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Tanz Tanz Berlin

Tanz Tanz Berlin

#1:ベルグハインの土曜日

浅沼優子 Dec 16,2009 UP

 〈ベルグハイン〉外の有名な行列に並んでいると、そんなあれこれが頭を巡るが、この行列が他の行列と決定的に違うのは全員が体験するという点だ。ゲストリストも存在するが、決して長くはないしそれ以上の重みはない。リストに載っていても待たなければならず、支払いが免除されるというだけである。行列を飛び越すことができるのは、その夜出演するDJとその取り巻き、そして極一部の〈ベルグハイン〉関係者だけだ。行列の進み具合にはほとんど影響がない。1時間の間に3~4組が通り過ぎる程度で、それ以上はない。彼らを眺めながら待つのだ。1時だろうが、朝の6時だろうが、待たされることに変わりはない。ときには行列半ばのところにドアマンが立っていることがあることがあるが、彼の役目は誰もが同様に見定められる〈ベルグハイン〉のドアにおいて、なぜか自分だけは例外だと思い込んでいるワナビーたちを追い返すことなのである。

「今夜は追い返されるんじゃないか?」

 このポリシーの徹底ぶりは、かすかにジャコバン派(フランス革命期の政党)の恐怖政治を連想させるものがある。女王だろうが農民だろうが、誰にでもその恐怖が降り掛かるからだ。つまり、ここのドアは何よりも第一に民主主義的なのである。それでいて第二に、何年間通っていようとも、行く度に自分に「今夜は追い返されるんじゃないか?」と問いかけ続けなければならない独断的な面もある。

 この疑問は〈ベルグハイン〉の行列の全員によぎるものだ。そわそわしないようにお互い注意し合っているカップルも、ベルリンのクラブ・ファッションを地元の雑誌で研究してきたかのようなイタリア人グループも。彼らは大振りのサングラスにこれでもかとアシンメトリーにしたヘアカットという、ニュー・レイヴ・ルックできめてきている。女の子たちはパープルのレギンスに毒々しいグリーンのトップス、男の子たちは脱アイロニック・スローガンがプリントされたTシャツを着ている。ある女性は追い返されるかもしれないという恐怖心からか、故郷のヴッパータール(ドイツ西部の町)のことを延々と喋っている。彼女が行列で知り合った2人のオランダ人男性は、何とか彼女との会話からフェードアウトしようと、たまに「んー」、「あー」と相づちをうつ。別の2人組の男は追い返された人たちを笑いものにしながらも、あまり声が大きいと今度は自分たちが同じ目に遭うと牽制し合っている。
 
〈ベルグハイン〉は建物自体が大聖堂を思わせる造りになっているだけでなく、実際にテクノの教会そのものだ。どこまでが意図的に仕組まれているのかは定かではないが、行列に並ぶところから儀式は始まっていて、ドアに近づくに連れてお腹の中に蝶が舞うような感覚を味わうことになる。前に並んでいる人たちが追い返されるのを見つめながら、入店条件を割り出そうと必死になる。大抵の場合はシンプルである。若い男性のグループは苦労することが多い。それが観光客で、ストレートで、さらに酒に酔っていようものならなおさら難しい。しかし、これはかなり大ざっぱな分析でしかない。入れなかった若者が「ファック・ユー、ドイツめ! このスカムどもが! 俺はウィーンから来たんだぞ!」と怒鳴るのを聞いて、みんな小さな声で笑う。

 パーティする相手は誰でもいいという訳にはいかない。だから、追い返された人たちに同情する者はいない。それと同時に、その独占権を得るためには、自分も追い返されるリスクを追わなければならないのだ。

 冷酷なドアマンとの関係性には期待と不安が入り交じる ―― 〈ベルグハイン〉までの道のりには、矛盾する様々な感情が駆け巡る。そう、それでいいのだ。クラブの中に最初の一歩を踏み入れた瞬間の解放感を味わうために、その緊張感があるのだから。入店の儀式は、次にレジ横のエントランス・エリアで行われる、念入りなドラッグ検査へと続く。清めの儀式だ。そしてお布施を納め、クロークルームへの通過が許される。その広々としたスペースにはいくつかのソファがあり、ポーランドの芸術家ピョートル・ナザンによる「The Rituals of Disappearance」(消滅の儀式)と名付けられた巨大な壁画がそびえている。

 照明がまた儀式の雰囲気をしっかり演出している。真っ暗な屋外から、薄暗いエントランス・エリアを通り、明るいクロークルームに入る。そして最後の敷居をまたぐと、低音が轟くホールはまた真っ暗なのである。ホールを横切って大きな鋼鉄の階段を登っていき、ダンスフロアを前に立って雷のような音を浴びると、何のために何時間もかけてここに来たのかわかっていても、毎回同様の鋭い衝撃を味わう。そして数秒、ストロボに目が順応しようとするまでの間、半減した視覚にしばし彷徨う。少し顔を殴られた時の感じに似ている ―― まだ素面状態の自分よりも、2時間ほど長くここにいたと思われる汗ばんだ身体をかき分けて自分の行く手を進まなければならないだけでなく、音楽の波動による身体的な攻撃も受けるからだ。

 まずは一杯飲もう。

 〈ベルグハイン〉と〈パノラマ・バー〉には、合計6つのバーが全三階に渡って設けられている。ひとつは〈ベルグハイン〉のダンスフロアの右側、ゴシック教会の側廊のようなイメージの空間にある。かつての建築家たちが窓や細い柱の視覚効果を上手く使って天国との繋がりを強調したように、ここでもスポットライトの巧みな配置によって天井が実際以上に高く感じられる。もうひとつのバーはダンスフロアの左側、"ダークルーム"付近に隠れている。近くにある階段を上ると、〈ベルグハイン〉よりも少し小さくて明るめの〈パノラマ・バー〉がある。上の階はハウスでストレート、下の階はハードでゲイ、となっているのだ。

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Profile

浅沼優子浅沼優子/Yuko Asanuma
フリーランス音楽ライター/通訳/翻訳家。複数の雑誌、ウェブサイトに執筆している他、歌詞の対訳や書籍の翻訳や映像作品の字幕制作なども手がける。ポリシーは「徹底現場主義」。現場で鍛えた耳と足腰には自信アリ。ディープでグルーヴィーな音楽はだいたい好き。2009年8月に東京からベルリンに拠点を移し、アーティストのマネージメントやブッキングも行っている。

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