Home > Columns > インディ・カルチャーのもうひとつの拠点──ブリストル・レーベル事情
インディ・レーベル文化が根強い町と言えば、ロンドン、マンチェスター、デトロイト、シカゴ、NY、LA、アムステルダム、ベルリン……などいろいろある。日本でもその町のファンは多いイングランド南西部の港町ブリストルにも特徴あるサウンドと数々のユニークなレーベルが存在している。ザ・ポップ・グループやマッシヴ・アタック、バンクシーを生んだ町の現在をレポートする!
文:Yusaku Shigeyasu
「形式的になって新鮮味を失ってきたダブステップに対するリアクションとしてアイドル・ハンズ(Idle Hands)を始めた」と語るのは、レーベルと同名のレコード店をブリストルで運営しているクリス・ファレルだ。ダブステップが持っていた創造性からの影響を認めつつも自身を「テクノ/ハウス人間」と称する彼は、重低音を強調させたタフな非4つ打ちテクノや、素材を削ぎ落した骨格剥き出しのハウスなど、型にハマらないダンストラックを紹介し続けている。ファレルは「ブリストル産」にフォーカスしたレーベル、Brstlも運営している。ブリストル産でありながら、ディスコ、ソウル、ガラージなど、ブリストルではない場所で生まれた音楽からの影響を取り入れた同レーベルのサウンドは、これまで話題にされていなかった同市のテクノ/ハウスの動向に注目を集める契機となった。共同運営者であり音楽制作も行っているシャンティ・セレステ(Shanti Celeste)がベルリンに活動拠点を移すと決断したことも、その人気と需要を裏付けている。
こうした状況に惹き寄せられたレーベルもある。ドント・ビー・アフレイド(Don't Be Afraid)を運営し、デトロイト色の強いシンセを多用したハウスを紹介しているセムテック(Semtek)は、2013年にそれまで住んでいたロンドンからブリストルに引っ越してきた。ブリストルで音楽やアートに携わっている人たちと出会って彼が気付いたのは、みんながビジネス面の情報を喜んで共有し合うことだったという。「すごく助かっているよ。小規模のインディ・レーベルをやっていると、音楽業界を孤独な場所だと思うことがあるからさ」とは彼の言葉だ。相互扶助の空気が漂うブリストルは多くのレーベルにとってオアシスのような場所だろう。
一方、「新鮮味を失った」と言われてしまったダブステップはというと、ブリストルにはかつて20以上のダブステップ・レーベルが存在していたが、現在その数は激減している。2005年にテクトニックを設立し、ブリストルにダブステップシーンを築き上げたDJピンチは次のように語っている。「最近はテクトニックをダブステップのレーベルだと思っていない。初期のダブステップが進化的だった頃にテクトニックは誕生したけど、それはダブステップが『誰が一番大きくハードな低音を出せるか競うコンテスト』になってしまう前の話だ」。進化性のある音楽領域でのレーベル運営を心掛けている彼は、バトゥ、イプマン、エイカーといった新世代プロデューサーたちをフィーチャーしたコールドを2013年に発足させた。近年のテクトニックと同様、コールドも初期ダブステップのバイブスを感じさせながら、既存の構造に抗うような複雑なビートを配置した意欲作を発表している。
DJピンチと共にブリストルのダブステップシーンに大きな貢献を果たしたペヴァラリストも現在はリヴィティサウンド(Livity Sound)や、そのサブレーベル(Dnuos Ytivil、読みは同じくリヴィティ・サウンド)を通じて、既出感を抱かせない新鮮なダンストラックを提供している。テクノ的なテクスチャーを伴いながら、4つ打ちと裏打ちのハイハットではなく、UKガラージの影響を感じさせる不規則なビートとベースのコンビネーションにより構築されるトラックが同レーベルの特徴だ。
ピンチ、ペヴァラリスト、ファレルたちは自身のレーベル運営で培った経験を惜しげもなく次の世代に共有している。そのため自らレーベルを立ち上げる若手アーティストたちは少なくない。バトゥ(Batu)によるタイムダンス(Timedance)や、アススのインパス(mpasse)、ケリー・ツインズによるハッピー・スカル(Happy Skull)はその代表例だ。
ブリストルのルーツ・レゲエ筆頭レーベルであるサファラーズ・チョイス(Sufferah's Choice)を運営するDJストライダ(DJ Stryda)と、彼を師として敬愛するオシア(Ossia)にも触れておきたい。オシアはブリストルの新時代を切り拓く存在として注目を集める集団ヤング・エコーの一員だ。ペン・サウンド(Peng Sound)、ホットライン(Hotline)、ノー・コーナー(No Corner)など数々のレーベルを手掛ける他、オンライン・レコードショップ、RwdFwdを運営する彼のDIY精神は、10歳以上年上のストライダの多岐に渡る活動に強く影響を受けたものだ。近年、ふたりはイベントを共同開催するなど、ますます信頼関係を深めている。自分の活動にはアーティストからの信頼が欠かせないというオシアにとって、イベント開催は重要な意味を持っている。「まだレーベルとして実績が無かったころは、ちゃんとした形で音楽をリリースできることをアーティストに証明できなかった。でもブリストルでイベントをやって音楽を一緒に楽しんでいたから、そこには信頼が生まれていたんだ」と語るオシアは、ストライダとディジステップ(Digistep)によるダブカズム(Dubkasm)の作品を2014年にリリースしている。
先のセムテックによる発言や、世代を超えた交流は、こうした信頼を構築する基盤がブリストルに整っていることを示唆している。マーケットの縮小による逆風が吹く中、引き続きブリストルから数多くの音楽が発信され続けているのは、信頼、共有、助け合い、といった価値観が同市のレーベルを支えているからなのだろう。ブリストルに魅了される人が後を絶たないのも無理はない。