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フエアコ・エスとして知られるブライアン・リーズの別名義ペンダントの新作『To All Sides They Will Stretch Out Their Hands』がリリースされた。前作『Make Me Know You Sweet』(2018)から実に3年ぶりのアルバムだ。10年代のエクスペリメンタル/アンビエント・シーンの最重要アーティスト、待望の新作である。
フエアコ・エス=ブライアン・リーズは2013年、当時OPNが主宰していた〈Software〉からアルバム『Colonial Patterns』をリリースした。アンダーグラウンドなハウス・ミュージック・シーンにいたリーズだが、『Colonial Patterns』のリリースによってエクスペリメンタル・ミュージックのリスナーから注目を集めることになった。このアルバムに影響を受けたエレクトロニック・ミュージック・アーティストは、ある意味、OPNと同じくらい多いのではないか。そして2016年には、ニューヨークを拠点とするカセット・レーベル〈Quiet Time Tapes〉から『Quiet Time』と、アンソニー・ネイプルズ主宰の〈Proibito〉からアルバム『For Those Of You Who Have Never (And Also Those Who Have)』の2作をリリースし評価を決定的なものとした。その霞んだ音響は不可思議な霊性のようなアトモスフィアを放っており、巷に溢れる凡庸なアンビエント作品と一線を画するような音だった。翌2017年にはブライアン・リーズは実験電子音楽レーベル〈West Mineral〉を立ち上げた。2018年には同レーベルから自身の別名義ペンダントのアルバム『Make Me Know You Sweet』を発表する。レーベルのキュレーションも格別で、例えばポンティアック・ストリーター&ウラ・ストラウスの『Chat』(2018)、『11 Items』(2019)などの重要作を送りだしてきた。本作もまた〈West Mineral〉からのリリースである。
フエアコ・エス名義の作品は、現時点では2016年の『For Those Of You Who Have Never (And Also Those Who Have)』が最後だ(来年2月に新作が出る模様)。リットン・パウエル、ルーシー・レールトン、ブライアン・リーズらのユニット PDP III 『Pilled Up on a Couple of Doves』が2021年にフランスの〈Shelter Press〉から発表されいるとはいえ、ソロ作品は2018年リリースはペンダント『Make Me Know You Sweet』以来途絶えていたのだからまさに待望リリースである。とはいえ録音自体は前作がリリースされた直後の2018年に行われた音源のようだ。すでに制作から3年の月日が流れている。どうしてそうなったのかは分からないが、彼のサウンドの持っている時間を超えたような「霊性」を考えると、3年の月日が必要だったのではないかとすら思えてくるから不思議である。
アルバムには全6曲が収録されている。アルバム前半に “Dream Song Of The Woman”、“In The Great Night My Heart Will Go Out”、“Formula To Attract Affections” の3曲、後半に “The Story Of My Ancestor The River”、“The Poor Boy And The Mud Ponies”、“Sometimes I Go About Pitying Myself While I Am Carried By The Wind Across The Sky” の3曲が収録され、合計6曲が納められている。アルバム全体は、大きなストーリーというか流れがあるというよりは、まるでアンビエントやドローンが次第に瓦解していくように音が変化していくようなサウンドを展開している。
冒頭の “Dream Song Of The Woman” は白昼夢のようなドローンが展開するアンビエント曲だが、2曲め “In The Great Night My Heart Will Go Out” から細やかな物音のコラージュによって生まれるどこか荒涼としたムードのサウンドスケープである。曲が進むごとに音の霞んだ感触や荒んだディストピア的なムードが展開しつつも、アンビエントからエクスペリメンタルなコラージュ作品へと変化していく。そして17分45秒に及ぶ最終曲 “Sometimes I Go About Pitying Myself While I Am Carried By The Wind Across The Sky” でコラージュ/アンビエントな音響空間は頂点に達する。20世紀の残骸である音とその蘇生とリサイクル、荒涼とした光景そのものをスキャンするような持続、ノイズ、音楽のカケラ、幽玄性。それらの交錯と融解。まさにアルバム・タイトルどおり「四方八方に手が伸びる」ようなサウンドスケープである。
最後に本作のマスタリングを手がけたは、エクスペリメンタル・ミュージックのマスタリング・マスターのラシャド・ベッカーということも付け加えておきたい。
デンシノオト