ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Moodymann ──ムーディーマンの来日公演が決定、今年は東京と京都をツアー
  2. The Alchemist ──現代USヒップホップのキーパースン、ジ・アルケミストが来日
  3. Eden Aurelius - Entre Nous / emer ft. Ugnė Uma - You and Me | エデン・オーレリウス、エメル、ウグネ・ウマ
  4. Marcellus Pittman ──デトロイト・ハウス珠玉の逸材、マーセラス・ピットマンの来日ツアーが開催
  5. Boy Harsher - GET MEAN | ボーイ・ハーシャー
  6. Helen - Linda's Head | ヘレン
  7. aya × Violent Magic Orchestra ──初来日を果たす〈Hyperdub〉のアヤと、ブラックメタル・テクノ・プロジェクトVMOによる共同ツアー
  8. interview with Adrian Sherwood and Nightmares On Wax UKダブ・“トーク”・セッション | ――エイドリアン・シャーウッド×ナイトメアズ・オン・ワックス特別対談
  9. 別冊ele-king パンク50周年記念号──それは何だったのか、何でありえるのか
  10. AMBIENT KYOTO ──2027年春、レイ・ハラカミの展示が決定
  11. 細野晴臣 - Yours Sincerely | Haruomi Hosono
  12. Freddie Gibbs & The Alchemist - Alfredo  | フレディー・ギブズ、ジ・アルケミスト
  13. The Bug vs Ghost Dubs - Implosion | ザ・バグ、ゴースト・ダブズ
  14. Black Marble - Life in Small Spaces | ブラック・マーブル
  15. Columns ♯17:もしもパンクがなかったら ——その基礎知識と『パンク50周年記念号』刊行のお知らせ
  16. アンビエント/ジャズ マイルス・デイヴィスとブライアン・イーノから始まる音の系譜
  17. Gaku Kiishi ──『サイコ』『オーメン』『シャイニング』『リング』から『8番出口』『バックルームズ』まで、ホラー映画の音楽を分析する1冊が刊行
  18. R.I.P. 鷲巣功
  19. interview with Actress UKテクノ界の奇才が語るみずからの哲学 | ──アクトレス、インタヴュー
  20. Cornelius - Refractions | コーネリアス

Home >  Reviews >  Album Reviews > Drake- Thank Me Later

Drake

Drake

Thank Me Later

Young Money/Cash Money/Universal

Amazon iTunes

野田 努   Jun 30,2010 UP
E王

 これは、マッシヴ・アタックやザ・XXのようなメランコリック・ミュージックを好む者にとって嬉しい作品だと言える。甘美な憂いに満ちたヒップホップ/R&Bのアルバムだ。シャーデー(それからザ・XXやボーズ・オブ・カナダ等々)が好きだというのもよくわかるし、昨年発表したシングル"ベスト・アイ・エヴァー・ハド"のスウィングするドラムンベースを手掛けた同郷のボーイ・ワンダー、同じく同郷の40(あるいはカニエ・ウェストやなんか)のプロダクションはグイードのデビュー・アルバムともそれほど離れていると思わない。ポップと、まずまずの実験精神との両方を試みている作品とも言えるが、アリシア・キーズをフィーチャーした1曲目の"ファイアーワークス"の甘美な悲しみからアルバムが離れることはない。

 もっとも......周知のように、世のなか的には「ヒップホップにおける救世主」(ガーディアン)であり、「カニエ・ウェストに次ぐスター」(ピッチフォーク)という、カナダのトロント出身の23歳のラッパー、ドレイクによる待望の公式デビュー・アルバムとして脚光を浴びている。あのリル・ウェインの耳を虜にして、彼の〈ヤング・マネー〉と契約した、手短に言ってラップ界における神童のような......というかいわゆる"ノー・ドラッグ・ディーリング、ノー・ヴァイオレンス"路線における期待の新星である。BBCいわく「ラップにおけるヴァンパイア・ウィークエンド」である。

 『サンクス・ミー・レイター』は、用心深い天才が、ラップの"オレ物語"から一歩引いているように見せながら、が、しっかりと"オレ"を主張しているイヤらしい作品だ。『ピッチフォーク』のレヴュワーはこのアルバムに出てくる"I"の回数を数えてみたら、410回もあったと驚いている。ちなみに『ザ・カレッジ・ドロップアウト』で220回、『イルマティック』で210回だから、このハンサムなラッパーの『サンクス・ミー・レイター』はそれらクラシックの二倍も"オレ"が出てきているのである。そんなわけで、「あとでオレに感謝しな」......、しかしそれがどんな"オレ"なのか、リル・ウェインやエミネムのように釈然としたものがあるわけでもなさそうだ、いまのところは。

 ドレイクは実際にトロントの裕福なエリアで育っている。ユダヤ系の白人の母親とアフリカ系の父親のデニス・グレアム(ジェリー・リー・ルイスと働いたドラマー)とのあいだに生まれた彼は、5歳で両親が離婚すると母親に引き取られ、トロントの公立学校で学んでいる。メンフィスに越した父親とも交流を保ちつつ、ドレイクは最初はテレビ番組の俳優として有名になっている。

 2009年の初頭に発表したミックステープ『ソー・ファー・ゴーン』がラッパーとしてのドレイクの本格的なスタートだった。最初にシングル・カットされた"ベスト・アイ・エヴァー・ハド"は大ヒット、それからこの若いカナダ人は、わずか1年のあいだにメアリー・J.ブライジやジェイ・Zといった大物との共演を果たし、また、その夏には、エミネム、リル・ウェイン、カニエ・ウェストらをフィーチャーした"フォーエヴァー"を発表している。

 とはいえ『サンクス・ミー・レイター』は、"フォーエヴァー"や"ベスト・アイ・エヴァー・ハド"のようなフレッシュなビートよりも、エモーショナルなメロディとその叙情性が耳に残るアルバムとなった。彼のラップが技巧的な面でずば抜けているとは思わないが、その鼻歌ならぬ鼻ラップの魅力的な響きはヒップホップのフロウとR&Bヴォーカルとのあいだを自由に動きまわり、孤独な夜の親密なサウンドトラックをしっかり支えるる。そして、結局のところ豪華なゲスト陣さえ(リル・ウェイン、ザ・ドリーム、ジェイ・Z、スウィズ・ビーツ等々)、彼のドラマの脇役にしてしまう。レーベルメイトのニッキー・ミナージュの耳障りな甲高い声が違和感を放っているぐらいで、アルバムはほとんど完璧に調和の取れたムードで進行している。

 マスターピースの"ファイアーワークス"に続いて、2曲目にして早くもクライマックスかと思えるような"カラオケ"の陶酔的なメランコリーが待っている。"ザ・レジデンス"や"ショーウ・ミー・ア・グッド・タイム"で聴かせる斬新なプロダクションとメロウなフロウの組み合わせも面白いし、シャット・イット・ダウン"(ザ・ドリーム)や"ライト・アップ"(ジェイジー・Z)、あるいは"ミス・ミー"(リル・ウェイン)のような、大物を登場させながら繰り広げられるきめ細かい叙情性には「両親が手にできなかった愛」を求めるドレイクのもっとも美しい姿を見ることができるようだ。まあ......、わめき散らすこともなく、誰かをののしることもない、優雅な声とフロウ(あるいはすすり泣き)に満ちた見事なデビュー・アルバムだと思う。豪華だが月明かりのような音楽で、ありきたりの言葉で言えば、よくできたモダン・アーバン・ソウルである。ドレイクの最初の一歩であり、この機会を逃す手はない。

 ところで服役中のリル・ウェインだが、刑務所では模範的な生活を送り、看守たちからの信頼も厚く、いまでは自殺志願者の監視役となっているという話だ。ドレイクは刑務所にいるウェインを面会に訪ね、コラボレーション作品の構想を相談し、そして先日その計画を公に発表している。「恩人への恩返しをしたいんだ」、とドレイクは説明している。もっとも感銘を受けたアルバムが『イルマティック』だった、というのは伊達ではないのだ。

野田 努