Home > Reviews > Film Reviews > こんにちでもなお ガイガーカウンターを手にすれば「ラジウム・ガールズ」たちの音を 聞くことができる- ──映画『ラジウム・シティ~文字盤と放射線・知らされなかった少女…
RADIUM CITY” DOCUMENTARY FEATURE FILM © 1986 BY CAROLE LANGER
2012年にリリースされたPhewと小林エリカ(作家/漫画家)によるユニット=プロジェクト・アンダークのアルバム『ラジウム・ガールズ 2011』(音楽はクラスターのディーター・メビウスが担当!)は、じりじり迫る危うさと同時に、じつに眩しい光を持つ作品だった。筆者もそうなのだけれど、メビウスのシンプルで奥行きのある電子音の上を、事実と妄想を織りまぜたPhewと小林による声/テキストが乗るこのラジウム・オペラをきっかけに、「ラジウム」の恐ろしくも妖しい魅力に取り憑かれた人も多いだろう。そして、プロジェクト・アンダークの発想の元となり、ここでテーマとされる「ラジウム・ガールズ」——1920年代のアメリカのラジウム工場で、時計の文字盤に夜光塗料を塗るペインターとして働き、内部被爆した女工員たち——を主人公にしたドキュメンタリー映画『ラジウム・シティ』(1987)が、28年の時を経て、いよいよ日本で公開される運びとなった。
ラジウム・ダイヤル社(RD社)が経営するイリノイ州オタワの工場で、ラジウムの知識などまったくないまま(なんと、1920年代には人体組織によく調和する奇跡の万能薬とされていた!)、ペイントする際に筆先をなめて尖らせるように指導されていた女工員たち。その後、少しずつ知らない間に汚染されて被爆していった彼女たちのなかには、腫瘍で命を落とす者や、骨障害を発症する者が現れ、多くの女性たちが苦しみとともに生き抜くことになる。
そんなラジウム・ガールズたちの女工員時代の華やかな写真、被爆して病に倒れた頃の姿、その後、証言者として登場する彼女たちとその家族、舞台となったオタワの街の死んだような風景とそこで暮らす住民たち、そして、街のいたるところに投棄された放射性がれき、カリカリと不吉な音を立てるガイガーカウンター……。それらが郷愁をそそる古ぼけた映像と、牧歌的でときに宗教的な美しさをもつ音楽にのせて淡く、ただ淡く、淡々と映し出される。その様子に悲劇的なイメージはなく(当時の出来事をユーモアたっぷりに証言する最年長の被爆者、マリー・ロシターの骨格障害によって異様に膨れ上がった足が映されたときだけ一瞬ギョッ! とさせられたが……)、彼女たちがラジウム工場でさまざまな夢を描いて働いていた頃と同じように、そこにはっきりとした輝きと力強さを感じとることができる。マリーいわく「パン屋の2倍にあたる給料をもらい、家族の誰よりも高給取りだった」というラジウム・ガールズたちのとびきり無邪気でオシャレに着飾ったファッション(毛皮の襟のコート、絹のドレス、スウェードの靴を履き、後ろにはいつも高級車!)、フラッパーの時代を駆け抜けた颯爽とした佇まい、そして、自身で人生を切り開く粋なプライドは、その後の彼女たちに訪れる運命と断絶されることなく、いまも変わらぬ眩しい光を放っているのだ——なんと、彼女たちは仕事の合間に暗室でラジウムを顔に塗ったり、ヒゲを書いたり、ある者は歯に塗って笑ったりしてにらめっこ遊びをしていたという!
そして、物語はラジウムにまつわる狂騒とラジウム・ガールズの宿命だけではなく、そこに立ちはだかる社会の理不尽を、これまた淡々と描き出す。地方に産業と雇用をもたらすという会社(資本主義社会)の口実で大量の女学生を雇い、「中毒のような症状はこれまでいっさいございません、労働条件も最高です」という声明を出すRD社。会社指定の病院に入院させられ2週間後に死亡。夜中の2時頃だというのに遺体をすぐに搬出して家族が知らないところに埋葬しようとしたり、解剖結果による死因をジフテリアにするなどの隠ぺい工作。被爆した少女を診せても「公表できない。職を失いたくないから」と言う医師。相談する弁護士も買収されているため、「できることは何もない。もうよそう、忘れよう」と泣き寝入りする父。元ペインターのキャサリン・ドナヒューがRD社を提訴し、敗訴したRD社がいよいよ閉鎖されるも、6週間後にはルミナス・プロセス社(LP社)と名前を変えて何もなかったかのように工場を開設。おまけに、第二次大戦中、ルーズベルト大統領とアインシュタインがLP社と密談し、女工員には何も知らされることなく、工場を隠れみのにラジウムを再加工して原子爆弾の材料を作らせるなど、悲しみも怒りも疑いも困惑も大きな波に吞みこまれ、さもありなんな様子で進行する狂気じみた現実にこちらのフラストレーションもモヤモヤもたまるばかりだ。
そんな理不尽な物語のなかで、マリーのユーモラスな語り口とともに、至極真っ当な行動でわれわれを安心させてくれるのがケン・リッキである。波風を立てず、流れに従うことをよしとするオタワの風土に逆らい、ガイガーカウンターを手に市内の放射線量を調査する市民活動家だ。この男、もちろん市議会から煙たがられる存在というのはまだ理解できる。しかし、同じ危機にさらされているはずの街の人々からも「暇人が騒いでる」と変人呼ばわりされているのだから困ったものだ。住民にとっていちばんの心配ごとである生活費。それを支えてくれたRD社を恩人と信じていた街の人々にとって、ラジウムによる放射線被爆について語ることはタブーとされているのだろうか。そして、さらに奇妙なことに、彼らはケンのことをオタワの評判を悪くする張本人だとすら思っているのだ。半世紀以上たったいまなお、街のあちこちでホットスポットが生まれているというのに。
この薄気味悪い閉塞感に、わたしたちは自分たちが置かれた社会状況とラジウム・ガールズたちとを照らし合わせ、彼女たちに猛烈なシンパシーを抱き、否が応にも2011年以降の「もう変わってしまった世界」について考えさせられることになるだろう。1898年にキュリー夫妻によって発見されたラジウムは、暗い放射能時代の扉を開けると同時に(一部のラジウム成金には明るい時代なのだろうが……)、いまなおその目に見えない脅威をわたしたちに突きつけて、それとのつき合い方をわたしたち一人ひとりに選択させる。
いまこの現在を憂うわたしたちは、あなたたちに変人呼ばわりされていないだろうか? またはその逆で、そんなあなたたちのことを、わたしたちは異常に感じていないだろうか? 本作『ラジウム・シティ』のキャッチコピーに〈これは遠く離れた外国の過去の逸話ではない。わたしたちのいまの姿なのだ〉とあるように、過去は分断されることなくいまのわたしたちとつながっている。けっして他人ごとではない。そして、未来も「もう変わってしまった世界」から分断されることなく続き、いやでも必ずやってくる。すべてはひとつながりなのだ。でも、わたしたちの意識で選択し、変えていける未来もあるはずだ。『ラジウム・シティ』に登場する、暗闇の中で青白く発光するラジウム・ガールズたちはその発想のヒントを教えてくれる。後はそれぞれが考えて行動するだけだ。わたしたちは決してその光から目をそらすことはできない。わたしもあなたも当事者なのだから。
■ラジウム・シティ ~文字盤と放射線・知らされなかった少女たち~
原題:Radium City
(1987年/アメリカ/105分/白黒・カラー/モノラル)
内部被曝の存在が広く知られるきっかけとなったラジウム・ガールズたちの物語と、その後の街に生きる人々を描いたドキュメンタリー。
ラジウム・ガールズとは、1920年代アメリカ、ラジウム・ダイヤル社の工場で時計の文字盤に夜光塗料を塗るペインターとして働き被爆した若い女性たち。筆先をなめて尖らせるよう指導された彼女たちは、その後、腫瘍や骨障害で苦しみ、多くが亡くなっていった。のちに5人が雇用主を提訴、長い裁判を経て勝訴したが、ほどなく全員が亡くなる。
監督・プロデューサー:キャロル・ランガー
出演:マリー・ロシター、エディス・ルーニー、ジェーン・ルーニー、ケン・リッキ、 ジーン・ルーニー、シャーロット・ネビンス、マーサ・ハーツホーン、キャロル・トーマ ス、ジェームス・トーマス、ウェイン・ウィスブロック、ドン・ホール、ロッキー・レイ クス、ボブ・レイクス、メアリー・オズランジ、スティーブン・オズランジ、ジャニス・ キーシッグ、ジョアン・キーシッグ、環境汚染と闘う市民の会
配給:boid
https://www.radiumcity2015.com/
■上映館・イヴェント情報
【東京】
渋谷アップリンク 4/13(月)~不定期上映
〈TALK〉
5/18(月)19:00~ ゲスト:千原航(グラフィックデザイナー)、井出幸亮(編集者)
5/19(火)19:00~ ゲスト:阿部和重(小説家)
5/26(火)19:00~ ゲスト:ヴィヴィアン佐藤(美術家)、篠崎誠(映画監督)
5/27(水)19:00~ ゲスト:大澤真幸(社会学者)
聞き手:松村正人(編集者)
〈上映〉
5/15(金)、5/17(日)、5/21(木)、5/27日(水)15:15~
料金:ライヴ+上映(2,800円)/トーク+上映(2,000円)/上映のみ(1,500円)※各種割引なし
ライヴおよびトークは上映前(約50分予定)
アップリンクHPにて予約受付中!! www.uplink.co.jp
【横浜】
シネマジャック&ベティ 5/9(土)~1週間上映予定
〈TALK〉
5/10(日)13:50~ 鎌仲ひとみ(映画監督、ドキュメンタリー作家)
当日のみ 一般¥1,800 専門・大学生 ¥1,500 高校以下・シニア ¥1,000
(会員:一般¥1,500 専門・大学生 ¥1,200 高校以下・シニア ¥1,000)
【大阪】
第七藝術劇場 5/2(土)~5/8(金)17:20
料金:前売り1,300円
当日一般1,500円 専門・大学生1,300円
中・高1,000円 シニア1,100円 会員1,000円
【名古屋】
名古屋シネマテーク 5/16(土)~5/18(金)18:35 5/19(火)~5/22(金)10:30
料金:当日のみ
当日一般1,500円 大学生1,400円 中高予1,200円 シニア1,100円
会員1,200円 学生・シニア会員1,000円
【京都】
みなみ会館 5/23(土)~5/29(金)13:10 5/30(土)~6/5(金)17:45 2週間上映
〈TALK〉
5/23(土)13:10~ ゲスト:廣瀬純(龍谷大学准教授、映画批評家)
料金:前売り1,300円
当日一般1,500円 専門・大学生1,300円
中・高1,000円 シニア1,100円 会員1,000円
文:久保正樹