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ここ数年でブリアルのセカンド・アルバムとザ・XXのデビュー・アルバムを繰り返し来ている人は、デトロイト・ハウスの暗い冒険における第三の男による25年目にして最初のオリジナル・フル・アルバムを気に入るんじゃないだろうか。試しに最初の3曲を聴いてみるといい。アマゾンのサイトで聴ける。
2010年は、最初の3枚のシングルを編集した『ザ・ゴッサム&ソウル・エッジ』と自身が経営するレコード店の名前を冠した、デトロイトとシカゴのディープ・ハウスのコンピレーション『ヴァイブス・ニュー&レア・ミュージック』の2枚のアルバムを発表したリック・ウェイドが、2011年新春は彼にとってのファースト・アルバムをリリースする。『アナログ・アクアリウム』がそのタイトルである。"アナログ"という言葉にはもちろんアンチ・デジタルという意味が込められている。デリック・メイからムーディーマン、あるいはDJノブがときに主張するここ最近の"アナログ"志向は、なんでも新しい技術を受け入れればいいとういものではないという、ある種の抵抗運動である。この正月、僕は静岡でデリック・メイのDJを聴いた。デリックが「ここだ!」というタイミングで激しいイコライジングを繰り返しながらミックスするロバート・オウェンスの"ブリング・ダウン・ザ・ウォールズ"をしっかり受け止めることができたオーディエンスは決して多くはなかったが(90年代が懐かしすぎる!)、しかし相変わらず3台のデッキとミキサーを使って"演奏する"彼のDJは、目新しさはないものの、依然としてフロアを揺るがす力を持っている。とくにリズムにアクセント付けるためのあのこまめなイコライジングはいつ聴いても感心する。あれだけやれば、誰もが踊ってやろうという気になる。
リック・ウィルハイトにおける"アナログ"もイコライジングにあるが、デリック・メイのリズミカルなそれとは違う。彼の仲間のひとり、セオ・パリッシュと同じように、ウィルハイトはより過剰に、サイケデリックと呼びうる領域まで音域を変化させる。『アナログ・アクアリウム』は、そうしたデトロイト・アンダーグラウンドの生演奏による作品だ。
しかし......"アクアリウム"と呼ぶには抵抗があるほど、これはダーク・ソウルなアルバムである。スリーヴアートはカラフルだが、どう考えても中身の音楽とリンクしない。冒頭にも書いたように、スタイルこそ違えどブリアルやザ・XXのような真夜中の音楽だ。とりわけセオ・パリッシュとオスンラデが参加した"ブレイム・イット・オン・ザ・ブギ"、スリー・チェアーズの第四のメンバー、マルセラス・ピットマンが参加した"ダーク・ウォーキング"の2曲はデトロイト・アンダーグラウンドの闇のなかの光沢を魅力をたっぷりと見せつける。最小限の音数で、最大限の叙情を引き出す"ダーク・ウォーキング"もまたその真骨頂である。とくにマニアックなリスナーなら、嫌らしいほど一見単調な反復のなかに細かい変化を付けていく"コズミック・ジャングル"と"コズミック・スープ"の16分に陶酔するだろう。それでもアルバムの白眉はビリー・ラヴが逆立ちしながら呻いているような、さかしまのソウル・ミュージック、"ミュージック・ゴナ・セイヴ・ザ・ワールド"だ。ムーディーマンとも似た淫靡さがナメクジのようにうごめく、いわば打ちひしがれたミュータント・ファンクである。
『アナログ・アクアリウム』を聴けば、ムーディーマン系のディープ・ハウスもマンネリズムに陥っていると思っているリスナーも考えをあらためるのではないだろうか。スリー・チェアーズにおける第三の男は主役の座に躍り出ようとしている。何よりも彼らにアナログ主義という主張がある限り、デトロイトの実験的なハウス・ミュージックはまだまだ先に進みそうだ。
野田 努