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Vidulgi OoyoO

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Aero

Electric Muse/OCTAVE SOUL

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橋元優歩   Aug 22,2011 UP
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「韓国シューゲイザー」とポップをつけた瞬間に、少量ではあったがさっと完売してしまって、いま「韓」という符丁が日本において放つ魅力と威力のほどを思い知った次第だ。ヴィドゥルギ・ウユと読むらしいこの4人組コリアン・シューゲイザーは国境を越えてじわじわと認知されつつあり、2009年にはUSのスペーシーなサイケデリック・アクト、ブリス・シティ・イーストとのスプリット・アルバムをリリース、この春には全米ツアーも敢行している。寡聞な筆者は本リリースによってはじめて知った。『エアロ』は、本国では2008年にリリースされたデビュー・アルバムだが、2011年の8月に日本国内盤が発売された。

 音としてはごくノーマルな方法を踏んだマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン〜スロウダイヴ・フォロワーで、平面的な響きのあるウィスパリングな女性ヴォーカルがアクセントとなっている。アソビセクスのユキ、ブロンド・レッドヘッドのカズといった日本人女性ヴォーカルの系譜に連なるだろう。ディアフーフのサトミ・マツザキを筆頭とし、チャイルディッシュで非西欧的な雰囲気を持った彼女たちのヴォーカリゼーションは、ロック界隈ではじつに存在感がある。村上春樹のペーパーバッグの表紙が、障子となぜか裸の中国系女性だったりするとがっくりくるのだが、そのような安易で粗雑なオリエンタリズムから、西欧的な価値観への対抗軸としての積極的な捉え方まで、さまざまな視線が彼女たちのパフォーマンスに対して注がれていると言えるだろう。
 このバンドを取り上げたいと思ったのは、存在としてとても複雑なレイヤーにまたがっていることに興味を感じたからだ。ひとつはいま述べたように韓国という出自。東洋のバンドだというだけでなく、日本の我々からしても韓国インディの世界はそう身近なわけではない。いわゆる「近くて遠い国」から聴こえてくる「洋楽ロック」というねじれには、興味を惹かれないほうが難しい。それはあらためて日本の中の「洋楽ロック」を映し出す鏡となるかもしれない。それから彼らの周辺にソウルのシューゲイザー・シーンがあるらしいということ。情報を得ようとしていろんなサイトにアクセスしてみても、ハングルが読めないために、音やバンド名どころか、「カートにいれる」がどこなのかすらわからないのだが、ラストFM等を横断するかぎりでもシューゲイザー・コミュニティの存在を感じることができる。

 この「シューゲ・シーン」という奇形的な発達を遂げたバンドの集合体には、ぜひともまとまったカルチャー史的論考が書かれるべきではないかと思う。対象となるのはたとえばディアハンターをシューゲイザーととらえたり、フィ―ドバック・ノイズを援用したドリーム・ポップ全般をさしたりするのとは異なる位相に位置するバンド群だ。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインやスロウダイヴ、スワーヴ・ドライヴァーなどの楽曲を世界標準フォーマットとしてその量産をおこなうタイプのアーティストたちである。
 これは必ずしも批判的なニュアンスで述べるわけではなくて、むしろ私自身は彼らのありようの独特な性質と、それが持っている可能性について敏感でありたいと思っている。それはある意味で二次創作的な側面を持っている。自らのオリジナリティよりは、「マイブラらしさ」や、彼らシューゲイザー・ファンが共有し、なかばデータベース化されているともいえる「聴き所」(/ツボ/萌え要素)のようなものを優先し、前面化させるのが彼らの音であり態度だ。しかもコピー・バンドとははっきり異なる雰囲気を持っているし、演奏力も優れている場合が多い。亜流のフォロワーという認識はほとんどされず、まるでその音が優れたコミュニケーション・ツールででもあるかのように、しっかりとしたファン層を生み、微差を競いつつ共存している。日本ではセカイ系的想像力と結びつきつつ同様な展開をみせているが、本当にこうしたバンドは多いのだ。一時期、某中古チェーンの新品コーナーの一角はおびただしい量のこの種の作品で埋め尽くされていた。演り手と聴き手の多さをまざまざと感じたものである。
 ヴィドゥルギ・ウユに関してもきれいにこの輪郭を感じることができるだろう。もちろんネオ・シューゲイザーと呼ばれるような新世代の特徴もしっかりと宿しており、"エレファント"にはペインズ・オブ・ピュア・アット・ハートなどに感じる慈愛のような暖色のノイズと透明感あるのびやかなヴォーカルを聴くことができる。リンゴ・デススターのいたずらっぽさもわずかに感じられ、それはスーパーカー的な切ない明るさとポップ・センス、初々しさのあるギター・ワークを配した"サイレン"にもうかがわれる。全体として暗く沈み込むような色調はうすい。シューをゲイズするという本来的な意味性を換骨奪胎することで、彼ら新世代のシューゲイザーはシーンとしての盛り上がりと豊穣さを得たのだとも言える。
 そして、韓国にも独自のサイケ文化が育まれており、こうした音を受容し洗練させるための土壌があるのではないかということ。こちらも筆者は寡聞にして詳述できる知識はないのだが、すくなくとも韓国にはサイケ系のマイナー・フォークやSSW作品を多数リイシューしている名レーベル〈ビッグ・ピンク〉があることは有名であるし、フィッシュマンズの人気も非常に高いときく。キム・ドゥスなどのアシッド・フォークは日本やヨーロッパでも熱烈に支持されている。
 このように、彼らは多くの文脈を串刺しにしている存在である。こうした若きシューゲイズ・バンドが韓国に他にどのくらいいるのか、そして世界のインディ・シーンにどのように絡み、展開していくのか興味はつきない。

橋元優歩

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