「AY」と一致するもの

変わりゆくものを奏でる──21世紀のジャズ - ele-king

「チネンは、21世紀がジャズにとって豊かな時代であると主張する」──『ピッチフォーク』
「コンテンポラリー・ジャズについての素晴らしい本」──『ワシントン・ポスト』
「無限の可能性を秘め拡大し続けるサウンドを描いた想像力と表現力」──『ロサンゼルス・タイムス』
「素晴らしく鋭い」──ソニー・ロリンズ
「著者のジャズへの深い理解と知識によって、魅力的な読み物となっている」──ハービー・ハンコック

カマシ・ワシントンからウィントン・マルサリス、
ロバート・グラスパーにエスペランサ・スポルディング、
そしてブラッド・メルドーにメアリー・ハルヴォーソン……

アメリカにおいてジャズは21世紀になってどのように変わり、
そしてどのように変わらないのか……
刊行と同時にすべての米国主要メディアから絶賛された名著がいよいよ上陸!

元ニューヨーク・タイムズ紙のジャズ批評家
ジャズ・ジャーナリスト協会選定の優秀執筆賞の13回受賞、
アメリカ屈指のジャズ批評家である著者が、
その博識と気品ある文体をもって21世紀ジャズの魅力を解説する

※21世紀の(2024年の現時点までの)必聴アルバム選:154作のリスト付き

(本書より)
ジャズは常に最先端を探究してきたし、複数の領域にわたり実験をおこなってきた。その点は、過去はもちろん現在も同様だ。しかし前衛の修錬と形式上の発明は今や著しい度合いで主流にまで巧みに浸透し、ジャズの美学的な中心をずらしてしまった。骨董品収集めいたホット・ジャズ熱──懐古趣味を堂々と認め、誇りとする者たちの領域──の復興ですら、多言語的なハイパーモダニズムを志向する現潮流、予想外の混合物と集合体を目指すトレンドをせき止めることはできない。

(登場するアーティスト)
カマシ・ワシントン、ウィントン・マルサリス、セシル・マクロリン・サルヴァント、ブラッド・メルドー、エスペランサ・スポルディング、ジョシュア・レッドマン、ジョン・ゾーン、ティム・バーン、ジャック・ディジョネット、ポール・モチアン、ウェイン・ショーター・クァルテット、ジェイソン・モラン、マーク・ターナー、オーネット・コールマン、ヴィジェイ・アイヤー、ロバート・グラスパー・エクスペリメント、フライング・ロータス、ジェフ・パーカー、エスペランサ・スポルディング、シャバカ・ハッチングス、モーゼス・ボイド、リオーネル・ルエケ…………そしてメアリー・ハルヴォーソン…………(ほか多数)

四六判/440頁

■目次

序文
1 政権交代
2 フロム・ディス・モーメント・オン
3 アップタウン、ダウンタウン
4 山を演奏する
5 新たな年長者たち
6 ループされるギャングスタリズム
7 ジャズを学ぶ
8 侵入し急襲せよ
9 変わってゆく同じもの
10 露出
11 十字路
12 スタイルの対決
後書き
※21世紀の(2024年の現時点までの)必聴アルバム選:154作

[著者プロフィール]
ネイト・チネン(NATE CHINEN)
ネイト・チネンはジャズに関して20年以上執筆してきた。ジャズ・ジャーナリスト協会の選ぶ「Helen Dance–Robert Palmer Award for Excellence in Writing」賞を13回受賞した彼は、『ニューヨーク・タイムズ』で12年にわたり音楽に関する報道をおこない、『ジャズタイムズ』でも長期連載コラムを執筆した。2017年にWBGO〔※ニュージャージー州のジャズ専門公共ラジオ局〕の記事製作責任者となり、オンライン報道を指揮する一方で、NPRミュージック向けに幅広いジャズ番組の企画に貢献している。著名なジャズ興行主である、ジョージ・ウィーンの自伝『Myself Among Others: A Life in Music』(2003)を共著し、また音楽評論家アレックス・ロスの編集した「Best Music Writing 2011」にも文章が収録されている。妻とふたりの娘と共に、ニューヨーク州ビーコン在住。

[訳者プロフィール]
坂本麻里子

1970年東京生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業。ライター/通訳/翻訳者として活動。ロンドン在住。訳書にコージー・ファニ・トゥッティ『アート セックス ミュージック──コージー・ファニ・トゥッティ自伝』、ジョン・サヴェージ『この灼けるほどの光、この太陽、そしてそれ以外の何もかも──ジョイ・ディヴィジョン ジ・オーラル・ヒストリー』、マシュー・コリン『レイヴ・カルチャー──エクスタシー文化とアシッド・ハウスの物語』、ジェン・ペリー『ザ・レインコーツ──普通の女たちの静かなポスト・パンク革命』、ハンナ・ロス『自転車と女たちの世紀』、マーク・フィッシャー『K-PUNK 夢想のメソッド──本・映画・ドラマ』『K-PUNK 自分の武器を選べ──音楽・政治』、ほか多数。

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interview with Coppé - ele-king

 だれもかれも、自分がどう見られるかばかり気にしている。ヴィジュアル主体のインスタだろうがテキスト主体のツイッターだろうがそれはおなじで、スマホとSNSの普及はむしろどう見られるかを意識していないほうが変わり者であるかのような時代を生み出してしまった。一見自分史をテーマにした昨年のOPN『Again』は、じつはそういう自分だらけの現代を鋭くえぐったものだとぼくは解釈しているけれど、これはもう不可逆の流れなのかもしれない。
 その点、みずからを火星人だと呼称するコッペは完全にアウトサイダーだ。独創的なファッションに身を包み、「キョイーン」「でぴゅ」「うれぴー」といった語を駆使する彼女が周囲の目やらトレンドやらに振りまわされていないことは明白である。一度会ったら忘れられないこの強烈な個性の持ち主は、90年代をアリゾナとLAで過ごし、ZトリップやQバートといったヒップホップDJらと交流したり、ドラムンベースを生演奏するバンドをやったりするなかで音楽家としてのキャリアを(再)スタートさせている。1995年に送り出されたファースト・アルバムこそトリップホップという時流とリンクする側面を有していたものの、近年のリリースを振り返ってみると、モジュラー・シンセでオペラに挑戦した『Na Na Me Na Opera』(2019年)、モダン・クラシカルなソロ・ピアノ曲集『蜜 Mitsu (25rpm)』(2021年)、スタンダードも多く含まれたジャズ・ヴォーカル作品『*(Un-)tweaked』(2022年)とやはり独自路線で、だれがなにをいおうが好きなことをやるという気概がビシバシ伝わってくる。

 そんなコッペの最新作『*( -)tweaked』は、上述のジャズ・アルバム『*(Un-)tweaked』のリミックス盤だ。どのリミキサーも「とりあえずぶっ壊して!」とのオーダーを遵守、オリジナルの上品なジャズはみごと解体され、一筋縄ではいかないトラックが並んでいる。招集されているのはコッペと親交のある面々なのだけれど、これがまたそうそうたる顔ぶれで、アトムTMにプラッドにニカコイにルーク・ヴァイバートにDJ KENSEIに……きっとみんな、型にはまらない彼女の気質に引き寄せられるのだろう。
 いったいコッペとはいったい何者なのか? じつはファースト・アルバム以前にも長いキャリアをもつ彼女。取材には流通担当の猪股恭哉も同席し、このユニークな音楽家の歩みを深掘りしてくれた。

お謡からはじまった

長いキャリアをお持ちですので、まずはバイオグラフィからお伺いできればと思います。

Coppé(以下C):死んだことになっていることもあるしね(笑)。いろいろお仕事してたのに、ある時期に急に日本からいなくなったひとなので。「長谷川コッペ」で検索すると出てくるけど。

かなり幼いころから音楽にはご関心があったのですよね。ご家庭の影響でしょうか?

C:生まれながらの音楽ジャンキーだと思う。オギャーッと生まれたときからほぼ曲つくってるようなもので。コッペのパパとママも、おじいちゃんとおばあちゃんも、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんも、全員、観世流〔※能の流派のひとつ〕のお謡(うたい)をやってたので、家ではもうずーっと、年がら年中、お謡が聞こえてきて。当然コッペもママから仕込まれたので、そういうのが知らず知らずのうちに出てきているのかな。今日、そのお謡の本を持ってきたんです。



Coppéが持参したお謡いの教科書

初めて目にしました。すごいですね。まったく読めないです。これはどう読むんですか?

C:読めないところもちゃんと振りがあって。上がるとか、下がるとか。最初、教科書に書きこむことも怒られたんですけど、でも覚えられないから、いっぱい書きこんでます。
 コッペの曲にはオリエンタルなフレーヴァーが出てるよねってよく言われるんですけど、たぶんお謡がその由来かなと。お謡って口伝だから、キーが存在しないんですよ。お師匠さまが出したその音に合わせてついていかなきゃいけない。でもコッペはキーのひとなので、「キーがないってどういうことなの?」っていっぱいママに文句言って。でももともとそういうものだから。歌い方、フレーズもぜんぶ口伝で、ようするに先生の真似をするわけなんですけど、そのやり方が叩きこまれてるから、インプロしているときもジャズを歌っているときも、自然と出てきちゃうんですよね。それでオリエンタルだねって言われるのかな。

猪股:ルーツはポピュラー・ミュージックでもクラシック音楽でもなかった、ということでしょうか。

C:いえ、小学生のとき、藤家虹二(ふじかこうじ)先生っていうクラリネット奏者の方に出会って、そこからコッペの人生はギョイーンといまのような感じになっていくんです。『日清ちびっこのどじまん』という番組〔※フジテレビ、1965~69年放送〕で優勝しちゃって、そのときの審査員のひとりが藤家先生でした。コッペが小学4年生とか5年生のころ。そのころからもう、他人の曲には見向きもせず、自分で歌って曲を書いてばかりで。それで藤家先生から「お前は歌はそれほどうまくないけど作曲のセンスがいいから、俺のところに週一で来て楽典とか和声とかハーモニーの勉強をしなさい」って言われて。
 毎週かならず宿題が出るんですよ。「どんな長さでもどんなキーでもいいから、3曲完結させて仕上げてくるように」と。どんなものでも5分でできたけどね。それで、そのうちの1曲を藤家先生が気に入ってくれて、ストリングスを入れてアレンジしてくれて、ある日突然「プロのスタジオ入るぞ」って。それがキング・レコードだった。宿題の楽曲にため息が出るくらい素敵な先生のアレンジがついて、それを歌ってドーナツ盤にしたらレコード大賞の童謡賞をいただいちゃった。小学生だからよくわからないんだけど、親はピーピー泣いていて(笑)。そこからですね、コッペの人生が3分の1くらい芸能人みたいになっちゃったのは。そのあと「Let's Enjoy English」というレギュラー番組もやりましたね〔※NHK、1972~1982年放送、長谷川コッペ出演は1975年度〕

『*(Un-)tweaked』(2022年)はジャズ・アルバムですが、ジャズからの影響も大きかったのでしょうか?

C:藤家先生がクラシックだけじゃなくて、ベニー・グッドマンのコピーもやっていらして。それでどんどんジャズのほうにも行きました。あと当時、水島早苗先生というジャズ・ヴォーカリストの先生もおられて。だから小学生のころからジャズも歌っていたんですけど、歌詞なんてわかるわけないんですよ。でもジュリー・ロンドンとかを丸コピして歌っていました。

その後70年代はどのようなことをされていましたか?

C:『オールナイトニッポン』のレギュラー番組がはじまって、タモリさんと出会って、「なんだこのヘンテコリンなおじさんは?」って(笑)。イグアナの真似とか、四ヶ国語麻雀とか激・面白かったですよ。1時から3時までの1部がタモリさんで、3時から5時までの2部がコッペでした。コッペの好きな英語の曲をがんがん流しまくってたら、当時そういう番組はあまりなかったので需要も上がって1部に昇格させていただいて。そこでタモリさんとはバイバイで、今度は近田春夫さんと一緒にやることに〔※1977~79年放送〕
 近田さんのことはチカちゃんと呼んでいたんですが、すごくかわいがってもらって。ザ・スーパーマーケットというバンドも一緒にやっていたので、たぶん番組を面白くするためとは思うんですけど、コッペとチカちゃんがバトルさせられるんです。それで「なんだお前!」とか怒られながら毎週スタジオに生で入ってました。コッペは洋楽一辺倒だったから、チカちゃんはオンエア中に「お前そんなくだらないもんばっかり聴いてないで、日本人だったら都はるみを聴いてみろ! お前こぶしまわしなんかできないだろう!」とか(笑)。それで急に歌わされる(笑)。


photo by paul ward
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レジェンドたちとの思い出

ジェイムズ・ブラウンって「ウンッ!」「アッ!」とかシャウトがすごいじゃないですか。その出し方を30分とか40分、ずっと踊りながらレクチャーしてもらってた(笑)。

Coppé名義でのファースト・アルバムが1995年ですので、そこへ行き着くまでにまだありますね。80年代はどのように過ごされていましたか?

C:80年代は、『ザ・ポッパーズMTV』っていう番組〔※TBS、1984~87年放送〕をピーター・バラカンさんとやっていました。それまではどんな番組も自分で選曲してたんですけど、『ポッパーズ』は唯一、自分で選曲してなかったテレビ番組。来日アーティストを片っ端からインタヴューするっていうお仕事で。超楽しかった! なにを訊いてもOKだったし、ジェイムズ・ブラウンからシンディ・ローパー、マイケル・フランクスからスティーヴィー・ワンダーまで。マドンナのインターナショナルなものとしては最初のインタヴューもコッペだった。
 ジェイムズ・ブラウンのときがいちばん大変で。伝達ミスで、クルーが40分とか45分とか遅れて来たんですよ。それでしばらくコッペとジェイムズ・ブラウンのふたりっきり。「クルー来てないの? じゃあ帰る」って言われてもおかしくない状況で、でもそうなったらインタヴューがなくなっちゃうから、コッペも怖いもの知らずで、「いろいろ教えて!」みたいな感じで話して。ジェイムズ・ブラウンって「ウンッ!」「アッ!」とかシャウトがすごいじゃないですか。その出し方を30分とか40分、ずっと踊りながらレクチャーしてもらってた(笑)。その場面を撮ってくれてるひとがいたら、インタヴューよりぜんぜん面白かったと思う(笑)。

すさまじい面々とお会いされてきているんですね。ちなみに、ファンクはお好きだったんですか?

C:いや、当時はぜんぜんジェイムズ・ブラウンはわからなかったです。インタヴューするときはかならず事前にそのアーティストの音源をしっかり聴くんですけど、ジェイムズ・ブラウンはまったくピンとこなかった。なんでだろう? たぶんミーのなかではあのころ、「ンワッ!」とかそういうフレーズのスウィングの仕方にしか興味がなかったのかもしれない。

渡米されたのはその後ですか?

C:えっとね、『ポッパーズ』をやってたときに、コッペじつは一度結婚してるんです。アリゾナの方と。コッペはマイケル・フランクスが大好きだったんですけど、ハワイでヴァケイションしてるときに、マイケル・フランクスと瓜ふたつのひとがニコニコしながら歩いてきたんですよ。「ヤバい! マイケル・フランクスだ!」と思って。ぜんぜんちがったんですけど(笑)。でもそのひとと結婚しました(笑)。ハワイで「イエス!」って言っちゃった。
 その彼、メルくんというんですが、メルくんのパパが急に病気になっちゃったことがあって、そのタイミングでUSAに戻らなきゃならないことになって、いったん番組を全部降ろさせていただいたんです。ラジオのレギュラーが3本くらい、テレビも2~3本あったし、雑誌も『POPEYE』とか『Olive』とかあったんですけど、もしメルくんのパパが仮に亡くなっちゃったりしたら一生恨まれるだろうなと思って、全部お休みさせてもらってアリゾナに渡って。そしたら超居心地がよくて。パパとママには2年くらいの約束でアリゾナに行ってたのに、20年くらいになった(笑)。


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トリップホップとリンクしたファースト・アルバム

まわりにいたのが、Zトリップとかロック・レイダとか、インヴィジブル・スクラッチ・ピクルズのDJ Qバートとか、アリゾナとLAでつるんでたのがヒップホップ系の方々で。

ファースト・アルバム『Coppé』(1995年)にはトリップホップとリンクするフィーリングがありますが、あのアルバムがリリースされたときはアメリカにいらっしゃったのですか?

C:そうです。アリゾナでレーベル〈Mango & Sweet Rice〉を立ちあげて、日本からもってきていたオープンリールを使ってひとりでつくりました。ただ8チャンネルしかなかったので大変で。ひとりじゃダメだなと思って、2枚目の『O Of M』(1998年)からはアリゾナのお友だちとコラボするようになりました。

80年代後半から90年代前半にかけてはエレクトロニック・ミュージック、ダンス・ミュージックの勢いがすさまじかった時代ですが、やはりそうしたものから影響を受けたのでしょうか?

C:まわりがみんなDJだったし、音づくりもやっていたから自然と。まわりにいたのが、Zトリップとかロック・レイダとか、インヴィジブル・スクラッチ・ピクルズのDJ Qバートとか、アリゾナとLAでつるんでたのがヒップホップ系の方々で。彼らとoToっていう名前の、ドラムンベースを生でやるバンドをやっていたんですよ。ほぼ毎日コッペの家でリハしてて。「もったいなから、このままライヴはじめよう」って、家賃が払えなくなりそうになるとちょっとライヴをやって稼いで……とか。ドラマーのステファン・ポンドはドラムンベース好き、いちばんよくつるんでたテリー・ドリーシャーはアンビエント・ダブのひとで、そのころに受けた影響はすごく大きかったと思う。3枚目の『Peppermint』(2000年)からはアリゾナやLA勢だけじゃなくて、出会いが広がって、プラッドとかも入ってくるんです。『Peppermint』のときがいちばんコラボしていたかな。

ちなみにファーストには “He Didn't Know...Brian Eno...” という曲が入っていますよね。このタイトルはどういう意味なのですか?

C:コッペ、ブライアン・イーノが大好きで。そのころ親しかったoToのメンバーでめっちゃくちゃいいギターを弾くひとがいて、コッペの曲づくりにもとってもインスピレイションをくれたひとりなんですけど、イーノの話をしたら「え、だれそれ?」って。ブライアン・イーノのこと彼はぜんぜん知らなかったんです。だからそのまんまの曲!

ファーストでいちばんお気に入りの曲はなんでしょう?

C:難しいー。こないだリリース・パーティがあってDJ KENSEIと話してて、彼は “Floatin’” を気に入ってくれてるみたいで。30周年だからリメイクするのもいいんじゃないなんて話になったけど。でも毎日聴きたい音って変わるから、自分で選ぶのは難しい。猪股さんに聞いてみようよ!

猪股:いま現在の感覚で選ぶと、初期の作品に惹かれます。さきほどちらっとダブっていうキーワードが出ましたけど、スモーキーな具合、浮遊感、重さみたいなところが当時のアブストラクト・ヒップホップとかエレクトロニカの流れにあって、それがちょうどいま聴くと気持ちいいですね。

C:2枚目とか、3枚目とか?

猪股:それこそファーストですね。

C:えー嬉しー! もうアホみたいに嬉しいですよ。だってコッペが全部自力でプロデュースして全部自力で曲書いたのってファーストだけだもん。そういえばポーティスヘッドは大好きなグループのひとつだった。アリゾナの家で掃除機かけてたときにラジオから “Dummy” が流れてきて、「やばっ、なんだこれ」って。コッペの耳にはアイザック・ヘイズがビリー・ホリデイとコラボしたように聞こえて、もう鳥肌もので。でもポーティスヘッドは最初の1枚だけだったな。

マッシヴ・アタックはいかがですか?

C:マッシヴは大好きですね。マッド・プロフェッサーがやった『No Protection』ってあるでしょ。今回のリミックス盤も、『No Protection』みたいにぶっ壊せばいいかと思って出す決心をして。

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近年の2作『*(Un-)tweaked』と『蜜』をめぐって

亡くなってしまった方々って、エネルギーとしてふわふわ飛んでるじゃないですか。だから、コッペみたいな頭が空っぽな火星人に、チョウチョみたいに降りてくるんです。

『*(Un-)tweaked』(2022年)は落ち着いた雰囲気の、聴きやすいジャズ・アルバムですね。デューク・エリントンの “Satin Doll” のようなスタンダードのカヴァーも多くあります。これを出す時点で、リミックス盤の『*( -)tweaked』をつくることは決まっていたのですか?

C:はい。もう絶対ぶっ壊そうと思ってました(笑)。〈Mango + Sweetrice〉ってコッペのほぼすべてなので、絶対に嘘ついちゃいけないんですよ。自分が出したくないものは出してはいけない。でも唯一、『*(Un-)tweaked』で初めて、ヒロくん〔※コッペの弟〕をハッピーにするために出すっていう動機からはじまって。だから自分のなかですごく葛藤があった。でも、マッシヴの『No Protection』があったから、あとでぶっ壊せば大丈夫だっていうことで踏ん切りがついたという。
 もともとの録音は、ジェイキー(Richard ‘Jakey’ Slater)のコンピュータから出てきたんです。お蔵入り音源が。おくある状況ですけど、録音してたってことさえコッペは憶えていなくて。『蜜』(2021年)をつくり終わったあとに、ジェイキーが「じつは、昔のコンピュータからジャズの音源が出てきて、めちゃくちゃいいかわ、使わないのはもったいないよ」って。聴いてみたらまあたしかにいいかなって内容で、そこに何曲か足して。

では、だいぶ前の録音が使われているんですね。

C:もう10年とか、15年くらい前。たしかジェイキーが新しいスタジオで仕事をはじめたときで、「ちょっとテストしたいからなにかやってみて」みたいな感じで、当時よくライヴを一緒にやっていたメンバーと集まって。それを彼が録っていたんだと思う。

録られていたことに気づかず。

C:そういうのばかりですよ! ピーナッツ・バター・ウルフの “PBWolf vs. Mothra (feat. Cappe)” もそう。ずいぶん昔、彼のスタジオに遊びに行ったときにレコーディングされてたことをコッペはまるでわかってなくて、レコードが出たこともぜんぜん知らなかった。ひどいやつらですよ(笑)。でも、それはUSのヒップホップだと普通みたいで。「そうなんだ、いいよべつに」みたいな。

ほかにも知らないうちに出ている作品もあるかもしれませんね。

C:いっぱいあると思いますよ。昔はドラムンベースでも歌いまくってたし、ロンドンの〈No U-Turn〉のスタジオとかでも、行くたびにインプロで歌いまくってたので。オービタルの最近の “Moon Princess (feat. Coppe)” も、「ちゃんとクレジットしてくれるのかな?」って不安だったけど、彼らはやっぱりプロフェッショナルなのでちゃんとやってくれた。でも「Coppé」の最後のチョン〔※アクサンテギュ〕はつけてくれなかった(笑)。

先ほど少しお話に出た、もうひとつ前のアルバム『蜜 Mitsu (25rpm)』はピアノ・アルバムでしたね。

C:あれはもうずいぶん昔みたいな感覚……ロックダウン中につくったやつです。生まれて初めて経験して、でもコッペにとってはかけがえのない時間でもあったんですよ。くだらないミーティングとかで外に出ていかなくてよくなって、棚からぼたもちのような、自由になる時間ができて。もうスタジオに缶詰めになるしかないですよ。それで。コッペが持ってる楽器でいちばん古い、コロンビアのエレピがあって、ピノコっていう名前をつけているんですけど、スタジオの奥でほこりをかぶっていたそれをジェイキーきれいに掃除して、「ピノコごめんね」って言ってぽろぽろ弾きながら、ピノコとの会話をスタートさせました。そしたらジェイキーが「レコーディングしてもいい?」って言ってくれて、そこからサクッと3~4日くらいでできたのがあのアルバムです。だから、ぜんぶインプロなんです。たぶん、バッハが降りてきたと思う(笑)。
 こういうこというと「コッペさん、イっちゃってる」とか思われるかもしれないけど、亡くなってしまった方々って、エネルギーとしてふわふわ飛んでるじゃないですか。バッハにしてもジム・モリスンにしても、みんな、もっともっといい曲を書きつづけていたかったと思う。でも病気とかいろんな理由があって、先に逝っちゃって。でも、みんなスピリットとして元気にやっていて、曲を書きつづけてるんですよ、絶対。でも地上にいないと形にはできない。だから、コッペみたいな頭が空っぽな火星人に、チョウチョみたいに降りてくるんです。コッペはいつも頭を空っぽにしてるので、チョウチョが来るとすぐに指が動いたり声になって出てくる。だから、けっしてコッペが書いているんではない。頭で考えてとか、そういう暇はまるでないので。小学生のころは「ここまでAマイナーだったから次はメジャーにしよう」とかいろいろ考えていたんですが、この『蜜』にかんしてはそれはまったくなかった。自然とできあがってしまったという。

憑依されているというのはシュルレアリスムっぽいところもあっておもしろいですね。自分の意識の外からやってくるもの、コントロールできないものによって作品ができてしまうという。

C:コッペの作品はもう80パーセント以上、もしかしたら90パーセント以上そうだと思います。歌詞もほぼ夢からできているし。そもそも地に足が着いていないですしね。だいたい毎日ふわふわしているので。

「ぶっ壊して!」とオファーした最新リミックス盤


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「とりあえずぶっ壊して!」っていうのだけ。やっぱり嫌じゃないですか、「ビョークみたいなのをやってください」とか「エンヤみたいに」とか、だったらビョークに頼みなさいよって思いますし。

さて、あらかじめつくることが決まっていたという今回のリミックス盤『*( -)tweaked』ですが、人選にはどのような狙いが?

C:いや、なにもないですね。ただコッペのまわりにいる仲良しなひとたちにお願いするっていう(笑)。ただみんなそれぞれスケジュールがあるから、そこはタイミングを見て。プラッドがいちばん時間がかかったかな。

個人的には今回のリミックス盤では、このプラッドの “Satin Doll (Plaid Remix)” がいちばん好きでした。

C:プラッドだとコッペは、“Atlantis Is Kushti (Plaid mix)” (『Peppermint』2000年、収録)がいちばん好きかな。あれはプラッドのふたりが日本にツアーに来たとき、そのころコッペはまだアリゾナに住んでたんですけど、同行して一緒に沖縄の座間味島っていうところまで泳ぎに行って、そのときできた曲で。1998年だったかな。元ジ・オーブのクリス・ウェストンやミックスマスター・モリスも一緒にいました。みんなプラッドとつながってて。座間味島ってほんとうに海がきれいで、みんなで潜ってレインボー・フィッシュを追いかけたり。サンゴって死ぬと真っ白になるんですけど、そのうえをはだしで歩くとしゃりしゃりして、痛いんだけど気持ちいいんです。その音が大好きで、当時MDのレコーダーでレコーディングしていたので、それを持ってその音を録りに潜ったんですよ。でもぜんぜんダメで、MDが壊れちゃって。みんなから「そういう電子機器は水中では使えないんだよ」って教えてもらいました(笑)。そしたら数年後にプラッドのエド(・ハンドリー)が、海の中にも持っていけて、クジラの声まで録音できるコンタクト・マイクをプレゼントしてくれて。

猪股:「エド」で思い出しましたが、ドラムンベースのエド・ラッシュ&ニコのニコが、2002年ころの作品にはよくクレジットされていましたよね。

C:ニコとはすごく仲良くなってます。ニコのスタジオがいちばんレコーディングしてる場所だと思う。ニコは当時あのあたり、エド・ラッシュとかオプティカルとかを仕切っていたひとで、でもなんか悪いことをされて音楽業界が嫌になっちゃったみたいで。自分が書いたのにクレジットしてもらえなくて、大ヒットしてとか。向こうってそういう大事なところが抜けてるんですよ。でもいまでもロンドンに行ったらつるんでますよ。たしか父親がBBCの偉い方で、ボブ・ディランとかにインタヴューしてる方で。でもニコは不良(笑)。

今回のリミックス盤でいちばん気に入っているのはだれのリミックスですか?

C:難しいなあ。もうあんまり憶えてない(笑)。いつも次につくってるもののことを考えてるから。来年ファーストの『Coppé』が30周年なので、いまはレーベル〈Mango & Sweet Rice〉30周年記念盤をつくってます。ルークと一緒に。

(今回のリミックス盤にも参加している)ルーク・ヴァイバートですか?

C:そう。ヒップホップ。じつは、今回の “My Funky Valentine (Luke Vibert Remix)” をお願いしたあと、いろいろあって、30周年記念盤でも一緒にやろうということになりました。それ(30周年記念盤の曲)はもう鳥肌が立つくらい、めちゃくちゃいい曲になっています。目玉の1曲。

それは楽しみです。今回のリミックス盤で、予想外のものが来たなというのはありましたか?

C:コッペはニカコイが好きなんですけど、彼とのコンビネーションってすごいと思うんですよね。以前『Milk』(2017年)というアルバムをつくったときに、当初ニカコイには1曲だけお願いしていたのに、3曲もやってくれて。相性がいいんです。『Rays』(2012年)のときも、最初はとりあえず1曲って感じでスタートしたんだけど、あれよあれよという間に1枚まるごと共作になって。今回のリミックスについてはノー・コメントですが、ずっと近くにいてほしいひとです。

猪股:いろんな方にリミックスをオファーする際、方向性など注文を出したりはしましたか?

C:「とりあえずぶっ壊して!」っていうのだけ。やっぱり嫌じゃないですか、「ビョークみたいなのをやってください」とか「エンヤみたいに」とか、だったらビョークに頼みなさいよって思いますし。そういうことをみんなにはさせたくないので、好きなようにぶっ壊してくれって。クリエイティヴのフリーダムはかならずみんなに与えます。そういうオーダーですね。

猪股:DJ KENSEIさんについてもお尋ねしたいです。今回の面子のなかでKENSEIさんはいちばんスタイルの幅が広い方で、いろんなことができる方ですよね。

C:KENSEIは達人ですよね。KENSEIは「そのままバッキング・トラック流して」って言っても絶対やりたがらないようなひとなので、いろいろやりとりしながら、「好きなようにぶっ壊して」と。2023年のフジロックのピラミッド・ガーデンにCoppé feat. Kensei & Hatakenとして出演したんですけど、キャンドルの火に囲まれて、すばらしいライヴだったんです。コッペたちのアンビエントな感じの音と、そよ風で炎が揺れる感じが化学反応を起こして。みんな芝生に座って聴いてくださっているんですけど、その吐息まで伝わってくるような、ハッピーなライヴでした。

困っちゃうぐらい火星人


photo by alex lenz

あなたはこうで、あなたはこう、って区別するの、ぜんぜんわかんないんですよね。音楽もいろんなものを混ぜるし、お料理も混ぜるし、友だちも混ぜるし。そんな感じの、困っちゃうぐらい火星人って感じ。

最近の音楽で気に入っているものはなにかありますか?

C:フローティング・ポインツ。ミックスマスター・モリスは日本に来るといつもかならずうちに来るんですけど、フローティング・ポインツは神経科学の博士号を持っているのにこんないい曲をつくってるんだよって教えてくれて。あと、サム・ゲンデル。彼が “Satin Doll” を使った曲があって、それは超キョイーンってきましたね。

アートワークについてもお伺いさせてください。デザイナーズ・リパブリックのイアン・アンダーソンが手がけていて、オリジナルがピンク、リミックス盤が淡いブルーないしグリーンのセットですが、なにかコンセプトがあったのですか?

C:イアンはエレクトロニカが好きなひとなので、ジャズ・アルバムのデザインやってくれるかな、断られるかなと思ってました。でもオッケーしてくれました。彼は、もしジャズの音源のデザインの依頼が来たら、ボビー・ハッチャーソンのジャケットみたいなアイディアでやりたい、っていうのをずっと考えていたみたいで。「その路線で進めてもいい?」って確認されて、でもミーはいつものようにボビー・ハッチャーソンのことはぜんぜん知らなかったから、「いいよ、好きなようにやって」と伝えて、こうなりました。

イアン・アンダーソンとはいつごろからお知り合いなんですか?

C:『Coppe' In A Pill』(2010年)っていうUSBメモリー・スティックのコンピレーションを出したときだから……いや、『20rpm』(2015年)のころだから、10年くらいかな。デザインも音も、「キョイーン」ってくるものだから、イアンのデザインは最初から「キョイーン」ってきて好きでしたね。あの、バットを持っている女の子のキャラ、「Sissy」が大好きです。『蜜』のときは「蜜」という漢字で遊んでみて、ってお願いしました。

ちなみに、こんにちでは電子音楽をやっている女性はたくさんいますが、コッペさんがエレクトロニック・ミュージックをされはじめたころは、少なくともいまよりはぜんぜん少なかったと思うんです、とくに日本では。そういうことを意識したことはありますか?

C:まるでない。自分がどういうところにいるのかとか、自分でまるでわかってないひとで。

猪股:男性よりもアタリが強かったりとか、あるいはその逆だったりとか、そういうことはなかったんでしょうか。

C:いい質問をくれました! いや、女性とか男性っていうのはいまいちわかんなくて。コッペ、火星人なもんで(笑)。あんまりそういうの意識してなくて、まわりはゲイばっかりだったし。あなたはこうで、あなたはこう、って区別するの、ぜんぜんわかんないんですよね。音楽もいろんなものを混ぜるし、お料理も混ぜるし、友だちも混ぜるし。そんな感じの、困っちゃうぐらい火星人って感じ。

interview with Matthew Halsall - ele-king

 イギリスで最大のジャズ・シーンがあるのはロンドンだが、それとまた異なるシーンを独自に育んできたのがマンチェスターで、その中心にいるのがマシュー・ハルソールである。トランペット奏者で作曲家、そしてバンド・リーダーでもある彼は、2008年のデビュー以来数々のアルバムをリリースしてきて、この度その足跡をまとめたベスト・アルバムの『Togetherness』がリリースされた。初来日公演を記念してリリースされた『Togetherness』は、本国イギリスはもちろんのこと日本国内でも高い評価を得た最新アルバム『An Ever Changing View』(2023年)から、初期名盤の『Colour Yes』(2009年)まで、自身が運営するレーベルの〈ゴンドワナ〉とともに歩んだ十数年のキャリアからマシュー本人が選んだ楽曲を収録する。

 〈ゴンドワナ〉はマシュー以外に、彼が率いるゴンドワナ・オーケストラや盟友のナット・バーチャル、チップ・ウィッカムの作品から、ゴーゴー・ペンギン、ジョン・エリスなどマンチェスター出身のアーティストの作品をリリースするなど、マンチェスター・シーンを牽引してきた。そして、マンチェスター出身のアーティスト以外にも、ママル・ハンズ、ノヤ・ラオ、ポルティコ・カルテットなどのUK勢から、オーストラリア出身のアリーシャ・ジョイ、ベルギー出身のスタッフなど、所属アーティストの顔ぶれもインターナショナルになってきた。ジャズ以外にもエレクトロニック・ミュージックやポスト・クラシカル系と、音楽性の枠も広がっていった。スピリチュアル・ジャズと形容されることの多いマシュー・ハルソールの音楽だが、近年はフィールド・レコーディングを取り入れてアンビエントの要素が増しており、多様な音楽性を抱える〈ゴンドワナ〉の運営が自身の音楽性にも関与していると言えそうだ。

 ピーター・バラカン監修のフェス《Live Magic》と、Blue Note TOKYO公演で来日中のマシュー・ハルソールに、これまでの活動や 〈ゴンドワナ〉のことを振り返り、また自身の音楽の基盤となるものや影響されるものなど、いろいろと話をしてもらった。

ジャイルス・ピーターソンやミスター・スクラフといったDJは、先生と呼べるほど、自分が音楽を聴くにあたってとても影響を受けた存在です。

あなたは2008年に『Sending My Love』でデビューして以来、10数枚に及ぶアルバムを発表し、また自身のレーベルである〈ゴンドワナ〉からさまざまなアーティストを送り出してきました。すでに長いキャリアを積み重ねられているにも関わらず、これまで日本のメディアでのインタヴューがないようで、あなたのことをよく知らないリスナーもいるかと思われます。ですので、まずはどのようにしてジャズ・トランペット奏者になり、〈ゴンドワナ〉を運営するようになったのか教えてください。

マシュー・ハルソール(以下MH):リヴァプールに住んでいた6歳のころ、両親と祖父母と一緒に、日曜日の午後のコンサートに行きました。そこはニューヨークのジャズ・クラブのような雰囲気で、ジャズ・トランペット奏者がディジー・ガレスピーの “A Night In Tunisia” やマイルズ・デイヴィスの “Milestone” を演奏していて、わたしはビッグ・バンドならではの昂揚感あふれるエネルギーをとても気に入りました。とくにトランペットに魅力を感じて、6歳ながらに「トランペットがいい、トランペットがいい!」と夢中になり、それがトランペットとジャズとの出会いのきっかけでした。トランペットに惹かれたときからレッスンをはじめて、13歳のときに憧れのビッグ・バンドに入りました。14歳、15歳のときはそのビッグ・バンドとともに世界でツアーをして、オーストラリアやアメリカ、そういった国をまわっていましたね。

13歳で抜擢されるというのはすごく早熟ですよね。

MH:(照れ笑い)17歳になってからはサウンド・エンジニアリングやプロダクションの勉強をはじめました。レコードをつくることにとても興味があったので、そういう勉強も。とくに〈ブルー・ノート〉や〈インパルス〉などが好きだったのでそのような音の勉強と、あと〈ニンジャ・チューン〉や〈ワープ〉のようなサウンドも好きでしたので、ソフトウェアやシンセサイザーを使っての音づくりも勉強しました。DJカルチャーに興味を持ちはじめたのが14歳から15歳のときで、ジャイルス・ピーターソンミスター・スクラフといったDJは、先生と呼べるほど、自分が音楽を聴くにあたってとても影響を受けた存在です。
 たとえば、ジャイルス・ピーターソンは当時(2000年代前半)ザ・シネマティック・オーケストラマッドリブといったクラブ・ジャズ系をよくプレイしていて、ミスター・スクラフはクラブ・ミュージック以外にアリス・コルトレーンファラオ・サンダースといった純粋なジャズ・アーティストの作品もかけていたんです。彼がプレイした ファラオ・サンダースの “You’ve Got to Have Freedom” にとても衝撃を受けました。それからファラオ・サンダースを聴くようになって、そしてアリス・コルトレーンを発見して『Journey In Satchidananda』(1971年)を聴き、そこでスピリチュアル・ジャズというものに出会います。
 そして23歳のころ、リヴァプールからマンチェスターに移住しました。この時期のマンチェスターのDJシーンやミュージシャンのシーンがとても面白かったからです。とくに、マット&フレッズ・ジャズ・クラブに入り浸っていて、そこではザ・シネマティック・オーケストラのメンバーなど、シーンで活躍するアーティストが演奏をしていました。ミスター・スクラフも月に一度DJをしたり、ライヴ・シーンとクラブ・シーンをよく学べる環境でしたね。その時期に自分のレコードをつくってみたいという興味が湧いて、シーンで活躍している音楽家たちとレコードをつくるのですが、出してくれるレーベルが見つからず、結局は自分でレーベルを立ち上げてリリースするというかたちになりました。

なるほど。〈ニンジャ・チューン〉ではザ・シネマティック・オーケストラやミスター・スクラフの名が挙がりましたが、〈ワープ〉ではどのアーティストがお好きでしたか?

MH:ボーズ・オブ・カナダエイフェックス・ツインスクエアプッシャープラッド……そのあたりが中心でしたね。


Live Magic(恵比寿ガーデンホール)でのライヴ。Photo by Moto Uehara

サックス奏者のナット・バーチャルと組んだ初期の作品、ファーストの『Sending My Love』やセカンドの『Colour Yes』(2009年)などは、かつて英国ジャズの草創期に活躍したレンデル=カー・クインテットあたりを連想しますが、トランペット奏者のイアン・カーの影響もあるのでしょうか? 

MH:じつはレンデル=カー・クインテットの音楽と出会ったのは、それら2枚のアルバムをつくった後でした。きっかけはジャイルス・ピーターソンの『Impressed With Gilles Peterson』(2002年)というコンピレーションに収録されていたことで、それを聴いてイギリスのジャズ・ミュージシャンがモーダルなジャズをつくっていることを知ることができ、とても嬉しく思いました。

ナット・バーチャルやゴーゴー・ペンギンなど、マンチェスターのシーンで活躍してきたひとたちとあなたは深くつながってきました。いまでもロンドンに出ていかず、マンチェスターに根差して活動しているのはなぜでしょう?

MH:ロンドンの音楽シーンはたしかに盛り上がっているし、そこで成功しているひとたちもいっぱいいます。ただ、わたしとしてはイギリスのなかで、ロンドンだけでなく、ほかの場所に住んでいる才能あふれるミュージシャンたちをサポートすることを大事にしたいんです。友人や家族など、ほんとうに大切にしているひとたちもマンチェスターにいるので、ここで活動を続けています。

ロンドンだけでなく、ほかの場所に住んでいる才能あふれるミュージシャンたちをサポートすることを大事にしたいんです。

あなたはゴンドワナ・オーケストラを率いていることもあり、ソロ・プレーヤーとして活躍するよりもバンド・リーダーというか、サウンド・プロデューサーとして全体を俯瞰しながら音楽をつくっている印象があります。また、初期はインストの作品のみでしたが、途中からシンガーを交えて作品をつくることも増えていきました。仲のいい友人ミュージシャンとバンドを組むことからはじまって、アルバムを重ねるごとに編成も大きくなっていった印象ですが、この15年ほどでバンドがどのような変遷をたどってきたか、その過程を教えてください。

MH:まず、キャリアの初期のころは、マンシェスターの音楽シーンで活躍していたミュージシャンを自分のバンドでフィーチャーしていました。とくに自分が尊敬していた音楽家たち、たとえばナット・バーチャルやチップ・ウィッカム、ジョン・ソーン、あとザ・シネマティック・オーケストラのメンバーだったルーク・フラワーズとか、そういった方たちと一緒に演奏したいと思ったのがスタートでした。ただ、キャリアを積むことによって次第に、まだ名は知られていないけれど若く才能のあるミュージシャンたちをフィーチャーして、彼らにスポットライトを当てたいというふうに変わっていって、それに応じてメンバーの編成も変わっていきました。

あなたの作品にはハープがフィーチャーされることが多く、『Into Forever』(2015年)では日本の琴も取り入れていましたが、それら奏者はすべて女性ですよね。それによって……

MH:いや、じつは男性のハープ・プレイヤーもフィーチャーしたことがあるんです。『Oneness』(2019年)というアルバムがあって、そこで演奏しているのがスタン・アンブローズというハープ奏者で。同作には “Stan's Harp” という、彼をトリビュートした楽曲も収録されています。彼はリヴァプールのプレイヤーなんですが、病院で患者のためにセラピーとしてハープを演奏しているような、とてもスピリチュアルな方です。ただ、ご高齢だったこともあって一緒にツアーができず、ほかのハープ奏者を探したところ、イギリス北部に住んでいるハープ・プレイヤーはみんな女性だったので、おのずと女性をフィーチャーすることになりました。

なるほど。そうしたハープの導入などによりあなたの作品はアリス・コルトレーンやドロシー・アシュビーたちの作品と比較されることも多く、またあなた自身もアリス・コルトレーンのカヴァーやトリビュート曲を手がけたことがあります。あなたのサウンドの特徴でもあるハープですが、とりいれるようになったきっかけを教えてください。

MH:おっしゃるとおり、アリス・コルトレーンやドロシー・アシュビーの影響で、自分の音楽にもハープをとりいれるようになりました。ザ・シネマティック・オーケストラの『Every Day』(2002年)というアルバムでもアリス・コルトレーンがサンプリングされていて。それらがきっかけですね。あと、自分はメディテイション(瞑想)やスピリチュアルなライフスタイルにも興味があって、ハープのメディテイティヴな部分やピースフルな音色が、 自然と自分の音楽にも入ってきたんです。

いまお話に出た瞑想的な部分、メディテイショナルな側面はあなたの音楽の大きな特徴で、ゆえにスピリチュアル・ジャズと呼ばれることが多いかと思います。他方で、ロサンゼルスのカマシ・ワシントンやロンドンのシャバカ・ハッチングスのスピリチュアル・ジャズなどとは異なり、激しいフリー・ジャズのような演奏がされることはあまりありません。基本的にモード演奏をベースに、ときに静穏で理知的です。ご自身としては、自分の音楽についてどのようにとらえていますか?

MH:まず、わたし自身がリスナーでありミュージック・ラヴァーだと思っているので、そういった意識のもとで音楽をつくっています。その過程でピースフルな感じやメディテイティヴな要素が入ってくるのかな……トランペッターとしては、ほんとうに自分が信じるものを吹いているので、レコードに比べるとやはりライヴのほうが心から火がほとばしるような演奏ができるなと思います。ですが、やはりレコードやアルバムという作品のフォーマットを考えると、最初から最後まで楽しめる作品をつくりたいので、ソウルフルな要素や空間の広がりを感じさせる雰囲気、心が落ち着くような部分も大事にしています。


Blue Note Tokyoでのライヴ。Photo by Takuo Sato

ふだんリスナーとしてアンビエントやニューエイジもよくお聴きになるんですか?

MH:そうですね。エレクトロニック・ミュージックやネオ・クラシカルと呼ばれる音楽、もちろんジャズもそうなんですが、それらのなかにもアンビエントといえる音楽があると思います。たとえばジョン・ハッセルブライアン・イーノスティーヴ・ライヒニルス・フラームオーラヴル・アルナルズなど。そういった実験的な、アンビエントにつながるような音楽はよく聴きますね。

ジョン・ハッセルがお好きなのは、やはりトランペット奏者という点からでしょうか?

MH:たしかに、ジョン・ハッセルにはトランペッターという部分でも惹かれました。いま〈ゴンドワナ〉に所属しているポルティコ・カルテットというバンドにも、ジョン・ハッセルの音楽と通じるところがあります。わたし自身も彼らの音楽のファンですし、キャリアのスタートもおなじ時期でしたし、ポルティコ・カルテットのほうもジョン・ハッセルのファンとして音楽をつくっていたり、いろいろなつながりがあります。トランペッターで面白い音楽をつくっているアーティストがいると、いつも興味を持って聴くようにしています。たとえばDJ KRUSHの作品で、トランペット奏者の近藤等則と共作したアルバム『記憶 Ki-Oku』(1996年)がありますが、その演奏もすごく好きです。

近年の『Salute To The Sun』(2020年)や『An Ever Changing View』(2023年)といった作品では、自然界の音をフィールド・レコーディングで用いたり、カリンバやマリンバといったアフリカ由来の原初的な楽器を交えたり、より素朴で自然を感じさせる音を奏でる工夫が為されています。アンビエントや環境音楽に通じるところもあるわけですが、こうした自然や大地への回帰にはどのような意図があるのでしょう?

MH:先ほども言ったように〈ワープ〉が好きで、ボーズ・オブ・カナダなど、これまで聴いてきた作品のなかにフィールド・レコーディングをとりいれているものがあって、それがきっかけですね。ジャズというジャンルではフィールド・レコーディングの手法をとりいれたものが少なかったので、挑戦してみたという理由もあります。また、わたしがフィールド・レコーディングをした場所は、自身が作品を書いた場所でもあるので、リスナーの方に自分が作品を書いたのと同じ場所に一緒に入って楽しんでほしい、という意図もあります。

ジャズというジャンルではフィールド・レコーディングの手法をとりいれたものが少なかったので、挑戦してみたという理由もあります。

この度、ベスト盤の『Togetherness』がリリースされています。これまでの活動を振り返ってみて、どのように感じていますか?

MH:これまでの活動を振り返ってみて、自分がいまここにいられることをほんとうに嬉しく思っています。キャリアにおいては、自分と楽曲との物語がもちろんあるわけですが、いろんなひとに「この曲を聴いて、こう感じたんだ」といったようなエピソードを聞かせてもらうと、「自分の音楽がひとを助けてきたんだな」ということを実感できて、ほんとうに幸せです。それと、日本に来て演奏することも、ずっと願ってきたことだったんです。じつはファースト・アルバムを出す2008年よりも前の、2003年に初めて日本を訪れたことがありました。自分の音楽キャリアがはじまるずっと前から、日本で演奏したいと考えていたんです。だから、ベスト盤を日本で出してライヴまでできるということはほんとうに大きな成果だと思っています。

今回のベスト盤には10曲が収録されていますが、核になっているのは実質的に4枚のアルバム、『Colour Yes』(2009年)『Fletcher Moss Park』(2012年)『Into Forever』(2015年)『An Ever Changing View』(2023年)からの曲ですよね。この4枚が中心になった理由を教えてください。

MH:今回のベスト・アルバムの選曲をするにあたっては、たんにひとつのアルバムから1曲を選ぶのではなく、通しで聴いたときに自分のキャリアにとって大事だった時期と、自分がつくってきた「ある音」を象徴するような1枚にしたかったので、どちらかというとDJ、プロデューサー的な脳が働いて、どうやったらフロウ(流れ)をつくれるのかということを意識して選曲しました。もちろん、去年リリースした『An Ever Changing View』からも選曲したかったし、『Fletcher Moss Park』も自分のキャリアにおいてもっとも成功を収めたアルバムだったので、そこからも選曲したくて。そういうことを考えつつ、あとは流れをつくるために、この4枚からの選曲になりました。

とくに思い入れの深い曲はありますか?

MH:1曲選ぶとしたら “Together” ですね。15年前にリリースした楽曲で、今回のコンピレーション・アルバムのタイトルにもつながりますが、「together」ということばに「unity」や「peace」といった意味も込めてそう名づけたんです。15年経ったいま、そうした世界平和にもつながるようなメッセージがより大切に感じられるようになってきていますよね。それと、ライヴでこの曲を演奏するときに、オーディエンスと自分がおなじ空間のなかで音楽を楽しめるように、という意味もあります。いまでもこの曲を演奏すると、ピースフルな雰囲気だけでなく、観客からの熱気や喜びも感じられて、自分とオーディエンスのつながりを深く感じられるんです。あと、これは余談ですが、この曲は『Colour Yes』に入っていて、そのアルバムは以前一度リイシューしているんですが、そのタイミングでこの曲がプレイリストに入って、より多くの方に楽しんでもらえるようになりました。だから自分のキャリアのなかでもっとも成功した1曲と言ってもいいと思っています(笑)。

最後に、あなたの音楽を聴いているリスナーに向けて、メッセージをお願いします。

MH:ほんとうにみなさんのサポートに感謝しています。こうして日本で記事が出るということもほんとうに嬉しく思いますし、自分の音楽がこれからもいろんなひとたちとつながっていくことで、また日本に来て演奏できることを楽しみにしています。

10月のジャズ - ele-king

 2018年11月にロイ・ハーグローヴが亡くなって間もなく6年が経つ。フレディ・ハバードの系譜にあたる正統派ジャズ・トランペッターでありつつ、クエストラヴ、Q・ティップ、J・ディラ、ディアンジェロ、コモン、エリカ・バドゥらとソウルクエリアンズを結成し、そうしたなかからクロスオーヴァーなユニットのRHファクターを興すなど、ジャズの枠にとらわれずにヒップホップやR&B、ファンクと幅広い活動をおこなった。亡くなる直前もカッサ・オーヴァーオールの『Go Get Ice Cream And Listen To Jazz』に参加するなど、最後まで進取の気性に富むミュージシャンであり続けた。

Roy Hargrove
Grande-Terre

Verve / ユニバーサルミュージック

 そんなロイの未発表アルバムの『Grand-Terre』がリリースされた。ソウルクエリアンズを結成した頃のロイは、一方でラテン・ジャズにも傾倒していた。1997年にチューチョ・ヴァルデスをはじめとしたキューバやプエルト・リコのミュージシャンらとバンドを結成し、グラミー賞受賞アルバムとなる『Habana』をリリースしている。このときのバンドはクリソルという名前だったが、『Grand-Terre』はそのクリソルで1998年に西インド諸島のグアドループで録音された。

 参加メンバーは『Habana』にも参加したミゲル・ディアズ(イベイーのディアズ姉妹の父親)やフランク・レイシーのほか、フリオ・バレットやチャンギートなどラテン系ミュージシャンや、ロイのクインテットのメンバーでもあるラリー・ウィリスといった面々。キューバのピアニストのガブリエル・ヘルナンデスがロイのために書いた激しいルンバのリズムによる “Rumba Roy”、ベーシストのジェラルド・キャノンがアンソニー・ウォンジーのアルバムで書いたメロウなラテン・ジャズ “A Song for Audrey”、後にRHファクターにも参加するジャック・シュワルツ・バートのサックス・プレイが光る “Lake Danse”、ギタリストのエド・チェリーが作曲した陽気なデスカルガの “B and B”、スペイン語のナレーションをフィーチャーしたアフロ・キューバン・ジャズの “Priorities”など、『Habana』の世界をさらに掘り下げたラテン・サウンドを展開する。なかでも素晴らしいのは、シダー・ウォルトン作曲でリー・モーガンの『The Six Sense』に収録された “Afreaka” のカヴァー。重厚でエキゾティックな原曲もいいが、こちらはテンポアップしてじつにダンサブルなナンバーとなっている。


Robert Glasper
Keys To The City Volume One

Loma Vista / Concord

 ロバート・グラスパーは今年アップル・ミュージック限定でアルバムをリリースしていて、6月の『Let Go』、9月の『Code Derivation』に続く第3弾が『Keys To The City Volume One』となる。ミニマルな編成によるメディテーショナルでアンビエントな世界を追求した『Let Go』、ジャズ・サイドとヒップホップ・サイドの両面を提示し、ヒップホップ・サイドではハイ・テック、テイラー・マクファーリン、カリーム・リギンズらとのコラボでサンプリングにより自身の世界を再構築してみせた『Code Derivation』と、それぞれ異なる内容のアルバムとなっているが、『Keys To The City Volume One』は『Black Radio』などを生み出したロバート・グラスパー・エクスペリメントの方法論に近いだろう。彼がニューヨークのブルーノート・クラブでおこなっているレジデント・ギグ「ROBOTOBER」でのライヴ録音となり、ノラ・ジョーンズ、エスペランサ・スポルディング、サンダーキャット、ミシェル・ンデゲオチェロ、ビラル、ブラック・ソートなどがゲスト参加している。

 エスペランサの即興的なヴォーカルをフィーチャーした “Didn’t Find Nothing In My Blues Song Blues” や、イエバをフィーチャーしたネオ・ソウル調の “Over” などのオリジナル曲もあるが、今作においてはさまざまなカヴァー曲が収められ、原曲をいかにグラスパーなりのアレンジや解釈で料理しているかが面白いところだろう。ザ・ルーツの “Step Into The Realm”、チック・コリアの “Paint The World”、レディ・フォー・ザ・ワールドの “Love You Down”、そしてセルフ・カヴァーとなるマルグリュー・ミラーのトリビュート曲 “One For Grew” とさまざまなカヴァーが収められており、アウトキャストの “Prototype” はノラ・ジョーンズがフォーキー・ソウル調で歌いあげる。レディオヘッドの “Packt Like Sardines In A Crushd Tin Box” のクールに覚醒したジャズ・ロック的なアレンジも素晴らしい。


Ashley Henry
Who We Are

Royal Raw / Naïve

 昨年EPの「My Voice」を紹介したアシュリー・ヘンリーだが、この度リリースした『Who We Are』は2019年の『Beautiful Vinyl Hunter』から5年ぶりのフル・アルバムとなる。『My Voice』は自身のヴォーカルやワードレス・ヴォイス、スキャットなどを駆使した歌心溢れる作品集だったが、今回は自分以外にさまざまなシンガーやミュージシャンをゲストに迎え、『Beautiful Vinyl Hunter』もそうであったがアシュリーの多様性に富む世界を見せてくれる。そして、ビンカー・ゴールディング、デヴィッド・ムラクポル(ブルー・ラブ・ビーツ)などロンドンのミュージシャン以外に、アメリカのシオ・クローカーやアジャ・モネ、ニュージーランド出身で現在はロンドンを拠点にするマイエレ・マンザンザなども加わり、より広がりを持って多彩なセッションが繰り広げられる。

 今回のアルバムもアシュリーのピアノと自身やゲストの歌が聴きどころとなるアルバムだ。ジャズ・ワルツ “Love Is Like A Movie” でのジュディ・ジャクソンは、もともとアメリカ出身で現在はロンドンを拠点とするが、ジャズ、ソウル、ブルースなどをミックスしたスタイルの非常に才能豊かなシンガー・ソングライターで、ここではスキャットを交えながら繊細で切ないフィーリングをうまく表現している。“Take It Higher” はアシュリー自身が歌っており、ストリングスを配した雄大なプロダクションはかつての4ヒーローを思い起こさせる。“Mississippi Goddam” は重厚なピアノ・ソロも聴かせるモーダル・ジャズで、ここでもアシュリーのソウルフルなヴォーカルとコーラスのコンビネーションが光る。アジャ・モネのポエトリー・リーディングとアシュリーがデュエットする形でコラボする “Fly Away”、ラッパーの MAK をフィーチャーしたジャズ・ミーツ・ヒップホップの “All For You” など、いろいろな形で歌とジャズを結び付けた作品が並ぶなか、もっともアシュリーらしいのはスピリチュアルなムードを持つ “Oh La”。ビンカー・ゴールディングのサックスをフィーチャーしたダイナミックで躍動的なアフロ・ジャズとなっているが、ここでのアシュリーはワードレスのヴォーカルながら非常にイマジネーション豊かな表現を見せてくれる。そして、マイエレ・マンザンザが人力ブロークンビーツ的なドラムを演奏し、デヴィッド・ムラクポルのヴィブラフォンが印象的な “Tin Girl”、シオ・クローカーのトランペットとアシュリーのエレピが哀愁に満ちたフレーズを奏でるモーダル・チューンの “Autumn” など、インスト曲も充実したアルバムとなっている。


Ezra Collective
Dance, No One's Watching

Partisan

  2022年リリースの『Where I’m Meant To Be』が高く評価されたことにより、2023年度のマーキュリー・プライズをジャズ・アーティストとして初めて受賞したエズラ・コレクティヴ。リーダーのフェミ・コレオソはこの受賞について、エズラ・コレクティヴのみでこの受賞を成し遂げたのではなく、彼らを育んだトゥモローズ・ウォリアーズやサウス・ロンドン・シーンで共に切磋琢磨する仲間たちすべての為せるものとコメントを残していたが、そうした間にもニュー・アルバムの制作は進められ、その『Dance, No One's Watching』が完成した。アルバム・タイトルにもあるように、今回のアルバムのテーマはダンス。ロンドンにはじまり、シカゴ、ナイジェリアのラゴス、オーストラリアのシドニーなど、これまで彼らがツアーなどを通じて出会った世界の国々のさまざまなダンス・フロアがモチーフとなっている。ダンスやダンス・ミュージック、そしてリズムやビートには人と人を繋いだり、結びつけるような力があり、そうしたダンスから生まれる喜びをストレートに伝えるようなアルバムというのが『Dance, No One's Watching』である。

 ゲスト・シンガーにはUKのヤスミン・レイシーやオリヴィア・ディーンから、南アフリカのムーンチャイルド・サネリー、ガーナのラッパーのマニフェストを迎え、盟友のヌバイア・ガルシアはじめ、カイディ・アキニビ、ジェイ・フェルプス、ココロコやロンドン・アフロビート・コレクティヴのメンバーが演奏に加わる。『Where I’m Meant To Be』に比べてアップリフティングでダンサブルなナンバーの比重が増え、“Hear My Cry” のように跳ねるリズムが多用される。アフロビートの “The Herald” にしても非常に速いテンポの跳ねるリズムが特徴だ。フェラ・クティの “Expensive Shit” もカヴァーするが、これもオリジナルに比べて相当速いスピードで疾走感に満ちたもの。フェラ・クティのサウンドをダンス方面にブラッシュ・アップした印象だ。アフロビートだけでなく、サルサ調の “Shaking Body”、カリプソ調の “God Gave Me Feet For Dancing” など、ラテンのダンス・サウンドも多い。“N 29” は比較的ダウンビートのトラックだが、これもフェミ・コレオソがトニー・アレン直伝の複雑で有機的なドラミングを駆使して、ダンサブルなグルーヴを生み出すことに成功している。

Terry Riley - ele-king

 テリー・ライリーが1964年に作曲し、サンフランシスコにて初演を披露した『In C』は音楽史における分水嶺のひとつだった。1968年に新たにスタジオ録音され音盤としてCBSからリリースされた同作は、その後、クロノス・カルテットからデイモン・アルバーンまで、中国からアイルランドまで、実に多様な『In C』を生み、そのどれもがそれぞれの魅力を放っているのは、この曲が、ひとつのシステムであり、メタ・ミュージックであるからにほかならない。50人ほどの演奏者がそれぞれ、ハ長調のフレーズを好きなように繰り返しながら生まれるこの曲には、テリー・ライリーのなかの、集団が自由に動きながら調和するという、理想主義的なコンセプトを見ることができるだろう。

 というわけで、今年の7月21日に京都は清水寺で実現した、『In C』60周年記念のコンサートの実況録音盤がCDリリースされる。当日のチケットは瞬殺だったそうで、行けなかった人もぜひこの60周年ヴァージョンを聴いて、『In C』から立ち上がる瑞々しい世界を体験して欲しい。
 なお、紙エレキングの年末号は、「特集:テリー・ライリーの『In C』とミニマリズムの冒険」です。山梨の小淵沢まで取材してきました。こうご期待。

アーティスト:テリー・ライリー (Terry Riley)
タイトル:In C - 60th バースデー・フルムーン・セレブレーション・アット・清水寺 (In C - 60th Birthday
Full Moon Celebration at Kiyomizu-dera Temple)

発売日:2024年12月20日(金)1枚組CD
品番:sibasi-1 / JAN: 4571260594982
定価:2,727円(税抜)
紙ジャケット仕様

Tracklist
1. In C - 60th Birthday Full Moon Celebration at Kiyomizu-dera Temple

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Photo by FEEL KIYOMIZUDERA / Sudo Kazuya

シビル・ウォー アメリカ最後の日

監督・脚本:アレックス・ガーランド
出演:キルスティン・ダンスト、ヴァグネル・モウラ、スティーヴン・ヘンダーソン、ケイリー・スピーニー
原題:CIVIL WAR
製作国:アメリカ・イギリス
A24/2024年製作/109分/PG12/字幕翻訳:松浦美奈
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式HP:https://happinet-phantom.com/a24/civilwar/
©2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.
10月4日(金)TOHOシネマズ日比谷 ほか全国公開

 近未来のアメリカで内戦が勃発するという戦争ファンタジー。3年前に起きた国会議事堂襲撃は確かに内乱の予感を孕んでいた。議事堂を埋め尽くす人々を見上げるように撮ったショットも南北戦争のひとコマとダブって見えた。だとすれば暴力的な方向に想像力を広げるという悪ノリはありなのだろう。アメリカが自壊するというファンタジーは世界的にも需要が高そうだし、オリヴァー・ストーンあたりが監督を務めれば内省の質も高くなり、別次元の面白さが期待できたと思う。アレックス・ガーランド監督による『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、しかし、19の州が連邦政府から離脱し、WFと呼ばれる反乱軍として政府軍に武力攻撃を仕掛けるところから話は始まっているものの、離脱した19の州には民主党の支持母体とされるカリフォルニア州と共和党の屋台骨であるテキサス州が両方とも参加していて内戦の主体が共和党と民主党の対立に基づくものではないことが前提となっている(南北戦争は英語だとCIVIL WARなので、南部連合の再現という可能性もなくはないものの、そうした説明はなかった)。つまり、現実の政治状況とはかなりかけ離れた世界が想定されていて、誰と誰がなんのために戦っているのか、その理由は最後まで明らかにされない。アメリカのような文明国家で内戦が起きているのにその理由が示されないというのはさすがにどうなんだろうと思うし、「国会議事堂襲撃事件」に少なからずの衝撃を覚えた者としてはやはりそこを省略するのは違うと感じたことは否めない。途中で差し挟まれる人種問題もイレギュラーな事態だと取れる説明があり、内戦の本質ではなく、便乗という扱いだった。そう、民主党と共和党の対立という構図を避けてしまったために『シビル・ウォー』は現実と向き合った作品ではなく、むしろアメリカの現状を無視した作品に見えてしまった。思想よりも暴力や戦争に関心があるという人はそれでもいいんだろうけれど、だったら『ダンケルク』でも繰り返し観ればいいのでは? 結論から先に言ってしまえば、『シビル・ウォー』はガーランド監督の母国であるイギリスがアメリカを途上国のひとつに成り下がったと見下す作品であり、ヴィクトリア朝の精神がいまだイギリスでは健在なんだなということがわかる作品だった。

 アレックス・ガーランドは96年に小説『ザ・ビーチ』でデビューし、脚本家としてダニー・ボイルと組んでからは映画業界に軸足を移したイギリスのマルチ・タレント。ショッキングな題材を好み、作品のほとんどはB級で、『シビル・ウォー』の監督がガーランドだとわかった時は「目端の効くやつだな」という感想が最初に湧き出てきた。本編はキルステン・ダンストらによって演じられるジャーナリストたちがスーサイド“Rocket USA”に乗って車を発進させるところから本題に入っていく(以後、戦闘シーンにデ・ラ・ソウル“Say No Go”などBGMはどうもピンと来ないものが多かった)。ストーリーのほとんどは彼らがワシントンへと向かうロード・ムーヴィーとして費やされ、一行は道中で様々なアメリカ人と出会う。その多くはエゴを剥き出した市民たちであり、アメリカ人がどれだけ市民として下等なのかということが逐一印象づけられる。彼らはいわば未開の風景のなかを旅して行くのである。ダニー・ボイルがレイヴ・カルチャーと重ね合わせて映画化した前述の『ザ・ビーチ』は、レオナルド・ディカプリオ演じる主人公が冒頭でタイのホテルに泊まる際、『地獄の黙示録』から短いシークエンスを2回ほどインサートしていて、それはその後の旅で主人公が味わう苦難を先取りしたイメージとなっている。西欧人が未開のパラダイスを求めてアジアなどにやってきて、先に乗り込んでいた西欧人と対立するという図式は『地獄の黙示録』も『ザ・ビーチ』も『シビル・ウォー』もまったく同じ。要するにジョぜフ・コンラッドが『闇の奥』(1899)で提起した主題が踏襲され、さらにいえばガーランド監督による『エクス・マキナ』も『MEN 同じ顔の男たち』も遠くに出掛けて行って怖い目に会うという展開はやはり同じ感覚から発生しているといえる。大袈裟にいえばイギリス人にとってホーム以外はどこもかしこも未開で恐ろしい場所だという感覚があり、その感受性は『ガリヴァー旅行記』や『ロビンソン・クルーソー』といったグランド・ツーリズムの時代から何も変わっていないとすら思えてくる。『シビル・ウォー』の冒頭でアメリカの大統領が傍若無人に振る舞い、南米の独裁者のように認識される時点でこうした投影は始まっていた。ザ・ザが“Heartland”で「This is the 51st state of the USA(イギリスはアメリカの51番目の州)」と歌っていた現状認識とは真逆の精神性に裏打ちされている。

 そのように考えていくと、カリフォルニア州とテキサス州を含むWFというのは実はイギリス軍というキャラクターを背負っていたと僕には思えてくる。『シビル・ウォー』が描いているのはアメリカの内戦ではなく、独裁者に支配され、途上国と変わらなくなったアメリカにイギリス軍が攻め入り、ワシントンを陥落させるという近未来ファンタジーではないのか。『パイレーツ・オブ・カリビアン』で海賊船として描かれていたのは実際の歴史ではイギリス軍のことであり、イギリスの侵略マインドは相当に根が深く、ヴィクトリア朝時代のイギリスが19世紀にアフリカでどれだけの部族を根絶やしにしたことか。イギリスはジェノサイドの実行数では他の国家を圧倒的に引き離し、インド人がいまだにチャーチルを許さないという感情にも歴史の実像が反映されている。イラク戦争の時にも明らかにイギリスはアメリカを追随する存在だったのに、まるでアメリカと同等か、むしろアメリカを従えているかのような発言には違和感があり、昨年、イスラエルがパレスティナへの攻撃を始めた際にもアメリカとイギリスは瞬時にしてパレスティナの沖合に戦艦を派遣している。インドネシアが同じくパレスティナ沖合に医療船を派遣してけが人の治療にあたっているのとは対照的に、ただ単に戦艦を停泊させているのはなぜなんだろう(イギリス国内で強い影響力を持つユダヤ・マネーに気を使っているということなのか?)。いずれにしろワシントンはWFによって陥落させられ、イギリス軍の残酷さは『シビル・ウォー』のラスト・シーンに集約されている。ジャーナリストたちを主役にしているので、それは1枚のスナップ写真として示され、戦争の喜びと高揚感をこれでもかと表すものになっている。悪ノリに導かれたある種の本質といえるだろう。

 ちなみにアメリカの歴史が変わる瞬間を捉えた作品としては2年前に公開されたジェームズ・グレイ監督『アルマゲドン・タイム』がとてもよくできていて、ザ・クラッシュがカヴァーした“Armageddon Time”を階級闘争ではなくレーガンを支持した再生派キリスト教徒の終末意識と重ね合わせて表現した同作は政治的な知識がないと人種の差を意識した青春ものといった内容でしかないけれど、ドナルド・トランプの父が財政を牛耳る高校でトランプの姉が行うスピーチやユダヤ教徒が再生派に対して覚える絶望感など、宗教が政治を動かす様がよくわかり、政治的な文脈を理解できる人たちにはなにがしかの戦慄を覚える内容になっていた。いわゆるボーン・アゲインやエヴァンジェリストがレーガンを動かした経緯に詳しくない方はグレース・ハルセル著『核戦争を待望する人々』を読んでから観ることをお勧めします。(2024年10月5日記)

Marcellus Pittman - ele-king

 ムーディマンセオ・パリッシュリック・ウィルハイトから成る3チェアーズ、その第4のメンバーとしても知られるマーセラス・ピットマンの来日がアナウンスされている。11月1日(金)@大阪NOON、11月2日(土)@名古屋CLUB MAGO、11月8日(金)@東京VENTの3か所をツアー。次はいつ体験できるかわからない、デトロイト・ハウスの至宝によるDJセット──なにごとも速すぎる現代、ビートダウンしてダンスを楽しみたい。

Marcellus Pittman Japan Tour 2024


◆11/1 (Fri) 大阪 @NOON

DJ: Marcellus Pittman, MITSUKI (Mole Music), YOSHIMI (HIGH TIDE)
PA: Kabamix

Open 22:00

Advance Ticket 3,000yen + 1 Drink
U-23 3,000yen + 1 Drink
Door 4,000yen + 1 Drink

Info: NOON + CAFE http://noon-cafe.com
大阪市北区中崎西3-3-8 TEL 06-6373-4919
AHB Production http://ahbproduction.com


◆11/2 (Sat) 名古屋 @CLUB MAGO

DJ: Marcellus Pittman, TAIHEI, CAN TEE, SBT

Open/Start 22:00

Advance Ticket 3,000yen + 1 Drink
Ticket Information
https://club-mago.zaiko.io/item/366967

Door 4,000yen + 1Drink

Info: Club Mago http://club-mago.co.jp
名古屋市中区新栄2-1-9 雲竜フレックスビル西館B2F TEL 052-243-1818


◆11/8 (Fri) 東京 @VENT

=ROOM1=
Marcelus Pittman
Midori Aoyama
SUZU

Open 23:00

Door ¥4000
Advance Ticket 2,500yen (priority entry) https://t.livepocket.jp/e/vent_20241108
※The purchase of ADV will be available until 23:59 on the day before the event.
※前売券の販売はイベント開催の前日23:59までです。
Before 24:00 2,000yen
SNS DISCOUNT: 3,000yen

Info: VENT http://vent-tokyo.net
東京都港区南青山3-18-19 フェスタ表参道ビルB1 TEL 03-6804-6652

[プロフィール]

Marcellus Pittman | Boiler Room x Beacon Festival

Marcellus Pittman (Unirhythm, 3Chairs / from Detroit)

マーセラス・ピットマンは、デトロイトに生まれ育ち、自身のレーベルUnirhythmを主宰する。
10代初めにはローカルのラジオステーションWJZZの熱心なリスナーになり多くを学び、Larry “Doc” Elliott や “the Rose” Rosetta Hinesの番組を聞いていたという。
ディスコがフェイドアウトし、よりプログレッシブな音楽が出始めた頃(当時デトロイトではハウスやテクノ、またそのプロトタイプ的なものは”Progressive"と呼ばれていた)、The Wizardと名乗っていたJeff MillsやElectrifying Mojoがラジオ電波上で新しいアーティストをプッシュし続け、世界中からの音楽をリスナーに提供していた。ヒップホップ、エレクトロ、テクノ、ハウス、ディスコをミックスするそのフリーなスタイルに大きく影響されたという。
Home Grownというヒップホップグループでトラックメイカーとして活動していたが、Theo Parrishに出会い、『Essential Selections』Vol.1、Vol.2をSound Signatureからリリース。Rick Wilhite、Kenny Dixon Jr. aka Moodymann、Theo Parrishで構成されていた3Chairsに、4番目のメンバーとしてDJツアーやプロダクションに参加している。また、Theo、Omar-S、Marcellusのプロジェクト、T.O.M Projectにも参加し、Omar Sのレーベル、FXHEからはM.Pittmanとして『M.Pittman EP』と『#2』をリリースしている。
デトロイトの新興レーベル/ディストリビューター、FITからリリースされた12”レコード、M.PITTMAN『Erase The Pain』は、某大御所DJ達の間でカルト的賞賛を得た。Hungry Ghost (International Feel), Ackin’ (Internasjonal), Madteo, Nina Kraviz, Erika (Interdimensional Transmissions), Motor City Drum Ensemble, Funkadelicらにリミックスを提供している。

IG https://www.instagram.com/marcelluspittman
RA https://jp.residentadvisor.net/dj/marcelluspittman

interview with Neo Sora - ele-king

『HAPPYEND』

新宿ピカデリー、 ヒューマントラストシネマ渋谷ほか、絶賛上映中

監督・脚本:空 音央
撮影:ビル・キルスタイン
美術:安宅紀史
音楽:リア・オユヤン・ルスリ
サウンドスーパーバイザー:野村みき
プロデューサー:アルバート・トーレン、増渕愛子、エリック・ニアリ、アレックス・ロー アンソニー・チェン
製作・制作: ZAKKUBALAN、シネリック・クリエイティブ、Cinema Inutile
配給:ビターズ・エンド
日本・アメリカ/2024/カラー/DCP/113分/5.1ch/1.85:1 【PG12】

ⓒMusic Research Club LLC

 ファスビンダーはゴダール作品の多くに複雑な感情を抱いていたが、『女と男のいる舗道』だけは例外で、27回も観たそうだ。まあ、映画には音楽ほどの身軽さはないけれど、好きな映画はたしかに繰り返し観たくなる。空音央は、喩えるなら、ひとりの人間が20回以上は観たくなる映画を目指している、と思われる。それにデビュー作というものには、かまわない、やってしまえ、という雑然としたエネルギー(そこには政治性も内省も含まれる)があるものだ。そしてその熱量は、彼のモンタージュを吟味するような余裕を与えない。ぼくはもういちど、『HAPPYEND』を観に映画館に行かなければならないのである。

 高校を舞台にアナキズムを突き刺した作品といえば、ぼくの場合は真っ先にリンゼイ・アンダーソンの『If もしも……』、日本では相米慎二の『台風クラブ』が思い浮かぶ。もっとも『HAPPYEND』は、当たり前のことだが、それらのどれとも違っている。映像作家、空音央の長編映画デビュー作は、近未来のSFと言いながらも現在を語っている寓話だ。生々しい現実を「リアリズム」ではなくフィクションによって表現する手法は、音楽ファンにはアフロ・フューチャリズムを想起させるだろう。ブラック・ユーモアもふくめ、それは「テクノの聖地であるデトロイト」が得意とするやり方だ。
 しかも興味深いことに、『HAPPYEND』ではテクノと岡林信康という、集団のための機能的な音楽と60年代のプロテスト・シンガーの歌が重要な意味を持つ。このじつに妙な組み合わせは、いま、我々の日常生活を支配する「リアリズム」に抵抗したマーク・フィッシャーの思想ともリンクしている、とぼくには思える。
 というわけで、読者諸氏のために、空音央監督が本作制作中に聴いていた音楽のプレイリストを掲載しておこう。クラブ・カルチャーが映画で描かれるときは、ドラッグとセックスというあくびが出るようなお決まりのパターンばかりだが、『HAPPYEND』はまったく違っている。

それこそマーク・フィッシャーが言うように未来がなくなること、そのアイロニーと距離を持って世界と接することであって、フィッシャーが言う「メシア的な希望」、それともう新しいものはなにも生まれないという資本主義、ネオ・リベラリズムの絶望をつねに反復しているみたいな。

質問に入る前に、まず、最初にひとつお伝えしたかったのが、「デトロイト、テクノの聖地」、まさかこのセリフを(日本の)映画で聞けるとは思っていなかったです。あの場面で、涙腺が緩みましたね(笑)。

空:コアですね(笑)。

ほかにも印象的なシーンがいくつもあったんですけど、いちばん笑ったのは、楽器屋で働く無愛想なおばさんがおもむろに店内のDJブースの前に立って、テクノを爆音でプレイしはじめる場面。

空:あの楽器屋さんのモデルって、じつはPhewさんなんです。最初Phewさんにお願いしたんですが、タイミングが合わなくて。でも今回演じてくださった方もとても良かったです。

Phewさんだとかっこよすぎるんじゃないですか(笑)。

空:そうなんです。Phewさんっぽいけど、もうちょっと普通の人みたいな感じにしたくて、あれをやってもらった感じです。

あの、DJをやっている姿がさまになってしまっているんですよね。

空:あれ本当に一日で習得してもらったんですよ。全然DJとかやったことない方でしたけど。

そうでしたか、あれは見事でした。それにしても、高校生を主役にした青春ドラマはたくさんありますが、「テクノが好きでDJもやる高校生」という設定はないと思います(笑)。このアイデアはどういうところから来たんですか?

空:自分が好きだから、それだけでしかないんですけど。自分の高校時代は、テクノにドハマりしていたわけではなく、ファンクの方が好きだったんですけど、大学時代にかなりテクノにドハマりして、クラブに行くようになったんです。それで、近未来だったら高校生でもテクノぐらいやってるかなとか(笑)。自分の好きなものを入れたいから、そのために設定を紛れるみたいな。自分の趣味でしかないです。

行松(¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U)くんが出てるのもすごく嬉しかったですね。

空:僕も嬉しいです(笑)。

行松くんとはどんな繋がりで?

空:行松さんはめちゃくちゃシネフィルで、エリック・ロメールの映画とかを観に行くといたりするんで、それでだんだん仲良くなったんです。蓮見重彦の本を渡されたりとか、そういう感じです。

じゃあ映画を通じて友だちになったという?

空:そうですね。友だちですね。ニューヨークに住んでたころから一方的にファンで、Keep Hushっていうイベントの日本編に観にいって、話しかけたこともありました。そのあと、やけに映画館でよく遭遇するようになったり、自分も「GINZAZA」という短編上映シリーズをやっていたんですけど、それを観に来てもらったりとか、普通に家に遊びに来たりとか、そういう感じです。映画の趣味が合うんですよ。それで、「映画作るんだけど、ちょっと出てくれませんか」みたいな感じで言ったら「はい」みたいな感じで。

ニュー・ジャーマン・シネマでいまいちばん好きなのは、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーです。『八時間は一日にあらず』という未完成のテレビ・シリーズも好きだし、まあでも、いちばん好きなのは『マリア・ブラウンの結婚』ですかね。

もともとファンクが好きだったということですが、音楽遍歴を教えてもらえますか?

空:子どものころからいろんな音楽を聴かされていて、ピアノとか、ヴァイオリンとかも子どものころは弾かされてたんですけど、ぜんぜん下手で練習も好きじゃなくて。最初にハマって、自覚的に自分からCDとか買いにいったのがレッド・ホット・チリ・ペッパーズかな。あとはゴリラズとか。

10代前半とかのことですか?

空:そうですね、中学生ごろです。そこからベースを弾きはじめたら、だんだんファンクが好きになり、ジャコ・パストリアスとかそこらへんを通りつつ、同時進行でレディオヘッドやポーティスヘッドを好きになったりとか。同時期に現代音楽とかもいろいろ聴いてたりとかして、大学に上がっていったら、テクノにハマったっていう。

おー、なるほどね。

空:ちょうど僕が大学にいたときに、〈ナイト・スラッグス〉が流行ってたんですよ。そこらへんをどっぷり浴びて。

〈ナイト・スラッグス〉かぁ、若い(笑)。ニューヨークですか?

空:ウェズリアンっていって、コネチカット州なんで、ちょっと違うんですけど、近いです。うちの大学はすごく、まあユニークなのかな、なんか生徒主体のコンサートを企画するクラブみたいなのがあって、大学からお金をもらってコンサートを企画するんですけど。で、僕が最初、大学に到着した日とかかな、僕の大学のなんかこう寮みたいなところで、ビーチ・ハウスグリズリー・ベアがコンサートしてたり、〈ナイト・スラッグス〉のDJ、アーティストが来たり、でかくなる前のケンドリック・ラマーがいたり、そういう感じの環境だったんです。だから、そこで本当にいろんな音楽を吸収しましたね。

じゃあ、もうかなりの音楽好きなんですね。

空:そうです。大学を卒業した後はブルックリンに住んでたんで、ブルックリンのクィアなクラブ界隈によく遊びに行きました。

〈Mister Saturday Night〉周辺とか、アンソニー・ネイプルスとか。

空:アンソニー・ネイプルスは交流があって、前にPV撮ったこともあります。アンソニー・ネイプルスの曲も、編集中にちょっと入れたりしてました。

じゃあ、DJパイソンなんかも。

空:大好きです。その界隈には本当によく遊びに行きました。で、楽器屋の店長がぶち上げる曲は、まだデビューもしてないんですけど、友だちの曲です。

ああ、なるほど。あの曲も、2010年代のNYのアンダーグラウンドな感じがありますね。で、そんな空さんが映画という表現を考えるきっかけになったことってなんなんでしょうか?

空:生活のなかに映画を観るという習慣がありまして、友だちとつるむときも映画を観ていたし、両親と一緒にも観ていた。高校のころは通学路に映画館があって、普通のシネコンなんですけど、そこで友だちと一緒になんでも観るみたいな。高2、高3ぐらいになってくると、友だちのカメラを使ってみんなで映像を作ってましたね。まだ出たばっかりのYouTubeに載せたり。それで、大学に行って映画の授業をとってみたら、面白いなと思ったんです。自分がけっこう映画作品を観ていたこともわかったし。僕は多趣味で、絵も描いて、写真も撮って、音楽も好きだった。遊びで演奏もしていました。でも、まあ全部趣味で、下手くそなんですよ。全部平均よりちょっと上ぐらいな感じのレヴェルで、突出したものはなかったんです。

謙遜じゃないですか(笑)。

空:そんなことはないです。高校ではいちばん絵が上手かったんですけど、大学に行ったら一番下手になるみたいな感じのレヴェルです(笑)。ただ、その全部が好きだったっていうのがあって、それで、映画だったらそのすべてをまとめてできるようなメディアじゃないかなっていうのがあった。しかも、映画の歴史の授業を最初に取るんですけど、そのときにやっぱり面白いなって思いました。で、体系的に学んでいくとさらに理解が深まったりもするんで、だんだん好きになっていきましたね。

とくに大きな出会いは?

空:『アギーレ/神の怒り』ですね。クラウス・キンスキーが最後に猿を掴んで投げるやつとか、もう頭から離れないですよ。猿を掴む感じ、なんだこれは? みたいな。リュミエールから順に見ていくみたいな授業があって、それでニュー・ジャーマン・シネマにたどり着いて。ニュー・ジャーマン・シネマでいまいちばん好きなのは、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーです。『八時間は一日にあらず』という未完成のテレビ・シリーズも好きだし、まあでも、いちばん好きなのは『マリア・ブラウンの結婚』ですかね。

ある意味もっとも過激な人ですね。あの人も音楽を効果的に使いますよね。『ベルリン・アレクサンダー広場』だって、戦前ドイツが舞台なのになぜかクラフトワークがかかる(笑)。

空:それこそ、大学ではクラウトロックとニュー・ジャーマン・シネマの関係性の論文を書いたりしてました。

ヴェンダースの『都会のアリス』(音楽はCAN)もあります。いつか自分の作品を撮りたいって思ってたんですね?

空:はい、ずっと思ってました。大学生のころから、2011年、2010年、そのぐらいからです。

じゃあもう、今回の作品の構想みたいなものもあったんですね。

空:7年ぐらい前にはありました。メモ帳を見ると、最初に出てくるメモが、2017年なんです。たぶん言葉にする前の段階では、2016年ぐらいからだったんじゃないかと思うんですけど、そのぐらいからずっとこれを作りたいと思ってたんです。

自分の第一作目を青春映画、学園ドラマというか、そういうものにしようと思ったっていうのは、なぜなんですか?

空:たぶん多くの監督のデビュー作って成長や青春、まあ、カミング・オブ・エイジと言われるような、そういうものになると思うんですけど、それは比較的、自然なことなんじゃないかなと思っています。なぜなら、最初に作るものには、それまで、自分が生きてきた体験を詰め込みたくなるからだと思います。まさに自分もそうで、高校〜大学、卒業した後に渦巻いていた僕のなかにあったものを全部このなかに入れたみたいな感じです。

なるほど、じゃあ実体験も入ってるんですか?

空:リミックスしてはいますけど、めちゃくちゃ入ってますね。ジェンガ(※積み木ゲーム)もやってましたし。

青春映画を作るにしても、とくに学校を舞台にしなくてもいいわけですけど、それを選んだのは?

空:つまらない答え方だとなりゆきっていうか。友情の物語が核なんですけど、最初の方はもっと広い話で、学校外のこともいろいろ入ってたんですが、やっぱり物語を凝縮していって無駄なものをだんだん削っていくと、結局学校が舞台のメインになってきましたね。さらに予算のこととかも考えはじめると、最終的に(物語を作るうえでの)必要な場所が学校だったっていうのが正しいかな。

学園ドラマではあるんですけど、ひとつの寓話ですからね。

空:そうですね。まさにその通りです。

空さんの、いまの社会に対しての強い気持ちが、いろんな場面に現れていて、内的な葛藤みたいなものもふたりの主人公を軸に描写しているように思いました。で、空さんが最終的に何を言いたかったんだろうっていうのを考えるわけですけど……。

空:まあでも、伝えたいこととかはとくにないんです。(取材で)観客に対しての社会的なメッセージみたいなことをよく聞かれるんですけど、どういうメッセージなのかみたいな。映画とは、別にメッセージを伝えるものではないと思っています。メッセージを伝えるのは、プロパガンダ映画なんです。僕がこの脚本を書きたいって思うぐらい強い衝動が、2016年ぐらいに結実して書きだすんですけど、それは本当に溢れてくるから書くんですよね。書きたいという気持ちと、自分のなかで抑えきれない感情みたいなものが溢れてきて、それが合わさって映画になっていくみたいな感じでした。どちらかといえば、日記のように自分のなかの政治的な思いや社会に対する怒り、もしくは自分が経験した友人たちへの愛なんかを描いていくような。まあ実際に政治性をもとに人を突き放したり、突き放されたりっていう経験があって、その深い悲しみみたいなものだったりとか、まあそういうのが渦巻いてるわけですよね。とくに2016年にはトランプが大統領になってしまった。

なるほどね。

空:というのもあるんですけど、まあ、いろいろ渦巻いていて。自分は映画を、まあ練習してきたし、勉強していたんで、そうしたものを映画にするのがすごく自然だったんです。だから作ったという感じで、社会についてのメッセージを人びとに伝えたいっていう気持ちはむしろなかったですね。まあでも、映画を通して発言する機会を与えられるのであれば、言いたいことっていうのはいくつかあります。関東大震災のときの朝鮮人虐殺を忘れるな、っていうのと、いま起こってるジェノサイドに対して声を上げろっていうのを、どうせ発言の機会を与えられるんだったら、それを言いたいなってぐらいのことなんです。でもそれは別にこの映画とはある意味関係ないっていう。

ただ、ひとりの人間として言いたい、と。

空:映画ってすごい特異な場所で、劇場って何百人ぐらいの人が観るわけですよ、こっちのことを。しかもこんなに自分の脳内をさらけ出してるみたいな映画を観たあとに、監督本人が、質疑応答で出る機会があると、その人たちに対してなにか言える機会があってですね。そういう機会をくれるんだったら、そういうことは言いたいけど、でも、映画を通してそれを伝えたいかどうかって言ったら、違います。

映画を通して発言する機会を与えられるのであれば、言いたいことっていうのはいくつかあります。関東大震災のときの朝鮮人虐殺を忘れるな、っていうのと、いま起こってるジェノサイドに対して声を上げろっていうのを、どうせ発言の機会を与えられるんだったら、それを言いたいなってぐらいのことなんです。でもそれは別にこの映画とはある意味関係ないっていう。

僕が今年見た映画で一番ショッキングだったのが、この『HAPPYEND』にコメントを寄せている濱口竜介監督の『悪は存在しない』なんですね。で、あの映画は説明をしない。一方で空さんの映画には、説明しようとしているものを感じるんですよね。良い悪いでも、説明的という意味でもないですよ。

ああ、ただ設定が設定なので、説明しないと描ききれないというのがあるんです。

たしかに、未来が舞台なので、ある程度の説明は避けられませんからね

空:もっとも大変だったのは、友情が崩壊していくさま、その理由として政治性が芽生える。で、それを描くためには、政治性が芽生えるきっかけと社会の部分を描かないと描ききれない。それを描くには、左翼的な人たちが出てくるシーンも描くんですけども、難しかったのが、そういう人たちの会話の自然な台詞みたいなものを考えると、説明的になってしまうんです。なぜなら左翼は、めちゃくちゃはっきりとセオリーを言ってしまうから。資本主義はこうで、権力はこうでみたいなのを言うじゃないですか。で、そこをリアルに描いたヴァージョンもあったんですけど、そうすると映画的には非常につまらないものになってしまう。試行錯誤した結果、いまの形になってるんですね。座り込みのシーンもそうです。それを説明的に描いたらつまらないものになってしまったから、ああいうふうになってる。でも、本当はなるべく説明は避けたいと思っていますね。

なるほど。あと、これは音楽の話にもリンクするんですけどね、もうひとつ面白いなと思ったのは、未来の高校生たちが岡林信康の歌を歌うこと。あれはなんで岡林なのかっていう。

空:歌詞がすごくテーマとリンクしているっていうのもあるんですけども、単純にあの曲が好きです。プロデューサーの増渕愛子が教えてくれたんですけど。森崎東の『喜劇 女は度胸』っていう映画で歌われているのを増渕が発見して、YouTubeで聴かせてもらって、めちゃくちゃ面白いじゃんみたいな感じになって。それでしばらくして、脚本についてふたりで話し合ってたとき「合唱してるシーンって映画的だよね」みたいな話になって、そういうシーンを入れようとしたとき、ちょうどいいじゃんみたいな感じで。

未来の学園、テクノでDJで、岡林信康……。

空:いまってそういう感じじゃないですか。たとえば60年代70年代だったら時系列順にローリング・ストーンズ聴いて、ビートルズ聴いて、みたいな感じになってきますけど、いまはやっぱりもうTikTokの時代とかっていうストーリーですから。

まあそうですね、たしかに。

空:だから、新しい音楽と遭遇したのと同じように、岡林も発見したりするのが、たぶんいまの音楽や文化との接し方っていうか。新しいものを時系列に追うという感じじゃなくなって、まあモノ・カルチャーじゃないっていうことですよね。自分の興味にそそられるまま、ネットを通して、どの時代も、どの文化のものにもアクセスできるようになっているという。

なるほど。

空:この映画のなかには裏設定があって、DJっていうものがそんなにポピュラーじゃなくて、コアな変な人たちがやるものっていうふうにしたくて。この近未来の設定では、大衆が聴く音楽というのは、AIが生成して、自分のムードを検知したりとか、あるいは入れたりしたら、それを生成して聴かせてくれるみたいな時代になっている、と仮定しているんです。そのなかで昔の、——マーク・フィッシャーじゃないですけど——、古いものを再発見して、それで楽しむっていうのがユウタの癖というか、性癖というか。だけどそれって悲しいことであって、まあAIもそうなんですけど、結局古いものを融合させて、新しくないものをまた作り変えるみたいなことしかできない。それこそマーク・フィッシャーが言うように未来がなくなること、そのアイロニーと距離を持って世界と接することであって、フィッシャーが(『資本主義リアリズム』のなかで)ベンヤミンを引用して言う——英語でしか読んだことがないんですけど——「メシア的な希望」という、それともう新しいものはなにも生まれないという資本主義、ネオ・リベラリズムの絶望を常に反復しているみたいな。でも、「メシア的な希望」みたいなものを持ち合わせてないと革命は不可能なので、そのふたつの対立をここにいれたというような。だから、まさにマーク・フィッシャー。

(笑)

空:ユウタが、楽器屋の面接のシーンで言う、「新しいモノってないじゃないですか」っていうのもまさにそれで(笑)。

この映画をの作品名を『HAPPYEND』にしたのはなぜですか?

空:もともとは「アースクウェイク」、「地震」っていう仮タイルだったんですけど、で、考えていったときになぜか『HAPPYEND』っていうのに惹かれて。「ハッピー」が持っている語感のエネルギーみたいなものと「終末」を感じさせるエンディングが合体することによって、この映画の雰囲気っていうか、若者が発している、はつらつとしたエネルギーなんだけれども、それと対比して世界が、絶望的な世界がバックグラウンドにあるという、両方兼ね揃えたような雰囲気を醸し出しているかと思ってつけました。なので、有名なバンド名や曲名などとは関係はありません。

深読みされたりするんですか?

空:されます。本当に関係ないです。たまたまつけたっていう。シンプルでいいと思いました。聞いたことあるフレーズだし、本当に誰でもわかるような言葉だけれども、独特のフィーリングみたいなものがこの映画とマッチしているんじゃないかなと。

『悪は存在しない』もそうだけど、映画のタイトルは、作品を見終わったあとに考えるうえでのヒントになるというか、『HAPPYEND』もそうですよね。そこには、アンビヴァレンスなんだけどどこか清々しさがあるっていうか。

空:それはそうかもしれないですね。映画を観終わったあとにまた、劇場を出て『HAPPYEND』ってタイトルを見たら、たぶん入る前とだいぶタイトルの印象は変わるし、含みもありますよね。でも意外とつけたのは直感的というか。自分もバッチリな選択でしたね。

空監督が今回の作品のなかでとくに気に入ってる場面ってどこでしょう。

空:たくさんあります。毎回笑ってしまうのが座り込みのシーン。窓がコンコンって鳴って佐野さんが開けて、寿司があってそれで何事もなかったかのようにカーテンをシュッて閉めるっていう。あの本当になんでもないように閉めるみたいな佐野さんのシーンがもう毎回爆笑しちゃって、すごい好きなんです(笑)。

なるほど(笑)。

空:でもなんでしょうね、全部好きですよ。どのシーンもうまくいったなって。あと、もうひとつすごい地味なんですけど、機材が盗られてしまって、職員室に北沢って先生と5人が並んで、奥が深くて、っていう。あのシーンはワン・カットなんですけど、めちゃくちゃうまくいったなと思っています。カメラも動かないし、本当に引き画だけなんですけど、事務員が入ってきて鍵を渡すタイミングと、それが全部終わったあとに後ろでタイラがひょこって出てくるタイミング、リズム感が完璧だったんですよ、あのテイクは。ひとつのシーンで本当にミニマルにすべてができたなっていうのが、職業病的に見るとうまくいった実感があって。リズム感がいいんですよ(笑)。

Jeff Parker, ETA IVtet - ele-king

 ジャズ・ギタリストのジェフ・パーカーがまたもこのうえないアルバムをつくりあげたようだ。今回は彼が率いるETAカルテットとの録音で、スタンダードからダブまでがつながっているような、アンビエント・ジャズ作品に仕上がっている模様。国内盤CDは12月11日リリース。要チェックです。

Jeff Parker, ETA IVtet 『The Way Out of Easy』
2024.12.11 CD Release

LAの伝説的ライブハウス、ETAで行われていたセッションから生まれたETAカルテット。ジャズ・ギタリスト、ジェフ・パーカーはじめ、ジョシュ・ジョンソン、アンナ・バターズら実力者たちによる音源が、国内盤CDでリリース!! 近年、LAを中心に盛り上がりを見せるアンビエント・ジャズのまさしく最前線ともいえる現場で、即興的に生まれる彼らの音楽、息遣いを聴くことができる。

ジェフ・パーカーがまたも極上のアルバムを作った。彼が率いるETA IVtetは、LAのETAというレストランで結成され、2016年から毎週レジデントで演奏を続けた。最初はスタンダードを演奏していた。次第に1曲の時間が長くなり、音楽の旅へ導くような演奏は客を惹き付け、レストランの外に入場を待ち望む列が出来るようになった。そのETAにおいて、途切れなく流れる長尺の演奏が厳選された僅か4本のマイクとカスタム・ミキサーで録音された。スタンダードからダブ/レゲエまでを美しいラインに繋げることができるアンビエント・ジャズのエッセンスがここに刻まれている。 (原 雅明 ringsプロデューサー)

https://youtu.be/ErvST4ZkS1Y

【リリース情報】
アーティスト名:Jeff Parker, ETA IVtet (ジェフ・パーカー、イーティーエーカルテット)
アルバム名:The Way Out of Easy (ザ・ウェイ・アウト・オブ・イージー)
リリース日:2024年12月11日
フォーマット:CD
品番:RINC130
JAN: 4988044124981
価格: ¥3,300(tax in)
レーベル:rings

Track List
1. Freakadelic (23:50)
2. Late Autumn (17:21)
3. Easy Way Out (21:59)
4. Chrome Dome (16:45)

Anna Butterss - amplified double bass
Jay Bellerose - drums, cymbals and percussion
Josh Johnson - amplified alto saxophone with electronics
Jeff Parker - electric guitar with electronics and sampler

オフィシャルURL: https://www.ringstokyo.com/jeff-parker-eta-ivtet/
販売リンク: https://diskunion.net/jazz/ct/detail/1008935886

Neighbours Burning Neighbours - ele-king

 今年、2024年はオランダのインディ・ロック・バンドの盛り上がりに確信を持たせるような年になった。素晴らしい2ndアルバムを出したアムステルダムのパーソナル・トレーナー(2枚目のアルバムはなんとも優しいギター・ロックだった)、ポスト・パンクの領域を広げたデビュー・アルバムを出したロッテルダムのトラムハウス、リアル・ファーマーのアルバムにザ・クリッテンスのEP、軽く考えただけでも次々に名前が出てくる。そのほとんどのバンドがイングランドにツアーに出かけ、音楽的影響を持ち帰り自身の音楽をさらに広げていく。
 比較的、地理的に近いということも大きいのかUKのバンドとの交流も多い。ノッティンガムのオタラ(これからサウス・ロンドン・インディ・シーン以降の重要バンドになるのではと期待しているバンドのひとつだ)にインタヴューしたときに、いままででいちばん印象に残ったライヴは何かと尋ねたのだが、オランダ、ロッテルダムのサーキット・フェス、レフト・オブ・ザ・ダイアルの名前を挙げていたのも印象的だった。曰く、こんなにたくさん好きなバンドが見られるフェスはなかった、と。レフト・オブ・ザ・ダイアルのラインナップは本当に凄く、UKを中心にヨーロッパやアメリカ、アジア、世界各国のアンダーグラウンド・シーンの気配を持った100を超える若手バンドが集まっている。そのラインナップはどのメディアの期待のバンド・リストと比べても遜色がないだろう。こうしたフェスが毎年おこなわれているというのもまたオランダのインディ・シーンの地盤の固さを物語っている。

 そんなオランダ・シーンの中で自分が今年いちばん期待していたのがロッテルダムを拠点に活動するネイバーズ・バーニング・ネイバーズのアルバムだった。ザ・スイート・リリース・オブ・デスやソロとして素晴らしいアルバムを作り上げたアリシア・ブレトン・フェラーのバンドであり、パーソナル・トレーナーやトラムハウスなどがインタヴューでおすすめのオランダのバンドを聞かれたときに毎回名前をあげるようなバンドで、このシーンの重要バンドと言ってもいいかもしれない。ノイズとポスト・パンクの間でうごめく冷たい炎が宿ったカオス、バンド結成初期の時期がコロナ禍と重なるという難しさもあったのかデビュー・アルバムのリリースまで長い時間がかかったが、しかしついにアルバムがリリースされた。金属のメロディを刻むギターに、高い位置で膨らむベース、陶酔した意識を引き戻すかのようなドラム、そぎ落とされたネイバーズのストイックな音楽は冷たく強烈な衝動でもって心を後ろ暗く躍らせる。それは庭で遊ぶ子どもが壁の隙間から何かを除き見るときのような、背徳と期待が入り交じった感情で、否が応でも胸を高鳴らせるのだ。

 たとえば “Familiar Place” と名付けられたその曲は、何かを伝える信号と引っかいたようなノイズを生み出す二本のギターが相まって心を落ち着かなくさせる。不安にゆれる “Always Winning” のアルペジオにしても同様で、アリシア・ブレトン・フェレールとダニ・ファン・デン・アイセルのふたりのギターとヴォーカルは交互に行き来しながら虚空に意味を刻んでいく。暴力的でありながら優しく静かに。あるいはそれはカミソリで指先を傷つけたその瞬間に似ているのかもしれない。糸を引くように線が生まれ、血が噴き出し、わずかに溜まり、そうして重力に引かれ落ちていく。痛みを感じるのはその後だ。
 おそらくこのアルバムのなかで最も古い曲であろう2019年から演奏されてる “Hesitate” はやはり素晴らしい曲で、ソリッドなアレンジを施されてこのアルバムのなかで一際輝きを放っている。はやる心にシンクロするようなアラム・シーヴのドラムに、爆発するキャット・カルクマンのベース、そして落ち着くことを許さない二本のギターのフレーズ、鋭く薄い金属の刃で幾重にも切りつけるかのようなこの曲は、ノイズのカオスのなかでいかにこのバンドが特別であるのかを証明する。

 そう、このバンドは特別なのだ。この1stアルバムがリリースされる直前にギターとヴォーカルを務めるアリシア・ブレトン・フェラーの脱退が発表されて、ここに収められたネイバーズの姿はすでにない。だが記録された楽曲がバンドの輝きを示し続ける。抑制が効いたノイズのカオス、コントロールされた衝動が封じ込められた青白くゆらめく炎、このバンドのライヴをもう見ることができないのは残念だが、いまはしかしこの素晴らしい1stアルバムを残してくれたということに感謝すべきだろう。地下でうごめく静かな熱を僕は感じる。

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