「ele-king」と一致するもの

Adrian Sherwood presents Dub Sessions 2024 - ele-king

   ダブはいまや、立派にひとつのジャンルであり、それ自体が膨張する宇宙だ。近々、エレキングからはダブの創始者キング・タビーのミステリアスな人生に迫った世界初の評伝(鈴木孝弥訳)、そして、われらテクノ世代以降の、もっと広い意味でのダブのガイド本(河村祐介監修)の2冊を出すということで、ダブね、素晴らしい、大好き、いつ聴いてもほんとに最高。いや、ほんとに、これほどどんな時代に聴いてもナイスな音楽はない。家のなかでダブに浸っていたいときもあるしさ……そういうわけで、ここへ来て朗報です。最強のメンツを揃えて、シャーウッド主催のダブ・ナイト「DUB SESSIONS」が2024年も開かれる。今年は名古屋も加わり、9/12(木)梅田CLUB QUATTRO、9/13(金)名古屋ReNY limited、9/14(土)渋谷O-EASTの3公演が開催。マッシヴ・アタックの諸作でお馴染みの、エレキング的には王様のレゲエ・シンガー、ホレス・アンディと、そしてポスト・パンク時代にもっとも重要な影響を残した、これまた先駆的なダブ・バンド、クリエイション・レベルのライヴ、こんな豪華なメンツ、この先いつ見られるかわかりません。さらにシャーウッドによるDJセットも堪能できると。「あのね、お父さん/お母さんはね、あの夜、ホレス・アンディとクリエイション・レベルのライヴに行ってストーンしたんだよ」と、将来こどもに自慢できます。行詳細は下記より。

濃厚ダブセッションを再び!
ホレス・アンディ、クリエイション・レベルを擁し、
ON-U Sound DUB SESSIONS 2024開催決定!

ADRIAN SHERWOOD PRESENTS
DUB SESSIONS 2024

featuring
HORACE ANDY - live mixed by ADRIAN SHERWOOD
CREATION REBEL - live dub mixed by ADRIAN SHERWOOD
ADRIAN SHERWOOD (DJ SET)
and more

OSAKA - 09.12(THU) Umeda CLUB QUATTRO
NAGOYA - 09.13(FRI) ReNY limited
TOKYO - 09.14(SAT) O-EAST

OPEN/START 18:00 前売:8,500円(税込 / 別途1ドリンク代 / オールスタンディング) ※未就学児童入場不可

UKダブの総帥エイドリアン・シャーウッドが今年も帰って来る! 昨年アフリカン・ヘッド・チャージと共に来日し、GEZANを迎え、東京~大阪でDUB SESSION2023を開催、その直後にはDJとして札幌、岡山、新宿を回り、日本各地でDUB旋風を巻き起こしたのも記憶に新しい。しかも今回は、伝説的レゲエシンガー、ホレス・アンディと、そして更に自身のレーベル〈ON-U Sound〉の出発点とも言える伝説的バンド、クリエイション・レベルと共に日本にやって来るのだ!!

ジャマイカン・シンガーの至宝として燦然とその歴史にその名を残すホレス・アンディ。90年代以降のマッシブ・アタックにおけるボーカリストとしての特筆すべき活動も経て、レゲエ・クラシックのみならず数多くの名曲を生み出してきた伝説そのものといっていい存在だ。2022年には〈ON-U Sound〉から『Midnight Rocker』とそのダブ・アルバム『Midnight Scorchers』をリリースし、レゲエ・アルバムとしては近年まれにみる高評価を得た。

そして、クルーシャル・トニー(G)、エスキモー・フォックス(Ds)、ランキン・マグー(Perc)の3名の初期メンバーを含むクリエーション・レベル。昨年40年振りに届けられたアルバム『Hostile Environment』は、DJ Mag、The Quietus、The Wire、その他多くのメディアによって、2023年を代表する一枚として賞賛された。今年に入ると〈On-U〉の前身となるレーベル〈Hitrun〉や〈4D Rhythms〉からリリースされたアルバムを含む計5アルバムがCDとヴァイナルで再発。マニアックなファンのみならず若い音楽ファンにも70年代後期~80年代初頭の斬新なDUBの衝撃波を伝えた。

今回のジャパンツアーでは、クリエイション・レベルはバンド5人に加え3人のホーン隊の編成でライブを行い、更にはホレス・アンディがクリエイション・レベル+ホーン隊をバックに自身のセットを行いミラクル・ヴォイスを披露する。そしてライブDUBミックスは、もちろんエイドリアン・シャーウッド。更に更にエイドリアンが自身のDJセットも行いDUBを炸裂させることも忘れてはいけない。何たる奇跡の夜!こんな体験、見逃す手はない!
【TICKETS チケット詳細】
前売¥8,500(税込/別途1ドリンク代 /オールスタンディング) ※整理番号付 ※未就学児童入場不可

先行発売:
★BEATINK主催者WEB先行:5/10(fri)10:00 → [https://beatink.zaiko.io/e/dubsessions2024]

★イープラス・プレイガイド最速先行受付:5/11(sat)10:00~5/15(wed)23:59
 → [https://eplus.jp/dubsessions2024/]

[東京] イープラス・プレオーダー、LAWSONプレリクエスト:5/16~5/19
[大阪] イープラス・プレオーダー、ぴあプレリザーブ 、LAWSONプレリクエスト:5/16(木)10:00-5/20(月)23:59
QUATTRO web先行:5/18(土)12:00-5/20(月)23:59
[名古屋] イープラス・プレオーダー、ぴあプレリザーブ、LAWSONプレリクエスト:5/16(木)12:00-5/20(月)23:59

一般発売:5月25日(土)10:00~

[東京]
イープラス [https://eplus.jp/dubsessions2024/]
LAWSON TICKET (L:72365) [https://l-tike.com/dubsessions2024/]
BEATINK [https://beatink.zaiko.io/e/dubsessions2024]
INFO: BEATINK www.beatink.com

[大阪]
イープラス [https://eplus.jp/dubsessions2024/]
チケットぴあ (P:270-870) [https://w.pia.jp/t/dubsessions2024/]、LAWSON TICKET (L:53380) [https://l-tike.com/dubsessions2024/]
BEATINK [https://beatink.zaiko.io/e/dubsessions2024]
INFO: SMASH WEST 06-6535-5569 [https://smash-jpn.com/]

[名古屋]
イープラス [https://eplus.jp/dubsessions2024/]
チケットぴあ (P:270-951) [https://w.pia.jp/t/dubsessions2024/]、LAWSON TICKET (L:43138) [https://l-tike.com/dubsessions2024/]
BEATINK [https://beatink.zaiko.io/e/dubsessions2024]
INFO: JAILHOUSE 052-936-6041 www.jailhouse.jp
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INFO: WWW.BEATINK.COM

label: On-U Sound / Beat Records
artist: Horace Andy
title: Midnight Rocker

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12365

TRACKLISTING:
01. This Must Be Hell
02. Easy Money
03. Safe From Harm
04. Watch Over Them
05. Materialist
06. Today Is Right Here
07. Try Love
08. Rock To Sleep
09. Careful
10. Mr Bassie
11. My Guiding Star (Bonus Track)

label: On-U Sound / Beat Records
artist: Horace Andy
title: Midnight Scorchers

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12905

TRACKLISTING
01. Come After Midnight
02. Midnight Scorcher
03. Away With The Gun And Knife
04. Dirty Money Business
05. Sleepy’s Night Cap
06. Feverish
07. Ain’t No Love In The Heart Of The City
08. Dub Guidance
09. More Bassy
10. Hell And Back
11. Carefully (Bonus Track)

label: On-U Sound
artist: Creation Rebel
title: Hostile Environment

BEATINK>COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13571

TRACKLISTING
01. Swiftly (The Right One)
02. Stonebridge Warrior
03. Under Pressure
04. That’s More Like It
05. Jubilee Clock
06. This Thinking Feeling
07. Whatever It Takes
08. Salutation Gardens
09. Crown Hill Road
10. The Peoples’ Sound (Tribute To Daddy Vego)
11. Off The Spectrum *CD Bonus Track

interview with Sofia Kourtesis - ele-king

 パンデミックを乗り越えて Outlier(アウトライアー)がようやく日本にやってくる。2020年4月に日本での初開催が予定されていたものの入国制限により中止となってしまったため、今回が本邦初である。ボノボ自身は、2022年フジロック、2023年東京大阪 2 days で来日しているが、通常の予測範囲からずれた測定値を示す「外れ値」をタイトルにいただくパーティでの登場に期待せずにはいられない。日本初の Outlier に登場するのはボノボに加えて、初来日となるケリー・リー・オーウェンス、そして今回インタヴューをする機会を得られたソフィア・コルテシス。
 各メディアから絶賛されたアルバム『Madres』が素晴らしい作品であったことに異論はないだろうが、かくいう筆者も紙版『ele-king』2023年間ベスト企画のハウス編でセレクトした。DJコーツェやアクセル・ボーマンといったプロデューサーたちがおこなってきたメランコリックでサイケデリックなハウスやテクノを受け取りながら、独自のエッセンスで捉え直したハウス・アルバムだと思う(インタヴュー中でも触れられているが、DJコーツェが彼女のヒーローだそう)。
 自身のルーツである南米ペルーの民族音楽や大衆音楽からの影響、政治的なスタンスを音楽に持ち込む姿勢、そして、彼女の家族に起きたとても困難な状況とそこからの回復といった様々な要素が『Madres』のなかに収められていることも重要なポイントだ。
 父との死別と母の罹患、絶望的な大病と奇跡のような名医との出会い、手術の成功という喜び。『Madres』がダンス・ミュージックの機能性を高いレヴェルで保ちながら、刹那的エモーショナルとは異なる、複雑で豊かな感情が音色やメロディから伝わってくるのはそういった幾層ものレイヤーが彼女自身に備わっているからかもしれない。
 このインタヴューでは、ボノボやケリー・リー・オーウェンス、Outlier をどのように捉えているか、また DJやパーティについての考え方、そしてアルバムの成功とそれに伴った環境の変化などについて質問をおこなった。

ボノボは私のヒーロー! Outlier では彼のキュレーターのスキルがすごくユニークで、ラインナップには私が大好きなアーティスト勢がいつも揃っている。

アルバム『Madres』が成功を収めたことでDJスケジュールが忙しくなったりなど、環境の変化はありますか?

ソフィア・コルテシス(Sofia Kourtesis、以下SK):ええ。ライヴ本数が増えて、世界中を旅するようになり、ライヴ会場が以前より大きくなった。いちばん嬉しいのは、アーティスト活動と並行してやっていた仕事を辞めたこと! いまはラッキーなことに、私の音楽パートナーでもあるボーイフレンドと音楽制作に専念することができて嬉しい。家族との時間を持てるようにもなって、本当に良かった。

辞めた仕事はクラブ・ブッキングの仕事ですか?

SK:うん。ドイツにあるクラブでブッキング担当をしていた。自分が好きなバンドをブッキングできて楽しかったけど、深い時間までの仕事だから、かなりハードな仕事でね。だから、デビュー後は徐々にそのブッキング仕事は減らしていって。

これまであなたがパフォーマンスをおこなった国や都市、パーティやフェスなど印象に残っているものがあれば教えて下さい。

SK:グラストンベリー・フェスティヴァルでのライヴ・セットは、いつも最高ね。私はギリシャ人とペルー人のハーフなんだけど、グラストンベリーに出演した初のペルー人だった! バルセロナで開催されたプリマヴェーラ(Primavera)では皆がシンガロングしてくれて、ホント楽しかった! それから、ベルリンのクラブ、ベルクハイン(Berghain)でのパーティは、これまでプレイしたなかでベスト・ショウのひとつだった。

ボノボのDJや彼がキュレートする Outlier、ケリー・リー・オーウェンスなど出演者についてどのようなイメージを持っていますか?

SK:ボノボは私のヒーロー! 初めて会ったのはオーストラリアで開催されたフェスだったかな。音楽スタイルが似ていることもあり、それ以降何度か同じステージでプレイすることが増えた。人間的にも素晴らしいし、彼のライヴ・セットに参加することもあって。逆に、ボノボが私のステージに参加することもある。
 Outlier では彼のキュレーターのスキルがすごくユニークで、ラインナップには私が大好きなアーティスト勢がいつも揃っている。前回の Outlier では、DJコーツェが参加していて、彼も私にとってはヒーロー的存在! ケリー・リー・オーウェンスも大好きなDJだから、間違いなく楽しい夜になるはず!

インターネット上で確認できるあなたのプレイを聴きました。新しくなるにつれて、スタイルが変化していっていると感じました。また、ミックスのなかでフックが毎回仕込まれているのも印象的です。野暮な質問なのですが、今回の Outlier ではどのようなパフォーマンスをおこなうか考えがあったりしますか?

SK:日本は勤勉な人が多くて、街のペースが速いから……ベース音を効かせた、テンポの速い、エネルギッシュなセットになる予定。それから、私の新曲を披露するから楽しみにしててね!

辞めてしまったとはいえ、ブッカーの経験も豊かだと思いますが、自身でイベントやパーティをはじめることに興味はありますか? また、共演してみたいアーティストがいれば教えて下さい。

SK:ぜひやってみたいけど、いまのところ企画する予定はナシ。というのも、今夏に新作を発表予定で、現在は自分の作品制作の方に専念しているから。でも、今年の年末にロンドンのフォノックス(Phonox)で初のレジデンシーが決定していて。共演してみたいのは、エルッカ(Elkka)。彼女のDJスタイルは私と似ているから、またぜひバック・トゥ・バックで組んでみたい。

ベース音を効かせた、テンポの速い、エネルギッシュなセットになる予定。それから、私の新曲を披露するから楽しみにしててね!

アルバム『Madres』について質問をさせてください。タイトル曲である “Madres” をはじめ、全体にポジティヴさや優しさのようなものを感じました。本作をつくることで、セルフケアをおこなう意図もあったのでしょうか?

SK:そうね。いつもメンタル面には気を使っている。『Madres』の曲作りで自分の気持ちを表現する上でときどき迷うことがあったから、精神的に不安になったときはセラピストの所に通っていた。自分のメンタル・ヘルス面に気を配ることはとても大切。

あなたの曲はどれもメロディが印象的ですが、ビートについても興味深く感じました。楽曲を作る際のドラムやベースラインに対する考え方があれば教えていただけますか?

SK:それは、曲の雰囲気による。たとえば、メロウな曲のときはあえてベルリン・テクノやハウス寄りにしないこともある。 曲の雰囲気によって、はじまりから終わりまでの楽曲展開を決めていくから。

アルバム制作時にカリブーフォー・テットに相談したそうですが、彼らはどのようなアドヴァイスをしたのでしょうか?

SK:いいバラードを50%、エネルギッシュなクラブ・バンガーを50%制作することを教えてくれた。私もそのとおりだと思うし、重要な点ね。

そのアドヴァイスは、カリブーとフォー・テットふたりとも?

SK:うん。ふたりともとても協力的で、アーティストが自分の能力を信じるようにモチヴェーションを上げてくれる。前進できるように、いつも励ましてくれるよ。

ホモフォビアに対しての抗議活動のフィールド・レコーディング、マヌ・チャオをフィーチャーした “Estación Esperanza” など、アクティヴィストとしてのあなたも作品で表現されています。戦争や紛争など、現在の世界における困難な問題について、あなたの意見はどのようなものでしょうか?

SK:活動を通して学んだ最も重要なことのひとつは、独りよがりの人が多いこと。だから、教育が非常に重要ね。特に、私たちより前の世代は、心を開いて、自分とは異なる考え方を学ぶべきだと思う。恐怖心や宗教は、ときとして最悪の敵のようになり得るから。きちんと学び、恐れを捨てて、よりオープンで、他者を理解する優しさを持つべきだと思う。いま、紛争の酷い状況を見ても、考え方が昔に逆戻りしていて、恐ろしい。正しいことを見つけ、すべてを止めようとするために、もっとオープンに話し合い、各自が学んでいく「変化」が必要ね。いま起きていることは、一歩前進するどころか後退していて……、クレイジーだと思う。

最後の質問です。今後のリリース作品や予定など教えていただけますか?

SK:2週間後に(今夏リリースの)新作が完成予定。タイトルはまだ決まっていないけど、ほぼ完成した。コミュニティへの恩返しのようなもので、音楽を中心に私たちを結びつける愛が題材。懸命に戦っている若い世代……各自が置かれたコミュニティで勇敢に立ち向かうヒーローたちに贈るアルバム。いいアルバムになると自負しているよ。

音楽的にはバラードが50%、クラブ・バンガーが50%という割合ですか? その他、今後の予定は?

SK:うん、そのとおり。今後の予定としては、日本での Outlier 出演後にグラストンベリー、プリマヴェーラやロスキレ(Roskilde)などのフェスが予定されている。

今日は、ありがとうございました。新作を聴くこと、あなたのプレイで踊ることを楽しみにしています。

SK:こちらこそ、どうもありがとう! 初来日は2009年か2010年あたりだったと思うけど、それ以降2013年までは毎年日本へ行ってて。大好きな国だから、久しぶりに日本の皆に会えるのが待ちきれない!

BONOBO主催のクラブイベント
『OUTLIER (アウトライアー)』
いよいよ来週に迫る

●気になるタイムテーブルを発表!
●当日券情報発表!
●会場限定グッズのデザイン公開!
本日よりオンライン受注受付もスタート!

アーティスト/プロデューサーとしてグラミー賞に7度ノミネートされるなど、絶大なる人気を獲得しているボノボが主宰する世界的クラブイベント、OUTLIER(アウトライアー)。主宰BONOBO(ボノボ)に加え、海外からはいずれも初来日となるKELLY LEE OWENS(ケリー・リー・オーウェンス)、SOFIA KOURTESIS(ソフィア・コルテシス)が参戦。さらに真鍋大度、食品まつり a.k.a foodman、TRAKS BOYS、SEIHO、KATIMI AI、FRANKIE $など、エキサイティングなラインナップが集結。さらにはグラフィックデザイナー/アートディレクター、YOSHIROTTENが本公演の為に特別な映像作品を制作し参加することも決定している。

会場はO-EAST~DUO~東間屋とエリアを拡張し、豪華ラインナップを配し複数ステージ同時進行で開催される他、ナチュラルワインをメインに取り扱うNEWVALLEYが厳選したナチュラルワインとおつまみを、季節の野菜を使ったフードケータリングで人気のTORATOMICANが提供するヘルシーで美味しいバインミーサンドなどを、東間屋では気の利いたお酒も味わえる。またNEWVALLEYは朝方に人気の自家焙煎コーヒーとモーニングメニューも提供する。音楽、アート、フード&ドリンクまで、とにかく朝まで楽しめるオールナイト・パーティーとなる。

イベント開催がいよいよ来週に迫り、気になるタイムテーブルとフロアマップ、会場限定Tシャツ、当日券情報を発表! Tシャツは日本限定のデザインとなり2色展開となる。本日よりBEATINKオフィシャルサイトにて、オンライン受注受付もスタート(締切は5月26日)。


https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14085


https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14086

BONOBO PRESENTS
OUTLIER

FEATURING:
BONOBO (DJ SET)
KELLY LEE OWENS (DJ SET)
SOFIA KOURTESIS (DJ SET)
DAITO MANABE
食品まつり a.k.a FOODMAN
FRANKIE $
KATIMI AI
SEIHO
TRAKS BOYS
YOSHIROTTEN (Video Art)

VJs (at DUO):
Kazufumi Shibuya, Sogen Handa,
Yuma Matsuoka, Yuta Okuyama, 91u5

FOOD&DRINK:
NEWVALLEY (Natural wine & Food)
TORATOMICAN (Food)

公演日:2024年5月18日(土)
会場:O-EAST + DUO + AZUMAYA
OPEN/START:21:00 (オールナイト公演)
前売:¥7,200(税込)
当日券:¥8,000 (21:00より販売)
※整理番号無し
※入場時に別途1ドリンク代 ¥700
※20歳未満入場不可。入場時にIDチェック有り。必ず写真付き身分証をご持参ください。

INFO: BEATINK [ www.beatink.com] / info@beatink.com
主催・企画制作:BEATINK / SHIBUYA TELEVISION

[TICKETS]
●イープラス [ https://eplus.jp/outlier/]
●ローソンチケット[ https://l-tike.com/outlier/]
●BEATINK [ https://beatink.zaiko.io/e/outliertokyo/]

店頭販売:
●HMV record shop 渋谷
●Lighthouse Records
●ディスクユニオン渋谷クラブミュージックショップ
●ディスクユニオン下北沢クラブミュージックショップ
●ディスクユニオン新宿ソウル・ダンスミュージックショップ

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OUTLIERキャンペーン
OUTLIERの日本初上陸を記念して、4月26日より出演者の人気タイトルを対象にしたキャンペーンの開催中! 期間中にキャンペーン開催店舗にて対象商品を購入すると先着特典として『OUTLIER』ステッカーをプレゼント! ロンドンの大型会場Drumshedsにて開催された『OUTLIER』ロンドン公演にて販売されたOUTLIER Tシャツが発売が購入できる。


【Tシャツ取扱い店舗】
タワーレコード渋谷店 / HMV record shop渋谷店 / ディスクユニオン渋谷クラブミュージックショップ
上記店補ではOUTLIERトートやポスターなどが当たる店頭抽選も実施中!

【キャンペーン詳細】
キャンぺーン開催店舗にて対象商品をご購入いただくと先着で特典ステッカーをプレゼント!
キャンペーン詳細はこちら↓
BEATINK.COM / BONOBO PRESENTS OUTLIER TOKYO
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13934

great area - ele-king

 類は友を呼び、謎が謎を引き寄せる。いくつかのヒントが表にあって、それが時に重なり時に離れて間にあるものを浮かび上がらせる。アウトプットに絡まる気配、そんな謎のフレーバーが音楽を面白くするのだ。我々はそれを求め、追いかけ常に未知なる何かに心を奪われている。そんなことをずっと繰り返している。
 かつてそんな存在の象徴であって今なおミステリアスな香りをふりまいている女性、ディーン・ブラント・アンド・インガ・コープランドのインガ・コープランド、現在ロリーナという名義で活動している彼女のレーベル〈Relaxin Records〉に所属するグレート・エリアもまさしくそんな存在だ。ディーン・ブラント周辺の音楽がリリースされる度に、もしやこれはディーン・ブラントの別名義なのではと疑ってかかってしまうように、最初にグレート・エリアの音楽を聞いた時にロリーナが始めた新しいプロジェクトなのではという考えが頭によぎった。打ち込まれた小さく広がる空間にメランコリックなシンセサイザーの音が鳴り、それを背にして生のベースが弾かれる。所在なくつぶやかれるヴォーカルはロリーナの鼻にかかったクセのある声とは少し違っていたが、そこに漂う空気は同じように素晴らしく、ひんやりとした生々しさが心をつかんで離さなかった。2022年の年末にリリースされたEP「Follow Your Nature」にどの程度ロリーナが関わっているのかはわからないが、彼女のレーベルからリリースされたそれは新たな謎と始まりを感じさせるものだった。

 その後グレート・エリアは23年にコンピレーションに収められた“Find Out Who Is Winning And Why” をリリースする。虚無感とやるせなさを表現したようなこの曲もまた素晴らしく次の展開が今か今かと待たれた。
 そうしてついに今年24年にデビューアルバム RR7『Light Decline』がリリースされたのだ(最初のアナウンスから1ヶ月も経たないうちのリリース、このスピード感もいかにもな感じだ)。アートワークはグレート・エリア、ミックスはローリナ・リラキシンというEPと同じ体制で作られたこのアルバムを聞いて感じるのはやはりその余白の素晴らしさだ。サンプリングで作られた土台と、弾かれるベースの間に広がる時間と空間、その重なりの中に生まれた隙間に打ちひしがれたちいさな虚無とかすかな希望が宿る。それは情報過多の現代から距離をとるようなものにも感じられるが、しかし同時に俗っぽさも併せ持っている。手の届かない高みにあるものではなく、手のひらからこぼれ落ちるような日常の、心の中の空白地帯、その小さな隙間をグレート・エリアは浮かび上がらせるのだ。
 タイトル・トラック “light decline"で始まるこのアルバムはサンプルに彩られミニマムにまとめられている。全ての曲は3分に満たず、2分台の曲が6つとそこに加わるには10秒ほど足らない曲が一つ、計7曲16分のアルバムはだが決して物足りなさを感じさせことはない。ここにはせき立てられるよなビートもなければ頭を殴りつけられるような刺激もない。存在するのは空気の色を映すようなサンプリングにシンセ、ゆるやかに進むベース、ドラムマシン、そして虚無と希望の間で揺れるロウソクのような彼女の声だ。淡々とそれでいてメロディアスで、その組み合わせが心を静かに揺らしていく。気にかけて手を伸ばした瞬間に消えていくような、暗い色をまとった鮮やかな魔法、儚さや美しさ、同じトーンで進んでいく曲たちはまるでどこか遠い場所で撮られた短編映画のシーンのように機能する。虚無感に包まれたブロードキャストのような “fun”、インガ・コープランドの気配を色濃く感じる ”the laws of physics” が重なり合うように繋がって一つのイメージが描き出されていく。シンセとベースで不安に揺れる”hazards”が頭の中に引きずり続けるような気配を残し、発掘された90年代のバンドのラフなデモ・テープのような”if you stop moving you don't exist, if you fall behind you're dead” がそこにまた違ったタッチを加えていく。そんな風にして狭い部屋に響くこの小さな音楽はしんみりと深い余韻を残すのだ。

 余談になるがこのアルバムのリリースがアナウンスされた時期にグレート・エリアはバー・イタリアのサポートで北米ツアーを一緒に回っていた。ディーン・ブラントの気配をまとったミステリアスなバー・イタリアとインガ・コープランドの雰囲気を感じさせる謎の存在グレート・エリアの組み合わせはいま、考えうる最高の組み合わせではないだろうか。それが実現されたツアーにおいてグレート・エリアはロンドンのヴィジュアル・アーティスト、ジョージー・ネッテルのプロジェクトではないかとまことしやかにささやかれ、僕らはそうして2010年の〈Upset The Rhythm〉、プラグというユニットに辿り着くのだ。そうやって謎が謎を呼び、少しずつ解き明かされ過去と未来が繋がっていく(もしかしたら文脈というのはこのようにでき上がっていくものなのかもしれない)。

 虚無と希望が同時に存在するグレート・エリアの音楽は結局、その余白に何を見出すかなのだろう。受け取り、考えることを委ねられた感覚こそがポップ・ミュージックとその周辺の文化の素晴らしさだと自分は思う(そうやって受け継がれ、数年経って答えが出る)。とにもかくにももの悲しく心を揺らす、グレート・エリアは最高だ。

Kamasi Washington - ele-king

 1960年代のジョン・コルトレーン、1970年代のファラオ・サンダースと、ジャズ・サックスの巨星たちの系譜を受け継ぐカマシ・ワシントン。もはや21世紀の最重要サックス奏者へと上り詰めた感のあるカマシは、2015年の『The Epic』で我々の前に鮮烈な印象を残し、2018年の『Heaven and Earth』で今後も朽ちることのない金字塔を打ち立てた。しかし、『Heaven and Earth』以降はしばらく作品が止まってしまう。もちろん音楽活動はおこなっていて、2020年にミシェル・オバマのドキュメンタリー映画『Becoming』のサントラを担当し、ロバート・グラスパー、テラス・マーティン、ナインス・ワンダーと組んだプロジェクトのディナー・パーティーで2枚のアルバムを作り、2021年にはメタリカのカヴァー・プロジェクトであるメタリカ・ブラックリストに参加して “My Friend of Misery” をカヴァーするなど、いろいろな試みをやっている。しかし、自身の作品やアルバムのリリースは止まってしまっていて、もちろん音楽活動そのものはずっと継続しているものの、気づけば『Heaven and Earth』から6年が経っている。

 この間にはコロナのパンデミックでいろいろな活動が制限される時期があり、自身の私生活での変化など、さまざまなこともあった。そうした私生活の変化のひとつに、パンデミックのさなかに娘が誕生したことがある。パンデミックの中で子育てをするという経験は、カマシにこれまでになかった視点をもたらし、新たなスタートを切るきっかけにもなった。そうして誕生したニュー・アルバムが『Fealess Movement』である。『Fealess Movement』というアルバム・タイトルは、パンデミックがもたらした世界的な混乱や恐怖と無関係ではないだろう。そうした恐怖に対して勇気をもって立ち向かうことを暗示するタイトルだ。「前に進むためには、手放すことを厭わないこと、恐れを知らないことを選択することが必要なんだ。恐怖にしがみついていたら、前に進むことはできないからね。自分の不安を全て捨て、動き、ただ音楽に身を任せる。アルバム・タイトルには、そういう意味が込められているんだ。アルバムのテーマは様々で、曲それぞれが意味を持っている。でも全体的には、これまでの作品よりももっと、身近な日常や自分の周りの人々とのつながりに焦点が当てられていると思う」

 『Heaven and Earth』は天と地になぞった社会における理想と現実の差異を映し出したもので、宇宙的なテーマと実存的な概念に基づく中で、人種差別の問題、世の中におけるさまざまな不平等なども投影されていた。一方で『Fearless Movement』は日常的なもの、すなわち地球上の生活を探求することに焦点を当てている。そうした日常のひとつに娘との生活がある。アルバム・ジャケットにも映っている幼女がその娘で、名前はアシャというそうだが、彼女が生まれたことによってカマシ自身も変化していった。「世界全体を見る視点が変わったんだ。彼女の視点から世界を見て、物事を考えるようになった。父親になり、大切な存在が出来たことで、僕を奥へ奥へと導き、自分を見つめ直させてくれた。彼女の視点から世界を見て、物事を考えるようになったんだ。例えば、僕があまり心配しないようなことでも彼女は心配するし、彼女が恐竜に興味を持ち始めた時は、僕も恐竜好きだったのを思い出させてくれた。そうやって、人生に新しい発見、新しい視点をもたらしてくれているのが娘の存在なんだ」。アルバム2曲目の “Asha The First” は、アシャがピアノをおもちゃのように遊びながら初めて弾いていたとき、そのメロディを元に書かれたものだ。

 もうひとつ、『Fearless Movement』にこめられたキーワードにダンスがある。カマシ自身はこのアルバムを「ダンス・アルバム」と呼ぶ。実際に収録曲の “Prologue” のミュージック・ビデオには多数のダンサーたちをフィーチャーしているが、俗にいうダンス・ミュージックのアルバムということではなく、人びとの身体を動かすようなリズムを持った音楽が詰まったアルバムという意味だ。「叔母がダンサーだから、僕は子供の頃、叔母のダンス・スタジオによく行っていたんだ。その影響で、僕は表現力豊かで即興的な動きと音楽の強いコネクションを身近に見てきた。そのダンス・スタジオでは、皆がマッコイ・タイナーやジョン・コルトレーンのような音楽に合わせて踊っていたからね。だから、僕はずっと、もっと人々がそれにインスパイアされて身体を動かしたくなるような音楽を作りたいと思っていた。このアルバムのサウンドについて言葉で説明するのは難しいけれど、僕はとてもリズミカルなサウンドだと思っている。強いリズムに包まれるような、そんなサウンド。“Dream State” のようなフリー・フローの曲でさえ、リズムがたくさん盛り込まれているしね」。ダンス(舞踏)の源流を辿ると、収穫祭などで神への感謝を捧げたり、祈祷するといったころがある。ジャズという音楽はアフリカを起源とし、そのリズムにはそうした舞踏のためのものという側面もある。ジャズという音楽の舞踏という側面が、カマシの中から素直に発せられたアルバムということが言えるだろう。

 “Lesanu” という曲は2020年に亡くなったカマシの友人の名前で、そのトリビュート曲であると同時に、神への感謝の意が込められている。その友人はカマシにエチオピアの言語と聖書について教えてくれたそうで、曲の中の言葉はエチオピアの教会で使われるゲエズ語という言語で、聖歌集の一部を朗読している。古代では音楽や舞は神への捧げものであり、“Lesanu” もそうした信仰心から生まれた作品である。『The Epic』や『Heaven and Earth』でもそうした神聖なものをモチーフとした作品はあったが、『Fearless Movement』は日々の生活を通じて生まれる素直な感謝の念や感情に包まれていて、カマシの肉声に近いものが音となっている。「このアルバムは、さまざまなアイデアや、人生におけるさまざまな場所について言及している。その中でも、僕は “Lesanu” でアルバムをスタートさせたかった。なぜなら、この曲は人生に対する感謝の祈りのような曲だから。僕にとってこの曲の目的は、ただ「ありがとう」と言うことなんだ。神様、あるいは宇宙を初め、僕に今の道を与えてくれた全てへの感謝を表現した曲。僕は音楽が大好きだし、自分の人生のために音楽を作ることができていることが本当に嬉しい。その機会、そしてその機会を与えてくれている全てに僕は感謝しているんだ」。『Fearless Movement』は「ダンス・アルバム」であると同時に、「祈りのアルバム」でもある。

 アルバムにはサンダーキャット、テラス・マーティン、パトリース・クイン、ブランドン・コールマンら旧知の仲間のほか、アウトキャストのアンドレ・3000BJ・ザ・シカゴ・キッド、イングルウッドのD・スモーク、コースト・コントラのタジとラス・オースティンなど、ヒップホップやR&B系アーティストの参加が目につく。さまざまな声(アーティスト)によるさまざまな日常風景や世界を描くのが『Fearless Movement』である。「彼らはそれぞれ、異なる世界観をもたらしてくれた。僕は、それらを必要としていたんだ。例えばタジとラスは、すごく若いのに、彼らのスタイルは1990年代のヒップホップの黄金時代に繋がるものがある。僕はそれが大好きで、彼らのラップを聴いていると、僕がヒップホップを聴き始めた頃に戻ったような気分になるんだ」。
 ゲスト・アーティストそれぞれの個性を鑑み、そこに音楽的にしっくり嵌る楽曲で起用しており、単純にヒップホップ調やR&B調の楽曲を用意し、そこに無難に当て嵌めた起用とはなっていない。例えば “Dream State” にはアンドレ・3000が起用されているが、ラップではなくフルート演奏で参加している。昨年彼がリリースしたアルバム『New Blue Sun』のようなアンビエントやニュー・エイジ的な作品となっている。「僕は以前、アンドレ・3000のためにレコーディングしたことがあって、その時に彼が、何か自分にできることがあれば言ってくれ、と言ってくれたんだ。で、彼にもちろん参加してもらいたいと思ったけど、具体的に何をしてもらおうかはわからないまま数曲用意していたんだけど、彼がスタジオに来た時、フルートを持ってきてさ(笑)それを彼が吹き始めたんだけど、その瞬間、レコーディングした曲のことは忘れようと思った(笑)そのフルートを使って、一から新しい曲を作ろうと思ったんだ。だから、あの曲はそのフルートを使って即興で出来たものなんだよ。それに合わせて皆でプレイして、その瞬間で出来上がった曲なんだ」。ある意味、もっともジャズ的な即興音楽である。

 “Get Lit” にフィーチャーしたD・スモークに関しては、ラッパーでありながらも音楽的だから彼を起用したということだ。「“Get Lit” はすごく音楽的で、あの曲にラップが欲しいと思いつつも、その音楽的な部分を大事にしたかったんだ。D・スモークはピアノも弾くからその辺のセンスがあるし、ハーモニーをはじめ、ラップ以上のものをもたらしてくれた。あれはヴォーカル・パフォーマンスだったし、それはまさにあの曲が必要としていたものだったんだ」。そして、この曲にはP・ファンクの総帥であるジョージ・クリントンも参加する。近年はフライング・ロータスのフック・アップによって、ロサンゼルスの音楽シーンにおいて若い世代のファンからも身近な存在となってきているジョージ・クリントンではあるが、やはり伝説的な存在であることには変わりない。カマシにとっても今回の共演は念願が叶ったもので、カマシの音楽にファンカデリック的な世界観が見事に融合した作品となっている。「僕は、小さい頃からずっとジョージ・クリントンの大ファンなんだ。昔スヌープ・ドッグと一緒にプレイしていた頃に何度か会ったことがあって、その後も数回会う機会があったんだけど、話す機会はなかった。でも去年、彼が展覧会を開いたんだよ。僕の妹のアマニが画家で、今回のアルバムのジャケットに載っている絵を描いたのも彼女なんだけど、ジョージ・クリントンがアート・ショーをやると教えてくれてね。彼はヴィジュアル・アーティストでもあって、そっちの才能も本当に素晴らしいんだけど、そのショーで彼の作品を観て、僕は本当に驚いたし圧倒された。で、その時に、せっかくだから彼に話しかけてみて、やっと彼と話すことが出来たんだ。そして、“Get It” という彼にピッタリの曲があったから、思い切ってその曲で演奏してくれと頼んでみたら、なんと話に乗ってくれてさ。それですぐにスタジオを予約して、彼が来るのを指くわえて待ってきたら、本当に来てくれたんだ」

 『Fearless Movement』は日常的なものごとを描いていると前述したが、想像や空想もそうした日常から生まれるもので、宇宙的なモチーフの “Interstellar Peace” やSF的な “Computer Love” が非日常的な曲というわけではない。“Interstellar Peace” は盟友のブランドン・コールマンが作曲した楽曲で、日頃の彼との会話の中から広がっていった。「彼と僕は、二人とも宇宙やSFが大好きで、それについてよく話すんだ。偽りを見破り、本当の自分を見つけるためには、自分の身近にある目に見えるものを超えて、想像力を伸ばす必要がある。星間の安らぎや平穏、というのがこの曲のアイデアだった。自分の住んでいる地域、都市や国、あるいは惑星を越えた、普遍的なものを考えながら作ったのがこの曲なんだ」
 日常の中から普遍的な真理について思いを馳せた楽曲である。“Computer Love” は1980年代にクラフトワーク、ザップ、エジプシャン・ラヴァーの同名異曲があったが、カマシはこの中でザップをカヴァーしている。サップはジョージ・クリントンに見出されてPファンクの前座を務め、1980年にデビューした。ザップのリーダーであるロジャー・トラウトマンが “Computer Love” を作ったのは1985年のことだ。「ザップのこの曲を聴いた時に、この自分のヴァージョンが頭の中に聴こえたんだ。人と人とのつながりについて考えさせられたんだよ。ロジャーがこの曲を書いたのは、ある種の予言のような気がした。なぜなら、彼はあの曲で、人ではなくコンピューターを通して伝わる愛について語っているから。当時はそれが普通の状況ではなかったのに、今はそれが普通になっている。でも、現在のそのエネルギーは、彼が想像していたものとは違うんだ。コンピューターを通して、という部分は同じなんだけれど、エネルギーが違う。だから、あの歌を書きながら彼が見ていたものを、実際の今の世界のものにチューニングしたらどうなるんだろう、と思ったんだ。今、僕たちはテクノロジーによってもっと繋がることが出来ているけど、スクリーンを通してつながっていることで、実際の繋がりは薄くなっている。実際に会って繋がる、という繋がり方は減っているわけで。だから、人間らしさというものに関して考えたんだ。距離が縮まっていながら、同時に遠くもなっている。僕のヴァージョンでは、それについて描かれているんだ」。人と機械やAIの関係ではなく、現在における人間関係のあり方についての楽曲なのだ。

 『Heaven and Earth』は大がかりなオーケストレーションやコーラス隊がフィーチャーされ、ダイナミックでドラマ性に富むサウンドとなっていたが、『Fearless Movement』の楽器構成は比較的シンプルな小編成である。カマシの日常的な視点が、大がかりなものではなくコンパクトな編成、サウンドに繋がっているのだろう。「大抵の場合、僕はその曲に満足がいくまで色々と積み重ねていくような感じで曲を作っていく。そして、前回の時はそれが大きくなりオーケストレーションにつながっていったわけだけど、今回のアルバムは、曲があまりそれを必要としていなかったんだ。オーケストラ的な要素は、自分をどこか他の場所へと連れて行ってくれる。でも今回のアルバムは、その要素が要らなかった。その分、今回は他のアルバムよりもパーカッションやドラムが多いと思うね」。
 楽曲によって個々の楽器のソロが前面に出ているところもあるわけだが、特に耳につくのはロックやヘヴィ・メタル風のギター。ギターはサンダーキャットが弾く場合もあり、それ以外ではブランドン・コールマンがシンセを弾いてギター風の音色を出すこともあるそうだが、カマシ自身の “Prologue” でのサックスも、ある種ロック・コンサートにおけるギタリストのソロでの盛り上げに近いものを感じる。2021年にメタリカ・ブラックリストに参加したことも影響のひとつとなっているのだろう。「それがきっかけになったかまではわからないけど、今回はサックスでディストーションを使ったんだ。僕のアイデアで、エンジニアと一緒にいる時、なんかそれをやりたくなったんだよね。メタリカの影響も、意識まではしていないけどもしかしたらあるのかも。あのスタイルのサックスをやったのは、あの時が初めてだったから」

 この “Prologue” はアルバムの最終曲となっている。もともとはアルゼンチン・タンゴの巨匠として知られるバンドネオン奏者のアストル・ピアソラの曲だ(正式タイトルは “Prologue - Tango Apasionado”)。通常であればプロローグ(序章)はアルバムの冒頭に来るものだが、カマシは敢えてアルバムの最後にした。アルバムにある種の余韻を残すと同時に、このアルバムが何かの終わりではなく、始まりを示すものだということを暗示している。「今僕は娘がいるから、これからの世界がどんな世界であってほしい、という願望がより強くなった。多くの場合、何かの始まりは何かの終わりでもある。言い換えれば、何かが終わることで、新しい何かが始まるわけで、将来手に入れたい何かを掴むためには、今持っている何かを終え、手放す勇気が必要な時もある。僕にとってこの曲は、今あるものを手放して、次にやってくる新しい何かを掴む勇気を表現した曲なんだ」

 こんにちのファッションにおいて、じつはそれなりに大きな影響をあたえたと言えるひとりは、パティ・スミスだ。試しに “1975 ” という数字といっしょに君が好きなロック・ミュージシャンの名前を入れて検索すればいい。『ホーセズ』におけるモノクロームで、オーヴァーサイズ気味のしわくちゃの白いシャツをルーズに着ている彼女のスタイルは、それから50年後の世界でもまったく通用する。対して同年のロックの父長たち(ストーンズからザ・フー、ゼップ、その他いろいろ)の衣服ときたらもう、キラキラしすぎて目も当てられない。(※これに関しては、父長たちを貶めているわけではない。いつか、この「目も当てられないキラキラ」については書きたい。)

 中高時代の2〜3年は大きい。ぼくにとって『ホーセズ』はリアルタイムではなかった。『イースター』(1978年)から聴いた世代ではあったが、パティ・スミスがまだ音楽家として精力的に活動していたときだったので、彼女のファッションが、ロンドンのセディショナリーズのようなブランドとは違った意味で、どれほどのインパクトがあったのかはよくわかっている。若い人には信じられないかもしれないが、あんな服装の女性は、当時ほんとうにいなかったのだ。『ホーセズ』での彼女はぴったりした黒いスリムのパンツを穿いているけれど、雑誌で見るスミスは下半身のラインが見えないだぼだぼのパンツを穿いていることも多く、これもまた父長たちのぴちぴちデニム全盛期においては画期的(つまりずば抜けて格好良く見えるスタイル)だった。50年後のいまでも立派に通用する。

 しかしながら、若き貧しきパンク少年たちの憧れを混乱させるかのように、スミスは父長たちへの憧れを隠さなかった……どころの騒ぎではない。楽曲をカヴァーし、UKパンクが仮想敵に選んだひとり、キース・リチャーズの顔が大きくプリントされたTシャツを嬉しそうに着ていたし、取材の場においてもディランやヘンドリック、その他もろもろへの賞賛を滔々と述べたものだった。そんな具合に、ロックスターに憧れる文学少女だった彼女が70年代に残した4枚のアルバムをいま聴くと、音楽的な変化の無さに愕然とする。ジョン・ケイルがプロデュースした『ホーセズ』(もちろん当時ケイルが手がけたニコの作品と並ぶサウンド面での深さはある)と、トッド・ラグレン(彼もまたケイルと同様にロックの創造性を高めたひとり)が手がけた『ウェイヴ』(1979年)と、遠目に見たときいかほどの違いがあるというのだろう。音楽面でのリーダーはギタリストだったし、ヒット曲を期待するレコード会社からの要請があったにせよ、この保守性は、スミスの関心がサウンドそれ自体よりは言葉に集中していたことをあらためて知らしめている。だいたい、彼女の音楽は基本的にキャッチーなロック・ソングだが、ヒット曲と言えるのは “ビコーズ・ザ・ナイト” (ブルース・スプリングスティーンとの共作)たった1曲なのだ。「この物質世界において本より美しいものはない」と言い切っただけのことはある。

 それでもパティ・スミスがロックの革命児であったこと、『ホーセズ』がゆるぎない名盤であることに変わりはない。「ジーザスが死んだのは誰かの罪のためであって、私の罪のためじゃない」という歌い出しが、北アイルランド出身の文系の父長、ヴァン・モリソンのオリジナル曲の再構築以上の、もはやスミスのオリジナルの領域の最高に格好いいロックの歌詞のひとつであることは広く知られている。が、パティ・スミスは、ファッションの先駆者としても評価されるべきだ。未来的なセンスが彼女にはあったのだから。

 音楽がファッションに決定的な影響をあたえた事例はほかにもある。レコード・ジャケットの写真がファッションを変えたもっとも初期の傑作を挙げるとしたら、ここではマイルス・デイヴィスの『マルストーン』(1958年)を推したい。かような薄緑色のボタンダウンのシャツをさりげなく着こなすジャズマンは、それまでいなかった。ビバップの王、ディジー・ガレスピーのメガネにストライプ柄のジャケット&ネクタイ姿とは違うし、スウィング時代にもこんなスタイルはない。英国のジャズ評論家リチャード・ウィリアムズが上梓したマイルス・デイヴィスの評伝の書名はずばり『緑のシャツを着た男』で、いわく「あんなシャツを着たジャズマンはいなかった」のだ。マイルスが意図的に逸脱したのは、伝統的なコード進行やジャンルのカテゴリーだけではなかった。

 英国モダニストを代表するジョン・サイモンズも、リアルタイムでマイルスの緑のボタンダウンに衝撃を受けたひとりだ。いまでもそのシャツを販売しているサイモンズは、英国におけるアイビーショップの先駆者で、顧客にはポール・ウェラーやケヴィン・ローランドらがいると、まあそれはともかく、50年代なかばから60年代にかけてのマイルス・デイヴィスの圧倒的なおしゃれ感はいま見ても惚れ惚れする。『アパートの鍵貸します』(1960年)に出てくるジャック・レモンのようにスタイリッシュで、細身のジャケット、ボタンダウンのシャツ、スラックスかチノパン、モカシシのローファーやスエードのチャッカブーツといったこの時期のマイルスは、アイビーファッションのジャズ版というか、英国モッド文化に影響をあたえたのもむべなるかなのだ(モッズに多大な影響をあたえたもうひとりのジャズマンはセロニアス・モンクだが、その理由はあらためて書くまでもない)。

 パティ・スミスに戻る。芸術面から見た場合の『ホーセズ』のスリーヴには、ロバート・メイプルソープが撮影した奇跡的と言える、素晴らしい写真がある。『ウェイヴ』の写真も彼によるものだが、しかしそれは『ホーセズ』の息を飲むような写真の前ではただの写真でしかない。(『Mトレイン』は読んだけれど)『ジャスト・キッズ』を読んでいないので確証は持てないが、あれはたしかニューヨークのアパートメントの一室で、陽が傾きはじめたときに撮った数枚のうちのひとつだ。背景となっている白い壁には窓から入ってくる西日が写っている。その光の痕跡は、ぼくが最初に日本盤で買った1800円の廉価版の印刷ではコントラストが浅い。だから後年、より鮮明に陽光が写り込んでいるUSオリジナル盤を探した。(廉価版の印刷は通常の一色印刷なので全体が荒い。オリジナル盤はダブルトーンか4色印刷しているので、明暗の繊細なグラデーションがちゃんと表現されている)

 モノクロームのポートレイトを使ったことにも意味があった。(ドイツの画家エーリッヒ・ヘッケルの作品からヒントを得ているにせよ)デイヴィッド・ボウイの 『ヒーローズ』もイギー・ポップの『イディオット』も1977年で、ラモーンズのデビュー・アルバムは1976年だった。『ホーセズ』は、ポストパンク時代にも継承されるそのミニマリスト的美学においても先駆けていたのだ。

 かように、詩や楽曲のみならず、アルバム・スリーヴからも多くの言葉が引き出せる『ホーセズ』だが、ヴィジュアル的な観点で、じつはもっとも重要だと思われるのは、パティ・スミスの高慢な表情だろう。「これが私だ」。黒い髪と太い眉毛、黒い目の彼女はそう強く主張している。「これが私という人間なのだ」。エミリー・ディキンソンもアルトナン・アルトーも知らなかったぼくだが、これは伝わった。こんな表情は、ジョニ・ミッチェルにもローリー・アンダーソンにもケイト・ブッシュにもできなかった。ここ数年において『ホーセズ』のパティ・スミスに匹敵するほどの、静かだが強烈な存在感を放っている肖像画は、ぼくが知る限りではソランジュの、「これはパンク・アルバムだ」と本人が言った『ア・シート・アット・ザ・テーブル』(2016年)である。


Cornelius - ele-king

 昨年、あのなんとも言えない影と陽を秘めた復帰作『夢中夢 -Dream In Dream-』であらためて存在感を示したコーネリアス。今年はソロ活動30周年にあたるが、ここへ来て新たなリリースがアナウンスされている。題して『Ethereal Essence(イーサリアル・エッセンス)』。近年発表してきたアンビエント寄りの楽曲を中心に構成した作品だという。今作のために再編集や再レコーディングをおこなった曲がメインとなっており、初発表作品が多数を占める、オリジナル・アルバムに近い内容になっている模様。小山田圭吾は一年前のインタヴューでアンビエントへの関心を語っていたけれど、はたして今回どんなアルバムに仕上がっているのか──発売は6月26日。現在 “Sketch For Spring” が先行配信中です。
 なおコーネリアスは、5月より中国での初ライヴに挑戦(5/26上海・ワンマン、5/28北京・ワンマン)、7月には日本で活動30周年記念ライヴも控えている(7/7東京ガーデンシアター、7/13ロームシアター京都)。9月にはヨーロッパやアメリカでもツアーをおこなう予定だ。『Ethereal Essence』という新しい試みとともに、アニヴァーサリー・イヤーを見届けよう。

[商品情報]
Cornelius / Ethereal Essence
WPCL-13566
通常盤 CD 1枚組
¥3,300(税込)

https://cornelius.lnk.to/sketchforspring

https://Cornelius.lnk.to/etherealessence

01 Quantum Ghost 〔アナログ7inch「火花」カップリング曲。初CD化〕
02 Sketch For Spring 〔渋谷パルコオープン記念BGM。初CD化。初配信〕
03 Heaven Is Waiting 〔初CD化。初配信〕
04 サウナ好きすぎ、より深く / Too Much Love For Sauna (Falling Deep) 〔テレビ東京 ドラマ「サ道」テーマ曲のリアレンジ曲。初CD化。初配信〕
05 Xanadu 〔初CD化。初配信〕
06 ここ 〔谷川俊太郎展(2018)展示楽曲。初CD化。初配信〕
07 Step Into Exovera 〔初CD化。初配信〕
08 Forbidden Apple 〔21年配信シングル。初CD化〕
09 Melting Moment 〔「BYSAKUU」第5弾のカセットに収録された楽曲リアレンジ。初CD化。初配信〕
10 告白 - Cornelius ver. 〔ASA-CHANG & 巡礼「まほう」収録曲〕
11 Mind Matrix 〔初CD化。初配信〕
12 Windmills Of My Mind 〔雑誌「Nero」10周年記念号エキシビジョンで販売されたアナログ7inch収録。初CD化。初配信〕
13 Thatness And Thereness - Cornelius Remodel 〔「A Tribute to Ryuichi Sakamoto」収録〕

[ライブ情報]
“Cornelius 30th Anniversary Set”
7/7(日) 東京ガーデンシアター
7/13(土) ロームシアター京都 メインホール

“Cornelius "Dream In Dream" World Tour 2024”
中国
5/26(日) Bandai Namco Shanghai Base Dream Hall – 上海
5/28(火) Fullof Livehouse – 北京
ヨーロッパ
8/30(金) - 9/1(日) End of the Road Festival - Salisbury, UK (TBA)
9/3(火) Paradiso - Amsterdam (NL)
9/6(金) Barbican - London (UK)
アメリカ
9/21(土) Music Box - San Diego, CA
9/22(日) Pappy + Harriet's - Pioneertown, CA
9/24(火) The Fonda Theatre - Los Angeles, CA
9/25(水) UC Theatre - Berkeley, CA
9/27(金) Crystal Ballroom - Portland, OR
9/29(日) The Neptune Theatre - Seattle, WA

海外チケットリンク:https://www.corneliusjapan.com/tour1

[グッズ情報]
Cornelius Official Merchandising
ワーナーミュージック・ストアにて販売中。
https://store.wmg.jp/collections/cornelius

[PROFILE]
Cornelius(コーネリアス)
小山田圭吾のソロプロジェクト。
'93年、Corneliusとして活動をスタート。現在まで7枚のオリジナルアルバムをリリース。自身の活動以外にも、国内外多数のアーティストとのコラボレーションやREMIX、インスタレーションやプロデュースなど幅広く活動中。

Ryuichi Sakamoto | Opus - ele-king

 近所の本屋で立ち読みをしていたらBGMがなんとも素敵なドローンに変わった。スーパーの上にある店にしては粋な選曲じゃないかとうっとり耳を傾けていたら、店員さんが押している台車が視界の端に入ってきた。ドローンどころか音楽でもなくて、台車がガラガラと立てていた音だった。ガラガラガラ……。いや、でも、坂本龍一が言っていたのは、こういうことだよなと気を取り直す。あらゆる音に音楽を聴き取るということはこういうことだろうと。ほんの数秒だったけれど、それはとても素敵なドローンだった。自分が好きな種類の音だったことに変わりはない。台車の重さだとか、店員さんが押すスピードだとか、様々な条件が重なって出た音がそれだったのである。それから数日後、同じ本屋の前を通りかかると、再び、ガラガラガラ……と同じ音が聞こえてきた。ああ、また、台車の音かと僕の脳は初めからその音を音楽としては受けつけてくれない。覚めきった脳である。もう一度ぐらい騙されてくれてもいいではないか。そして、そのまま歩き続けると、その音は台車ではなく福引きのガラガラポンを回す音だった……

 坂本龍一の最後のピアノ演奏を収めた記録映画。坂本龍一が音響設計に携わった109シネマズプレミアム新宿で観ることができた。『Playing The Piano 2022』と同じく坂本龍一がひたすらピアノを弾き続けるだけで、「opus」は「作品」の意(『BTTB』の冒頭を飾る〝Opus〟はかなりゆっくりとしたアレンジに改められている)。

 最初の曲は〝Lack of Love〟。坂本龍一の訃報が伝えられた直後にSpotifyで1位になった曲である。死後に何が起きるか予言していたみたいで、ちょっと驚く。真上とか横からカメラが寄っていくのではなく、穏やかでどことなくミステリアスなピアノを演奏する坂本龍一の背後からカメラが近づいていく。もしも撮影しているのが他人であれば、坂本は手を止めて振り返るような気がするけれど、息子が監督だからだろうか、無防備な背中は振り返ることなく、後ろを向いたまま。背中というより「気配」の視覚化と言いたい。こんなところから見ていいのだろうか。そんな気分に襲われる。大袈裟にいえば家族の一員になれたようなオープニングである。

 宣伝資料には「コンサート映画」と謳われている。だとしたら、以下、具体的な曲名は伏せて「作品」を眺望してみよう。意外な選曲。意外な曲の構成をひた隠しにして宣伝の片棒を担ぐことにしたい。ユーチューブを検索すると坂本龍一は自分がかかわった映画についてあれこれと話す動画をたくさんアップしていることがわかる。そして、そのどれもがあまり視聴されていない。『あなたの顔』や『さよなら、ティラノ』など、いろんな映画を見てもらいたくて彼は勝手に宣伝していたのだろう。僕もいまは似たような気持ちである。

 ピアノの演奏を収めた映像となると背中ばかりを映し出すわけにはいかない。坂本親子といえどもそこまでは前衛ではない。何曲か観ていると、定石通りに手元のクローズ・アップが映し出される。角度の妙なのだろうか、手元のクローズ・アップを何度か観ているうちに坂本の両手が2匹の魚に見えてきた。飛び魚が水面を跳ねて泳ぐように坂本の両手が抜いたり抜き返したりを繰り返す。曲が終わると両手がふわっと宙に持ち上げられる。坂本龍一追悼号で坂本とコラボレーションを続けたテイラー・デュプリーにどうして『Disappearance(減衰)』というタイトルにしたのか尋ね、「2人とも人生や自然の儚さに惹かれていたから」(p43)という答えを得たのだけれど、坂本がふわっと手を宙に持ち上げると、手の先にはまだ音が残っていて、それがゆっくりと空中に消えていくプロセスが目に見えるよう。曲の終わりだけではない。ひとつの音が現れては消え、次の音が現れては消える。その繰り返しに2匹の魚が自然と重なっていく。

 『Opus』が捉えたのは、結果的に最後の演奏ということになったわけだけれど、どういうわけか、枯れた演奏という感じはしなかった。どの曲も次の演奏はなく、「これで終わり感」のようなものはあるのに、そのことと「枯れる」という感覚が結びつくことはなかった。似たような和音を続けざまに抑えたり、少しずつ音階がずれていく展開など、なんというか、正解を探り続けているというのか、坂本の中で完結したものを聴かされているという気がしないのである。うまく言えないけれど、この世界には感情のツボがあって、そこを一緒になって探っているような能動的な気分になっている。僕は長いあいだ『B-2 Unit』や『Esperanto』がとても好きだった。だけど『Out Of Noise』が自分の気持ちに入り込んだ瞬間から初期の作品には幼さを感じるようになり、以前と同じ気持ちで聴くことができなくなって名盤として同列に扱うことも無理になり、それだけ『Out Of Noise』が醸し出す慈しみやスケールの大きさに圧倒されて〝Merry Christmas Mr. Lawrence〟が無限大に膨れ上がったヴィジョンに包まれたような気がしていた。『Opus』を観ていて感じたこともそれに似たものがあり、枯淡の境地というような距離感のあるものには思えなかった。

 そして、それらとまったく違ったのが〝Tong Poo〟。この曲だけは「次はない」という気がしなかった。やはりこの曲にはこれからYMOを始めるぞという坂本の野心が目一杯つまっていたからだろう。それまでずっと続いていた穏やかな海とは違い、〝Tong Poo〟からは人生の荒波に乗り出す期待がいまだに躍り出してくる。だからか、逆説的に「枯れた演奏」という表現がこの曲だけには当てはまると思う。少なくとも『BTTB』に収められた獰猛なヴァージョンと比較したらそれこそ老いを感じさせる演奏ではある。そして、他の曲とはあまりにトーンが違うからか、〝Tong Poo〟だけはすぐに演奏が始まらない。ほかの曲でもやり直しや単純な失敗はあったのだろうけれど、調子を整える場面を残したのはこの曲だけだったというのは映画の構成的にも正解だったと思う。

 ピアノ1台だけなのにベースが聴こえてくるような気がする曲もある。演奏しながら鼻の下を伸ばす仕草も監督は逃していない。比較的好きではなかった曲もまったく違った曲に聴こえた。〝Merry Christmas Mr. Lawrence〟は様々な時期の演奏を聴いてきたつもりだけれど、極端に高音を強調した初期の演奏や最も落ち着いた2010年代の演奏、あるいはイントロの前に別なイントロがついたヴァージョンなど、そのどれとも異なる演奏で、音階が違うわけではないと思うけれど、そこはかとなく音数が多い気がして、あまりに簡素だった『Playing the Piano 2022』やモチーフによってテンポが急変する〝Merry Christmas Mr. Lawrence - Version 2020〟の演奏がまだ頭に残っているせいか、一度だけでは消化できない情報量が耳に残ったままになっている。この情報量をしばらく頭の中で転がし続けられることが、おそらくは幸せなことなのだろう。

PS

 昨年始めに『12』のレビューで坂本龍一が盛んに大学生の僕たちを笑わせようとしたことを書き、これを読んでくれた小山登美夫が、イヴェントが終わってから坂本さんに「暗いよ」と言われ、だからしつこく笑わせようとしたのだということが判明いたしました。40年前も前のナゾがいまさら解き明かされるなんて。


interview with Lias Saoudi(Fat White Family) - ele-king

 ロックの本質をラディカルなものだと捉えているバンドマンは絶滅種に近い、とまでは思わない。日本からUKを見た場合、リアス・サウディやスリーフォード・モッズのような人たちはすぐに思い浮かぶけれど、まだ紹介されていないだけで、じつはほかにもいる。だから、UKロックがいよいよファッショナブルな装飾品になった、というのは早計だ。が、こんにちのロック界がラディカルなものを求めているのかどうか……ぼくにはわからない。
 ジョン・ライドンやジョー・ストラマー、あるいはポスト・パンク世代たちのインタヴューが面白かったのは、彼ら彼女らが、自分が言いたくても言えなかったことを言っていたから、という気持ちだけの話ではない。彼ら彼女らの発言には、たとえ平易な言葉であっても社会学や哲学、政治の話を聴いているかのような、知性に訴えるものもあった。リアス・サウディのインタヴューは、あの時代のUKインディ・ロックの濃密な実験が完全に消失されていなかったことを証明している。意識高い系へのウィットに富んだ反論という点では宮藤官九郎の「不適切にもほどがある」と微妙にリンクしているかも……いやいや、ファット・ホワイト・ファミリーのリスナーの大部分は昭和など知らない、ずっと若い世代です。
 とまれ、ファット・ホワイト・ファミリーが5年ぶりの4枚目のアルバムをリリースするまでのあいだ、バンドの評判が母国において上がっているとしたら、ベストセラーとなった共著『1万の謝罪』の効果もあろう。が、音楽シーンにおける難民となっている彼らだから見えている光景を、人はもうこれ以上、目を逸らすことができなくなってきているという状況があるとぼくはにらんでいる。この、いかんともしがたいダークな事態が続くなか、風穴をあけんとジタバタし、破れかぶれにもなり、じつを言えばなんとしてでもロックンロールを終わらせたくない男=リアス・サウディへの共感は、スマートではないからこそさらに熱を帯びることだろう。彼にはいま、作家としての道も開けているそうだが、ぼくとしては、ひとりでも多くの日本人がファット・ホワイト・ファミリーの音楽を聴いてくれることを願うばかりだ。


中央にいるのが、取材に応えてくれたリアス・サウンディ

テイラー・スウィフトを聴く方が、あの手のバンドを聴くよりも「侮辱された」って気にならないだろうな。例の「ポスト・ポスト・ポスト・ポスト・パンク」バンドの手合いね。生真面目で、時機に即した正義感あふれる歌詞、たとえば「自分たちはどれだけ移民を愛してるか」だの、ジェンダー問題云々、まあなんであれ、そのときそのときでホットな話題を取りあげる連中。

素晴らしい新作だと思いました。

Lias Saoudi(LS):オーケイ。

この時代のムード、とくにやるせなさや空しさをひしひしと感じました。

LS:うん。

最初にアルバムを通して聴いたとき、いちばん心にひっかかったのは、“Religion For One”でした。ぼくは英語の聞き取りのできない日本人なので、頼りはサウンドだけです。その次が“Today You Become Man”で、これが気になったのはサウンドと曲名です。ほかの曲も好きですが、この2曲から感じた、恐怖、混乱、倒錯的な快楽、目眩、空しさ、これらはこのアルバムのなかで重要な意味をなしているように思いました。この感想についての感想をお願いします。

LS:ああ、だから一種の、想像力およびアクションの麻痺、みたいなことなんだろうな。ある種……それが注意力を引きつけるのは当然のことだ、というか。だって、それ以外に何も起きてないわけだから。

通訳:それは、現在の世界では何も起きていない、ということでしょうか?

LS:そう。いまやこう、ぞっとするくらいの停滞状態、というポイントにまで到達したと思うし。だから一種の、この……アポカリプスか何かの一歩手前、って状態が恒久的に続いている、みたいな? つまり、そうなる寸前の段階で時間が凍りついて止まってる感じ。だから逆に、いっそ物事が崩れ落ちてくれる方がむしろ救いになるんじゃないか、と。それってだから、永遠に変わらない型/枠組みが存在する、波頭が砕けることはない、ということだし。とにかく、そういう……まじりっけなしの不安感がある、と。で、思うにそれがおそらく、「これ」と明確にわかるやり方で、ではないにせよ、おれが伝えようとしてることなんじゃないのかな。とは言っても〝Today You Become Man〟、あの曲は、おれの兄の体験した割礼のお話で。

通訳:えぇっ? そ、そうなんですか!

LS:(苦笑)うん、彼は子供の頃に割礼を受けて……おれたちは半分アルジェリア人の血が混じってるんだ。だから兄は父方の故郷で、北アフリカの山々で割礼を受けた、と。

通訳:なるほど。かなり残忍な儀式、という印象ですが。

LS:ああ、かなりむごい。兄は麻酔も受けずにカットされたし……

通訳:ぐわぁ〜っ、聞いてるだけで痛そうで、きついなあ。

LS:フハハハハッ! でも、だからなんだよ、あの曲がかなりナーヴァスなものに響くのは。

音だけだと、あの曲はフィリップ・K・ディックの小説で描かれる悪夢みたいで、強烈に惹きつけられました。

LS:なるほど。一種、そうかもね。ハッハッハッハッ!(※ディックは「陰茎」を意味する言葉でもある)

通訳:たしかに……(苦笑)。

LS:でも、あのとき兄は5歳くらいだったはずで。だからあの曲では、兄があの思い出を語るときにやるおれたちの父親の物真似、それをおれが真似てるっていう。あの曲で起きてるのは、そういうことだよ。

このグループのなかに、アルバート・アイラー的な面はあるよね。思うに……おれ自身は、フリー・ジャズに造詣が深いとは言えないだろうな。ただ、誰もが色々でっちあげたというか、アルバム作りのあの時点で、みんな、思いつくままクソをあれこれと壁に投げつけて、何がこびりつくか見てみよう、と。

フリー・ジャズは聴くんですか? “Today You Become Man”にその影響がありますが、もしそうなら、とくに好きな作品/アーティストは?

LS:まあ、このグループのなかに、アルバート・アイラー的な面はあるよね。思うに……おれ自身は、フリー・ジャズに造詣が深いとは言えないだろうな。ただ、誰もが色々でっちあげたというか、アルバム作りのあの時点で、みんな、思いつくままクソをあれこれと壁に投げつけて、何がこびりつくか見てみよう、と。

通訳:(笑)

LS:あの曲は実は、9人で演奏した、20分近いジャムみたいなものだったんだ。だからアルバムに収録したのは、そこからカットした短い部分。

通訳:ジャムから編集してアルバム向けの尺にした、と?

LS:っていうか、あの曲のヴォーカルにとって「これだ」と完璧に納得できる、その箇所だけ使った。

FWFの10年の歩みを綴った、アデル・ストライプとあなたの共著『Ten Thousand Apologies: Fat White Family and the Miracle of Failure(1万の謝罪:ファット・ホワイト・ファミリーと失敗の奇跡)』(2022)はいつか読みたい本です。レヴューを読む限りでは、FWFの歴史においての、おもにドラッグ常用者の手記みたいなものらしいですが、合ってます?

LS:ああ……。

通訳:もちろんドラッグ体験ばかりではなく、バンド・ヒストリーも追っているのでしょうが。

LS:まあ、本の多くは、おれとおれの弟(Nathan Saoudi)の生い立ちについて、だね。アルジェリア半分/英国半分の子供で、北アイルランド、そしてスコットランドで育ち……ということで、まあ、とにかくちょっとばかし奇妙なお膳立てだったわけ。で、続いて20年くらい前のロンドン音楽シーンの話になり、みすぼらしい生活、一時的なスクウォット暮らし等々……不潔さ、カオス、ドラッグが山ほど出てくるよ、うん。でも、どうなんだろ? たぶん、これくらい早い時点でああいう本を書くのは、ちょっと妙なんだろうな。ただ、パンデミック期だったし、おかげでほかに何もやることがなかったし、だったらまあ、ここでひとつ過去を吟味してもいいだろう、と。当時は音楽活動をまったくやってなかったし。

この本を書こうと思った動機について聞きたいのですが、たしかに「バンドの伝記」はちょっと早いですよね。いまおっしゃったように、コロナがきっかけだった? それともいつか書きたいと思っていた?

LS:いいや、たぶんアデル・ストライプは、どっちにせよこのバンドのバイオグラフィを書くつもりだったんだと思う。彼女はパンデミックの前から、おれに協力を要請していたからね。パンデミックが世界的に爆発したまさにその頃に、おれたちは日本・中国・台湾・香港etcを回ってるはずだったんだよ(※2020年3月に予定されていたがキャンセルになったツアー)。だから本来は、おれがロード生活の合間に彼女にいくつかのパラグラフをメールする予定だったわけ。ところが何もかも一時停止し、バンド全員が家にこもっていたし、ほんと、こりゃ執筆には完璧なタイミングだな、と。うん、あれはまあ、一種のセラピー的なプロセスだったというか。どうかな? とにかく、もっと過去に起きた、とんでもなくカオスな出来事の数々を自分なりに理解するのに役立った。ほんの少しだけど、それらからなにがしかの理解を引き出せた。

書名を『Apologies(謝罪)』としたのはなぜ? 単純な話、まわりに迷惑をかけたからでしょうか?

LS:んー、おれが思ったのはそれよりももっとこう、このバンド内には常に、非常に悪意に満ちた、有害な対人関係の力学が存在してきたわけ。おかげでその歴史は丸ごと、絶え間ない川の流れのような無意味な謝罪の連続、みたいな。つまり、あれは一種の内輪ジョークというか。ほとんどもう、いちいち相手に謝るのすら面倒くさいというのに近い。どうせまた険悪になるんだし、だったら中身のない謝罪ってことだから(苦笑)。

通訳:なるほど。バンド内のテンションや個人間の葛藤もありつつ、それでも仲直りし再出発するものの、でもまた誰かがおじゃんにする、の繰り返しで続いてきた、と。

LS:まあ、悲惨なのは、この……「仕事」というのか何というのか、そのいちばん魅力的な面というか、本当はたぶんそうするべきじゃないのに、でも続けたくなってしまう、その理由って、パフォーマンスをやることと、そしてそれにまつわる経験すべてのもたらすハイなんだよね。だから、おれたちの間で起きた口論の数々は、みんなの生きてる自然界での当たり前の人間関係だったら、たぶん完全な仲違い・絶交に繫がっていただろう、そういう類いのものだったわけ。普通なら、自然死していたはずだ。でも、おれはこの、いわば痛みを感じにくい生命維持装置めいたものをまとい続けていたし、それって風呂に浸かったまま生きるようなもんで、だから毎晩のようにマジにエクストリームなことをやっていた、と。ところがいったんライヴが終わるや、一気に罪悪感が出てきて、全員がハイな状態のままで「ごめんな」「悪かった」とか、謝り合うわけ。すると急に、「何もかも滅茶苦茶だけど、それでもオーライ!」って信じることができるっていう。それってある意味……勝手な思い込み・妄想なんだろうな。一種、毛布をひっかぶってイヤなものは遮断する、そういう幻想っていうかさ。そうやってひたすら目をつぶって邁進し続け、でも状況はどんどん悪化し、恨みや憤りもどんどん積み重なっていく、と。うん、そんなとこ。

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そもそもこのバンドは常に、なかばダダイスト的な、社会実験みたいなものだったからね。だから、ヒットを出して大きく当てる、みたいなことはハナから意図してなかった。

“Religion For One”には不思議なパワーを感じます。負の感情が横溢していますが、この曲には陶酔感もありますよね。曲ができた経緯を教えてください。

LS:えーと、あの曲を書いたのはいつだったっけ? フーム……ああ、パンデミックが起こる直前に、おれは曲を書き始めて、それとフィンガー・ピッキングのギター奏法も勉強し始めたんだ。フィンガー・ピッキングでギターを弾きたいとずっと思ってきたし、ここでもまたパンデミックが、アコギで指弾きをやるのを習得する格好のタイミングになった、と。で、おれはちょっとした曲を作り始めたし、それらは、そうねえ……「えせレナード・コーエン」調とでもいうか? 単に自分で浸って書いていたし、あとまあ、〝Suzannne〟をギターで弾こうとえんえん練習してたから、というのもある。で、そのプロセスのなかからこの曲が浮上してきた、みたいな。たしかあの頃は、ルーマニア人の悲観主義作家/思想家のE・M・シオラン(Emil Mihai Cioran)をよく読んでたな。

通訳:ほう。

LS:彼の文章はまあ、「宇宙的にブラックな笑い」、みたいな? で、あのときのおれが向かおうとしていたのも、そのノリだったわけ。というわけで、そうだな……(小声でつぶやく)さて、あの曲を書いたのはいつだったかな、はっきり思い出せない……まあともかく、いまからずいぶん前の話だよ。おれが、いわゆる「タートルネックを着た、真面目なフォーク吟遊詩人」になろうとしていた間に書いた曲だ。

通訳:(笑)ボブ・ディランみたいな?

LS:そう、ボブ・ディランか何かみたいな(笑)

FWFのなかは、ロックにおける成功とはいったいなんなのか?という、カート・コベイン的なヒニリスティックな疑問があるのでしょうか? たとえば、大衆受けする曲を書いて、こうして取材を受けて、売れて、儲かるという、それらすべてのポイントってなんなんだ? みたいな。

LS:いや、おれは複数のバンドを掛け持ちしようとしてるし、執筆活動もやる。だから、9時5時の普通の仕事をせずに食いつなぐためには、色んなことをやらなくちゃいけないわけ。だからおれからすれば、自分が標準的な職に就くのを回避できたら、それは漠然とした「成功」と捉えていいだろう、と。もっとも、公正を期すために言うと、今のこの仕事(=バンド〜アーティスト活動)だって、ある意味、普通の仕事と同じくらい嫌いなんだけどね。普通の仕事をやってる方が、たぶんもっと経済的に楽だろうし。ってことは、自分はそこすら勘違いしてたんだろうな、つまり自分なりの「成功」の定義のレベルですら、あまりうまくいかなかった、と。いやだから、以前のおれは、ステージに登場しただけで、バンドがまだ何も始めてないのに観客が拍手喝采する、そうなったら成功だろうと思ってたんだよ。ほら、人気を確立したバンドのライブだと、彼らがステージに上がった途端に、もうお客は拍手するわけじゃない? そうなったら、たぶん自分はそれだけで満足だな、昔はそう思っていたわけ。でも、満足するってことはなかった。それ以外にも、求めることはいろいろあるっていう。ただ、近頃じゃ……スポティファイ等々の権力を持つ側が基本的に、「お前にはなんの価値もない」と決めてしまったわけでね。だからおれたちも、「ロックンロールのサクセスとは何か」の定義/尺度を格下げしなくちゃならなかった、と。その公式見解に足並みをそろえるのは可能だし、そうすればもうちょっとバンドも長続きするかもしれないけど、そもそもこのバンドは常に、なかばダダイスト的な、社会実験みたいなものだったからね。だから、ヒットを出して大きく当てる、みたいなことはハナから意図してなかった、という。まあ、いわゆる「インディ・ロック」と呼ばれる類いの音楽で実際に成功してるもの、それらの実に多くはマジに、もっとも憂鬱にさせられるような戯言だしね。あれを聴くくらいなら、おれはむしろ……いや、実際にテイラー・スウィフトを聴いたことはないけど、たとえば彼女の類いの音楽を聴く方が、あの手のバンドを聴くよりも「侮辱された」って気にならないだろうな、と。つまり、例の「ポスト・ポスト・ポスト・ポスト・パンク」バンドの手合いね。生真面目で、時機に即した正義感あふれる歌詞、たとえば「自分たちはどれだけ移民を愛してるか」だの、ジェンダー問題云々、まあなんであれ、そのときそのときでホットな話題を取りあげる連中。それこそもう、「いま熱い」トピックを次々に繰り出す糸車みたいだし、しかもそのすべてに歯を食いしばるようなひたむきさが備わってて。だから、ユーモアにもセックスにも欠けるし、ただひたすらこう、「乾いてる」という。そういうのには、おれはとにかく、一切興味が持てない。

通訳:カート・コベインについてはどう思いますか? ニルヴァーナは90年代でもっとも成功したロック・バンドのひとつになり、彼はその重圧に苦しみました。で、大ヒット作のパート2ではない『In Utero』を作ったのは一種の「自己サボタージュ」だったと思います。『In Utero』はいまではクラシック・アルバムとされていますが、当時はニルヴァーナのキャリアを棒に振ると言われた問題作でしたし――実際、彼は自らの命を絶ってしまいました。彼のそういう厭世的なところは、理解/共感できたりしますか?

LS:そうだな、今日の……おれたちが生きてる時代の音楽の歴史って、実際面での再編成に影響されてるんじゃないかな。つまり、音楽をやってもちっとも金にならない、と。その点は本当に、とにかく何もかもの力学を丸ごと変えたと思う。不可能だ、と。だからもう、そうしたことをやる権限はないわけ。おれが見渡す限り、そういうタイプのスター、あるいはならず者的な存在は見当たらないし、うん、少なくともロックンロールの世界では、そうした人物は過去の遺物だね。まあ、もしかしたらカニエが、ラップ界でその旗を振ってるのかもしれないけど(苦笑)?

通訳:(笑)たしかに。

LS:(笑)「マジにファッキン狂った男」をやってて、危ない奴だ、と手かせ足かせで拘束されるっていう。一方でロックンロールはいまや、ブルジョワ階級の道楽めいたものになってる。こけおどしの儀式/祭典みたいなもんだし、これといった文化的な生命力は、そこにはもはやない。とにかく都会暮らしの中流階級のガキが繰り広げる仮装大会だし、要するに、そこには鋭い切れ味がすっかり欠けている、と。だから、いま言われたような「成功を拒絶する」型の声明を打ち出すのは、もう、どんどんどんどん、むずかしくなる一方なわけ。ってのも、メンバー全員が完全に頭がおかしくなり、あっという間に爆発してしまうことなしにバンド活動を続け、作品を出しツアーに出続けるのは、もう不可能だから。いまバンドをやってる連中は、そこにこもってODできるような私邸すら持ってない。三回離婚しても慰謝料を払えるほど稼いでもいないし、個人的なメルトダウンを起こしたら逃げ込める私有牧場も持ってない。コカインは高過ぎて買えないから、それより安いスピードに切り替えるしかないし、ヘロインの代わりにフェンタニル(※合成オピオイドの鎮痛剤)を使う……みたいな感じで、とにかくあらゆる基準において、何もかもが格下げされてきた。もちろんほかのすべて、生活基準etcもグレードが落ちてるけど、音楽におけるそれは、とりわけひどい。音楽がいかにシェアされるか、という意味でね。それこそもう、基準なんて存在しない、というのに近い。少し前に――これまた一種の「ロックンロールの自殺者」と呼んでいいだろうけど――デイヴィッド・バーマンに関する記事を読んで。

通訳:ああ、シルヴァー・ジュウズの(※1989年結成のUSバンド。2005年にラスト・アルバムを発表し09年に解散、フロントパーソンのバーマンは2019年に新プロジェクトをデビューさせたものの程なくして自殺)。

LS:うん。デイヴ・バーマンについて読んでたんだ、彼が自ら命を絶つ少し前にリリースした、最期のアルバムがとても好きだから。

通訳:『Purple Mountains』ですね。

LS:そう。あれはほんと……今世紀のもっとも美しいレコードのひとつ、というか。それくらい、本当にあのアルバムが好きで。でまあ、それで彼に関する記事を読んでたんだけど、そこに「彼はナッシュヴィルに家を買った」みたいな記述があって。90年代のレコード売上げ等々で彼には家を買えた、と。それを読みながら、おれは……いやだから、シルヴァー・ジュウズを聴くと、そのいくつかはとんでもない内容で(苦笑)。

通訳:(笑)

LS:それこそ、もっとも商業性のないオールドスクールなフォーク・ロックみたいなノリだし、歌詞にしてもへんてこで脱線気味。どう考えても「ヒット曲満載」ってもんじゃないし、支離滅裂で。だから「えぇっ、デイヴ・バーマンはあれでも家を買えたんだ!」と驚いた。「一体どうやって?」と思った。でも、ああそうか、90年代だったからか、と納得したっていう。

通訳:時代もありますし、あの頃のナッシュヴィルでも、郊外ならまだなんとかなったんじゃないですか?

LS:ん〜〜、たしかに。それはそうだな。ナッシュヴィルの不動産価格をきちんと調べた上でじゃないと、これに関して早合点はできないかもしれない。

通訳:(笑)。いまは、たとえばナッシュヴィルで腕を磨いたテイラー・スウィフトの成功で再び新世代のカントリー・シーンが盛り上がり、状況も違うんでしょうが。

LS:だけど、カントリーは常にかなり人気があるジャンルだと思うけど? それって、アメリカ国外のおれたちみたいな連中には認識できない、そういうもののひとつだと思う。ただ実際には、カントリーはアメリカでいちばん人気のある音楽と言っていいくらいポピュラーで。ヘタしたらヒップホップよりビッグかもしれないし、産業としてもめちゃめちゃ巨大だろうし。で、その再重要地点がナッシュヴィル、みたいな。だから、いまはもちろん90年代ですら、家の価格はかなり高かったんじゃないかと思うな……。ちょっと話が逸れたけども。

メンバー全員が完全に頭がおかしくなり、あっという間に爆発してしまうことなしにバンド活動を続け、作品を出しツアーに出続けるのは、もう不可能だから。いまバンドをやってる連中は三回離婚しても慰謝料を払えるほど稼いでもいないし……みたいな感じで。

たしかに。質問に戻りますが、先ほど「音楽にヴァイタリティがなくなってしまった」とおっしゃっていましたが、文化全般についてはいかがですか? 60年代末のカウンターカルチャー、パンク〜レイヴ・カルチャーの時代に比べて、文化の力が弱まったという意見がありますよね。あなたもそう思いますか? もしそういう自覚があるようだったら、その苛立ちというのはFWFに通底していると言えるのでしょうか?

LS:まあ、基本的にインターネットがそうした物事のすべて、君がいま挙げたようなサブカルチャーetcのポテンシャルを一掃してしまったんだと思う。それらはみんな、「ポスト・インターネット時代」においては認知不可能なものになってしまった、と。人びとの頭のなかに入り込んでしまう、この、奇妙な均質化と関連してね。つまり、インターネットの本質に不可欠なのは、可能な限り誰もがほかのみんなと似たり寄ったりになる、ということだし、そうすればマシンもより円滑に機能するわけで。思うに、かつて特定のファッションなり、音楽やサウンドなり、とある地域なりの周辺に集まって融合したエネルギーというのはすべて……そのエネルギーはきっと、何かに対する反抗だったり、あるいは単に、抑圧された表現の奔出だったんだろうけども――それらは全部、この「オンライン空間」みたいなものにパワーを集中し直したんじゃないかと。というわけで、意地の悪いケチな争い合いの数々に、色んなヴァイラル/TikTokのバズの堆積物の山だの……要するに君は、エンドレスに連続する、減少していく一方の無数の「無」を前にしてる、みたいな。フィジカルな世界で有機的に成長していくことのできる、真の意味での焦点/中心点ではなくてね。何もかもからそれが剥ぎ取られてしまい、そうした過去のサブカルetcに対するノスタルジアがそれに取って代わった感じ。おかげで、安っぽいイミテーションだのパロディが絶え間なく出て来るし、いまやもう「パロディのパロディの、そのまたパロディ」みたいな地点にまで達してる。でも、たとえばUKを例にとってみても――もちろん、音楽はいまだに英国有数の大産業だし、もっとも稼ぐ輸出産業のひとつなんだよ。ただ、そんな国なのに、全国各地で小規模のライヴ・ハウスやクラブ会場が消えつつあって、その存在は風前の灯。代わりに、新たなアリーナ会場が作られてる。

通訳:ああ、そうですよね。

LS:アリーナ公演のチケット代が天井知らずで上がる一方で、200〜300人規模のヴェニューは店じまいしてるわけ。だからなんというか、ギー・ドゥボール的な「スペクタクルの社会」になってる、というか? そこにはプラスチックでにせの「神」的存在が次々担ぎ出され、古風なロックンローラー、それこそテイラー・スウィフトでもいいし、ポール・マッカートニーでもいいけど、その手の重々しい「巨人たち」が登場する、と。ただ、そんな見世物はどう考えてもこっちも即応できる反応的なものじゃないし、観客が参加することも、何か加えることもできない。そこでは何もかも司令部からのお達しに従っているし、すべては大企業型の、こちらを疎外するような中央集権的なノリ。でも、そこが変化するとは、おれは思わないな。というのも、60年代等々の、文化がまだ重要だった時代から遠ざかれば遠ざかるほど、それに対するノスタルジアは強まる一方だろうから。人びとは20世紀半ば以降の半世紀を振り返って、あの頃は文化的に最高な時期だったと思うんだろうし、とくに、ポップやロックンロールといったタイプの音楽に関してはそうだろうね。ただ、あれらは本当にその時代特有の、かつ、当時の社会経済およびテクノロジー状況に固有の音楽であって。つまり、あの頃にはまだ第二次大戦後復興期の若々しい元気さがあったし、ある種のナイーヴさもあったわけで。新たに生まれた各種テクノロジーに対する、子供のあどけなさに近いものもあったし、そうやってラジオやロックンロールのパワーをコントロールしていった若者たちに、まだ企業/体制側も追いついていなかった、と。うん、いまの時代に、それはまったく不可能な話だと思う。

新作には、ダンサブルな曲がいくつかあります。“What’s That You Say”や“Bullet Of Dignity”のことですが、こうしたエレクトロ・ディスコな曲をやった経緯について教えてください。つまり、あなたはダンス・ミュージックにどんな可能性を見ているのか。

LS:いや、っていうか、おれはDecius(ディーシアス)って名前のダンス・ミュージックのプロジェクトもやってるんだ、パラノイド・ロンドンの奴らと一緒にね。そこではクラシックなハウス〜テクノ系の音楽をやってるよ。でもまあ、ダンス・ミュージックへの傾倒は以前からあったし、何年もの間に自然に、徐々にそっちに向かっていたんだと思う。だから、とくに深く考えてのことじゃないね。たまたまそういう流れだった、と。おれたち、ドナ・サマーのファンだし。

通訳:(笑)彼女は最高です! とにかく『Forgiveness Is Yours』は時代のムードに合っている作品でとても気に入っています。どうも、ありがとうございました。

LS:ありがとう。バイバイ!

4月のジャズ - ele-king

 先日、サックス/フルート奏者のチップ・ウィッカムのインタヴューをおこなったが、そこでも話題に上ったのがハープ奏者のアマンダ・ウィッティングだ。チップ・ウィッカムのアルバム『Blue To Red』(2020年)、『Cloud 10』(2022年)に参加しているが、彼と出会ったのはマシュー・ハルソール率いるゴンドワナ・オーケストラのツアーで、そこから親交がはじまっている。マシュー・ハルソールゴンドワナ・オーケストラの作品においてはハープがとても重要な位置づけにあり、必ずと言っていいほどハープ奏者がフィーチャーされてきた。ハープはだいたい女性奏者が演奏することが多く、ゴンドワナ・オーケストラにおいてもこれまでレイチェッル・グラッドウィン、マディ・ロバーツ、アリス・ロバーツが務めてきており、現在それを担うのがアマンダ・ウィッティングである。ほかにもミスター・スクラフジャザノヴァグレッグ・フォート、ヒーリオセントリックス、レベッカ・ヴァスマン、DJヨーダなどと共演してきた彼女は、自主製作で3枚ほどのアルバムをリリースした後、2020年に〈ジャズマン〉から『Little Sunflower』を発表。フレディ・ハバードの名曲をカヴァーしたこのアルバムにおいて一躍注目のハープ奏者となる。そうしてマシュー・ハルソールやチップ・ウィッカムなどとも交流を深め、『After Dark』(2021年)、『Lost In Abstraction』(2022年)にはチップも参加している。


Amanda Whiting
The Liminality Of Her

First Word

 最初はクラシック・ハープを学び、その後ジャズの演奏をはじめるようになったアマンダ・ウィッティングだが、チップ・ウィッカムのインタヴューでは彼女について、1960~1970年代に活躍したジャズ・ハープ奏者の草分けのひとりであるドロシー・アシュビーに近いタイプの演奏家で、メロディアスでソウルフルな演奏が特徴にあると言っていた。そうしたところもあってか、ジャズにおいてもクラブ・ジャズ寄りのアーティストや、エレクトロニックなクラブ系アーティストにも起用されるのだろう。2023年には〈ファースト・ワード〉に移籍して、ヒップホップ/ソウル系のプロデューサー・チームであるダークハウス・ファミリーの片割れであるドン・レイジャーとの共演作『Beyond The Midnight Sun』をリリースしている。ジャズだけでなく幅広いタイプの音楽にアマンダのハープは見事にフィットすることを示したアルバムだった。

 そして、それから1年ぶりの新作『The Liminality Of Her』がリリースとなった。編成はハープ、ベース、ドラムス、パーカッションで、今回もゲストでチップ・ウィッカムのほか、女流DJ/シンガー/プロデューサーのピーチが参加する。そのピーチをフィーチャーした “Intertwined” と “Rite Of Passage” は美しいメロディーと繊細なムードに包まれ、モーダル・ジャズとソウル・ミュージックが結びついた最高の作品と言える。“Liminal” はアフロ・キューバンとジャズ・ファンクが融合したようなリズムで、ドロシー・アシュビーの〈カデット〉時代の名作『Afro-Harping』(1968年)、『Dorothy’s Harp』(1969年)、『The Rubáiyát Of Dorothy Ashby』(1970年)を彷彿とさせる。“Nomad” のハープはまるで琴のような音色で、「遊牧民」というタイトルどおりのエキゾティックなムードを演出する。もっともダンス・ジャズ的な作品は “No Turning Back” で、アフロ・キューバン調の転がるパーカッションに乗った軽快な演奏を披露する。クラブ・ミュージック系アーティストからも彼女が支持される理由がわかる演奏だ。


Shabaka
Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace

Impulse! / ユニバーサル

 シャバカ・ハッチングスは2022年にシャバカ名義でのソロ・アルバム『Afrikan Culture』をリリースしていて、今回リリースした『Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace』はその第2弾となるもの。『Afrikan Culture』はごく僅かのゲスト・ミュージシャンの手は借りるものの、基本的にはシャバカひとりの演奏のみで完結していた。従って非常にシンプルな楽器編成で、サウンドも原初的なものとなる。ほかのプロジェクトではサックスを演奏することが多いシャバカだが、このプロジェクトではフルート、クラリネット、尺八などで、それ以外にヴォイスも交えている。シャバカはいろいろなプロジェクトをおこなうなかでも、どこかに自身のルーツであるアフリカの音楽を感じさせる作品づくりをおこなってきたが、このソロ・プロジェクトはもっともアフリカ色が色濃く表れたもので、それも現代的なジャズへと行きつく遥か以前の民謡というか、原型的な音をそのまま抽出したようなものだった。

 『Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace』は参加ミュージシャンが増え、カルロス・ニーニョブランディ・ヤンガー、ミゲル・アットウッド・ファーガソン、エスペランザ・スポールディング、ジェイソン・モランらアメリカのミュージシャンも加わっている。また、フローティング・ポインツアンドレ・3000などクラブ・ミュージックの分野のひとたちから、アンビエント/ニュー・ミュージック界の巨匠であるララージ、エスカ、モーゼス・サムニーリアン・ラ・ハヴァスなどシンガー・ソングライター、ソウル・ウィリアムス、エルシッドなど詩人やラッパーと幅広い人脈が集まる。こうしたアルバムはともすると散漫な印象になってしまう危険性があるが、『Afrikan Culture』にあったような原初的な音楽性は損なわれていない。そして、基本的に音数や楽器はミニマルな構成となっていて、“End Of Innocence” や “As The Planets And The Stars Collapse” など静穏とした世界を展開する。ゲスト・ミュージシャンは多いが、個人個人の色は極力出さないようにしていて、あくまでシャバカの絵のなかの背景の一部となっているようだ。ハンドクラップのようなリズムの “Body To Inhabit” はエレクトロニクスを交えた作品ではあるものの、極めてプリミティヴな音像を持つもので、かつて1980年代にジョン・ハッセルブライアン・イーノとやっていたアフリカ音楽とアンビエントの融合を思わせる。


Glass Beams
Mahal

Ninja Tune

グラス・ビームスはオーストラリアのメルボルン出身のギター、ベース、ドラムスのトリオで、覆面をしてパフォーマンスをするというミステリアスさが話題を集める。東洋音楽と西洋音楽を融合したエキゾティスズム溢れる音楽性を持つが、リーダーのラジャン・シルヴァの父親がインド出身で、幼少期からラヴィ・シャンカール、アナンダ・シャンカール、R.D.バーマン、カルヤンジ・アナンジなどのインドの音楽に親しんできたという背景がある。インドや中近東、東南アジア、北アフリカなどの音楽と、ジャズ・ファンクやサイケ・ロックなどが結びついたのがグラス・ビームスなのである。クルアンビンあたりと共通するところもあるが、より民族音楽の色合いが強いバンドと言えるだろう。

 2021年にオーストラリアで「Mirage」というEPをリリースした後、2024年に〈ニンジャ・チューン〉と契約してミニ・アルバムの『Mahal』をリリースした。“Mahal” はインドや中東で宮殿を指す言葉で、その言葉どおりエキゾティックな旋律を持つジャズ・ファンクとなっている。基本的にはスリーピース・バンドであるが、“Orb” では尺八やフルートのような音色だったり、おそらくシンセで作ったミステリアスなSEを交えてサイケな空間を作り出している。“Black Sand” におけるギターもシタールを模したような音色で耳に新鮮だ。


Kenny Garrett & Svoy
Who Killed AI?

Mack Avenue

 デューク・エリントン、アート・ブレイキー、マイルス・デイヴィスらジャズ界の巨星たちと共演してきて、一方でクリス・デイヴジャマイア・ウィリアムス、シェドリック・ミッチェルら現代ジャズの精鋭たちを自身のバンドから輩出してきたサックス奏者のケニー・ギャレット。自身のリーダー・アルバムでは『Trilogy』(1995年)や『Pursuance: The Music Of John Coltrane』(1996年)のようなモードを追求した作品から、ファンクやソウル色の強い『Happy People』(2002年)、中国やアジアをモチーフとした壮大な『Beyond The Wall』(2006年)など多くの傑作を残している。ソロ・アーティストとして頭角を現したのは1990年代半ば頃からで、それ以降は現代で強い影響力を持つサックス奏者のひとりであり続けている。ロバート・グラスパーも修業時代に彼と共演し、いろいろ影響を受けたと述べていたことがある。

 近年は『Sounds From The Ancestors』(2021年)などアフリカ回帰色の強い作品を発表していて、そんなケニー・ギャレットの最新作はスヴォイことミハイル・タラソフとの共演作。ロシア出身のスヴォイはアメリカのバークリー音楽院に留学し、ジャズ・ピアノを学ぶと同時にエレクトロニック・ミュージックも手掛けるようになった。これまでに『Automatons』(2009年)のようなダンス~エレクトロニカ的なアルバムをリリースする一方、ミシェル・ンデゲオチェロ、レニー・ホワイトなどジャズ・ミュージシャンとも度々共演している。ケニー・ギャレットのアルバムにも『Seeds From The Underground』(2012年)、『Pushing The World Away』(2013年)でそれぞれヴォーカル、ストリングス・アレンジを担当し、今回はアルバム丸ごとでコラボレーションを行っている。ケニー・ギャレットもかつてQ・ティップの『Kamaal The Abstract』(2001年録音)に参加するなど、ヒップホップやクラブ・ミュージック系アーティストとの共演に対して寛容なスタンスを持つ人で、スヴォイとの共演についてもチャレンジングな気持ちで臨んでいる。『Who Killed AI?』というタイトルが示すように、AI時代の現代を表現したもので、スヴォイの作るエレクトロニックなトラックをバックにケニーのサックスが即興演奏を繰り広げる。マイルス・デイヴィスがAIを通じてコーチェラで演奏したらという “Miles Running Down AI” や、ケニーのソプラノ・サックスがスヴォイのシンセを通じてエレキ・ギターのような音色へ変調する “Divergence Tu-dah” など、これまでのキャリアからまた大きく飛躍する斬新なアイデアに満ちた作品集となった。

interview with Shabaka - ele-king

 シャバカ・ハッチングスに以前インタヴューをしたのは、ザ・コメット・イズ・カミングで来日した2019年のことだった。他のメンバーに比べて発言は控えめだったが、観客と共に演奏に伴うエネルギーや生命力を育んできたということを語っていたのが、特に印象に残っている。実際、そのライヴも、並行して取り組んでいたサンズ・オブ・ケメットシャバカ・アンド・ジ・アンセスターズの活動も、外に向かうパワフルでポジティヴなエネルギーに満ちたものだった。現行のUKジャズ・シーンを語るときに、その牽引者として真っ先に名前を挙げられる存在だった彼が、シャバカ名義でリリースしたソロEP「Afrikan Culture」は、しかし、そのイメージを覆すものだった。
 テナー・サックスの代わりに「心理的な楽器」だという尺八やフルートが演奏され、エネルギッシュな演奏の対極にある、メディテーショナルで内省的なサウンドが展開された。シャバカの音楽をこれまで聴いてきたリスナーの多くが期待したサウンドではなかっただろう。その才能を称えてきた、特にジャズのメディアやジャーナリストからの反応も一部を除いては鈍かった。だが、「Afrikan Culture」は決して一過性の特殊な作品ではなく、新たな活動のプロローグであると捉えた人も少なくはなかった。このときに、すでに幾度か一緒に録音をおこなっていたカルロス・ニーニョから伝え聞いた話からも、シャバカの本気度は伺い知れたのだ。
 「Afrikan Culture」のリリース後、これまでのバンド活動をすべて休止し、尺八の演奏に集中的に取り組み、そして、ファースト・ソロ・アルバムの『Perceive its Beauty, Acknowledge its Grace』が完成した。慣れ親しみ、当たり前だと思ってきた前提を離れて、自分の身体感覚とパーソナルな関係性から取り組んできたことの結果として、このアルバムがあることは、インタヴューから伝わるはずだ。その音楽はインサイドにあるのか、アウトサイドにあるのか、ジャズではよくそういう分け方をする。インタヴューで言及されているアンソニー・ブラクストンの音楽は、いまもアウトサイドだろう。シャバカの音楽は? このインタヴューから感じたのは、新たな楽器にひとりで向き合って習得したことをジャズのコンテクストに還元しようとしている音楽が『Perceive its Beauty, Acknowledge its Grace』には収められているということだ。

自己発見、とまでは行かないけど、勇気を持って「これからは、これまでは表に出してこなかった、自分のなかのこういう音楽性を強調したい」と言えるようになったということさ。

(質問者は)カルロス・ニーニョの音源をリリースするなど個人的に繋がりがあって、彼からあなたと録音をした話を大分前に聞かされました。まだ、あなたがサックスを吹いて、バンドでアグレッシヴにライヴをしていた頃です。カルロスと繋がったのは最初、不思議に思いましたが、その後のあなたの活動を見て、とても合点がいきました。あなたが現在のような音楽性に変わるきっかけ、理由は何だったのか、まずはそのことから伺わせてください。

S:僕にしてみれば、自然な成り行きだったんだ。バンドを結成するというのは、共通の語彙を持つレパートリーを作ることだ。成功すれば、それを世界中に届け、広め、みんなは楽しんでくれて、何をそのバンドから期待できるかを知る。でもそうだとしても、僕個人が他にもやりたいと思っていることがないわけじゃないし、他に面白そうだなと僕が感じる音楽の作り方はあるのかもしれない。アーティストであるということは、自分が面白いと思うことを探し続けることであり、どこまで自分を押し進められるかということだ。アンソニー・ブラクストンが語る “感情のランドスケープ” に関する引用を読んだことがある。観客に対して発信する感情のアウトプットの裾野を広げる能力、ということだ。僕の場合はサックスを通じてエモーションを発信してきた。だが、それがすべてだということじゃない。そのとき、その観客に対して発せられ、その時期のアーティストとしての僕の本質を具現化するのが、たまたまサックスだったというだけ。そして僕がどう感じるか、何を発しなければならないと感じるかは日毎に変わる。つまり自己発見、とまでは行かないけど、勇気を持って「これからは、これまでは表に出してこなかった、自分のなかのこういう音楽性を強調したい」と言えるようになったということさ。

自己発見と言われましたが、サックスから、フルートや尺八に演奏楽器を変えたことで、どんなことを発見したと思いますか?

S:たくさんあるけど、一番はサックスを吹くのにどれほど身体に大きな緊張をかけていたかという発見だ。だから尺八を学ぶことで、僕のサックスのテクニックは向上した。そのことを、サックス奏者に会うと僕はいつも言うんだ。尺八を吹きはじめると、先生についていなかったとしても、多くのことを学ぶ。じつに難しい楽器で、いろいろな問題にぶち当たる。でもその問題がサックスを演奏するための基本的テクニックを理解し、演奏をさらに上達させるのに役立つことになる。なかでも緊張することなく、力と勢いを生み出すにはどうすればいいかが、いちばん難しい問題だった。攻撃的な緊張感をかけることなく、大きなエネルギーを得るにはどうすればいいか? 何度かレッスンを受けたことがある気功に似てるんじゃないか、というのが僕なりの答えだった。ゆっくりとした動きの流れのなかで、いかに違うソースからエネルギーを生み、送り出すか。力ではなく、エネルギーの流れ。いかにエネルギーを前に動かすかということだ。さらにテクニカルな話もできるけど、きっと聞いても面白くないと思うのでここでやめておくよ(笑)。

アンドレ3000もインディアン・フルートを演奏して、『Perceive its Beauty, Acknowledge its Grace』にも参加していますね。フルートを選んだことも含めて、彼の転向をあなたはどう思われましたか?

S:最初、SNSでフルートを吹きながら歩き回ってる動画を見たときは、面白いなと思った。で、カルロス・ニーニョに声をかけられて彼のレコーディングに参加したときに、長い時間を一緒に過ごし、話もした。そのとき、本人からこれからはフルートを主な楽器、もしくは “声” として、音楽作りをしていくんだという話は聞いていたんだ。

実際に彼に参加してもらってのレコーディングはどんな感じでした?

S:すごく良かったよ。すごくいいヴァイブが流れていた。僕も彼も、とにかくフルートでジャム演奏するのが好き、という似たところが根底にあると感じたよ。先生につかずに楽器を学ぶと経験することのひとつさ。独学だと当然、楽器とすごく長い時間を過ごすことになる。4時間くらい楽器を手に持っているだろ。するとゆっくりと、楽器が、自分が何をしなきゃならないかを教えてくれるようになる。自分自身をチェックし、呼吸をチェックし、一貫したメロディを作り、どんなヴァリエーションが作れるかを試し……というように。僕も彼も楽器へのアプローチの仕方という意味では、とても似た考え方に基づいているんだと思った。一緒にスタジオに入り、ただ演奏したんだ。メロディを吹き、ジャムし、一緒にリズミックなアイディアを作っていった。とても良かったよ。

コメット・イズ・カミングやサンズ・オブ・ケメットのときの僕は、エネルギーが僕に要求するもの、一定のエネルギーや音量、特定のプレイを示唆するヴァイブレーションに囚われがちだった。でもいまはもっと静かで控えめで、それでいてたくさんのエネルギーが生み出される、より集中したプレイができる。

『Afrikan Culture』リリース時のTidalのインタヴューで、「いつになったらテクニックの蓄積を止めて、音楽を作るという本質的な考え方に向き合いはじめるのか」という発言をしていたのがとても印象に残っています。これは、テクニックというものに対して、必要だが、それに囚われるべきではないという意味合いでしょうか? 

S:この考え方に対してはいろんな意見を聞いたよ。ただ僕個人の練習のしかた、というか、僕の気質のせいもあるんだろうけど、僕はテクニックを超えるには、基本のテクニックが必要だと考える派だ。それをコントロールする必要があるんだ。ここで言うテクニックとは、身体の全パーツの全ての動きをコントロールすることと、自分の心がイメージしていることがつながるということだ。心のなかで想像することと身体ができることを結びつける能力、それが僕の考えるテクニックだ。毎日スケールを演奏すれば、長音(long note)を出せるようになるだろう。小さな動きに気持ちをフォーカスできるようになるからだ。それってとても重要なんだ。つまり “こうしたい” と頭で考えたアイディアと、それを実行することの間に遮るものが何もないということだからさ。それに対して、テクニック面で何か問題があっても、その問題を認識できず、解決できなかったら、“こうしたい” と望むことと達成できることの間に隔たりが生じる。でもその産物として、何か面白いことが生まれるケースもある。だから必ずしも、テクニカルな能力がないからといって、音楽的に、もしくはクリエイティヴに、オルタナティヴな、隠れたものの裏にある道を見つけられないわけじゃない。ただ僕個人としては、自分のコントロール内でそういったオルタナティヴな道を見つけたいと思っている。テクニックの面で、自分が “こうなる” と想像するものに遅れをとると、それがフラストレーションになってしまうんだ、僕は。

そもそも、ジャズを演奏することは、肉体的に負荷のかかることなのでしょうか?

S:ああ、そうなんじゃないかな。そもそも即興的で創造的な音楽という意味でも、ジャズの定義は難しいものだ。クリエイティヴに想像的に、それまで一度も聴いたことがないような、もしくは自分でも演奏したことがないような、想像から生まれた音楽を演奏するために自分自身を掘り下げなければならないのだから、当然肉体的にきついこともある。だって自分の想像力が求めるのが、そういう音楽だったらそうするしかないじゃないか。誰か他のコンポーザーが書いた曲を演奏するんだったら、はじめる前にどれだけ肉体的にきついかを正確に数値化し、心の準備をすることができるがね。たとえば、ステージで演奏中、エネルギーとヴァイブが溢れ、そういう状況が生まれ、想像力のなかでものすごくぶっ飛んだ何かが聴こえたとする。もしかするとそれはその一晩のスピリット、インスピレーションから生まれた何かなのかもしれない。あるフレーズが頭に浮かぶんだが、それは楽器のいちばん下からいちばん上まで一気に飛び越えるようなフレーズで、君はそれを演奏することの大変さに気づくと同時に、どうしてもこれをやらなきゃと思うわけさ。それって肉体的にはかなり負荷がかかる。あえてやらなくてもいいことかもしれない。でも、深いクリエイションに関わることというのは、そういうものだ。なので、この手の音楽(ジャズ)に自分がオープンでいるには、フィジカルとテクニック、そして創造的な能力に対して敏感でいなきゃならないのさ。

フルートや尺八を演奏することによって、ジャズを演奏することの意味合いはあなたの中で変化しましたか? 

S:ああ、大きく変わったよ。僕と “尺八との人生” には段階があるんだけど、いまはあと少しで、伝統的な学びをスタートできるところまで達している。レパートリーを学びはじめられるところまで来てるんじゃないかなと。これまで僕が専念してきたのは、身体と楽器の関わり合いということだ。楽器にどう息を吹き込むか、どう演奏するかに気持ちを集中させてきた。そういった精神的な学びの過程でも、物事は作り出される。さっきも話したアンドレとの関係……楽器を持ってスタジオに入り、ふたりで何時間も長音を吹き、どこに連れて行かれるのかを知ろうとする。するとそこで何かが開くんだ。創造性の火花が散って、世界が広がる。これまで僕がジャズを練習し、演奏するときというのは、それ以前に出会ったフレーズや語彙を “どれだけ思い出せるか” にかかっていた。ところがいまやっているように、尺八のような新しい楽器を練習し、概念化するためのアプローチを探求することは、新たな可能性を開くことになり、ジャズのような馴染みのあるコンテクストに立ち戻ると、可能性という意味でアイディアが活性化される。例を挙げるなら、以前よりもずっと長音を吹くようになったよ。長音を吹くということは、それだけ集中しなければならない。昨日もレコーディング・セッションだったんだけど、強さのなかでも以前よりも冷静でいられ、自分のミスをもコントロールできたんだ。たとえばコメット・イズ・カミングやサンズ・オブ・ケメットのときの僕は、エネルギーが僕に要求するもの、一定のエネルギーや音量、特定のプレイを示唆するヴァイブレーションに囚われがちだった。でもいまはもっと静かで控えめで、それでいてたくさんのエネルギーが生み出される、より集中したプレイができる。ジャズの状況のなかに自分をおいても、高い集中力を保てるようになった。まるで激しさの波が何度押し寄せようとも深くに錨が下ろされていて、僕はそこを軸に進みたい方向が決められる気がするんだ。

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僕にとってのレコーディング・セッションは最初の爆破による爆発のようなもの。そのあとのプロダクション過程で、岩のなかにあるものや美しさを削り取っていくんだ。

『Perceive its Beauty, Acknowledge its Grace』を制作するにあたって、当初思い描いていたヴィジョンがあれば教えてください。

S:ヴィジョンは何もなかったよ。今回に限らず、僕は最終形はこういうものにしたい、というヴィジョンを持たずにレコーディングをはじめ、その時々に起きることにオープンに対応し、次は何しようかと考える。決定を下すプロセスはあくまでもオープンであるべきだし、ヴィジョンは探究の過程で生まれてくるものさ。ひとつの決定が、もしくはターニング・ポイントが次の何かにつながるわけで、そうやっているうちに、そのプロジェクトの方向性や雰囲気が見えてくる。それこそがバンド・リーダーの役割なんじゃないかと思うよ。バンド・リーダーは音楽が向かうべき本来の方向を見極め、その方向に物事が流れるように仕向け、これから取り掛かる音楽について全員がどう考えているかを確認する。流れを円滑にし、強化する。

楽曲はどの程度予め準備されていたのでしょうか?

S:答えるのが難しい質問だな。というのも、メロディは何ヶ月も前から、あくまでも自分のためにたくさん書いていた。どのフルートでどうメロディを演奏しようかと理解したかったからだ。僕自身の音楽的な気質を理解したい。僕はメロディの何が本当は好きなんだろう? と。だからたくさんのメロディをノートに書きとめた。セッションではノートを開いてそのメロディを自分でも、ミュージシャンたちにも使おうと思ってたんだ。でもセッションに必要なのは、雰囲気とプレイへのアプローチなのだと思い直した。そこで雰囲気はどうしたいか、長い話し合いをし、どんなプレイや即興演奏を求めているかという点については意見を言った。セッションでは、長い演奏を続けた。本当に長かった。40分くらいノンストップでプレイし、そのなかであらかじめ僕が考えていたメロディが出てくることもあった。そしてセッションが終わった後で、その部分を取り出した。ヴァン・ゲルダー・スタジオでのレコーディングの後、フルートのためだけのセッションを数日設け、パートを書き直したり、さらにミュージシャンを呼んで演奏してもらい、全体的なアレンジと作曲をおこなったんだ。そんなわけで、最初から情報があったのではなく、あったのは方向性と雰囲気だけ。そこから情報を掘り出すという大変な作業がはじまったんだ。鉱山でダイヤを採掘するのを例に挙げると、まずは採石場を爆破し、大量のダイヤを含んだ岩石を手に入れる。そのなかにはダイヤや貴重な物質が含まれているけど、爆破の直後だから荒い状態なんだ。僕にとってのレコーディング・セッションは最初の爆破による爆発のようなもの。そのあとのプロダクション過程で、岩のなかにあるものや美しさを削り取っていくんだ。何時間も何度も聴き直し、すでに録音したなかの何をどう加えようか、と考える。それはまた別のプロセスなのさ。

ヴァン・ゲルダー・スタジオの名が挙がりましたが、どんなサウンドや雰囲気を求めて、そこを選択したのでしょう?

S:インティメートでエネルギーやヴァイブ感に溢れた雰囲気ということを考えたとき、ジャズにとって最も有名なスタジオのひとつだからね。コルトレーンはじめ、僕のたくさんのヒーローたちにとっていいスタジオだったんなら、僕にとってもいいに違いない。何がすごいのか自分で確かめてみたい、僕が大好きな多くの音楽のサウンドと雰囲気を生み出したスタジオを経験したい、と思ったんだ。実際にスタジオに入り、その素晴らしさがわかった。いままで僕が訪れたなかで最高のスタジオだったよ。周りがそう言ってるからではなく、本当に素晴らしい音響環境なんだ。特にフルートを扱う際には、音がその空間にどうフィットするかというのが重要だ。自然環境であるか、共鳴室かにかかわらず。まさに音響的に優れたサウンドになるべく、ゼロから設計されたスタジオ。ルディ・ヴァン・ゲルダーのこだわりがそこかしこにあった。音が反響する表面が何もなく、すべて木製。全てが曲線で、尖った角がない。そして屋根の高い建物。実際にプレイする側の視点に立った設計さ。僕が全力で演奏にエネルギーを注ぎ込んだら、スタジオがその音を受け取ってくれる気がした。まるでコンサートホールみたいに、僕が出した音が反響することも抑えられることもなく、スタジオにそのまま映し出される。もし静かで繊細な演奏がしたいと思えば、音は広がり、残響を残すことも可能だった。つまりとてもダイナミックな対比を可能にする余白のあるスタジオなんだ。さらに今回は雰囲気が大切だったので、ダイナミック・バランスを敏感に感じ取れるよう、セパレーションもヘッドホンも使わずにレコーディングした。そうすることで全員が “聴く” ことを余儀なくされる。レコーディング・セッションでは自分の周りの動きを調整する能力があれば、その瞬間に自分のやっていることを無視することができる。
 2年前の僕のフルートのテクニックはいまとは違っていた。2年間の練習を経て、腕を上げることができた。スタジオでの僕は、周りの人間に比べれば自分をうまく投影することができなかった。だって他のみんなは自分の楽器に慣れ親しんでいた人たちだ。そこで全員に、楽器のテクニックという意味だけでなく音楽的にも、僕のレベルに寄ってほしいと思ったんだ。とても面白い点なんだよ、これって。もし自分にとって望ましいテクニックがないとき、どうやって意味あるものをクリエイティヴに作り出す解決策を見つけるか。その答えが、全員で深く、インティメートに聴くことだと思えた。それを可能にするには、まるでリハーサルでジャム演奏をしているような空気のなかでやること。実際、そんな最初のリハーサルで最高の音楽は作られることもある。マイクをセットアップする前、コートを脱ぐ前。誰かがピアノで弾いたリフに、楽器を大慌てで手にして一緒に弾いたときに生まれるマジック。マイクのセッティングが終わり、バランスもレベルも決まったときにはマジックは少し失われる。次に、クラブやフェスティヴァルでマイク、もしくはレコーディング卓というテクノロジーに向かって演奏し、そのテクノロジーが今度はモニターというテクノロジーで自分の出した音を返してくる。その段階では自分が作っているものとは全く違うものになってるんだ。でもそれはそれでいいんだよ。ギグをやる、レコーディングをすることは、そういった様々なテクノロジーのつながりの瞬間を理解し、その領域のなかでどう演奏するかを理解することなのさ。でも今回のレコーディングでは、僕自身と音楽とミュージシャンの間の根本的なつながりを、より感じるものにしたかった。フルートを吹く僕とミュージシャンたちとの間のつながりを、テクノロジーが断絶するのはイヤだったんだ。

カルロス・ニーニョは、即興演奏と作曲されたものの演奏の区別をわざと曖昧にするようなアプローチで、ずっと自身の作品を作ってきました。録音に大胆な編集も加えてきました。あなたは即興や作曲に対して、いまどんな考えを持ち、どんなアプローチをしていますか?

S:コメット・イズ・カミングのアルバムを考えてみてくれ。どれも全て、基本は即興演奏だ。スタジオに入り、僕らは即興で4日間くらい演奏した。そのあとは、今回の新作の過程と似ているのだけど、即興的に作曲された瞬間を探し出し、そこから楽曲を作り出す。それはたとえば、不要なものを取り除く作業だったり、様々なシンセサイザーのメロディやドラム・パートを加えたり。でもサックスだけは加えたことはなくて、すでに演奏したのが全てだった。少なくともコメット・イズ・カミングではね。この例を挙げたのは、即興演奏というのが、ときに作曲のアンチテーゼのように見なされることが多いからだ。でも作曲というのは、そこに与えられたアイディアを意識し、それらのアイディアが一貫した音楽システムや表現を作り上げる方法に対して、意図的であるプロセスでしかない。そしてこのアプローチは、希望すれば即興演奏にも取り入れることができる。自分はその場で即興的に作曲しているのだという意識を持って即興演奏をすれば、その作曲は一貫性や、入り組んだニュアンスを持つものになるだろし、繊細でディテールのあるものになる。でももし、自分の知らないことを探しているのだという考えのもとに即興演奏するなら、有機的に形が見つかり、一貫性は二の次になる。どちらが良くて、どちらが悪いという話ではない。ただ即興に対するアプローチの差、というだけさ。僕の場合、スタジオでは大概、即興演奏。でも曲を書くときは作曲的であることを意識する。それは曲が書けた後で、別レベルの作曲がおこなわれることをわかっているから。さっきも言ったように、即興演奏のなかから特定の瞬間を取り出して、レンガのように組み立てて、他の作曲を作り出す。すべてはアプローチの仕方ってことだと思う。コンポーザーによっては書き留めてある複数のアイディアをもとに即興演奏する人もいる。そのアイディアをどこから得るのかといえば、頭に浮かんだインスピレーションだろう。一方で、システムの枠内で曲を書くコンポーザーは、ピアノの前に座って曲を書くかもしれない。その場合はシステミックなハーモニーの置き方をし、そこから音楽の素材を得るのかもしれない。でも僕が知る、そしてリスペクトするコンポーザーの多くは、インスピレーションで曲を書くタイプだ。楽器の前に座り、インスピレーションを音楽情報にかえ、ピアノで演奏し、紙の上に書き出す。作曲の次なる段階は、思いついた音楽的素材を整頓してアレンジすること。多くの場合、僕がやってるのもそういうことだ。当初の曲を書いたときの要素を、スタジオでテープが回っている間、他のミュージシャンたちと形にする。それが終わったら作曲/プロダクションへと移るのさ。

僕にとっていちばん重要なのは、音楽がスタートからフィニッシュまで、どういう弧を描いて流れていくかだ。そこからどんな感情の旅路をたどるのか。

このアルバムはリスニングのさらなる可能性を提示した作品だと感じましたが、音楽にせよ、自然音や環境音にせよ、音を聴くということに関して、あなたのなかで以前と変化したことはありますか?

S:ああ。弧(arc)に注意を払うようになったことかな。それはこのアルバムでとても重要だったことであり、理解するのにいちばん時間がかかった部分だ。音楽自体、その構造を考えると複雑なものなわけだけど、僕にとっていちばん重要なのは、音楽がスタートからフィニッシュまで、どういう弧を描いて流れていくかだ。そこからどんな感情の旅路をたどるのか。1曲の終わりが次の曲のはじまりに流れていく様子とか、そこからどういう感情を僕が感じるか……そんなふうにしてアルバムを聴きはじめたんだ。違った曲の寄せ集めではなく、1曲がたどる旅が、次の曲のはじまりへどう呼応するか。アルバムはトータルで完全な作品になるということ。旅路、という言い方がいちばん正しいね。ひとつの作品としてのアルバム。いわゆるジャズと呼ばれる音楽では、1曲のなかでひとりのソロ奏者が他の奏者とインタラクトし、すごい旅をすることはある。もしくは1曲に4人のソロ奏者がいて、それぞれのソロの即興が次をどう導くかが、旅の重要な点だったりする。1曲における旅路のことばかりで、アルバムとしての旅路は無視されるか、あまり多く語られない。今回のアルバムにトラディショナルなジャズというコンテクストでの即興があまりないのは、ソロの瞬間の旅路ではなく、1曲から1曲への旅路が重要な要素だったからだ。

今回、多彩なゲストが参加していますが、どういった基準で選んだのですか?

S:答えはじつにシンプルで、全員がここ数年間のツアーの間に僕が会ったことがあり、話したことがある人たちだ。連絡を取り続け、何か一緒にやりたいねと話をしていた。なので、僕から連絡をして参加してくれないかとお願いした。全員、これまでになんらかの関係があった人たちだよ。一緒にやったらどうなるだろうか? と。そして嬉しいことに全員が “イエス” と言ってくれた。多くの場合、直感だよ。最初のレコーディングの後で加えたゲストは、音楽を聴き返し、すでにできたものをより強調する上で、誰が適任だろう? と考えて決めた。最初の(ルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオでの)レコーディング・セッションでのミュージシャンは、ここ数年に連絡を取り合ってたなかで僕が一緒に何かを作りたいと感じた、お気に入りのミュージシャンたちだ。スタジオに入ったとき、特にこうしようという決まった考えがあったわけではなく、どう演奏したいか、どう相互にプレイし合いたいか、ということだけだったので、やっていて楽だった。結果にがっかりさせられることは何ひとつなかったよ。最終的な目的地は誰にもわかってなかったわけだから、何をやってもそれで正しかったんだ。

今作は〈Impulse!〉からリリースされます。〈Impulse!〉というレーベルと、そこからリリースされた作品について、あなたはどのような印象を持ってきましたか? 

S:独創性に富んだレーベルだという印象だな。そしてアーティストのコミュニティを抱えていたレーベル。〈Impulse!〉と聞くと、特定のサウンドと音楽へのアプローチと時代を思い浮かべる。その時代は一定期間に止まることなく、その後も現代に合うように形を変えて続いた。最初はまずどうしたってコルトレーン、ファラオ・サンダースアリス・コルトレーンといった時代を思い浮かべるが、興味深いことにそこで終わることなく、その後も素晴らしいアルバムを作り続けた。たとえばガト・バルビエリ……そして70年代、80年代と続いていった。そんなクリエイティヴ・ミュージックのレガシーの一部になれることをとても嬉しく思うよ。

特に影響を受けた作品があれば教えてください。

S:チャーリー・ヘイデンの『Liberation Music Orchestra』にはとても影響を受けたよ。あれはアルバム全体を通して、素晴らしい作曲的フォームと弧を持つアルバムのいい例だよ。当然ながら(コルトレーンの)『A Love Supreme』も。クリシェだと言われるかもしれないが、クリシェにはそれだけの理由があるのさ。音楽史のなかでも、本当に素晴らしいアルバムだと思う。あまりにたくさんありすぎて、何枚か挙げると他のアルバムが嫉妬するんじゃないかと思うんだけど。オリヴァー・ネルソンの『Truth』(『The Blues And The Abstract Truth』)もじつに独創性に富んだアルバムだ。チャールズ・ミンガスのアルバムもあるね。

最後に今後のライヴの予定はありますか?

S:ああ、いまもライヴ・ツアー中だよ。何本かギグをやった。5月にはヨーロッパ・ツアーをおこなう。今回のアルバムはバンドでのアルバムじゃないので、決まったミュージシャンがいつもいるわけではないんだ。いまの僕は必ずしも決まったミュージシャンを必要としていない。もちろんアルバムからの皆が知っている曲をライヴでもやりたいんだが、固定のグループでそれをやるのではなく、クリエイティヴな表現としておこないたい。とはいえ、ヨーロッパ・ツアーではハープ2台、シンセサイザー、ピアノ、そして僕がフルートというグループが決まっている。一方でアメリカでやってきたのは、ベース2本、エレクトロニクス、ドラム、ハープというラインナップ。今度やるNYではハープ、エレクトロニクス、フルート、ドラムになるし、他の都市ではトランペット(アンブローズ・アキンムシーレ)、フルート、ドラムになる……というように変動的なんだ。ハープをフィーチャーするものが中心だが、ハープなしということもある。基本的には、アルバムにもたらされたのと同じ雰囲気を一緒に探ってくれるミュージシャンということだよ。


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