リリースから1ヶ月が経とうとしているが、J・ラモッタ・すずめのニュー・アルバム『すずめ』に対する評判がすこぶるいい。街中やラジオでふと流れてきたりすると、ゆっくり浸りたくなる心地よさがある。J・ディラ譲りのビートメイクを生のバンド演奏に置き換え、エリカ・バドゥが引き合いに出される声で可憐に歌うスタイルは、ここ数年のソウル/R&Bにおけるトレンド(いわゆる「Quiet Wave」)を反映したものだ。しかし、彼女のサウンドは作為的なものよりも、ナチュラルで風通しのよいムードのほうが遥かに際立っていて、クリエイティヴの自由を謳歌しているのが伝わってくる。
彼女が体現する自由のバックグラウンドには、様々なカルチャーが交錯している。もともとイスラエル出身で、現在はベルリンを拠点に活動中。自身のバンドにはデンマークやエジプトの出身者も参加し、アメリカのビート・ミュージック界隈とも接点を持つ。そして、アーティスト名は日本語の「すずめ」。昨年の来日公演も好評だったチャーミングな逸材は、同じくイスラエル出身/ベルリン育ちのバターリング・トリオと同じように、持ち前の多様性でもってソウルの新たな潮流を示す存在となっていくだろう。
この後に続くインタヴューの質問作成にあたって、TAMTAMのジャケット・デザインなどで知られる川井田好應さんにアドバイスしてもらった。彼はJ・ラモッタが「すずめ」を名乗るきっかけを与えた人物。「Yoshiとはベルリンで偶然知り合って、とても良い友人関係を築くことができた。初めてのEP(2015年作「Dedicated To」)のアートワークを手がけてくれたりね。そして私は、日本の子守唄をサンプルした“Yoshitaka”という曲を書いて、彼にプレゼントしたの。(今回のアルバムの)日本盤ボーナストラックになっているわ」と彼女は語っている。出会いは人生を豊かにさせるし、自分の生き方は必ず自分自身に跳ね返ってくるというのが、彼女の話を聞くとよくわかるはずだ。
学校は、自立してやっていける方法を教えることはできない。私は芸術学校に対して批判したいことが結構ある。あそこで学べることはたくさんあるけれど、その反面、洗脳している部分も多いと思う。
■まずは音楽的ルーツの話から聞かせてください。イスラエルの伝統音楽に幼い頃から慣れ親しんできたと思いますが、どういったものをよく聴いていましたか?
すずめ:イスラエルはいろいろな国の人たちが集まってできた国だから、本当に多文化なの。イスラエルに住んでいる人は、70年前かそれよりもあとに、他の国から移ってきた人たちよ。私の家族は1960年代にモロッコから来たわ。だから、イスラエル音楽だと思っていたものでも、ヨーロッパだとか北アフリカのサウンドの影響を受けているのよ。私は幼い頃から、西洋の音楽に慣れ親しんできたわ。アメリカ発祥の音楽が大半だったけど、アフリカの音楽も聴いていた。だから幼い頃から聴いてきたイスラエルの音楽というのは特にないわね。私は人生のほとんどの間、ジャズを聴いてきたの。
■ジャズとの出会いについても知りたいです。
すずめ:ジャズは深い愛情のようであり、私にとって故郷のような存在なの。初めてジョン・コルトレーンを聴いたときの衝撃は忘れられない。ジャズはアティテュードなの。それが私のバックグラウンドにあって、この音楽が自分の人生にあることを本当に感謝しているわ。自分にとっていちばん大きな学びを与えてくれたものだから。
■テルアビブにいた頃には、ジャズ・スクールにも通っていたんですよね?
すずめ:ええ。学校へ通って、ビバップやスウィング、ハードバップなどいろいろなスタイルを学び、自分でもそれを生み出そうとした。音楽の道を歩みはじめた頃はブルーズの曲をよく歌っていたんだけど、その後、ジャズに出会ったときは衝撃的だった。こんなにもディープなんだと驚いたわ。
ただ一方で、学校はツールを与えてくれることはできるけれど、私がミュージシャンになる方法は教えてくれないということに、ある時点で気づいたの。学校は、自立してやっていける方法を教えることはできない。私は芸術学校に対して批判したいことが結構ある。あそこで学べることはたくさんあるけれど、その反面、洗脳している部分も多いと思うわ。例えば、ジャズがどういうサウンドであるべきか、という昔からの考え方というのが根強くあって、そういうことを学校では教えている。それはある種の洗脳だと思うのよ。そういう伝統的な考え方から解放されるのには時間がかかるの。
■なるほど。
すずめ:ジャズはその時代、その瞬間を反映している音楽だと思う。かつてのジャズには、アフリカ系アメリカ人のムーヴメントが反映されていた。ジャズはそういうものの象徴だった。でも現代の状況は当時のそれとは違う。だから当時のジャズを存続させることはできない。私たちアーティストは自由であるべきで、自分たちのフィーリングに従って創造するべきなのよ。その瞬間を大切にし、自分の現実や状況を理解しながらクリエイトするべきなの。私は枠にはめられたくない。自分のことはジャズ・ミュージシャンだと思っているけれど、当時のジャズのような音楽は作っていない。だって現代のジャズは当時のジャズとは違うものだから。
だから 学校で芸術を学ぶことについては、デリケートな問題があると思う。私はいつか、そういう学校の先生になりたい。そして生徒に、自由について教え、自由になる機会を与えてあげたい。スタイルやルールを教えるのではなくて、「ルールなんてない」ということを教えていきたい。そういうことをよく考えているわ。
ジャズはその時代、その瞬間を反映している音楽だと思う。かつてのジャズには、アフリカ系アメリカ人のムーヴメントが反映されていた。自分のことはジャズ・ミュージシャンだと思っているけれど、当時のジャズのような音楽は作っていない。だって現代のジャズは当時のジャズとは違うものだから。
■テルアビブでは〈Stones Throw〉や〈Brainfeeder〉といった、LAのビート・ミュージックやヒップホップが流行っていたそうですね。
すずめ:テルアビブとLAのビート・ミュージックには確かにコネクションがあるわ。テルアビブにもLAみたいに、夏のビーチや温かいヴァイブスといったアティテュードがあるから、音楽の感じも共通しているんだと思う。
■あなた自身、J・ディラからの影響はかなり大きいらしいですね。彼の音楽とはどのように出会ったんですか?
すずめ:私がベルリンに移ったとき。2014年の春くらいかな。当時、私はジャズの勉学に励んでいて、ひとつのジャンルの音楽しか聴かないような、典型的な音楽学校生だった。ミュージシャンとしてのスキルを磨くために、宿題や課題ばかりやっていた。まるでジャズ以外の音楽は存在していないかのように、1930~50年代のジャズしか聴いてこなかった。ベルリンに移住してからやっと気づいたの、聴くべき音楽は本当にたくさんあると。そのときにJ・ディラの音楽を友達から教えてもらって、「一体、私はいままでどこにいたんだろう?」と思ったわ。J・ディラの音楽を知ってから、私の世界は全く変わってしまったの。
■「About Love」というトリビュート企画をはじめたきっかけは?
すずめ:「About Love」はもともと、遊び半分のジャム・セッションとしてスタートしたの。毎年恒例のトリビュートにするつもりはなかったわ。J・ディラの音楽でジャム・セッションをやることが多くて、彼の誕生日(2月7日)の少し前に、いままでやったセッションをまとめてみようと思った。それを友達に聴かせたら、「ディラの誕生日の前に、それをリリースして彼に捧げるべきだよ」と言ってくれたの。それでリリースしてみたら、たくさんの人から温かいフィードバックをもらった。J・ディラのビートに対する私なりの解釈を聴くのが面白いって。だから彼の誕生日が近くなると、「もう一度セッションをやろう!」という流れになって毎年やるようになったのよ。
■J・ディラのアルバムで、特に影響を受けた作品をひとつ挙げるなら?
すずめ:『Vol.2: Vintage』ね。このアルバムは何度も聴いたわ。彼のインストゥルメンタルの作品が大好きなの。
■あなたはイラ・J(J・ディラの弟)とも交流していますし、あなたが住むベルリンの家に、ギルティ・シンプソンやファット・キャットが遊びにきたこともあったそうですね。
すずめ:イラとはベルリンで何度か会っているわ。「About Love」のアートワークは私が作ったコラージュで、イラと彼の母親にプレゼントしたものなの。彼らとハングアウトできたのは最高にクールだったわ。ギルティ・シンプソンは、友達に頼まれて私がインタヴューしたのよね。彼にいろいろな質問ができてとても楽しかった。音楽でコラボレーションすることはまだ実現していないけど、私は彼らの活動をサポートしているし、彼らの作る音楽は素晴らしいと思う。他にもLAのアーティストで強いインスピレーションを感じる人たちはいるから、そういう人たちともコラボレーションできれば嬉しい。例えば、MNDSGN(マインドデザイン)は特に影響を受けているアーティストよ。
■すずめさんも含めて、ソウルやヒップホップをルーツに持ち、いろんなサウンドを融合させたミュージシャンがここ数年増えていますよね。そのなかで特にシンパシーを抱いている人は?
すずめ:たくさんいるわ。ここ数日間はソランジュの新しいアルバムをよく聴いていた。ものすごく興味深い作品だし、彼女の選択をリスペクトしている。アンダーグラウンドで、アヴァンギャルドで、実験的な、予想外れの、アトモスフェリックなサウンドを今回の作品で表現してきたのよ。あのアルバムは本当に美しいと思ったし、強いシンパシーを感じたわ。
数ヶ月前は、ティアナ・テイラーのアルバムをよく聴いていた。カニエ・ウェストがプロデュースしていて、オートチューンを使っているのも関係あるかもしれないけど、サウンドがとてもいまっぽいというか新しいの。彼女のアティテュードやフロウ、ビート、そして作り出す雰囲気が大好き。
それからネイ・パームもすごく好き。彼女にも強いインスピレーションを受けるわ。彼女の音楽には真実味があるし、自分のスタイルに忠実でいる。オーストラリアでライヴを観たんだけど、彼女が歌って、楽器を演奏するのは圧巻だった。
■ベルリンの国際的な環境が、あなたの音楽に与えた影響は大きいと思います。どんなところに刺激されてきましたか?
すずめ:ベルリンは世界中からアーティストが集まっているから、アートをやる人にとっては本当に良いところよ。多国籍で多文化なところが、私がベルリンを好きな第一の理由ね。私には日本人、イラン人、パレスチナ人の友達がいるし、私のバンドにはデンマーク人やエジプト人のメンバーがいる。それって素晴らしいことよね。母国の言語ではなく、音楽という言語で繋がっている感覚が好きなの。地元のテルアビブでは同じようにいかないから。イスラエルを訪ねて来る外国人とは遊んだりするかもしれないけれど、音楽を作るとなれば、おそらくイスラエル人だけで集まってヘブライ語の曲を作っていると思うから。
第二の理由は物価ね。昔からベルリン在住の人たちはどんどん高くなっていると言っているし、私もそう思うけれど、まだ手に届く範囲だと思う。もしテルアビブにいたら、朝から晩まで毎日働いて、生活費を補わないといけないだろうから。そうすると音楽制作する時間があまりなくなってしまう。ベルリンではその心配がないの。アメリカに行くことも考えたけれど、ニューヨークへ渡ってもテルアビブと似たような感じで、お金のために働いてばかりの生活になっていたと思う。
自分の文化に必死でしがみついている人をよく見かける。まるで自分の文化が失われてしまうみたいに。でもそんなことは起こらない。文化は失われない。他の文化を知り、学ぶことによって、私たちは成長することができる。他の文化の美しさが見えてくれば、自分についての学びや、自分の文化をより深く理解することにも繋がるの。
■具体的に出入りしているのはどんなところ?
すずめ:それは出演するアーティストにもよるわね。私にとって大切なのは、場所ではなくて内容なの。ベルリンでは《Poetry Meets Soul》という定期イベントがあって、そこは詩人、歌手、ラッパーなどの交流の場になっている。会場は毎回違うけれど、いつも素敵なところでやっているわ。あと、《Swag Jam》というヒップホップのセッションが毎週火曜日におこなわれていて、それは Badehaus という会場でやっているわ。ただ最近は、自分の活動に集中していて、自宅で音楽を作ったりコラボレーションしたりするようにしているの。だから最近はセッションに通うよりも、友達のコンサートに行く方が多いわね。
ベルリンでは、ノイケルンやクロイツベルクでハングアウトしたり、そこでおこなわれるコンサートに行ったりするのが大好き。私はミッテというエリアに住んでいるわ。わりと中心部だけど、ノイケルンやクロイツベルクほど繁華街でもないところよ。あと、ベルリン市内は公共交通機関が発達しているから市内の移動もスムーズにできるの。そこは東京と同じね。
■ベルリンでどんなミュージシャンと交流してきたのか教えてください。ジェイムス・ブレイクのようなエレクトリック系プロデューサーや、ベルリン芸術大学でクラシックを学ぶ人も身近にいたそうですが。
すずめ:それは本当よ。みんなスタイルに関してはとても自由なの。イスラエル人の友達でベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に所属している人や、ベルリンでクラシックを学んでいる人も周りにいる。彼らの音楽的なバックグラウンドは私と全然違うけれど、とてもオープンだしどんなスタイルの音楽も聴くの。私がよく一緒にいるのは、やっぱりジャズをやっている友達ね。ベルリンのジャズ・スクールで一緒に勉強してきた友達もたくさんいて、彼らとはよく一緒にハングアウトしている。それからエレクトロニック系の音楽やR&Bシーンの友達もいる。ノア・スリーとも交流があるわ。彼は最高なシンガーだし、よくコラボレートしたいねと話しているわ。
■今回のアルバム『すずめ』にも多くのミュージシャンが参加していますよね。昨年の来日公演にも参加していたドロン・シーガル(キーボード)、マーチン・ブウル・スタウンストラップ(ベース)、ラファット・ムハマド(ドラムス)が特に大きく貢献している印象です。彼らはどんな人なんでしょう?
すずめ:私にとって宝物のような存在よ。私のプロジェクトの核を成している人たち。アイデアやヴィジョンは私のものだけど、そのアイデアのベースとなっていたのは彼らのライヴ・サウンドだった。それに彼らは、実験的なことをすることに対してとてもオープンだし、彼ら自身のアティテュードを音楽に持ち込んでくれた。彼らがプロジェクトの要だったから、他のメンバーよりもたくさんの時間コミットしてくれたのよ。
このバンドにはとても興味深いダイナミクスがあった。でも一緒に作業をはじめた頃は、お互いの文化のギャップがあったの。当たり前よね! イスラエルの男性とデンマークの男性とエジプトの男性がいて、その間に私がいて……私が3人とも選んだんだけど、彼らはいままで一緒に演奏したことがなかった。だから音楽についての意思疎通ができるようになるまで少し時間がかかったわ。でも時間が経つにつれて、お互い自然体になることができるようになっていったの。彼らには本当に感謝している。レコーディングで彼らが貢献してくれたものによって、音楽に生命が吹き込まれたから。
■『すずめ』の制作コンセプトについて教えてください。サウンド面ではどういったものを目指したのでしょう?
すずめ:このアルバムの前に、同じバンド・メンバーでEPを録音したの。それはみんな同じ部屋でレコーディングしたのもあって、今回のアルバムに比べると荒削りでラフな仕上がりだった。そのときに比べて、今回はバンド自身も、レコーディングの環境やノウハウもレベルアップしている。
サウンド面に関しては、マーヴィン・ゲイや70年代の〈モータウン〉、アル・グリーン、アリサ・フランクリンに強いインスピレーションを受けていて。カーティス・メイフィールドのアルバムみたいにしたいというイメージがあった。いまは2019年だけど、彼らから受けたインスピレーションをフィルターにして、当時の美的感覚を、私なりの現代的な解釈として表現したかった。オーガニックなグルーヴを表現したいと思ったのが、今回のプロジェクトをはじめるきっかけになったの。
■リード曲の“Turning”について、背景やテーマを教えてください。
すずめ:“Turning”はテルアビブの実家に帰っているときに作曲したの。ピアノの前にひとりで座っていたときに、とても親密なフィーリングがあって、このサウンドは絶対に留めておきたいと思った。だからベルリンに戻ったとき、バンド・メンバーに私の表現したいサウンドを伝えたの。とても親密な感じで、ストーリーを物語っているような……まるで私がカメラになって、空の上からズームアウトしている状態で俯瞰している。それがゆっくりとズームインしてきて物語に入っていく。それがヴィジョンだった。
私のなかでは、自分がいままでに聴いたことのないサウンドを作るつもりだった。ソウルとジャズの新しい表現方法だと思っていたの。でも、バンドのみんなは最初この曲で苦労していたわ。レコーディングする前も、「この曲はどうかと思うな。トリッキーなパーツもあるし……」と言ってたわ。だけど、私たちはポジティヴに制作と向き合い、“Turning”はバンドのみんなも大好きな曲になった。聴いたことのないサウンドを作るときは、参考になるものがないでしょう。「TURNING, TURNING,」と歌っている箇所だけど、それを作ることができて本当に嬉しい。これこそ私が作ろうとしていた音そのものだった。
「すずめ」はヘブライ語で「自由」という意味なの。だから私は自分にこの名前をつけた。私にとって自由は必要なものだから。みんなにとってもそうだと思う。それがルールよ。私は自由になりたい。
■“Ulai/Maybe”ではヘブライ語で歌われていますが、どうしてそうしようと思ったのでしょう?
すずめ:“Ulai/Maybe”は、私がヘブライ語で歌っている数少ない曲のひとつよ。これは日本盤のボーナストラックにしたんだけど、理由はイスラエル大使館からたくさんの支援を得て日本に行くことができたからなの。ユキさん、アリエさん、その他大勢の人たちが頑張ってくれて、日本に行くという私の夢を叶えてくれた。自分の仕事の範囲を超えて、私の夢を実現するために応援してくれたの。だからこの曲は、東京のイスラエル大使館に捧げる曲なの。
■昨年、実際に日本を訪れてみてどうでしたか?
すずめ:日本を去る数時間前、私は号泣していたわ(笑)。まさに夢が叶った経験だったから、本当にたくさんのことに興奮したわ。私はいつも自分の夢をメモに書き出して、部屋の壁に貼るということをしているの。そして時間が経過するにつれ、その夢に近づいているか、自分の状況と照らし合わせてみるのよ。毎朝起きると、そのメモを見るから、私は常にその夢を意識しているわけ。そのメモには「バンドのみんなと一緒に日本で公演する」と書いてあった。だから、ブルーノート東京から公演のオファーが来たときは、私にとって特別な瞬間だった。そして、日本に行ってからも特別な体験をいっぱいさせてもらった。私が外国人だからそう思うのかもしれないけれど、日本の人たちはとても親切な感じがする。世界中の人が日本に来てほしいし、日本人の暮らし方を見てもらいたいと思う。
■今回のアルバムを『すずめ』と名付けた理由は?
すずめ:アルバムのタイトルは、もともと別の名前を考えていたの。けれど、日本に行ってから、このアルバムは私のいままでの物語や気持ちを表しているものだと感じるようになった。だからある意味、このアルバムは日本に捧げるものなの。日本という特別な場所やその文化に興味を持った自分がいるということ。だから、『すずめ』というタイトルにしたの。なぜ私がこのアーティスト名を名乗っているかを説明するために短編小説も書いたわ。
■とても素敵なストーリーで、文才にも惚れ惚れしてしまいました。あの短編小説を今回のアルバムに封入することにしたのはどうして?
すずめ:日本にいたとき、「なぜ、すずめという名前なのですか?」と何度も聞かれて。私は即座に答えられなかった。なぜなら、その経験は私の人生を変えてしまうほど圧倒的なものだったから。その経験は私の考え方を変えた。今回のアルバムでは、自分の脆弱さを晒して、オープンになって、私がどんなものにインスピレーションを受けて、どういう経緯で「すずめ」と名乗るようになったのかを全てみんなと共有したかった。だから音楽に加えて、すずめについてのストーリーを封入することが理にかなっていると思ったの。「Yoshiがこの名前を教えてくれた」という短い回答もできるんだけど、それだけじゃなかったから。
私はカルマを信じるけれど、カルマは直接的なものではないと思っている。何かを与えたら、すぐ何かが返ってくるような、そういうカルマは信じていない。このストーリーは、お互いがどうやって接し合うのか、その接し合い方というのがとても大事なことなんだ、という内容なの。自分の周りの人たちへの接し方が、自分にも同じように返ってくる、ということ。このストーリーに関与している全ての人によって、私は影響を受け、様々な感情を体験し、自分を「すずめ」と呼ぶということに繋がったの。
■その短編小説のB面で、「単一文化主義はあまりに退屈で狭量です。違いを恐れないことには、たくさんの美があるのです」と綴られていたのが印象的でした。国境や文化を超えた多様性というのも、今回のアルバムのテーマなのかなと。
すずめ:その通りよ。あなたがいま言ったように、そのテーマが私の考えなの。「他の文化を恐れるのはもうやめにしない?」と言いたい。私の周りの人、友人たち、リスナーのみんなに伝えたいのは、他の人の文化を学ぶということはとても美しいことだということ。学べることは本当にたくさんあるから。他の文化を通して、人間として、アーティストとして、友人として成長できるから。自分の文化は常に自分とある。それは誰にも奪うことはできない。イスラエルだけではないと思うけど、他の国に旅行したりすると、自分の文化に必死でしがみついている人をよく見かける。まるで自分の文化が失われてしまうみたいに。でもそんなことは起こらない。文化は失われない。他の文化を知り、学ぶことによって、地球という社会の中で、私たちは成長することができる。他の文化を学ぶことによって、その文化の美しさが見えてくる。他の文化の美しさが見えてくれば、自分についての学びや、自分の文化をより深く理解することにも繋がるの。
■最後に、あなたにとっての人生のルールは何ですか?
すずめ:「ルールはない」ということね。もちろん人生に必要なルールはいくつかあるけれど、自由になること、そして自由でいることが私のルールだと思う。私がここで言う自由というのは、あらゆる面における自由のことよ。じゃあ、あなたにとっての自由とは何? このインタヴューは、私がみんなにそれを問いかけることで終わりたい。『すずめ』は自由についてのアルバムよ。「すずめ」はヘブライ語で「自由」という意味なの。だから私は自分にこの名前をつけた。私にとって自由は必要なものだから。みんなにとってもそうだと思う。それがルールよ。私は自由になりたい。























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