Home > Reviews > Album Reviews > PDP III- Pilled Up on a Couple of Doves
PDP III はブリットン・パウエル、ルーシー・レールトン、ブライアン・リーズ (ホアコ・エス)の三人のユニットである。いまや絶好調ともいえるフランスのエクスペリメンタル・レーベルの〈Shelter Press〉からアルバム『Pilled Up on a Couple of Doves』がリリースされた。
本作は、この三人の個性的なアーティストのコラボレーション作品として話題を呼んでいるが、制作工程としてはまずブリットン・パウエルがベースとなるトラックを作り、それをルーシー・レールトンとホアコ・エスのふたりが音を重ねてコンポジションしていったようだ。その意味でブリットン・パウエルを中心としたプロジェクトといってもいいだろう。
アルバムには全5曲収録され、どのトラックも全リスニングへの没入度を高めるように入念に編集がなされている。電子音、環境音、ノイズなどがときに瞑想的に、ときにノイジーに展開し、硬質でありながらも、豊穣かつ複雑なサウンド・テクスチャーが圧倒的であり、実に濃密な音響作品である。
ここで三人の経歴を簡単に説明しておこう。まずイギリスのルーシー・レールトン。レールトンはチェロ奏者であり、その音響を駆使したエクペリメンタルな音響作品で知られる。〈Modern Love〉からのファースト・アルバム『Paradise 94』(2018)でその名を知らしめ、〈PAN〉からリリースされた Peter Zinovieff との共作『RFG Inventions for Cello and Computer』(2020)や、 〈Portraits GRM〉からリリースされたマックス・アイルバッハーとのスプリット盤『Forma / Metabolist Meter (Foster, Cottin, Caetani And A Fly)』(2020)でもマニアたちの耳を唸らせた。2020年はオリヴィエ・メシアンの曲を演奏した『Louange à L’Éternité de Jésus』(〈Modern Love〉)もリリースした。
ホアコ・エスはテン年代アンダーグラウンド・アンビエントの最重要人物である。2012年に〈Opal Tapes〉からリリースされた『Untitled』、2013年にワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(ダニエル・ロパティン)が運営していたレーベル〈Software〉からリリースされた『Colonial Patterns』、2016年にニューヨークのカセット・レーベル〈Quiet Time Tapes〉からリリースされた『Quiet Time』、そして同年2016年にアンソニー・ネイプルズ主宰のニューヨークのレーベル〈Proibito〉からリリースされた『For Those Of You Who Have Never (And Also Those Who Have)』など、どの作品もテン年代のアンダーグラウンド・アンビエントを代表するアルバムといっても過言ではない傑作ばかりだ。特に『For Those Of You Who Have Never (And Also Those Who Have)』は、アンビエント・マニアであれば名盤として聴き続けているような作品である。その意味でアンビエント・音響マニアからもっとも新作を期待されているアーティストのひとりといえる。とはいえ先に挙げたアルバム数からも分かるように非常に寡作な作家でもある。よって PDP III 『Pilled Up on a Couple of Doves』に参加していることは、本作の重要なトピックなのである。
PDPⅢ の要ともいえるのがニューヨークのサウンド・アーティスト、ブリットン・パウエルだ。NYの〈Catch Wave〉から2020年にリリースされた『If Anything Is』は物音系・コンクレート作品として素晴らしい出来だった。パウエルのサイトに記された一文によると(http://www.britton-powell.com/About.html)、「エレクトロニクス、ビデオ、パーカッションを用いて、音響心理学的現象、ミニマリズム、非西洋音楽の伝統を探求している」音響作家である。インスタレーション作品でもあった「If Anything Is」は、「ハイパーリアリティと資本主義のテーマを、サウンドとマルチ・チャンネル・ビデオのためにデザインされたミクストメディア環境で表現したもの」らしい。加えて「If Anything Is」は、「急速に進むメディアと商業の世界に直面して、経験の恍惚とした交換を探求している」ともいう。「テクノロジー、儀式、都市の景観の交差点についての瞑想であること」をテーマとしているようだ。私見だがこの「儀式、都市の景観の交差点についての瞑想」は、そのまま PDP III 『Pilled Up on a Couple of Doves』にも通じるテーゼのように思える。
PDP III 『Pilled Up on a Couple of Doves』には全5曲のトラックが収録されている。どの曲も電子音のテクスチャーが複雑にレイヤーされている。それもそのはずで、パウエルが2年の歳月をかけて編集に編集を重ねて完成させたのだ。なかでも3曲目 “Walls of Kyoto” から4曲目 “49 Days” のサウンドの変化がアルバム中でもクライマックスともいえるほどにドラマチックに展開する。
ます “Walls of Kyoto” では瞑想的なサウンドが次第にノイジーな音響空間へと変化する。京都という古都/都市のなかにひそむ音と音が、次第にズームアップされていくかのような圧倒的なサウンドスケープだ。そして “49 Days” ではルーシー・レールトンのチェロと硬質な持続音が真夜中のざわめきのようにひっそりと変化を遂げていく。この曲もまた瞑想的であると同時に不安を引きだすような白昼夢のムードを放っている。実に濃密な16分間の音響空間を生みだしている。
全5曲、すべてのサウンドが、まるで聴き手の聴覚を拡張するかのように進行する。その意味では非常にサイケデリックなアルバムともいえる。アートワークにニューヨークの詩人・写真家・映画作家アイラ・コーエンによるサイケデリックなイメージの1967年作品「Alien Intelligence」が用いられていることもその証左になるのではないか。
都市の景観、都市の儀式、都市の瞑想、都市のノイズ。そこから生まれる意識の拡張。そう、『Pilled Up on a Couple of Doves』は、21世紀の都市に生きるわれわれの精神的な瞑想と拡張のために存在するような常備薬のような音響音楽である。2021年という不安な年だからこそ何度もそのシンセティックでノイジーなアンビエンスなサイケデリックな音響空間に没入したいものだ。自己と世界の関係性を音によって再考するかのように。
デンシノオト