Home > Interviews > interview with OLD DAYS TAILOR - 在りし日を紡ぎ仕立てる音と言葉
OLD DAYS TAILOR Pヴァイン |
2008年のデビュー以来、在りし日のシンガー・ソングライターによる良質な音楽を思わせる歌世界を丁寧に紡いできた笹倉慎介。日本語ならではの詩情と温かみのあるサウンドが融合した彼の音楽は、ただ過去を見つめる視点だけにとどまらず、慌ただしさのなかで看過されてしまいがちな、都市とその郊外で日々を重ねるなかでふと見えてくる様々な風景と心象を、膨よかな筆致で描いてきた。
今回笹倉は、かつて2014に7 inchシングル「抱きしめたい」で共演した森は生きているの元メンバー岡田拓郎(ギター)、谷口雄(ピアノ)、増村和彦(ドラム)に加え、細野晴臣のバンド他数多くのアーティストのバッキングを担当する伊賀航(ベース)、自身もシンガー・ソングライターとして活動する優河と今回がレコーディング・デビューとなる濱口ちなのふたりをコーラスとして迎えた新バンドOLD DAYS TAILORを結成した。
各メンバーの個性が一体となるなかで生まれる「バンド・サウンド」の魅力とは。今作の大きな参照となったというジェームス・テイラーへの溢れる愛情。そして「在りし日を紡ぎ、仕立てること」によって生まれる音楽をいま奏でるということ。極めてまろやかな聴き心地を持つこの音楽世界が、その実メンバーの高度な技巧と鋭敏な感性によって丁寧に形作られているということを知るとき、私たちは笹倉やバンドメンバーと共に、本当はまだ見ぬ知るはずのない風景をふと「過ぎたことのように」慈しんでいることに気づくかもしれない。どこかでみたかもしれない風景は、永遠に古びない。この音楽は、どこかでみたようでいて、いつまでもここにあり続ける。
笹倉慎介、岡田拓郎、谷口雄の三人のメンバーによるインタヴューをお届けする。
僕の世界を隅々まで行き渡らせてきたというのが、これまで出してきたソロ名義の作品。今回はそれとは違ったものを作りたいなという気持ちがありました。 (笹倉)
■そもそもの話なのですが、このプロジェクトが発足したきっかけはなんだったんでしょうか? 森は生きていると一緒に7 inchシングル「抱きしめたい」を作ったことから自然発生的に進んでいった感じですか?
笹倉慎介(以下、笹倉):昨年東洋化成から「レコード・ストア・デイに笹倉さんのシングルを出しませんか?」って話が来て。もちろんソロでやることもできたんですけど、「抱きしめたい」の後に、森は生きているのみんなと「いつかバンドやりたいね」って話していたのを思い出して。シングル単発企画だし、軽いノリで「バンドやっちゃうかな」って思い立ったんです。
谷口雄(以下、谷口):そんな感じの軽いノリで笹倉さんからメールが来ました(笑)。
■じゃあ、はじめは今回のアルバムに先行してリリースされた「晴耕雨読」の7 inchリリースだけのつもりだったんですね。
笹倉:そう。運が良ければアルバムも出せればいいな、というのはあったんだけど。で、せっかく「晴耕雨読」がリリースされるなら、〈Pヴァイン〉へ「抱きしめたい」の再発もどうですか? って話を持っていったら、「じゃあアルバムも作ってウチからリリースしませんか?」ってトントンと話が進んで。
■たしかに、OLD DAYS TAILOR結成の話を最初に耳にしてから、アルバムが出るまですごくスピーディーだなと思いました。
岡田拓郎(以下、岡田):すごく早いですよね。レコーディングも気づいたらどんどん進んでいった感じ。
谷口:僕らも途中から「これ何のために録っているんだろう?」って思っていたら「え! アルバムが出るんですか?」っていう(笑)。
■笹倉さんとそのバック・バンドっていう形ではなくて、あくまでひとつのバンドとして始動したのはなぜ?
笹倉:単純に「バンド」という形にしたほうが面白い作品になるんじゃないかなと思ったんです。ソロだとバック・バンドがいようとも結局は100%僕の意見でまとまってしまう。僕の世界を隅々まで行き渡らせてきたというのが、これまで出してきたソロ名義の作品。今回はそれとは違ったものを作りたいなという気持ちがありました。
■このメンバーになった理由は?
笹倉:それは単純に楽だったから(笑)。
■コミュニケーションのしやすさという意味で?
笹倉:バンドであるからには、メンバーそれぞれの主張や個性が出ないといけないけど、みんな音楽的な面でも信頼できるメンバーだし、その点も大丈夫だろうと。どんなに人間関係ができていても、一緒に音を出したときに違和感があると制作は大変。今回のメンバーはそれがほとんどない。
何もしていないようだけど実はめちゃくちゃ効果的なことをしている。その感じって本当はとても難しくて。 (笹倉)
■各メンバーについてコメントいただきたいのですが、まずベースの伊賀航さん。お付き合いは古いですよね?
笹倉:伊賀さんこそ、本当に一緒にやっていて楽です(笑)。
■プレイがうまいっていう意味で?
笹倉:そうですね。いろいろな演奏に参加しているという場数のことももちろんあると思いますけど、僕の音楽へのフィット感がもう抜群なので。
■コーラス担当の優河さんと濱口ちなさんの女性メンバーおふたりの魅力は?
笹倉:優河ちゃんは、彼女自身のソロ活動でももちろんそうですが、めちゃくちゃ魅力的で「本格的」な歌声を持っています。
■笹倉さんとのハーモニーも抜群ですよね。もうおひとりの濱口さんは普段はどんな活動している方なんでしょう?
笹倉:まだプロとしては何もしていないです(笑)。僕がオーナーを務めている(埼玉県)入間にあるカフェ兼スタジオ「guzuri recording house」のスタッフなんです。学園祭でコーラス・グループやバンドをしたことがあるようで。そのとき合唱ではっぴいえんどの“風をあつめて”をやったと言っていたので「じゃあちょっと聞かせてよ」って言ったら、歌ってくれたんです。それが本当にまっすぐな声で、これは良いなと。優河ちゃんとの良いコンビネーションになりそうだなと思いました。
■増村(和彦)くんのドラムの魅力は?
笹倉:やっぱり彼も歌詞を書く人なので、言葉を聞きながらアプローチするタイム感みたいなものが良いなと思います。メロディーへ言葉をどう乗せていくかということへの感覚が鋭い。会話をすればすぐ理解してくれる。メロディーに乗せるとき、言葉の音をどう譜割するかがいちばんややこしかったりするんです。リズムを食っている、ここは食ってない、ここは伸ばしているとか、そういうことにちゃんとプレイとしてついていけているのはすごい大事ですね。精密に叩けるというよりは、歌に合わせて波を作れる。
谷口:各曲のレコーディングは、基本的に増村くんと笹倉さんのふたりでそのあたりについて会話することから始まっていましたね。
笹倉:それが終われば僕は寝てる(笑)。
谷口:俺たちが録る頃にはホントに寝てましたよね(笑)。
笹倉:全部寝てるわけじゃじゃないけど(笑)。
■(笑)。鍵盤担当の谷口くんは?
笹倉:今回の制作にあたってはやはりジェームス・テイラーの音楽が下敷きにあったので、そのニュアンスを汲んだプレイをお願いました。でも、ジェームス・テイラーのバック演奏って改めてじっくり聴くと目立つようなことは何もしていないっていう……(笑)。けれど、何もしていないようだけど実はめちゃくちゃ効果的なことをしている。その感じって本当はとても難しくて。だいたい鍵盤は音が目立ってしまいがちだから。けれど今回谷口くんは期待に応えてくれました。
■たしかに、ジェイムス・テイラーのバックを務めていたザ・セクションの鍵盤奏者クレイグ・ダーギーも、彼ならではの「節」みたいなは感じないですよね。
谷口:そう。何も個性がないようだけど、音楽全体で聴くと効果があるって感じ。
笹倉:でき上がったものを聴くと「谷口くん、レコーディングにいたっけ?」っていうアレンジになっていたり(笑)。
谷口:「ミックスのとき、僕の音消してませんか?」って(笑)。
■音が小さいという意味じゃなくて?
谷口:違いますね。笹倉さんのアコースティック・ギターが既にもうメロディーのような性質も兼ねたものなので、それを崩さないように後押しをするようなプレイをしたら……いないように聞こえてしまう(笑)。普通にコードをガーンって弾いたら笹倉さんのギターと音が当たりまくるので、相当研究しました。
岡田:倍音だけ添える鍵盤、みたいな感じだよね。
■なるほど。一聴するとギターが豊かに響いているように聞こえる感じ。
谷口:そうそう。
岡田:でも、いざ鍵盤を抜いてみるとぜんぜん違った風に聞こえると思います。
笹倉:そうですね。まさしくそういうところが上手い。
谷口:どういう風なプレイをするかっていうのはかなり迷いました。でも最終的に岡田くんもいるから良いかって思って。そしたら岡田くんがいちばん大変だったという(笑)。
岡田:そう……(笑)。僕がいちばん最後に音を重ねるから。
■じゃあ、その岡田くんのギターについて。
笹倉:岡田くんもバッキングのプレイについては谷口くんと同じような感覚。僕のギターが結構歌ってしまっているので、歌っているギターをもっと充実させるようなプレイをしてくれたと思います。
■やっぱりギターについてもザ・セクションのプレイのイメージで、というのがあったんでしょうか?
笹倉:そう。(ザ・セクションの)ダニー・クーチ的なプレイ。
岡田:だから僕もクーチはすごく聴いて用意してきましたね。けど、彼のプレイが参考音源としてあるような曲ならいいんですけど、ないような曲はすごく大変でした。上モノが僕と谷口くんしかいないなかで、鍵盤がアコギの倍音を担う方にいってしまったので、合いの手職人的なプレイが必要になってきて。
■結果的には岡田くんのプレイが彩りとして前面に聞こえてくる感じにもなっていますよね。ギター好きとしてはたまらない感じ。
岡田:地味ギター好きには、ですね(笑)。
■「これはクーチで、おっ、これはデヴィッド・スピノザで、これはデヴィッド・T・ウォーカーで、これは鈴木茂」みたいな聴き方になってしまいました(笑)。
みなさんの話を聞いて思いましたが、Jロック的なものにありがちな全体の圧を稼ぐために多重的に音を積み上げるというものとはもちろんぜんぜん違って、OLD DAYS TAILORの場合は、まずキャンパスがあってそこにお互いスペースを見つけて色を塗り合っていくっていう感じがしました。ときにあえて空白も残したり。そういうバンド感っていうのは、オーソドックスでありながらもいまならむしろ新鮮に響くかも。
岡田:基本オーヴァーダブもなかったですよね?
笹倉:うん。ほぼないですね。必要最低限のアンサンブル。
■進め方としては、笹倉さんが弾き語りのデモをメンバーに渡して、そのあとは「せーの」でguzuriで録った感じですか?
笹倉:最初のシングル「晴耕雨読」に関しては事前にみんなでリハをしました。ある程度固まってきたら、リズム・セクションと僕だけブースに入ってドラム、ベース、アコギを先に録っていった形です。アルバム制作に入ってからは、まず話し合ってからリズム録りをやっていった形ですね。その段階では岡田くんと谷口くんはいてもらわなくても良かったかもね……待ち時間がとにかく長いから(笑)。
谷口:俺たちも10回くらいguzuriに行ったけど、結果そのうち3回くらいしか録ってないですからね(笑)。
■ダビングの段階で呼ぶだけで良かったんじゃないか、と(笑)。
谷口:まあいま思えば、自分のプレイのためにも作業の過程を見ておいてよかったと思いますけどね。
■じゃあ、基本アレンジは録音をやりながら決めていく感じ?
笹倉:プリプロ兼本番録音みたいな形ですね。
■相当各メンバーの当意即妙的センスにかかっている感じがしますね。それをオッケーにできるというのがさっきおっしゃっていた信頼関係ってことなんだろうなあ。やはり理解し合っていない人同士だと成り立たなそうです。
笹倉:まあプレイについては自己責任です(笑)。
■笹倉さんが「そのプレイちょっと違う」みたいにディレクションすることも?
笹倉:そういうこともあります。逆にミックスのときにはメンバーの意見もちゃんと聞いてやっていきました。
■今回の録音は全てguzuriでおこなわれたんでしょうか?
笹倉:基本はそうです。1曲だけ岡田くんがオーヴァーダブを彼の自宅でやっているけど。
■岡田くんと谷口くんは、guzuriで既に何回かレコーディングを経験していると思いますけど、通常のスタジオにはないあの場所ならではの魅力ってなんでしょう?
岡田:やっぱり建物全体に日が差してくるのはいいですよね。すぐ外に出られて、しかも公園の近く。
■たしかに周囲の環境も素晴らしいですよね。
谷口:「息が詰まるなあ」っていう感覚がないスタジオだと思います。
■都市部の密閉されたスタジオとかだと、すごく不健康な気持ちに陥るときもあるしね。夜遅くまで狭いところにいて……。
谷口:そういうのはないですね。朝は朝だし、夜は夜。人間のリズムに沿った録音ができる。
■普通スタジオ作業中って、食事も出前弁当ばっかりになってしまったり。
岡田:guzuriだと、ご飯はお店の料理を食べたり、近くの店まで美味しいうどんを食べに行ったりできる。機材が足りないなというときはすぐハードオフにも行けるし(笑)。
■海外の郊外スタジオとかはそういうのが割と普通みたいですよね。もっと増えればいいのになって思う。昔のリゾート・スタジオのようなものじゃなくて、もっと日常と繋がっている感じの。
今回はマスタリングまで含めてエンジニアリングは笹倉さんが全て担当しているんですね。岡田くん谷口くんからみてエンジニアとしての笹倉さんってどんな印象でしょうか?
谷口:やっぱり何と言ってもguzuriの特性を知り尽くしていますよね。スタジオとしては特殊な作りだと思うんですが、どこにマイクを立てたらどういう音になるかというのを心得ているなと思います。
岡田:録り音も、楽器の前に立って聴いているというより、楽器を弾いている位置でプレイヤー自身が聴いているような音になっているなと思います。
■やはり笹倉さん自身がプレイヤーだからプレイヤー目線の音ってことなのでしょうか。
岡田:そうかもしれないですね。いわゆる専業のエンジニアさんってアンプの前で鳴っている音を録るというのが一般的だしもちろんそれも良い音ではあるんですけど、笹倉さんはぜんぜん違っていて、弾いている側がいちばん気持ち良いと思う音を捉える。ドラムについても、ドラムの前で聴くより叩いている側から聴くのが本当はいちばん気持ち良いと思うんだけど、今回の音も増村くんが座っている位置で聴いているような感じでした。
取材・文:柴崎祐二(2018年6月27日)
12 |