き上げました。そして彼はレコーディングをはじめて、楽器も演奏したんですけど、すごく長いテイクをひとつだけ録って、「できたよ」って言ったんです。追加で録音することもなく、ほんとうにワンテイクで終わらせちゃったんです。スタジオで彼に初めて会って、いきなりレコーディングがはじまって、すぐに終了したというそのプロセス自体が、自分にとってはかなり衝撃でしたね。
 その後「足すものはほとんどないけど、スクラッチだけ足したい」と伝えると、Dスタイルズの曲をスクラッチしてくれました。自分が10代の頃によく聴いていたDJグループで、当時はスクラッチにハマっていたので、とても嬉しい経験でした。

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ジュリアナ(・バーウィック)の最新アルバムに参加していて交流があったから、この曲を聴かせてみたところ、それが彼女にとって生まれて初めて歌詞を書いてみようと思うきっかけになったみたいで。

先ほどマッシヴ・アタックやトリッキーの名前が挙がりましたが、まさにその影響を大きく感じさせるのが “Blue Hour” です。この曲にはジュリアナ・バーウィックが参加しています。彼女もわれわれのフェイヴァリットで、当然あなたも大好きなアーティストだと思いますし、彼女のアンビエントが素晴らしいことをあなたの前でことさら言う必要はありませんが、このアルバムにおける彼女の起用法はとても気に入りました。

NT:この曲はそもそもインストゥルメンタルからはじまったんです。ぼくは画像や映像からインスピレーションを受けることが多いんですが、この曲もガールフレンドが撮った短いビデオをスマホで見ていたらコードが浮かんできて、そこから作曲しました。ぼくはジュリアナの最新アルバムに参加していて交流があったから、この曲を聴かせてみたところ、それが彼女にとって生まれて初めて歌詞を書いてみようと思うきっかけになったみたいで。彼女はいつもコーラスのような歌い方で、歌詞を書いたことがありませんでした。今回初めてちゃんと歌詞を書いて歌ったんですね。そういう感じでコレボレーションしつつ曲をつくったんですけど、じっさいに彼女と一緒に作業をしたのは2回だけです。

“Grasp” に参加しているコビー・セイもわれわれのフェイヴァリットのひとりなのですが、彼とはどうやってつながったのでしょう? 彼のどんなところを評価していますか?

NT:この曲は個人的にもとくにお気に入りなんです。最初は自分でドラムを叩いてプログラミングをして──という感じで、この曲も最初はインストゥルメンタルにしようと考えていました。それからギター・リフを弾いたり、なんとなくつくってはいたんですけど、そのまま数か月放置していたんです。でもずっと気にはなっていて、この曲をどう練りあげていくか頭の片隅で考えていて。
 そこでサム・ゲンデルに「アイディアを足してくれない?」と頼みました。そしたら彼がサックスのパートを送ってくれたので、インストにサックスが載った感じの曲にしようと思ったんですが、それでもどこか完成していないように感じていました。どうしようか悩んでいたところ、〈Lucky Me〉のダンというひとがコビーを紹介してくれて、「彼にやってもらったら?」と言ってくれたんです。
 それでコビーに連絡をとって、「こんなアイディアがあるんだけど」と4つ5つほどアイディアを出したところ、彼がそのうちひとつをピックアップして、ヴォーカルやベースをやってくれました。何千ものパズルがひとつにまとまるようにしてできあがった感じです。自分にとっても彼は特別なアーティストだったから、一緒にできたことはいまでも信じられないですね。

あなたは00年代後半に、《Low End Theory》を中心とするLAのビート・シーンから登場してきました。現在でもその「シーン」のようなものは続いているのでしょうか? もしそうであれば、そこに属しているという意識はありますか?

NT: 2005年か2006年だったか、かなり昔の話ですからね……。みんなそこから進化して、新しい道を歩んでいって、2012年か2013年くらいになんとなく空中分解したような感じではあるんですけど、いまでもみんな友だちだし連絡もとりあっていますよ。みんな成長して大人になって、子どもがいるひともいます。たとえばティーブスはアート・シーンに向かったり、フライング・ロータスは映画監督をやったり。みんな多様な活動をするようになりましたが、互いにサポートしあっています。

日本語には「地味」という言葉があります。あえて飾り立てないことのカッコよさについて言うことばですね。たとえば江戸時代は、着物を羽織ったときに、生地の表面に色味を使うのは「粋=クール」じゃないという大衆文化のなかで芽生えた美意識がありました。鮮やかな色彩は、着物の裏面に使うんです。それが歩いているときや風で少しめくれたときにちらっと見える。それが「粋」です。あなたの音楽にもそういうところがあるように思いましたが、いかがでしょうか?

NT:そういうふうに思ってもらえるのはすごくありがたいですね。それがひとつの個性だと考えられたら自分でも嬉しいです。自分としては、このアルバムで表現したかったことは、映像的なものに近いんです。
 これまでの自分のミュージック・ビデオは、ちゃんとしたチームがいるわけではなかったのであまり冒険せず、実験的でもなかったと思うんですが、ぼくの頭のなかにはつねに実験的なアイディアがありました。だからいま、ヴィジュアル・アルバムを作成していているんです。それはひとつの長い映画のような作品になりそうです。ぼくのアルバムのアートワークは全部モノクロなんですけれど、そのヴィジュアル・アルバムはとてもカラフルなものになるので、いまおっしゃっていたような感覚もあるのかなと思います。1月末にリリースする予定です。

音楽、人生、坂本龍一 - ele-king


photos:『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』©2022 KAB Inc.

 2022年12月11日に坂本龍一の、「この形式での演奏を見ていただくのは、これが最後になるかもしれない」といわれる「Playing the Piano 2022」が配信された。コンサートを通しての演奏をすることが体力的に困難ということもあり、1日に数曲ずつ丁寧に演奏し、収録をしていったという映像だ。
 しかしながらそこにあったのは、まさに現在進行形の「坂本龍一の音楽」だった。坂本の演奏は、これまでのどのピアノ演奏とも違う、新しいピアノの響きを放っていたように思えた。音が、結晶のように、そこに「ある」ような感覚とでもいうべきか。
 それはまるで「もの派」の思想をピアノ演奏で実現するようなものであった。聴き慣れたはずの “Merry Christmas Mr. Lawrence” や “The Last Emperor” のみならず、ドリームキャストのソフト『L.O.L.』からの曲をピアノ・アレンジという意外な曲まで、どの曲もピアノの音がそこに「ある」かのような新しい存在感を放っていた。ピアノの音が結晶のようにそこにあった。
 鑑賞者はピアノの音がそこに「ある」かのように向かい合うことになる。不意に「もの派/ピアニズム」。そんな言葉が脳裏をよぎった。

 もちろん私が「もの派」を連想したのは、坂本龍一が文芸雑誌『新潮』に連載中の「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」で「もの派」に対する思い入れを語っていたことを知っていたからである。加えて2023年1月にリリースされるニュー・アルバムのアートワークを「もの派」を代表す美術家、李禹煥が手掛けることを事前情報として得ていたからでもある。
 しかしそれでもまさかピアノ演奏に「もの派」を感じるとは思わなかった。坂本龍一はいつもそうだ。彼のピアノ曲/演奏を通じてドビュッシーを知った人も多いだろう。彼は音楽と芸術をつなぐハブのような存在でもあった。坂本は演奏や音楽を通じて私たちにさまざまな芸術や文化をさりげなく紹介してくれる。

 そう、私にとって坂本龍一とは、唯一無二の音楽家であると同時に、文化・芸術の優れたキュレーターでもあった。
 坂本龍一は未知の音楽、未知の芸術、未知の思想をそのつど的確な言葉で表現してくれる人だ。じっさいドビュッシーからゴダール、タルコフスキーからもの派に至るまで、坂本龍一から「教わった」音楽、芸術、芸術は数知れない。
 なかでも村上龍とホストをつとめた『EV. Café』(1985)という本の存在が大きかった。吉本隆明、浅田彰、柄谷行人、蓮實重彦、山口昌男らとの刺激的な鼎談が納められたこの本によってニューアカデミズム/ポストモダンの巨人たちの思想のとばくちに触れ、坂本龍一という音楽家の音楽的背景を理解できた(気になった)。
 これは私のような遅れてきた「ニューアカ/ポストモダン」世代には共通する「体験」だったのではないかと思う。いわば10代の頃の私にとって「聖典」のような本だった。
 90年代以降、後藤繁雄が編集した『skmt: 坂本龍一』や『skmt2: 坂本龍一』も愛読したし、ICCが刊行していた「インターコミュニケーション」に折に触れて掲載される対談やインタヴューなども追いかけてきた。同誌では浅田彰との往復書間に知的な刺激を受けたものだ。

 だが「教わった」という言葉は正確ではない。じっさい坂本は、「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」の第6回でも、教えることが不向きだと語ってもいる。
 坂本龍一はただ自分の知性と興味の赴くままに、文化や芸術を探究してきた。私たちは(とあえて書くが)、遊牧民のように世界地図を移動を続ける坂本龍一の背中を必死に追いかけてきただけともいえる。
 そんな坂本龍一の「移動」を「旅」と言い換えてもいいかもしれない。むろん坂本龍一は「観光嫌い」を兼ねてから公言しているので、物見雄山の「旅行」ではない。そこには明確に興味の対象があり、唐突な驚きへの感性の柔軟性があり、あくなき知への好奇心がある。そして何より(当たり前だが)音楽家という職業は、ツアーやレコーディング、プロモーションなどつねに「移動」が伴うものでもある。移動を重ね、音楽を演奏し、音楽家と出会い、聴衆の前に立つ。


photos:『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』©2022 KAB Inc.

 坂本龍一の「移動」=「旅」はつねに知と芸術と世界の諸問題を浮き彫りにし、わたしたちの知的好奇心を満たす不思議な力がある。ご本人にはおそらくそんな意図などないにもかかわらず。
 「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」は、「旅」を続けながらなんの先入観もない視線で世界のありようを探求し認識をし続ける坂本龍一の思考を追体験するような読後感に満ちていた。同時に病気やご両親のこと、これまでの人生のことも語られており、2009年に刊行された『音楽は自由にする』以降の彼の「自伝」のように読むこともできる。
 じっさい、この連載では2009年から現在までの坂本龍一の活動や行動がほぼ時系列に語れていく。だが単にリニアな時間軸で順を追って語られるのではなく、ときに語り手である坂本の現在の出来事や考えが挿入され、過去に現在が、現在に過去が反射されるように語れている。
 ご自身の辛い闘病の生々しい記録、両親の死、アルバムのこと、「時間」をめぐる考察、自然をめぐる感性の記録がノンリニアに語られ、さながらこの10年の坂本龍一の「断想的記録」を追うような非常に刺激的な内容なのである。
 先に書いたように時期的には以前の自伝的著書の『音楽は自由にする』以降の出来事になるわけで、それはいわば2009年のソロ・アルバム『アウト・オブ・ノイズ』以降の活動ということになる。この『アウト・オブ・ノイズ』は、いわば五線譜にとらわれない「音」で音楽をする要素を持つことで、坂本龍一の活動のなかでも重要なターニング・ポイントとなったアルバムである。そして近年のターニング・ポイントになった作品はもう1枚ある。『async』である。

 電子音響、アンビエント作品との濃厚な関連性を持っているのが、この2作品の特徴だ。2004年の『キャズム』からその傾向が出ているが、このふたつのアルバムには不思議な連続性があるように思う。そう、『アウト・オブ・ノイズ』、と坂本龍一みずから「とても大切な作品」と語る『async』は明確につながっているように私には聴こえるのだ。これも00年代以降の電子音響やアンビエント/ドローン作品への坂本から回答と考えれば納得がいくのではないか。
 そう考えると、00年代以降、カールステン・ニコライやクリスチャン・フェネスなどとのコラボレーションをはじめたことも大きな意味を持ってくる。
 特にカールステン・ニコライとの交流はとても重要だ。「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」のなかでも何度も登場するこのドイツ人の電子音楽家/アーティストは、坂本龍一みずから「友人」と呼ぶ存在である。
 カールステンは、00年代の共作以降、坂本の仕事に並走しつつ、ひとりの人間として、とても尊敬できる振る舞いを重ねていった。映画『レヴェナント:蘇えりし者』のサウンドトラック制作時、坂本は、2014年の中咽頭がん治療直後であり、抗がん剤の影響もあり、本調子ではなかった。しかし監督の要望は容赦ない。悪夢をみるほどまで追いこまれていくなか、坂本はカールステン・ニコライに共作を求める。すると彼はラップトップひとつ持ってロスまで即座に駆けつけてくれたという。
 また、手術前の不安な日、坂本は思わずカールステンに電話をしたらしい。そして病気で辛い坂本にアート作品とテキストを届けてくれたこともあるという。人として、友人がとても辛い状況のとき、どう振る舞うのか。彼はまず態度と行動で示す。まさに素晴らしい人柄として言いようがない。私はアルヴァ・ノトの音楽が大好きなのだが、長年の彼の作品を愛好してきたよかった(となぜか)思ってしまった。

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photos:『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』©2022 KAB Inc.

 さて、「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」での坂本は世界中へと旅に出ている。2008年のグリーンランド(北極圏)への旅にはじまり、日本国内ツアーで新潟市から富山市へ行ったときに出会った山桜、ヨーロッパ・ツアー、高谷史郎との共作インスタレーションの展示をおこなったローマ、ソウルでのコンサート、カールステンとのヨーロッパ・ツアーである「s tour」、そしてカールステンが暮らしているベルリン、リスボン、アイスランド、アラブ首長国連邦、ワシントンDC、イタリア、奈良、山口、札幌。
 2009年以降、坂本の「旅=移動」を、断ち切らせる体験が二度あった。ひとつは2011年の東日本震災、もうひとつは2014年にみつかった最初の癌であろう。
 2011年3月11日。あの日、坂本は海外ではなく、日本にいた。どうやら映画『一命』の音楽を東京のスタジオで録音していたらしい。
 重要なことは、ニューヨークに住み、世界中への旅を繰り返していた坂本が「あの日」は日本の東京にいたという事実に思える。私はそこに坂本龍一という人間の「運命」を強く感じてしまった。坂本は2001年9月11日その日もニューヨークで遭遇している。彼は世界の「激変」に近い出来事に二度も遭遇したのだ。
 ともあれ3月11日のあの途方もない震災とそれに続く原子力発電所の事故をその国で体感したということで、彼は自分が何をするべきかという意識をより明確に持つようになったのではないか。
 じじつ「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」でも県陸前高田への訪問、住田町への寄付などが語れる。宮城県名取市にある津波によって泥水を被ってしまって調律の狂ってしまったピアノをひきとったともいう。そしてデモへの参加。

 坂本龍一は震災以降、ともすれば分断しかねない社会をつなぎ止めるように、人と社会にコミットメントしていった。
 この過程のなかで、その言葉の一部だけが切りとられ、激しい批判にさらされた「たかが電気」発言があった。この「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」第3回で、坂本は、そのような批判に対して、当時の発言を全文掲載し、いまでも撤回する気がないとはっきりと断言している。ここでは詳しくは書かないが、気になる方がぜひ「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」を読んでみてほしい。少なくとも自分は納得できるものがあった(そもそも何が問題であったのか理解できないのだが)。
 坂本龍一にとって3.11、9.11を経てより強くなったのは社会への意識に加えて、環境への配慮だろう。00年代も雑誌「ソトコト」にコミットするなど、環境意識をどう持つかということを伝えていたが、3.11以降はより具体的な「環境」そのものにつながっていくようになったと思う。
 そこにあるのは「自然」と「地球」意識ではないかと思う。「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」には「月」という言葉が出てくるが、そこで対になるのはやはり「地球」だろう。2011年以前からモア・トゥリーズなどの環境活動をしてきた坂本だが、自分にはそこに音楽家としての本能のようなものが強く働いているような気がしてならない。
 地球という重力があり、空気がある環境でしか音楽はならない。少なくとも空気の振動によって伝わる「音楽」ではなくなってしまう。だからこそ環境=音楽の源泉としての意識が強く働いているのではないかと勝手に想像してしまう。


photos:『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』©2022 KAB Inc.

 『async』には水の音や足音、さまざまな環境音が使われているが、これは「音」へのあくなき好奇心ゆえだろう。音は「ここ」でしか鳴らないという想い。だからこそ「月」という言葉が入った “fullmoon” という曲がアルバム全体のムードを相対化するような、あえていえば「黄泉の世界」からの音のように響いてくる。
 “fullmoon” は、「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」でも語られているが、ベルトルッチ監督の「声」を最後に録音したものが用いられている曲でもある。
 生と死。そんなムードが濃厚な “fullmoon” には不思議とこの世界から浮遊するような感覚が横溢している。
 『async』全体はドローン、アンビント作品なので非常に抽象的なムードのアルバムだが、“fullmoon” にはどこか重力から解き放たれようとしているようなムードが感じられたのだ。
 月と地球。重力と生。音楽と消失。声と音響。“fullmoon” には環境と意識と生と死が淡い霧のように音響空間に溶け込んでいる。
 これはアルバム『async』全体にいえることかもしれない。そこに「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」というタイトルを重ね合わせると、70歳を迎えた坂本龍一の現在の人生観を強く感じ取ることができるような気がする。
 『アウト・オブ・ノイズ』は北極圏で坂本が体感したことが、音に具体的に反映されている。『async』は、3.11以降の世界で、地球と自然と人間と感性を音として表現した作品でもあった。私はこれらの音楽に、そして90年代以降の坂本龍一の音楽に「地球意識」とでもいうような真にワールドワイドな感性が息づいているように感じている。
 それは1989年の『ビューティー』、1991年の『ハートビート』あたりからはじまり、1999年のオペラ『LIFE』で一度「歴史的」に総括された。そして00年代以降は、それ以降の世界を見据えるように、よりミクロな世界からマクロな世界を巡っていくのだ。


photos:『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』©2022 KAB Inc.

 加えてこの連載では、00年代以降の若い世代の音楽家との「出会い」「交流」も語れている。2023年1月号掲載の連載第7回ではフライング・ロータスサンダーキャットOPN、Se So Neon らとの交流が述べられている。坂本の彼らへの目線はとても優しい。
 何よりフライング・ロータス、サンダーキャット、OPN、Se So Neon を知らない読者は、坂本を通じて彼らの音楽との出会いを果たすのだろう。坂本の「旅」と「出会い」は、それを読む(知る)人たちにも「出会い」をもたらすのだ。

 世界への旅も、交流も、出会いも、ミクロ/マクロを往復するような活動だった。音楽的にはよりミニマルになり、しかし行動的には、マクロに=俯瞰的になる。そうやって坂本龍一の音楽と思考はより深まりを見せていったのかもしれない。
 そして2014年以降の癌と2021年の再発というあまりに大変な闘病については赤の他人でしかない自分に語ることはできないので、とにかく「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」を連載1回目から読んでほしいとしかいいようがない。癌という病にどう向かうか。自分にとっても、他の誰かにとっても重要な事柄が淡々と、しかしある大きな感情とともに語られていく。
 私も、おそらくは他のどなたかも、いずれは病に伏すときが必ずくる。だからこれは他人事ではない。坂本龍一は重病を超えて生きることの意味を示してくれる。
 3.11の震災、原発事故、自身の闘病によってミクロ/マクロの視点に自然と肉体と科学という三つの柱も加わったように思える。「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」は、そんな坂本龍一の10年代が包括されている貴重な記録だ。
 言い換えれば坂本龍一の思考を追体験するようなキュレーションの体験であり、坂本龍一が10年代の電子音楽にどうコミットしていったかを示すコンポジションの記録でもあるのだ。
 来年1月17日、坂本龍一の6年ぶりのニュー・アルバム『12』がリリースされる。このアルバムにもまた彼の「音」が追求されているだろう。そのリリースを心待ちにしつつ、「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」を読み返すことにしたい。


Photo by zakkubalan ©2022 Kab Inc.

Oli XL - ele-king

 2017年に〈PAN〉のアンビエント・コンピ『Mono No Aware』に参加、2018年には北欧エレクトロニカの牙城のひとつ、ローク・ラーベクが主宰する〈Posh Isolation〉のコンピ『I Could Go Anywhere But Again I Go With You』にも名を連ね、じわじわと存在感を増していったストックホルムのプロデューサー、オリ・エクセル。
 2019年にはファースト・アルバム『Rogue Intruder, Soul Enhancer』を発表、昨年〈Warp〉との契約がアナウンスされた彼の、初来日公演が決定した。1月14日(土)@渋谷WWW、1月15日(日)@京都METROの2都市を巡回する。新時代のエレクトロニカの担い手として期待大の逸材、そのパフォーマンスを目撃しておきたい。

北欧のスターOli XLジャパン・ツアー東京&京都!
ハイパーポップからのエレクトロニカ新時代、
名門WARPからアルバムも期待される最新鋭が初来日★

Oli XL JAPAN TOUR 2023

1/14 SAT 23:30 at WWW Tokyo
https://t.livepocket.jp/e/20230114www
*限定早割12/29まで販売

1/15 SUN 18:00 at METRO Kyoto
https://www.metro.ne.jp/schedule/230115

tour artwork: sudden star
promoted by melting bot / WWW

Oli XL [SE]
ストックホルムのOli XLは、プロデューサー、DJ、ビジュアルアーティスト、アンダーグラウンドなクラブ・ミュージック界隈で最も魅力的な新人アーティストの一人として頭角を現している。19歳の若さで最初のレコードをリリース、現在3枚のEPとLPをリリースしているOli XLはUKの名門〈WARP〉とも契約を交わし、シングル「Go Oli Go / Cartoon Smile」をリリースした注目のアーティストである。ベルリンのレーベル〈PAN〉から2017年に新世代のアンビエント・コンピレーションとして名高い『Mono No Aware』のトラックや、同年のベルリンAtonalでのVargのNordic Floraショーケース(Sky H1、Swan Meat、Ecco2k、そしてVarg自身を含む他のアーティストと共に)、2018年1月にリリースされた〈Posh Isolation〉のコンピレーション『I Could Go Anywhere But Again I Go With You』が大きな反響を呼び、2019年にデビューアルバム『Rogue Intruder, Soul Enhancer』を自身の新レーベル〈Bloom〉からリリースし、その際立ったサウンドスケープは瞬く間に広がりを見せる。

型破りでありながらファンキーなリズムとポップなセンス、これまでのリリースで示唆されていたサウンドが結晶化した2018年のEP『Stress Junkie』のリリースはSource DirectとBasement Jaxxの間のようなものだと本人は表現している。「クラッシュするようなシンコペーションのドラムと、静謐でリバーブのかかったアンビエンスの間のスイートスポットを突く」スペキュラティブなクラブ・ミュージックと呼ぶこともできるだろう。DJとしては、UKのハードコアの連続体への親和性とともに、そのニュアンスをすべて取り込み、時代性のある美学によってフィルターにかけ、多彩なダンス・フロアのサウンドを生み出している。UKのFACTは〈W-I〉をレフトフィールド・クラブ界隈の重要な声として取り上げている。そのレーベルにおいてCelyn June、Chastic Mess、Lokeyといった友人のリリースをディレクションし、音楽の物理的な新しいリリース方法を模索、Relicプロジェクトでは、安価な家電製品からパーツを集め、3Dプリントされた形状に埋め込み、Celyn JuneのEP『Location』を音楽プレイヤーとして機能する彫刻としてリリースする。〈W-I〉をクローズした後は新レーベル〈Bloom〉を立ち上げファースト・アルバム、続いてInstupendoとのコラボ・シングルやプロダクション・ワーク、最近ではWarpとの契約を発表後最初のシングル「Go Oli Go / Cartoon Smile」をリリース。UKクラブ・ミュージックの連続体のリズムを解剖したフリーハンドのアプローチで、断片的なサンプリング・テクニックにパーソナルなフィールド・レコーディングと加工されたボーカルを組み合わせ、ユーモアのないグリッチと並行してにBasement Jaxxの遊び心を想起させる奇妙だが感情豊かな音楽世界を実現している。

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Oscar Jerome - ele-king

 サウス・ロンドン・シーンのなかでもジャズやアフロ、ファンクやヒップホップ/R&Bと縦断した活動を見せるオスカー・ジェローム。シンガー・ソングライターでありギタリストでもある彼は、トム・ミッシュあたりに比べるとどうも過小評価されているきらいがあるけれど、この秋にリリースしたアルバム『スプーン』は個人的に2022年のベスト・アルバムに推したい。2019年にリリースしたアムステルダムでのライヴ盤以降、UKを離れていろいろな土地でも活動を見せている彼だが、たとえばナイジェリア出身でベルリンを拠点とするシンガー・ソングライターのウェイン・スノウのアルバム『フィギュリン』(2021年)にも参加している。彼らの共作である “マグネティック” は、『ヴードゥー』の頃のディアンジェロにクルアンビンのような幻想的なコズミック・サイケ・フィーリングをまぶしたもので、表立ってはいないもののアフリカ音楽の影響も感じさせるものだった。

 『スプーン』の先行シングルとなった “ベルリン1” は、そうしたベルリンでの活動が刺激となって生まれたもののようで、ミュージック・ヴィデオではベルリンの街中をオープン・カーでクルージングするオスカーの姿を見ることができる。ちなみに、彼の乗っている車はかなり旧式のメルセデスで、ブラック・スーツを着てオールバックにサングラスを掛けるというオールド・ファッションがここのところの彼のスタイルのようだ。こうしたファッション・センスを見るにつけ、オスカーはポール・ウェラーのようなアーティストなのではないかなと思うことがあるし、前のアルバム『ブレス・ディープ』(2020年)ではスティングを重ね合わせるような作品もあったりした。やはりUKらしいシンガー・ソングライターなのである。

 『スプーン』は『ブレス・ディープ』でミキシングをしていたベニ・ジャイルズが共同プロデュースをおこなう。彼は女性シンガー・ソングライターのリアン・ラ・ハヴァスのプロデュースを手掛ける一方、アルカを思わせるエクスペリメンタル・プロジェクトのアドヘルム名義で活動するなど幅広いアーティストだ。ココロコのドラマーであるアヨ・サラウ、ベースのトム・ドライスラー、サックスのセオ・アースキン、ドラムスのサム・ジョーンズ、エンジニアのロバート・ウィルクスなども『ブレス・ディープ』に続いての参加となる。
 新たに参加するのはトム・ミッシュやブルー・ラブ・ビーツ、最近はブラック・ミディなどとも共演するサックス奏者のカイディ・アキニビ、オーストラリア出身で 30/70 のドラマーも務めるジギー・ツァイトガイストなどで、特にジギーは3曲ほどオスカーと共同で作曲している。その “ザ・ダーク・サイド”、“ザ・スープ”、“パス・トゥ・サムワン” は、どれも1分弱のインタルード風の小曲で、オスカーとジギーの即興演奏というかジャム・セッションの一場面を切り取ったもの。ここでのオスカーはまるでフレッド・フリスのような実験的なインプロヴァイザーぶりを見せる。

 その一方で、“スウィート・アイソレーション” のような内省的なフォーク・ソングがオスカーの魅力。キング・クルールにも通じるぶっきらぼうな歌とロー・ファイな演奏で、そのダークで狂気じみたトーンはニック・ドレイクやシド・バレットなどと世界観を共有する。“ザ・スプーン” も枯れた味わいで切々と紡ぐブルージーなナンバー。パーカッションを交えた土っぽい香りの演奏のなか、オスカーのギターはフリートウッド・マックの “アルバトロス” におけるピーター・グリーンのような音色を奏でる。曲の進行とともに次第にエモーショナルな熱を帯びていくオスカーの歌も素晴らしい。
 ジャズの方面から語られがちなオスカーだが、彼の歌とギターは本質的にはロックだ。妖しげなフルートの音色を交えたアフロ・ロックの “チャンネル・ユア・アンガー” は、ヴードゥー教の宗教儀式で伝わる音楽のような呪術性を帯びている。オスカーのアフリカ音楽に対するアプローチが表れた一例だ。“フィート・ダウン・サウス” はヒップホップの影響が強いファンク・ナンバーで、ロイル・カーナーやトム・ミッシュなどサウス・ロンドン勢に共通するムードを持つ。多分このアルバムのなかで一番人気が高いだろう。でも、ほかのシンガーたちと違って、しっかりとギター・ソロの見せ場を作るところがオスカーらしい。アコースティック・ギター演奏のみの小曲 “アヤ・アンド・バーソロミュー” 含め、どちらかと言えば『ザ・スプーン』はシンガーよりもギタリストの方に比重が高いアルバムとなっている。

 セオ・アースキンのサックス、アヨ・サワルのドラムスとともに激しい演奏を繰り広げるジャズ・ロック調の “フィード・ザ・ピッグス” は、ギターのフィード・バック演奏によってサイケデリックなムードを生み出していく。“ホール・オブ・ミラー” は注目の新進女性シンガー・ソングライターのレア・セン(彼女もオスカーと同じギタリストでもある)とのデュエットで、タイトなビートとメロウなギター・フレーズが印象的なネオ・ソウル調のナンバー。途中で口笛やスキャットを交えながら歌う “ユーズ・イット” は、延々と同じフレーズをギターで紡いでいくミニマルなナンバー。ココロコのように土や埃の匂いが漂ってきそうな曲で、こうしたアーシーなサウンドがオスカーの一番の魅力ではないかと思う。

vol.135:レズビアンの結婚式 - ele-king

 2022年10月、友だちが結婚した。
 彼女(Kelsey、以下K)は、昔カフェで働いていたときの同僚で、英語があまり話せない私を、アメリカ文化にどっぷり浸らせ、私をアメリカ人に仕立て上げた人である。典型的アメリカ人のKは、フレンドリーでお洒落とお酒が大好きで、噂話も大好き。仕事が終わったら一緒にバーに行ってまだしゃべるまだしゃべる、という楽しい日々を過ごしていた。ファッション・デザイナーになるのが夢だというKは、よく自分のアイディアを話してくれたし、芸能人や友だちの洋服チェックは欠かさなかった。
 私たちは「サンディ・ファンディ」という日曜日に集まるグループを作り、毎週集まっていた。みんなで一緒にオスカーやグラミー賞などを見ると、Kは、まーうるさい。一人一人の洋服に「この方がいい」「この色はない」「洋服はいいけど、ヘアスタイルとあってない」「私ならこうする」など、手厳しい意見を連発する。そんなKはある日、自分の洋服ブランドを立ち上げると、ウエブサイトを見せてくれた。そこにはフリルのついた素敵なドレスや、シースルーのドレス、ラヴリーでKらしいデザインがたくさん載っていた。ただ、かなり凝ったデザインで、値段も普通の人には届かないお値段だった。作るのもプロモーションにもお金がかかるのでははいかと訊いたら、彼氏にお金を出してもらうと言った。そして、彼氏とは遠距離で、たまにNYに来るときに遊ぶと言った。そんなので寂しくないのかなと思ったが、Kは夢をかなえるため、まっしぐらに進んでいた。
 そうしているうちに働いていた仕事場がクローズし、Kと会う時間も少なくなった。ある日、失業保険をもらうためオフィスを訪ねたらKと会った。お互いの近況報告をすると、kは彼氏と別れたと言った。かなりのドタバタ劇だったようだ。さらに、Kはお酒をやめるとも言った。Kは、Kのスペシャル・ドリンク(通常の倍の量のジンを入れたジントニック)まであったほどに、お酒が大好きだった。それがどうしたことか。お酒を飲むと記憶がなくなり、クリエイティヴなことができなくなると、Kはじつにまっとうな意見を言った。それからサンディ・ファンディに来る頻度も少なくなって、来たとしてもクラブソーダをちびちび飲んでいて、昔のようにぶっちゃけた話もしなくなった。彼氏と別れてから、「彼氏より仕事」と言っていたし、Kは夢に向かっているんだなと私は尊敬していた。じっさいKは、『ヴォーグ』に載ったかと思うと、有名ミュージシャン(リゾ、ロード、ジャパニーズ・ブレックファースト、チャーリー・ブリス、クルアンビンのローラリーなど)の洋服のデザインを手がけるようになり、たくさんのメディアに登場するようにもなった。そんな忙しいなかでも私のバンドのミュージック・ヴィデオの洋服をスタイルしてくれる、友だちだち思いのKなのだった。

 コロナがはじまり、テキストで連絡する以外はKにまったく会えなくなり、彼女の活躍はインスタグラムで見るぐらいになった。たまには会いたいと思ったが、Kはお酒を飲まないし、そのうえKは、子宮がんで闘病している共通の友だちの世話をしていた。彼女の看病のためにKは誰にも会わないし、会えないと言った。
 Kの看病もむなしく彼女は亡くなり、お葬式で久しぶりにKと会った。「Yoko久しぶりー」と目に涙をためながら話してくるKは、隣の女性を「私の彼女」と紹介してくれた。「Kからたくさんあなたのこと聞いてるよ」と紹介されたPは、とても気さくで、どちらかと言えば男の子っぽい感じの人だった。いつの間に女の子と付き合うようになったんだろうと思ったが、Kはもともとバイで、男も女も好きだったようだ。隣に座るといつもすり寄って来るし、お別れするときは、とびきりのハグをしてくれる。
 Kの「彼女」PとはAA (アルコールに問題がある人達が集う集会)で出会い、ズタズタだったKを助けてくれたという。弱っているときに助けられると運命を感じますよね。数か月後、Kから「Save the date日程を開けておいてね」のポストカードが届いた。1年後の2022年10月に結婚式を挙げるという。
 
 ミレニアル世代のKの周りは、ゲイ、レズビアン、トランスジェンダーなど、自分に正直で伝統的でない人が多い。私の周りにもジェンダーを変更していた人がいて、久しぶりに会うと戸惑ったことがある。コロナ前は男だったのに、いまは名前も変わって、スカートを履き、メイクをし、「hi Yoko!」と何食わぬ顔で挨拶してくれる。彼女は、声はそのままだが仕草もメイクも女の子で、以前より輝いて見えた。
 かつての私の同僚にフランス人の女の子がいて、彼女はKの友だちと結婚していた。彼Tは、アメリカ人で彼氏がいる。私は、先にTの彼氏を紹介してもらっていて、仲良くなった後に彼女と会ったので「???」だったのだが、結局はビザの問題だったようだ(彼らはまだ離婚していない)。ちなみに、フランス人の彼女とTの結婚式の司式者がKだった。Kはそんなことも(人に結婚をさせてあげられるの)出来るのねーと驚いた。いままで私がアメリカで出席した3回の結婚式のうち2回がこのように友だちが立会人だった。結婚式で、さっきまで普通に話していた人が式になると牧師さんの格好に正装し、二人の間に立って指輪交換をさせる。そして、「あなたは、誰々を妻とすることを誓いますか」などと言う。それには免許が必要なのだそうだが、これを持っている人は意外と多い。「I can marry you」などと言われるので、「私と結婚したいの?」とドキマギしたこともあった。

 Kの結婚式の2022年10月。場所はアップステートの農場で、3泊あるので旅行気分で行った。
 まずは、メリーゴーランドのあるホテルでウエルカム・パーティ。彼女がお酒を飲まなくなってもう6年目で、キラキラのトップを着たKはとても幸せそうに見えた。その隣にはPがいる。彼女たちの衣装は、もちろんすべてKがデザインした洋服だ。「エルトン・ジョンとシェアが結婚式に出るとしたら」というテーマだそうで、彼女たちは大きいサングラスを掛け、キラキラの洋服を着て、羽をつけ、いまからコンサートに出るような恰好をしていた。
 以前会ったことのあるKの両親とも話せた。KのママもKに負けないくらいキラキラした洋服で、まぶしかった。Tも、Tのお姉さんも来ていて、家族ぐるみの付き合いなんだなと思った。
 女と女の結婚式なので、ウエディングドレスは二人で同時に着るのかと思えば、最初はKが豪華なフリルのついたウエディングドレスで、Pがネイビーの刺繡の入ったスーツ。そのあとに二人で白のミニドレスを合わせたり、カジュアルなドレスを着ていた。
 司式者はTだった。彼はこの日のために免許を取ったらしい。もうひとりKの友だちも司式を担当。二人の司会で二人をナビゲートし、指輪を交換させ、涙が出る感動的な結婚式をサポートした。最後に「NY州の法律に従い、二人を妻と妻として認めます」というところで「女と女の結婚式なんだ」と思ったががあまりにも自然すぎたし、この世でひとつだけの美しい結婚式だった。
 カクテル・パーティ、ディナー・パーティ、音楽演奏(彼女のためにオーストラリアから駆け付けた、有名インディ・バンド)、スピーチ、ダンス・パーティ、キャンプ・ファイアー、など、楽しい結婚式となった。久しぶりに会うサンディ・ファンディ仲間もいたし、子宮がんで亡くなった彼女の写真もパーティ会場に飾られ、彼女の両親も来ていた。
 彼女たちの両親は「PはKにピッタリ」などお互いを大絶賛。パーティを盛り上げるDJもノリノリで、両親もボスも踊った。コロナ以降こんなに汗だくになって踊ったのは初めてだ。Kはコロナに長いあいだ慎重になっていたが、最近になってようやくパーティ、イベントなどを企画しはじめている。ミセスKとしてまた新しい物語がはじまるのだろう。最高な結婚式をありがとう、心からおめでとう、K!

ele-king vol.30 - ele-king

 今年もあと残り1週間、年末の慌ただしいなかいきなりで恐縮ですが、このオンライン版を楽しんでくれている方で、エレキングの存続を希望し、税込み1650円を支払う余裕のある方は1年に2冊刊行している紙エレキングをドネーションだと思って買って欲しいと、せつに思う次第であります。12月27日に刊行される年末号の内容は、すでに告知している通りです。Phewさん表紙のvol.30を手にとって、2022年の年間ベストのリスト(年間30枚、ジャンル別、個人チャートなど)を楽しんでください。そして、今回の特集「エレクトロニック・ミュージックの新局面」に注目してもらえたら幸いです。

 早いもので、紙エレキングもいつの間にか30冊目です。ゼロ年代に雑誌の時代が終わってブログの時代がはじまり、2009年にスタートしたweb版エレキングも気が付いたら13年。ele-king booksをはじめたのがちょうど10年前とか、我ながら本当によくやっているなと思うのですが、これというのもいろんな人たちのサポートがあってのことです。web版でアルバムのレヴューを書き続けているライターおよび訳者諸氏にはとくに感謝したいと思います。あなたたち無しでエレキングは成り立たないのですから。
 音楽メディアというのは、簡単に言えば音楽好きのコミュニティであって、音楽を紹介しつつ、最終的には、その音楽が何を語りかけているのか、音楽と自分(リスナー)との関係を真剣に考える場であり、メディアというのは、音楽に関するできれば最良の文章(最終的な決定稿ではないが、それを書いた時点での物語)を届けるための拠点のようなものです。なんども書いてますが、我こそはという方はライター募集(info@ele-king.net)に応募しましょう。

 紙エレキングのvol.30で書き忘れましたが、2022年に発表された音楽の歌詞のなかで印象に残っているのは、ホット・チップのアレックス・テイラーによる以下のラインでした。「音楽はかつて逃避場だった。しかしいまのぼくには逃げ場がない。まるで世界に追い詰められた感じがする」
 彼の疲労感に共感も無くはないのですが、幸いなことにぼくにはいまでも音楽は逃避場です。と同時に自分の人生に深く関わっているものだということが、年を取れば取るほどしみじみと感じたりします。今年のクリスマスはサン・ラーの大好きなアルバム、『ナッシング・イズ....』と『マジック・シティ』、そしてパワフルなコズミック・ジャズ・ファンクの『アストロ・ブラック』を聴いて気持ちを上げました。いまから宣伝しておきますが、来年の1月末に待望のサン・ラー評伝、『宇宙こそ帰る場所──新訳サン・ラー伝』(ジョン・F・スウェッド著/鈴木孝弥訳)が刊行されます。これは20世紀のジャズ史/黒人史とも読める大著で、アフロ・フューチャリズムが生まれた歴史的な背景について詳述されている本です。ご期待ください。
 でもまずは、紙エレキングを、どうか、なにとぞよろしくお願い申し上げます。発売は明日27日です。(野田努)

DJ Shufflemaster - ele-king

 90年代後半、ダンス向けの12インチにこだわった日本のレーベル〈Subvoice Electronic Music〉などから作品を発表し、日本のテクノ・シーンを支えてきたひとり、DJ Shufflemaster による唯一のアルバムがリイシューされる。2001年に〈Tresor〉から出ていたフロアライクなその『EXP』は、年明け1月27日にアナログ3枚組とデジタルの2形態で発売。ストリーミングでの配信は今回が初で、アートワークも Sk8thing の手により一新されている。現在、ミニマルな先行シングル曲 “Imageforum” が公開中。これはクラブに行きたくなりますね。

DJ Shufflemasterとして知られる金森達也は、東京のテクノ・アンダーグラウンド・シーンの最重要人物のひとりであり、初期は〈Subvoice〉レーベルから始まり、〈Tresor〉、〈Theory Recordings〉、および日本の〈Disq〉といったレーベルから多数の作品を発表してきた。オリジナル版リリース時の2001年当時、彼はこの作品を、多様な潜在的アイデアを編み込んだ、網のようなアルバムだと考えていたという。「私の思想、自分のすべてを表したアルバムであるべきなんです。私の思想や、生きている理由が現れていなければ、アルバムを作る意味などないのです。ですから、『EXP』 には、単一のテーマやコンセプトはありません」

『EXP』は、純粋にフロアに焦点を当てた、妥協のないサイケデリックなテクノのあり方を体現している。“P.F.L.P.” や “Opaqueness” のようなミニマルでダビーなトラックから、より激しくパーカッシヴな楽曲まで、ベルリン〜デトロイト〜UKを繋ぐサウンド・ムーヴメントに共通する、テクノというジャンルの多面性を網羅している。テクニカルで削ぎ落とされた “EXP” や “Onto The Body” のようなストレートなテクノ・トラックがある一方で、このアルバムは予測不可能な領域にも頻繁に飛び込んでいく。“Angel Exit” などは、まるでルーツマンの失われたダブプレートかのような、UKステッパーズの神秘性を漂わせている。かと思えば、“Flowers of Cantarella” や “Dawn Purple” では、金森はデジタル・グランジとでも呼ぶべきループの深みへ、変形自在な人工的世界へと誘う。

『EXP』 は、今こそ新たな耳へと届けられるべき、〈Tresor〉の過去から発掘された大胆で新鮮なテクノの至宝である。

artist: DJ Shufflemaster
title: EXP
label: Tresor
release: 27th January 2023

tracklist:
01. EXP
02. Slip Inside You
03. Onto The Body
04. Fourthinter
05. Imageforum
06. Angel Gate
07. P.F.L.P.
08. Experience
09. Experience (Surgeon Remix)
10. Angel Exit
11. Flowers Of Cantarella
12. Innervisions
13. Innervisions (Pilot)
14. Opaqueness
15. Dawn Purple
16. Climb*
17. Guiding Light*

*digital bonus

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