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前野健太

前野健太

トーキョードリフター

felicity

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竹内正太郎   Dec 16,2011 UP
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 3月11日以降、私は語るべき言葉をほとんど持ち合わせていないことに気付いた。どれほど真摯に言葉を紡いだつもりでいても、数時間も経てば、そのどれもがひどく空虚に思われた。しかし、では、それ以前に語るべき言葉を持っていたのかと言えば、それも相当あやしい。ブログ、Twitter、Facebook等のネットワークで浅く、不気味に強く繋がった私たちにとって、「この街ですることと言えば 言葉を借りて 使って 返すだけ」(ファックミー)であったのだろうし、そんなことをシニカルに歌う前野健太の音楽は、すっかり自動化し、物語的な生の動機付けを失った社会を生きる、私たちの"ため息"そのものであった。私はかつて、彼の音楽をこんな風に表現している。「何も持たずに生まれ落ち、"愛"という、気まぐれで、不確かな感情に頼って生きるしかない人々の姿」、あるいは、「君の涙をいいちこで割って、二人の孤独をすり合わせることで、どうにか厳しい季節が通り過ぎるのを待っている、頼りない待ち人たちのうた」、と。それは、物語のない小さな世界で、日常にくるまって生きるしかない、私たちの退屈な幸せを、うまく表現していたと、いまでも思う。

 だからこそ、震災後に聴く彼の音楽は、どこか間伸びした、場違いなものに思われた。「彼の目に、3月の不運はどう映ったのだろう。僕は一人の、この時代を生きる音楽の聴き手として、その応答をみてみたいと思う」と、私は正直な感想を吐いている。さらには、「彼のレパートリーのいくつかは、"いま聴きたくない音楽"の一つである」とも。そう、「絶対に壊れない日常」に根ざした、退屈で、だからこそゼロ年代にリアリティたり得た表現はいま、東浩紀の言葉を借りるならば、「なんと脆弱に、そしていじましいものに見えることだろう」か。絶対に壊れない日常に対して、ヘラヘラと文句を言ってみたり、悩んでるフリをしてみたり、ときに君との愛を弄んでさえいる前野の歌は、何も起こらない日常を祝福しようとする、そんな仕草さえなかったのだ。そんな彼に、いまだからこそ録音できる、ある時代を生きた人間の「記録」のようなものを、求めた。私は、間違ったことを、間違った相手に求めたとは、今でも思っていない。この季節に、この時代に、「真面目な姿を晒すのは痛い」とでも言うのなら、それはとても貧しい表現だと、いまとなってはより強く、思う。

コトバをなくした街で
コトバを知らない私を
コトバを吐きながら抱くあなた

膝を抱えてテレビを見て
欲しい答えを探してる
(トーキョードリフター/作詞:松江哲明、補詞:前野健太)

 歌詞を外注し、バックバンドにアナログフィッシュを従えた前野のフォーキィ・ロックな新曲、「トーキョードリフター」が、同名映画のサウンドトラック盤として、届けられた。自作曲をひとりでオーヴァーダビングしていく、彼の自己完結的な既定路線を綺麗に裏返す、この抑制のきいた表題曲は、偶然とはいえ、「言葉をなくした私たち」と、「言葉を持っていなかった私たち」の抱える微妙なズレを、うまく表現している。そのダラっとした、やる気のないひょろい声と、伸びきらない高音、あるいは美しいファルセットを併せ持つヴォーカルで多くの人を魅了した前野は、まるでしらけ切ったような声で淡々と歌う。「それでも、続いていく日常」を、苦い思いで直視するかのように。また、原曲ではほのぼのとした歌唱を聞かせていた"鴨川"や"あたらしい朝"を、いつになく丁寧に、と同時に苛立つような声で、時折り乱暴に弾き語る前野は、どこか自らを断罪する罪人のようでさえ、ある。(男女の性衝動を直裁的に描いた"ファックミー"も、石橋英子とのニュートラルな再演の機会に恵まれている)

 そして......前野は、"FG200のブルース"で、3月の悲運を静かに見つめる。この、たった3分そこらのトラディショナルな弾き語り曲から感じられるのは、ひとりの歌唄いが抱えるフラットな無力感である。前野はそこで多くを語りはしない(原子力危機と、その周辺のゴタゴタに対するステイトメントも、ない)が、パンチラインを自ら茶化すような、いつもの冗談めかした言葉使いは封印されているし、曲の終わりは何かしら強く決意めいている。レコード・ショップの試聴機では素通りされそうなほど、小さな作品だが、活動家の類ではないディランの風貌を借りた歌い手として、とても誠実な応答だと私は思った。前野は、きっと歌い続けていくのだろうし、私もそれを聴いていくと思う。誰かの営みや、毎日の重さや、毎日の激しさを。これからも彼は描き続けていくのだろう、様々な矛盾を抱え込んで、それでも止まらない私たちの生活や、声にならない憤りや、壊れかけた愛を、無様に、無力に。例えば、転がる石のようにー―。

竹内正太郎