「PAN」と一致するもの

Pan American - ele-king

 いやしかし暑いですな。本当に暑い。少し外に出ただけで汗が噴き出るし、夜も寝苦しい。でも、それでもぼくは夏が好きなんですよ。夏の空、入道雲、蝉の声、ヒマワリや朝顔、これだけでも気持ちが上がる。毎週通っている区民プールも夏休みの子供たちでいっぱいで、騒がしいけれどそのほうがいい。夏最高。
 と、そんな書き出しではじめながら、今年の2月にリリースされた、冬の木枯らしの荒涼とした写真をしつらえたアートワークに包まれているアルバムを紹介しよう。ビールを飲みながら聴いていると至福の時間が流れること請け合いだ。
 
 マーク・ネルソンによるパン・アメリカンは、ポスト・ロックなるジャンルがざわめきたった90年代後半に、シーンのいちアーティストとして脚光を浴びたベテランで、その前はラブラドフォードなるバンドのメンバーだった。ちなみに、同バンドの1stアルバム(1993年)こそシカゴの〈クランキー〉の第一弾であり、このレーベルの名盤の1枚にも数えられている。それに、スペースメン3やループといった80年代UKのモダン・サイケに影響された彼らのサウンドは、のちのレーベルの方向性(ロスシル、ディアハンター、ウィンディ&カール、スターズ・オブ・ザ・リッド、グルーパーティム・ヘッカー、そしてロウやGY!BEまで)としっかり符合もしている。つまり彼らが志向した音楽は、初期のシーフィールとも似た、アンビエントやドローン(ないしはクラウトロック)の要素を吸収した静寂のサイケデリア。パン・アメリカンは、ラブラドフォードで試みたポスト・ロックの青写真めいたサウンドから、アンビエントなギター・サウンドを抽出する格好でスタートしたネルソンのソロ・プロジェクトである。
 
 アンビエントを作る人のほとんどが使うのは、鍵盤の付いた電子楽器やコンピュータだが、ネルソンはギター演奏でそれを表現しようとする。パン・アメリカンとしては9枚目のアルバムとなる『ザ・ペイシェンス・フェイダー』もギター・インストゥルメンタルを集めた作品で、控えめなダブ処理はあるものの、エレクトロニクスには頼っていない。曲によってはハーモニカ(あるいはアコーディオンも?)も使っているようだが、ゆったりとした楽器の演奏による音色と旋律とその間(静けさ)によって彼のサウンドスケープは創造される。全編ビートレスで、どの曲も美しく、ブルージーだが、どの曲も夢見る響きを持っている。この繊細な音楽の素晴らしさは、なんといっても仕事をしたり、日々の心配事だったり、などといった毎日強制される時間感覚から解放されるという点にある。
 
 いま、『ヴァイナルの時代』という、レコードに関する本を編集している。ヴァイナル・レコードの魅力についての本で、社会学や哲学的なレヴェルまで掘り下げてレコード収集について述べられている本だ。レコードの魅力を語る上で、音質が良いという話がたびたび出てくるが、音質の善し悪しは聴き手の好みも入ってくるので主観的なことでもある。では、レコード・リスニングの魅力とは何かというときに、ひとつの理由として、それを聴いている体験は誰にもその履歴を追跡されないし、広告の入る余地もない、ただ自分のものとしてある、という話が同書には出てくる。これはCDでも、独立した再生機をアンプに通して聴く分には同じことになるが、重要なことだとぼくには思える。
 また他方では、レコードを聴くことは、時間感覚を変えるという旨も詳説されている。これもまた十分にうなずける話だ。一時期はぼくも流行に便乗して、電車に乗っているときもサブスクで音楽を聴いていた時期もあったが、ずいぶん前に止めてしまった。それはまるで、人間の持ち時間の隙あらばどんな時間帯でも消費活動に走らせる資本主義の一部のごときというか、生産性のない無駄な時間、何もしない時間がどんどん減っていっているような今日における、支配的なデジタル消費文化の一部に思えてしまうのだ(コンテンツなどという呼称は、それなしでは生きられないほど愛している人間や丁寧に聴かれることを望んでいる音楽にとっては侮辱的だろう)。個人として音楽を聴くことは、むしろそうした支配的な時間感覚から逃避することだったと思うし、ぼくにはいまでもそれが、音楽を聴くことを好んでいる理由のひとつだ。レコードを聴くということは、そのための時間を作ることでもあり、忙しい日々からいったん自分を切り離すことでもある。
 
 そんなわけで、地味な作品ではあるけれど、慌ただしい時間帯からの解放という点においては、パン・アメリカンの本作は良いセンいっている。ぜひレコードで……とは言いません。ただ、自分の部屋のなかで、すべての作業はいったん止めて、音だけに集中して無駄な時間を満喫しましょう。

Panda Bear & Sonic Boom - ele-king

 アニマル・コレクティヴのパンダ・ベアと、ソニック・ブームによるコラボレイション・アルバム『Reset』がリリースされる。両者はこれまでもパンダ・ベアの『Tomboy』以降、とくに『Panda Bear Meets The Grim Reaper』で親密な関係を築いてはいたが、連名でアルバムを発表するのは今回が初めて。デジタル版は8月12日、フィジカル盤は11月18日に発売。現在、収録曲 “Go On” のMVが公開中です。

Panda Bear & Sonic Boom

コラボレーション・アルバム『Reset』のリリースを発表!
先行シングル「Go On」がミュージックビデオと共に解禁!
8月12日にデジタル/ストリーミング配信
11月18日にはCDとLPが発売!

長年の友人であるアニマル・コレクティヴのパンダ・ベアことノア・レノックス、とソニック・ブームことピーター・ケンバーが、コラボレーション・アルバム『Reset』を〈Domino〉からリリースすることを発表した。8月12日にデジタル/ストリーミング配信でリリースされ、11月18日にCDとLPが発売される。

ソニック・ブームは高い評価を集めたパンダ・ベアのソロ・アルバム『Tomboy』(2011年)と『Panda Bear Meets the Grim Reaper』(2015年)に参加するなど、2人は互いの音楽を知らないわけではないが、『Reset』は初の共同リリース作品となる。ソニック・ブームが所有する50年代、60年代のアメリカン・ドゥーワップやロックンロールのコレクションからインスピレーションを受けたという楽曲群は、パンダ・ベアとソニック・ブームそれぞれの輝かしいキャリアを通してリリースされてきたどの曲よりもキャッチーで明るく、共同作業やコラボレーションの素晴らしさを証明するものとなっている。今回解禁された「Go On」は、ザ・トロッグスが1967年に発表した楽曲「Give It to Me」をサンプリングしており、ミュージックビデオと共に解禁された。

Panda Bear & Sonic Boom - Go On (Official Video)
https://youtu.be/_9_zoL7Jkr4

今から6年前、ソニック・ブームは故郷のイギリスを離れ、パンダ・ベアが住むポルトガルに移住している。パンダ・ベアがソロ作品『Person Pitch』のライナーノーツでソニック・ブームの元バンド、スペースメン3に対して感謝の言葉を述べたことをきっかけに、ソニック・ブームからも感謝の気持ちを込めて彼にメッセージを送るようになった。2011年の『Tomboy』以来、パンダ・ベアのリリース作品のミキシングと共同プロデュースを担当し、特に2015年の『Panda Bear Meets the Grim Reaper』ではより密な共同作業を行うなど、2人は継続的なパートナーシップを築いている。

『Reset』を制作する上で描いたソニック・ブームのヴィジョンはシンプルだった。ポルトガルまでレコードを運んだ後、新鮮な空間でターンテーブルにレコードを乗せ、何年も聴いていなかった古い名曲の魅力を再確認した。例えば、偉大なロックンローラー、エディ・コクランや、アメリカの素晴らしいハーモニーを奏でるエヴァリー・ブラザーズ。また他の発見もあったという。それらのスタンダード曲のイントロそのものが、それに続く楽曲のメインパートとはまた別のものとして、まるで舞台のステージカーテンのように魅力的だということに気づいた。ソニック・ブームはそれらをループさせ、金属を捻じ曲げるように変形させて楽曲のベースを作っていった。パンダ・ベアはその上で何を演奏し、何を歌うかを即座に理解し、それを完成した楽曲に仕上げた。

国際的なロックダウンが始まって間もなく『Reset』の核が形作られてきた。だから、これらの曲で一緒に仕事をする機会そのものが、ある種のメディケーションでもあり、憂鬱な現実を生き抜き、そこから未来へと向かう出発点となった。『Reset』は、暗い時代の中で、蛍光灯のような光を放つ40分の作品である。決して少なくない現実の苦難を見つめ直し、その反対側への道を提示すること。パンダ・ベアとソニック・ブームにとって『Reset』を作ることが一時的な薬になったとすれば、それを聴くリスナーにとっては永久的な存在になるだろう。友人と一緒に古いお気に入りの曲を演奏し歌うだけで、世界が少しだけ明るくなることをこの作品は教えてくれる。

label: Domino
artist: Panda Bear & Sonic Boom
title: Reset
release: 2022.11.18 FRI ON SALE

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12912

TRACKLISTING
01. Gettin’ to the Point
02. Go On
03. Everyday
04. Edge of the Edge
05. In My Body
06. Whirlpool
07. Danger
08. Livin’ in the After
09. Everything’s Been Leading To This


CD


通常盤LP(ブラック)


限定盤LP(イエロー)

interview with Superorganism - ele-king

 パンデミックの影響もあってか昨今はひとつの街に属さず離れて暮らすバンドも増えてきた。だがスーパーオーガニズムのように国境をも超えているバンドは多くはない。そもそもスーパーオーガニズムはそれ以前の世界から、それ以後の世界で当たり前になったような感覚を持って活動していたのだ。ロンドンに暮らすイギリス人のハリー、ニュージーランド出身のトゥーカン、ビー、オーストラリアに住む韓国人ソウル、日本人のオロノ、多国籍なスーパーオーガニズムにどこの国、あるいはどこの街のバンドなのかと尋ねたら果たしてどんな答えが返ってきたのだろう? 答えなんてなくとももうこの状態が物語っている。スーパーオーガニズムはどこからでもアクセス可能な世界の中に存在していて、その場所は手紙を送ろうなんて考えが浮かばないくらいに近くにある。そんな古くてありふれたインターネットの幻想がもう当たり前のものとしてここに存在している。2017年に “Something For Your M.I.N.D.” をひっさげて登場しインターネットの寵児として受け入れられた 1st アルバムからさらに進んでスーパーオーガニズムは気負うことなく拡張したその世界を見せつける。

 『World Wide Pop』と名付けられた 2nd アルバムは日本の星野源、CHAI、フランスのSSW ピ・ジャ・マ、イングランド・レッドカー出身のラッパー、ディラン・カートリッジ、アメリカ・ポートランドに暮らすペイヴメントスティーヴン・マルクマス、世界各国数多くのコラボレーターが参加しながらもそこに強い光が当たるようなことはなく、まるで皆がその場所にいるのが当たり前だというように溶け込んでいてなめらかだ。前作の延長線上にあるような “It’s Raining feat. Stephen Malkmus & Dylan Cartlidge” の憂いを帯びたカラフルなサウンドの上でラップするディラン・カートリッジ、スティーヴン・マルクマスはいつもと少し違った表情を見せて、その間にいるオロノは自然と世界を繋ぎ合わせる。何かの映画に使われるはずだったという “Flying” は遊び心と少しのいら立ちを併せ持った最高のインディ・ポップで(途中でニュー・オーダーの影さえ見える)アコースティック・ギターの音が鳴り響く “crushed.zip” はSSWが作った孤独な原曲を切り裂いてリミックスしたかのような不思議な感触でそれでいてこのアルバムの世界に見事に馴染んでいる。スーパーオーガニズムの持つこの感覚はベッドルームの扉を開けてそのまま世界を拡大したかのようで(それは音楽以外のものに対してもそうなのだろう。“Teenager” のビデオを思い浮かべて欲しい。上下左右、二次元方向にも三次元方向にも、興味は広がり拡大していく)、境界線が消えたみたいに薄くなりジャンルの枠はぼやけ、ついにはメインストリームとアンダーグラウンドの境目さえも見えなくなる。自由で複雑で繁雑、そんな状態になっているのがいまのスーパーオーガニズムの魅力だろう。世界はひとつだけで完結したりはしない、意識することのない当たり前の『World Wide Pop』がそこにあるのだ。
 複数の世界が繋がって世界が作られ拡張していく、スーパーオーガニズムのオロノとハリー、ふたりの話を聞いて頭に浮かんだのはそんな言葉だ。実際に触れあえるようなオンラインと仮想世界を通過したような現実、ひょっとしたら次の世界とはいつの間にかそこに存在しているものなのかもしれない。


Teenager

僕たちはふたりとも複合的な分野のアーティストだってところが似ていると思うんだ。音楽はコアとしてあるけど、オロノはアルバムのアートワークを手がけたりもするわけだし、ビデオをみんなで一緒に作ったりもする。(ハリー)

スーパーオーガニズムとして日本に来るのはどれくらいぶりになりますか?

ハリー:2019年の1月以来かな? たぶん、それくらいぶりだと思う。

フジロックの後にあった来日公演ぶりですか?

オロノ:そうですね。来日公演ぶりだから2019年以来です。

じゃあ3年ぶりくらいなんですね。いまはひとつの国じゃなくてメンバーがそれぞれバラバラに住んでいる感じなんですか?

ハリー:前はみんなで同じ場所に住んでいたときもあったんだけど……、1st アルバムを作り終わったくらいの時期にみんなで同じ家に引っ越して。でもなんていうか「トゥーマッチ」だったんだよね。だから4年くらい前かな? それでみんなバラバラに住むようになって。いまはソウルはオーストラリア、オロノは日本、残りのメンバーはロンドンに住んでる感じかな。

そうなんですね。でもそれだとメンバー同士でいまどんなモードになっているとかどんなものに興味を持っているとか把握しにくかったりしませんか?

ハリー:そうだね。そういうある種の難しさはあるよ。

オロノ:でももうその段階は通り過ぎたって感じする。

ハリー:そうだね、うん。僕らはもうお互いのことはだいたいわかっているから「いまのモード」はどんななのかっていうのは把握しやすいのかもね。ズームとかでも「いま何に興味を持ってる?」とかよく話すし。もちろん同じ家に住んでたときほどではないんだけど。でもだいたいのことはわかるよ。何かやるときにコンセプトとか素材とかそういうのを話すんだけど、その過程でもみんなが何に興味を持っているのかわかるから。

そんな感じなんですね。

ハリー:うん。たとえば、ミュージック・ビデオを作るときなんかがそうなんだけど。いまたくさんビデオを作っててさ、二週間くらい前にも新しいビデオに取り掛かったところで、電話で何に影響を受けただとかどう思ったとかたくさん話して。オロノが影響を受けた本の一節から組み立てたりもして。だから、僕たちはいろんなことを共有してアイデアや影響についてお互いに理解できるまでトコトン話すって感じなんだ。

今回取材に応じてくれたハリー(左)とオロノ(右)

ミュージック・ビデオの話が出たのでここでビデオの話を聞かせていただきたいです。今回は全てのビデオを同じ人が監督しているせいか一貫した雰囲気を感じて、ひょっとしたらアルバムの一部として制作したのかなとも思ったのですが、今回のビデオはどんな風に作られたのですか?

オロノ:そんな風に感じるのはそれが最初に出てきたコア・アイデアだったからかもしれないですね。言ってくれたみたいにビデオをアルバムの一部として作ったってのもあるし。あとはもちろんビデオとしても美しくなるようにって感じに。ダンは私たちのヴァイヴをよくわかってるし、凄くいい感じにリメッシュしてくれて。たぶんあの人こっちの望んでるもの完全にわかってんじゃないかな。私たちにはアイデアはあってもビデオを作る技術はないから。

ハリー:まぁだよね(笑)。

オロノ:うん。だから彼はプロセスの中で重要な役目を担っている。にしてもヴァイヴを理解してくれて細かいディテールを説明しなくていい人を見つけられたっていうのは超良かった。

ハリー:めっちゃ直感的だったよね。なんていうかな、普段は僕たちふたりでアイデア出し合ってときどき他のバンド・メンバーもって感じなんだけど、ビデオの全体のストーリーを描いて、参考になるいろんな写真を組み合わせたりして、ちょっとしたトリートメント・ドキュメントを作るんだ。で、それを今回彼がまとめあげてくれたっていう。だからそれで連続性とか近似性を持ったんじゃないかな。僕たちから生まれた最初のアイデアから全部ドライヴしていって、それを彼が上手く解釈というか翻訳するみたいな形で具現化してくれたわけだから。

今回はアニメーションが効果的に使われていたと思うんですけど、アニメに関してはどうですか?

ハリー:もちろんアニメは大好きなんだけど、現実的な問題として僕たちはいま同じ場所に住んでいなくて、どこかひとつの場所に集まってビデオを撮影するってことができないっていうのもあったかな。アニメだとみんな一緒にスタジオにいる必要もないし、僕たちが持ってたアイデアも実現しやすかったっていうのがまずあって。で、もうひとつの理由として、伝えたいストーリーをスタジオ撮影の限定的なショットだけで表現したくなかったっていうのもあった。だから自然とアニメを中心に作ろうって方に傾いていったんだ。たとえば “crushed.zip” のビデオは単細胞のアメーバが恋に落ちるってストーリーなんだけど、単なるミュージック・ビデオじゃなくて、ショート・フィルムみたいな感じにしてこの小さなストーリーを伝えたいってアイデアで……。なんていうかさピクサーの映画の前にはいつも短いアニメがあるよね、あれってある種の良さがあって心に残るから、そういう感じにできないかなって考えたんだ。


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photo: Jack Bridgland

友だちに声をかけて「うん、出たい!」ってなって実際に出てもらったみたいな感じなんで。だからメジャーのアーティストの後にインディの曲がかかるみたいっていうのは特に意識してなかったですね。(オロノ)

それで思ったのですが、将来的にもうちょっと長めの20分くらいの、音楽と映像を組み合わせた映像作品を作ってみようみたいなアイデアはあったりしませんか?

オロノ:それはマジでいいかも。

ハリー:それアリだね。うん、興味ある。

オロノ:どこかのタイミングでアニメと音楽を組み合わせられたら最高だなって思うんですけど、でもいますぐできるっていうのはなんだろ? ツアー・ドキュメンタリーとかかな。今年の後半にツアーあるし、そっちの方をいまはやりたいかも。

ハリー:僕はそうだな、長いのを作るとなると……僕はSF好きなんだけど、読むのもそうだしSF的なやつを考えるのも好きって感じで。で、そうだな将来的にやるっていうんならそういうSFっぽいやつに関わりたい。ショート・フィルムを作るのもそうだし設定を考えたりするのも凄くやってみたい。実際に “On and On” のビデオのアイデアはSF的なものに触発されて出てきたものなんだけど、予算があればまたそういうビデオが作れるし、そういうのを突き詰めていくのは楽しいって思うんだ。映画を作るだけの予算はないけど、クールなコンセプトとかクールなストーリーを追求していくことはできるから。僕たちはそういうタイプだしさ。うん、だからマジでそうだな。いろんなメディアの可能性はほんと追求していきたい。

オロノ:ビヨンセみたいな感じで映画をプロデュースしたりもしたい。

ハリー:うん。いいね。僕たち(オロノとハリー)はふたりとも複合的な分野のアーティストだってところが似ていると思うんだ。いま言ったみたいな感じのいろんなものに興味がある。音楽は僕たちのコアとしてあるけど、オロノはアルバムのアートワークを手がけたりもするわけだし、ビデオをみんなで一緒に作ったりもする。音楽を作ることはずっとやっていくけど他のことにも同じくらい興味があって、その探究はずっと続けていきたいな。


On & On

(ペイヴメントの曲を)聞いたスティーヴン・マルクマスはそれを最初ローリング・ストーンズの曲だと思ったとかそんな話で。アルゴリズムがその音をクラシック・ロックのサウンドだって認識して~みたいな感じのやつ。〔……〕それって僕たちみたいなバンドにとってちょっと面白いなって。(ハリー)

音楽がコアとしてあってってそのイメージ凄くわかります。スーパーオーガニズムはベースがあってそこに興味がくっついてどんどん広がっていくみたいなそんなイメージがあったんですけどまさにでした。それは今回のコラボレーターの名前を見てもそうで。国もジャンルもバラバラで垣根がなくて、フラットに好きだという気持ちでみんな繋がっているみたいな。インターネット時代的というか、インディもメインストリームの音楽も次に再生される曲として同じ様に並んでいる曲でしかないというサブスク時代的な感覚というか。スーパーオーガニズムのそういう部分に自由さを感じていて。その辺りの話をもう少し詳しく聞いてみたいです。

オロノ:言ってくれた通りにめちゃくちゃフリーフォームですね。友だちに声をかけて「うん、出たい!」ってなって実際に出てもらったみたいな感じなんで。だからメジャーのアーティストの後にインディの曲がかかるみたいっていうのは特に意識してなかったですね。それはでも、私たちがその両方の音楽が好きで、どっちにも友だちがいてっていうのを表しているんじゃないかって気がします。友だちはいろんなところにいるし、音楽業界のいろんな場所にもいる、それこそ垣根がなくて……。

ハリー:うん。僕たちはそんなバンドと一緒にやることで違う世界に足を踏み入れているんだ。自分たちをインディのバンドだって特に意識をしているってわけでもないんだけど……

オロノ:あとメインストリームのバンドともね!

ハリー:そうそう。メインストリームのバンドでもない。僕らが目指しているのはポップ・ミュージックを作るってことだけで、でもまぁ自分たちのやりたいようにやっているだけだからちょっとヘンな感じになっちゃってるとも思うけど。でも違くて、インディとメインストリーム、どっちかになろうっていうんじゃなくて、ただ自分たちにとって馴染むっていうか自然な形でこうなっているって感じかな。で、それが僕らの好きなインディ・アーティストのテイストにフィットするんだ、荒削りでヘンテコでエッジが立ってる大好きなやつに。で、同時に即効性があってポップでキャッチーって感じなのも好きなわけで。だから、それこそまさに僕らのやっていることだって感じがするよ。そんなわけだから違う世界のアーティストと一緒にやるのは理にかなっているとも思う。それに「そもそも自分たちは何なのか?」っていうところに立ち返る良い機会にもなっているんじゃないかって思うんだ。

そういう垣根がないという意味で、アルバム・タイトルの『World Wide Pop』はスーパーオーガニズムの音楽性を表していてぴったりだなって感じました。これはある程度狙ってつけたところがあったんですか? それとも偶然にこうなったみたいな?

オロノ:(日本語で)何も狙ってないですよ。

ハリー:そうじゃないけど、でも面白い話でもあるよね。意図的に狙った場合とそうじゃなくて無意識的にやった結果が不思議と同じになるっていうのは。僕は意図的にやっているって思ってたけどでも実は事故だったってそういう話をよくしちゃうんだけど、でも何かを作っているときっていうのは必ずしも何かを意識してやっているわけじゃないと思うんだ。ただその瞬間にひらめいたものにしたがって突き動かされて作っているだけでさ。で、後から自分が作ったものを振り返ってみたときにそこにあるものの意味が全部見えたりして「マジかよ……俺のやりたかったこと実現してんじゃんとか。言いたかったのはマジでこれだよな」みたいな。
 それで、アルバム・タイトルだけど、最初はただタイトルが必要だったってことだけだったんだ、おかしな話だけど。で、この曲の名前は、アルバムのタイトルとして理にかなってるし合うんじゃないかってそんな感じでつけたんだよ。衝動的にこれがいいなって感じたからで、特に理由はなく創造性にまかせてつけたって感じで。でもいまこうやって振り返ってみると君の言っていることもよくわかるよ。確かに集約されているかも。テーマもそうだし作り方にゲスト参加している人を見てもそうだしさ。でもアルバム・タイトルを決めたときは全然意識していなかったっていうのもまたポイントだと思うんだ。そのときはそういうのは頭になかった。

オロノ:酷いタイトル案いっぱいあったから。

ハリー:うん、マジで。

オロノ:ほんとヒドいやつ。

ハリー:まったくもってそう。

でも、ここまでのお話を聞いていても『World Wide Pop』ってタイトルなのはしっくり来るというか、本当ぴったりなタイトルだと思います。

オロノ&ハリー:(日本語で)ありがとうございます。

毎日、家で絵を描いてるみたいな感じで。それってチルで、それだけでも全然良くて。でも YouTube とかそういうのでバンドがプレイしてるのをたまに気が向いたときに見てたりもして。だからいろいろ入り交じったミックス・フィーリング。(オロノ)

最近は音楽のジャンルがますます混ざり合って複数の要素があるものも当たり前のようにあって、それこそスーパーオーガニズムみたいに「これはなんだろう?」ってなる音楽が増えてきていて、カテゴライズがどんどん難しくなっている気がしています。その一方でSNS映えするというか、「この音楽はこうだ」と限られた一言で言い切るようなこともより求められていて、ちょっと変な状況にもなっていると思うんですけど、そんな中で「スーパーオーガニズムの音楽はポップ・ミュージック」だっていうのは凄く納得がいきました。

ハリー:うん、ちょっとおかしな状況になっているよね。少し前にペイヴメントの曲が Spotify によって発掘されたって記事を読んだんだ。凄い再生されたんだけど、でもその曲は昔の B-Side の曲で、お店か何かで聞いたスティーヴン・マルクマスはそれを最初ローリング・ストーンズの曲だと思ったとかそんな話で。アルゴリズムがその音をクラシック・ロックのサウンドだって認識して~みたいな感じのやつ。で、ストーンズの曲を聞いてその後にランダム再生でペイヴメントの曲がかかるんだ。それって僕たちみたいなバンドにとってちょっと面白いなって。僕はスーパーオーガニズムはどんな感じのプレイリストにもちょっとフィットしないなって思ってて。それはできる限りユニークな音楽をやろうと思っているからなんだけど。で、その音楽はインディ・ロックと言っていいのか、まぁロックじゃなくても全然いいんだけど。インディ・ロックとかエレクトリック・ミュージックとか、エレクトリックって言うにはちょっとラフ過ぎるか。まぁそんな感じで考えていくと、自分たちはカルチャー的にどの箱にもフィットしない、奇妙な場所に行き着くことになるんじゃないかって、そんな風に僕は考えているんだ。アメリカ・ツアーに行ったときなんか実際にそんな感じだったし。アメリカのロック・ミュージックがかかるラジオ局で僕らの曲もかかって、僕らの曲はこのラインナップの中でもOKなくらいロックなんだって思ったんだけど、でも僕たちは伝統的な意味でのロック・バンドじゃないからその中で落ち着かないというか居場所がなかったんだよね。いろんな場所に溶け込めるけど、どの場所にもフィットしないみたいな、そんな変なバンドだったんだよ。

オロノ:それってほんといつも感じてることだよね。

ハリー:うん。マジで。本当にそうなんだよ。


It's Raining

ライヴの話もお伺いしたいのですが、最近ライヴってやってます?

オロノ:全然やってないです。

最後にライヴをやったのはいつ以来になるんですか?

オロノ:2019年の夏の終わり頃だったかな。

ハリー:うんそうだね。2019年9月のジャカルタ公演が最後だったはず。

かなり間が空いているんですね。その間にライヴに関して何か考え方が変わったみたいなところはありますか?

オロノ:ときどき他のミュージシャンの人と話すんですけど、パンデミックとかそれに関して、早くライヴやりたいねとか。でも私は、全然待ちます、むしろもっと待ってたいですみたいな感じで。

ハリー:うん。

オロノ:毎日、家で絵を描いてるみたいな感じで。それってチルで、それだけでも全然良くて。でも YouTube とかそういうのでバンドがプレイしてるのをたまに気が向いたときに見てたりもして。だからいろいろ入り交じったミックス・フィーリングなんですけど。でも実際に、こないだの夜、ハリーと一緒に父親の部屋に行って、自分たちが出たフジロックの映像とか日本でやった他のライヴの映像とかを見たりして、なんか凄く変な感じになって。そのときからほんとに時間が経ったんだなって。

ハリー:そういう部分に関していうと、僕にとってライヴでプレイするのは好きだってことだな。観客の前に立ってもう一回プレイできると思うと本当興奮するし、新しい曲に対してみんながどんな反応を見せてくれるのかって思うと楽しみで仕方がない。でもさ、それとは別にツアーっていうか旅行に関してストレスを感じるわずらわしさみたいなものもあるんだよ。家から離れてる期間がずっと続くのはストレスで。だからその部分に関してはどうしてもナーヴァスになっちゃうな。だけどステージに立つってことに関しては楽しみで仕方がないっていうのも本当だよ。だから、うん、これもミックス・フィーリングだな、こんなに長い時間が経ったんだから。本当変な感じだよ。前みたいなリズムに戻ってどうなるかっていうのはさ。

今度のフジロックは本当に久しぶりにやるライヴってことになるんですね。

ハリー:そうだね。フジロックの前にUKのレコードストアを回るアコースティックのインストア・イベントはあるんだけど、フルでやるっていうのはフジロックが最初だよ。だからフジロックは今回のアルバム・サイクルの中で最初のショーってことになると思うんだ。ジャカルタ以来の最初のフル・ショー。復帰戦として最初にやるショーとしては大きすぎるってくらい大きい舞台だからうまくできるかやっぱり緊張はするんだけど、でもどうなるか凄く楽しみだよ!


Into The Sun

Dry Cleaning - ele-king

 昨年の『New Long Leg』が高い評価を得たロンドンのバンド、ドライ・クリーニング。エレキングでも年間ベストの4位に選出しましたが、先日セカンド・アルバムのリリースがアナウンスされています。発売はCD・ヴァイナルともに10月21日、現在 “Don't Press Me” が公開中です。

Dry Cleaning
大注目の新世代バンド、ドライ・クリーニング
最新アルバム『Stumpwork』を10月21日に発売!

ロンドンを拠点に活動するバンド、ドライ・クリーニングが、10月21日にセカンド・アルバム『Stumpwork』を発売することを発表した。合わせてリード・シングル「Don't Press Me」のMVを公開した。デビュー・アルバム『New Long Leg』は、全英アルバム・チャートで4位を獲得、2021年のベスト・アルバムの一つとしても選定され高い評価を得ている。(The New York Times、Pitchfork、SPIN、The Atlantic、The Ringerが、その年のトップ10アルバムに選出)ここ日本でも音楽専門誌からファション誌まで幅広いメディアに取り上げられ、絶賛された。

公開された「Don't Press Me」は、ゲームをする快感と、強烈だが短命な、罪悪感のない体験の楽しさについて歌っている。ヴォーカルのフローレンス・ショウは、次のように語っている。「コーラスの言葉は、自分の脳みそに向かって歌う曲を書こうとして生まれたの。『あなたはいつも私と敵対している/あなたはいつも私にストレスを与えている』ってね。」アニメーションによるオフィシャル・ビデオは、ピーター・ミラードが手がけたもので、ナイーブに描かれたバンドの姿が、曲のフックとリフに完璧にマッチしている。

Dry Cleaning - Don't Press Me
https://www.youtube.com/watch?v=gjVc8lYIaUM

アルバム『Stumpwork』は、2021年末にウェールズの田園地帯に戻り、再びジョン・パリッシュとエンジニアのジョー・ジョーンズとタッグを組み製作された。同じスタジオで、同じチームと信頼関係を築いたことで、インポスター症候群(*自分の能力や実績を認められない状態)と不安感は、自由へと変換され、すでに豊かだった彼らの音のパレットをさらに探求し、自分たちのクリエイティブなビジョンにさらなる自信をつけることができた。新作は様々な出来事や概念、政治的混乱からインスピレーションを受けている。今回もシュールな歌詞が前面に押し出されているが、家族や、金、政治、自虐、官能といったテーマに対する感受性も新作では高まっている。作品全体に渡り、激しいオルタナ・ロックのアンセムがジャングル・ポップやアンビエント・ノイズと融合し、バンドが受けてきた影響の豊かさと彼らの音楽に対する深い造詣として表れている。

アルバムとシングルのアートワークは、他分野で活躍するアーティスト・デュオであるロッティングディーン・バザール(Rottingdean Bazaar)と写真家のアニー・コリンジ(Annie Collinge)によって考案・制作された。本作の日本盤CDには解説および歌詞対訳が封入され、ボーナス・トラックを追加収録される。なお、限定ブラック・ヴァイナルには購入者先着特典としてシングル「Don't Press Me」とアルバム未収録曲をカップリングした特典7インチ(レッド・ヴァイナル)をプレゼント。通常アナログ盤はホワイト・ヴァイナル仕様でのリリースとなる。6月15日より各店にて随時予約がスタートする。

label: 4AD / Beat Records
artist: Dry Cleaning
title: Stumpwork
release: 2022.10.21 FRI ON SALE

国内盤CD:4AD0504CDJP ¥2,200+税
解説+歌詞対訳冊子/ボーナストラック追加収録

CD 輸入盤:4AD0504CD
¥1,850+税

LP 限定盤:4AD0504LPE(限定ブラック/先着特典7インチ)
¥3,850+税

LP 輸入盤:4AD0504LP(通常ホワイト)
¥3,850+税

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12859

TRACKLISTING
01. Anna Calls From The Arctic
02. Kwenchy Kups
03. Gary Ashby
04. Driver's Story
05. Hot Penny Day
06. Stumpwork
07. No Decent Shoes For Rain
08. Don't Press Me
09. Conservative Hell
10. Liberty Log
11. Icebergs
12. Sombre Two *Bonus Track for Japan
13. Swampy *Bonus Track for Japan

Fontaines D.C. - ele-king

 故郷であるイギリスの地元の街のことで度々蘇る記憶のひとつに、パークストリートの頭上を覆うように堂々とそびえ建つバロック建築のブリストル博物館がある。陰鬱な古い絵画、ブリストルの航空史を記念する品の数々、征服者のローマ人が遺した異国の古代の遺物、あるいはイギリス自身が植民地で略奪した遺物とともに、アイリッシュエルク、またはジャイアント・アイリッシュ・ディア(ギガンテウスオオツノジカ)として知られる、絶滅して久しい生物の巨大なスケルトンが展示されている。

 このグロテスクで威厳のある、恐ろしいほど巨大な鹿の骸骨と、異様なほど脆そうに見える脚は、ブリストルの子供たちの悪夢に度々現れる。この標本自体はイングランド南西部で発掘されたと思われるが(アイリッシュエルクは当時ヨーロッパとロシアの間を広くうろついていた)、この種とアイルランドとの結びつきには、馴染み深いものと、どこか異質なものの両側面が存在する。

 ウェールズ人の母とアイルランド人の父の息子であるイギリス人の私にとって、馴染み深いものと異質なものとの衝突は、自分自身の中の遺産の断片が、どのように組み合わされているのかを探って理解しようと試みる時に必ずついてまわるものだ。イングランドに生まれながら、アイルランドの血も入った自分にとってあの堂々たる骸骨は、自分自身の、置き去りにした部分からの告発であり、霊的な記憶のようでもある。

 アイリッシュエルクの絶滅が題材となっているアイルランド語の呪文“Skinty Fia(スキンティ・フィア)”は、“鹿の天罰”と訳され、この言葉をアルバム・タイトルに採用したアイルランド出身のバンド、フォンテインズD.C.は、 故郷(バンド名のD.C.はダブリン市の意)を離れてロンドンに向かう過程で、彼らのなかのアイルランド人らしい感覚がどう変わったかという葛藤を探る方法として活用している。彼らはインタヴューのなかで、たびたびこれを自分の存在が血統に左右されるという意味においての“悲運”のテーマだと説明しており、そのもっとも露骨な方法のひとつがアイルランド人らしい、あからさまなサインをイギリス人がどう解釈するかだと述べているのだ。

 アルバムのオープニング・ソングでは、アイルランド語の「In ár gCroíthe go deo(永遠に私たちの心のなかに)」という害の無いフレーズを引用しているが、これはアイルランド生まれの女性、マーガレット・キーンの遺族が、彼女の死後、墓石にこの言葉を原語のまま、英語への翻訳なしで使用することを英国国教会が禁じて、イギリスで論争の的となった言葉だ。教会側の言い分としては、イングランドでは、アイルランド語が政治的な意味合いを持つものに見られる可能性があるということを理由にあげた。この可能性というものこそが、イングランドにおけるアイルランドへの広範にわたる不快感を露呈している。何世紀にもわたって征服し、植民地化し、飢えさせ、薄切りにして切り離した国に対する彼ら(僕ら?)イギリス人の植民地に対する不安のパンドラの箱を開ける楔なのである。

 20世紀後半の大半にわたって、イギリス人が抱くアイルランド人のイメージは、北アイルランド(現在もUKの一部)に駐留するイギリスに対抗する派閥の、戦う“アイリッシュ・テロリズム”であった。私が生まれた数ヶ月後に、ブリストルにあるアイリッシュエルクの骸骨標本が佇む博物館から僅か数メートル離れた先で、IRAの爆弾が爆発し、自分の幼少期には爆発の警告が日常茶飯事だった。
 一方で、アイルランド人はしばしば、愚かで酒飲みの野暮ったい“パディ”として、ジョークの的にされることも多かった。これらふたつのアイルランドらしさを表すとされた存在感は、イギリス人の発想の中で密接に結びついており、ジョークで、自分たちが彼らの国にしたことへの罪悪感を和らげ、いまだに存在する、私たちに向けられる怒りを弱めようとした。スコットランド人であるアズテック・カメラと、ウェールズとロシア系ユダヤ人の両親を持つイギリス人のミック・ジョーンズが“Good Morning Britain”という曲で歌ったように、「Paddy’s just a figure of fun / It lightens up the danger (パディはただの遊び道具 / 危険を軽減してくれる)」のだった。

 しかし、『Skinty Fia』は、単純に差別に対する非難というわけではない。歌詞には直接的な表現はほとんどなく、しばしば抽象的あるいは隠喩的なやり方でイギリスと自分たちのかつての故郷の両方に対するバンドの関係性の感覚を、より複雑な層にまで探究する。アイルランド国内においても、首都ダブリンとアイルランド語を話すような田舎のエリアとでは違いが存在する。英語の“beyond the Pale(境界を越えて、常軌を逸した)”という表現は、こうした地方のことを指し、許容範囲や文明的な限度を超えた行動という慣用句としての意味を持つフレーズだ。
 一方、地方出身者は、ダブリン出身者を“Jackeens(ジャッキーンズ)”と呼び、イギリス化した「リトル・イングリッシュ」と表現することがある(パトリック/パディはアイルランド人に多い名前であり、英国旗が“ユニオン・ジャック”と呼ばれるように、ジャックはイギリス人に多い名前)。フォンテインズD.C.は、“Jackie Down the Line”でこの表現をほのめかし、自分たちの言葉として使っているが、これはイギリスが自分たちを変えようとしていることを敏感に感じ取っているからかもしれない。

 アルバムに通底しているのは、変化と、変わらないこととの間に流れる緊張感であり、バンドはほとんどアイルランドらしさを失うことなく、イギリスでもアイルランドでもない、等しい価値のある、新しい何かに変異させるべく表現している。“Roman Holiday”では、アウトサイダーとしての自分たちの立場に誇りを感じて喜び、冒険のように“ロンドンを受け入れる”ことを歌った曲だと説明している──彼らはおそらく、自分たちの異質性を受け入れると同時に、今では彼ら自身がその小さな一端となっているアイルランドのディアスポラ(離散)も、ある程度受け入れているのだろう。

 フォンテインズD.C.自身もそうであるように、アイルランドのディアスポラの一部は、野心家のアーティストたちが観客とクリエイティヴな仕事の機会を求めて旅した結果でもあった。ダブリナーだったマイ・ブラッディ・ヴァレンタインは故郷を離れ、マイクロディズニーのショーン・オヘイガン、ハイ・ラマズとステレオラブもコークを後にし、同様の旅に出た。“Big Shot”では、アーティストとしての名声と成功が気まぐれに約束されている大都市への移動の、何がリアルで、何が表面的なものに過ぎないのかがわからない不安を浮き彫りにしている。それに対して“Bloomsday”では、毎年6月16日に行われるジェイムズ・ジョイスの名高い小説『ユリシーズ』にちなんだダブリンの芸術史の祝いを呼び起こしている──これは特定の場所から生まれ、その場所の基礎構造の一部となるような創造的な作品なのかもしれない。どうやらフォンテインズD.C.が求めているのは、石や鉄骨や舗装された場所ではなく、一連の繋がりや記憶や物語に支えられた新しい居場所なのかもしれない。

 自分自身にまつわる感覚的なものの多くを、博物館に展示された先史時代の鹿のスケルトンの細い脚のようなものに投影するのは、脆くて妖しいことと思われるかもしれないが、いわゆるブリティッシュ・ミュージックの歴史と成長に目を向けると、その血管にはアイルランドの血が流れていることがわかる。アイルランドから移動してきたアーティストに加えて、アイルランドのルーツはすでに存在し、非常に多くのものの礎となっている。ザ・ポーグスはロンドンのアイリッシュ・ディアスポラのど真ん中から誕生したし、ジョン・ライドン、ケイト・ブッシュ、ザ・スミス、ケヴィン・ローランド、ノエル&リアム・ギャラガー、ポール・マッカートニー、そして、やや遠縁にはジョン・レノンなどが、皆アイルランドのバックグラウンドを持っている。

 しかし、私たちは“スキンティ・フィア”が、もともとは呪文であり、憤りや怒りの表現であることを忘れてはならない。あらゆる人間関係と同様に、このアルバムが描く変異のプロセスは、決してスムーズでも、快適でもないものだ。バンドが、自分たちのイギリスとアイルランドとの関係性を探る上で繰り返し立ち戻る隠喩が、有毒で機能不全のロマンスであることがそれを物語っている。彼らはアウトサイダーとしてロンドンを受け入れ、アイルランドに「I Love You」と、たびたび露骨で批判的な表現で歌うが、自分たちの過去に運命づけられている以上、そこからまた新しい何かを築き上げる望みはあるのだ。



Ian F. Martin

One of my abiding memories of my hometown in the UK is the imposing, baroque structure of Bristol Museum looming over the top of Park Street. Among the exhibits, taking in gloomy old paintings, mementos of Bristol’s aviation history, and ancient relics from overseas left behind by conquering Romans or looted during Britain’s own colonial adventures, there stands the towering skeleton of a long-extinct creature known as the Irish elk or giant Irish deer.

This grotesque, majestic, fearsomely huge skeletal deer with its strangely fragile looking legs haunts the nightmares of Bristolian children. And despite this particular specimen most likely having been unearthed locally in the southwest of England (the Irish elk roamed much of Europe and Russia in its day), there was something both familiar and alien about the species’ association with Ireland.

For me, the English son of a Welsh mother and an Irish father, that collision between the familiar and the alien is a constant feature of the way I try to understand how the fragments of my own heritage piece together. Born in England but somehow still of Ireland, that imposing skeleton is like a spectral memento or accusation from an abandoned part of myself.

The extinction of the Irish elk is the subject of the Irish language curse “skinty fia”, often translated as “the damnation of the deer”, and in taking it for the title of their new album, Irish band Fontaines D.C. have used it as a way of exploring the tensions in how their own sense of Irishness has changed in the process of leaving their home (the D.C. in their name refers to Dublin City) for London. In interviews they have often described it as a theme of “doom”, in the sense of one’s existence being in thrall to your lineage, and one of the most obvious ways that can manifest itself is in how English eyes interpret overt signs of Irishness.

The album’s opening song references the Irish phrase, “In ár gCroíthe go deo” — an innocuous phrase meaning “in our hearts forever”, which became the centre of a controversy in England when the bereaved family of an Irish-born woman named Margaret Keane were forbidden by the Church of England to use the words without a translation on Keane’s headstone. The church’s reasoning was that the Irish language might be seen by some in England as having political connotations, but that potential for discomfort reveals a broader discomfort within England towards Ireland. The alienness of the Irish language is the wedge that opens up a Pandora’s box of colonial anxieties the English have towards a country they (we?) have over the centuries conquered, colonised, starved and then sliced apart.

For much of the late 20th century, the main image of Irishness that English people had was of “Irish terrorism” from factions fighting against the ongoing British presence in Northern Ireland (which remains part of the UK). A few months after I was born, an IRA bomb exploded just a few metres up the road from the museum in Bristol where the Irish elk skeleton lurks, and bomb warnings were a regular feature of life growing up. The flipside of that was that Irish people were often the butt of jokes that portrayed them as foolish, drunk and unsophisticated “Paddies”. These two presences of Irishness in the English mindset went hand in hand, the jokes softening the English guilt for what we’d done to their country and diminishing the anger against us that still existed. As Aztec Camera (Scottish) and Mick Jones (English of Welsh and Russian Jewish parentage) sang in their song “Good Morning Britain”, “Paddy’s just a figure of fun / It lightens up the danger”.

“Skinty Fia” isn’t simply a tirade against discrimination, though. Rarely direct in its lyrics, it explores more complex layers of the band’s sense of relationship with both England and their former home in often abstract or metaphorical ways. Within Ireland itself, there are differences between the metropolitan seat of government in Dublin and the more rural, more Irish-speaking areas beyond. The English term “beyond the Pale” refers to those rural regions, the phrase carrying the idiomatic meaning of behaviour that goes beyond acceptable or civilised limits. Meanwhile, people from rural regions sometimes refer to Dubliners as “Jackeens”, painting them as Anglicised “little English” (just as Patrick/Paddy is a popular Irish name, Jack is a common English name, while the British flag is known as the Union Jack). On “Jackie Down the Line” Fontaines D.C. allude to this term and adopt it for themselves, perhaps touching on their sense of how England is changing them.

That sense of tension between change and holding on runs through the album, with the band describing it as not so much losing Irishness as mutating it into something neither English nor Irish, but new and equally valid. They have described “Roman Holiday” as a song partly about “embracing London” as an adventure, happy and proud in their status as outsiders — perhaps in a way embracing their own alienness, but also embracing the Irish diaspora of which they are now one small part.

As with Fontaines D.C. themselves, part of that Irish diaspora has been a result of ambitious artistic types travelling to where the audience and creative opportunities are. My Bloody Valentine were displaced Dubliners, while Sean O’Hagan of Microdisney, the High Llamas and Stereolab took a similar journey from Cork. It’s this move to the big city with its capricious promise of artistic fame and success that underscores the anxieties expressed about what is real and what superficial in “Big Shot”. In some ways, a counterpoint might be the way “Bloomsday” calls back to the storied artistic history of Dublin in its reference to the city’s annual June 16th celebrations of James Joyce’s novel “Ulysses” — a creative work born from a specific place that then itself becomes part of the fabric of that place. What Fontaines D.C. seem to be looking for is a new place to belong, anchored not in the stones, steel beams and tarmac of a place but in a series of links, memories and stories.

It may seem a fragile and spectral thing on which to carry so much of one’s sense of self, like the slender bone legs of a prehistoric deer skeleton in a museum, but one look at the history and growth of so-called British music reveals Irish blood running through its veins. In addition to those artists who travelled over from Ireland, already-existing Irish roots are fundamental to so much more. The Pogues were born right out of the heart of the London Irish diaspora, while John Lydon, Kate Bush, The Smiths, Kevin Rowland, Noel and Liam Gallagher, Paul McCartney and more distantly John Lennon all have Irish backgrounds.

We should remember, though, that “skinty fia” is originally a curse — an expression of exasperation or anger. And like any relationship, the process of mutation the album describes is not a smooth or comfortable one. It’s telling that one metaphor the band keep returning to in exploring their relationships with both England and Ireland is that of a toxic or dysfunctional romance. They embrace London as outsiders, they sing “I Love You” to Ireland couched in often explicitly critical terms, but for all that they are doomed by their past, there is some hope of something new to be built from it.

interview with Wu-Lu - ele-king

 強烈な新人の登場だ。
 まずは “South” を聴いてみてほしい。グランジのようにも民俗音楽のようにも聞こえるギターとさりげないダブ処理に導かれ、コーラスではメタルのグラウルが炸裂、客演のレックス・アモーによる流水のごときラップがしんがりをつとめている。サウンドだけでじゅうぶんすぎるインパクトを与えるこの曲は、「ボトルの散らばったボロボロの団地の生まれさ」「高額過ぎて変わらざるを得なかった/家賃が高いんだ」と、明確にジェントリフィケイション(街の高級化)とそれがもたらすコミュニティの破壊をテーマにしている。MVも印象的だ。団地を練り歩く彼と仲間たち、そこへつぎつぎと差し挟まれるブラック・ライヴズ・マターの抗議者たちの写真。資本主義と人種差別、それらが別物ではないことを彼は見抜き、怒っている。プロテスト・ミュージック──と言うと古臭く感じられるかもしれないが、それはいまもこうして更新され受け継がれているのだ。
 男の名はマイルス・ロマンス・ホップクラフト。またの名をウー・ルー。彼はどこから来たのか?

 生まれはロンドン南部のブリクストン。アフロ・カリブ系の多く暮らす街だ。父は白人トランペット奏者で、母は黒人ダンサーだった。DJシャドウゴリラズ、ヒップホップDJのドキュメンタリー映画『Scratch』、母が職場から持ち帰ってきたトランスやジャングルのレコードなどから影響を受けつつ、初期〈DMZ〉のパーティに参加しマーラ&コーキを体験してもいる彼は、他方でスケボーゲームのサントラを介しラップ・メタルやポップ・パンクに入れこんでもいる。
 おもしろいのは、この雑食的プロデューサーがまずロンドンのジャズ・シーンとの関わりのなかから頭角を現してきたところだろう。2010年代後半、彼はLAビート以降の感覚を表現するトラックメイカーとしていくつかのEPを制作するかたわら、オスカー・ジェロームジョー・アーモン・ジョーンズヌバイア・ガルシアやザラ・マクファーレンといった音楽家たちとコラボを重ねている。
 一方でウー・ルーは10代のころに出会ったドラマーのモーガン・シンプソン(今回も “Times” に参加)を通じ、早くからブラック・ミディともつながりを持ってきた。ジャズ・シーンとインディ・シーン双方を股にかけることのできるアーティストはそう多くないだろう。ストレートに抗議の音楽を発信するウー・ルーとあえて政治性を匂わせないブラック・ミディが接点を有していたことも、文化的観点から見て興味深い。

 満を持して送り出されたファースト・アルバム『Loggerhead』は、それら複雑なウー・ルーの背景すべてが凝縮された作品になっている。ヒップホップ、ダブ、ジャズ、パンク、メタル、グランジが混然一体となったその音楽性は、一見ネット時代にありがちな「なんでもあり」の典型のように映るかもしれない。しかし彼のサウンドには不思議な一貫性が感じられる。アルバム全体を覆うラフでざらついた触感と、けっして軽いとは言えない諸テーマのおかげだろう。リリックが重要な作品でもあるのでぜひ対訳つきの日本盤で聴いてもらいたいが、たとえば “Calo Paste” は貧困問題を、“Blame” は人種差別問題を、“Times” はメンタルの問題(=社会の問題)を、“Broken Homes” は崩壊した家庭の問題を、みごとなアートとして表現している。
 昨日ボリス・ジョンソンの辞意表明が話題になったばかりだけれど、コミュニティに生きる人間として強者ではない立場から世を眺め、激しくも冷静さを忘れない音楽をプレゼントするウー・ルーの『Loggerhead』は、脈々とつづいてきたプロテスト・ミュージックの最新型として、世界が変わることを望んでいる。
 じつはちょうどこの記事の公開準備を進めている最中に安倍元首相被弾のニュースが、そしてたったいま訃報が飛びこんできた。銃撃の場面を模したアートワークはあまりにタイムリーなものとなってしまったが、むろんこれは意図としては逆で、警察などが弱者を襲うシーンだろう。いずれにせよ、混迷をきわめるこの世界のなかで変革を諦めようとしない本作は、いちるの希望として鳴り響くにちがいない。


Scrambled Tricks

頭がおかしくなりそうだった。「なんなんだ、これは!」って。それで彼(DJシャドウ)がドラムも叩いてスクラッチもやってキーボードも弾くマルチ奏者だとわかって、「これだ、自分もこれをやる」、これをやらなければならないんだと思ったわけさ。

サウンドクラウドのもっとも古いポストは2014年の “See You Again” ですが、音楽をはじめたのはいつからで、そのときはどのような活動をしていたのでしょう?

マイルス・ロマンス・ホップクラフト(Miles Romans Hopcraft、以下MRH):いつだったかなぁ……11とか12くらい? トランペットを吹いてたよ。父親がトランペット奏者だったから、この楽器がいいかなと思って。それでうまくなって双子の兄弟と父が参加していたスカのバンドで演奏したり。それで自分でビートつくったりしはじめたのが14、15歳くらい。父にどうやって音楽を録音しているのか訊いて、それで Reason で音楽をつくりはじめたのが2000年初期、2003年、04年くらい。友だちのレミってやつとダニエルってやつと Matted Sounds っていうグループを組んで、トリップホップっぽいダブステップっぽい感じのことをやっていた。それからDJに興味が出て、ターンテーブル、ジャングル、ヒップホップにどっぷりハマって。スクラッチとかね。それからサンプリングってものを知って、DJシャドウがたんなるDJではなくてじつはプロデューサーだということを知ったんだ。MPCを使っているとか。そのころの俺は「MPCってなに」状態で、すぐにプロデューサーにはならず、兄弟でバンドをやったりしてたんだよ。だから頭の片隅にDJのことがありつつ、父と兄弟でライヴをやっていて、それがフュージョンして、ある時点でひとつのものになった感じかな。

初めて世に発表したまとまった長さを持つ作品は、2015年のミックステープ「GINGA」で合っていますか?

MRH:そう。それまでつくってきたいろんなものを融合させながら、音楽的に自分がどの辺に存在したいのかを確かめようとしていたというか。たんにヒップホップのビートをつくってラッパーに提供したり、ダブステップのビートをDJ用につくるだけじゃないなっていうのは思っていて。当時は DJ Mileage って名前でダブステップをやっていて、MCにトラックをつくったりしてたんだけどさ。というか(「GINGA」以前も)ヘクターって連れと Monster Playground 名義でリミックスを出したりしていて。だから「GINGA」は俺が名前をウー・ルーに変える前にやっていたことを融合させた、初のオフィシャルなウー・ルー作品。自分にとっての契機になったと思う。ゴリラズのファースト・アルバムがブラーのシンガーにとってターニング・ポイントになったのと似たような意味で。自分がやらなきゃいけないのはこれだと思ったんだ。

反響はどうでしたか?

MRH:よかったよ。けっこうすぐ完売した。あのテープを心から信じてくれた友だちもいて、発表の仕方を一緒に考えてくれた友だちもいた。自分としてはただテープをつくって棚に並べて、さあどうなるかやってみようって感じだったけどね。そしたら、すごくいいと言ってくれるひとたちがいたんだ。これはなにかがちがう、トリップホップでもないしジャズとも言えないしっていう、あえて言うならば当時のシーンのフィーリングがあらわされているもの、という位置づけだった。とにかくかなり好評だったね。あれがきっかけで道が開かれたわけだから、もしかして自分がやったことのなかであれがいちばんいいことだったのかもしれない。自分としても、ジャンル分けできないっていうのはいいことだと思った。聴いたひとそれぞれが好きなように俺の音楽を解釈するようになったんだ。

モーガン(・シンプソン)を通じてブラック・ミディの他のメンバーとも会って、ある意味弟と兄みたいな感じでアドヴァイスしたり、キャリア初期に彼と出会えて美しい関係が築けたことを本当に嬉しく思っているんだ。

2018年にはオスカー・ジェロームのEP「Where Are Your Branches?」をプロデュースしています。同年のご自身のEP「N.A.I.S.」にはジョー・アーモン・ジョーンズが、翌2019年の「S.U.F.O.S.」にはヌバイア・ガルシアが参加していました。2020年にはザラ・マクファーレンのアルバム『Songs Of An Unknown Tongue』をプロデュースしています。モーゼス・ボイドとも友人なのですよね? サウス・ロンドンのジャズ・シーンと関係が深いように映りますが、そのシーンにはどのようなシンパシーを抱いていますか?

MRH:すごくおもしろいのは、いまあがった音楽の多くは、リリースされた時期は言ったとおりなんだけど、たとえばヌバイアが参加した曲はじつは2017年に録ったものだったりと、つくられた時期は前後してて。というのもみんな近所に住んでいたからね。ブリクストンとかあの周辺。だからある意味自然とそういうことが起こったんだ。モーゼスとは Steve Reid Foundation がきっかけで会って、しかも当時俺が関わっていたスタジオの超近所に彼が住んでいたり。オスカーとジョーは SumoChief ってバンドをやっていて、俺が SoulJam ナイトでDJしてるときに来ていたり。本当にごく自然に、ジョーがたまたまそこにいて、この曲気に入ったならちょっとキーボード弾いてくれないか? とか。ヌバイアのときもその日にひょっこり来て、曲をかけたらすごく好きだって言ってくれて、ワンテイクだけサックスを吹いてくれて。いま言ったひとたちはみんなおなじ勝ち方を目指していたんだよ。つまり互いに助けあって、みんななにかしらポジティヴなことをやろうとしているだけなんだ。

先ほどDJシャドウの名前があがりましたが、あなたがもっとも影響を受けたアルバムは彼の『Endtroducing...』ですか? 同作のどのような点があなたを突き動かしたのでしょう?

MRH:ちょうどここに来るまでの移動中も聴いていたよ。べつにこの作品を最初から最後まで通しで聴いて影響を受けたってことじゃないんだ。当時はCDなんて贅沢なもんは持ってなかったから。友だちからもらったMDとかMP3とかを断片的に聴いてただけだった。まず『SCRATCH』って映画を観たんだよ、98年とかそのくらいだったかな。俺はもう夢中で観て、そこに彼も出ていた。ほかにもDJキューバートとかマッドリブとかミックス・マスター・マイクとかビースティ・ボーイズ、カット・ケミストなんかも出てて。それで彼が画面に映ってレコードをディグる話とかをしている後ろで曲がかかってて。その曲がかかった途端、畏敬の念を抱いて「これすげえ」となりながら、彼が制作過程とか精神面の話とかをするのを聞いていて。それで彼がつくった “Dark Days” って曲の話になって、「ん? つくった? このひとただのDJじゃないのか」と思って。それで後日友だちが “Midnight In A Perfect World” を聴かせてくれて、「そう、この曲だ、ヴィデオを観たときにかかってたやつ」ってなって。そしたら友だちが「じゃあ “Building Steam With A Grain Of Salt” は聴いたことあるか?」と言いつつべつの曲をかけてくれて、もう俺は頭がおかしくなりそうだった。「なんなんだ、これは!」って。それで彼がドラムも叩いてスクラッチもやってキーボードも弾くマルチ奏者だとわかって、「これだ、自分もこれをやる」、これをやらなければならないんだと思ったわけさ。

他方でニルヴァーナやコーン、ザ・オフスプリング、リンプ・ビズキットやスリップノット、ブリンク182といったグランジ、メタル、ポップ・パンクもよく聴いたそうですね。それらメジャーなロック・ミュージックの、どういったところに惹かれたのですか?

MRH:その辺は、基本的にスケートボードとセットみたいな感じだったね。昔よく「お前は何者だ?」って聞かれて最初はなんて答えればいいかわからなかったけど、そのうち「俺はグランジャーだ」となったんだよ。好きだったのは、情熱の部分というか、エモーショナルな曲が大好きで、特にザ・オフスプリングは速いから好きで、なにかムカつくことがあったら大音量でかけて部屋で発散したりさ。あとスケートボードってところで『トニー・ホークス プロスケーター2』(2001年に発売されたヴィデオ・ゲーム)の音楽もあったし(サウンドトラックはレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンやバッド・レリジョンなどを収録)。友だちのレミはパンク系がそうでもなかったけどスケートボードは好きだったから、彼からはヒップホップ面で影響を受けたよ。長いドレッドでストライプのTシャツ着てたり、当時彼はルーツ・マヌーヴァとかレゲエが好きだったんだけどさ。ゴリラズも彼に教えてもらったんだよ。というか正確に言うと、あのアルバムの “Clint Eastwood” 以外の曲を教えてもらったんだ、俺はひたすら “Clint Eastwood” を聴いてたから。それで俺の頭にスケートボードとそういった音楽の組み合わせもインプットされたというね。


Blame / Ten

もう我慢の限界だっていうことを言っているんだ。ブリクストンは本来カリブ人の地域で、そのアフリカ系カリブ人コミュニティが地域を支え、発展させてきたことは否定できない。それなのにデヴェロッパーが来て地域を占領して、こじゃれた店ができてもともといたひとたちは住めなくなって。

『Loggerhead』にはヒップホップやダブなどさまざまな要素がミックスされていますが、やはりロックの比重がかなり大きいように感じました。あなた自身の表現を展開するうえで、仮にロック・ミュージックの手法がもっとも適しているのだとしたら、それはなぜでしょう?

MRH:いちばんまとまっていると感じた曲を選んだらそうなったという感じかな。もっとリラックスしていたり静かな曲もあったんだけどね。ここ3、4、5年くらいのサウンドにたいするアプローチがそうなってたかもしれない。自分のなかでどんどん強くなってきたというか、ほとんど一周まわった感じもする。メタルっぽい、グランジっぽいサウンドへ戻りつつ、ドリルとかジャングルな感じもあって。でもたぶん日記を書くようなものだよ。つくったときの自分がどういうところにいたかっていうことを示している。でもすでにいまの自分はそこから先に進んでいるけどね。つねに発展しつづけていて、その自分自身に追いつこうとしているんだよ。

“Times” にはブラック・ミディのモーガン・シンプソンが参加しています。彼とは「S.U.F.O.S.」でもコラボしていましたが、彼とはどのように知りあったのですか?

MRH:〈MIC〉っていうインディペンデントのドープなレーベルをやってるニコールを通して知りあったんだ。あるとき彼女から連絡があって、「今度ユース・プロジェクトをやることになって何人かでジャム・セッションをやるから参加してほしい」って誘われて、それで行ってみたら、「近所に住むモーガンって子もあなたたちに会ったら喜ぶんじゃないかと思って誘った」と言うわけ。それで彼がドラムに飛び乗って叩いたら、おお……スゲーのが来たなと。たぶんまだ17歳とか、19歳とか、覚えてないけど、とにかく若かったんだよ。それで「彼はブラック・ミディっていうバンドをやってるからチェックしてみて」とニコールが教えてくれて。その時点で俺はまったく知識がなくて、でも名前からして全員黒人でキーボードでファンクとか弾いてるんだろうと思った。それから少し経って弟がブラック・ミディのことを話しはじめて、だから「俺そのバンドのドラマーと会ったよ」ってなって。それで俺のバンドって入れ替わりが激しくて、基本的には俺が音楽をつくっていろんなひとがセッション・プレイヤー的な感じで出たり入ったりするという感じなんだよ。だからモーガンにもギグでドラム叩かないかと声をかけて実際何度かギグをやって。彼はとんでもなく、笑っちゃうくらい最高だった。そのあとも「スタジオで一緒にビートつくろう」って誘って、彼がドラムで俺がギターで延々とジャムったりね。それで短期間で親しくなって、モーガンを通じてブラック・ミディの他のメンバーとも会って、ある意味弟と兄みたいな感じでアドヴァイスしたり、キャリア初期に彼と出会えて美しい関係が築けたことを本当に嬉しく思っているんだ。

ブラック・ミディ、あるいはほかのサウス・ロンドンのインディ・バンドたちに共感する部分はありますか?

MRH:もちろん。100%ある。ジョーやヌバイアやモーゼスとも同じだよ。ノアの方舟というか、もし俺が勝つとしたら全員勝つんだって思ってるから。それも今作でいろんなひとをフィーチャーしている理由なんだ。自分ひとりでつくることも可能だったけど、でも俺がどういうひとたちと一緒に音楽をつくっているのか世界に知ってほしかったんだよね。

「Wu-Lu」という名前は、エチオピアで話されているアムハラ語で「水」を意味する「ウー・ハー(wu-ha)」をもじったものだそうですね。なぜそのことばを選んだのでしょう?

MRH:だいぶ若いころだけど、ラスタファリにハマってたんだ。それでアムハラ語を勉強しようと考えて、まず自分の感覚をあらわすことばを覚えようと思った。それで水ってなんて言うんだろうとなって。水はひとに潤いを与えてくれて、流動的で、エモーショナルで、どんな形にもなって、割れ目から浸透していくという。自分がやることすべてにおいてこうなりたいと思ったんだ。そしてこの「wu-ha」ということばを見つけた。それで、「wu-ha」もいいけどなんかバスタ・ライムスの「Woo hah woo hah」言ってるやつ(“Woo Hah!! Got You All In Check”)みたいだなと思って、絶対イジってくるやつがいるだろうから嫌だなと。それで「Lu」に変えたんだ、そっちのほうが流れる感じがあるから。さらにあとから聞いた話によると、どうも「wulu」って中国の詩のことでもあるみたい。まあそれは由来ではなくて、正直自分では新たにことばをつくったと思ってたけどね。

アルバム・タイトルはアカウミガメ(Loggerhead turtle)が由来で、ひとりきりで海に浮かんでいるイメージを思い浮かべたそうですね。“Night Pill” も「俺は分離されている」という一節からはじまります。この孤独感は、社会や制度の問題に起因するものですか?

MRH:そのことばにはふたつの意味があるんだ。タイトルを考えていたときに、あるひとと意見の対立について話していて。そのひといわく、対立(「at loggerheads」というイディオム)はなくならないと。それでこのアルバムを考えたときに、けっこう自分が「俺の考えはこうだ。だれにも文句は言わせねえ」みたいに遠慮なく言っていると思って。でもそういう考え方って孤立しやすかったりもする。もしだれも賛同してくれなかったらじっさいひとりきりだよね。だからもともとは「at loggerheads」というイディオムが由来だけど、このことばをググってみたらカメのことがわかった。それで、これはすごくコンセプチュアルでいいかもしれないと。つまり一匹の大きなウミガメが紺碧の海を泳いでいるという。海や水が出てくる歌詞もあるしね。そういう部分にも引っかけてるんだ。

大きな注目を集めた “South” の歌詞はジェントリフィケイションを扱っていますが、MVはブラック・ライヴズ・マターのプロテストとリンクしています。この曲は、階級格差と人種差別が結びついていることをほのめかしているのでしょうか?

MRH:それはつねにあるというか、あの歌詞はBLMの時期に書いたものではないけど、明らかにクロスオーヴァーする。文化を通じて多くのものを与えてくれた地域や人びと、状況が、もう我慢の限界だっていうことを言っているんだ。ブリクストンは本来カリブ人の地域で、そのアフリカ系カリブ人コミュニティが地域を支え、発展させてきたことは否定できない。それなのにデヴェロッパーが来て地域を占領して、こじゃれた店ができてもともといたひとたちは住めなくなって。地域の変化はもう歴然としていた。それは本当にふざけるなだし、だから “South” はみんながもう我慢できないという時期だったんだ。イギリスには依然として不平等があるし、BLMにも通じるものがあるんだよ。

ウー・ルーの音楽にはロウファイさがあり、ひずみもあります。それはクリアでハイファイであること、いわば音のジェントリフィケイションにたいする反抗ですよね?

MRH:自分にとってはアナログなものってエモーショナルなんだよね。居心地がよくて、レコードを聴いている感覚を思い出させてくれるというか、音楽にハグされている気分になるというか。俺はスマホで育った世代じゃないし、部屋でレコード盤やCDをデカいコンポで聴いたり。ひずみでちょっとザラつくと感情が高まるんだ。


Broken Homes

interview with Mars89 - ele-king

このアルバムを巨大資本がすべてをコントロールしようとする都市の隙間で、ネズミやカラスと暮らす都市生活者に捧げる。 ──Mars89(アルバムのライナーノーツより)

 「日本」や「東京」は、これまで何度も西洋から描かれてきた。しかしながら、たとえば大友克洋が『AKIRA』の連載をはじめた1982年、映画『ブレードランナー』における酸性雨に濡れた未来のロサンジェルスのなかにカットインされた「日本」はエキゾティシズムそのものだったし、1984年の『ニューロマンサー』の舞台となった「千葉シティ」や「ニンジャアサシン」にいたってはなかば荒唐無稽なファンタジーだと当時のぼくには思えた。無理もなかろう。生活者目線で言えば、代官山にも麻布にも銭湯があって、地方から上京したぼくのような学生は家賃2万ほどの風呂無しアパート生活が標準だった時代だ。稲垣足穂が極貧生活を送っていた東京のほうが身近に感じたくらいだった。
 ゆえにヴェイパーウェイヴがルーピングした「80年代日本」は、面白くはあるがそれはアメリカのサブカルチャーにとって都合良くステレオタイプ化された「日本」にもなっている。昨年ピッチフォークに掲載された「シティ・ポップの無限ライフサイクル」なるエッセーは、インターネット時代における分裂的なノスタルジアの特性と、シティ・ポップがことのほかYouTubeとTikTok、さらにはアニメと親和性が高いことを論じている。こうした西洋からの日本神話をいまや日本の側でも利用するので、エキゾティシズムとしての「日本」や「東京」は手が付けられないほど膨張している。ゆえに、経済大国世界二位などと言われた時代の低所得者の生活と同時に衰退した現在におけるそれもまた周縁化されるわけだが、ひとつだけ神話と現実の両方に共通していることがある。資本主義的ユートピアの消滅だ。

 Mars89の話からは、彼の音楽のインスピレーション源のひとつに東京があることがよくわかる。迷路のようになったいまの渋谷駅が象徴的だろう。世にも奇怪な拗くれた街=東京の音。世代的に見れば、彼のなかにはエキゾティシズムとしての「東京」もあるのかもしれない。が、1994年にゴールディーが“Inner City Life”で表現した都市生活者の痛みと愛も『Visions』にはある。たったいま、働きながら音楽を作っている、汗をかいて生きているひとりの生活者の視点をもって描写される現在の東京、ブランド化(再開発)によって周縁化された東京とそのマージナルな領域で生きている人生、コロナ禍で味わった葛藤とダンス・ミュージック。

 これは、すべてを焼き尽くしてしまいそうな猛暑日になる前の、6月なかばに録った記録になる。アルバムの傑出したエネルギーの根源について聞き出そうと取材ははじまったが、話は広がって、後半は政治の話題にまで及んでいる。ちょうど選挙前だし、このタイミングでの掲載で良かったのかもしれない。今日の「日本」とは国際社会ではひとつの階級となっていることが、国境を越えて活躍しているこのDJ/プロデューサーにはわかっているようだった。

例えば朝の渋谷でクラブから這い出てくると、同じくどこからともなく出てきたネズミやカラスと道で一緒になるじゃないですか。嫌がる人も多いけど、実はそこで一緒に生きているはずなんです。例えばバンクシーもたくさんネズミを使うじゃないですか。

作品を聴いて、すごくびっくりして。レヴューに書いたことなんだけど、いままでやってきたことを踏まえた上で、それとはまた違うところに行こうとしているというか、最初いきなり四つ打ちで、あれ? 間違えたのかな、と(笑)。

Mars89:(笑)。いままで、いわゆる4×4のキックは一切使ってこなかったですよね。

ではテクノなのかというと、音の遠近感も歪ませ方もテクノの人のセンスではないな、とも思いました。ベリアルがディープ・ハウス(“Moth”のこと)をやってもハウスにならないのと同じで、かなり独特なサウンドを作っている。そもそも、『Visions』はいつから作はじめたんですか? 

Mars89:もともと〈Bedouin Records〉から出そうという話があったので、けっこう前に何曲か作っていたんです。ヴォリュームがあるのを出したいね、という話だったんですけど、そこからあまり進まなかった。で、ちょうど2020年のコロナ禍に入ってから、それまで作ったものを全部作り直して。

てことは、一回作っていて、それをまた作り直したと?

Mars89:そうですね。だから100%コロナ禍に入ってからできたものです。

2017年に最初のカセット・テープ「Lucid Dream」を出して、そこからシングルをコンスタントに出してるじゃないですか。それを考えると、もう少し早くアルバムがあっても良かったのかな、という感じもするし。でも、エレクトロニック・ミュージシャンってシングルをたくさん作って、アルバムってそんなに出すものじゃなかったりするし、人によるとは思うんですけど。Mars君は、アルバムってどういう風に捉えてますか?

Mars89:これまでは、何曲もたくさん作るまでの忍耐力がなかった。4曲くらい作ったら満足して、すぐ出したくなって、レーベルに送って、という感じでした。3曲のEPとかでも、一応まとまった雰囲気を考えてるんですけど。

そうだよね。「End Of The Death」は5曲入っていて、そこには世界観がある。これは全部違う曲だし、考え方によってはミニ・アルバムぽい感じもあって。

Mars89:そうですね。

だから、今回人から「Mars89がアルバム出したんだよ」って言われて、「あれ、まだ出してなかったんだ?」って(笑)。

Mars89:ヴォリューム的にフル・アルバムというのは初めてで、これまでアルバムとEPの間くらいのものを何作か出してますね。

〈Bedouin(Records)からオファーがあって、2020年から作りはじめて。一回作ってあったものを全部やめて。

Mars89:そうですね。

トム・ヨークのリミックスが2019年?

Mars89:あれは元々Undercoverのショーの劇伴的に作ったもののリミックスだったりするんで、ほかの作品とは違うんですけど。

今回の音楽性というか、方向性はどうやって決まっていったんですか?

Mars89:やっぱり、コロナ禍というのが大きかったんでしょうね。単純に言うと、これまでの日常だったダンスフロアというものが失われて、人と人の熱気のぶつかり合いみたいなのが一切なくなった。それを求めて、YouTubeで昔のアシッド・ハウスやイリーガル・レイヴの映像を観たりして、「いい過去があるんだなー」という気持ちになったりしてました。自分が経験したものではないのでノスタルジーとは厳密には少し違うのかなと思うんですけど、自分が得られなかったものに対する憧れというか、それがこの先あるかどうかもわからない状態で、その欲望が(新作の)モチベーションになりましたね。

クラブのDJブースに立つ回数もすごく増えただろうし、ダンスフロアの現場で経験したものがフィードバックされたことも大きかったのでは?

Mars89:それもあって。普段当たり前だと思っていた、満員のフロアのなかで知らないやつの汗とかが服について嫌な思いをすることすら懐かしいというか。あのときの、密閉された空間で肺が圧縮されたり、空気が押さえつけられる酸欠状態の感じが懐かしくなることはありました。

クラブの熱気への郷愁というか。

Mars89:肉体的なものに対する郷愁。

いわゆるテクノのリズムを取り入れたのは、どういうことなんですか?

Mars89:いままでは、Deconstructed(脱構築)とはちょっと違うとは思うんですが、クラブが当たり前にあるときは、いわゆる4×4というリズムがいちばん機能的なんですけど、でも自分はなんかもっと挑戦したい気持ちがありました。どんなリズムで踊れるんだろう、とか、身体の動かし方の可能性なんかも考えながら、4×4以外のリズムを探して、作っていたんですね。もちろんそれは、4×4がもっとも機能的に身体を動かすだろうということをわかった上でやっていました。でも、逆にフロアがなくなったことによって、機能的に身体を動かす4×4というリズムがフロアがない現場ではもっと重要な気がしたんです。身体がそれを求めているというか。いろいろなリズムを試したんですけど、あの失われたフロアの感じをいちばん思い出させるのは4×4かもしれないな、と。

なるほど。

Mars89:あとはシステム・カルチャーから受けた影響もあって、ステッパーズの4×4とサブ(ベース)が持っている肉体にダイレクトに影響するパワーというか、その圧力に対する渇望みたいなものがありました。

Mars君はそれこそ、アフリカン・ヘッド・チャージとか、80年代の〈On-Uサウンド〉の作品に影響を受けているわけだけど、自分の作品として出して来るものはまた違うじゃない? ダブやレゲエの影響を受けながら、ストレートにはやらないよね。

Mars89:あんまりそこは意識してないですけど、好きなものと、普段遊んで得たものは違うので。

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ダークなものとか、憂鬱なものに対して、それをそのまま発散させたいというか。ポジティヴに変換するということ自体が嘘臭く感じてしまった。なので、閉じの感じがそのまま出ています。

作るときはどんな感じで作ってるの?

Mars89:作るときは、最初は簡単なリズムから打ちはじめて、ずっと座ってるよりは途中で動き回ったりして。その動きをまた曲に落としこんで、という感じです。

あと、今回は違うけど、バスドラの音をパーカッションのように使うじゃない? あれはなんで?

Mars89:なんなんでしょうね。システム(・カルチャー)の音楽って低音域のヴァリエーションがすごいじゃないですか? あれに憧れがあって、ジャングルみたいにブレイクスの下で伸びるサブ(ベース)もやってみたいし、ダブステップみたいなサブが伸びてその隙間で他のパーカッションが鳴って、みたいなのも好きだし、もっとインダストリアル・テクノみたいにゴリッとした低音が響くのも好きだし、ニューウェイヴみたいなもっと乱雑に打ったものも好きだし、というところで、いろいろ良いとこどりして組み合わせを探ってる感じですかね。

その自分のインダストリアルなところってどこからきてるんだと思う?

Mars89:元を辿ると、幼稚園くらいの頃に『AKIRA』にめちゃくちゃハマったことが大きいんじゃないかと思います。

幼稚園! 

Mars89:最初は映画で、そのあと親が芸能山城組のサントラを持っていたので、それをよく聴いてました。あれはガムランとか使ったバリ島の音ですけど。

幼稚園で、ディストピアを知って(笑)。

Mars89:そうですね(笑)。映画のイメージがやっぱり強かったんです。乾いた瓦礫だったりとか、そういう世界観が。もう少し大きくなってからは『パトレイバー』や『攻殻機動隊』も好きでしたけど。

ぼくの世代は幼稚園でウルトラマンやウルトラセブンだったけど、ある程度大人になってから、作品の意味を理解したりするものだよね。

Mars89: そうですね。ぼく、関西出身なんですけど、小さい頃に阪神淡路大震災があって、そこらじゅう瓦礫だらけだったというのもあります。

どの辺りに住んでたの?

Mars89:兵庫県の伊丹市です。

じゃあ思い切り直撃したんだ。それ、何歳の頃?

Mars89:小学校入る直前とかで、『AKIRA』を観ていた時期ですね。『AKIRA』のなかで都市が瓦礫だらけになるじゃないですか。現実でも高速道路とか落ちて瓦礫だらけだし、というので、あんまり遠い話じゃなくてけっこう身近な話として見ていたのかもしれない。実家は崩れはしなかったんですけど、家のなかはめちゃくちゃになって、しばらく知り合いの家に避難したりしてました。おじいちゃんおばあちゃんがやっていた商店が潰れたりとか。そういう世紀末感がある時代ではありましたね。テレビつけたらノストラダムスやってたりとか。「酒鬼薔薇事件」もあったし。

あれも神戸だっけ?

Mars89:はい。あとはサリン事件もあったりとか。だから、なんか常に世紀末感があったのは覚えてます。

そういう瓦礫の世界への郷愁がある?

Mars89:郷愁というよりは恐れに近いと思うんですが、自分のなかには瓦礫の世界が常にある感じはしています。視覚的なものだと、例えば、いま笹塚で中村屋の工場を崩して半分瓦礫になってるんですけど、その後にショッピング・モールとタワマンが建つことになっています。でも、そんなタワマンよりも、いまの瓦礫のほうが美しく感じます。新宿のNEWoManができるときも、建設途中の鉄骨剥き出しのほうがいまの状態より美しいと思ったりしたんで。そういうコントロールされ切ってない状態へのフェティシズムはある気がします。それとは別にある意味、いまも瓦礫の世界を生き抜こうとしているというような意識もあって。この瓦礫を共有する者たちで支え合って、新しい世界を想像したいと言うような気持ちと言うか。コミックのほう『AKIRA』でも最後に市民の力で瓦礫のなかから新しいものが生まれようとしてましたし。

街の再開発に対する嫌悪感というか、違和感があると。それは『Visions』のテーマでもあるよね。でも、アルバムにはいろいろなテーマが詰まってるでしょ?

Mars89:いままでの人生で考えたことをギュッと詰め込んでいますね。

アルバムには、「カラスやネズミと暮らしている都市の生活者に捧げる」というようなことも書いてあって、それはどういうことなの?

Mars89:例えば朝の渋谷でクラブから這い出てくると、同じくどこからともなく出てきたネズミやカラスと道で一緒になるじゃないですか。嫌がる人も多いけど、実はそこで一緒に生きているはずなんです。例えばバンクシーもたくさんネズミを使うじゃないですか。あれも、いないことにされているけどそこに一緒に暮らしてる人へのオマージュだったりしますし、そういう感覚です。

なるほど。音楽の話に戻ると、シングルで出した「Night Call」とアルバムは繋がっている?

Mars89:あれは〈SNEAKER SOCIAL CLUB〉から出したんですけど、やっぱりグライムやダブステップのようなUKの都市の音楽を、自分のローカルな都市に当てはめて作ってみようと思って。

それで "North Shibuya Local Service" なんだ。

Mars89:そうですね。幡ヶ谷の近辺でずっと生活してたので、ああいうタイトルになりました。あとは、ちょうどコロナ禍に入ってすぐ、自警団みたいなのが夜も開けてる店を叩いてまわっていたり、宮下パークがオープンしたのもその頃だったので。(「Night Call」では)そのローカルな都市の情景を自分なりに描いてみたいな、と。

で、なぜダブステップをやろうと思ったの?

Mars89:元々別のレーベルからオファーがあって、BPM140のEPを作って欲しいと。そのBPMで自分が面白いと思うものを詰め込んでみた、という感じです。だから、実はダブステップを作ろうという気持ちはなかったんですよ。

なるほど。でもそれと同じことをアルバムではやらなかった。作ってる時期は重なってるわけでしょ?

Mars89:ほぼ同じですね。でも『Visions』のほうはより自分のプライヴェートな作品という色が強いんじゃないかな。

自分の生活みたいな?

Mars89:生活とか、自分の好きだったものとかを含めたこれまでの人生から、その先に向けて、という。半分以上は自分に向けて作っているような気持ちです。それに比べて「Night Call」はもっと外に向けて作っているという違いですかね。

「Night Call」は、やっぱりダンスフロアに向けて作っている感じだよね。『Visions』には内省的な部分もあるし、同時に攻撃的な過剰さがあるんだけど、ただ、全体的にダークで、ただここまで妥協無しでダークサイドを突っ走るのはしんどいんじゃないかと思ったんですけど。

Mars89:あの時期、精神状態的にはどうしてもダークにならざるを得なかったんです。それとダークなものとか、憂鬱なものに対して、それをそのまま発散させたいというか。ポジティヴに変換するということ自体が嘘臭く感じてしまった。なので、閉じの感じがそのまま出ています。

このダークさは何を反映してるんでしょう?

Mars89:基本的には、コロナ禍に入ったというのが大きいでしょうね。そのなかで自分個人というより、社会と向き合って絶望的な気持ちになった。とはいえ、生きていかなきゃいけないし。自分が生きてかなきゃいけないだけじゃなくて、みんなが生きていかなきゃいけないし。都市生活者に向けて、「けっこうヤバいけど生きていこう」という感じです。

コロナ禍になって、生きるってどういうことだろうとも考えたよね。

Mars89:そうですね。ただ生命があることが生きるということなのか、という。

では、アルバムのなかのアグレッシヴな感覚はどこからきてるの?

Mars89:この状態での破滅への願望とか、自滅への願望と、それと正反対の生きていくんだ、という気持ちのせめぎ合いがアグレッシヴな部分に反映されているのかもしれない。

内面の葛藤みたいな。

Mars89:そうですね。

曲順というのもこのアルバムでは大切なんでしょう?

Mars89:そうですね。一応ストーリーがあります。

最後2曲が、激しいカオスから、それとは違うところへ行こうとしてるような印象を受けましたね。

Mars89:そこは野田さんがレヴューに書いてくれた通り、カタストロフィーが訪れている最中ではあるけど、その先にある希望に向かって一歩踏み出したい、という気持ちがあります。

ドラムンベースぽいフレーズがあるけど、それもストレートに展開するのではなく、断片化して、コラージュ的に使ってるじゃない?

Mars89:今回どの曲でも、けっこういろいろなパーツを細切れにして断片的に使っているんですが、例えば、ドラムンベースのハードなパーティとかウェアハウスでのレイヴとかがYouTubeの画面の向こう側の世界になっている。自分が欲している世界と、自分のいる世界とのあいだに、ディスプレイというどうしようもない物体があって。で、求めているけどなかなか手に入らないというプレッシャーに押し潰されそうな感覚があるんです。距離感が縮まらない感じを表現したかったというのはある。

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肉体的にも精神的にも解放されること、都市生活のプレッシャーからの解放というか、そういう効果がいちばん魅力な気がしてます。

去年の年末号(『ele-king vol.28』)で、年間で一番良かった作品としてThe Bugの『Fire』を挙げてたと思うけど、『Visions』を作ってるときに影響を受けた音楽ってあります?

Mars89:もう、あらゆる音楽から影響を受けているんですけど、でも世代的には90s前半のドラムンベース、初期のメタルヘッズとか、あの辺ですね。『レイヴ・カルチャー』にも書いてありましたけど、郊外でのレイヴ・パーティーというユートピア的なものから、都市生活者の憂鬱に対する表現へと変わっていった時期の音楽にはすごく影響を受けました。あとは、オウテカが「反レイヴ法」(クリミナル・ジャスティス・ビル)を受けて出した曲(「Anti EP」)とか。

アルバム・タイトルを『Visions』にしたのはなんでなんですか?

Mars89:『Visions』ってそのまま視界という意味と、未来像や幻視といった意味があるんですけど、その自分の現実の視界と未来の幻視が重なった状態というか、(ウィリアム・)ギブスンの『ガーンズバック連続体』に近い感覚というか、その差異や、そこからくる渇望みたいなイメージですね。

曲名にはどんな意味があるんですか? 最後の "LA1937" とか、1937年のロスに何かあったんだろう?って。

Mars89:ある男が自分の想像する黄金時代として1937年のLAをヴァーチャルで作って、そのなかに住もうとする、という映画があって。そういうネガティヴなノスタルジーみたいなものをイメージしました。手に入らないものに対する渇望ですね。それは『13F』というB級っぽい映画ですが、ほかのどの曲名も、そういう好きな映画からのリファレンスがあります。

"Goliath"は?

Mars89:"Goliath"と"Auriga" と"Nebuchadnezzar"は、全部船の名前。"Auriga" は『エイリアン』シリーズで、"Nebuchadnezzar"は『マトリックス』、 "Goliath" は80年代にやってたUKの同名映画に出てくる海に沈んだ豪華客船の名前です。あと『天空の城ラピュタ』に出てくる空飛ぶ戦艦の名前もGoliathでしたね。

「Lucid Dream」を飯島(直樹)さんのところで買ってから5年も経つわけだけど、Mars89の音楽が日本でも理解されてきているという手応えはありますか?

Mars89:あんまり考えたことはないかな。でも、出演する場所は増えているし、見てくれる人も増えているし、ちょっとずつ認知が広がっているのかな、ということは感じています。

パンデミック以前には、シーンができつつあったのかな?

Mars89:どうなんだろう……。東京でのシーンというものがよくわかってないかも。内側にいるから、わからないんだと思うんですけど。ただ、ぼくらから下の世代はジャンルとしてのシーンはないような気がするし、すごく細分化されているけど、とくに孤立しているイメージはない、という感じです。フワッとした「東京のクラブ」みたいなものはありますが、それがシーンと呼べるものなのかはわからないですし、それはいまも同じかな。

パンデミックがあって、クラブ・カルチャーにとっては大きなダメージがあって、でもいま再開しつつあるじゃない。(DJなどを)やっていて(パンデミック以前に)戻りつつあると思う?

Mars89:そうですね。徐々に戻りつつあるんだろうな、という手応えはあります。パンデミック以降、クラブで遊ぶ子は若い子しかいなくなって、若い子は若い子だけでイベントやっていて。そうすると変なクラブのルールとかに接さずに、20歳になったからクラブに来て自分たちの独自の審美眼でパーティをやってて。それとコロナ以前に連綿と続いてきたものがいま繋がろうとしてる感じがありますね。

それは良い兆しだね。しかし、Mars89君のDJでみんな踊る? あんまり踊らせるタイプに思えないけど(笑)。

Mars89:踊ってるといいな、という(笑)。

実験的すぎるんじゃない(笑)?

Mars89:でもコロナ禍を経て、四つ打ちというものへの考え方が改まった部分もあって、前に比べると4×4のリズムを使う比率は少し増えました。

好きなDJとかいます?

Mars89:もちろんいますし、いろいろな人をつまみ食いして聴くんですけど。例えば、オランダのDJ マーセル(DJ Marcelle)とか。P.I.Lかけたり、ジャングルかけたり、いきなりハード・テクノかけたりとか一見めちゃくちゃなんですけど独特のノリがあって、面白いです。

面白い曲をセレクトする人が好きなんだ?

Mars89:そっちも好きですし、身近だとDJ NOBUさんのようにしっかりひとつのスタイルを突き詰めてフロアのためのDJをする人もいいなと思いますし、KODE 9のような新しい世界を見せてくれるような人も好きです。

クラブ・ミュージックとかクラブ・カルチャーは、なぜ良いと思いますか?

Mars89:ひと言で話すのは難しいな(笑)。肉体的にも精神的にも解放されること、都市生活のプレッシャーからの解放というか、そういう効果がいちばん魅力な気がしてます。それと同時に新しい考え方とか、目を開くチャンスに出会える場でもあると思います。

いまの日本の現状では、その可能性がものすごく少ないとはいえ、その可能性が存在することを示すだけで、意味があると思います。それこそマーク・フィッシャーの『資本主義リアリズム』での「他の可能性を考えられない状態」こそが絶望的なものだと思うし、他の可能性があることを示すだけでも未来は違ってくるのかな、と。

『Visions』は、いまの東京や日本を反映している作品でもある。で、ぼくは日本のことを考えると、暗いことしか思い浮かばないんだよ(笑)。Mars89が夢を人に語れるとしたらどんな夢がある?

Mars89:絶望だけ見せつけるのは、なんか無責任な気がしているんですね。いまの現状が絶望的なことはみんなわかりきっていて、じゃあどうするの、という。やっぱり可能性を追い求めたいという気持ちがあって。
 例えば、個人商店がどんどん潰されてショッピング・モール化していくこととか、大麻の使用罪が検討されていたりすること、同性婚も選択的夫婦別姓も認められないとかってことに、全部「仕方ない」で片付けることを良しとするような風潮があるような気がします。でも仕方なくはなくて、小さな個人商店が元気に自分たちのスタイルでやっていける可能性だってあるし、ドラッグが非犯罪化する可能性だってあるし、同性婚なども然り。いまの日本の現状では、その可能性がものすごく少ないとはいえ、その可能性が存在することを示すだけで、意味があると思います。それこそマーク・フィッシャーの『資本主義リアリズム』での「他の可能性を考えられない状態」こそが絶望的なものだと思うし、他の可能性があることを示すだけでも未来は違ってくるのかな、と。

Mars89が自分の作品を作ったりDJをやったりする上で、大切にしていることって何でしょう?

Mars89:DJは、フロアとのコミュニケーションが大事で、自分が持ってるものとフロアが持ってるエネルギーのぶつかり合いを大事にしていて、そのなかで自分が持っているものを出していくというものなんですけど、曲を作る方に関しては、もっとプライヴェートで、ごく個人的なものの延長としてリアルなものを描けたらいいな、と。あまり聴く人のことを考えてなくて、自分はこの社会のなかでこういう生活をしていて、こういうことを考えている、ということを抽象的なものとして伝えてみる、という感じですね。その両方に通じるものとしては、前へ向かうエネルギーがあって欲しいと思っています。

今回のアルバムでも、労働者階級に対する共感みたいなことを書いているけど、日本は階級社会ではないけど、明らかな格差社会で、ということだよね。そのメッセージはどういうところから出てきたの?

Mars89:格差があって、その拡大が進んでいくなかで、いわゆる新自由主義に支配されてしまうと、運が良かった金持ちとか、先祖が金持ちだったり権力を持っている人たちと、そうではない人たちにバツっと別れてしまう。そのときに自分や自分の周りの人って、いわゆる労働者階級で、経済的な勝ち組に入る人ってそうはいないだろうと思って。自分の目線と同じような高さの人に向けて、というのはあります。

日本の音楽で、その経済格差をいう作品って、意外と少ないんだよね。地球温暖化とか環境問題なんかはわりとテーマにする人がいるんだけど。

Mars89:基本的に生存権の問題で、全部繋がっていると思います。マイノリティやマージナライズドされた人たちは、経済的にも不当な扱いを受けやすいので経済格差を考える上でそこは無視できないと思いますし、いまの新自由主義社会をそのままにアイデンティティや環境の問題を考えることが可能とも思えません。例えばいまの社会で、企業に対する性的マイノリティ受容を促進する文脈で、ゲイのカップルは社会のなかで男性として働いている場合、カップルとしての総資産は男女のカップルや女性同士のカップルより多いから、ゲイ・フレンドリーの方が企業として儲かるよ、みたいな言説を目にしたことがあって。でも人権ってそういう経済的な利益の引き換えではないよね、と思うし。自民党の杉田水脈の「生産性」発言だって根は同じ。いまの社会って経済的な成功不成功というものがあらゆる価値観の中心にある感じがしてて。そういうのがあるから、今月プライド月間だったりするんですけど、いわゆるLGBTQフレンドリーというものが企業の広告のツールになったりとか、ピンク・ウォッシングやグリーン・ウォッシングがあったり。まだまだ利益優先というところが強いので、問題にしっかり向き合うためには、そのルールから脱するべきだと思っています。

それこそ黄色いベスト運動なんかは、環境対策によってガソリン税を上げられたことに怒った地方の労働者たちが起こしたデモだったわけで。

Mars89:例えば脱プラスチックしましょう、と言ったときに、レジ袋の1枚数円というのが、総資産が少ない人の方が絶対負担が大きいし、経済格差というものを正すことを前提としないと、良いものを長く使いましょう、という運動を貧困層はそもそもできないし。環境問題への取り組みとしても、格差を正すことを入れないと成功しないと思うので。それこそSDGsとかのなかには格差の解消ということも含まれているけど、そこはあまり省みられていない気がするし。
 ぼくなんかの周りでも、インボイス制度の話だったりとか、消費税が今後増えるかも、とか、消費税はそもそも要らなくない、という話をしたりしています。いまの日本は大企業優遇で、金利下げて円安になって、海外行くにしても高いし。円安が進むと、日本の(食料)自給率が低いから、いろいろなもののコストが上がって、収入増えてないのに、物価が上がって。言うならセルフ経済制裁状態なんじゃないかな、とかそういう話はします。

Mars89の周りでは、そういう社会や政治のことを話題にする人が多いんだね。だとしたら日本の音楽シーンもだいぶ変わったというか。

Mars89:似たような人が集まってくるんで(笑)。でもこの社会の問題に向き合って生きてると、考え方次第ではありますけど、基本的に負け続けてるような気持ちになりがちなわけじゃないですか。で、負けるのに慣れちゃって、負けを受け入れつつ、来たる絶望的な未来に対する贖罪というか、ある種言い訳的に意見表明をしている。というような精神状態に陥ってしまったり、諦めてしまいたくなることも少なくない気がするので、あんまりそうはしたくないし。明るい未来を諦めたくないんですよね。
 だから『Visions』のどの曲も、街に生きている人をイメージして作っているんです。普段クラブで会う人もそうだし、街だからこそ生まれる職業、例えばメッセンジャーとかフード・デリバリーとか、身近にやってる人もいるし、そういう街での生活を描きたかったんですね。
 それと、少し先の未来のサウンドトラックというイメージもありますね。それは、瓦礫だらけの東京と、ショッピング・モールだらけの東京と、両方のパラレル・ワールドを合わせたイメージで、なんとかそこで生き抜こうとしている人たちに向けてと言う感じですね。

小林:パンデミックがあってから、あの激しいThe Bugでさえアンビエント作品をたくさん作ったじゃないですか。そういう方向になりはしなかったんですか? 

Mars89:なぜか全くならなかったです(笑)。

むしろ逆にダブステップを作ったりして(笑)。

Mars89:それこそベリアルの「Antidawn」はすごく好きなんですけど、それに対していまの自分が抱えてるものは全然これじゃなくて、どちらかというとThe Bugの『Fire』のムードなんです。一回全部破壊し尽くす感じというか。だから、アンビエントを聴くという感じではないです。コロナ禍がはじまったときにみんな「ステイ・ホームしよう」と言っていても、「家にいても平気なやつはいいよな」と思ったし(笑)。例えばメンタル・ヘルスケアとかでも、みんなチルを求めるけど、そんな余裕なんかない。仕事のストレスを一時的に忘れて、明日からまた仕事頑張ろうとか、そういう傾向も資本主義のシステムのためのパーツとして人を形成していくための手法のひとつじゃないか、と思ったりしてて。そういう怒りとかもあって、アンビエントにはいかなかったですね。

 ザ・ケアテイカーの〈History Always Favours The Winners〉なるレーベル名が物語っているように、歴史を書くのはつねに勝者である、というのはよく聞く話だ。負けた者、去った者、斃れた者たちはなにも語らないし、語れない──というより、存在そのものをなかったことにされると言ったほうがベターかもしれない。われわれは千年前の人びとについて、どれほど多くを知っているだろう? 平安時代はこうでした、鎌倉時代はこうでしたと語られるとき、対象はたいてい貴族や武士などの「勝者」たちだ。ごく一般の人間たちがなにをしどう暮らしていたのか、専門的な歴史学者や考古学者でもなければまず知ることはない。
 ヒップホップ/ラップの分野で活躍するライターのつやちゃん、その記念すべき初の単著は、これまでちゃんとは顧みられてこなかった者たちに的をしぼることで、日本のラップ史を更新せんと試みる意欲的な1冊である。「確かに存在した事実を記す」〔強調原文〕「まずは可視化することに励む」「形跡を記す」と、序文でも繰り返し強調されている。副題どおり、対象は女性ラッパーのみ。まさにフィメール・ラップ・クロニクルと呼ぶべき内容で、近いタイミングで刊行されたクローヴァー・ホープ『シスタ・ラップ・バイブル』(押野素子訳、河出書房新社)の日本版とも言えるかもしれない。

 各ラッパーを論じるにあたり著者は、音楽や個人史だけでなく、社会的背景も説明してくれる。たとえば最初の RUMI の章。00年代半ば~後半ころの日本では「KY」なるワードが流行し同調圧力が高まっていた。同時に「草食系男子」や「森ガール」、ロハスといったニセの「自然」がひとつのムードを形成し、人びとが声をあげなくなった時代でもあった(ちょうど反イラク戦争と SEALDs のあいだの時期にあたる)。そんなときに労働や平和などをテーマにし、「あえて空気読みません」とラップした RUMI の『Hell Me NATION』は、まさに「痛烈な社会批判」であったと著者は分析する。おなじような手さばきで本書は、00年代の COMA-CHI、10年代前半の MARIA、最近の NENE や Zoomgals の重要性を鮮やかに解き明かしていく。
 じつはつやちゃんには、昨年の紙エレ日本ラップ特集号で「ヴィジュアルの変化──オートチューンとマンブルの果てに」という、MVやファッションの変遷にフォーカスした原稿を執筆していただいているのだが、本書でもリップやハイブリーチなど色彩に着眼する記述がたびたびあって、そこはほかのライターにない著者の強みだ。

 圧巻なのが末尾のディスク・レヴューである。1978年のキャンディーズから2021年のコンピ『DEATHTOPIA』までじつに43年分、207枚もの盤が紹介されている。もはやちょっとしたディスクガイド本だ。本来おまけにあたるはずのこのコーナーにこそ、「可視化する」という著者の強い想いがにじみ出ているように見える。
 趣旨に副い、基本的には女性のラップする作品がピックアップされているのだけれど、近年リリックのネタとして頻出する『セーラームーン』の主題歌を収めた DALI「ムーンライト伝説」や、「自然体」「脱力系」といったイメージの面で今日のアーティストに影響を与えていると思しき PUFFY「アジアの純真」など、狭義のラップから逸脱するシングル盤もとりあげられているところは独創的だ。現在の起点がどこにあるのか見定めようとする気概が感じられるし、大枠と小枠の区別もあるので著者がなにに重きを置いているのかが伝わってくる。
 むろん賛否両論あるだろう。インディペンデントなアーティストから大資本に支えられた超どメジャーの売れっ子、はてはアイドルまで選出されているところなんかは、資本主義の横暴が気になる向きにとっては無節操に映るかもしれない。でもそのフラットさにはしっかり理由があるのだ。序文に戻ろう。「フィメールラッパーにそんな余裕はない」。まずは「いる」ことを明らかにしなければならない──インディ・ロックやエレクトロニック・ミュージックに比べ、圧倒的に男性比率の高いヒップホップ/ラップの分野ならではの戦術と言える。
 ここで興味深いのが、昨年の紙エレ年末号にもチャートを寄せてくれた valknee のインタヴューだ。「時計買った、車買った、家買ったって。〔……〕そんなの貧乏な日本のラッパーでは全然リアルじゃない」と、彼女は著者に語っている〔156-157頁〕。「競争(することに執着)しない価値観もあるんだよっていうのをわたしは友達にも布教しています」〔158頁〕。新自由主義にたいする明確なノーである。かつてなく格差が顕著になったこの国において──まずは「いる」ことを明らかにせねばならないのだとしても──忘れてはならない観点だと思う。

 まあなんにせよ、本書がこれまでのヒップホップ/ラップの分野における「勝者」の歴史観を引っくり返す、日本で初めての試みであることは疑いない。先駆的だった『ゼロ年代の音楽 ビッチフォーク編』(河出書房新社、2011年。編集長の野田いわく、あんまり売れなかったそう)同様、本書もまた10年後20年後に重要な記録として参照されることになるだろうし、そしてもちろん、まさにいまラップをはじめてみようと思っているチャレンジャーにとっても、貴重なヒントを与えてくれるにちがいない。

山本アキヲの思い出 - ele-king

山本アキヲとシークレット・ゴールドフィッシュ
文:三浦イズル


「ほな、行ってきますわ」

 アキヲと最後に電話をした数日後に、アキヲの突然の訃報が届いた。シークレット・ゴールドフィッシュの旧友、近藤進太郎からのメールだった。
 2021年秋頃からアキヲは治療に専念していた。その治療スケジュールに沿っての入退院だった。その間もマスタリングの仕事をしていたし、機材やブラック・フライデー・セールで購入するプラグインの情報交換なども、電話でしていた。
 スタジオ然とした病室の写真も送って来た。Logic Proの入ったMacbookProや、小型MIDIキーボード、購入したてのAirPodsProも持ち込んでいた。Apple Musicで始まった空間オーディオという技術のミックスに凄く興味を持っていて、「これでベッドでも(空間オーディオの)勉強ができるわ〜」と嬉しそうだった。

「夏までに体力をゆっくり戻して、復活やわ」

 明日からの入院は10日間で、これで長かった治療スケジュールもいよいよ終了だと言っていた。

「ほな、行ってきますわ。じゃ10日後にまた!」

 近所にふらっと買い物にでも行く感じで電話を切った。その日は他の友人にも連絡しなくてはいけないということで、2時間という短い会話だった。
 アキヲと俺はお互い本当に電話が好きで、普通に何時間も話す。あいつが電話の向こうでプシュッと缶を開けたら「今日は朝までコースだな」と俺も覚悟した。明日の仕事のことは忘れ、まるで高校生のように会話を楽しんだ。話題が尽きなかった。
 電話を切った後、アキヲが送ってきた写真をしばらく眺めていた。
 それは先日一気に購入したという、2本のリッケンバッカーのギターとフェンダーUSAのテレキャスターを自慢げに並べたものだった。

「リッケン2本買うなんて気狂いやろ!」
 中学時代父親にギターをへし折られて以来、ギターは弾いていなかったらしい。

「最近無心でギターずっとジャカジャカ弾いてんねん。気持ちええな」
「今さらやけどビートルズってほんますごいわ」
「ほんまいい音やで。今度ギターの音録音して送るわ」

 アキヲの声がいまだにこだまする。
 赤と黒のリッケンバッカーたちが眩しかった。


俺はそいつを知っていた——アキヲとの出会い

 シークレット・ゴールドフィッシュは1990年に大阪で結成された。英4ADの人気バンド、Lushの前座をするためだ。その辺りのエピソードに関しては以前、デボネアの「Lost & Found」発売の際に寄稿したので、そちらをご覧になっていただきたい。
 1990年、Lushの前座が終わり、ベースを担当していたオリジナルメンバーのフミが抜けることになった。フミも経営に携わっていたという、当時はまだ珍しいDJバーの仕事に専念するためだ(その店ではデビュー前の竹村延和が専属DJをしていた)。
 そんななか、近藤が「同級生にめっちゃ凄い奴がおるで」と言って、ベーシストを紹介してくれることになった。
「学生時代番長や」近藤は得意のハッタリで俺をビビらせた。当時勢いのあった大阪のバンド、ニューエスト・モデルのベース・オーディションにも顔を出したことがあったという(*)。「むっちゃ怖いで〜、顔が新幹線みたいで、まさにゴリラや」そして俺の部屋にアキヲを連れてきた。たぶん、宮城も一緒だったと思う。
 現れたのは近藤の大袈裟な話とは違い、体と顔はたしかにゴツイが、気さくで物腰の柔らかい男だった。しかも俺はそいつを知っていた! 忘れることもできないほど、俺の脳裏に焼きついていた人物だったからだ。
(*)現ソウル・フラワー・ユニオンの奥野真哉氏の回想によれば、「ええやん、やろや!」となったそうだがその後アキヲとは連絡取れず、この話は途絶えてしまったそうだ)

 1989年か1990年に、(たぶんNHKで放送していたと記憶しているが)「インディーズ・バンド特集」的な番組を観ていた。新宿ロフトで演奏する大阪から来たというパンク・バンドの映像が流れた。彼らはインタビューで語気を強めて答えた。
「わしらぁ武道館を一杯にするなんてクソみたいなこと考えてないからやぁ」
 そう語る男の強面な顔と威切った言動が強く印象に残った。
 しばらくして、バイト帰りに梅田の書店で無意識に「バンドでプロになる方法」らしきタイトルの本を立ち読みした。その本の序文の一説に、先日NHKで見た「武道館クソ発言」とそのバンドについて書いてあった。それは否定的な内容で、そういう考えのもとでは一生プロにはなれない、と著者は断じていた。
「あいつや……」
 忘れようとしても忘れられない、あの大阪のバンドの奴の顔が浮かんだ。
 そう、近藤が連れてきた番長の同級生、目の前の男こそが「あいつ」だった。山本アキヲ。物腰の柔らかさと記憶とのギャップに驚いた。

 俺も最近知ったのだが、シークレットのメンバーは大阪市内の中学の同級生が半分を占めていたらしい。近藤進太郎、山本アキヲ、朝比奈学、近所の中学校の宮城タケヒト。皆、俺と中畑謙(g. 大学の同級生)とも同い年だった。彼らは「コンフォート・ミックス」というツイン・ヴォーカルのミクスチャー・バンドをやっていて、自主制作レコードもその時持参してくれた。同じ日に宮城も加入した。
「コンフォート・ミックス」のLPは在庫がかなりあったらしく、シークレットがCDデビューする前の東京でのライヴで便乗販売していた。当時の購入者は驚いただろうが、今となっては超貴重盤である。

  こうしてアキヲがしばらく、シークレットのベースを担当することになった。俺にとっては運命的な出会いだった。その友情はその後30年以上も続くのだから。


1991-アキヲと宮城が゙加入した頃-京都にて

 アキヲはシークレットのベースとして多くライヴに参加したが、仕事の都合で渡米したりするので、アキヲの他にも朝比奈、ラフィアンズのマコちゃん(後にコンクリート・オクトパス)など、ライヴの際は柔軟に対応していた。
 2nd EP「Love is understanding」では、アキヲが2曲ベースでレコーディングに参加している。東京のレコーディング・スタジオまで飛行機で来て、弾き終えると大阪へとんぼ帰りだった。今思えば仕事との両立も大変だったろうに、本当にありがたい。アキヲが他のメンバーよりも大人びていると感じたのは、そういう姿も見ていたからかも知れない。


LOVE IS UNDERSTANDING / SECRET GOLDFISH 1992

 シークレットは多くの来日アーティストのオープニング・アクト(前座)を務めていた。その中でも英シェイメン(Shamen)のオープニング・アクトは特に印象に残っている。
 俺たちのライヴには「幕の内弁当」というセットリストがあった。「もっと見たいくらいがええねん」と、踊れる7曲を毎回同じアレンジ、ノンストップで30分ほど演奏していた。
 せっかくシェイメンと一緒のステージだし、いつもの演奏曲も宮城のエレクトロ(サンプラー)を前面に出したアレンジに変えた。練習も久しぶりに熱が入った。アキヲはそのスタイルに合わせ、ベースラインを大きく変えて演奏した。

「ええやん、そのベース(ライン)」
「せやろ!」

 そのライヴでの「Movin’」のダンスアレンジは今でもかっこいいと思う。その時のアレンジが先述のEP「Love is〜」や「Movin’」のリミックス・ヴァージョンに、宮城タケヒト主導で反映された。


MOVIN' / SECRET GOLDFISH (Front act for SHAMEN,1992)


1991年の大阪にて

 シークレットの最初期こそ京都を中心にライヴをしていたが、活動場所は地元の大阪へと移っていく。心斎橋クアトロをはじめ、十三ファンダンゴ、難波ベアーズ、心斎橋サンホール、大阪モーダホールなどでライヴをした。
 ちなみに91年難波ベアーズでのライヴの対バンは、京都のスネーク・ヘッドメンだった。「アタリ・ティーンエイジ・ライオット」を彷彿させるパンク・バンドだった。アキヲとTanzmuzikのオッキーことOKIHIDEとの出会いはその時だったのかもしれない。
 心斎橋サンホールでは「スラッシャー・ナイト」にも参加した。出演はS.O.BとRFDとシークレット。そのイベントに向けてのリハーサルは演奏より、メンチ(睨むの大阪弁)を切られても逸らさない練習をした記憶がある。なんせ近藤と宮城が真顔でこういうからだ。「ハードコアのライヴは観客がステージに上がって、ヴォーカルの顔面1cmまで顔近づけてメンチ切るんや。イズルが少しでも目逸らしたら、しばかれるでぇ」
 アキヲは笑ってたと思う。俺も負けじとドスの効いたダミ声で「Don't let me down」と歌うつもりで練習した。当日、S.O.BのTOTTSUANがシークレットのTシャツを着て登場し、「次のバンドはわしが今一番気に入ってるバンドや!」とMCで言ってくれたおかげでライヴは超盛り上がった。予期せぬ事態にメンバー一同胸を撫で下ろした。

 10月にはデビュー・アルバムも発売され、そこそこヒットした。あまり実感はなかったが、心斎橋あたりを歩いていると、その辺の店から自分の下手な歌が聞こえてくる。と、同時に多くの「ライヴを潰す」とか「殺す」などの噂も耳に入った。それはかなり深刻で、セキュリティ強化をお願いしたこともあったほどだ。


1992-心斎橋クアトロ-4人でのステージ

 そんな状況下でアキヲとの関係が深まる出来事が起こる。英スワーヴ・ドライヴァーの前座、クラブチッタ川崎でオールナイト・イベントがあり、その夜にはそのまま心斎橋クアトロでワンマンという日だった。諸事情で近藤と宮城はそれらに参加できなくなった。ステージを盛り上げる二人の不参加に俺は不安になった。

「ガタガタ抜かしてもしゃあない、わしも暴れるし思い切りやろうや!」

 その言葉通りアキヲは堂々と4人だけのステージで、近藤のコーラス・パートも歌いながらリッケンバッカーのベースを弾いた。その姿とキレのある動きはまさにザ・ジャムのベーシスト、ブルース・フォクストン! しかもチッタでは泥酔&興奮してステージに上がろうとする外国人客を蹴り落としたり、演奏中に勢い余って転んで一回転しながらも演奏を続けたりしてめっちゃパンク! 派手なステージングに俺のテンションも上がった。

 大阪行きの新幹線で初めてアキヲと向き合って話した。距離が少し縮まった気がした。


Taxman - Secret Goldfish 1992 @ CLUB CITTA'


祭りの後

 心斎橋のワンマンも無事に終え、シークレットはさらに勢いづいた。が、元来気性の荒い個性的な集団だっただけに、ぶつかり合いも多々あった。若さだけのせいにはしたくないが、未熟でアホやった。俺も独善的だった。
 祭りはいつかは終わるものだが、神輿の上に乗ったまま、知らない間にそれは終わっていた。バンドもメンバー・チェンジをしながら、音楽の新しいトレンドが毎月現れる、激流のようなシーンのなかで抗った。次第にメンバー同士が会う機会も減った。
 正式に解散したわけでもなくフェード・アウトしていく。それは単に、皆がそれぞれ違う音楽や表現手法に興味が向かっただけだった。無責任ではあるが、ごく自然なポジティヴな流れで、決して感傷的ではない。もともと皆新しもの好きだったのだから。


アメ村で見たフードラム

 暫くアキヲをはじめとするメンバーとは連絡を取り合っていなかったが、96年頃大阪に行った時、アメ村の三角公園前にある、アキヲが働いていた古着屋に立ち寄った。
 Hoodrumのメジャー・デビュー直後で、レコードショップでは専用コーナーも作られていた頃だ。アキヲがどんどん有名になっていくのは俺も嬉しかったし、誇らしかった。
 その店に立ち寄ったのも、単に一緒にいた仲間にアキヲの店だよ、と自慢したかっただけだが、レジのカウンター越しで怠そうに座っていたのはアキヲ本人だった。メジャー・デビューであれだけメディアに露出してるのに、普通に店番もしているなんて、まさにシークレット時代のアキヲのままだ。かっこ良すぎる。
 まだ携帯もメールもない時代。アキヲは当時と変わらず接してくれた。考えてみるとアキヲとは、過去から今に至るまで一度も衝突したことがない。それだけ大人だったんだな、とふと思う。
それ以来、時々また連絡を取り合うようになった。

 ミックス作業が上手くいかなくなった時などアキヲに聞くと、
「ミックスっちゅうんは一杯のコップと考えればいいんよ。その中で音をEQなどで削って、上手に配置するんやで」
 今ではAIでもやってくれるマスキングという作業についてだ。
 当時その情報は目から鱗だった。今でもミキシングの真髄だと思っている。


2000年の夏、河口湖にて。居候・山本アキヲ

 2000年の夏、アキヲが河口湖の俺の仕事場兼自宅に、2ヶ月ほど滞在(と言えばかっこいいが居候だな)することになった。その経緯は割愛するが、アキヲはちょっといろいろと精神的に疲弊していたんだと思う。俺も同じ経験をしているので、それは思い違いではないだろう。

「富士山をみると背筋が伸びんねん。叱られてる気分やわ」


2000-西湖にて富士山をバックにするアキヲ

 富士北口浅間神社では「今まで訪れた神社で一番空気が凛としてるわ」など気分転換になったと思う。慣れてくると自転車に乗って一人で河口湖を一周したり、俺の実家の父親の仕事を手伝ったりして汗も流していた。
 夜になると必ず一緒に音楽を爆音で聴きながら酒を呑んだ。湖畔の古民家だったので、夜中の大音量に関しては問題ない。まだSpotifyなどの配信は当然ない時代。俺のレコードやCDライブラリを聞いた。時には湖畔で夜の湖を眺めながら。
 日課のように聴いていたのは、B-52'sやThe Clash、JAPANやコステロなどのニューウェイヴ、他にもグレイトフル・デッド、ティム・バックリィ等々。音楽なら何でも。クラシックから民謡までも聴いたりした。Cafe Del Marを「品質がええコンピ」と紹介してくれたのもこの時期だった。

 酒が深くなると職業柄のせいか、制作側の視点へと熱を帯びながら話題も変化していく。例えばこんな感じに。

「The Clashの『London Calling』 (LP)のミックスは研究したけど、あれは再現不可能や。誰にも真似できひん」

「(Tanzmuzikの2ndのつんのめるようなリズムについて)あれはな、脳内ダンスなんや。頭の中で踊るんやで」

「(大量に持参した89年辺りの当時一番聴かないようなDJ用レコードについて)今は陽の目を見ないこれらの音楽を切り刻み、そのDNAを生かして再構築して再生させるんや」──その手法で作られたSILVAのリミックスには本当に驚いたのを覚えている。

「リヴァーブは使わんとディレイだけで音像を処理するんよ」

 アキヲには音のみならず、何事に対しても独特の哲学とインテリジェンスがあった。感心するほどの勉強家で、読書家でもあった。何冊かアキヲの忘れていった本があるが、どれも難しい評論や硬派な文学だった(吉本隆明著『言語ににとって美とはなにか』など)。
 例えば不動産の仕事に就けば、一年掛かりで宅建資格を取得して驚かせる。他の仕事に就いた時も常にそうだ。そして、楽しそうにその仕事のことを話す。とことん深く掘り下げる。高杉晋作の句に置き換えると「おもしろき こともなき世を おもしろく」を体現していた。

 俺たちはギターの渡部さん(渡部和聡)とアキヲと3人で、シークレット・ゴールドフィッシュとして4曲レコーディングした。2000年の夏の河口湖の記録として。


2000-河口湖のScretGoldfishスタジオにてくつろぐアキヲ


あの最高の感覚

 いつだったかアキヲがまた大阪から河口湖に来た際、旧メンバー数人でスタジオに入った。
 まず「All Night Rave」を合わせたのだが、その刹那、全身が痺れた。これだよ。この感覚。タツル(Dr)のドラムとアキヲの太くうねるベース。全員の息の合った演奏とグルーヴ。一瞬で時が巻き戻された。そう感じたのは俺だけではないはず。皆の表情からも伝わってきた。

 バンドは結婚と似ているというが、俺は今でもそう思う。シークレット以来パーマネントのバンドは組んでない。ごくたまにベースで手伝うことはあったが、まあ正直興奮はしない。だけど、このセッションではアドレナリンが溢れた。この快感が忘れられないからだったんだな。


山本アキヲとシークレット・ゴールドフィッシュ

 今回のアキヲの訃報で多く人の哀悼の言葉を読んだ。アキヲの音楽と人柄が愛されていることを知り、本当に嬉しかった。と同時にモニター越しに「厳然たる事実」を突きつけられ、不思議な感覚に陥った。3月から気持ちの整理を徐々にしているつもりだったのに。
 俺の知らないアキヲの側面を知っている仲間もたくさんいるし、各々がアキヲとの大切な思い出や関係性を持っている。近藤や宮城たちは謂わば幼なじみだ。その心中は俺には計り知れない。
 ただ、今こうしてシークレット・ゴールドフィッシュのメンバーと気兼ねなく電話やメールもでき、本当に幸せだと感じる。アキヲの訃報を直接口で伝え、アキヲとの馬鹿な思い出話を笑いながらできたことは良かった。ネットニュースで聞いたという形にはしたくなかった。
  バンドとしての在籍期間や活動期間は短かかったが、20歳そこそこの多感な時期、一緒に経験したあの密度の濃い瞬間は永遠だ。
 アキヲのマスタリングで過去のアルバムをサブスク(配信)に入れる話もしてたが、今後どうするかはまだ決めていない。

 アキヲは昨年から、河口湖にマンションを買って引っ越すつもりで調べていた。冗談なのか本気だったのかは、今となってはわからない。俺も地元の仲間も、その話には大歓迎だった。これからも酒を飲みながら音楽の話をしたり、一緒に制作したりする将来を楽しみにしていた。そういえば河口湖は第二の故郷だといっていたなあ。

 アキヲとの話はここでは語りきれないし、語らない。ただ、全部を胸に秘めておくだけでもいけない、ともう一人の自分が言う。アキヲという人間の一面を知ってもらうためだ。
 アキヲの音楽がそれを一番多く語ってくれている。そう、俺たちは音楽家だ。

「イズルも俺もミュージシャンやないねん。抵抗あるやろ? アーティストとか」
「音楽家や。今でも俺らはこうして音楽に携わっている。感謝せなあかんくらい、これってむっちゃ幸せなことやで」
 酒をごくりと飲む音と一緒にあいつの叱咤する声が聞こえた。

 最後にアキヲが言った一番嬉しく、一番心強かった言葉を記して終わることにする。
「イズルがシークレットやるって言うんなら、わしゃあいつでもやるで!」

 アキヲ、ありがとう。

2022年6月30日

三浦イズル(Secret Goldfish)


"All Night Rave" Secret Goldfish (12/07/15)


https://secretgoldfish.jp/
Secret Goldfish in 1991 ;
Drums:Tatsuru Miura
Bass: Akio Yamamoto
Guitar:Ken Nakahata
Vocal & Guitar:Izuru Miura
Dance & Shout: Shintaro Kondo
Synth & Sampler: Takehio Miyagi

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アキヲさんとの思い出のいま思い出すままの断片
文:Okihide

■出会った頃

 たぶん91年かそこらの、なんかやろうよって出会った頃にアキヲさんが作ってくれた「こんなん好きやねん曲コンパイルテープ」。当時みんなよくやった、その第一弾のテープには、そのちょっと前にくれたアキヲデモのテクノな感じではなく、フランス・ギャル(お姉さんからの影響だと、とても愛情を込めて言っていた)やセルジュ・ゲンズブールの曲が入っていた。僕がシトロエンに乗っていたのでフレンチで入り口をつくったのか、そこからのトッド・ラングレンの“ハロー・イッツ・ミー”や“アイ・シー・ザ・ライト”、その全体のコンセプトが「なんか、この乾いた質感が好きやねん」って、くれたその場のアキヲの部屋で聴かせてくれた。その彼は当時タイトに痩せながらもガタイが良く、いつものピチピチのデニム、風貌からもなんとなくアキヲさんは乾いたフィーリングを持っていて、で、その好きな音への愛情や気持ち良さをエフェクトのキメや旋律に合わせて手振り身振り、パシっとデニム叩きながら、手で指揮しながら語ったくれた。
 その部屋には大きな38センチのユニットのスピーカーがあって、周りを気にせずでかい音で鳴らしてたのは僕と同じ環境で、その音の浴び方もよく似ていたが、昭和な土壁の鳴りは乾きまくってて、そんなリスニングのセッティングもアキヲさんの一部だった。
 そのテープの最後に入っていたYMOは、彼が少年期に過ごしたLA時代に日本の音として聴いたときの衝撃について話してくれた。初期のTanzmuzikに、僕がよく知らなかった中期のYMOへのオマージュ的な音色がときどき出てくるのも、こうした出来事があったから。
 そんなことがあって、アキヲさんには、その体格を真似できないのと同じように、真似できない音楽的感性の何かがあって、そこにはお互いに共鳴するものがあると気づいて、リスペクトする関係になった、そんな初めの頃のエピソードを思い出す。

 〈Rising high〉 のファーストが出て、やっとお互いいちばん安いそれぞれ違うメイカーのコンソール買って、少しは音の分離とステレオデザインがマシになったけど、それまではほんとにチープなミキサーと機材でやっていた。そのチープ機材時代の印象的な曲として、“A Land of Tairin”という曲がある。アキヲさんがシーケンスやコード、ベースなど全ての骨格の作曲を作って、こんなん……って聴かせてくれたものに僕がエフェクトやアレンジを乗せた曲。このノイズ・コードをゲート刻みクレシェンドでステレオ別で展開させたいねん!って、アキヲさんに指と目で合図しながら、2人並んで1uのチープなゲートエフェクタのつまみをいじって、当時のシーケンス走らせっぱなしで一発録りしたのを思い出します。
 あの曲のそんなSEや後半〜ラストに入れたピアノは僕がTanzmuzikでできたことのもっとも印象的なことのひとつで、アキヲさんだからこそさせてくれたキャッチボールの感謝の賜のひとつです。


■最後の頃。

 こんなして思い出すとキリがないので、最後の頃。アキヲさんが亡くなる前の数ヶ月ほどは不思議とよく会いました。僕が古い機材をとにかく売って身軽になってからやりたいなぁ、って機材を売りにいくって言うと、着いてきてくれてね、帰りに大阪らしいもの食べよって 天満の寿司屋に連れてってくれて、そしたら「久々こんなに食べれたわ!」って8カンくらい食べたてかな、ありがたいわって。その前のバカナルのサラダも。
 帰りに2人で商店街歩いてたら、民放の何とかケンミンショーのインタヴュー頼まれて、断ったけど「危ないわ、こんなタンズて」って笑ってて。

 たぶん最後に会ったときなのかな、気に入って買ったけどサイズ合わへんし、もしよかったら着てくれへん?ってお気に入りのイギリスのブランドの僕の好きなチェックのネルシャツを色違いで2枚。おまけに僕の両親に十三のきんつばも。
 で、最後のメールは、僕におすすめのコンバータのリンクだったと思います。
 彼はもちろん平常心、良くなるはずでしたから、マスタリングの仕事からそろそろ自作をと、ギターやベースも買ったばかりで意気込んでたし、なかなか音に触れない僕にも常に機材や音の紹介をしてくれていました。
 そんなことともに、僕のなかのアキヲ臭さっていうのは、クセのある人でパンクで短気であると同時に、20代の頃から僕と違ったのは、ことあるごとに、〇〇があってありがたい、〇〇さんには感謝やねん、って僕によく言っていたことで、アキヲさんは僕の感謝の育ての親でもあると今さら思うのです。 
 彼が面白がって興味を持った作曲のきっかけになったモチーフには、彼なりの独自な愛情が注がれてます。ターヘル名義のハクション大魔王やタンツムジークのパトラッシュ(たまたま思い出せるのがアニメ寄り)……、色々あるけど、アキヲさんの曲を聴いてる人のなかで産まれるおもしろさや気分を覗いてみたい気分にもなってきました(笑)。音楽は不思議です。アキヲさんと、アキヲさんの音楽に感謝。


■トラック5選


Dolice/Tanzmuzik
アルバム『Sinsekai』のあと、追って〈Rising high〉から出た5曲入りEPのなかのB1の曲。アキヲさんのセンチメンタルサイドの隠れ傑作と思ってます。〝最終楽章” のたまらん曲!です。実はデモはもっとすごくて、なにこれ!って絶賛するも再現なく、「あれ、プロフェットのベンダーがズレてたわ……」



Countach/Akio Milan Paak
着信音にしたい、この1小節。



Mothership/SILVA..Akio Milan Paak Remix
Silvaのリミックス、強いキックの隙間にノイズの呼吸するエロティックなアキヲ・ファンクの特異点。これもデモテイクは下のねちっこいコードから始まって上がってそのまま終わってしまうという、もっと色気のある展開だったのに……


Classic 2/Hoodrum
Fumiyaのフィルターを通してアキヲさんが純化されたカタチの傑作と思う。PVによく表現されたベースラインもアキヲさんらしくたまらないし、他に絡む抑えの乾いた707(?)のスネアは707のなかでいちばんカッコいいスネア。あの当時の2人の僕のなかの印象を象徴する。
 ほかにも、“HowJazz It”のサックスとオルガンの〝お話”合いのような裏打ち絡みも好きだし、“Classic 1”は青春期の鼻歌アキヲ節全開な面あって、シークレットのイズルやトロンのシンタロー……アキヲの好きな旧友の顔が不思議と浮かんでくる。
 あと1曲挙げようと思ったけれど、いっぱい出てくるのでここまでにします。
 サブスクにもあまり出てこないマニアックな曲も多いけど、是非機会があれば聴いてみてください! Radio okihide が出来ればかけたい曲やテイクが山ほどあります。

 アキヲさん、ありがとうございます。

文:Okihide

interview with T-GROOVE & GEORGE KANO EXPERIENCE - ele-king

 片や、世界を股にかけて活躍するディスコ・サウンド・クリエイターで、泣く子も黙る生粋のディスコ・レコード・コレクター、再発プロジェクトやコンピレーション監修にも積極的に取り組む T-GROOVE。片や、i-dep や Jazztronik、sotte bosse のメンバーとして活動し、ストリートでもジャズをプレイしている豪腕のジャズ・ファンク・ドラマー:George Kano。そんな微妙に畑が違う両人が、ダンス・グルーヴというマスター・キーで互いにクロスオーヴァーし、熱量高くもスタイリッシュなアルバム『Lady Champagne』を完成させた。
 これまでの T-GROOVE は、一般的にリミックス・プロデューサーのイメージが強く、海外アーティストとはファイル交換でコラボレイトを展開してきた。ソロ・アルバムに加え、これまで手掛けてきたフランス・マルセイユ在住のユニット:TWO JAZZ PROJECT とのコラボレーション・アルバム『NU SOUL NATION』や、名門バークリー音楽大学助教授として後進を育成しながら自身の活動を続ける金坂征広(monolog / Yuki Kanesaka)と組んだ Golden Bridge の作品も、例外ではなかった。しかし今回パートナーとなった George Kano は、膝を突き合わせて意見を交換しながら音楽をクリエイトできる距離にいた。その濃密な関係性が、エモくパッショネイトであると同時に洒脱感さえ内包した、この生音アルバムの原点にデーンと鎮座している気がする。TWO JAZZ PROJECT のメンバーや新進ギタリスト:YUMA HARA など、従来の T-GROOVE ブレーンに加え、FLYING KIDS のキーボード奏者でサウンド・クリエイターとして活躍する SWING-O らキャリア組、それに bwp & funky headlights の黒﨑 “Mitchel” 洋之、大林亮三や Sho Asano といった若き有望ミュージシャンを多く起用したのも、今回のプロジェクトならでは。そして世界に通用する将来性豊かな実力派シンガー DAISUKÉ、J-Pop のイメージが強い Shohei Uemura(THREE1989)、ポエトリー・リーディングの FOUR LEAF SOUND (Tomoko Murabayashi)といったキャストにも、自分を踏み台にドンドン活躍の場を広げてほしいという彼のプロデューサー目線が効いている。そんな T-GROOVE、George Kano 双方にとって新しいステージを開拓した感のある『Lady Champagne』について、まずは彼らのその熱き胸の内を訊いてみた。


T-GROOVE

いま日本のジャズ・フュージョンとか、ジャズ畑の人のトラックを聴くと、リズムが小難しい割には軽く感じちゃうんです。そこに対抗したかった。(T-GROOVE)

海外アクトのリミックス・シングルを含めると凄まじいリリース数になりますが、T-GROOVE としては何枚目のアルバムに当たりますか?

T-GROOVE:ソロ名義だと最初に『Move Your Body』、次に『Get On The Floor』、それにTWO JAZZ PROJECT の『New Soul Nation』、金坂征広(monolog)とのユニット: Golden Bridge のアルバム『Golden Bridge』があるので、オリジナル・アルバムとしては合計5枚目ですね。Golden Bridge は2019年に出したので、今回は3年のブランクがあります。でもその間にも、リミックスを集めたコンピ『Diamonds : T-Groove Works Vol.1』『Double Platinum: T-Groove Works Vol.2』と、自分のアルバムから編集した『Cosmic Crush -T-Groove Alternate Mixes Vol. 1』が出ていますけど。

やっぱりスゴイ数だ!

T-GROOVE:海外モノなんかいつの間にか発売されてて、自分でも「これ何だっけ」というのもあったりします(笑)

GEORGE KANO

ジャンルに関係なく、ドラムが好きなんです。面白いドラムを叩いてれば、その人が好きになって研究して。〔……〕自分はカメレオン・ドラマーなので、何でも叩くんです。好きになると、自分のモノにしないと気が済まなくなる(笑)。(GEORGE)

そもそも GEORGE さんと組んだキッカケは?

T-GROOVE:実は知り合ったのは結構古いんですよ。2013年くらいに Dinky-Di というグループが「Ride On Fire」のアナログ盤をリリースして、GEORGE さんがそのドラムを叩いていたんです。僕は Dinky-Di のプロデューサー:Waq Takahashi さんと知り合いで、「Dinky-Di の新曲を作るから遊びに来ない?」と誘われて、レコーディング・スタジオで GEORGE さんを紹介されました。そこで、「いつか一緒にやれたらイイですね」という話をしました。

GEORGE KANO:それから間が空きましたね。

T-GROOVE:なかなか一緒に仕事する機会もないままだったんです。それが、GEORGE さんから「ソロ・アルバムを出したいんだけど、リリース先が見つからない」と相談を受けて、それなら自分がリミックスか何かで関与すれば、レコード会社が振り向いてくれるんじゃないかと思って。

GEORGE:それで音源を送ったら、もう次の日ぐらいに返ってきた(笑)

T-GROOVE はいつも仕事が早い(笑)

T-GROOVE:でも本格的にやりはじめたら、これはもはやリミックスを越えている、という感じになってきて。だったらベースやギターを録り直して、新曲にした方がいいんじゃないかと。それで i-dep のメンバーや YUMA HARA にダビングしてもらってでき上がったのが “Cityside Walk” で、これがこのユニットのデビュー曲になりました。元々はリミックス・プロジェクトとしてはじめたものが、意外に相性が良かったので、結果的にオリジナルで組んじゃいましょう、となったんです。そのタイミングで、立ち上がったばかりのレーベル〈URBAN DISCOS〉が、リリースできるものを探していたので、聴いてもらったら、イイネと。そこでカップリングが必要になって、何かのカヴァーがいいんじゃないかという話で。GEORGE さんは普段から路上ライヴをやっているので、ジャストな曲はないかな? と。

GEORGE:そこで “Cantaloupe Island” はよくストリートでやってます、と言ったんです。

T-GROOVE:それじゃあそのディスコ・ヴァージョンを作ろう、という流れになりました。

マーク・マーフィーのヴァージョンは何処から出てきたんですか?

T-GROOVE:シングルの両面がインストだと面白くないな、と思ったんです。だから片面に有名曲のカヴァーを入れたらいいんじゃないか、という単純なノリでした。それで探していたら、マーク・マーフィーの75年のアルバム『SINGS』に入っているのを見つけて。そしたら〈URBAN DISCOS〉の担当がたまたまマーク・マーフィーが大好きで、それならマーク・マーフィー版 “Cantaloupe Island” のディスコ・ヴァージョンを作ろうと。それで “Cityside Walk” とのカップリングでシングルを出しました。曲を見つけた後は、サクサクできましたよね?

GEORGE:そうですね。すぐにできました。

T-GROOVE:ヴォーカルは TWO JAZZ PROJECT のユニットのマリー(メニー)さんが歌ってくれたんですけど、元々スタンダードとか歌っている人だから、すごくいい感じに仕上げてくれました。

シンセのエリック・ハッサンとかギターのクリスチャン・カフィエロというあたりは、みんな TWO JAZZ PROJECT の人ですよね?

T-GROOVE:そうです。でも別に頼んだワケではなくて、マリーさんに歌ってほしいと言ったら、向こうで勝手にオーヴァーダビングしてきた(笑)。

頼みもしないのに(笑)。

T-GROOVE:彼らはいつもそうなんです。どんどんアイディアが膨らんできて、勝手にいろんなことをやっちゃうの。

他にもアチコチ参加していますね。

T-GROOVE:そうなんです。シンセサイザーとかエフェクトとかパーカッションとか得意な人たちだから、飛び道具みたいなのが欲しいときに、いろいろ入れてもらったりしました。首謀者のエリック・ハッサンは元々物書きで、小説家なんです。それで音楽もやってる、ちょっと変わった人ですね。TWO JAZZ PROJECT はみんな幼馴染みの4人組で、カップルがいたりして仲が良いんです。

その “Cityside Walk” と “Cantaloupe Island” のカップリング7インチと配信からプロジェクトがはじまったと。

T-GROOVE:そうです。でもコロナ禍もあってチョッとバッド・タイミングで、結構セールスは苦労しました。評判はすごく良かったので、1枚で終わらせるのはもったいない、と思っていたんです。そこで心機一転、アルバムはレーベルを移して。

GEORGE:そこからは怒濤でした。

T-GROOVE:勢いがついて、ミュージシャンを派手にしよう、とか。若手からヴェテランまで交友関係全員に声を掛けて。そしたら全部で18人(笑)。

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いままでディスコ・リミキサーのイメージが強すぎたので、そろそろそれを払拭したいと思っていたんです。〔……〕早くも想定外のことが起こっていて、Spotify のプレイリストで僕がジャズ・アーティストとして扱われているんです(笑)。(T-GROOVE)

すごいですよね。話を戻すと、最初に GEORGE さんがソロ・プロジェクトをやろうとしたとき、T-GROOVE を巻き込んだのはどういう発想だったんですか?

GEORGE:最初はただ自分のやりたいことをやっただけで、自分が気持ち良ければイイと思って作っていました。でも音を聴いてもらったら、「リミックスとかやってみたい」と言ってくれて。だからこんなに話が広がるとは、初めはまったく思っていなかったんです。でも上がってきたモノがすごく面白くて、T-GROOVE さんが関わってくれたら可能性が広がるかも、と期待が膨らみました。

ストリートではどんなジャズをやっていたんですか?

GEORGE:スタンダード・ジャズですけど、激しい感じで。普通に想像されるオシャレなジャズとは全然違います。

T-GROOVE:アヴァンギャルドな感じですよね?

GEORGE:パンク・ロックに近いジャズというか。

T-GROOVE:GEORGE さん自身、プログレとかロック好きですしね。

GEORGE:仕事的にはファンクとかラテン系のジャズなのですが、聴くのはロックが好きでした。

T-GROOVE:YouTube に様々なドラマーの代表的ドラム・パターンの動画を上げているんですけど、本当に幅広いジャンルをやっていますよ。

GEORGE:ジャンルに関係なく、ドラムが好きなんです。面白いドラムを叩いてれば、その人が好きになって研究して。そうしたら膨大な数になっちゃって(笑)。

T-GROOVE:バーナード・パーディのとか、再生回数ヤバイですよね。

GEORGE:自分はカメレオン・ドラマーなので、何でも叩くんです。好きになると、自分のモノにしないと気が済まなくなる(笑)。

T-GROOVE:生粋のドラム好きですよね。ドラムを叩くのが好き。

おふたりのプロジェクトなので、ドラムのミックスがデカイのは当然なんですけど、出自が見えにくいドラミングのスタイルですよね。スタンダード・ジャズみたいに上品な感じではないので、ロックが入っているとお聞きして腑に落ちました。それに T-GROOVE のディスコ・スタイルになると、四つ打ちのシンプルなドラムになるじゃないですか? そこはプレイヤーとしてどうなんでしょうか?

GEORGE:それなりの制約があるなかで、自分の色を出していくのが面白いんです。いくらでもガシャガシャできるけど、あえて抑えるのが面白い。ディスコ・ビートのなかに、少し自分のノリを出そう、という感じですね。

T-GROOVE もいつものディスコ・スタイルとは違いますね。最近はジャズ・ファンクにハマっていると聞いていますが。

T-GROOVE:せっかくいいドラマーを捕まえたんだから、こんなことやりたいなぁ、というのがあって。いつもの打ち込みの音でやると、“Lady Champagne” みたいなドラム・パターンはショボくなっちゃう。だから打ち込みじゃできないことをやりたくて。4つ打ちの曲は “Cantaloupe Island” と “Haven”、“Do It Baby” くらいかな。それに連れて曲の作り方も変わって、ドラムから叩いてもらったりしました。

GEORGE:こんなパターンがあるけど、どうですか、とか。

トラックメイカー的な作り方ですね。

T-GROOVE:それをループさせて肉付けしていって、粗方できたらまたフルでドラムを録り直して、またミュージシャンたちに好きなように録音してもらって、それを再びまとめる感じ。なかなか変わったやり方ですね。

それなりの制約があるなかで、自分の色を出していくのが面白いんです。いくらでもガシャガシャできるけど、あえて抑えるのが面白い。(GEORGE)

このアルバムは、T-GROOVE の従来作に比べて、良い意味でブッ飛んでるところがあると思う。そのパワーの源はドラムだと思うんです。いわゆる4つ打ちからハミ出して、ジャズ・ファンクらしい自由さがある。しかも相手はストリート・ドラマーでもある GEORGE さん。スピリットが違いますよね。

T-GROOVE:いま日本のジャズ・フュージョンとか、ジャズ畑の人のトラックを聴くと、リズムが小難しい割には軽く感じちゃうんです。そこに対抗したかった。バス・ドラムとかスネアの音作り、その辺を重いサウンドにするにはどうしたらいいのか。そこは徹底的にディスカッションしました。

GEORGE:こんなピッチの低いスネアの調整、したことないです(笑)。

T-GROOVE:すごく緩めてミュートをつけているんです。ある意味70年代的な。お手本として渡したのはシルヴァー・コンヴェンション。キース・フォーシーみたいなドラムの音にしてほしいって。それと MFSB のアール・ヤングだったり、ちょっとシックのトニー・トンプソン感もあったりで。

パワー全開でタム回すみたいな?

T-GROOVE:それでもかなり重いサウンドになりますけど、さらにコンプレッサーの掛け方とか、エフェクト関係を研究したんです。ミキシングにもメチャクチャ時間を掛けました。

GEORGE:叩いて渡した音が返って来たとき、音がスゴくて。どうやったらこうなるんだ? と。

T-GROOVE:GEORGE さんがメンバーとして在籍している i-dep のリーダーが褒めてくれたんですよね?

GEORGE:うちのバンド・リーダーが東京オリンピックの音楽監督アシスタントをやってたんです。彼が、「このドラム、どうやってこの音になるの?」とビックリして、「もう一回勉強し直そう」って。

ある意味、真っ当なエンジニアさんだと出てこない発想ですね。荒っぽく聞こえるけど、すごく凝って作り込んでいるという。そこがわかる人はすごく面白がるんでしょう。

T-GROOVE:そこは企業秘密ですけどね(笑)。松尾潔さんに、「音楽としても音響としてもハイクオリティですばらしい」とお褒めいただきました。ミキシングだったり、音響面のこだわりを評価してくださる方が多いのは嬉しいです。

今回は作曲を手掛けた曲が多いし、T-GROOVE にとって転機というか、ステップ・アップ作になりますね?

T-GROOVE:ステップ・アップというより、イメージ・チェンジですね。いままでディスコ・リミキサーのイメージが強すぎたので、そろそろそれを払拭したいと思っていたんです。自分は作曲するし、アレンジもやるし、オリジナルのアルバムだって出しているのに、それがリミックスの仕事に隠されてしまって、フラストレーションを抱えていました。そのときにコロナが来たので、実は半年から1年弱ほどクリエイティヴ・ワークを休んでいたんです。表ではそれ以前の制作物が発売されたり、リイシューのライナー・ノーツの仕事をしていたので、誰もお休みしているとは思っていなかったでしょうけど。でもそうやって一度リセットして、「さぁ、これからどうしようか」というところで GEORGE さんから話があって。もう全編ナマ音でやらないとダメかな、と思っていたので、これなら面白いコトができるかもと。現に早くも想定外のことが起こっていて、Spotify のプレイリストで僕がジャズ・アーティストとして扱われているんです(笑)。GEORGE さんと作ったのも、基本的にはディスコ・アルバムのつもりで作っていましたが、意外とジャズ・フュージョン畑の人が飛びついたみたい。GEORGE さんがそっち方面にプロモーション掛けたワケじゃないですもんね?

GEORGE:イヤイヤ、してないです(笑)。

T-GROOVE:結構ジャズ系プレイリストに入れられて、自分がジャズ・アーティストになっているという、予想外のクロスオーヴァーぶりなんです。

最近、和ジャズのアナログ再発が進んでいるじゃないですか。60年代から70年代初めの。あの頃の和ジャズの熱量、パワー感やミックス感と共通してますよね。いまそれをやってる人はほとんどいないから、その飢餓感を埋めてる面があると思います。特に苦労した曲はあったんですか?

GEORGE:“Timeless Groove” のゆっくりした感じは、結構苦労しましたね。キープするのが難しかった。ジャズでもこういうゆったりしたのはやってないので、挑戦でした。でもその苦労が面白いんですけど。

T-GROOVE:意外にもスロウなドラムを叩いたことがなかったんですって。もちろん上がりは完璧なんですが。

ストイックなトラックですもんね。

T-GROOVE:これだけは結構前にデモができていたんです。でも世に出す機会がなくて、リリースできていなかった。それが、この企画の趣旨に合いそうだからと蔵出しして、GEORGE さんにドラム叩いてもらって……。

GEORGE:めちゃくちゃイイ曲なので、「叩きます」と。でも叩いてみたらすごく難しかった。ただその他は、あまり苦労した印象はないですね。アッという間に曲が溜まっちゃって。

T-GROOVE:僕は “Shallow Naked Love” のダビングに手間が掛かりました。ブラス・セクションとかヴォーカルのアイディア、オルガンとか、どんどん音を重ねて、トライ&エラーを重ねて仕上げました。ミックスもかなりやり直しました。みんなのアイディアの賜物ですね。

せっかくなので、ライヴとかはできないのですか? 普通の T-GROOVE 作品だと、ライヴなんてあり得ないけど、これならできるのではないですか?

T-GROOVE:ミキシングまで含めてこのアルバムなので、自分のなかではここで完結しちゃっているんです。だからコレと同じサウンドをライヴで再現するのは、現実的ではないかな。

GEORGE:セッションみたいな感じなら、何とかなるかもしれません。

T-GROOVE:パーティーみたいな感じなら面白いかも。でも僕、ちょっと表に出るのが恥ずかしいので(笑)。でもライヴという固いモノじゃなくて、オープン・セッションみたいに気楽な形なら楽しそうですね。

いずれにしろ、他にはない面白いアルバムができたと思うので、これだけで終わらせるには惜しいと思います。

T-GROOVE:そうですね。T-GROOVE & GEORGE KANO EXPERIENCE をベースに、DAISUKÉ みたいな外部のシンガーを呼んで歌モノ・シングルを作るとか、バリバリのロックやフレンチ・レゲエをやってみるとか。実は今レゲエにハマっているんです。

GEORGE:制限されたなかでのグルーヴにすごく楽しみを感じて作りましたし、レゲエみたいにまだやってないジャンルが残っているので、これからも続けていけると思います。自分でも楽しみです。

T-GROOVE:ディスコ・ミュージックっていろいろなジャンルとミックスできるし、世界共通のビートでもある。だから GEORGE さんが持っているテクニックやセンスをフルに使って、続けていけたらいいなと思っています。

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